「天気の子(アニメ映画)」

総合得点
76.8
感想・評価
169
棚に入れた
583
ランキング
433
★★★★★ 4.1 (169)
物語
3.8
作画
4.7
声優
3.9
音楽
4.1
キャラ
4.0
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ネタバレ

sinnsi

★★★★★ 4.4
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

現代の歪みへ訴えかけるメタファー (※小説版必読?)

【物語(+キャラ)評価】
{netabare}本作は、現代の歪みを非常によく描いた作品である。
しかし小説版を読まなければ、それを描くラストシーンの展開を、理解し難いかもしれない。
(以下の物語評価中のネタバレは、小説版で大きく提示された部分になる。)

大前提として、示し合わせたかのように須賀・夏美・凪が、陽菜を救おうとする帆高に協力していたのは、
三人ともに共通して、{netabare}「鳥居のあるビルの屋上から、晴れ女が空に昇っていく」夢を見ているのだ。
それもこの三人だけではなく、最低でも東京都民全員が、夢という知覚差の大きい事象で見ている。
帆高を追っていた警察だって、見ていたのだ。
(映画でそのことを示唆されたのは、萌花からの電話・Twitterの1つぶやきだけ。){/netabare}

だから廃ビルで帆高が銃を向け、
「なんで邪魔するんだよ? 皆なにも知らないで、知らないふりして!」
と、須賀や警察に言い放ったのは、見て見ぬふりをする者たちへの、正当な叫びだったのだ。
知覚差が激しく、犠牲の上に成り立ち、見て見ぬふりをされる歪みを、帆高はただ別の方向にねじ曲げたいだけでしかない。

まさしくそれは、現実の気候変動や搾取と同じである。
けれどもそんなことを変えるのは難しく、変えようとしても大きな力でねじ伏せられるだけだ。
本作上においても警察は聞き入れず、帆高はねじ伏せられ、左手首に手錠をかけられたのだった。

しかし須賀は、{netabare}もう二度と亡き妻に会えないという自分自身の立場から、
何もかもを犠牲にして陽菜に会おうと、救おうと、奮闘する帆高に強く共感し{/netabare}、帆高に迫る警察を殴り飛ばしたのだった。
間もなく駆けつけた凪も加勢し、「姉ちゃんを返せよっ!」と帆高に言い放つ。

ありのままの世界で見れば、彼らのやっていることは犯罪行為でしかなく、嫌悪感すら覚えるかもしれない。
しかし、彼らの世界から見れば、彼らが正しい。

彼らは潜在的な共通認識をねじ曲げようとしている。これは革命なのだ。
誰かが行動を起こせば、歪んだ構造は別の方向にねじ曲がるかもしれないが、
誰も行動を起こさなければ、絶対に変化はしないのだ。

また本件はトロッコ問題と通じる部分があり、陽菜の命を守るための緊急避難が成立するため、犯罪行為と断罪することはできないだろう。
(※ただし天気の巫女という特殊性のある案件のため、立証は難しい。)

~~

鳥居をくぐった帆高は、積乱雲の上に広がる草原で、陽菜と再会する。

本作の日本国上において、何千万人も影響を受ける強烈な気候変動と、一人の少女である陽菜との命を天秤にかけたとすれば、どうだろうか。
関係のない第三者からすれば、そのまま見て見ぬふりをしてしまうかもしれない。

現実の途上国でも、ずっと気候変動や搾取で苦しんでいる人たちがいる。
快適なエアコン、このインターネットも、そうした犠牲の上で成り立っている部分もあるだろう。
だけどそれだって、潜在的な認識でしかないだろう。関係のない第三者として、見て見ぬふりをしているかもしれない。

だけど主人公である帆高は、当事者だった。
帆高にとって愛する人とは、国とは、陽菜そのものだったのだ。

だから帆高は、こう叫んだ。

「もう二度と晴れなくたっていい!」

「青空よりも、俺は陽菜がいい!」

「天気なんて――狂ったままでいいんだ!」

~~

その後、日本国の気候は狂ってしまった。
雨は3年間やむことなく、東京の1/3は沈んでしまった。
これで良かったのか。そう思ってやまないのは、帆高だけでなく、救われた陽菜自身もだった。

不安げな陽菜に対し、帆高は次のように力強く告げ、物語は終わりを迎える。

「僕たちは、大丈夫だ!」

この3年間、人々は努めて生きていた。
失ったものはあれど、復興から発展へと向かっている。
人間は、変化に適応できるのだ。{/netabare}

【作画評価】
間違いなく★5.0級である。

これまで新海誠監督の作品は、あらゆる美術背景を綺麗に描き出そうとしているように見受けられたが、
本作は綺麗なだけでなく、都会の雨の陰鬱な感じを、最初から最後まで豊かに描き出すという付加価値まで加わり、
雨の日特有の空気感、静かな高揚感がずっと続く。実写映画にはないような空気感で、本当に実写顔負けである。
{netabare}(陽菜が人柱になって雨が上がったあと、晴れで過剰に明るくなっていたのは、良い演出であったと思う。){/netabare}

キャラデザと作画においては、やはり背景から浮くこともなく、一体感が強くハイクオリティである。
また前作『君の名は。』よりも動きのあるシーンが多かったが、非常に生き生きと躍動している。

雨・雷・雲・晴れの天気の作画においても、表情豊かに描ききっており、
観客を見ていて飽きさせることはない。

作品を重ねるごとに、作画はまっすぐ、素直に進化を重ね続けているので、
次回作にも非常に期待ができることは、間違いない。
(物語は一体何が出てくるのか、毎作未知数ではある。)

投稿 : 2019/08/18
閲覧 : 17
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2

ネタバレ

みかんとラッパ

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

『噂の眞相』

もともと「人間にそこまで関心のなかった(本人談)」新海誠が,
奥さんと出会い,キャラデザの田中さんの参加,
そして川村元気の参入を経て,

しだいに「脱童貞」な路線へと切替えたことで
「君の名は」の大ヒットがあり,
その名が広く知れ渡ったことでスポンサーも増え

本作品を見た当初は「言の葉の庭」を劇場で見たころとは全く違う
感動がありました.
「彼女と彼女の猫」のころをふりかえると,本作品の
{netabare}どん兵衛のCMソング{/netabare}のシーンを見ただけで
もう泣けてしまいます.

ご存知の方も多いと思いますが,
前作の「君の名は」では新海誠の描いたネームに
奥さんがすべてセリフを吹き込んで,そこから製作が始まっています.
(参照:NHK製作「Switchインタビュー」より)

高校では演劇部部長,
早稲田文学部と東大大学院を出た奥さん(A型)の演出が反映されてこその
「君の名は」だったような気がします.

調べるとたくさん出てきますが,
その新海誠の奥さんがかつて記者としてアルバイトをしていたのが
雑誌「噂の眞相」の編集部でした.
政治家や文豪のスキャンダル,オウム真理教のような新興宗教や
オカルトまで

まさに本作品の主人公たちのようなことをやっていたわけです.

そしてこの「噂の眞相」が掲げた反権力・反官学的な社是と共通して,
本作品にはあらゆる記号が「反権力」の象徴として登場します.
売春・拳銃・・・

一方で若者を取り巻く環境は
前作「君の名は」の『パンケーキ』から
本作品では『ビッグマック』と『ネットカフェ』へと
変化を遂げています.

「雲の向こう~」でも「大人社会への抵抗」があり,
前作でも「大人たちへの反抗」が「変電所の爆破」として描かれました.
そして本作品では…

劇場版パンフレットの中で新海誠は
「若者たちが圧倒的に貧しくなってきている」と発言しています.
そういう現状に満足してるのか??
こういう観点から「反権力」をキーワードに
まさにある意味「開き直った」結末があえて用意されているのです.

ただただ,「新海ワールド」に見とれるだけではいけないのです.
特に主人公たちと同世代の方たちは.

かつての三島由紀夫のような
若者への訴えと

最近のドラえもんにも反映されている
川村元気のような『「世界」への抵抗』.

個人的にはイイタイコトを放出しきったエクスタシーの後,
「やっぱり童貞」な新海誠は
「虚無感」の溢れる世界に帰ってくる気がしてなりません.

「やっぱり,人間って何を言っても変わらないですし…」
「その矛盾に気づいちゃったんですよね…」
「やっぱり雲を描くだけの人でいたいです」

なんて言い出したりして.

投稿 : 2019/08/17
閲覧 : 17
サンキュー:

4

ネタバレ

ダビデ

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

ちょっと、入り込めなかった。

現実設定のローファンタジー。
主人公の行動に共感できなかったり、流れに違和感を感じてしまい、入り込めませんでした。
画はとてもきれいでした。雨と空が特に!

ちょっと、破天荒な飛んだ言動に痛快さを感じれれば愉しく、感じられなければ違和感なんでしょうね。

投稿 : 2019/08/17
閲覧 : 22
サンキュー:

6

ネタバレ

takarock

★★★★☆ 3.6
物語 : 3.0 作画 : 5.0 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.0 状態:観終わった

雨のち晴れか曇り

最初に言っておきますが、このレビューは
「雲のむこう、約束の場所」、「君の名は。」の
ネタバレも含まれているので注意してください。

7月某日、レイトショーで観て来ましたが、
席は7割くらい埋まっているという状況でした。
上映後の館内の反応はというと、
まー戸惑いですかね。
私自身もこれは「評価が割れるな」と思いましたし。
とあるカップルの反応は、「あの場所凄いリアルだったね」と、
そんな話をしていました。
ストーリーの話をしろよwとも思いましたが、
前作「君の名は。」の都内の背景描写は、
夾雑物がないのでどこまでも美しく、現実よりも綺麗でした。
実際には煙草の吸殻とかのゴミが一杯あるので、
新宿なんて本当汚いんですよw
本作は、前作と比べても、よりリアリティを帯びている
背景描写だったように思えます。
分かりやすいのが、
「バーニラ バニラ バーニラ 求人!
 バーニラ バニラ 高収入!」の宣伝カー。
このような景観を損なうオブジェクトを取り込むことによって、
リアルな都内の風景を作り出しています。
演出意図までは図りかねますが、
本作の舞台は、基本的に都内で完結しています。
分かりやすく言うと、「汚い東京」と「綺麗な東京」の対比による
舞台演出をしたかったのかもしれませんね(知らんけど)。

身分証明書も持たない高校生が、
都内のネットカフェの個室の利用なんて無理ですし、
深夜利用なんかできる訳もありません。
細かいことをいちいちって思うかもしれませんけど、
こういうちょっとした綻びがあると、物語に入りづらいんですよね。
でもって、こういう違和感が最後まで付きまといますからね。
日々の生活に息苦しさを感じるというようなアナウンスはありますが、
森嶋帆高(もりしまほだか)の親や島での生活だったり、
天野陽菜(あまのひな)のこれまでの家庭環境や母親のことは、
もや~っとしたままです。
僕と君という二人だけの「赤い糸ファンタジー」においては、
それは些末なことで、気にするなってことなのかもしれません。
そういう意味で言っても、本作は新海監督の作家性がより顕著に出たなとは思います。
刑事さんたちはもうちょっと上手く立ち回ろうよとか、
あれだけ線路を走っていたらさすがに捕まるだろうとかは、もう言いません。
しかし、3年間都内はずっと雨が降り続くって・・・おいおい、もう住めないよ。
遷都待ったなし!
この結末は「雲のむこう、約束の場所」と同じということでしょう。
つまり、もう一度陽菜に会えるならば、
この世界の理を壊しても構わないってことです。
元々世界の理なんて狂っている訳ですからね。
どうなろうと、君との再会を選択したってことです。

昨今は、コンプライアンスの遵守なんて言葉を耳にすることが多いでしょうし、
求められます。
これは、企業レベルだけでなく一個人にもおいてもそうです。
元々社会の枠組みを外れた存在である芸人にも、品行方正というのは求められます。
ちょっとでも不謹慎、というか不快にさせるような言動も許されない、
そんな息が詰まるような衆人環視の現代社会において、
帆高は法を犯し、さらに不謹慎とも言える選択をする訳ですから、
そりゃ賛否両論ですよね。
このことに関しては、新海監督も覚悟はしていたようで、
こんな主人公が皆に好かれる訳はないだろうと。
前作「君の名は。」においては、厄災の回避から三葉との再会という、
非常に品行方正な作りなのですが、本作は真逆です。
「お叱りを受けるかもしれませんが・・・」という
新海監督の覚悟の表れでもあるかもしれません。
それでも譲れない想いがあるんだっていう強い意志でもあるんでしょう。
新海監督なりの世の中の風潮に対する叛逆とも思えました。
ただ、映画としての評価は、なかなか難しいものがあります。
僕と君との関係に酔い痴れることができる若いカップルならともかく、
私のようなこじらせたヲタクには厳しい評価に繋がるかもしれませんね。

ある意味ですけど、リア充ハラスメントなんですよねw
本作は誰かと観に行った方がいいかもしれませんね。
マジで「充ハラ」受けますからw  酷い話ですw
「充ハラ」ってのは、私の造語なんですけど・・・
この言葉、案外流行る気もするわ!

