「どろろ(TVアニメ動画)」

総合得点
75.3
感想・評価
315
棚に入れた
1157
ランキング
506
★★★★☆ 3.8 (315)
物語
3.8
作画
3.9
声優
3.7
音楽
3.7
キャラ
3.8
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猫耳サイクロップス

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

原作何十年前なのに

なかなかおもしろかった。
作画も気合入ってた。

総評:
「NICE JOB REMAKE」

投稿 : 2019/08/13
閲覧 : 20
サンキュー:

1

ashimai

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

凄い作品だった

原作手塚治虫、監督古橋一浩、構成小林靖子、制作ツインエンジン、女王蜂にamazarashiって期待しか感じないよって思って観はじめた作品。

凄い作品だった〜。全員が切ない。心がエグられるので一気には観られず、休み休み観た。

投稿 : 2019/08/11
閲覧 : 57
サンキュー:

5

ネタバレ

ストライク

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

二人に幸あれ

原作:未読
アニメ:どろろと百鬼丸  未視聴

ネタバレ感想
子供の頃から漫画が好きで、少年漫画は勿論 青年漫画から少女漫画までいろいろ読んでたんですが、この頃書かれた複数の漫画家さんの絵が苦手で殆ど読んでませんでした。
ので、今回新しくリメイクされ、キャラデザも綺麗だったので1話はながら観でした。
(後に後悔する羽目に)
観ていくうち、段々と物語に引き込まれて、中盤には毎週観るのが楽しみな作品になってました。

室町時代、天下取りを願うため生まれたばかりの赤ん坊(百鬼丸)を魔神へサクリファイス(生贄)
身体と五感を失った百鬼丸は育ての親の寿海によって成長し、その後失ったものを取り戻す旅に...
それは当然の行動で、権利でもあります。(子供は親を選べないし、何の罪もない)
国の為と言い、百鬼丸を殺そうとする父親と弟。
骨肉の争いです。
ヤバい
辛すぎる
なんて悲しい話なんだろう...
弟の多宝丸と百鬼丸が戦う所は、観ていて胸が苦しくなりました。
(アニメはTVの大画面でしか見ない自分ですが、この頃に1話をもう一度ちゃんと観たくて、パソコンで観直しましたよ)
多宝丸もある意味可哀想な立場の子でした。
母親はいつも自分ではなく、いない兄が心配で自分をあまり観ていない いつも観音菩薩像?を拝む毎日で、母親の愛を独り占めできなかった悔しさを感じていたと思います。
父親の醍醐景光に認められたい
自分より母親の愛を受ける百鬼丸を憎み殺すことで国が繁栄し、それが正義だと信じてたのには、ちょっと哀れにも感じました。

百鬼丸とどろろの旅は普通に良かったです。
魔物を倒すことで徐々に身体を取り戻し、どろろと未央の影響もあって心も成長していく百鬼丸。
彼が初めて想いを寄せた未央との件は、最後 悲しかったです。

最終話で全てを取り戻した百鬼丸
最後に取り戻したのが目っていうのも感慨深いですね。
最後は百鬼丸が一人旅に出て、どろろ独り 帰りを待つ終わり方でした。
まぁ 無難と言うか、う~ん というか...あまりスッキリしない感じでした。
欲を言えば、その後の成長した百鬼丸とどろろが、二人仲良く連れ添ってる姿が見たかったかな。(どろろ 女の子だもんね)
辛い思いを沢山してきた二人には、幸せになって欲しいのです。


声優さんでは、どろろ役に子役タレントの鈴木梨央ちゃん(14歳)がやってたけど、全然違和感なく 凄く上手でした。将来楽しみですね。


主題歌では前クールのED amazarashiさんが歌う「さよならごっこ」がめっちゃ良くって好きでした。
僕的にこのクールのベスト2の曲でした。
(因みに1位は 盾の勇者ED「君の名前」)


やっぱ原作絵柄で好き嫌いしちゃいけませんね^^;
2クール24話でした。
半年間、毎週観るのが楽しみでした。
観て良かった!
面白かったです。








最後に一言
全ての元凶は醍醐景光だ。

投稿 : 2019/08/09
閲覧 : 38
サンキュー:

22

BZ

★★★★☆ 3.6
物語 : 3.0 作画 : 4.5 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

元祖なんでしょうね

作画は綺麗でアクションシーンは非常にスピード感があります。ストーリーは古典的な感じで、よく似たような話があるなぁと感じながら視聴しましたが、逆に本作を真似た作品が多いのでしょうね。どろろがとても可愛かったです。

投稿 : 2019/08/05
閲覧 : 35
サンキュー:

3

ネタバレ

もっちょん

★★★★☆ 3.6
物語 : 4.0 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

失われた体を取り戻し鬼神と戦う

手塚治虫作品です。戦国時代、侍たちが戦さをし困窮していた時代、ある領主が自分の子供を犠牲に鬼神(たぶん化け物の類)に繁栄をお願いをし、その子供は身体を失って捨てられてしまうのですがある人に拾われて育っていきます。その子が成長した後、自分の身体を奪った鬼神たちから身体を取り返すべく旅出る話です。戦国当時の厳しい世の中

投稿 : 2019/08/04
閲覧 : 17
サンキュー:

1

ネタバレ

にゃん^^

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

時代劇、ホラー、バトル。。鬼神に体を取られて生まれてきた百鬼丸が、体を取りもどして人間になるまでのおはなしかな?

公式のあらすじ
{netabare}
時は戦国。醍醐の国の主である景光は、ある寺のお堂で十二体の鬼神像に領土の繁栄を願い出た。それと引き換えに生まれた景光の世継ぎは身体のあちこちが欠けており、忌み子としてそのまま川に流され、捨てられてしまう。
時は流れ、鬼神は景光との約定を果たし、国には平安が訪れた。そんなある日〝どろろ〟という幼い盗賊は、ある男に出会う。
それは、鬼か人かーーー
両腕に刀を仕込む全身作り物の男〝百鬼丸〟は、その見えない瞳で襲い来る化け物を見据えていた。
{/netabare}

スタッフ{netabare}
原作:手塚治虫「どろろ」
キャラクター原案:浅田弘幸
監督:古橋一浩
シリーズ構成:小林靖子
キャラクターデザイン:岩瀧智
音楽:池頼広
制作会社:MAPPA
手塚プロダクション
{/netabare}
キャスト{netabare}
百鬼丸:鈴木拡樹
どろろ:鈴木梨央
琵琶丸:佐々木睦
醍醐景光:内田直哉
多宝丸:千葉翔也
寿海:大塚明夫
縫の方:中村千絵
ナレーション:麦人
{/netabare}


1話ずつの感想


第一話「醍醐の巻」
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公式のあらすじ
{netabare}
時は戦国。醍醐の国の主である景光は領地の繁栄のため鬼神と取引し、対価として生まれる我が子を差し出した。時は流れある日、幼い盗賊どろろは妖怪に襲われている所を謎の少年に助けられる。その少年の身体は、どこもかしこも造り物なのであった。
{/netabare}
感想
{netabare}
後半のほうが、ちょっとわかりにくかったけど
公式ページの紹介動画とか見たら、何となく分かったけど
タイトルは「どろろ」なんだけど「百鬼丸」が主人公みたい^^


おはなしはあらすじ通りで
景光ってゆう人が、悪魔(鬼神)と取引して
子どもが顔の骨だけみたいな感じで生まれてきて
すてるように命令された召使のおばあさんが船で逃がしたの。。

それで、体の1部をなくして、いくさで死んだ人たちに
ボランティアでマネキンのパーツみたいなのをつけてあげてたお医者さんが
顔の骨だけみたいな百鬼丸をひろって、体を作ってあげたみたい。。


さいごに、泥の妖怪におそわれてたどろろを助けた百鬼丸が
顔に皮膚ができたみたいだったけど
妖怪をたおして、自分の体を取りもどす、とかゆう設定なのかな?



ドロドロした感じは「墓場の鬼太郎」みたいな感じで
生まれてきた赤ちゃんがかわいそうだったけど
そんなおばけみたいな子供でも
お母さんがすごくやさしくて、ちょっとホッとした。。

川に流される赤ちゃんってゆう元ネタって
旧約聖書のモーセのおはなしなのかな?

原作の手塚さんって
「旧約聖書物語」ってゆうアニメも作ったから、たぶんそうだと思うけど
ヒーローが生まれるフラグみたいなのかも?


「鬼平」ってゆう時代劇アニメがあって
刀で切られてときどき血が「ドバッ!」って出たりしてグロかったけど
ちょっと似てるけど
こっちは妖怪退治モノのホラー、バトル、ファンタジー?

「どろろ」ってゆうか「どろどろ」っぽくって
血が飛び散るところとか、思わず目をつぶっちゃったり。。

妖怪に人が食べられたリしてわりとグロかったけど
主人公(?)の百鬼丸のお母さんがすごいいい人みたいだったり
どろろ少年がかわいかったりして
見ててもあんまりイヤな感じがしなかった。。


背景は色付きの水墨画みたいな感じで
キャラのデフォルメはひどくなくって
どっちかってゆうと、リアルっぽいほうかも?

ちょっと気になったのは
盗賊仲間をうらぎった(たぶん)どろろを、ボスがおどかしたとき
ボスがカメを投げつけられたのに
後ろの仲間たちがボーっと見てるだけ、ってゆうところ

それ以外はキャラはイキイキしてて
バトルシーンとかはとくによく動いててよかったと思う。。


来週は、百鬼丸がこんな体になったおはなしとかがあるのかな?
{/netabare}
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第二話「万代の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
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どろろと百鬼丸は万代という女性が治める村を訪れる。百鬼丸は何故か突然彼女を前に剣を抜き、村人たちによって土蔵に閉じ込められてしまう。すると土蔵には先客が居て…。
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感想
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バケモノが出て旅人が消える村の正体は
旅人を鬼神に食べさせて、村人を食べられないようにしたついでに
その旅人が持ってたお金で暮らしてる村だった、ってゆうおはなし


どろろは百鬼丸と仲間になりたいって思ってるんだけど
気みたいなものを感じて動いてて
耳も目も見えない百鬼丸とはぜんぜん話しが通じないでいたら

土蔵に閉じこめらた時
「耳なし芳一」みたいな目が見えないおじいさんに会って
目は見えなくても見えるものがある、って教わるの。。


それで鬼神を退治したあと
百鬼丸が書いた漢字の名前をおじいさんが手さぐりで読んでくれて
どろろに百鬼丸の名まえが分かったの^^


おじいさんは百鬼丸のこと、どこかで見たことあるみたい、って思ってたけど
舟で川に捨てられた百鬼丸の気を感じたことがあったみたい。。


さいごに鬼神と取引をしたお父さんが
同盟をむすんでる隣国が国境に兵を集めてる
ってゆう情報をスパイ(?)から聞いて
何かをさぐらせるみたい。。何がおきるのかな?


あと、鬼神の像が1つこわれて、百鬼丸が苦しみだしたけど
これって、この前、顔に皮ができたときとおんなじで
こんどは骨ができた、とかなのかな?



今週も、怪談みたいにこわかったけど
どろろと、おじいさんがいい人で、ちょっとホッとしちゃった^^
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第三話「寿海の巻」
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公式のあらすじ
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医者である寿海は各地を回り、戦で傷ついた人々に義手や義足を与えていた。ある日彼は身体のあちこちが欠けた赤ん坊を川で拾い、造り物の身体を与え育てる。「百鬼丸」と名付けられたその少年は、自らの身体を取り戻す旅に出る。
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感想
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はじめ寿海さんが村人たちを貼りつけにしてたところは
かわいそうで見てられなかった。。

でも、自分の罪に気がついて、海に飛び込んで死のうとしたけど助かって
こんどは村人のために、義手、義足を作るようになったってゆうのは
それで罪が消えるわけじゃないかもだけど
ただで死ぬよりはいいんじゃないかな?

そのことを知った、自分の親を寿海さんに殺された弟子(?)の人は
「殺してやりたい」って思ったけど
ほかの子を助けようってしてる寿海さんを殺せなかった。。

それってきっと、助かったあとの寿海さんが
自分を殺せない理由とおんなじなんだって思う。。


それから生まれたばかりの百鬼丸を育てて、妖怪退治を教えた寿海さんは
妖怪を殺す百鬼丸を見て
かんたんに命をうばう人になるんじゃないか?って心配してたけど
寿海さんの愛情をうけて育った百鬼丸は
いい人、悪い人、とかが見えるようになったみたい。。

それで、妖怪(鬼神?)をたおして
自分の体を取りもどす旅に出たみたい。。



やっぱりグロいけど、親のカタキを殺せなかった弟子はいいことしたって思う
でも、せっかくもらった義足を置いてきちゃってかわいそう。。

あと、百鬼丸の弟は、お父さんに愛されてるみたいだけど
お父さんが1番大事にしなくっちゃいけないのは百鬼丸の方だよね?

かわいそうだけど、将来、2人は戦うことになりそうでこわい。。
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第四話「妖刀の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
どろろと百鬼丸は人斬りの田之介と対峙する。彼が振るう刀は鬼神が宿る呪われた妖刀であった。かろうじて田之介を退けるも、妖刀がどろろの手に渡ってしまい、どろろは妖刀に操られてしまう。
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感想
{netabare}
今回は妖刀似蛭と
それにあやつられて人を次々殺していった田之助を退治するおはなし。。


田之助がはじめて人を切ったのが戦でつかまえた相手の兵たちで
そのまま逃がすわけにはいかないからって、大将に命令されたからで
でも、妹のところに帰りたい、ってゆう思いで人を切ったのは田之介だから
悲しいけど、妖刀にとりつかれてもしょうがないかも。。

でも、人を切ってまで帰りたいって思った妹と会えたのに
人斬りをやめれなくなった田之介は
妖刀なしでも、もう妖刀の1部になってたみたい。。


お兄さんが切られて泣くお須志(妹)はかわいそうだったけど
妖刀を斬って耳がはえてきた百鬼丸はよかったけど
はじめて聞くのが悲しい泣き声ってゆうのも胸がいたくなるみたい。。
{/netabare}
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第五話「守り子唄の巻・上」
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公式のあらすじ
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慣れない「音」に苦しみ、妖怪との戦いで傷を負った百鬼丸は、みおという少女に出会う。彼女は戦で親を亡くした子供の面倒を見ており、百鬼丸も世話になることになった。だが近くに鬼神がいると分かった百鬼丸は傷も治らぬうちにその退治に向かう。
{/netabare}
感想
{netabare}
今回はつづくになったけど
耳がなれなくって苦しんでる百鬼丸が
やさしくって歌が上手な少女・みおと出会うおはなし。。

みおは戦争で親をなくしたり
傷ついた子どもたちのめんどうを見てるんだけど
そこにどろろと百鬼丸、それにあのおじいさんも泊めてもらったの。。


今のままだとまた戦争がはじまった時あぶないから
おじいさんがいい場所を見つ気て来てくれたから
引っ越したら。。ってゆうことになったんだけど
そこには鬼神が住んでるから、百鬼丸が退治しに行ったんだ。。


さいごに、兵隊のお世話をしてお金を稼いでるみおをどろろがつけてったら
みおが兵隊たちに体を売ってつらそうにしてるところを見ちゃったところと
百鬼丸が鬼神に足を取られて苦しがるところとが映ってかわいそうだった。。



なんだか悲しいおはなしばっかりだけど
このおはなしって、ハッピーエンドになるのかな?
{/netabare}
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第六話「守り子唄の巻・下」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
鬼神から声を取り戻すも、脚を奪われてしまった百鬼丸。荒れ寺に戻り傷を癒やしたのち、再度鬼神に挑みに出る。一方、ミオ達が待つ荒れ寺では…。
{/netabare}
感想
{netabare}
やっぱいさいごはみおを追いかけてきたサムライたちが
みおたちを残党とかスパイだって言って殺しちゃった。。


戦争してる最中だから
わざわざ子どもたちなんか殺しても、しょうがないって思う。。

ほうっておいてもいいのにわざわざみな殺しにするって
イジワルだとしか思えない。。

自分が生きるために殺すんだったら、まだ分かるけど
しなくってもいいのに殺したり、傷つけたりするから
自分にも返ってくるんじゃないのかな?