投稿 : 2019/08/16
閲覧 : 60
サンキュー:

18

きらきー

★★★☆☆ 3.0
物語 : 2.5 作画 : 4.5 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 2.0 状態:観終わった

個人的評価:下の上

100%晴れ女と家出青年の物語です。
率直な感想としては、あくまで私はですが特に面白みを感じなかったです。
理由は、さほどインパクトのないストーリーと何より受け付けなかったのがキャラですね。自己中主人公と無能な大人達が観ていてストレスですわ。ヒロインだけは綺麗な作画も相まって別格に可愛かったですけど。。
映画自体はファンタジーとはいえ、映画の舞台は現実の日本ですのでもっと現実味のある中で巻き起こるファンタジーにしてほしかったと私は思います。

投稿 : 2019/08/16
閲覧 : 33
サンキュー:

1

ネタバレ

しゅう

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

青春ラブストーリー

ストーリーは万人受けするハッピーエンド。個人的には君の名は以前の新海アニメらしい切なさ欲しかったけど…受けが良いのはこのようなストーリーかなと。雨粒一つ一つ、反射光、映り込みなど作画はこれでもかって言うほど作り込の拘り感じた。声優も俳優多い割にはハマってたように思う。音楽は前作同様RADWIMPS。可もなく不可もなく…違ったアーティスト使って欲しかった気もするが…新海監督、相当お気に入りなんすね(笑)

投稿 : 2019/08/16
閲覧 : 12
サンキュー:

1

ひき

★★★★★ 4.4
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

サプライズゲストが…。

家出して島から東京に出てきた16歳の帆高は仕事もなく、
食べるものにも困り果て、船で出会った須賀のところに転がり込む。
そして“天気を変える“ことのできる陽菜と出会い、
雨続きの天気に困る人からの依頼を受けて、
局地的に”晴れ間“に変えるビジネスを始める…。

まずこの不思議な力をもつ陽菜と帆高との話をどのように感動のストーリーへと
もっていくのか、前半ではちょっと想像できなかったが、
比較的よく聞くオーソドックスな展開から、二人の別れ、そして再会、
に至るストーリーは帆高の熱い気持ちを強く感じて非常に良かったと思う。
思わず涙腺が緩んでしまいました。
前作の時はその後小説も読んでさらに感動したので、
今回もまた読んでみようと思います。
前作同様、小説が主人公の気持ちの部分を補完してくれると嬉しいです。

それと映像がすばらしかった。
花火のシーン、そして雨が地面に落ちるシーンなど、
実写のような美しさだった。

また主人公を演じた二人の声優さん頑張ってました。
物語の雰囲気を壊すことなく、違和感なく入り込めました。
あとの配役はできればプロの声優さんに演じて欲しかったかな。
でも他の劇場版の作品に比べて全く問題はなかったのですが…。
ただ平泉成だけはかんべんしてほしかった。
完全に顔が浮かんでしまいました。

音楽は前作同様“RADWIMPS”。
音楽の入り方、曲調は、前作のイメージを踏襲している感じ。
違和感はなく、作品に溶け込んでいる感じで良かったです。
でも新鮮さはなかった。

あと嬉しかったのは、三葉が出てきたのは感動。
瀧はちょっと気づかなかったな。
四葉とテッシー・さやちんに至っては全くわからなった…。
事前に情報がなかったわりによく三葉に気づいたなと自画自賛。
できれば、最後のテロップでの三葉と瀧の名字を同じにしてほしかった…。

投稿 : 2019/08/14
閲覧 : 22
サンキュー:

2

ネタバレ

頑張って見る蔵

★★★★☆ 3.4
物語 : 3.0 作画 : 4.0 声優 : 3.5 音楽 : 3.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

そういうことを全部わかった上でエンタメを提供している

劇中の須賀さんセリフにこんなセリフがありました。
メタいですね。

新海さんは君の名は。で名を馳せたとき。同時にいろんな批評を受けて本作になったんだろうなとおもいます。

陽菜ちゃんが可愛くてよかったです。
タイトルに引っ掛けて、べんきの子ってネットにネタにされてましたが、
…惜しい。あともう少しでしたね。

秒速5センチメートルのような、新海さんの諦感みたいな作家性が前回の君の名は。ではなりを潜めていましたが今回は割とはっきり出てきていて良かったです。

投稿 : 2019/08/13
閲覧 : 25
サンキュー:

2

emuuwaii

★★★★☆ 3.9
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

興味深い選択

「世界はもともと狂っている」と大人は言う。
それでも「2人は世界のあり方を変えてしまった」と自分では思う。
まだまだ若い子の、まさに今の、ほろ苦いことは多々ありつつも瑞々しいお話でした。
それはともかく。窓をたたく雨。さまざまな表情を見せる雲。そこから時々姿を見せる晴れ間と光。そして流れてくるBGM。映像と音楽のすばらしさ。
映画館の大画面でみてよかったと思いました。

投稿 : 2019/08/12
閲覧 : 21
サンキュー:

4

ネタバレ

ポッチャマン

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

10(Ten)キノコ

すみません、いいタイトル思いつかなかった...
でも、しっかり良い作品なので、ちゃんとした内容のレビューをしたいと思います!あと、ネタバレなしでは語れないので、要注意です。

一応、ネタバレない中で言える良いところがひとつある。
花澤香菜さんと佐倉綾音さんが、それぞれの名前の幼女(カナとアヤネ)で出演してる!可愛い!以上!

すいません、では本題に笑
基本的に君の名は。を観ていたので、比較というか、意識して言うと、基本的に展開の流れはほぼ同じです。最初は不穏な空気から始まり、だんだん賑やかになっていき、後半に入っていきなり急展開に引き込んで盛り上げ、最後は少し切ない、最初とは違った空気感を出しながら閉じる。まぁほんとに110分間の大まかな流れはほんとに一緒でした。私の感覚として。

君の名は。とほぼ同じボーイミーツガールなのに、あちらのSF的な引き合わせなんかじゃなく、いきなり船でやってきた家出の場面から始まる。主人公が家出の少年てwwwと内心突っ込んでましたが(笑) まぁでも今作はかなり現実世界の要素を濃くしてきたなという感じで、前作よりもさらに客層を広くしているなと。序盤はごく普通の16歳男子である帆高が東京で仕事探しにもがいている。もちろんすぐに上手くはいかない。そんな空腹と孤独で苦しんでるときに、ビッグマックをくれた優しさに触れたら、思春期の男子としてある種の勘違いをしてしまうのは仕方ないのかもしれないね。
でも陽菜を連れ出してからの帆高たちの楽しそうな雰囲気はとても好きでした。家出から同世代の仲間と仲良くなって共に生活をする感じ。なんだか分からないけど、ちょっとしたロマンスですね(謎)

まぁ結果的に最後は天に召された陽菜を救い出し、かなり後味の良い閉幕となったけど、帆高の家出の理由や、そこから捜索願いを出した親を出してこなくて良かったなと。そこらへんの無駄な設定は省いてくれたのがGood。

そしてもうひとつ忘れちゃいけない、後半は、この物語の裏の主人公である、須賀さんをだいぶクローズアップしてたみたいで。
陽菜が失踪し、その事に周りが見えなくなった帆高とも会わなくなっていた須賀さん、久しく晴れた日に窓の外の水たまりをなぜか開けて家に入れてしまったシーン。その直後になぜか泣いているのも含めて、たぶん自分のこれまでの人生が今の帆高と少し重なっていたんだろう。それこそ、冒頭の船上で家出少年を助けたのも、その少年にたかりつつ仕事場所を与えたのも最初からどこか「似ていた」からだろうと思う。“似てる”というのは夏美が言っていただけじゃなく、生前の嫁の境遇、それに対する自分の非力さに失望していた姿があいつと同じだと自分で認識したこと。
終盤に廃ビルの屋上にかけ上る帆高を先回りして止めようとしたシーンでは、前に今まで働いた分の給料を払って“別れた”ときの『大人になれよ、少年』から分かるように、一度他人の関係に戻って、帆高に投降するよう説得した。しかし聞かない帆高が銃口を突きつけ涙を流した瞬間、今まで帆高と共にした雨の日々を思い出したんだろうね、帆高に行けと言う。個人的にはここのシーンが最初はすぐには理解出来なかったけど、この直後の凪くんの『姉ちゃんを返せ!』の言葉と相まって不自然には感じなかったです。

この作品の設定や心情描写はかなり緻密に精巧に練られており、制作の段階でいかに苦労されたかが振り返るほどにわかりますね。
個人的に一番設定勝ち?していると思ったのは、本当は年下だった陽菜が年齢詐称していることを帆高が知った場面。お互い彼氏彼女になるのなら、呼び捨てなんか普通にするだろうけど、ストレートにそうしてしまうと面白くない。ホテルで夜を過ごしたとはいえ付き合ってはいないのだから、年が離れている以上、両者とも呼び捨ては違和感が出る。未成年の頃の呼び捨てはたとえ1歳しか違わなくてもほとんどの人は先輩後輩を意識してしまうからね。でもクライマックスのふたりが再会する重要な場面で名前をさん付け無しで呼び合うのを実現するために、わざわざ陽菜を年齢詐称のしやすい境遇(未成年ではできない水商売)に置き、終盤に陽菜の本当の情報を警察から帆高に告げる。そうすることで、お互いに自然に違和感なく、再会の場面で呼び捨てにできる。
うん、なんか、僕の性癖に刺さりました笑笑

今まで見てきた新海誠監督の作品はどこか変態な部分があったけど、今回もこういうとこで変態らしさを伺えましたネ。まぁそれに言及する僕が一番変態ですが笑。

とりあえず、前情報をほとんど入れず、PVも最初のしか見てなかったおかげで余計な期待値上げなくて済みました。良い作品でした。ホントにアニメに限らず、膨大な宣伝をしている作品は思ったより面白くなかったなんてなことが起こりやすいので注意したいです。( ̄▽ ̄;)

気になった人は是非、何も考えずに純粋な気持ちで見てあげてください。(^-^)

投稿 : 2019/08/12
閲覧 : 36
サンキュー:

3

陽太郎

★★★★★ 4.3
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

作画が素晴らしい!美しい映画

新海監督っぽい感じが出ていた映画。とにかく作画が美しいので、映画館で観れて満足。

■良かった点
・作画はやはり素晴らしい。私は香港に住んでいるので、懐かしい東京の風景が多々見れたのは感慨深った。
・人によって意見は変わるかもしれないけど、あの終わり方は個人的に好きな終わり方だった。
・懐かしい登場人物が作中に散りばめられていた点。あと、言い回しとかも、個人的に好きだった。

■悪かった点
・ストーリーに少し違和感を感じた。

※映画館にて鑑賞。

投稿 : 2019/08/12
閲覧 : 19
サンキュー:

0

ドリア戦記

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

チャレンジングですね

子供と見た感想です。仕事終わりにザクっと感想を書きます。
1回しか見てない上にロビーで仕事の電話をしていた時間もあったので簡単に。


色々な見方ができる映画なんですが、
同時期に高校野球で大船渡の佐々木君の登板を巡って
ダルビッシュ有選手と張本さんの印象的な論争あったので
重ね合わせてみてしまいました。

1人が多くの人のために犠牲になることは美談なのか
それとも1人の犠牲の上に成り立った成功や幸せは悲劇として語られるべきなのか
まるでロールズの正義論みたいですね。