兵隊たちは百鬼丸が鬼になりかけて殺されてたけど
鬼になりかけた百鬼丸と、罪のない子供たちを殺す兵隊って
どっちも鬼みたいで、鬼どうしが殺しあっただけみたい。。


あと、百鬼丸の実家では
弟の多宝丸が親が何かかくしてるんじゃないか?って気がついてたけど
そのうち百鬼丸と戦うことになるのかな?
{/netabare}
{/netabare}
第七話「絡新婦の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
蜘蛛の妖怪・絡新婦(じょろうぐも)は百鬼丸から受けた傷を癒やすため、人間に姿を変え弥二郎という青年を利用する。絡新婦を取り逃がしたどろろと百鬼丸は、立ち寄った村で人攫いが出るという噂を聞く。
{/netabare}
感想
{netabare}
弥二郎は、鉱山で働かされてる人たちをさらわれたことにして逃がしてて
絡新婦のことも逃がそうってしてたんだけど見つかって
警備兵に殺されそうになって、絡新婦は警備兵を殺そうとしたんだけど
弥二郎に止められて、殺すのをやめたの。。

そしたら百鬼丸の目には絡新婦がふつうの生き物みたいに映って
2人をそのまま逃がしてあげたの。。



動物は殺さない弥二郎と
人は殺さないで生気だけ吸う絡新婦が仲よくなるおはなしで
人間と化物、どっちがいいとか悪いとかじゃなくって
ムダに殺さないって、ちょっとさわやかなおはなしだった☆
{/netabare}
{/netabare}
第八話「さるの巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
ある村では、黒雲をまとう大百足の鬼神を鎮めるために、若い娘を生贄として捧げる習わしがあった。姉が生贄となった少年・さると共に、百鬼丸はどろろと協力し鬼神に立ち向かう。
{/netabare}
感想
{netabare}
あらすじのおはなしだったけど
黒い雲につつまれて目が見えない百鬼丸に代わってどろろとさるクンが戦って
さいごは、音で鬼神の本体を見つけた百鬼丸がやっつけて
鼻が返ってきて終わりでお姉さんが返ってきてよかった♪

ってゆうおはなしで
いつも口ばっかりのどろろみたいだったけど
べつに口ばっかりじゃなくって
戦わなくっちゃいけないときには戦う、って分かってよかった☆



気になったのははじめの方で「その雲には名前がなかった」って言ってたけど
「残され雲」ってみんなに呼ばれてるんだったら、それって名前w


それから、人を食べるんだったら別に女じゃなくっていいと思う。。

鬼子母神みたく、女の鬼神だっているんだから
男の生贄の方が好きってゆう鬼神だって、半分くらいいそう^^

あと、男の人2人はすぐ殺されたのに
お姉さんは何時間もたっても食べられてなかったのってどうして?
食べるんじゃなくって、新しい花嫁がほしかったのかな?


お姉さんがさるクンに「いっしょに村に帰ろう?」って言ってたけど
どろろたちのせいで、お姉さんは助かったのに2人の村人が死んだから
お姉さんがちゃんと生贄にならなかったからじゃないか?とか言われて
イジメられたりしないか心配。。

村の人たちがいい人たちだったら大丈夫けど
1人ぼっちのさるクンを山から追い出したり
罪のない少女を、何人も生贄にさしだすような自己中な人たちだから
すごい心配なんだけど。。
{/netabare}
{/netabare}
第九話「無残帳の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
風邪で熱にうなされるどろろ。朦朧としながら曼珠沙華を目にしたどろろは、父・火袋と母・お自夜とのかつての日々を思い出す。
{/netabare}
感想
{netabare}
どろろが熱を出して、お母さんたちのことを思い出すおはなしだったけど
戦争はイヤだ、ってゆうおはなしだったみたい。。

妖怪とのバトルはなかったけど
人間どうしが殺しあっててヒサン。。


どろろのお父さんは戦争で村をなくした農民だったのかな?
それで、サムライをおそって食料とかうばう山賊の親分になったみたい。。

ある日、手下の人にうらぎられて逃げたけど
前におそって殺した人の仲間に殺されちゃった。。

そのあとお母さんはどろろをつれて旅をしてたけど
けっきょく死んじゃった。。


あと、どろろが女の子だって分かった^^


お父さんが死んだのは、殺す人は殺されるからしょうがないかな?って。。

うらぎられたのだって、自分たちが生きのこるために人を殺してきたんだから
自分が生きのこるためにうらぎった人のことは何も言えないって思う。。

それより、人を殺してうばった食べ物で生きてきた
お母さんとどろろが助かったんだから、よかったと思う。。


お母さんが熱いシチューみたいな食べ物を両手で受け取って
どろろに食べさせるところは、なみだが出てきた。。
たぶん、もうすぐ自分は死ぬ、って分かってたんじゃないかな?


お父さんをうらぎったイタチ、ってゆう人が
「かしこくないヤツは死ぬ」って言ってたけど
人を殺さないと生きのこれないような世界だったら
にゃんは、早く死んだ方がいい。。


お母さんが死ぬとき
「いつか戦争は終わる、それまでは負けちゃ。。」って言ってたけど
お母さんも、人を殺してうばったものを知ってて食べて生きてたんだから
悲しいけど、死んでもしょうがないって思う。。悲しいけど。。

たぶん「戦争がなくなればいい」って言っていいのは
戦争がおきて、はじめのほうに死んだ人たちだけなのかな?って

あとの人は、人を殺したり
その人を止めないで、ぎゃくに食べ物をもらって生きのこったりしたんだから
人を殺してるのとそんなに変わらないのかも。。

戦場のあとで、死体を食べてた人がいたみたいだけど
その人とあんまり変わらないのかも。。

あのシーンってすごくこわかったけど
戦争で生きのこる、ってそうゆうことだと思った。。

それから、いつか戦争が終わっても
そうやって生きのこった人とか、その子孫が作った世界って
きっとすぐまた、新しい戦争がはじまるんじゃないのかな?

その中には、にゃんも入ってるから
戦争するってゆう人のことは止めないし、悪くも言えないけど
ホントに戦争がイヤだったら
戦争がはじまったらすぐに死ぬしかないのかも?って思う。。


にゃんは、できればそんなことがないように
ずっと戦争がなかったらいいな☆彡って思うだけだけど。。
{/netabare}
{/netabare}
第十話「多宝丸の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
醍醐領内のある村では、村人が湖に棲む妖怪の犠牲になっていた。多宝丸は、側近である兵庫・陸奥とともに村人のため妖怪の退治を買って出る。
{/netabare}
感想
{netabare}
多宝丸って、お父さんが悪い人なのにいい人だし
お付きの人たちもかっこよかった☆

バトルだったけど
多宝丸はカニの化け物を小さい沼に移して水をぬくとか、頭もいいよね^^

さいごは百鬼丸に助けられた、ってゆうか
いっしょに戦ったことになるのかな?

話すチャンスがないのがザンネンだったけど
お父さんは百鬼丸を殺そうってしてるんだから
そのうち2人が戦うこともあるのかも?ないといいけど☆彡
{/netabare}
{/netabare}
第十一話「ばんもんの巻・上」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
醍醐領に入ったどろろと百鬼丸は、国境の砦跡地に残る1枚の巨大な板塀「ばんもん」の存在を聞く。百鬼丸はばんもんに現れる狐の鬼神と対峙するのであった。
{/netabare}
感想
{netabare}
とうとう最後に百鬼丸がお父さんに会ったね。。


お父さんは、国を豊かにするために百鬼丸を鬼神のいけにえにしたのに
そのいけにえが次々体を取り返して帰ってきちゃうなんて
そのせいでこの国には雨がふらなくなったのかな?

お父さんはきっと、百鬼丸のこと殺そうってするんだろうな。。

でも、お父さんがもし、鬼神に勝てる百鬼丸に勝てるんだったら
ふつうの人間ができないことができる鬼神より
お父さんのほうが強いってゆうことだから、鬼神なんかいらないよね?

いっそのこと鬼神なんかうらぎって、百鬼丸にあやまって
国をよくするために
鬼神をほろぼしてくれるようにたのんだほうがいいかも?


そのときはお父さんは死ななくっちゃいけなくなるかもだけど
百鬼丸は体を取りもどして、あやかしもいなくなるし
お父さんがいなくっても
多宝丸と百鬼丸が助け合ったら、いい国になりそう☆彡
{/netabare}
{/netabare}
第十二話「ばんもんの巻・下」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
我が子を鬼神に差し出した景光。奪われた身体を取り戻さんとする百鬼丸。今二人は、運命に引き寄せられるように向かい合う。
{/netabare}
感想
{netabare}
お父さんから「生まれぞこない!」って言われて
多宝丸も悪いことだって思いながら
この国と民を守るために百鬼丸におそいかかって
お母さんも止めらなくって自殺しようってして
とちゅうから涙が止まらなかった。。


お父さんって、鬼神は信じても、神さまとか仏さまとか信じてないのかな?

醍醐の国をよくするくらいの力を持ってる鬼神でもたおせない百鬼丸って
神さまに守られてるとしか思えないんじゃないかな?

それなのに百鬼丸をたおそうってするとか
神さまにさからうのとおんなじじゃないのかな?

それだと、しばらくは国はよくなるけど
そのあとはつぶれそう。。

国をよくしたかったら、今のうちに
百鬼丸といっしょに鬼神をやっつけた方がいいんじゃないのかな?
{/netabare}
{/netabare}
第十三話「白面不動の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
醍醐領を出たどろろは、滝の裏にそびえ立つ巨大な不動明王像を目にする。この不動の正体は、人間の顔を集め自分のものにしてしまう妖怪なのであった。
{/netabare}
感想
{netabare}
今回は、白面不動にあやつられて
どろろのお母さんそっくりに化けたおかかが
百鬼丸の顔を取ろうってするおはなし。。



OP、EDが変わって
どろろもちょっとだけど自分から話すようになってよかった☆


百鬼丸がおかかの正体を見やぶれなかったのはちょっと変だったみたい。。
人間でも、悪い気もちを持ってる人なら色で分かるはずなのに。。

あと、百鬼丸がお母さんの顔を知らなかったから
化けれなかったってゆうのはあったけど
声は変わってたし、どっちにしても見えないんだから関係なかったみたい。。


おかかはさいご、正気にもどったみたいで
仏さまみたいなどろろに見守られて消えたから
天国に行けたらいいな☆彡


あと、今まで出てきた、きれいな女の人の名まえが
おすし、おじや、おかかって、食べ物の名まえで
そのうち、おかしとか出てくるかも?おかしいw
{/netabare}
{/netabare}
第十四話「鯖目の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
どろろと百鬼丸は訪れた焼け寺の跡地で、辺りを治める鯖目という男に出会う。鯖目の屋敷に招かれ焼け寺と妖怪の話を聞くが、不審な点を感じる二人。
{/netabare}
感想
{netabare}
鯖目ってゆう親切な人の家に招待されたら
芋虫妖怪のエサにされかかったから、退治しようってしたら
親の蛾の鬼神が助けに来て、つれてっちゃった。。ってゆうおはなし



芋虫に手がはえた妖怪が、気もち悪かった。。


今回の鯖目ってゆう人は、何だか百鬼丸のお父さんに似てて
鬼神に人を食べさせる代わりに、領地を守ってもらってるんだけど
鬼神が女で、ってゆうことは夫婦なのかな?

はじめのほうに出てきたお母さんと子どもみたいな妖怪は
鯖目が来たら消えちゃったけど、何だったんだろう?
鯖目に殺された霊とか?

いろいろありそう。。


それからどろろの背中の刺青が「ゴールデンカムイ」みたいに
侍たちからうばったお金とかの地図になってるみたい
でも、お母さんは死んじゃったけど、どろろの地図だけで分かるのかな?
{/netabare}
{/netabare}
第十五話「地獄変の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
鯖目は自分が治める里を守り抜くため、鬼神に人を喰わせていたのであった。百鬼丸は再び蛾の鬼神と対峙する。その頃、蔵に閉じ込められていたどろろは…。
{/netabare}
感想
{netabare}
やっぱり先週のはじめに出てきた妖怪は
殺された子どもたちの霊だったみたい
蔵に閉じ込められたどろろを助けてくれたの

そのころ百鬼丸は羽化したばっかりの蛾の鬼神と戦って
逃げた蛾が原因で村の蔵まで燃えて
村の人たちはこの冬を越せないかも?

それを見たどろろは、百鬼丸を止めようってしたんだけど
百鬼丸はそんな気はないみたいで、1人でどんどん歩いて行っちゃって
1人になったどろろは、元盗賊の仲間から、背中の地図をねらわれて
おそわれそうになったところでオシマイ。。



「鬼神の何匹か殺してもこの世界は変わらない」って
お坊さんが前に言ってたこと、どろろが思いだしてたけど
きっと、リアルでもおんなじなんじゃないかな?って

リアルの鬼神はえらい人たちとか、お金持ちの人で
その人たちはいい暮らしをして、貧しい人たちが死んでくって
きっとどんな時代でも、今でも、変わらないって思う。。


でも、革命を起こして、エライ人を殺しても
そのときちょっとはよくなるかもだけど、鬼神を殺すのとおんなじで
けっきょくえらくなった人たちが、またおんなじことして。。
のくり返しで、この世界は変わらないって思う。。


それってたぶん、だれの心の中にも鬼神が住んでて
えらくなったりすると、心の中の鬼神も大きくなるからなのかも?

だから、ほんとにこの世界を変えたいって思ったら
先に、自分の心の中の鬼神を殺さないとダメなんじゃないかのかな?って
{/netabare}
{/netabare}
第十六話「しらぬいの巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
どろろはイタチに連れられ、火袋が金を隠したとされる岬へと向かう。岬に渡るための舟を探していると、片腕の少年・しらぬいに声をかけられる。
{/netabare}
感想
{netabare}
お父さんが金をかくしたってゆう岬に渡ろうとしたとき
舟に乗せてやる、って声をかけてきた少年しらぬいは
大きなサメを2匹飼ってて、2台の舟をひかせて海を渡るとちゅうで
1台の舟をサメにおそわせて、エサにしたの。。

もう1隻の舟を夕飯用にのこしてしらぬいが帰ったあと
どろろは、それを見てあきらめたイタチたちをはげまして
サメを殺す作戦をたてて、自分がおとりになってみんなでサメを刺したんだ。。


それで岬について、追いかけてきたしらぬいを半殺しにして
けっきょくどろろは金の案内をさせられることになったんだけど
半殺しになった不知火が、残ったサメを呼んだら
サメが化物に変身しかけたところでオシマイ。。


今回のおはなしはサメがこわかったし
イタチのおどかされて案内させられるどろろがかわいそうだったけど
考えたらビミョーかも?

おはなしはいつもの
人をだまして妖怪のエサにする、ってゆうパターンだったし

どろろのお父さんって、部下にナイショで分け前をかくしてたんだから
家族のためだけに残しておいたんだったら、ただのドロボウだと思う。。

自分と仲間たちの将来のためにかくしておいたんだったら
お父さんはもういないんだから
イタチたち盗賊の仲間で分けるのが当たり前なんじゃないのかな?って。。
{/netabare}
{/netabare}
第十七話「問答の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
寿海は戦場跡で血まみれになった百鬼丸と再会し、百鬼丸の奪われた身体と鬼神の関係を知る。新しい義足が欲しいと寿海に求める百鬼丸だったが…。
{/netabare}
感想
{netabare}
あらすじのおはなしで
寿海さんが百鬼丸に新しい足をあげなかったのは
それで、もっと、人が死ぬかもしれないから、だったみたい。。


さいごに百鬼丸が寿海さんと別れるとき
寿海さんのこと、誰か?って聞いた百鬼丸に寿海さんが答えないでいたら
「おっかちゃん」って言った百鬼丸にはナイスボケ賞あげたいw



今回のおはなし見てて、にゃんが思ったのは
たぶん1番いけないのって、醍醐景光さんで
領民を守りたくって鬼神と契約したんだったら
自分の体を食べさせたらよかったのに☆彡って。。

それで、自分が死んで家族がバラバラになっても
領民は生きのこれるんだったら、それでいいんじゃない?

でも、自分も生きたいから、生まれてくる子供をイケニエにする。。
ってゆうんだったら
ホントは領民のためじゃなく、自分を守るために領地を守りたいだけで
景光さんが鬼神そのものだと思う。。

それから、どろろが体を取りもどすのをジャマする人たちも
どろろの体をとった鬼神の仲間だと思う。。


自分が死ぬのがイヤだから、取り返しに来た百鬼丸を殺そうってするのは
自分たちが鬼神の仲間だってゆうのとおんなじで
鬼神の仲間でいるのがイヤだったら
代わりに自分がイケニエになったらいいだけなのに。。


にゃんがもし百鬼丸だったら
戦ってまで体を取り返そうなんて思わないけど
百鬼丸は自分の物を、鬼神とその仲間から取り返してるだけなんだから
ぜんぜん悪くないって思う。。

そのために観音様も、百鬼丸を助けたんだと思う。。

もし観音様が
「百鬼丸を殺しても領民を助けた方がいい」って思ったんだったら
鬼神の仲間になった人たちを守るために
百鬼丸を殺してたって思う。。


聖書の黙示録の中に
「あなたが生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。」
ってゆう言葉があるけど

誰かを殺しても自分たちが生きのころうってする人は
生きてても、死んでるのとおんなじなんじゃないのかな?って。。


さいごに寿海さんが百鬼丸を送り出したあと
死にかけたあやかしにかじられて
「これまでわしなど、生きてるものとは見えていなかったか」
ってつぶやいてたけど
寿海さんも今まで、生きてるとは名ばかりの1人だったのかも?
{/netabare}
{/netabare}
第十八話「無常岬の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
サメの鬼神が咆哮を上げ、身動きの取れないどろろに襲いかかる。その頃、岬には多宝丸の率いる軍勢が迫っていて…。
{/netabare}
感想
{netabare}
今回はサメの鬼神二郎丸、しらぬい、どろろとイタチ、百鬼丸、多宝丸たち
みんなゴチャゴチャになってバトル回。。


前にも書いたけど、多宝丸たちは、自分たちが鬼神の仲間なのに
百鬼丸のことを鬼神って呼んだりして、おかしいよね。。

そんなに民が大事だったら
自分の命を鬼神にあげて守ったらいいのに☆彡


イタチは自分の命より、お宝の方が大事だったみたい。。

でも、さいごはどろろをかばってくれたから
ホントに悪い人じゃなかったみたいで
多宝丸よりずっといい人かも?


しらぬいもいろいろあったみたいだけど
人間をサメにたべさせるなんて、頭がおかしいと思う。。

二郎丸をたおしたら百鬼丸の足がもどってきた。。

にゃんは、二郎丸が鬼神になったのって
しらぬいが二郎丸たちに、人間をエサにあげてたせいだって思ってたけど
しらぬいの歳は、百鬼丸とそんなに変わらなそうだし
三郎丸は鬼神じゃなかったから

二郎丸が鬼神だったんじゃなくって
しらぬいのうらみが、百鬼丸の足を持ってた鬼神を呼びよせて
二郎丸に取りついた、ってゆう方があってるのかも?
{/netabare}
{/netabare}
第十九話「天邪鬼の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
どろろと百鬼丸は折れた刀を直すため、宗綱という刀鍛冶が住む村を訪れる。宗綱の家に向かうと、娘のおこわの出迎えを受けるのであった。
{/netabare}
感想
{netabare}
今週は、お寺に封印されてた天邪鬼が逃げ出して悪さをしてた村に
どろろと百鬼丸が立ちよって、百鬼丸がおこわと結婚しちゃいそうになった
ラブコメっぽいおはなし


その村の村人は、反対のことをゆう人たちなんだけど
百鬼丸が鍛冶屋さんの娘に気に入られて結婚することになっちゃって
反対しようとするどろろまで、ホントのことが言えなくっておめでとう
とか言っちゃうの。。

でも、それが天邪鬼のしわざだって分かって
退治しようってした百鬼丸まで
天邪鬼にあやつられてどろろを殺そうってしたんだけど
そこに鍛冶屋さんが来て、後ろから天邪鬼を丸太でなぐってオシマイ。。

おこわとの結婚はなかったことになったけど
おこわは、別の人にプロポーズされて、その人と結婚することになった
ってゆうおはなし^^



百鬼丸を止めれなくって、いじけるどろろがちょっとかわいそうだったけど
おこわにぐいぐいせまられる百鬼丸がおかしかったし
鬼も人殺しみたいなことしなかったし、バトルもなくって
いつもは暗いおはなしが多いからおもしろかった^^


あと、おこわの村が、なぜか名古屋弁っぽくって
「八十亀ちゃんかんさつにっき」を見てるから何だかおかしかった^^
{/netabare}
{/netabare}
第廿話「鵺の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
妖怪を探し山道を歩いていたどろろと百鬼丸は、賽の目の三郎太という少年に出会う。自分も妖怪を狙っている、と言う三郎太と共に退治に向かうのであった。
{/netabare}
感想
{netabare}
自分のお母さんが鬼神に食べられて、その鬼神と戦わないで逃げた三郎太は
ほかの人も自分と同じ目に合わせようって、鬼神の味方になってたの

百鬼丸はその鬼神と戦ってて
食べられて鬼神の1部になった三郎太ごと鬼神を殺したけど
体はもとにもどらなかった。。

それで自分の体は醍醐景光のところにあると思った百鬼丸が
そこに向かっていくところでオシマイ。。



いままでにも百鬼丸は人を殺してきたけど、ぜんぶ、鬼神の仲間だったし
百鬼丸が、自分の体を上げる約束で鬼神と契約したのに
気が変わって鬼神をたおしてるんだったら悪いのは百鬼丸だけど
にゃんは、百鬼丸って何にも悪いことしてないと思う。。

それから、多宝丸はやさしいいい人だけど
前にも書いたとおり、そんなに人を助けたいんだったら
自分の体を鬼神にあげたらいいのに☆彡って

もしそれがダメだって鬼神が言ったんだったら
少なくっても、百鬼丸にわけを話して
「うん」ってゆうまでイケニエになってくれるようにたのむとか。。

とにかく、人の物をかってに誰かにあげるって
ドロボーとおんなじで
人の命をかってにあげたら、鬼神の仲間だから。。

今まで、鬼神の仲間になって


にゃんは反対する人(鬼神の仲間)はぜんぶ殺しても
百鬼丸はちゃんと自分の体を取りもどした方がいいって思う

それで、取りもどした体は自分の物だから
それで領民を助けるのも自由だし、助けないのも自由だから
助けたいって思ったら
自由に、自分の体を鬼神に食べさせて、領民を守ったらいいって思う。。


でも、その前に、自分の体は取りもどさないと
百鬼丸は自由じゃないから。。

自由じゃないのってロボットとおんなじで、人間じゃないから。。

きっと百鬼丸って、生まれてきたけど
体がそろうまでは、まだホントには生まれてないのかも?


醍醐さんたちにも、そのことに気がついてほしいな☆彡
{/netabare}
{/netabare}
第二十一話「逆流(ぎゃくる)の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
醍醐景光は隣国の朝倉との戦の準備を進めていた。醍醐領に百鬼丸が向かっているという報せを受けた景光は、多宝丸を討伐に向かわせる。
{/netabare}
感想
{netabare}
今回のおはなしを見てて、景光さんが自分のことだけ考える人じゃない
ってゆうのは分かったけど、たくさんの人を助けるためには
少ない人たちを殺しても平気、ってゆうのがよく分かった。。

今まで見てきたおはなしで
15話で自分が治める里を守り抜くため、鬼神に人を喰わせていた鯖目とか
16話のサメ少年のしらぬいとか
鬼神でも、自分の家ぞくとか仲間は守るってゆうのが分かってるから
やっぱり景光さんは鬼神の仲間だって思う。。


百鬼丸は、この前の感想でもちょっと書いたけど
生まれてきたけど、鬼神に体を取られて鬼神として生まれてきたから
体をぜんぶ取りもどすまでは、人間じゃないんだと思う。。

だって、体と心って1つで、
体のない心って幽霊だし、心のない体はただの物だからロボットとおんなじで
きっと、体をぜんぶ取りもどしたら
人間の心も取りもどせるんじゃないかな?って。。

それで、体といっしょに人間の心をぜんぶ取りもどしたら
はじめて自分の体と心を自由にできるんだって思う。。

でも、醍醐家の人たちみたく
たくさんの人をすくうために、ほかの人たちを何人か殺してもかまわない
って思うのが人間なんだったら、人間なんてならない方がいいかも?
{/netabare}
{/netabare}
第二十二話「縫の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
醍醐の城に連れ去られ牢に閉じ込められてしまったどろろ。その牢の前に縫の方が現れる。一方、どろろと身体を取り戻さんと醍醐の城に向かおうとする百鬼丸の背後に、アヤカシと化したミドロ号が立っていて…。
{/netabare}
感想
{netabare}
今回のおはなしは、百鬼丸のお母さんのおはなしで
つかまってたどろろを逃がして、自分もいっしょにお城を出たんだけど
もともと、百鬼丸のことを忘れられなかったみたいで

百鬼丸をすてるようなこと言っちゃったけど
ほんとは誰よりも大事に思う気もちが伝わってきて
見ながら泣きそうだった。。


そのころ百鬼丸は、アヤカシになったミドロ号に乗って
どろろを取りもどすのに兵隊たちをおそってるところで
自分もアヤカシになっちゃったみたい。。


それから、多宝丸も
百鬼丸以外は取り引きしない鬼神に取りつかれてアヤカシになって
百鬼丸と戦うみたい。。


見てて、悲しい、ってゆうかバカみたい、って思ったのは
1番が、お父さん(景光)が鬼神と契約したことで

2番が、百鬼丸の体を鬼神に渡したあと
生まれたばかりの百鬼丸をすてさせたことだと思う。。

百鬼丸は、みんなをすくった神さまみたいな人なんだから
すてたりしないで

「百鬼丸はこの国を守ってくれてる神さまなんだ」って
百鬼丸にも領民にも言い聞かせて、ちゃんと大事に育ててたら
百鬼丸も「自分はみんなを守るために生まれてきたんだ」って思って
あばれることはなかったんだと思う。。

そんな大事な人を大事にしなかったんだから
バチが当たったんじゃないかな。。
{/netabare}
{/netabare}
第二十三話「鬼神の巻」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
百鬼丸は、鬼神の力を宿した多宝丸、陸奥、兵庫と対峙する。駆けつけたどろろ、縫の方、琵琶丸は、醍醐の国の行く末を巡る、凄まじい戦いを目のあたりにするのであった。
{/netabare}
感想
{netabare}
百鬼丸と多宝丸、陸奥と兵庫の姉弟とミドロ号のバトル回だったけど
姉弟が負けて百鬼丸が手を取りもどしたおかげで
刀の届く距離が変わって、動きにくくなっちゃったんだ。。

そのことを知った多宝丸は
障害物が多いお城に百鬼丸をおびき出して
戦いがはじまったところでオシマイ。。


逃げてきた村人たちが、百鬼丸のせいで国が悪くなったみたいなこと言ったら
百鬼丸のお母さんが
「それはそうなんだけど、誰かにたよって手に入れた平安はもろい。。
自らの手でつかまなかったものは、守ることもできない。。」って

それを聞いてどろろも
「オイラたちは村をおそわれたりして、侍のせいにしてたけど
守りたいもの、ほしいものがあるんだったら
アニキみたく、地面をはってでも自分たちでつかまないとダメなんだ」って

それでこんどは琵琶法師さんが
「でも、気をつけないと、力を求めた先は修羅鬼神かも知れない。。
だからと言って、仏の道、情けの道を行けば。。
どちらに振りきっても、人じゃなくなる」って。。


にゃんはそれを聞いて「カオスの縁」ってゆうの思い出した。。

にゃんはムズカしすぎて説明は書けないけど
きれいにならんで動かないものも、でたらめすぎるものも
命を持てなくって、そのとちゅうのどこかにある
カオスの縁ってゆうところで、命は生まれるんだって。。

動かないのは死体とおんなじで
頭が回転したり、ウデが反対に曲がったりしてでたらめに動くのは化物だから
ふつうに生きてる人は、そのとちゅうのどこかにいるってゆう感じかな?

人も、いい人すぎたら神さまになっちゃうし
悪すぎたら鬼神になっちゃって人じゃなくなるんだったら
そのとちゅうのどこかにいなくっちゃいけなくって
人でいるには、いいことも悪いことも、ちょっとするくらいがいいのかも?
{/netabare}
{/netabare}
第二十四話「どろろと百鬼丸」
{netabare}
公式のあらすじ
{netabare}
炎に包まれる醍醐の城。運命に翻弄される血を分けた兄弟。どろろ、寿海、縫の方はそれぞれの想いを胸に抱え城へ向かう。産声さえあげられなかったその命が辿り着く先は、果たして―。
{/netabare}
感想
{netabare}
けっきょく百鬼丸は多宝丸を殺さなかったけど
お城に来たお縫いの方と寿海さんといっしょに燃えちゃったみたい。。

お縫いの方と寿海さんは、百鬼丸といっしょに逃げられたんじゃやないかな?
って思ったけど

お縫いの方は百鬼丸を抱きしめられたし
あとは、今までほおってた多宝丸といっしょに、死んであげたかったのかも?

寿海さんは、死ぬ場所をさがしてたから
自分で作った観音像を、百鬼丸に渡せたから死ねてよかったのかも?


そのあと、鬼神のお堂に行った百鬼丸は、そこにいた醍醐景光に
「殺せ、そうしたら多宝丸といっしょに鬼神になってこの地を守る」
って言われたけど殺さないで、観音像を置いて
「オレの行く道はそこじゃない、あんたも鬼神になるな」
って言って、どろろは村に残して1人で旅に出てったの。。


そのあと、きれいな娘になったどろろのところに
百鬼丸がもどってきた?ってゆうところでオシマイ。。



鬼神にならなくったって、戦国時代で殺しあったらおんなじことみたい。。
そのあと景光さんは出家したのかも?

どろろはあのお金で、醍醐の国をみんなの国にしたのかな?

でも、お金だけいくらあっても、国は守れないから
やっぱり戦国時代だったら、人殺しはしたのかも?

だけど、おそわれて、しょうがなく戦って殺すのと
自分がおそって殺すのはちがう、ってこのおはなしは言ってたのかも?