もちろん、高校野球の件は、「野球道」ともいうべき人格形成、
チームワーク、利他的な考えができる人間を養成するという考え方があります。
まあ、それが行き過ぎると図々しくも鈍感な人間が他人の善意を都合良く要請して
人柱にするって考えになるってのもありますが。
余談ですがそれやるなら武士の時代、封建主義の真に良い部分、
「ノブレス・オブリージュ」もあった方がとは思うんですが、
今ではできないでしょう。
昔の考えを出すなら肝心の片方が抜けている点に
バランスの悪さと居心地の悪さを感じるのは私だけでしょうか。
封建時代は決定を下した人間の責任というか務めと言うべきものが
重く見られていたと思うんですがね。
民主制の変な所だけ都合良く切り取って決定者の「責任」ってものが
企業運営でもスルーされていると思うことがあります。


あくまでも私個人の考えですが、
大人として教え子でなく自身に一点の非難を集めた
監督の決断を責める気にはなれないです。
今はモノの考え方の変わり目の時期ですからどうやっても非難はある。


ある年代以降ではこの「利他的」美学ってのは日本の良い点として
ものすごくしっかり生き方に刷り込まれてきたと思います。
集団の為に進んで個を滅するというか。
『魔法少女まどかマギカ』もこうした考えを扱っていたと思います。
別に進んで全ての人のために犠牲になる心の持ち主の尊さを
非難する気はないです。


なんだけど1人と尊い犠牲、美しい自己犠牲という言葉よりも、
不幸を全員で引き受けるしかないというこの作品の覚悟の方が
今風だなと思ってしまいました。
国を含め色々な破綻も誰かの責任を
外野から声高にアピールする方向ではなくて
個々それぞれが引き受けるってのもこういう考え方に繋がるんでしょうね
冷静な物の見方をする今の人らしいなと思いました。
しかし、目前の大きな不幸は何ともしがたい。
達観とも諦めとも覚悟ともつかないですが、
目前に困難が待ち構えていることは
年金の破たんを言うまでもなくみんな薄々感じている。
時代の空気を捉えているなと思いました。



まあ野球に関しては、教育の分野に経済の論理が入り込み、
選手の生涯獲得賞金の面から見て、
子供時代に過剰な訓練で身体を傷めるのは
良くないという考えに傾きつつあるのでしょう。
だとするともっともっと科学的なデータが
スポーツ科学の面から見ても議論に必要とも
同じようにかつてスポーツ指導の現場に立っていた者からして思っています。



今回の新海監督の作品については
ダルビッシュ有氏vs張本氏のように
賛否が分かれるテーマをあえて持ってきた
でもこれって令和の時代に入る今、
考えなくてはいけないテーマだと思います。
時代の空気を捉える感性って結構優れているなと感心はしました。
この先は各自がテーマを受け取って
深掘りして考えればいいのだと思います。
アニメに「それ以上」を求める気がない私には十分でした。

投稿 : 2019/08/12
閲覧 : 24
サンキュー:

1

ネタバレ

tag

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

世界を救わないセカイ系

もう言い尽くされているけれど、世界を救わないセカイ系はありなのか、この一点に話は尽きる。
主人公の帆高は終始草食系で、自分からは何もせず流されるままに生き、物わかりのいい大人(須賀)の保護下で、気のいい美人のスタイルがいいお姉さん(夏美)に気に入られながら年上の彼女(陽菜)と相思相愛になる。そして、お約束のように陽菜は世界を救うカギで、世界か陽菜かどっちかしか救えない。
帆高には迷いがない。陽菜を犠牲にして世界を救うという選択肢は帆高にはない。世界なんかどうでもいいと叫んでしまって、本当に世界を救うのをやめてしまうセカイ系。
たぶん、監督はそれを描くことで世界に救う価値なんてないと思っている若者の想いを描いたんだろう。帆高は真面目な青年なのに社会の規範を守ることにとことん、むとんちゃく。それは世界が彼に何もしてくれなかったから、世界を守る価値なんかないって帆高は思っちゃったからだろう。彼にとっては陽菜の方が世界よりずっと大事だった。
こういう設定にしておきながら世界の救済を放り出す帆高に共感できるかどうか。その一点にこの作品に対する好悪の分かれ目があるんじゃないか?そう思った。

投稿 : 2019/08/12
閲覧 : 21
サンキュー:

2

ネタバレ

ダリア

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

ねえ、もうすぐ晴れるよ

☆エンタメ路線
君の名は、から新海誠は完全に一般向けに舵を切っていて、それが狙い過ぎてないレベルなので見事だと思います。
本来の新海誠の作風は秒速5センチメートルに代表される言語化できない感情の機微の映像化。
世界観は雲の向こう、約束の場所という過去作に似たセカイ系ですが、こちらの方が遥かに一般層を視野に入れた作りで、そのバランスがお上手です。
私は言の葉の庭が一番好みで、新海誠はああいった作風のものはもう二度と描かないんだろうなと感じました。
それでもしっかり面白かったのが悔しいばかり。

☆圧倒的な背景美術
秒速5センチメートルの頃から随分話題にされてますが、新海誠作品の背景美術は本当に美しい。
瑞々しく息遣いさえ感じられるような街並み、雲間から東京の街に差し込む一筋の光明は幻想的で、当たり前の風景を鮮やかに切り取る事に関して天才的だと毎度思います。
新海誠作品を観るとしばらくはなんでもない普通の街並みをより慈しむ眼差しで見つめられるような気がします。夕焼けに染まる街並みとか。
興味ない方は本当に興味ないでしょうけど、わざわざCGのモデルに一枚一枚手描きでライティングを加えて手描きの風景に大して違和感がないように(CGの質感が世界観から浮かないように)溶け込ますらしいです。
アホみたいに手間が掛かる工程を加えるぐらいに、幻想的な風景に大して変態的な拘りがある方です、新海誠は。神は細部に宿る。

☆劇伴
君の名は。に続いて劇伴の使い方が丁寧すぎる。
緩急が本当に素晴らしくて、盛り上がるべき場所で切り札のようにRADWIMPSと今回の秘密兵器三浦透子が歌います。
そして、次のセリフまでの一瞬の静寂。
この無音によって視聴者は次のセリフに惹き込まれるわけです。お見事。
君の名は。の時はそんなに気にならなかった気しますが、自分の感想見たらしっかり言及してました。
思えば言の葉の庭のラストシーン辺りから劇伴の使い方上手いなーと思って調べたら、丁度その頃天門先生と組むの辞めたみたいですね。
天門先生には悪いけど、RADと組むようになってから新海映画の音楽がグッと良くなってる。

今回RADWIMPS野田君は前作以上に制作の深い所に足を突っ込んでるらしくて、音楽関係のほぼ全ての監督を担ってるらしいです。
そんな野田君が1年にも及ぶオーディションの末に見つけた天才が、三浦透子。
祝祭とグランドエスケープにボーカルを入れた女性です。
透き通るようなクリアボイス、けれど雨を吹き飛ばすような力強さもあって、爽やかな挿入歌だったと思います。
調べたら弱冠22歳の北海道の女優らしいです。いやどう考えても貴方の天職は歌でしょ。是非メジャーデビューして欲しい。

後の内容は全部ネタバレです。申し訳ない。

{netabare}
☆展開について
言及しすぎて完全に話題が逸れたので別の所に投稿した文章ですが、2000年代のエロゲじゃんって感じです。既視感の正体は多分ソレ。エルフ倒産したらしいよ。ランスシリーズ続編もう出ないって。麻枝准って今何してんの?

新海誠が

今はものすごい勢いで作品が増えている。その中でオリジナルは探りようがない気がしている。誰もが見たこともない映像表現が自分にできると思ったことは全くない。
仮に既存のものと重なるビジュアル表現だったとしても、せりふや音楽、メッセージと組み合わせることによって、鳥肌を立たせられるような瞬間はまだまだ作れる。どちらかと言うと、僕の仕事はそっちかなと思っています。

と語っていて、この人はこのエロゲらしさもどこかで観たという既視感も狙って生み出してるんだなと感じました。まあ元々minoriブランドでエロゲのOP描いてたからね。エロゲみたいなシナリオの引き出しにはなるでしょ。天門先生ともminoriブランドからの付き合いだったし。

君の名は。の2人のゲスト出演については、言の葉の庭の先生みたいなもんなんで想定内。
君の名は。と地続きの世界観だと瀧君はまだ三葉と出会ってなくて、お互いにお互いを捜してる状態らしいです。
ショップ店員の三葉が組紐を髪飾りにしてるのはグっときました。
3年して街が水没後に瀧君の祖母を訪ねるシーン、小説版にはお婆さんの孫の結婚写真が飾られている描写があるらしいので、瀧君と三葉ちゃんは2021年から2014年の間に結婚確定です。おめでとう。
よく考えたら2021年の夏に陽菜が世界に戻ってきて雨が降り止まなくなってから、2022年に瀧君と三葉が再開する時に雨止んで晴れてない?という話になり普通に矛盾しますが、まあ細かい事は良くない?

平泉成っぽい警官のキャストが平泉成で普通に笑いました。よく出てくれたな。
あやねちゃんとかなちゃんはそのまんま声優の下の名前じゃん。
気付かなかったけどこの小ネタスカウトマンでもやってるらしくて、序盤で帆高君殴って銃口向けられた妻子持ちのスカウトマン木村、木村良平君がやってるんですよね。ヨシュア……すばらしきこのせかいの続編早く作って欲しい。
こわい警官が梶裕貴でびっくりしました。どちらかと言うと演じ分けできない声質一本で戦ってる演技が一辺倒の声優だと思ってたので、スタッフロールで本当に驚きました。結婚おめでとう。
さりげなくスタッフロールの声優欄の一番下の方に羽鳥慎一が。どこのニュースで声録ててたんだ。

☆ラストシーンについて
観終わった後調べていて、え、むしろあれで賛否あるのかといった感じでした。割と落しどころとしてこれ以上なくないですか。
君の名は。のラストシーンが秒速5センチメートルのラストシーンのセルフリメイクであると感じたように、今作のラストも言の葉の庭のラストシーンのセルフリメイクに感じましたね。
もう奇跡も無いのに、階段の踊り場を駆け上がって(実際には階段なんて無く、言の葉の庭のセルフリメイク的な意味合い)
今度は2人で大丈夫って言いたいから、名前を呼びます。
あれだけ荒唐無稽な事を沢山繰り広げてきて、あえて何も特別じゃなくなった等身大の少年少女が2人手を取るというラスト。
日常の美しさを切り取る新海誠らしい、秀逸な幕の引き方ではないでしょうか。
{/netabare}

投稿 : 2019/08/12
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かんぱり

★★★☆☆ 3.0
物語 : 2.0 作画 : 4.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.5 キャラ : 2.5 状態:観終わった

想像できない主人公が好きになれない

結論を言うと、主人公の帆高たちに共感できなくて奥歯にものが挟まったような感じで見終わりました。
この作品を好きな方々ごめんなさい。

なぜ帆高は家出したいと思ったのか?息苦しかったからと言ってるけど、それ以上は語られない。
結局{netabare}最後に家に戻されて卒業までいたわけだから、{/netabare}そんなに深刻な理由じゃないと思う。
何が言いたいかというと、帆高は周りの人の気持ちとか想像できない人なんじゃないのかな。
家出して周りの人に迷惑かけてるのを想像できない人。
終盤、{netabare}陽菜が消えて、ビルの上の鳥居に行けば会えるのではと考えて、警察署から飛出し、銃まで警察に向けてまでその場所へ行こうとする帆高。
物語としては結果、そこに行けたから陽菜に会えたわけだけど、普通は帆高の行動はむちゃくちゃで、あそこに行きたいからという理由だけで、周りの迷惑も想像できずに自分の想いだけで犯罪行為をする帆高。{/netabare}
私に言わせれば、こんな頑強な意思と行動力を持ってるなら、息苦しいからという陳腐な理由で島を飛び出さないで、自分の意思と行動で息苦しくない環境に変えていくこともできたんじゃないのかな。
私はそういう人のほうが好きです。帆高ってなんだかんだ言って結局逃げたんじゃんって思う。