どろろの国が、戦国時代をこえてたらいいけど☆彡
{/netabare}
{/netabare}


見おわって。。


領主の親の契約のせいで、体を鬼神に取られて生まれてきた少年が
すてられたけど人形師にひろわれて、人形の体を作ってもらって大きくなって
体を取りもどすために、とちゅうで出会った親のいない子といっしょに
鬼神を退治してくおはなし。。


鬼神と戦うだけじゃなく、人どうしが殺しあったりする
悲しいけど、考えさせるおはなしが多くって
だからグロいけど、絵はすごいきれいだった。。

テンポもよくって、ときどき入るコメディも、よかったって思う。。


「進撃の巨人」くらいグロくっても大丈夫な人にはおすすめかも。。

投稿 : 2019/08/03
閲覧 : 605
サンキュー:

59

lll1

★★★★☆ 4.0
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

MAPPAには未来を感じる

 原作は読んでません。本当に、ほんの少しも。
 各項目の評価は高めですが、そんなにこの作品は好きではないので、割と長めに書いてますけど、描いてる内容はめちゃくちゃ薄いです。


 『どろろ』で初めて知りましたが、本編が始まる前に"制作会社:MAPPA"のオープニングが流れていた。
 制作会社がテレビでこれをやっているのをあまり見たことがない。映画はありますけど、東映であったりジブリであったり。

 今後ジブリやディスニー、ピクサーのように、MAPPAの名を聞いただけで、「MAPPAの作品なら見るよ」というような未来が訪れると良いですね。そのためには『この世界の片隅に』以外にも代表する映画を作っていってほしいですが。

 もう一つ興味深かったのが、製作面です。
 大抵のアニメは製作委員会方式を取り、エンドロールでは「製作:○○製作委員会」との名があるんだけど、『どろろ』は「製作:ツインエンジン」だけだった。
 ツインエンジンはアニメのプロデュース会社です。『どろろ』で初めて知りました。製作委員会方式をとっているのかは分かりませんが、製作面を一企業が行ってくれるのは、非常に興味深い。
 もちろんメリットもあればデメリットもあるので、何とも言えませんが、権利の面では間違いなく良い(楽)ですし、今後の展開がしやすくなる。

 
では本編の方を。
 一番褒めたいのはキャスティングと演技指導です。誰も役者が浮いてない。全ての役者の演技に統一感がもたれている。演技の統一は作品を一個上のランクに上げる大きな要因の一つ。
 
 映画監督だと西川美和の『永い言い訳』がそうで、特に誰かが秀でている演技をしている訳ではなく、下手でもなく、一人だけ浮いていたりすることもない。自然な演技に近づくと、現実味が増す。

 演技指導はけっこうないがしろにされがちにな部分。ひどい演技をしていたとしても、それは監督もしくは音響監督が求めた演技。役者そのものの演技力や表現力にも左右されるけど、本当に演技指導が上手い人は素人でも上手に使う。

 ディズニー・ピクサーのアニメを観ていても感じることが出来るところです。『トイ・ストーリー』は唐沢寿明、所ジョージ、最新作はチョコプラをキャスティングしていますけど、不満なんて聞かない。
 『ズートピア』は主演が上戸綾で、サバンナ・高橋もキャスティングされてましたが、日本語吹き替えの演技指導をされてる方が相当上手いんでしょうね、『トイ・ストーリー』同様不満の声は聞きません。

 是枝裕和が『誰も知らない』でタレントのYOUを起用したのは、バラエティ番組を見てて「いかにも育児放棄しそうなキャラクター」というこれだけの理由です。

 『どろろ』は、近年のアニメではあまり見ない秀逸なキャスティングと演技指導でした。鈴木梨央は小林星蘭同様、大切にしたいきたい役者。

 
 物語・作画については不満はないですし、めちゃくちゃ褒めたりはしないけど、良い出来だったと思います。
 キャラクターも悪くはないけど、ほとんどのキャラクターが胡散臭いっていうのはある。「どうせコイツが黒幕じゃん」とか、そこはちょっとワンパターンに感じられたかな。もうちょっと協力する話があっても良いのに。

 音楽も申し分ないけど、2クール目のOPについては不満しかない。時代劇だっていうのに、アジカンはそんなの関係ない曲を作ってきた。そりゃ、あんなオープニングムービーにもなるよ。本当に聞いてられなかったし、見ていられなかった。

 1クール目はOP,ED共に良かったですね。他作品には無い『どろろ』の色が出てました。
オープニングムービーは絶対『トゥルー・ディテクティブ』の影響受けてる。


 最終評価は 6 / 10点です。

投稿 : 2019/08/03
閲覧 : 27
サンキュー:

3

KANO

★★★★☆ 3.9
物語 : 4.0 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

半世紀前の名作

流石に原作、前作は知りませんでした
期待して視聴しましたが、もちろん悪くは無いんですが今となっては、ですかね
時間があれば前作は観てみたいです

投稿 : 2019/07/30
閲覧 : 20
サンキュー:

4

ネタバレ

ninin

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

魂の叫び

原作既読 全24話

戦国時代前のお話、領主である醍醐影光は国繁栄のため鬼神たちに生まれた我が子百鬼丸の体を捧げました。体を奪われた百鬼丸は拾われて大きくなり、体を取り戻すべく旅に出て知り合った「どろろ」とともに鬼神を倒す旅をするお話です。

目が見えない耳も聞こえない状態で、どうやって敵と味方判別しているのか分かりやすく表現してましたね。

お話は1〜2話で完結しますので観やすいと思います。

ただ、時代背景もあってかなり残酷なシーンもありますのでご注意くださいね。

色々と原作を改変していましたが、そこまで気になりませんでした。

悲しいお話もありましたが、原作より優しい感じがしましたね。

原作は諸事情でかなり強引で中途半端に終わっていましたが、この作品はきちんと終わっています。
{netabare}
できればどろろが大きくなる過程や旅から帰ってきた百鬼丸を迎えいれるところまで描いてほしかったです。
{/netabare}
各キャラクターの心情や激しいバトルなどきちんと描いていたので面白かったですね。

OPは前半が女王蜂さん、後半はASIAN KUNG-FU GENERATIONさん、EDは前半はamazarashiさん、後半はEveさんが歌っています。どの曲も好きですが、女王蜂さんの曲が一番印象に残りましたね。

最後に、手塚治虫氏同原作のブラックジャックを購入するため古本屋さんを巡って集めていました。そのときに出会ったのがこの作品でした。

投稿 : 2019/07/26
閲覧 : 53
サンキュー:

22

ネタバレ

ぺー

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

こういったリメイクは大歓迎

原作は読んでないんだなあこれが…


原作者は説明不要の漫画の神様。1969年(昭和44年)アニメのリメイクです。
制作会社に旧虫プロの流れをくむ(といったらほぼみんなだけど)MAPPA。そして手塚プロ。手塚治虫から始まったアニメーションの歴史の一つの結実みたいで生き証人になった気分です。
昭和44年といえば安田講堂陥落のあった年。節目は節目でこういった世相も作品には反映はされてますね。

時代は応仁の乱近辺で、みんな大好き戦国時代へ向かう過渡期。国は乱れ各地方を治める領主の治下もジリ貧の状態。
荒れた土地そして苦しむ領民。領主醍醐景光は鬼神と取引をし、領地の繁栄と引き換えに自身の子を人身御供に捧げます。はたして産まれてきた子は体のあらゆる部分が欠損していて、ちょっくら一悶着した後に小舟に乗せて川へと流される。
その流された子が主人公百鬼丸。道中出会ったどろろと共に失われた体を取り戻しにいくというお話です。

あらすじ読んでも暗めな雰囲気は伝わってきます。敬遠される向きもあるかもしれませんが、単なる暗い話ではありませんでしたよ。
50年前の原作も前作アニメも知らずフラットに鑑賞できた上でどうだったかというと、これは当たりでした。
新しい古いは正直なところよくわかりません。しかしながら普段観てる作品とは違った描かれ方をしてるなーという部分が自分には心地よかったです。具体的には2点ほど。


■3ステップ構造

基本設定を動かせば収拾がつかなくなるもの。だいたいは“勧善懲悪”だけ。または“二つの正義”だけとどちらかに固めて動かすものではありません。最初に前者と見せて徐々に後半を見せる手法は名作ではまま見受けられます。
ここを段階つけて両方見せてきます。さらにキャラ変“同じ人でも揺れる”が入ってくる仕掛け。それでいて物語がきちんと成り立っているのでした。


STEP1 勧善懲悪
安心安全かつ分かりやすい反面深みを期待してはいけないのが勧善懲悪もの。鬼神VS百鬼丸と外面はその体裁を保ってるのが本作。
当然それだけでは終わらないわけですが、共感しやすい土台がまず敷かれることになります。
{netabare}物語は早々にSTEP2の装いを呈します。が、巡り巡ってラストは人間の善なる部分への期待へと戻ってまいります。{/netabare}

STEP2 二つの正義
互いの正義のぶつかりを上手く消化すると良作が生まれます。ところどころで表出しつつ、代表では百鬼丸と多宝丸にて描かれた本作です。
簡単に言えばよくある良作なわけなんですが、とはいっても単純な勧善懲悪よりも構造が複雑になります。ここに至るまでに収拾のつかなくなった作品なんて山ほどありますよね。

STEP3 同じ人でも・・・
“人”か“そうでない”かという指標が出てきます。「人の皮を被った○○」「畜生道に堕ちる」という文脈での二択。闇落ちという表現が妥当かもしれません。これは主要人物のみならず取り巻きや通りすがりの面々もです。
キャラ変みたいなもので同一人物でも光と闇を行ったり来たりとより複雑化。
{netabare}しまいにはお馬さんまで行ったり来たり。これ「畜生にすら…」を強烈に印象づけました。{/netabare}


{netabare}・簡略するとこんな感じかしら
-STEP1 Aは善 Bは悪
-STEP2 Aなりの正義 Bなりの正義
-STEP3 Aは善であり悪 Bは悪であり善{/netabare}


昭和一桁世代は10代で世の中の価値観が大転換しちゃったのでその影響も・・・
とまことしやかに高説をぶることも可能ですが、いややりかけましたが、シンプルに面白いのです。カオスになりそうなところを纏める手腕は原作の良さもさることながらアニメスタッフも良い仕事をされたと思います。


■分をわきまえた人たち

現代風にいえば、自由には責任が伴うですとか権利を謳うには義務を果たさなければならないですとか、そういった当たり前の感覚を身につけている人たちしか登場しません。
似たようなのに、「ほんとうの悪人が出てこない」がありますがちょっと違います。

 分をわきまえている

のです。派手なキャラ、尖ったキャラ、突出したキャラはいません。そこが良い。
それでいてキャラが誰が誰だかわからんということもなく、じわじわとくるのです。地味なの嫌いでなければたぶん大丈夫ですよ。

{netabare}・例えばこんな人たちかしら
1.お須志(第4話)
再会を心待ちにしてた兄を斬られたわけですが百鬼丸に恨み言一つぶつけないんですよね。兄を想う気持ちと兄の起こした所業とを天秤にかけるような描写すらありません。ただただ受け止めます。兄がやらかしたことを重々承知しているからです。
涙を流しながら「どうして?」と百鬼丸にすがる演出よりも彼女の悲しみがより伝わってきました。

2.ミオ(第5話~第6話)
どろろに仕事の内容がばれた時に、言い訳するでも口止めするでもありません。賤業であることを自覚しそれでもなお希望を失わず。
恥ずかしさに取り乱すなり開き直るなりの描写ではないため、より彼女の諦めの深さが伝わってきます。人としての誇りを失ってないこともわかります。どろろの返しもまたいいんですよね。

海軍大将で日露戦争の勝利に貢献しのちに総理大臣も務めた山本権兵衛。渡辺崋山や高野長英などを弟子に持つ松崎慊堂。いずれも奥さんは元遊女です。
職業に貴賤はありません。そして職業や身分よりも、その人物が、人として尊敬できるかどうかや、人としての矜持を失わずに生きているかどうか、そういうことを大切にしてきたのが日本人です。ミオはそんな人でした。{/netabare}



“3ステップ構造”そして“分をわきまえた人たち”
このへんを「アニメでは珍しいな~」と感じながらの視聴でした。地味ながら見応えのあるお薦めの良作です。


最後にどろろ…
本業声優ではない14歳の子役の方が演じられてますが、めちゃくちゃ巧かったと思います。
アニメ声が出るとかいう話ではなく、子供の喜怒哀楽がストレートに伝わってくる名演。演者は鈴木梨央さん。ハマリ役でした。
全体通しての展開や役回りからタイトルが“どろろ”であることに違和感がない全24話。難しい役どころだったと思います。お疲れ様でした。



※余談
其の一
『進撃の巨人』『ジョジョの奇妙な冒険』そして『どろろ』と、シリーズ構成を小林靖子さんが手がける作品にお世話になりっぱなしです。

其の二
足利義教がけっこう好き ※作中には出てきません

其の三
自分の親父が借りてきた『忍風カムイ外伝』を少年期に観てた私にとってはややダーク感は薄いと感じる



2019.07.14 初稿
2019.07.22 修正

投稿 : 2019/07/22
閲覧 : 917
サンキュー:

49

ネタバレ

MuraBustan

★★★★☆ 3.7
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

女の子

やっぱり手塚原作は面白い。どろろが女の子なのは、すっかり忘れてた。

投稿 : 2019/07/22
閲覧 : 33
サンキュー:

7

ネタバレ

徳寿丸

★★★★☆ 3.4
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

悪くはない・・・ないのだけれど・・・

手塚原作既読?(2019.7)
いくつか手塚漫画は読んでいて「どろろ」も確か読んでいたと思う(ただ細部は記憶が曖昧)。ただ百鬼丸が最初からどろろ達とコミュニケーションを普通に取れていた(テレパシー的な?だったっけ?)のは覚えている。むしろ2人の軽妙なやり取りが物語を進めていたように思う。しかし、このリメイク版?は百鬼丸がほとんど話す事がなく感情すら持たない人形のような立ち位置で始まる事が原作と大きく異なる部分といえる。故に自分なんかは原作にはない部分だしこの挑戦が吉とでるか凶でるか興味を持った部分でもある。と同時に百鬼丸が人間性を取り戻す過程でより明確にどろろの存在意義を見出す事が可能になったともいえる。またどろろ自身も原作の悪ガキっぽさより愛らしさの方がより強く出ていたと思う。故にこれはこれでありなんだけど・・・うーーーん、なんというか全体的に手塚漫画の人間への不信と希望、どうしようもない愛憎みたいなグサッとくる部分がややぼやけちゃったのかなと少し残念な気もするんだよなぁ。

私のツボ:おこわ


余談:{netabare}本来、作品と関係ない事なので・・・と逡巡しながらも、アニメ好きの一個人として日本アニメの創世記に多大な影響を及ぼした手塚作品に因み先日(2019.7.18)起こった京アニ放火事件について一筆記そうとと思う。
徐々に容疑者身元や動機について情報が明らかになってきているが本人も重体でありまだ真相はわかっていない。今回の事件で京アニ勤務の方々が実に33名も命を落とし更に多くの重傷者が出ている。これほどの甚大な人的被害がアニメ業界を襲ったのである。自然災害ではなく1人の狂人?による悪意?によってである・・・あまりにむごいではないか。この事件について参院選の真っ只中の政府からは何のコメントも出されていない。世界に誇る日本のサブカルチャーの一翼を担うアニメ業界今後数十年に及ぶ人的損失に政府主導でクールジャパン等と持ち上げていた政府が何も発しないのである。そもそもアニメ業界にはびこる悪習(過酷な労働条件等)も見て見ぬふりであり所詮日本アピールに都合よく持ちだしただけであり彼らは結局たかがアニメなのだ。非常に不謹慎ながら今回の事件が国会議事堂爆破で議員300人が亡くなったというなら私は自業自得と気にもしないだろう。なぜなら彼ら税金泥棒の代わりはいくらでもいるからだ。しかし対して狭いアニメ業界でのクリエイティブな仕事は亡くなった33人及び重軽症者の代わりはおいそれとはいかないのだ。もっと政府は今回の事件を重く受けとめるべきだ。業界への配慮を示すべき。もう日本が世界に誇れるものはそう多くはないのだから。
それと別の視点で怖いのは今回の事件で容疑者が前科、精神疾患持ちの場合過度な法整備が行われないかという点だ。いうまでもなく差別に直結するし個人のプライバシーを著しく制限できる方向にもっていけるからだ。返す返すもこの事件は国民生活を著しく息苦しくさせる可能性を秘めている。
そして、メディアだ。この手の犯罪で容疑者が所謂オタクといわれる部類に属する場合、こぞってオタクを犯罪予備軍扱いする無責任コメンテーターが出てくる。その場にアニメとは無縁の人物で固められている場合が多い。そのような意見が出るのは仕方ないにしても実際、アニメに関わる人間も含めた中で意見なり議論なりするべきだ。オタクは悪ありきで主導するのはメディアの悪である。だが冷静にみればどの局も深夜アニメを大なり小なり放送しているわけでオタク悪の論調になった場合、是非MCは「うちの局も深夜アニメやってますがメディアミックス展開でそこそこ儲けてますがこれオタク層がいればこそなんですよね・・・」といってもらいたいものだ(笑)。
とりとめもない話になってしまったが、これを機に国はもっとアニメに対する評価を改めてほしいし、アニメに関わる人たちがこれ以上憤りと落胆に見舞われる事のないよう切に願う。{/netabare}

投稿 : 2019/07/20
閲覧 : 64
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5

ネタバレ

anime

★★★★★ 4.1
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

アニメ化してくれてありがとう

戦国時代に入りつつあるような乱世が舞台。父親が鬼神と取引して、生まれてすぐに手足や目鼻などを食われて捨てられてしまった主人公百鬼丸は、義手や義足の技能を持った医者に奇跡的にひろわれ、剣術を身につけて旅に出る。そして「どろろ」という名前の孤児と出会い、一緒に鬼神たちを倒し、失った身体の一部を少しずつとり戻していくというお話。

序盤は各地で物の怪や鬼神と対峙する1〜2話完結を主軸に、中盤から終盤にかけては自分を捨てた父や母、弟との出会いを経て、恐ろしく数奇な運命に決着をつけようと主人公が必死に足掻く姿が描かれます。

エピソード毎のお話も見事ですが、いろんな形で世の中の不条理をあぶり出しつつ、親や兄弟と対峙させるまでに展開する流れが本当に素晴らしかったです。

実の母、そして育ての親から「自分にお前を救うことができない」とはっきり言われるシーンは圧巻だったと思います。そしてこの究極の絶望から自分はどうすべきか、どうあるべきかについて、答えを探し続ける百鬼丸の姿に胸を打たれました。

また、ラストで実の父親が「唯一の誤りは産婆に任せたこと。一思いに自分が・・」と語るシーンは、武士としてそして父親としての想いが吐露された言葉として、とても重みを感じました。

時々こういうすごい作品に出会うので、深夜アニメのチェックはやめられません。
傑作だと思います。

投稿 : 2019/07/18
閲覧 : 16
サンキュー:

3

くにちゃん

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

キレイにまとまってました。

手塚治虫の未完作を上手くまとめていただきました。画も最期まで安定してましたし、声優さんも正直どろろの声に最初は違和感があったものの、上手くなったのか、私が慣れただけなのか、最期の方は違和感なく聞けました。

ただまあ個人的にはもう少し好きなキャラの一人や二人は欲しかったですが我が儘ですかね?

投稿 : 2019/07/15
閲覧 : 34
サンキュー:

5

ネタバレ

STONE

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

とりあえずの簡単な感想

 原作や1969年のアニメは幾つか目にしたことはあるが、頭からちゃんと読んだり、視聴
したことはないぐらいの感じ。
 伝奇ものだが、全身が作り物の体を持つ少年が自身の体を取り戻していく展開や体に武器が
仕込まれた百鬼丸の身体的特徴など、基本的設定が目を引く。今でこそ、本作に影響を受けた後続の
作品があるが、発表当時はかなり斬新な設定だったのでは?。
 妖怪とのバトルものに、百鬼丸の出自による悲劇的ストーリー展開、百鬼丸とどろろの
ロードムービー的味わいと二人の成長譚、更に乱世を背景にした様々な悲劇とそれでもたくましく
生きていこうとする民衆の姿など、幾つも魅力があって飽きさせない。
 もっとも2クールの中盤には中だるみ感を感じたり、作画の乱れを感じることもあったけど。

 原作が未完だったこともあって、終盤はほぼオリジナルのようなもので、どうしようもなく
絶望的な感で進んだ割には、百鬼丸とどろろに関しては結構前向きな終わり方。この辺はシリーズ
構成やメイン脚本の小林 靖子氏が見事だったんじゃないかと。
 もっとも時代背景を考えると、乱世はまだまだ続くわけで、先に関しては平和的な展開が想像
できないんだけど。

 キャストに関して、メインの百鬼丸役の鈴木 拡樹氏、どろろ役の鈴木 梨央氏のいずれもいわゆる
声優さんではないために視聴前は不安感があったが、いざ視聴すると杞憂に終わった感じ。
 特に鈴木 梨央氏は年齢的にも役者として成長期に当たるのか、回を重ねるごとにうまくなって
いった感があった。

2019/07/15

投稿 : 2019/07/15
閲覧 : 48
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4

ネタバレ

kororin

★★★★☆ 3.5
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.0 音楽 : 4.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

何故に今頃リメイクか分からないけど、とにかくホゲホゲタラタラホゲタラポン!(ひょっとして作品登場後、半世紀記念?)

2019.01.23 初見印象◎

東京オリンピックも終わった翌年の1965年(昭和40年)以降、水木しげる御大の「墓場鬼太郎」が「ゲゲゲの鬼太郎」に改題連載され、人に害をなす妖怪を退治する鬼太郎のブームがジワジワ浸透してきた頃、
戦後コミック・アニメの先駆者&神様と言われつつも同業漫画家の才能に何かと嫉妬深い手塚先生。(楳図かずお先生や石ノ森章太郎先生とか、他にも色々の方々に対しても)
「ボクにだってね、コレぐらいの事はやれるんですよ!」と対抗して生み出されたのが『どろろ』ではなかろうかという『噂』も最近では囁かれてます。(あくまで『噂』です)
そして1967年(昭和42年)、少年サンデーにて漫画「どろろ」連載開始。でも暗いストーリーに不評だったらしいです。 ああ、あれから半世紀。(ホント、50年も経ったんだ!)
言わずと知れた手塚先生の異色作で、何かと主人公を逆境に追い込み追い詰め、どん底から這い上がる「生命力の強さ・尊さ・美しさ」を謳(うた)う『手塚テイスト』作品の一つ。(ホント手塚漫画って作品により読んでて何度心が折れそうになったやら)。

・1969年(昭和44年)には白黒アニメ。劇中の男性コーラス(「ん~ん~ん~ん~・・・」っていう暗いコーラスのアレ)も相まって、子供向けTV漫画(アニメ)なのに「物凄く暗い」仕上がりでやや不評。
・2004年(平成16年)のプレステ2では「無限の住人」の沙村広明先生がキャラデザしたゲームが出たり、
・2007年(平成19年)には妻夫木くん主演の実写映画になったり、
・2000年以降から、たま~に舞台演劇にもなったり、
・成長した「どろろ」が「ドロロンえん魔くん」と一緒に「百鬼丸」を探す旅をする永井先生の漫画が出たり、
未だ何かしら『尾を引く』作品。(白黒アニメは一応完結した〆方にしたものの原作漫画や映画は未完で終わっており、何かしらモヤモヤした感じが作品にふれた人それぞれの妄想を掻き立てるのでしょうか?)

そんな「どろろ」が2019年1月から放送。アニメーション制作は「MAPPA」と「手塚プロダクション」。製作は「ツインエンジン」と『質』が高そうです。
リメイクにあたって色々改変(改正)&ディティール設定なんかもあり、原作で不明瞭だったところが付加したストーリーで描かれて見応えありそうですネ。

身体部位を奪った妖怪を倒して取り戻す百鬼丸の物語ですが、勧善懲悪色がやや濃いめの鬼太郎と違い「人の業」の深さを描いているので今回も暗そうです。

三話まで見て、{netabare}
・原作と違い今回の百鬼丸は、序盤「会話に近い意思疎通(テレパス)」が出来ず「魂の色」を感じて敵味方を判別することしかできないので、声も出せずコミュニケーションはかなり不憫。少しづつ『人の心』を創り出すような今後の成長が注目。
・原作ではゲスト扱いだった盲目の琵琶法師で居合いも嗜む琵琶丸が準レギュラー?でもスートリー進行を助けるような役回りは好感。
・原作で百鬼丸が恋した(愛した)戦災孤児の世話をしている未央(みお)。OPやPVで意味ありげに出てるので彼女の登場に見る前から心が痛みます。(若い頃、原作読んだ時に軽いトラウマになったもんです)
・百鬼丸の育ての父・寿海が何故『侍』を辞めて医者になったかというエピソードが熱い!しかもCVは医者だけにブラック・ジャック(大塚明夫)と何か嬉しい。(笑)
・残酷な戦乱描写もさることながら、戦災で手足を無くした子供の描写もあり、今回何故「地上波放送」されないのか納得。(暇な「クレーマー趣味」の輩を煽らない対応策?)
・百鬼丸の両腕の仕込み刀。長さが収まりきらないのか、肘からハミ出ている感じがちょっとリアルで面白い。
などなど。{/netabare}
「ヘタな仕事」はしたくない意気込みが感じられるますし今後も期待出来そうです。

幼少時は子供特有の憧憬で仕込み刀の百鬼丸がカッコよく見えたもんですが、年を経た今では生まれながらに親の業を背負い、身体部位が戻る度に激痛でのたうち回り、そうまでして「人」になろうとする姿を見ていると色んな意味で心苦しいです。

さて、
・PVにも出てた「妖刀・似蛭(ニヒルって・・・)」にとり憑かれ、凶剣鬼となった仁木田之介(にき たのすけ)と百鬼丸との対決。
・「どろろ」は何故{netabare}女の子なのに「男の子(生意気なクソガキ)」のフリ{/netabare}をしなければならなったのか?(大体皆さんご存知でしょう?)
・どろろの両親、盗賊集団の頭だった火袋(ひぶくろ:手塚スターシステムのブーン)とその妻・お自夜(おじや)の末路。
・OPにも出てた盗賊集団の裏切り者・イタチ(手塚スターシステムのハム・エッグ)の策謀(野望)。
・実の兄弟と知らずに邂逅、そして敵対してしまう百鬼丸と弟・多宝丸(たほうまる:蟹頭)の行く末。
・因縁の実父・醍醐景光(だいごかげみつ)と実母・縫の方(ぬいのかた)と百鬼丸の運命は?
・百鬼丸は果たして『人』に成ることが出来るのか?(何か「ダーク・ピノキオ」みたいに思えてきた)

と、色々ドラマイベントはありますが、どんな風に味付け調理した仕上がりになるか今後も楽しみです。



2019.07.15
【感想あにこれ・・・じゃなかった。あれこれ】
現代風解釈と創意工夫を盛り込んで良作の部類であったと思います。自分は満足です。 ただ、キャラたちの「物分かりが良過ぎる」展開がチョット不自然すぎたように思えます。なので予想して身構える程『鬱』な感じはしなかったです。

自分で言っててなんですが「ピノキオ」的ファクターも少しありましたね。
百鬼丸→ピノキオ
どろろ→コオロギの幽霊・ジミニイ(ジェミニ)
寿海→ゼペット爺さん
{netabare}
[百鬼丸]
これまでの百鬼丸と違い、「ニヒルで物憂げで危ないお兄ちゃん」ではなく「本能に生きる無垢なモノ」というようなキャラ設定。当初は声も出せず、声を取り戻しても「言葉」を知らないのでカタコトで少ししか話せないまどろっこしさが「リアル」でイイ。
対人、対物の識別を『魂の色』で感じるというアイデアはよかったですネ。敵意あるモノに対しては視聴者側にも解るように小さな「赤い炎の数」で判るという、まさに『人間ドミネーター(サイコパスガ規定値ヲ超エテイマス。執行対象デス)』(笑) 人体欠損部位も48カ所から12カ所に変更されてるのも何となく納得いく設定(そら、48カ所もなかったら生きてられないって!)。
様々な経験で取り戻していく「体」、育まれていく「心」。本来あるべき「人」になっていく百鬼丸。しかし最後の試練は・・・鬼気的なもので、一歩間違えれば「闇堕ち」でした。
声は2019年の舞台版・百鬼丸と同じ鈴木拡樹さん。セリフ殆ど無いですが悪くはないです。

[どろろ]
もう大体ネタバレされてる様に「女の子」です。父母を死に追いやった「侍社会」を憎み、無鉄砲・啖呵と威勢だけは一人前で天涯孤独。女々しさで生きられるほど世間は甘くなく、男装で悪業(コソ泥稼業)をしてまで生き抜こうとするバイタリティー。原作では「バカなクソガキ」でしたが、今回は小さいながらも百鬼丸を気遣う母性(女性?)的な面や、社会体制(民百姓の暮らしなど)を真剣に想い悩み考える「賢さ」がステキ!
声は鈴木梨央さん。本業は子役からの俳優・タレント業ですが、それほど悪くはなく良かったと思います。「下手クソなのに無理くり入れたアイドル」よりは!「滑舌悪いのに採用されるタレント」よりはっっ!!!(笑)

[寿海・琵琶丸]
かつては武士だった寿海。戦さ(殺傷)に無常を感じ、武士を辞めて大陸(朝鮮か中国?)に渡航して医術を学び、「白」一族からはからくり人形の技術を習得。(ココは嘘です。でも時代的に白銀・金兄弟が西欧目指したのもこの時期かも。)(笑)
帰国後は戦場で「かたわ(身体を切り落とされた)」の遺体に義手義足を取り付け五体満足の「人の姿」にして供養したり。戦傷で無くした手足を義手義足で補う治療医師を行い戦没者に対しての贖罪のような生活・・・う~ん、業が深いような・・・
原作では、この頃の医術って「薬湯」が主流なのに対し、寿海は「外科」をを行う「異端医師」なので、人里離れたところに居を構えてたんだけどね。

気がついたら何故かいる琵琶丸。困った時に現れる琵琶丸。出てくる度に禅問答みたいな「道」を示す名バイプレーヤー。(笑) 全盲なので視界が百鬼丸と「同じ」というのも面白い。

[未央]
「相愛同士は結ばれず、悲運を乗り越えてこそ人間賛歌」という手塚トラウマの一つ。(苦笑) 幼少時、原作読んでび未央が百鬼丸に「汚れた女」という告白の意味が良くわからなかったのですが、大人になって察しがつき、今回気を引き締めてみましたが・・・やはり辛かった~~。(泣)
劇中歌「赤い花白い花」は昭和童謡なので作品(時代的)に合っていたかたというと・・・私個人としては△デス。

醍醐家の人々
[醍醐景光]
原作では野心の強い憎たらしい「外道暴君」でした。今回は領地の君主としてやや人間味ある感じに思えます。作中寡黙なシーンになると、ヤってしまった事(生まれたばかりの息子を鬼神に貢いだ)への後悔やら、贖罪やら、無かった事にしようと払拭する思いやらが、普段の固い表情からジワジワ伝わってきそうでした。毎度作品によってオチが違う景光。今回は・・・コレでもアリかなと思います。

[縫の方]
悲しい程典型的な普通の女(ひと)。身を痛めて産んだ我が子が人の姿をしてなくても慈しみ、しかし家長・景光の命で泣く泣く手放した事への後悔と懺悔。
運命の再開で叫んだセリフ。「百鬼丸!許してください!わたくしは・・・わたくしは!・・・そなたを・・・救えませぬ!」。コレは心底身につまされる思いです。それでもなお、「母」の愛は強かった(?) 終盤は結構立ち回ってくれました。

[多宝丸]
どろろに次いで準々主役。原作では武家社会にふんぞり返った憎らしい若き暴君でしたが、真っ当に次期・醍醐家当主になるべく日々研鑽し、国(領地)と領民を思い、歳の近い戦災孤児・陸奥、兵庫の姉弟を幼少時から従者に付けて人間味ある若様ぶりに成長してきました。が、ただ気になるのは頑張っても母・縫の方が自分を気にかけてくれないこと。その原因となる百鬼丸が現れると・・・兄が居たことに嬉しかったのもつかの間、
・百鬼丸が鬼神を倒して体を取り戻す度に醍醐の土地は疲弊していく。
・母の憂いの原因は実兄・百鬼丸への愛のみにあった。
という事実に、
・領主としての使命感20%
・母の愛を独り占めされてるような嫉妬感80%
ぐらいの比率(笑)で執拗に百鬼丸と対立。いろいろガンバッたんだけど・・・ものすごく不憫で可哀想な役まわりでした。

でも城下町でお団子喰ったら、ちゃんと銭は払おうね。(笑)

[オリジナル・エピソード]
幾話かアニオリがありましたが、
第七話「絡新婦」
女性型人外と若者(男)のなれそめ話ってケッコウ好き!