ついでに言うと、{netabare}陽菜もなぜ母親が亡くなってからも弟と2人暮らしを続けてるのかわからなかった。
「高額バイト」をする気になるくらいなら、ちゃんと相談するべきだし、なにより弟のことを考えたら、あんな生活を続けていくことがいいことなのかを考えて欲しかった。{/netabare}

先日、自分の小説がパクられたと思い込み、ガソリンで放火した男がいたけど、彼はそんなことをしたらどんな悲惨な結果になるのかが全く想像できず、彼は自分の想いだけで犯罪行為をしてしまいました。
あんな犯罪者と映画の主人公を同列にするなと言われるかもしれないけど、でも、自分の想いだけで周りのことを考えず行動することが、綺麗にかっこよく語られてしまうことに違和感を感じました。

新海監督も賛否両論あるかもと言ってたみたいですし、その辺は織り込み済みなんでしょうけど。

投稿 : 2019/08/11
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tomledoru

★★★★★ 4.7
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

アンチテーゼ

天気の子をただの恋愛物語としてみるか,雨の描写はきれいだが,異常気象の物語としてみるかは,自由です。また東京という都会の暗部を描いた映画ともとらえられるし,超能力を遣う女の子の物語としてみてもいいでしょう。

主人公を含めた人間関係のもつれや,地球規模で異常気象が起こっていて,特に東京という街を含めて,今までのアニメが滅多に触れてこなかった恥部,汚い部分が伏線として描かれています。

男女二人は新海誠の映画にしては珍しくハッピーエンドなのですが,見終わるとなぜかもやもやが残るのは,映画のところどころに上にあげたような表と裏があり奥が深いと感じたからだと思います。ハッピーエンドともとれるし,そうとも取れない,アンチテーゼで腹が立った人は,監督の思惑にはまった人でしょうね。

投稿 : 2019/08/10
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CK

★★★★★ 4.2
物語 : 3.5 作画 : 5.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

感想箇条書き

・ストーリー構成とか結構君の名は。
・現実なら主人公5回捕まって10回死んでる
・音響と作画が最高
・君の名は。より話しが単純で予想しやすい展開だったが代わりにもやもやせず楽しめた
・陽菜さながら聖母マリア
・アニメの小学生キャラは精神小学生じゃない定期
・同船してた須賀さんはどういった理由で乗ってたんだろう
・帆高はなぜ家出までしたのか
・ハンバーガーもらった少女と路上の少女を結びつけられる主人公強い
・線路走ってて誰も止めようとしないの草
・タイトルに助詞の「の」を入れるとヒットする説また立証
・「姉ちゃんを返せよ!」と「俺が一番年上だったじゃねえか、、、」が一番ぐっときた
・ご都合主義嫌いな人には向かなさそう
・晴れの子がいるなら異常気象を巻き起こした雨の子もいるのではないか
・「それはまるで......!」多すぎ問題
・広瀬すずはやっぱり下手
・陽菜可愛い

投稿 : 2019/08/10
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デルグ

★★★★☆ 3.6
物語 : 2.5 作画 : 5.0 声優 : 3.0 音楽 : 4.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

年齢を重ねてもこの青い感性を。

端的に言えば「青い」。

新海監督も若くはない年齢だと思いますが、
時を重ねてもこの青い感性を表現できるのは
ある意味凄いとは思う。

唯、根本的な骨組みが「ほしのこえ」から
変わっていないことが多い。
三題噺で新海作品を考えると
「風景描写」「淡い関係」「裏打ちのない非現実感(※例外あり)」
かな。とは思います。

顧客層は10代がメインなのかな。
結構、感性が擦れてきた自分としては逆に
観てて恥ずかしくなってきますが。

10年後、もし同じような作品を作っていたとして、
その時代に生きる人々(特に現時点での顧客)
に受けるかどうかは疑問。

打ち上げ花火シーンの魅せ方とか相当
労力を使って、アニメーションの表現の進化を
追求していると思いますし。

後、小栗旬さんアフレコ凄く巧くなりましたね。
「ハガレン」や「獣王星」を顧みると、
演者として相当努力されたのだと思います。

悪くはない作品なので、
一度観てみる価値はあると思います。

投稿 : 2019/08/10
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ぽっぷる

★★★☆☆ 2.7
物語 : 2.0 作画 : 4.0 声優 : 2.0 音楽 : 3.0 キャラ : 2.5 状態:観終わった

うーん

キャラクターに魅力を感じなかった。(キャラデザ含む)
テンポが悪かった。(時間が長く感じた)
風俗の必要性を感じなかったしただ不快だった。
プリキュアとかもそう、無意味なコラボ無駄。

声優に関しては一般俳優が多いため、アニメ声優の方が浮いてたかな。
中の人ネタとかおふざけは冷めるのでやめてほしい。

とりあえずまとめると
なんか引くような描写が多かった。不快だった。

音楽も微妙だった。うるさいだけ。

花火の3Dもなんかちがう。街中だからだろうか?
なんか心にひびかない。こう夏祭り感が足らないというか

天気の世界描写が少ない。
ここらへんもっと欲しかったな上の世界の話が欲しかった。

もっと
バッドエンドかハッピーエンドどちらかに振り切って欲しかった。

(秒速や君の名は 文句なし星5です)
君の名はリピートしましたが、天気の子はリピートする気が起きません。
凡作です

投稿 : 2019/08/08
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man-tan

★★★★★ 4.7
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

素直な気持ちになれる

久しぶりにアニメを見ました。
絵は綺麗ですし、音楽も良かった。
時間も限られる中、省略するところは省略してスマートに描き切った印象です。
演技も自然な感じがして、没入感がありました。

強いて言うならもう少し時間が欲しかった。制限もあるので、掘り下げは甘さはあると思います。
1クール使えるならまた違った形になったのかなとか思います。

最後の選択は今の若い子よりなのかな。素直で自分の気持ちに正直で、個人的にも高評価。
昔は気持ちを抑えた結論(あの花みたいな)で、立ち直ろうとするタイミングでのエンディングが多かったので、新鮮でした。
久しぶりにアニメ見たので・・最近はこっちが主流なのかもしれませんが。

投稿 : 2019/08/07
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たわし(ガガ)

★★★★☆ 4.0
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

「ラスト」が頂けない

アニメ界を揺るがせた凄惨な事件から一夜明けまして、今回は一部の関係者以外の試写会がなかったのですが、一応公開日ということで上げます。

新海誠監督は今回はかなり「作家性」を意識して前半物語を作っているようで、結構、世間批判的な側面が強く出ているようでした。日常描写の細かさは前作「君の名は」以上で、非常に生活感のある空気が印象に残る感じでした。

しかし、物語の核心に迫る「天気の子」に関しての設定や、ロジックは「君の名は」よりも若干薄いように感じられるのと、なによりもラストシーンは非常に賛否両論が巻き起こりそうなほど考えが浅い気がします。

おそらくプロデューサーがラストシーンの変更をしたのかもしれませんが、拍子が抜けるほど普通に収まりすぎて、序盤の伏線や世間批判はどっかに行ってしまった感じです。

多くの人に注目される作品作りとはえてしてそういうものですが、なかなかこれでは作品の方向性が定まらない作り方で、細田守さんのごとく迷走してしまいそうな気がかりがありました。

しかし、アニメーションにおける演出やその他作画は日本ならではの表現で、宮崎駿や押井守、庵野秀明さんとは全く違った独自の「明るさ」や「現代的視線」があり、オリジナリティは以前にも増しているので方向性は間違っていないと思います。

投稿 : 2019/08/07
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icefish7

★★☆☆☆ 1.6
物語 : 1.0 作画 : 2.0 声優 : 3.0 音楽 : 1.0 キャラ : 1.0 状態:観終わった

期待しすぎたのかな

大ヒットの後って期待も大きいし、プレッシャーも大きいんだろうな。
前作を超えないと、という気負いもあるだろうし。

背景→期待しすぎたのかあまり綺麗じゃなかった
プロット→普通のボーイミーツガールファンタジー
脚本→ちょっとご都合主義
音楽→RADもういいかも・・・
キャラクター→理想を投影した女性に相変わらず不自然さを感じる
荒木健太郎さん→出演してた。人づてでは天気の監修はさすが、らしい

私には会いませんでした。
テレビ映画で良いんじゃないかな?
次回に期待してます。

投稿 : 2019/08/07
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3

ネタバレ

88.

★★★★★ 4.4
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

テンキーの5はさすがに笑った

君の名はに次ぐ新海誠作品。
異常気象が続く東京へ、出稼ぎにきた少年が、絶対天気晴れさすウーマンと出会うボーイミーツガールなお話。

巷で「00年代のエロゲみたい」って散々噂されててすごく気になっていたので、見に行ってみました。

相変わらずのクソきれいな美術背景ですごいなぁって思いました。

回り込む描写とかはCG使ってるように見えたのですが、すごく溶け込んでて良かったと思います。もしCGでないならもっとすごいと思いました。

結構リアリティを求めてたんですかね、Yahoo!知恵袋とかVANILLAの求人とかカップヌードルとか随所にリアルな描写が見受けられました。

ヒロインの女の子も可愛かったです。
チャーハンのところとかカラオケのシーンとかが好きです。
あと、陽菜の体に水紋が浮かぶシーンが印象的でした。


肝心の物語ですが、まぁ悪くはなかったんですがめっちゃ良いってほどでもなかったです。
主人公が東京に来た理由がやんわりとしか説明されてなかったと思うので、ちょっと、ん?ってなりました。
あと、序盤~中盤での雨が魚に見えるシーンとか、大量の雨が一気にドサッと降ってくるシーンとかの理由がよくわからなかったです。(多分代償だとは思うのだけどよくわからなかった)
終盤の陽菜を迎えに行く大事なシーンも、結構さっぱりしてたように見えました。

声に関してはすごく合ってて良かったと思いました。
カナ(CV花澤香菜)とアヤネ(CV佐倉綾音)には笑ってしまいました。

あと、前作のキャラが出てくるのも良かったです。
そういう細かいギミックみたいなの大好き。

音楽に関しては、全体的には良かったと思うのですが、
終盤の劇中歌ラッシュはちょっと、うーん、って感じでした。
ちょっとくどいかなーって。
あ、カラオケのシーンは良かったです(2回目)


多分ADVゲームしたことある人ならわかると思うのですけど、
ホテルでひながほだかに「晴れてほしい?」って聞くシーン、
完全に選択肢が見えました。


全体的に辛口になってしまいましたが、陽菜ちゃんが可愛かったのでおすすめです。

投稿 : 2019/08/07
閲覧 : 42
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2

たいが

★★★★☆ 3.6
物語 : 3.0 作画 : 4.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

新海誠作品で1番ハッピーエンドに近い?

見える途中は「ん~普通。」って感じな手応えだったけど、終盤はドキドキワクワクが止まらなかった。

いままで観てきた新海誠作品の中では初めて、登場人物がハッピーエンドに近い形で終わったという印象ですね。
しかし、世界がハッピーエンドではない方向でまとまった印象でした。

いわゆる聖地巡礼アニメです。
聖地を周ったら老若男女たくさんの方々がカメラを向けていました。聖地は98%東京なので「君の名は。」より聖地巡礼しやすいと思います!

作画は、雨の降り始めから溜まって行く水の描写が現実を超えて綺麗で感動しました。

投稿 : 2019/08/05
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5

みのるし

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

興収200億の監督がセカイ系の話を作ったらだめなんですか!?

ったく。なにをいってやがるですよ。

わるいっすけども、ボクはそれを見たくて映画館に銭払うていってんですよ。

相良直美の歌やないすけど、『2人のためセカイはあるの~♪』って、
そおゆうハナシを見たいにきまってるじゃああないですかぁあ!

ラスト30分にボクはちょーちょーちょーかんどーしたのでした。

これを書いちゃうと完全にネタバレになるますんで、書きませんけども、とにかくセカイは優しかった。とにかく優しかったんですよ。

若い人に対してだけじゃなく、もちろんおっさんに対しても優しく励ましてくれました。

ボクがこおゆう優しさを有り難いと思う人間で良かった。
心に沁み入る人間でよかったと思う。

ありがとう。新海監督。

大好きだ!

投稿 : 2019/08/05
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8

ネタバレ

rolex

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.5 作画 : 5.0 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

なんだかなぁー…。

正直期待し過ぎてたのかな…。
ストーリー展開はぼちぼち、テンポは君の名は踏襲してる感じでしたね…音楽の使い方まで。これをもう新海監督作品と言ってしまえば仕方がないのでそこまで悪いとは言いません。ただ新海作品ファン歴10年以上の私としては、ハッピーエンドにしたのは許せない。
終わる30分くらい前から、これはひょっとしてハッピーエンドにするんじゃないか?と自分の中でソワソワし始めてしまいました。そしたらやっぱりかと…。
せめて君の名は程度の終わり方にして欲しかったけど、完全にハッピーエンドにしてしまったのはなぜ?なんでしょうか。新海監督と言えば、報われない関係で終わるのが通例だと思うんですよね。
そこを覆うしてしまうと…。きっと二人の関係はハッピーエンドだが、東京という街を代償にしてるから、完全ハッピーエンドではないということにしたかったのかな?
そう考え始めると少し納得できますけど。

投稿 : 2019/08/03
閲覧 : 44
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4

ネタバレ

BZ

★★★★★ 4.8
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

頑張る姿

映像のスケール、立体感が素晴らしいです。主人公が理不尽な社会と頑張って戦う姿に、思わず応援したくなりました。
全編を通して、新海監督ならではの、いろいろな雨の表現がされていて、さすがだなあと思いました。
一度きりの人生、自分の運命は自分の好きなように決めるのが一番。
小栗旬の声は独特でよかったです。
須賀の人生を深く考察すると、泣ける作品になります。

投稿 : 2019/08/02
閲覧 : 44
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4

ネタバレ

aqua

★★★★★ 4.3
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

平成ではなく令和アニメ

彼は平成を生きた人間であり、ほしのこえから始まった作品群、つまりゼロ年代のアニメを経験、および自ら作り出していたクリエイターです。

前回の作品である「君の名は」において、セカイ系ではなく中間項を内包した作品であるものの、「世界」と「君」の妥協点、もしくはある種同一となる答えが存在する世界を描いたことに対し、今回はセカイ系との決別を果たしています。
いや決別という言い方も少し語弊があるかと思います。
ゼロ年代アニメへのアンチテーゼとも言いましょうか、平成から令和への時代のシフトを表現しているのか、そういったことを感じました。


特に今作は世界と巫女、社会と個人をあえてしっかりと切り離し、トレードオフの関係にまでさせました。


彼自身の思考がどう変化したのかはわかりません。
自身が何かしらに抗おうとしつつ、原点に回帰し始めていると感じています。


私は「ほしのこえ」が大好きです。
たった25分のアニメですが、何度も見ました。
私は彼が「ほしのこえ」では出来なかった、人間があるべき姿ではなく、ありたい姿、許容されるべき姿という物を表現するにあたり、当たり障りのないやり方でなく、真っ向から描き始めているのだと、しみじみ感じました。


おそらく単体で見た場合、雨の映像美を見る作品に近くなるでしょう。
美しさや表現力に関して文句はありませんが、彼はそこをしっかり描いた作品を既に出しております。
「雨」においては「言の葉の庭」の方が上だと感じます。
ですので結果として評価が下がるのは仕方のない事でしょう。

ただこの作品の注目すべきはクリエイターとしての変化、そして哲学。
新海誠をかれこれ15年以上追ってきた人間として、それこそが最も楽しめるのではないかなと思います。


少し文句があるとすれば、本田翼ですね。
君の名はの長澤まさみ、今作では平泉成と小栗旬。
この方々が専門ではないにもかかわらず、非常に良い演技、そして全体としてはアクセントになっていましたが、彼女だけは少し浮いていました。
表現力ということもありますが、何より彼女自身の素の声としか感じず、本人を演じているのかな?とも感じてしまいました。


また、次作はRADを使わない表現で行って欲しい。
君の名はもそうですが、声の癖が強いせいか浮いてしまう。
映像から意識が一瞬離れることが多く、正直見ていて疲れます笑
良い歌手なんですけどね、すこし新海作品向けではないのではないかな。




{netabare} あまり評価していない人は世界の為に個人が犠牲になれというのを全肯定するタイプの人が多そうですね。
それ自体は否定しませんが、そういう時代は平成までで終わりですね。
自己犠牲は素晴らしいものですが、それを選ぶかどうかは個人次第であり、その選択自体責められるべきものではない。 {/netabare}

投稿 : 2019/08/02
閲覧 : 38
サンキュー:

6

ネタバレ

D.K

★★★☆☆ 2.2
物語 : 1.5 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 2.0 キャラ : 1.5 状態:----

絶対見てほしい

アンチって言いたけれ言えばいいけどさ

この作品やばいって、

だってさヒロインが自分の意思で身を呈して世界を救おうとしてるんだよ。それをさ主人公が彼女失うのが怖いからって勝手に白旗あげて東京沈めちゃう話でしょ。しかもさヒロインはヒロインで意思を曲げられたにも関わらず優しくしちゃうんでしょ。もうどうなってんだよだってさ、これ毒親問題における親と子の共依存関係と同じでしょ、日本人が大人になれない理由とかでよく言われる奴でしょ。この作品で解決したの主人公の承認欲求だけだよ。しかもあらゆるキャラクターや設定はそれを満たすためだけに覆い隠す様に作られてるよ。

映像綺麗なのはわかるけどさ、アニメを現実逃避の逃げ道にしたらやばいって

まじやばいって

本当に注意して作品見てほしい

投稿 : 2019/08/02
閲覧 : 49
サンキュー:

5

ネタバレ

fuushin

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

僕らの愛が、世界にできること。

新海監督の夏アニメ、やらかしてくれました。

● はじめに。
{netabare}
"賛否が分かれる" とか "怒らせる" とかは、氏の "おいた" でしょうが、流石(さすが)にコアなオールドファンからはお叱りが出るかもです。
前作以上にエンタメに寄せ、はたまた企業キャラまで取り込むとは・・・。というか前作を混(も)じりすぎてるでしょ、これw
とは言え、瀧と三葉の垢抜けた大人の雰囲気には感ひとしおでしたね。
まぁ、"大人の嗜み" としてクスリと笑って済ませておきましょう。

前振りはこのあたりにして、あらためまして、世界に誇れる素晴らしい作品を世に出してくださいました。満点です。

それにつけても上映中に笑い声が漏れてきたのには正直なところ驚きました。かつての作風からは感じえなかった新しいインセンティブがそこかしこに張られていることに嫌でも気づかされました。
私はかねがね、骨がこすれるシナリオ、懸想に引きずられるストーリーに、なんども心火を焦がされてきたものですから、本作の印象ときたら、もはや別次元の作品のようです。その代わりに浮上するのは、社会の隙間や制度の谷間で、しぶとく倹(つま)しく暮らす人たちの姿です。

もしかしたら、新海氏は、ジュブナイル世代のセカイに寄り添う流儀を変えたのかもしれません。孤独感を炙りだすアプローチ法を、自己の同一性にむかう詰め方を、紡ぎあう愛のその先にある誰も見たことがない世界の見せ方を。
氏は時代のうねりにひとつの潮目を作ろうとさえ夢見ているのではないか。
まるで、地球の気魂に、極太の赤い糸をムスビつけ、本来なら起こりえない転機を五倫の上に発動させてみようとのインスピレーション。
こんなクリエイトなチャレンジ、誰が思いつくでしょう。

さて、本作に気づいたことを、私なりに "三つ" 述べてみたいと思います。有り体に言えば、"賛否の分かれるところ" の天王山?でしょうか。新海氏からの問いかけを "どういう立ち位置で受け止めるか" ということですね。
いつも以上の大長文ですので、お時間のある時にでもお読みいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします。
{/netabare}

● 一つめ。安定のSF要素×ファンタジックな神懸り。そして+α。
{netabare}
レビューするにあたって真っ先に思い浮かべたのは "デイアフタートゥモロー(2004年)" です。気候温暖化の獏としたイメージを、凄まじいほどにクリティカルなリアルさで、私の胸に刻み付けた近未来SFの大傑作です。本作もその系譜の範疇作ですが、映像はかなりソフトトーン化されていましたね。

さて、大気には、ジェット気流、超巨大台風、ホワイト・スコール、スプライトなど変幻自在で縦横無尽にほとばしり出る強大なアースパワーが内包されていることは衆知のとおりですね。
また "積乱雲には湖一つ分の水量がある" とか "海とは別の生態系がある" とかの説を取り入れていることは良いアイディアだったと思います。

終幕に描かれていた東京周辺は、まるで太古の初発に戻ったような変容ぶりでした。
日本の国土を龍体になぞらえると東京は胃袋に当たり、その象意は "混交する価値観と多様な文化性" です。そこが水没するということは、一旦水に流し、心機一転、真っさらな価値観を腹に収めるの意。

その発露は、未来のベクトルを創造しようと試行錯誤するフレッシュな感性(陽菜と帆高の祈り)と、過去の柵を乗り越えていく高いヒューマニティー(人本主義)が源泉です。それは "オトナ" を希求する "憧れと勇気" です。須賀さんは「大人になってしまうと優先順位を変えられなくなる。(=過去にとらわれる)」と語りましたが、その "反語" でもありますね。

陽菜が水没した風景に祈っていたシーン。それは2人が選んだ世界のカタチ(らしい)。
彼女は晴天を願います。最初は母のために、次は市井の人々の、そして帆高の頷きに、そして・・・。
願いとは、つまるところ "自分の都合=自己愛" です。叶うか否かに関わらず、時にそれは見えない空気の流れを創り、知らず知らずのうちに日本人の未来を決めるのです。

帆高と陽菜の距離感のズレは新海氏の定番の演出です。でも、今回の+αは、"子どものセカイ" と "大人の世界" との距離感のズレを盛り込んでいます。ここが本作の新しい軸です。
出来上がった世界のイエ、ムラ、シマに潜む放置された歪み、予算も人も増えない児童福祉制度の脆弱性、女性の自立を妨げる賃金構造、気象に異常をきたすほどの経済活動の傲慢さと浅ましさ・・・。

本作は、今までの作品では見ることのできなかった、いえ、新海氏が見せることのできなかったジュブナイル世代が抱えているセカイの問題の本質を、世界で視聴される大人の皆さんに、そしてオトナに憧れる子どもさんに見せているのです。全く、君の名は。の大ヒットさまさまです。

これが+αの "一つめ" です。
「もともと世界が狂っている」と須賀が語ったのは、一人ひとりの小さな願いにさえもいつの間にか自己愛に偏りすぎていて、その総体、結果として「世界が狂っている」ことを須賀に語らせている氏がそこにいます。狂わせているのは善意に潜んでいる自己愛ですが、誰も批判しない、むしろしたくない、さらにされたくないとする時勢と空気があることすらも暗喩していると私は受け止めています。

ところで、世界を変える秘密はもう一つあります。"二つめ"の+αです。
本作は、まるで2人の願いがそういう世界を創り出してしまったかのように描かれているのですが、実は、ほんの少し視点を変えるだけで「世界を変える本当の秘密=愛にできることの意味」を彼らは願っていたし語っていました。詳しくは後で述べます。

ですから私は、陽菜の祈りは、悔恨とか懺悔とかのネガティブな思いから発する祈りではないと確信しています。彼女は、時間がまだ人類に与えられていることに感謝し、今と此処に生き抜いていくことの誓いを天に立てていたのではないか、新海氏が彼女にそうさせたかったのだと受け取りました。

帆高の涙に「大丈夫?」と問う陽菜に「大丈夫だ!」と応える帆高。
再会のコトバに躊躇していた彼が、祈る彼女の姿に、"天気" の晴雨の是非よりも、すでに起きてしまったことよりも、「僕たちは大丈夫だ」と結び、そして選んだ "2人のこれからの世界の転機" を見事に表わしたコトバだったと思います。


エンドロールに描かれたシーンも印象的で大好きになりました。まるで古事記に記されている物語のようです。ふと二柱(ふたはしら)の古い御神名を思い出しました。胡散臭いと思われるかもしれないので畳んでおきます。妄想が好きな方だけどうぞ。
{netabare}
まず、その名を、深淵之水夜礼花神 (ふかふちの みずやれ はなのかみ)と申し上げます。
何だか難しそうな読み方ですね。でも、この言霊から発せられる波動を、ぜひエンドロールシーンに重ねて想像を膨らませてみてください。