第十九話「天邪鬼」
終盤間際なのに、イキナリの手塚ギャグ・テイストの投入!ヒョウタンツギにスパイダー(オムカエデゴンス)まで出てくるとは!!(笑)
{/netabare}
厳密にツッコめば甘々なトコロも多少ありますが、リメイク物として設定や時代考証など割と丁寧に作り込んでた部類だったと思います。

投稿 : 2019/07/15
閲覧 : 87
サンキュー:

12

ネタバレ

てっく

★★★★★ 4.9
物語 : 5.0 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

色々な目線や感情、思いや願いを見せつけて考えさせてくれる作品。

有名な手塚治虫さんの『どろろと百鬼丸』のリメイクです。
原作では鬼神の数が多く、また完結してないこともあり期待と不安が入り乱れての視聴となった。
最終話を終えて、これほどまで細部に渡り人間の哲学的な部分を考えさせられた作品には初めて出会った気がする。
手塚さんの作品には、何かメッセージ性の強さがある印象を持っていた為、
主役である百鬼丸やどろろの目線での思考や感情だけではなく、父や母、弟や育ての親、その他の登場人物においての「何が」を想像し考えを巡らせてみる。
そこには、人としての正しさや生きて行く為の正しさなどが見え隠れする凄く面白く深い作品。
本当の意味での「人とは何か?」を見せてもらった。
そんな作品。

{netabare}
17話で百鬼丸が寿海と再会し、「おっかちゃん」と言った時には胸が詰まる思いでした。
これは、子を育てた経験がある人なら、寿海が「それは違うぞ」と涙ながらに返した感情が強く心に入って来るのではないでしょうか。
最終話の着地地点も賛否はあるだろうけど私的には良かったと思います。
ラストのどろろが大きくなった姿で金色の中を走り百鬼丸が振り返り笑顔を魅せる。
二人の歩みが実を結んだ事とミオが命がけで取り返した種もみが生かされた素敵なシーンでした。
{/netabare}


なんでしょうね。(笑
第一話でのどろろちゃんの印象は、
「妙に煙たい子やなぁ」という印象だったのが、
回を追うごとに可愛く見えてくる。そして芯の強い子。
だからこそ惹かれるんでしょうね。
声優の元子役の子も、初めは慣れてない印象だったけど、回を追うごとに上手になってきて、よくやり切ったと思う。

景光が鬼神と取引きした「国の繁栄」。
これは本来、『人が』背負うべきモノではないだろうか?
干ばつや疫病などの自然災害。人が人の為に繁栄させる物事。
これら全てにおいて、神ではなく人が乗り越えなきゃいけないもの。
それを神に身代わりさせると言うことは、人が人として学べる事までも奪い放棄してしまう。
苦難を乗り越える事を知らない人間で成り立つ国は、いずれ綻びが出て崩れる。
そんな気がする。


「離ればなれになるってことは
一度は一つになれたかな」

投稿 : 2019/07/13
閲覧 : 47
サンキュー:

14

シャベール大佐

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

観るものにいろいろ考えさせる、ダークファンタジー風の戦国時代劇

手塚治虫の漫画を原作とした、ダークファンタジー風の戦国時代劇。全24話。
実の父親が国の繁栄を鬼神に願ったため、引き換えに身体を奪われた少年・百鬼丸と、百鬼丸を「あにき」と呼んで慕う孤児・どろろの2人が主人公。彼らが旅をしながら鬼神を倒していき、奪われた身体を取り戻していく、みたいな感じで物語は進みます。
作品の前半部分は、旅先で出会う人たちのドラマと絡めながら、百鬼丸が鬼神を倒していく様子を1~2話完結で描いていますが、戦で親を亡くした子供らの面倒を見ている少女の話や、蜘蛛の妖怪の話など、心に残るエピソードが多くあり、非常に面白かったです。一方、後半になってストーリーのまとめに入っていくと、なんだかあまり感情移入できない話が多くなって、ちょっと失速してしまったという印象は否めませんでした。この作品では、図式的に必ずしも百鬼丸が正義というわけではなく、善と悪に曖昧な部分がありますが、それは物語に深みをあたえ、観るものに考えさせるという効果があると同時に、すっきりした結末を難しくするというデメリットもあったようです。問題としては面白いけれど誰もが納得できる正解がないのでは、終盤の失速も必然だったかもしれません。
作画は、ときどき気になる部分もありましたが、全体的には良好の部類。音楽は、OP、EDとも、1クール目のほうが良かったです。
最後まで観終わって、普通に楽しめました。前半が素晴らしいので、後半に尻すぼみ感はありましたが、それでも観る価値はある作品だったと思います。

投稿 : 2019/07/10
閲覧 : 48
サンキュー:

19

ネタバレ

剣道部

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

This is Japanimation

[文量→中盛り・内容→考察系]

【総括】
日本で、近年に制作されたアニメの中で、「外国人にオススメしたいアニメ」と言われたら、本作を勧めます。

それは、「最近のアニメで一番面白い」というのではなく、「外国人が喜びそう」という観点です(やや安易ですが)。

例えば私は、食べ物の中でラーメンが一番好きで、日本のラーメンはもはや日本食と言って良いレベルに昇華されているとは思うものの、やはり、「外国人にいきなりラーメン屋を勧めるか」といえば、その勇気はなく。もっとベーシックな和食(の中で旨い店)を勧めるでしょう。

そないな感じです。

作画は、ディズニーやピクサーのようなポップさや、ジブリのような幻想的な美しさがあるわけではありません。が、日本のアニメ独特の格好良さがありました。世界観など、やはり外国人にウケるものに感じます。

原作漫画は、多分大昔(小学校低学年の時)に1度読んでいるはずですが、内容はほぼ忘れています。薄い記憶頼りですが、多分、アニメ化にあたり、かなり簡略化し、現代風にしているように思います。この辺は、賛否あるでしょうね(私はまた別物として楽しめました)。

もし、視聴のポイントを言うなら、「部屋を暗くして近づいて観てね」ですかねw(画面をいっぱいに感じてほしい)

《以下ネタバレ》

【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
「人になることは、人として生きることは、不幸なことなのか?」

そんな問題提起を感じました。

百鬼丸が体を取り戻す瞬間に、初めて得た感覚は大抵、「苦痛」であった。感覚が戻れば、切られた痛み。聴覚が戻れば、雨音に啜り泣きの声。嗅覚が戻れば、硫黄の悪臭。両手が戻れば、血に濡れた武器を持つ。

それでも、それでも百鬼丸は、自身の体を取り戻そうとする。それは、利便性や復讐などではなく、もはや、「性(さが)」。本人にも分からない、どうにもコントロールできない、「熱いなにか」が、百鬼丸を突き動かしていた。

それは、生物として根元的な、「生きる」という意志。最後に目(全身)を取り戻した時、見たものは、母の姿に夕景に、どろろ。全て、美しいものだった。わずかな、救い。

そういう意味では、圧倒的なまでの、「生命讃歌」だった。

原作をちゃんと読んでいないので、手塚先生がこの作品に何を込めたかは分からない。でも、アニメを観た限り、そう感じた。

他にも、考えるべき事柄は多過ぎて、1回観た程度ではまとめきれない。

例えば母親。多宝丸の件に関しては、明らかに母親の愛情不足なのだが、もしかして、百鬼丸は「愛した男の子供」であり、多宝丸は「もはや愛していない男の子供」なのかな? だとしたら、母親もだいぶ、業が深い。

例えば、多宝丸。彼はたくさんの「宝」を持っていたが、最も大切な「愛」をもっていなかった。それは不幸ではあるが、百鬼丸からすれば、また一般の庶民からすれば、「金持ちの無いものねだり」にも感じられる。結局、人間とは、どこまでいっても「足りない」ものなのだろうか。だとしたら、業が深い。

他にも、イタチの死に様、というより生き様は、たんなる悪役と切り捨てられ無いだけの印象を残してくれた。善人も悪行を成すし、悪人も善行を成す。そんな人間の矛盾を感じさせてくれた。

みよ姉も、たんなるゲストキャラとは言えないだけの印象を残してくれた。最後まで汚れずに死んだお自夜(どろろの母)も立派だし、汚れながらも生きようとしたみよも立派だった。この辺は、簡単に良し悪しで語れるものではないだろう。

この色々と五月蝿いご時世に、よくこの原作をアニメ化したなと、感心。勿論、身体に障害を抱えた方にとっては、心が痛む内容であり、許せない部分も多分にあるのではないかと心配する。でも、やはり「表現する」という部分において、力がある原作であることは間違いなく、清濁併せ飲む覚悟で、後世に残すべき作品だろうと思った。

まあ、「人として生きる上で追求すべき普遍的なテーマ」ならまだしも、「アニメ」という「娯楽」において、あまりに「尖った主張」をすること自体は、好きじゃないんだけどさ。
{/netabare}

【余談~ 作品における原作者の影響 ~】
{netabare}
以前、私の大好きな小説家が覚醒剤で逮捕された。そして、本屋から彼の本が消えた。

勿論、覚醒剤は悪いことだ。覚醒剤をやった彼も悪い。きちんと罪を償うべきで、いくらファンだからといって、擁護する気は1㎜もない。

でも、彼の生み出してきた作品に罪があるかと言われたら、私は「ない」と思っている。

勿論、「クソみたいな彼が書いた本はクソだから読みたくない」と思うのも、自由。本屋も商売だから、彼の本を置かないのも、自由。

でも、それ言い始めたら、芥川や太宰の本なんか1冊も置けないでしょ。なんで、芥川や太宰は許されて、彼は許されないんだろうか?

それは勿論、「格」が違うから。

芥川や太宰なんかは、なんていうかもう、「絶対的な是」なんだろうね、国民の中で。芥川や太宰は、もう、「芥川龍之介」や「太宰治」という「存在、ジャンル」であり、「人」としての枠組、常識に当てはめる必要もない。

であるならば、同じように、「手塚治虫」もまた、「絶対的な是」と言える格があるだろう。だからこそ、このような「問題作」もスルーされる。

私が何を言いたいかと言うと、「それで良い」ということ。

芥川や太宰の小説も、手塚治虫の漫画も、全てが道徳的というわけではない。中には、差別的なもの、犯罪まがいのものもあるだろう。でも、それを「臭いものに蓋をする」ように、全てを「無かったこと」にするのが正しいとは、どうにも思えない。

小さい子に読んで聞かせる絵本や童話を、全て「良い話」にするより、「恐い話」や「悲しい話」を混ぜた方が、豊かな情操が育まれるとも聞く。保育園の角という角の全てに柔らかいスポンジを取り付ければ、確かに保育園では怪我はしないが、無闇に走ると痛い思いをするという学びは得られなくなる(勿論、それで死んでしまったら最悪だし、幼い内から汚いモノに触れすぎ、他人を平気で傷付けるようになってもいけない。この辺のバランスは難しいところではあるのだが)。

話を初めに戻すと、私は、芥川の作品も太宰の作品も手塚治虫の作品も、もっといえば、過ちを犯したの彼の作品も、生み出されたモノ(作品)は出来る限り後世に残すべき、伝えていくべきだと思っているということ。

あくまで、フィクションはフィクション。それ自体に人を傷付ける力はない。

人を傷付けるとしたら、そういうものに影響された、人だ。常に。

それが毒なのか薬なのか、それは個人が、あるいは後世の人が判断すれば良い。私たちは、正しく取捨選択するだけの価値観や倫理観、知性を磨けば、それで良い。かめはめ波で人は殺せるが、かめはめ波を実際に撃とうと思う、人を殺そうと思うバカを育てなければ、それで良い。

どろろ のアニメ1作目は、「大人の事情」により、ほとんど再放送されないと聞いた。そんな「問題作」を、これほど高いクオリティで再アニメ化した制作陣に、拍手を送りたい。
{/netabare}


【各話感想(自分用メモ)】
{netabare}
1話目 ☆4
スタートからいきなり深いな。仏への疑心が生まれる前に死ねるのが救い、って、もう疑心は生まれているわけね。

戦闘シーンは、よく動くな~。

前期のグリッドマンでも感じたが、やはり、「ガチの熱量」で作るアニメは、面白い。

2話目 ☆3
焼き魚に驚く、つまり、命が見える。魂の色。話の筋としてはよくある話。自らの身体を取り戻す話。

3話目 ☆4
かなりグロいんだけど、なぜだろう、グロさを感じないのは。古典的な話しがきっちりハマってるんだよな。まあ、そもそも古いんだけど。大陸で学んだという設定がな、オーバーテクノロジーだよな。二組の親子の対比。

化け物が人の器官や感覚を欲しがる理由。痛覚戻りは、この段階では不利だろうな。

4話目 ☆4
聴覚を取り戻し、最初に聞いたのが、雨音と啜り泣きか。

5話目 ☆4
みよ姉、川でナニを新って洗っていたか、だよな。身体を売っていても、魂は綺麗なんだな。歌も美しい。みよ姉、死亡フラグだよな~。得るものがあれば、失うものもある。

6話目 ☆5
痣? 性病? 田んぼを持つのが、夢、か。死んでも身体を売らなかったおっ母ちゃんも偉いけど、身体を売ってまでも生きるみよ姉も同じくらい偉い。

足、戻るもんなの?

心は取り戻したの? それとも元からあって、身体を取り戻したことで復活したの?

性善説、性悪説、そんなところかな?

7話目 ☆4
愛を知り、魂が浄化されるアヤカシ。ますます、性悪説だな。最後の蜘蛛といい、一話目の羅生門感といい、このへんは芥川オマージュなのかな?

8話目 ☆3
なんか前向き過ぎるが、サルは、死というものを身近に感じてきてたかな? と思わせての、夜泣き。緩急が上手い。初めて人間の感覚が役に立ったな。ただ、あの高さから落ちたら死ぬよね。初めてかいだ臭いが硫黄、悪臭か。

9話目 ☆4
どろろの過去。母の強さ。餓死、か。厳しいな。なぜか、ラブコメの波動が(笑)

10話目 ☆4
多宝丸、お坊ちゃんだけど、なかなか優秀。

11話目 ☆4
百鬼丸も、赤くなる。生きていくことは、汚れていくこと。

12話目 ☆4
確かに、言い分としては、分かるんだよな。因果だね~。

13話目 ☆3
新OPも格好良いね。EDは一期の方が好き。 背中に地図。ストーリーが動くかな?