暗い水底に2人の名前(言霊)が漂いだし、水面をつと見上げれば雨だれが水紋を描いています。やがてその恵みを消費するばかりの大都会のシルエットが浮かび上がり、視点はついにその初発たる天空の雲頂に到達するに至ります。カメラはさらに進みますが、そのアングルはわずかに大気圏にとどまり、宇宙へ飛び出すことはありません。
この演出は、人の命は地球からは離れては生きてはいけないという意図が含まれているように感じます。

"深渕" =目に見えない、耳にも聴こえない、意識に現れ出ないし、記憶にも呼び起こせないような場所=人知の及ばない神秘≒智慧。
"之" =野=地域のコミュニティーのこと。納=おさめ定着させること。宣=広く流布すること。指導的な役割のこと。
"深渕之" =尊い知恵、未知の法則≒天の気をキャッチし暮らしに活用するという意味にも取れそうです。
これを水紋に懸けることで、広げる・和合する・円満にしていくというイメージを醸し出しています。

"水" =経済・生産・流通をコントロールする知識と技術と知恵。密=隠されていること。満津=満たされ約まること。
"夜" =昏いさなかにあること=発展途上であること。
"礼" =霊=人に寄り添うこと。コミュニケーションの入り口であること。
"花" =華やかで美しいこと。若々しい気概であること。
"神" =火(縦)と水(横)の働き。心豊かに暮らす生き方のこと。
因みに、"水" は、"夜・礼・花・神" に掛かる詞(コトバ)でもあります。まぁ、だいたいですが、そういった意味合いを表現しています。

水紋が描く小さな "輪" は、たくさんの "吾" と "私" でもあり、諸国民のトモダチの "輪" と、自然界を厳然と支配する "環" でもあります。
傾聴と合理的配慮が "倫" を作り出し、そこかしこのコミュニティに賑やかな "話" が起こります。かつて聖徳太子が語ったとされる "和を以って貴しとなす" とは、コミュニティーを平に均(なら)しめること。即ち、さまざまなでこぼこや格差や差別をなくすことであり、かつ「大丈夫?」と気遣い合うことなのではないでしょうか。人生にどんなに長幼があり、社会にどんなに貴賤があっても、命は等しくたった一粒の雨によってようやく支えられているのです。
最後の10秒に流れる雨音のリズム。その意味が知りたいですね。

もう、ひと柱のご神名は、天鈿女命(あめの うずめの みこと)です。
六本木ヒルズタワーで、太陽の出現を祈る陽菜の姿に、その言霊がすんなりと馴染みます。"天に向かって祈りをささげる、か細い少女の尊い姿" ですね。
この神さまは、芸事に携わっていらっしゃる方にはとても身近な神様です。詳しくは、Wikipediaを参照してみてくださいね。

単純にして唯一絶対でもある地球のアルゴリズムに寄り添い、人生を棒に振ることのない生き方を見つけ出すには、まだ人智には遠く及ばない幽(かそけ)き哲理が、天の運気、深淵の水に隠されているのかもしれません。IPS細胞や青色発光ダイオードなどの基礎的科学の発展が望まれますね。しばし、そんな思いに浸りました。

RADWIMPSの歌詞がこのシーンにぴったりで素晴らしく、"愛にできることはまだあるよ。" は私の心臓を貫き、今もリフレインされています。
{/netabare}

さて、量子力学論では、原子よりも小さい電子や粒子は、"状態として存在" していても "物質" として目にすることはできないそうです。
(拙レビュー、"青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない" を参照してね。)

ところが、ひとたびクリエイターの目に捉えられ、その手にかかれば、街なかに水気の塊りが漂いだし、可愛らしい魚として描かれたり、モノモノしい龍神の姿に抽出されたりします。もしかしたら、800年前の祈祷師や巫女、シャーマンと呼ばれていた方々も、案外アニメーションクリエイターのゆたかな発想力と観測能力を持っていたのかもしれませんね。

ところで、本作に描かれている魚や龍神は、"水×生態系×認知可能なモノ" という設定条件の中で創られる、文化性を帯びた "概念としての存在" です。
この手法は、すでに衆知のものとなりつつある青ブタの観測理論の応用そのものです。その意味では、青ブタをご覧になられた方は、誰でも観測者になれる "意識性を有している" と言えるでしょうね。

神代の時代から "天気" というキーワードにはその絵コンテに多くの神々が登場しています。雷にはゼウスや雷神を、突風には風神やアイオロスを、雨には龍神やミズハノメが宛がわれています。
天象への不思議さや畏れ、儘ならさや願望をぶつける対象として生み出されたこれらの神々。言い換えれば、絶大不可侵のパワーが、2D、3D化されることで、祈りの対象として "より鮮明・先鋭に観測できる" ということですね。

観測理論を行動様式に移すなら "もっと近くに来て。もっと強く確信して。校庭の真ん中で叫ぶほどに呼びかけて。" ということになります。つまり、わずかな晴れ間にも強く懇願を求めるのは、青ブタ風に言えば、お尻を蹴り合ったり、足を踏みつけることと同じな訳ですね。
まあ、お天気は踏みつけられませんから、てるてる坊主を依り代(よりしろ)としてこさえるのでしょう。密教の流れを汲む "見立て" の応用ですね。
ところで、皆さんは、"その後のてるてる坊主" をどのように扱われましたか?

天が光射す道(天の通い路)を神社に降ろすのは、天上人が顕微鏡で地上を覗くようなものです。陽菜が鳥居をくぐった行為は、結界に入る=観測されることと言えます。そこに天と陽菜のウケヒ(誓約)が成立するのですね。
一方で、街の片隅で見初め合い、銃までぶっ放しては尻を蹴り合うどころではない盛大な量子もつれが帆高と陽菜の間にも起きていたわけです。

しかし、陽菜が自分のアイデンティティーを100%の晴れ女に見出せば見出すほどに、天とのウケヒが衝き固められていきます。
母と歩きたかったという "自分の願い" が、たとえ "生活のため、皆のための願い" へと移り変わっていったとしても、彼女には笑顔になれる幸せな時間だったのだろうと思います。
でも、帆高の呟きを受け入れることが、どんな結末を迎えることになるか。それを知らされていた陽菜は、彼とムスビついていたい気持ちを自覚しながらも、自らの決断でその縁を諦め、断ち切るのです。

私は、陽菜の心情の移ろいとその落としどころに、どうにもやり切れなさを感じました。彼女が天気の巫女としての役目を全うすることで多くのお客さんに応えきれなかった想いを清算し、人身御供されることで贖罪を求めたその思いの清心さと実直さは、それもまた自己選択、自己決定として頭のどこかでは理解できなくもないのですが、まるで自死を選ばせるような演出の重さには「それは違うよね」という思いが拭えないままだったのです。


また、子どもがいかに "コドモ" であったとしても、決して蔑ろに扱っていいわけではありません。母との死別は、姉弟にとっての母性のセカイを喪失させますが、それは父性で出来上がっている世界に2人が放り出される意味になるのです。つまり、子どもの権利や人生が、父性の目線で扱われることになります。本作にはその現実の一端が色濃く描かれています。警察然り、児相然り。須賀然り。

2人がアパートに留まったのは、亡き母を悼みながらも父系社会へのレジスタンスだったのではないだろうか?私はそのように感じます。
何故なら、いったい誰が好き好んで、思い出の詰まった家を離れて、友だちともバラバラになって、もっと言えば、コンビニまでのキョリとか、水道水の味だって変わるかもしれないような児童養護施設に入ることを喜ぶと思いますか?
年齢も、成長も、発達も、生活習慣も全く相容れない集団生活の中に、どれほどの安寧と幸福を見つけられると思いますか?
新海氏はそこのところ、すごく学ばれたのだろうと私は思っています。

児童福祉や母子家庭の実相は、プライバシーの保護があるからとか、しつけの中のことだからとか、ひいては個人の選択の結果でしょ?とかの今風の言い回しで粉飾されていて、その内実を伺うことはなかなか難しい。
でも、ジュブナイル世代の健康、修学、交友など暮らし全般に、行政の仕組みが寄り添い切れず、かつ望ましい機能が賦与されていないことも少しずつですが衆目に晒されてきています。
ジュブナイル世代に関わらず、多くの子どもたちを大人社会が本気になって守らなければならない転機が、目の前に来ているのだろうと思います。


"陽菜" の言霊からは、陽=暖かな光、温もった手が、菜=幼い子どもがすくすくと成長するさまが感じ取れます。また、親と子が寄り添い、愛と幸せが家庭のうちそとにあまねく広がり、心身がのびのびと青々と発達するさまをイメージすることができます。

また、彼女の母の名前は「AMANO MEGUMI」と刹那に読み取れました。天の恵みとは母性の発露としての雨なのだというメッセージのように思えます。MEGUMIと陽菜の悲しい別れを、地球と人類の共生しあう未来というテーマに置き換え、両者の関係性を示すことが本作に秘められた通底なのかもしれません。

私たちが願い祈る意識や行動それ自体を量子力学的に解釈すれば、まさに粒子の揺れや揺らぎ、縺れや交錯、圧力や衝突を生み出している・・・それってもしかしたら念動力のトレーニング?!なんてことを言いだしたら腰が引けるかもしれません。

でも、夏には青空を、冬には降雪を、春には陽だまりを、秋には実りに色づく世界の明日を楽しもうと、何とはなしに思いたっては神前に立って手を合わせるお作法を、さも当たり前のように行なっているじゃありませんか。仕事場での何気ない挨拶にすら、いの一番にお天気話から入るじゃないですか。

朝な夕なに365日、宗谷から波照間まで、老若男女の誰ひとり漏れ落つることなく、生活のど真ん中に天気を据え置いて暮らしている。そして、よく観測し、美しいコトバに起こして、いつも明日の空を気にしているのが日本人の思考と行動の大元。
神代とも呼ばれる遥か大昔からの揺るぎないゴールデンルールです。

私は思うのです。
天気のありようを通して家族の笑顔を思ったり、人の幸せを願ったり、世界の平和を祈ったりすることは、夢、希望、未来、そして恋を、何をおいても手に入れんとする、あの手この手で押したり引いたりする行動そのものだと。

人が、感情を押し込めたり、迸(ほとばし)らせたり、素っ気なく振る舞ったり、美しく着飾ったりするのは、地球の気圧のさま、自然の四季の様態と全く同じであり、まさに天気と人心は、密接に連動していると言えましょう。母なる地球と "天気の子" とは双方向の関係。祈りを捧げ恵みをいただき、共に幸せの恒常を願うのものなのですね。

祈りという原始的にも思えるコミュニケーション様式は、低頭し身を屈め、手を合わせるという "自分から相手へ伝える最もシンプルなお作法" です。
それは、手を取り合ったりハグというスキンシップにつながり、やがてノンバーバル、バーバルなどのコトバを発達させます。ついに文字を創りだし、紙の発明によって共有され、電話、電子メールとなって、今では地球の裏側の人たちとも瞬時に交流ができるまでになっています。

Pray for kyoani.  
今ほど、このコトバがズドンと腑に落ちてくることはありません。

今のコミュニケーションの方法や手段は、100年前の人から見たら、天地がひっくり返るぐらいの技術と文化なはずですよね。でも、決して直線的に、あるいは一足飛びに、手にすることはかなわなかった事柄です。数えきれないほどの飢饉や戦争などの艱難辛苦、多大な犠牲と深い悲しみを経て、ようやくその "ありがたみ" を享受したいるのが私たちの世代なのです。

そうは言いながらも、何ゆえか人類進化の道すじが根本から危ぶまれている今日の情勢においては、本作の通底に秘められたメッセージをどれほどに受け止めて、明日からの行動につなげていくかという課題が残されていると思います。
本作には、気づきの端緒ともなる新海氏からの "深海からの問いかけ=見えにくいメッセージ" が秘め置かれていると思います。エンドロールの描写が、確かにそれを暗喩しています。


「君の名は。」では、過去作には見られなかった恋愛成就型ボーイミーツガールがファンタジックに描かれていましたが、今作は、地球人として生きることそれ自体にテーマを寄せてきているように思います。
ティアマト彗星が糸守町に落下したのは、2029年4月13日のアポフィスのそれの象意を示していますが、それでもまだ10年ほど先のお話です。本作では、異常気象をテーマに扱っているので、もう少し身近に体感できるし深く実感が持てると思います。

例えば、北極海の氷が融解しているニュース。
海洋学、特に深層海流の研究では、北極海の氷の減少・消失は、地球そのものの水冷機能の低下と不全につながると予想しています。現に、地球温暖化が叫ばれているにもかかわらず、その進行が予想通りになっていないのは、地球が自浄作用の一環として踏ん張っているおかげです。どういうことかというと、北極海の氷をガンガン融かしながら、体温の上昇をようやく抑えているのが実相なのです。

もう一度言います。
母なる地球は、自らのバランスを崩してまでも、子どもたる人間をはじめとする生物の命を可能な限り守ろうとしています。温暖化ガスによる気温(体温)の上昇を海中(体内)に取り込み、かわいいわが子にダメージが及ばないように、最小限になるように身を挺して抑えてくれているのです。ガイア理論ではそんなふうに解釈をするのですが、あなたはどう思われますか?