14話目 ☆4
金があれば、余裕ができ、未来を考えられる。その通りだな。

15話目 ☆4
平和な村の様子は、コミカルで、どこか浮世離れしている。作り物の世界のよう。妖怪か、神か。背骨が戻ったか。

16話目☆4
イタチのキャラは、なんだか難しいな。基本的に悪役だが、それだけでもなく。正直、というところかな。

17話目 ☆4
狼狽するどろろ。いよいよ、真実に近づく?

18話目 ☆5
イタチの生きざま、死にざま。良し悪しではなく、ひとつの真実。敵キャラとして、かなり記憶に残るキャラとなった。

19話目 ☆4
珍しい、コメディタッチ。オチまで含めて、素敵な話だったな。こんなんも、箸休めには良いな。

20話目☆3
作画力、落ちてきたな~。

21話目☆4
シリアス、シリアス。らしくはなってきた。

22話目☆4
魔神の力に手を出したらね。壮絶な最後。執着。人とはなんだ? おいらが、手足になる、目になる、だから鬼になるな。母親がな、多宝丸に愛情を注がなかったから、こうなる。でも、もしかして百鬼丸は、「愛した男の子供」であり、多宝丸は、「もはや愛していない男の子供」なのかな? だとしたら、母親もだいぶ、業が深い。あってもなくても、足りない。思えば、鬼神も人間になりたかっただけ。
{/netabare}

投稿 : 2019/07/09
閲覧 : 53
サンキュー:

27

ahirunoko

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

時代設定が受けにくいかな 話は良く出来ているが古さを感じてしまう 

原作手塚治大先生 途中まで既読(数十年前に)

少し内容が変えてある。だから先が読めず新鮮だった。

ラストの締めが難しかったね・・・
まとまってはいるがなんか物足りない。

どろろの声優さん、あえて昔の作品のような演技してたのかな?
だとしたら逆に新鮮で良かったと思う。

作画はキレイだし、なかなか良い作品です。

投稿 : 2019/07/09
閲覧 : 30
サンキュー:

8

とろろ418

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

燻る炎

物語としては閉塞感が強く、予定調和の域も越えず、正直つまらない。
その上、個々の信念よりも運命が勝っているので、哲学的観点も思っているほど強くはなく、
ただただ『見守るだけ』に徹する必要があるので、視聴するのも辛いところ。
これを逆転させればこの問題は解決するのだろうけど、これで納得できないわけでもないので、それ自体がテーマなのでしょう。

良く出来てるが故に評価し難く、個人的にも好きではない。
それでも見るべき作品のひとつに挙げたいと思える不思議な作品でした。

投稿 : 2019/07/09
閲覧 : 36
サンキュー:

2

まことん

★★★★★ 4.3
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

原作、最初のアニメ、映画より好きなエンディング

原作とも昭和のアニメとも違うエンディング(原作とは似てるか)ですが、もしかして一番好きな終わり方かも。
成長したどろろがワンカットだけどちょっとかわいいのが微笑ましい。

いやー、しかしこんなハラハラしたアニメは久しぶりでした。
最初のころの「救いようのない雰囲気」から、よくぞこのラストまで持ってきたなあ、とスタッフの力量に感動しました。
いや大筋では原作に沿った終わり方ではありますが、手塚治虫風のギリギリのところでリアリティを担保して突き放す終わり方ではなく、登場人物がみんな納得してのエンディングに持ってきたところは本当に素晴らしかったです。
まさかの鑑賞後の爽やかさを味わいました。

投稿 : 2019/07/07
閲覧 : 26
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7

ネタバレ

taijyu

★★★★★ 4.2
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

非常にクオリティの高い名作。反権力のプロパガンダだろうが面白いものは面白い。

1話感想 原作未読なのでとても楽しみ
非常に有名な本作ですが、お恥ずかしいですが実は原作未読でした。
なので今回はとても楽しみにしていましたが、期待通り良い出来のようです。
作画レベルが高く内容も面白そうです。

しかし私がこの「奪われた体の部品を取り返していく」系の話を初めて読んだのは魍魎戦記マダラでした。手塚治虫のどろろに影響を受けているという話はあとから聞きました。で、その作者の田島昭宇とよく似た絵だなーと思った人が浅田弘幸で、現在どろろのキャラデザをやっているとか。
何か三角形につながっている感じが個人的に面白かったです。

全話感想
全話楽しみに視聴しました。作画が秀逸で非常にクオリティが高かった。
何より百鬼丸とどろろのキャラがとても良く、素直に応援できました。

戦国を迎える日本の雰囲気が良く出ていた感じがする。
まあ実際どうだったかは知りませんが。
古い時代の虐げられる農民たちってのは左翼教育のプロパガンダなのはわかってますが、そういう教育ばっかり受けてきたせいで違和感はない。
まあ実際戦争ばっかりで全然豊かではなかったのだから生活は厳しかったのでしょう。
奪われたものを取り返す戦い、ただそれだけに邁進する百鬼丸。
それを阻もうとする周りやら国やら体制側。それでも自分のために戦う百鬼丸は格好良くて魅力的でした。
まあ反権力を推奨する、左側な内容ですね。
右寄りな私の政治主張とは違うのですが、こうクオリティが高いと主義主張は違っても認めざるを得ない。
近年の創作は主人公が軍人だったり体制側に立っていく右寄りな内容の方が多い気がしますが、まああの時代はカムイ伝とか反体制な内容が多かった。
手塚治虫自身左寄りな方ですし、そこは仕方ない。
まあ反権力の方が物語としては映える面もありますしね。
面白かったです。

投稿 : 2019/07/07
閲覧 : 70
サンキュー:

12

ネタバレ

ヘラチオ

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

なんでタイトルどろろなんだろ?

妖を百鬼丸が倒していくたびに奪われた体を取り戻していく話。{netabare}父親が鬼神との約定を結び、頭だけ奪い損ねたことから追い回される。{/netabare}

5話と6話が個人的に印象に残る。{netabare}体を売って金を稼ぐわけだが、それでも懸命に他の幼い子供も養っているミオが侍に虐殺されるのは非常に辛かった。{/netabare}

7話が一番好き。{netabare}人間と妖が結ばれた?幸せであってほしい。{/netabare}

やっぱり最終話付近も良い。{netabare}育ての親、実の母、弟の多宝丸が最後どうなったのか気になる。生きているのだと信じたい。あとは他力で得た繁栄など維持できるはずもないというメッセージはその通りだなと思った。ある意味そこが主題なのかなあ。自力で掴み取ってこそ。あとは人も妖も紙一重で、最後は恨みがあるはずの実の父を殺さず人としての生活を選んだのも印象的。どろろの成長も気になる。立派な女性になってた。{/netabare}

単純なバトルとして見ていた。原作をきちんと読んで楽しみたい。僕自身は見ていてあまり考察しきらなくて、いまいちに感じた点もあるけど、比較的面白いほう。

見覚えがある作画だなと思ったらキャラクター原案が浅田弘幸

OP
火炎(FIRE) 歌 女王蜂
Dororo 歌 ASIAN KUNG-FU GENERATION
ED
さよならごっこ 歌 amazarashi
闇夜 歌 Eve
劇中使用曲
赤い花白い花 歌 ミオ(水樹奈々)
さよならごっこが個人的お気に入り。なんか飽きない。


以下はアマゾンプライムから引用のあらすじ。
1. 醍醐の巻
時は戦国。醍醐の国の主である景光は領地の繁栄のため鬼神と取引し、対価として生まれる我が子を差し出した。時は流れある日、幼い盗賊どろろは妖怪に襲われている所を謎の少年に助けられる。その少年の身体は、どこもかしこも造り物なのであった。

2. 万代の巻
どろろと百鬼丸は万代という女性が治める村を訪れる。百鬼丸は何故か突然彼女を前に剣を抜き、村人たちによって土蔵に閉じ込められてしまう。すると土蔵には先客が居て…。

3. 寿海の巻
医者である寿海は各地を回り、戦で傷ついた人々に義手や義足を与えていた。ある日彼は身体のあちこちが欠けた赤ん坊を川で拾い、造り物の身体を与え育てる。「百鬼丸」と名付けられたその少年は、自らの身体を取り戻す旅に出る。

4. 妖刀の巻
どろろと百鬼丸は人斬りの田之介と対峙する。彼が振るう刀は鬼神が宿る呪われた妖刀であった。かろうじて田之介を退けるも、妖刀がどろろの手に渡ってしまい、どろろは妖刀に操られてしまう。

5. 守子唄の巻・上
慣れない「音」に苦しみ、妖怪との戦いで傷を負った百鬼丸は、みおという少女に出会う。彼女は戦で親を亡くした子供の面倒を見ており、百鬼丸も世話になることになった。だが近くに鬼神がいると分かった百鬼丸は傷も治らぬうちにその退治に向かう。

6. 守子唄の巻・下
鬼神から声を取り戻すも、脚を奪われてしまった百鬼丸。荒れ寺に戻り傷を癒やしたのち、再度鬼神に挑みに出る。一方、みお達が待つ荒れ寺では…。

7. 絡新婦の巻
蜘蛛の妖怪・絡新婦(じょろうぐも)は百鬼丸から受けた傷を癒やすため、人間に姿を変え弥二郎という青年を利用する。絡新婦を取り逃がしたどろろと百鬼丸は、立ち寄った村で人攫いが出るという噂を聞く。

8. さるの巻
ある村では、黒雲をまとう大百足の鬼神を鎮めるために、若い娘を生贄として捧げる習わしがあった。姉が生贄となった少年・さると共に、百鬼丸はどろろと協力し鬼神に立ち向かう。

9. 無残帳の巻
風邪で熱にうなされるどろろ。朦朧としながら曼珠沙華を目にしたどろろは、父・火袋と母・お自夜とのかつての日々を思い出す。

10. 多宝丸の巻
醍醐領内のある村では、村人が湖に棲む妖怪の犠牲になっていた。多宝丸は、側近である兵庫・陸奥とともに村人のため妖怪の退治を買って出る。

11. ばんもんの巻・上
醍醐領に入ったどろろと百鬼丸は、国境の砦跡地に残る1枚の巨大な板塀「ばんもん」の存在を聞く。百鬼丸はばんもんに現れる狐の鬼神と対峙するのであった。

12. ばんもんの巻・下
我が子を鬼神に差し出した景光。奪われた身体を取り戻さんとする百鬼丸。今二人は、運命に引き寄せられるように向かい合う。

13. 白面不動の巻
醍醐領を出たどろろは、滝の裏にそびえ立つ巨大な不動明王像を目にする。この不動の正体は、人間の顔を集め自分のものにしてしまう妖怪なのであった。

14. 鯖目の巻
どろろと百鬼丸は訪れた焼け寺の跡地で、辺りを治める鯖目という男に出会う。鯖目の屋敷に招かれ焼け寺と妖怪の話を聞くが、不審な点を感じる二人。

15. 地獄変の巻
鯖目は自分が治める里を守り抜くため、鬼神に人を喰わせていたのであった。百鬼丸は再び蛾の鬼神と対峙する。その頃、蔵に閉じ込められていたどろろは…。

16. しらぬいの巻
どろろはイタチに連れられ、火袋が金を隠したとされる岬へと向かう。岬に渡るための舟を探していると、片腕の少年・しらぬいに声をかけられる。

17. 問答の巻
寿海は戦場跡で血まみれになった百鬼丸と再会し、百鬼丸の奪われた身体と鬼神の関係を知る。新しい義足が欲しいと寿海に求める百鬼丸だったが…。

18. 無常岬の巻
サメの鬼神が咆哮を上げ、身動きの取れないどろろに襲いかかる。その頃、岬には多宝丸の率いる軍勢が迫っていて…。

19. 天邪鬼の巻
どろろと百鬼丸は折れた刀を直すため、宗綱という刀鍛冶が住む村を訪れる。宗綱の家に向かうと、娘のおこわの出迎えを受けるのであった。

20. 鵺の巻
妖怪を探し山道を歩いていたどろろと百鬼丸は、賽の目の三郎太という少年に出会う。自分も妖怪を狙っている、と言う三郎太と共に退治に向かうのであった。

21. 逆流の巻
醍醐景光は隣国の朝倉との戦の準備を進めていた。醍醐領に百鬼丸が向かっているという報せを受けた景光は、多宝丸を討伐に向かわせる。

22. 縫の巻
醍醐の城に連れ去られ牢に閉じ込められてしまったどろろ。その牢の前に縫の方が現れる。一方、どろろと身体を取り戻さんと醍醐の城に向かおうとする百鬼丸の背後に、アヤカシと化したミドロ号が立っていて…。

23. 鬼神の巻
百鬼丸は、鬼神の力を宿した多宝丸、陸奥、兵庫と対峙する。駆けつけたどろろ、縫の方、琵琶丸は、醍醐の国の行く末を巡る、凄まじい戦いを目のあたりにするのであった。

24. どろろと百鬼丸
炎に包まれる醍醐の城。運命に翻弄される血を分けた兄弟。どろろ、寿海、縫の方はそれぞれの想いを胸に抱え城へ向かう。産声さえあげられなかったその命が辿り着く先は、果たして-。

投稿 : 2019/07/07
閲覧 : 19
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6

ハウトゥーバトル

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

1967年の漫画

視聴理由 特になし

序盤 何年前だろ

中盤 面白いのか

終盤 いけ好かないなぁ

この話は奪われた男が奪い返す話
作品を見ればわかると思うけど「どろろ」は小さい男の子の方だよ
ジャンルとしてはあやかし(?)
時代設定的には現代じゃないから、言葉使いとか若干古そう

終盤になってくると主人公が頻繁にしゃべります。そしてコレジャナイ感の声...他がすごいあってるから4.0になるんですけど
そして主人公の言い分は間違ってないと思うんだよ...だけどあまり好きにはなれないかな...

ed1はamazarashiさんの「さよならごっこ」
ed2はeveさんの「闇夜」
両曲良曲
作画は普通

総評としては「なんかしっくりこないアニメ」

投稿 : 2019/07/06
閲覧 : 66
サンキュー:

15

衛狸庵

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 2.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

一気に見てしまう面白さ

父親の野望で鬼神達に肉体を奪われた主人公が体を取り戻していくお話。
手塚治虫原作の漫画は読んだのですが、確かに読んだのですが、よく覚えていません。
確かに、こういうお話だったような、少し違うような……なので、この作品自体で面白かったと思えます。

前半は他人との関りからの人間ドラマ。
優しさと残酷さ……とてもバランスよく組み立てられたお話だと思います。
戦の中で健気に生きる子供達……悔しさで涙が出ます。
どろろのおっかちゃん、ほんと母親そのものだね……
愛は化け物と人との壁を超える……等々、良いお話で一気に見てしまいました。
後半は親子の軋轢、兄弟の衝突……心が痛みます。
エゴ、欲、自尊心そして意地そんな物をぶつけ合うお話。
近頃、こんな感情をぶつけ合う物語は珍しいと思います。
そして最後、弟死ななきゃいけなかったのかな?お父ちゃんとお母ちゃんは仕方ないと思うけど、弟ちゃん生きていてもよかたっじゃないかな……個人の感想ですが。
そして、最後はどろろと別れて一人出て行く百鬼丸、そして再開?まぁ、この辺は定番ですか。

お話し自体良かったと思うのですが、どろろのお金で戦うって当たり、ちょっともやっとしてます。いいのか?それで。

どろろ健気です。可愛いです。
はい、最初から皆さん女の子だと分かって見てるのでしょが、可愛いです。
百鬼丸は、どうも感情の動きが見えなくて、なんかつまらないキャラになっていたような気がします。
そういう設定だから仕方ないのかもしれませんが、後半で感情を大きくぶつけていましたけど、もう少し心の動きを見せて欲しかったかなと思いました。
でも、アニメの動きとしては良かったです。
正に冒険活劇的な動き。とても魅力的でした。だけど、ちょっと鬼神達がちゃちかったかな……

全体に良かったと思うのですが、私としてはOP・EDの曲が作品に合わないと感じました。むしろぶち壊してるんじゃないの?作中の曲は良いのですが、なんかOPもEDも鬱陶しいだけの邪魔者でした。

まぁ、次期は無いでしょうが、なかなか良い作品に巡り合えて楽しかったです。

投稿 : 2019/07/05
閲覧 : 40
サンキュー:

3

ネタバレ

聖剣

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

永久機関

いやぁ~
ひさびさに最終回を見たくないなぁって衝動に駆られた作品ですね
この感情は、けっこう受け入れてもらえると信じているが、
その端緒には

1)物語の余韻にまだ浸っていたいので終わらせたくない
2)すでに結末が出てしまっていて最終回は消化試合だから
3)なぜか最終回だけ録画できていなかった(ファッ!?)