例えば、世界各地で地震が多発したり、火山が噴火したりしていることを、地球のくしゃみとか吹き出物として見立ててみたらどうでしょう? 阿蘇やイエローストーンがカルデラ爆発したら、同時にアイスランドのギャオスからマグマが噴き出して来たら、同時に富士山やエトナ火山が噴火したら・・・。

妄想ばかりが先に立つお話で申し訳ないのですが、ないともあるとも言えない可能性だけは残されますし、本当に何が起きるか分からない世の中です。一旦噴き出したその噴煙は、3年間降り続く雨の影響のその比どころの話ではないでしょう。人類はおろかほとんどすべての生き物を問答無用で死滅させてしまうかもしれません。リセットができるゲームではないのです。

こんなことは、普段の生活を送っていたら露とも感じることはありません。
そして幸いなことに今はまだ大きな天変地異は起きていません。
それに、国土の半分はまだ梅雨の季節にありますね。それは時に優しく、時に激しく表現されますが、一すじの雨足にもさまざまなメッセージを伝えようとする地球の微かな息遣いを織り込んだ心遣い。まるで天から人へのお中元。それが梅雨だったり台風だったりします。

新海氏が、天からのメッセージを作品の中に美しく描いていると受け止められるのでしたら、ぜひあなたも胸の真ん中に受け止めて、本作を読み解きながら楽しんでいただければと思います。
too you。お願いいたします。
{/netabare}

● 二つめ。"利他愛" の先にあるもの。
{netabare}
本作のもう一つのテーマがこれだと思います。最近のトレンドは "利他愛" を描くことが多くなっています。"青ブタ" しかり、"きみなみ" しかり。

ですが、ちょっと待ってください。
利他愛が行き過ぎると、いえ、闇雲に突っ走ってしまうと、ちびっと怖いことになりそうです。
大切な人を失うことは、取り返しがつかないことであり、そうならないように、そうなる前に何とかしておきたいという心情は理解できないこともありません。古くは "きけ、わだつみの声" に記されている、追い詰められ捻じ曲げられた若者の自尊心の発露に学ぶことができます。

当時の国体維持のために "武力と法律という同調圧力"と、"読まなければならない空気" とが、多くの若者や国民の思想信条を侵し、草を食べさせ、命を奪ってきたナショナリズムにも深くシンクロするのが "利他愛" のコトバの活用法なのです。
"利他愛" の対象に "国体" を据えると "無思考的な自己犠牲≒国家全体主義" を強いるのです。これもまた、歴史が証明しています。

数年前に国民的にヒットした "きみすい" にも若干、同じ匂いを感じます。
ファンの方、ごめんなさい。今だけ、ちびっと酷評しますのでたたみます。
{netabare}
文学的には優れて情緒性の高い作品として国民に広く受け入れられた反面、その喪失感の反動をどうコントロールするかまでは描かれておらず、位牌を前にして号泣させ、墓参りで終わらせるという、いわば古いしきたりに放り込んだ演出。

厳しく言えば、大人の文化に若者を屈服させています。だからこそ大多数の国民の意識が賛同を示し、受け入れたのかもしれないと考えるのは私の皮肉です。
しかし、とってつけたような通り魔の設定が、社会悪としての「歪みあるある」としていかにも安易に使われたこと、涙する18歳の "怒り" をきちんと描かなかったことが私には違和感ありまくりで、若者特有の社会悪に対する正義感の高揚や、犯罪に対する主体性の獲得といった側面へのリスペクトのあまりの欠如に唖然とするのです。

敢えて綺麗に申し上げれば、視聴後や読後に受け取った印象や、その喪失感からのリカバリーはそれぞれの感性でどうぞ、ということなのでしょうが、その感性というものがなかなかの曲者です。

感性とは情動であり、それは脳下垂体が司っています。脳下垂体は生存本能を支配し、大脳皮質の前頭葉に宿る高次脳機能である知性や理性の神経回路を容易に遮断し、思考や思索、善悪の是非の判断をたやすく放棄させます。その生理的反応の応用としてのあまたの政策が、国民の主体性と自意識を放棄させ、「お国のため」として我が身を世間さまの空気に阿(おもね)させてきたことは、過去のブラックな出来事として歴史書に明々白々に証明されています。

こういう設定ならどうかと問うてくる作者の主張は、"若者の青春のカタチも、少女のはかない命も、現実にあるあるな事件によって、無情にも蹂躙されるのだけれど、どうかな?という提案" な訳ですが、どんなにはかない命であったとしても、精一杯に生き切るという命へのリスペクトがこうも欠けていては、大人の「ああ、そういうのもどこかのあるあるだよね」とか「まさかこんな静かな場所で起こるなんて」という いかにも "一般大衆受け" を狙ったように思えて、残念でなりません。

アニメーションでは最後をファンタジックにまとめてあって、そこは美しく描かれていましたが、本質的には 命の扱い方が中途半端で、薄命の少女のせめての希望さえも薙ぎ払ってしまった作品として今では受け止めています。

そして、ここでちびっと立ち止まって思い出してみてください。
私が "利他愛" の上に位置づけるものがあるのは、青春ブタ野郎シリーズの大ヒットに学ぶところがあったからです。それは、咲太が、夢見る少女の思春期症候群という "見えにくい苦しみ" に右往左往することこそ、少女が健やかに夢を見る人生につながっているというストーリーが描かれていたわけで、それが今季の教訓として受け止めて良かったはずではないでしょうか。

彼の、妙に人を喰ったようなキャラ設定は、初めのうちは大人げなくて、おまけに変に若者っぽさもない高校生だと違和感をもって見ていましたが、よくよく見れば徹底した "人本主義者" であることが分かってきました。友達へのリスペクトの強さ、弱者への甲斐甲斐しい介入は、きっと大人の翔子さんから学んだのだろうと思います。

もちろん創作なので細かいところに突っ込むのは野暮天ですから致しませんが、"きみすい" とはまた違うアピール性をもった作品でしたし、作者のポリシーにおいて好感度の高いものだと感じている次第です。
注目するところは、購買する年齢層の差もあるでしょうが、より若い方に読まれている青ブタの売り上げの推移が気になるところです。(きみすい260万部、2019年4月。青ブタ150万部、2019年7月。)
{/netabare}

今更のことですが、新海氏は、メインキャラクターに重い枷こそ与えはしますが、決して殺すようなことはしないクリエイターです。
ファンは、主人公が呻吟する姿と嗚咽するその心情に自分自身を投影し、新海氏からのメッセージを真摯に共有することで、未来に生きることへの絆をより太く紡ぎ、作品への信頼を一層のこと深めるのです。

君の名は。では、その一側面をいくらか和らげ、別の一側面をいくらか強めることによって、より広範に国民との接点を造り出し、より多くのファンとつながることに成功したのです。
結果的に、今作に秘め置いた氏のメッセージを、即ち "賛否の分かれるところ" を、世界中の人々に間配り、それをもって得る "効果" を、地球全体で共有することにきっと成功するでしょう。それはとても喜ばしいものです。

さて、ずいぶんと遠まわりしましたが "利他愛" の先にあるものについて述べてみます。

結論から言うと {netabare} "利己愛" {/netabare}です。
でも、西洋哲学で言うところの "自己愛=ナルシズム" ではありません。ましてや一世を風靡している "自己中" でもありません。"利己愛" とは、自らの命の尽きるまでを真摯に向き合い、自らを社会に活かすことによって生み出される "思想" であり、"コトバ" であり、"行動" であり、その "足跡" です。
ですから "自暴自棄=セルフネグレクト" でも "自死" でも "自殺" でも "自己犠牲" でも "過労死" でもありません。

もちろん、"これしかやり方を知らない、教えてもらっていないんだから、愛するがために自分の命を捧げてもいい" という理屈には絶対になりません。
ましてや、"私のセカイを愛する想いが昂じた結果として、世界の命を勝手一方に奪うのも愛のカタチなんだ" などの屁理屈はもってのほかです。
こんな簡単なことが分からなくなってきている世の中は、本当に狂ってしまっているのかも知れませんね。

行動における基本的原則は、"動機" にあることは自明です。
動機とは "思い" です。言霊的には、"想い" と "重い"に分解されます。

"思い" は、心の上で風車が気ままにくるくると回るさま。言い換えれば、心は常に不安定な性質があり、ゆえにコロコロの音律を伴うコトバです。

"想い" は、軽く、温かく、明るく、涼やかです。字解すると、"二者の向かい合うさまを心の上に置く" になります。相は木と目に分解されますが、木とは種から老木までを指し、その成長と発達の変化のさまを、すぐ隣で見つめるという意味があります。木は左側ですから受けです。木は動けませんからね。目は右側ですから送り手です。目は上下左右360度から観察できますね。心が下にあるのは合理的配慮が常に下支えするという意味合いでしょう。

"重い" は、重く、冷たく、暗く、凍えていることにつながります。
字解すると、人が大地に立って袋を抱えているの意味になりますが、その中身が、サンタクロースのそれなら上々!ですけれど、パンドラの箱ならゲゲッ!ですよね。

"利己愛" とは、"己を利かす" という意味合いですから、"どんな愛を以って、誰に、何を利かせるか" ということで完結します。 常に、自分のそばには他者がいます。いないように見えてもいるはずです。言い換えれば、自分は、他者から常に観測されることで、実存し、存在しています。ですから、他者に対して、自らの存在する意味を命がけで見出す必要性があります。もっと言えば、人を愛するためには、まず自分を深く愛していないとその愛し方が分からないのです。

帆高が凪に感服していたのも、三葉に相談していたのも、彼の心中に愛が満たされていなかった証左です。また "貧すれば鈍す" も同じ意味です。肉体の幸福がある程度満たされていなければ、心の平安を得ることなんてできっこありません。

"汝が隣人を汝自身の如く愛せよ。"とはキリストのコトバ。
"汝自身を知れ。" とはソクラテスのコトバ。
西洋的概念のそれは、あまりに教条的で出来過ぎで、私にはちびっと荷が重いです。
私は、七福神の宝船が心地良さげで楽しそうに見えます。東洋の多神教の皆々様が笑いあっている姿に、ゆらりゆらりと心の安寧を感じてしまいます。


帆高が陽菜に「自分のために祈って。」と語ったセリフが、"利己愛" のすべてを表わしています。そもそもからして、1人の人間が "利他愛" の果てに人柱となり、結果として地球規模の平和が成し遂げられたという事例は、歴史上のどの資料にもありません。ジャンヌダルクだって無理だったもの。
ましてや6000万人が犠牲となった先の大戦の教訓を踏まえてもなお、世界に紛争が絶えず、その平和が風前の灯火とは、あまりにも労しく、いわゆる勝ち組の主張の寒々しさについ白けてしまいます。

帆高は、陽菜のことを想って、拳銃を不用意に扱ったことで社会的責任を問われ、保護観察処分となって神津島で息をひそめるようにして贖罪の日々を送ります。その罪が解かれるのが「卒業」という節目の行事に表象され、帆高はどのようにも説明できないままで、陽菜のもとへと戻ります。
これは、世界に対抗する手段としても、また、不条理をアピールする方法としても、"銃器火力を安易に取り扱ってはならない" という演出として受け止めました。また、人格の形成には手厚い教育と適切な支援が長期間にわたって必要であることも示していると思います。

自らを愛し生きぬくことでしか他者への利他愛は "成就しない" のです。 "利己" と "利他"は、"愛"という名の "思いやりの心" でムスビつけられ、相関し補完しあっているのが真相であり深層なのです。

大人が構築してきた "因習やしきたり、柵や忖度" には "利他愛" の要素はあるけれど、それは小さなコミュニティーが対象です。イエ、ムラ、シマ、クニ。ブラック●●。
残念ながらそこには "利己愛" は見つけられません。いえ、むしろ自己愛、自己中、自分勝手、世間知らずと言い換えられ、若者(特に乳幼児)を、女性を、障がい者を抑圧し排除し続けてきた歴史と、収奪と搾取を繰り返す文化しか見えません。

天気とは、転機。そして転帰(初発に戻る=ルネサンス)、天機(時代の変わり目)と転意していきます。
(子については、拙レビュー「若おかみは小学生」を参照してね。)

それが 新海氏が作品に込めた "メッセージ" ではないか。
今、ホモサピエンス経済の仕組みを変えなければ、東京は、世界は、本当に水没してしまいます。
それもまた 地球からの "メッセージ" ではないか。

しかし、それでもなお新海氏は、帆高に「大丈夫だ」と言わせるのです。
その言霊に、未来につなぐヒントが、秘密が隠されていたように思います。
{/netabare}

● 三つめ。セカイからも世界からも疎外される若者の姿。
{netabare}
ちびっと穏やかでない見出しに違和感をお持ちいただけたのでしたら、嬉しい。
多くのレビューに、帆高と陽菜の行動原理や社会的背景、支援者の存在が、見えてこない。説明が不足している、そんなご意見が散見されています。
それについて私見を述べたいと思います。

主人公の帆高。神津島(こうづしま)の生まれなのですね。東京都神津島村っていうんですが、ン10年前に行ったことがあります。沖縄とは違う空気感と透明感があって、観光地としては太鼓判が押せる素晴らしいところです。
でも、生地境涯となるとどうでしょう。隣の東京都新島村式根島(しきねじま)まではたかだか10㎞ほどですが、そこにあるのは "絶海" です。冬の晴天時は遠くに伊豆半島を見通せますが、さすがに東京都新宿区までは見えません。

劇伴に流れる「憧れなのか、恋なのか」って言えるくらいの、いえ、言っていいのかどうかさえも分からないくらいの絶対的な遠距離感です。
万一、この時空を埋めようとするスイッチが入ったら、まさに身を切るような切迫感、世界から切り離されたような閉塞感に苛まれることだと思います。

16歳の彼が東京に出てきた事実だけが、視聴する人に分かりうる情報です。その理由も背景も、映像上では詳(つまび)らかにはなっていません。でも、彼の表情やコトバ、考え方や行動の癖などから "推察・推量すること" はできるはずです。つまり視聴する方々の帆高に寄り添う力がとても重要になります。
とはいえ、国民のほぼほぼ100%の方は、神津島で生まれ暮らすということはないのですから、帆高のプライベートな生い立ちや境遇を追体験するイメージを創ることはとても難しいと思います。
"設定上のこと" ですから詮無いことではあるのですが、でも物語上この設定は、"三つの意味" で外すことはできない重要なファクターだと感じます。

★ "一つめ" は、男女のすれ違うもどかしさ。
{netabare}
99%なさそうで ありそうな1%のその出会いを、視聴する人の意識に強く投影し、物語の物理的・心情的なキョリ感を最大限に引き伸ばして活かすことが、新海氏の作品の特長であり、真骨頂です。
氏の過去作は、演出上、多少の濃淡はあっても、必ず盛り込まれているエッセンスであることは間違いのないことですね。

もし機会がありましたら、伊豆半島の南端、石廊崎灯台の突端から太平洋を遠望してみていただけますか?ほんとうに運が良ければ島が小さく望めます。そしてそのあまりの遠さに絶句するはずです。打ち寄せる波音と抜けるような空を見上げながら、しみじみ新海氏のアイディアを評価してみてください。

おまけにと言っては何ですが、いつの間にかそこには複雑な三角関係が絡み始めます。あなたがその三人目ですよ。
{/netabare}

★ "二つめ" は、一つめの補強の位置づけです。
{netabare}
想像してみてください。生れた瞬間から人間関係が固まった人生を。10年以上もクラス替えがない集団生活を。そういう体験のない方にはにわかには理解し難く、困惑するでしょう。ましてや、ほんの小さな世界で、友だちとの繋がりを失い、親との関係がこじれてしまうと、つまり、孤島のさなかで更に孤立してしまったら、どんな境遇・心境になるでしょうか。

そういった背景をいくらかでも理解することによって、帆高がデッキの上でホワイト・スコールの洗礼を喜ぶ心情を共感できようなものです。そもそもホワイト・スコールに遭遇すること自体が奇跡のようなものです。それをわざわざ大道具として使うくらいに、新海氏は、帆高の心中に澱となっているわだかまりを洗い流したかった、禊ぎたかった、そういう気持ちを演出に表わしたのだと私には思えるのです。


視聴者からは見えにくい彼の行動原理は、そうした物理的、心理的に圧縮された狭間に、自分の夢想をむりやり差し込み、光の指すその先の遠すぎる未来に憧れる自分への期待感が、もろもろ綯(な)い交ぜになっての心情の発露なのでしょう。
世界としての孤絶、人としての孤立、内面性の孤独。それらの不穏な状況を、神津島の名にもちびっとかぶせて伺わせているのも演出としては隠れたポイントだと思います。

社会的孤立は現実の世界においても大問題になっていて、人間の疎外は、政治的にも放置しておくことができなくなっている喫緊の課題です。課題なのは知っている?そう、仕方ないですよね。大人になると優先順位を変えられえなくなりますからね。
でも、仕方ないという気持ちにも "違和感を切り捨てないでほしい" そう願います。

帆高は「あの光の中に行ってみたかった。」って呟いています。これって君の名は。にもありました。「日照時間は短いは」「堪らんわ」などのコトバの "裏返し" ですね。
このフレーズ、地方や田舎の少年少女には共感度 "大" でしょう。
故郷を出ようとする動機が、逃避なのか夢なのか、それとも両方ともなのかはそれぞれでしょうが、早いか遅いかの違いはあっても、突き動かされる思いは、自分探しへの深刻な衝動。神をも刻む重さなんだろうと思います。

彼は、早駆けする日脚を自転車で追いかけていましたが、風まかせに動きまわる光跡は、気象が生み出す移り気なマジックのようなもの。天上人が地上に落とす気ままなスプライト(ため息)のようにも見えなくもないです。
でも、そんなスポットライトの中に踏み入ろうとするなら、どんなにか懸命に追いかけても、許されなければ決して入ることはかないません。
海上へと移ってしまった「光のステージ」は、帆高の眼には、遠い東京へと誘(いざな)う魔法の絨毯のように映っていたのかもしれませんね。

実は、本作に、ぴったりのコトバがあります。

光彩陸離。

"こうさいりくり" と読みます。
関心のある方は検索してみてくださいネ。

出来上がってしまった世界が、2人にとって、どんなに意地悪で、冷たくて暴力的で、生きている意味さえも分からなくさせてしまっているとしても、2人の瞳の輝きやお喋りの潤いや歓びが重ねられていくたびに、新しい晴れ間が生み出されていきます。

でも、市井の人々はなお勝手一方に自己愛を示し、図らずも新宿のど真ん中で、陽菜の秘密が世間に露わになります。帆高の身を想う陽菜の願った雷撃は世界の圧迫から3人を切り離しますが、帆高の何気ない頷きが陽菜の恋ごころを撃ち抜きます。
自分ではなく天気を望んだ帆高との疎外。
やり切れない想いでむつみあう帆高との抱擁もはかなくほどけていくのです。

それらの全てのプロセスが、"光彩陸離" というコトバに集約されそうです。
空に祈る純心さも、天に召される魂の耀きも、やはり "光彩陸離" というコトバに収斂(しゅうれん)されそうです。
いつの頃に生まれたコトバなのか、どなたがどんな景色を見てインスピレーションを得たのかは分かりませんが、そのコトバが意味するところの風景を、新海氏が絵コンテに描き起こし素晴らしい映像美に表現してくださいました。涙が出るほど震えました!
{/netabare}

★ "三つめ" は、本作の構成から "絶対的な疎外感" のモチーフをセレクトすると、これがなかなかに上出来なのです。
{netabare}
東京都神津島から東京都港区竹芝までは、さるびあ号なら学割で6000円余りです。帆高でもいくらか無理すれば島を出られそうです。高速船もありますがいくらかお値段が張ります。
九州・四国・北海道は鉄路で接続していますし、他の航路は陸路と接続しています。ならば那覇~羽田間ですが、3万円超は家出少年にはムリ×2です。

三葉の決意は "瀧くんに逢いたいがためだけ" の約14000円×2。でも帆高は "単なる家出" ですからね。三葉の一途さには比べようもありません。それに新海氏のご指名は東京か新宿辺りです。結果的に伊豆諸島がベストチョイスになります。そして神秘性を高めるなら "神津島" の一択です。1日1便のボーイミーツガール?200㎞超に挑む帆高の志や如何に!?(ちなみに瀧や三葉は500㎞超だけどね)

ところで、その疎外感を埋めるために "利他愛" の使い方を間違えないようにしてくださいね。
"他" とは、自分の外にある全てですが、意外と落とし穴なのは、それを "都会" とか "国" とか "民族" とかの低いレベルで捉えてしまいがちです。だって何となく居心地が良いんだもん。"井の中の蛙、大海を見ず" で済むんだもん。

ある志士が言うとるきに。「儂は日本人ぜよ!」って。
明治の夜明けの直前、彼の "利己愛" は「日本人」という新しいコトバに "利他愛" を括(くく)ったのです。

それなら私たちも「私は地球人だよ!天気の子だよ!」って、新しい令和の夜明けに天喜し、"利己愛" を声に出して行動しましょうよ。

新海氏を始め、日本各地の素晴らしいスタジオが、サブカルの新しいトレンドを、アニメの無限の感動を、世界中にまくばっているじゃありませんか。

世界のファンだって、人生の転機になった宝物だと言っているじゃないですか。


「大丈夫」
私もそう呼びかけたい。
そう呼びかけることが、私の本作への精一杯のリスペクトなのです。

本作は、天の岩戸伝説の新解釈=新海氏約?
岩戸を押し開けたのは、天手力男命(あめの たじからおの みこと)。
それこそが、"自己愛" の権化="見える化" としての働きを示します。
あえて言霊の解釈は致しませんが、すでに作品のなかに語られています。

「僕らの愛が、世界にできることは、まだあるよ。」

ぜひ、劇場で、何度でも感じ取ってみてください。
{/netabare}
{/netabare}

長文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本作が、皆さまに愛されますように。

投稿 : 2019/08/02
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天気の子のストーリー・あらすじ

「あの光の中に、行ってみたかった」高1の夏。離島から家出し、東京にやってきた帆高。しかし生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく見つけた仕事は、怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。彼のこれからを示唆するかのように、連日降り続ける雨。そんな中、雑踏ひしめく都会の片隅で、帆高は一人の少女に出会う。ある事情を抱え、弟とふたりで明るくたくましく暮らす少女・陽菜。彼女には、不思議な能力があった。「ねぇ、今から晴れるよ」少しずつ雨が止み、美しく光り出す街並み。それは祈るだけで、空を晴れに出来る力だった――(アニメ映画『天気の子』のwikipedia・公式サイト等参照)

ティザー映像・PVも公開中!

放送時期・公式基本情報

ジャンル
アニメ映画
放送時期
2019年7月19日
制作会社
コミックス・ウェーブ・フィルム
公式サイト
www.tenkinoko.com/
主題歌
RADWIMPS『愛にできることはまだあるかい』

声優・キャラクター

醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子、小栗旬

スタッフ

原作:新海誠
監督:新海誠、脚本:新海誠、キャラクターデザイン:田中将賀、作画監督:田村篤、美術監督:滝口比呂志、制作プロデュース:STORY inc.、音楽:RADWIMPS

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