のいずれかになるんだろう
今回に限っては
限りなく1)に近いが、ちょっとニュアンスの異なる感情があった
それは
その気(お金?)があれば、半永久的に続けられるプロットを有した作品であり
この最終回は、放送枠内に収めるためだけの存在であって
こんな強引な終わらせ方は認めないゾ!っていう意味の脳内デモなのだ

つまり
{netabare}百鬼丸は魔物を打ち倒すごとに
奪われた体の一部を取り戻すことができるのだが、
必ずしも戻ってくるとは限らないところに
話の進まないもどかしさと、早よ次!ってなるお楽しみの繰越が視聴継続につながる{/netabare}
もっといえば
{netabare}不具であることによる不自由さ、不都合さがもどかしさの根源であり、
簡単に体の一部が戻ってもらっちゃ困るのだ!{/netabare}
結論を言えば
{netabare}失われた体の一部は、決してすべて取り戻すこと無く
永遠と魔物を探しまわる、サザエさん時空にメデタく突入するのだ{/netabare}

と、まぁ
これくらいクオリティの高い作品を
まだ見続けていたいっていう私のワガママなだけです

投稿 : 2019/07/05
閲覧 : 43
サンキュー:

11

える908

★★★★☆ 3.5
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

正義の在り処と人の情けのこと

見ごたえのある作品でした。特に前半は。

戦国時代を舞台にしたダークファンタジー。

前半は沈鬱な展開が続きます。
とくに、生きる力のない子供たちの描かれ方、可哀想でした。
どろろだって、明るく振舞ってはいるけど、悲しい別れの末に泥棒みたいな生き方をするしか生きる手立てがない訳だし。

主人公の百鬼丸は、鬼神に取られた自分の身体の、皮膚や聴覚や手足や眼を取り返そうとしてるだけで、間違ったことはしていない筈なのに、
自分の身体を鬼神に奪われたのが、領主である父親が鬼神と取り引きをした結果なんで、
自分の身体を取り戻していくと、領地に飢饉や疫病が起こり、皆が不幸になるという定めを背負わされていて救いがないです。

それなら、鬼神とそんな取り引きをした父親が悪い、って思うけど、父親は父親なりに、領土と領民のためにしていることでもあるから、全面的には悪行とは決め付けられないのかも知れません。

ホントなら、百鬼丸の誕生をなかったことにして川に流したりしないで、
ちゃんと、全部の器官を失って生まれた自分の子を、愛して育んであげればよかったのに、
母親のお妃様も、観音像を拝んで供養だか謝罪だかをただ毎日繰り返すぐらいなら、
悲惨な生まれ方を強いられた我が子を、断固として手放したりしなきゃよかったのに。
と、思ったりもしました。

出て来る人が可哀想過ぎるかと思えば、
一方で、妖怪と人との間でも理解しあい、愛し合えれば、百鬼丸の心眼にも悪鬼を示す赤色に映らなくなるのは、いいなと思いました。


後半に入って、活劇っぽくなり、
百鬼丸が、人の身体を取り戻すほど、人の心を失って鬼神に化けてしまうかもしれないっていう展開は、
なんだか無理やりすぎるかな。
メインキャストがみんな集合して燃え盛る城での大立ち回りも、ちょっとアクション演出に走りすぎかな。
なんだかストーリーが性急になりすぎて、ちょっと面白くなくなってしまったかもって感じていました。

最後に、百鬼丸がなんでどろろと別れて
一人で流浪の旅を続けなければいけなかったのかも、
よく解りませんでした。


音楽は独特で、琵琶とか尺八とか和笛とか琴とかで
終始古い日本の雰囲気をかもし出していて、
これは凄くカッコよかったと、思います。

投稿 : 2019/07/05
閲覧 : 51
サンキュー:

17

ネタバレ

ossan_2014

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

成長の在処

*微修正



手塚治虫のマンガ『どろろ』の再アニメ化。

1969年の白黒アニメのリメイクではないが、それでもあの主題歌はどこかで挿入して欲しかった気がする。
「主題」を歌うものとしてのTVアニメ「主題歌」の傑作の一つと思うのだが、動画サイトあたりで試聴できるかもしれないので見かけたら聴いてみてほしい。


末法を思わせる、戦国の地獄のような世界であがく子供と若者の物語。

手塚のマンガには「戦争」や「戦場」が無数に描かれるが、例外なく「人間の人為的な行為」として、「責任者」や「実行者」が設定されている。
「戦争」は、「責任者」が「実行者」に命じて行わせている「行為」であって、降ってわいてくる「現象」ではない。

おそらく自伝マンガでも描かれているように、戦時中の軍需工場の勤労動員の経験から来ているのだろう。
手塚にとって「戦争」そのものである理不尽な「命令」は、眼前にいる顔のある「担当者」が、頂点の「戦争責任者」が組織した機構に沿って順繰りに「人の手によって」手渡されてきた、行動の「連鎖」として捉えられている。
「命令」と、手渡す「実行」を行う行為との合体として。

それは、仏教の末世を思わせる『どろろ』の戦国世界でも変わらない。
これは宗教的な「地獄」ではない。
「サムライ」が引き起こしている「戦」による結果なのだ。
大将が「戦」を決断し、足軽が実行することによって初めて現出する、「人の」世界。

こうした手塚マンガの視点は、69年の初アニメと同様、本作へも引き継がれている。

農民や職工などの「常民」からは理不尽な「地獄」のように見えている「この世」は、戦を望む「サムライ」の意思決定から生じる「人為」であることを、半ば「この世」からはみ出す「怪異に取り付かれた若者」と、棄民として「常民」から排除された「何ものでもない子供」の視線が暴き立ててゆく。

主演の二人は専業の声優ではないようだが、周囲の声優の演技から少し浮いた感じが、「常民」から遊離して「この世」から半分浮上したキャラの距離感とよくマッチしている。


{netabare}しかし、21世紀アニメの本作では、怪異に取りつかれた若者が肉体や感覚を取り戻す過程は、若者が「世界」を「知っていく」過程として描かれ、奪われた「自身」を「取り戻して」いく完成した「大人」として最初から登場した原作や前作とは対照的だ。

確かに現代的な視点ではあるとは思うものの、まるで赤ん坊が「成長」する過程とダブらせるような展開のさせ方は、やがては物語を破綻させるのではないかという不吉な予感を感じさせてもいた。


アニメの視聴に際して、「成長」に対して、つい身構えてしまうような警戒心を抱いてしまうのは、「成長」というタームは無前提に特定の価値観を肯定する場合が多いからだ。

事象は様々に変化するものだが、「成長」は、特定の価値観のフレームを通して見たとき、肯定的=「良い」とされる変化に対して使われる「評価」だ。

咲き誇る花に「価値」を見るフレームからは、花を咲かせるまでが「成長」と呼ばれ、しおれる様は「老化」という事になる。
種子を実らせることに「価値」を見るならば、しおれて枯れ落ちる花弁は「成長」途上になるだろう。

逆に言えば、ある変化の過程を「成長」と呼ぶことは、背後の価値観を「肯定」しているということだ。
ある変化を「成長」=「正しい」変化と受け入れてしまえば、自動的に評価基準であるその「価値観」が正しいと受け入れることになる。

違う言葉で言えば、「成長」という言葉を使えば、背後の価値観の是非を問われることを避けられる。
何処の職場にもいる、二言目には「成長」や「進化」という言葉で説教する上司は、その時々で自分に都合のよいものを「正しい」と押し付けられるから、こうした言葉を振り回し続ける。

現実世界の子供の「成長」のように、ある程度、成長を定義する価値観の共有がなされているならばいい。

が、まったくのフィクション、それも怪異や異能が登場するような架空「世界」で、世界観やストーリーラインの価値観を説得的に構築しないまま「成長」を振りかざすと、異なる文脈上での「成長」=価値観が混乱して、意味不明かご都合主義の印象にしかつながらない。

本作ではどうだろう。
赤ん坊に類比的な、社会の構成員として周囲と調和的に生きるすべを身に着けていく「成長」的価値観と、「奪われた」ものを回復していく「奪還」の価値観には接点がない。
いや、「周囲との調和」と「奪還」は、両立が不可能な対立項とさえいえる。

終幕で、難民化した「常民」たちが、生活を脅かす「怪異」の根本は、青年が鬼神から自らを「奪還」する結果ではないかと推量する場面は、この対立項の「対立」性が、物語の表面上に浮上してきた瞬間でもあるだろう。


ここで現代人である視聴者が誤解、あるいは見落としがちなのは、サムライ=「領主」は領民の「代表」として領地を治める「義務」を果たしているのではない、という点だ。
「領主」はその国における唯一の「主権者」であり、領地も領民も、一切の(政治的)権利を持たない領主の所有物に過ぎない。
形式の上では領主の奥方も子供も「所有物」であって主権者などではない。ましてや「領民」は言うまでもない。

だからこそ、国の為といいながら、犠牲に捧げるのは自分という「主権者」ではなく、子供という「所有物」なのだ。
「領地=所有物」と「子供=所有物」の交換であって、主権者という特権的な位置から見比べて手持ちのモノの価値を計量したに過ぎない。

国を「治める」行為の一切は、いわば所有物の手入れであって、「奉仕」や「施し」のごとく語るのは厚顔無恥の度が過ぎるというものだ。

旧作の白黒アニメの主題歌が使われないかと期待したのは、あの主題歌が、正にこうしたサムライの自讃じみたタテマエが、ただの宣伝文句に過ぎない欺瞞であるとハッキリと歌詞として言語化したものだったからだ。

領民を「保護」=育成することは、「所有」=管理を言い換えただけのことで、「サムライ」の善意でもなければ義務でもない。
サムライに護って「もらって」いるかのような領民の日常感覚は錯誤に過ぎないことを、この場面での主人公の「アジテーション」は暴き立て、生贄=「所有物」である青年を、領民=「所有物」が犠牲にしようとする倒錯と欺瞞を糾弾する。

サムライの所有物として存在する「領民」であることを捨て、自身が自身を支配する新しい「この世」を提示する「アジテーション」は、こうして「成長」と「奪還」の対立による物語の空中分解を阻止するとともに、阻止自体が、そもそも青年の「変化」には「成長」を重ねる「価値観」など含まれていなかったのだと証明するものでもある。

そう、作中に頻繁に登場する手足を失った人間たちは、手足を失ってもなお「人間」だ。
手足を喪失したからと言って、「人間」以外の(以下の)ものになるわけではない。
青年もまた同様に、成長するまでもなく最初から「人間」であるのだ。

琵琶法師が「修羅」と仏道=「慈悲」の間でもがくのが人間かもしれないと呟くように、顔のない仏像に始まり完全な仏像で終わる物語は、人間としての社会的「成長」を限定的に肯定するのではなく、その先の見果てぬ「価値」を追い求めるものとして人間を定義しようとしたのだろうか。
破綻なく「奪還」と調和した物語は、そう語っているように思える。



もしも敢えて「成長」を探すとしたなら、それは主人公の「棄民の子供」が提示した「サムライ」のいない「この世」の可能性=「未来」と、「奪還」を完了してこの世に生まれなおした青年との再会の可能性=「未来」の中にあるのだろう。

まるで早すぎた市民革命のような主人公の構想は、戦国の世を知る視聴者には、虚しい夢のように見えるかもしれない。
が、戦国時代には、一向衆によってサムライの支配を拒絶した社会を創ろうという一向一揆が頻発している。
加賀では、そうした「国」が90年ほども維持された。

歴史の流れの中では一瞬の夢かもしれない。
しかし90年は、平成と昭和の全期間を合わせた時間とほぼ等しい。
昭和の後期に固まった社会機構が、存続するのか潰え去るのか不透明な現代の視聴者が、一瞬の虚しい夢と冷笑することはできないだろう。

だが、現実の市民社会が理想郷ではないように、主人公が構想するサムライのいない「この世」も、理想郷ではありえない。

難民による青年のリンチをかろうじて防いだ主人公の「アジテーション」だが、「自分たちの生活を安定させるために、『生贄』は抵抗せずに黙って犠牲になれ」という難民の主張は、現代のSNSで毎日うんざりするほど凡庸に繰り返される放言と同型的だ。

犠牲を要求する難民の主張は「サムライ」のプロパガンダする欺瞞に捻じ曲げられた誤謬だと指摘する「アジテーション」の論理は、「領民自身の社会」において、「領民自身の意志」として主張されたとき有効性を持たないだろう。

新たな「犠牲の否定」の論理はどのようなものになるのか。
本作の、修羅と慈悲の間でもがく戦国の人間へ投げかけられた問いかけは、SNSに妄言のあふれる現代にも変わらずに問いかけられているようだ。{/netabare}

投稿 : 2019/07/03
閲覧 : 57
サンキュー:

9

山本耀司

★★★★★ 4.1
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観たい

これは期待!→見終わった

来期一番楽しみにしとるアニメ

なかなかに楽しめました
原作未読のためど熱い戦国バトル!!とまではいかずともバトルメインの話なのかなと思いきやストーリー背景がしっかり描かれており、むしろ心理描写の部分やヒューマンドラマの部分が目立ってたと思います
あと作画がよかった

投稿 : 2019/07/03
閲覧 : 110
サンキュー:

2

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どろろのストーリー・あらすじ

時は戦国時代、武⼠の醍醐景光は、天下を取るという野望をかなえるために、⽣まれて来るわが⼦の体を⻤神に与えてしまう。そうして⽣まれた⼦供は、命以外すべての⾝体を奪われており、川に流され捨てられてしまう。時は流れ、戦の世を旅する少年・百⻤丸。実は彼こそが、魔物に体を奪われた⾚ん坊の、成⻑した姿であった…。(TVアニメ動画『どろろ』のwikipedia・公式サイト等参照)

ティザー映像・PVも公開中!

放送時期・公式基本情報

ジャンル
TVアニメ動画
放送時期
2019年冬アニメ
制作会社
MAPPA / 手塚プロダクション
公式サイト
dororo-anime.com
主題歌
【OP】女王蜂「火炎」【ED】amazarashi「さよならごっこ」

声優・キャラクター

鈴木拡樹、鈴木梨央、佐々木睦、内田直哉、千葉翔也、大塚明夫、中村千絵、麦人

スタッフ

原作:手塚治虫「どろろ」、キャラクター原案:浅田弘幸
監督:古橋一浩、シリーズ構成:小林靖子、キャラクターデザイン:岩瀧智、音楽:池頼広

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