「天気の子(アニメ映画)」

総合得点
80.7
感想・評価
515
棚に入れた
2094
ランキング
341
★★★★☆ 3.9 (515)
物語
3.7
作画
4.5
声優
3.7
音楽
4.0
キャラ
3.7
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天気の子の感想・評価はどうでしたか?

ネタバレ

かしろん さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 3.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

3年という月日

【3年という月日】
令和3年正月のTV放送を見て。

君の名は。2016年8月26日公開
天気の子 2019年7月19日公開
3年という月日に込めた思い。

{netabare}ラスト、主人公の森嶋帆高が天野陽菜を天界から連れ戻し、
3年の月日が流れた後の再会を描く。
正確なセリフは覚えてないが、こんな感じのセリフがある。
須賀圭介は帆高にいう。「自分が世界を変えてしまったとか自惚れるな」
立花冨美は帆高にいう。「東京は元に戻っただけ」

新海誠監督。
元々評価は高かったものの、それは非常に狭いコアな範囲だったと思う。
だが、前作「君の名は。」で世界は一変した。
興行収入250億超え。
細田だ、誰だ、と言われていたポスト宮崎駿レースのトップに躍り出る快進撃。
アニメーション映画の業界世界を一変させてしまったのだ。

そんな監督が描いた本作のラスト。
アニメ映画業界を一変させたとか自惚れはありませんよ。
売れたとか言われても僕はただの一アニメ映画監督でそれに戻るだけですよ。
そして、この世界でこれからもアニメを作り続けますよ。

素晴らしい決意宣言な締め方だった。

ただ、これを見たのはつい先日。令和3年正月のTV放送を録画していたもの。
よりによってこのタイミングでこのオチを見るのか・・・と思わず苦笑。

何があったかというと、令和2年に公開された「鬼滅の刃 無限列車編」が
歴代興行収入1位となり、アニメーション映画の業界どころか映画業界を更に
一変させてしまった後なのだ。
新型コロナの影響で再度上映延期が決まったシン・エヴァンゲリオンもそのうち
公開される日がくるだろう。
そのあと、アニメーション映画業界がどういう流れになるのか。

個人的には、一度、川村元気プロデューサーから離れて、雨模様ドロドロな
深海節を響かせてほしい。


さて、内容の感想。
ボーイミーツガールとして描くべき内容。
世界を変えてでも君と居たいというセカイ系として描くべき内容。
前作君の名は。でやって評判が良かった内容のトレース。
同上だが、前作君の名は。のキャラを登場させるサービス。
{/netabare}
やるべきことを非常にしっかりとやっている良作だと思う。
お勧めです。

投稿 : 2021/01/19
閲覧 : 39
サンキュー:

2

ネタバレ

PeachFly さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

話のストーリー性は良いのだけれど、場面設定がいまひとつ

いつもの如く、物語のあらすじは他の方や作品の紹介にもあるので細かいところは省くとして、

ちょっと視点を変えてこの作品と前回の「君の名は」を比べると、最近の興行収入の資料では、「君の名は」が250億、「天気の子」が142億、ロードショー開始直後は「君の名は」を上回るかも…の勢いでしたが、アニメの記録の上位には入っているものの、ロングランとはならず、「君の名は」にやや及ばず。

やはり二度、三度、映画館に足を運ぶ人が少なかった ~ 内容として面白かったけど、それ以上ではなかった、…と思います。 少なくとも私の感じも「君の名は」と比べると、それはちょっとかわいそうかもしれませんが、やはり何度も何度も見ようか…とはなかなか思わなかったところがあります。


先日TVの地上波でも放映があったので感想をupdateしたいと思います。


「ちょっと… 」、の理由はいろいろあるかもですが、私が思うに基本の場面設定が、「いまひとつ」、だったのではないかと思います。
{netabare}
私が ??? と思ったのは、雲の上に別世界が存在しているとか、雨が降りすぎて東京が水に沈んでしまう、というところ。 原作から逸脱するのは難しいとしても、もうちょっと良い別の表現方法があったのではと思います。

アニメに使われるファンタジー的な要素は何があっても良いと思います。 私が観てきたものの中でファンタジー的な要素の世界観を持つものとして、例えば…

タイムトラベル : 時をかける少女、シュタインズケート、織田信奈の野望、等。
別世界 : ストライクウィチーズ、十二国記、進撃の巨人、ガールズ・アンド・パンツァー、等。
近未来 : SAOシリーズ、未来少年コナン、サイコパス、アクセルワールド、等。
超未来、または超過去 : 翠星のガルガンティア、楽園追放、銀河英雄伝説、等
魔法、超能力 : とある…シリーズ、魔法科高校の…、魔法少女…、等

もちろん、モチーフとする世界観は他にもいろいろありますし、いくつか複数のジャンルを取り入れた作品もあります。 でも、きっと難しいのは、設定を現代にしてある中に、ちょっとだけ「ファンタジー要素」を取り入れる作品ではないかと思います。


「君の名は」は上手くいったと思います。
携帯のデータがいきなり消えたり、それまではいかにも 「電話連絡ができていた」、ような設定からいきなり電話が出来なくなるとか、ちょっとアヤシイ所もあったにせよ、「お互いの時間」がずれていたというのは観ていく中でそれ程奇妙に思えなくもなかったです。 (あくまでファンタジー的な観点として)


一方で、「天気の子」の方は、現代におけるストーリー設定は良くて、スリリングな追跡劇も結構面白いと思いました。 ただ、雲の上の別世界や、東京が水没して人が住めなくなる…というのはちょっと「う~ん、どうかな…」と思ってしまいました。

今日ではたくさんの人が飛行機に乗り、雲の上にはそんな世界は無い事を自分の目で見て知っていますし、東京の水没もあれだけ水位が増えたら全世界の水位が上がるはずだけど、そんな説明はこれっぽっちも無く、あくまで「東京」のみに影響している事として表現されています。 また「昔はこの辺りまで海だった」というおばあさんの言葉にも、東京は埋め立てて陸地を広げた事実を知っている人から見ると、「ちょっとおかしくない?? 」と思ってしまうのです。 何らかの理由とか説明とかあればそうではないのかもしれませんが、いきなり 「xxxxx です」、と決めつけられてしまうと、ちょっと抵抗があると思います。 もちろん、これは私の感想ですが。
{/netabare}

ファンタジーなのでどのような表現もありだと思いますが、作品を見る受け手が ??? というような感情をできるだけ無くすことも良い作品を作る上で必要と思います。


<<PeachFlyの「また観るかな~」判定>> : 3 (※)

0:途中で挫折、 
1:もう観ない、
2:もしかしたらもう1回くらい観るかも、
3:たぶんもう1回は観るかな、
4:もう2~3回は観るつもり、
5:ベスト10に入る逸品!。きっとこの後何回も観ることでしょう^^


※前の判定は4だったけど、TVで観たから3かな。

[2021.01.13] 改定2 誤記修正
[2021.01.10] 改定1
[2020.09.13] 初回投稿

投稿 : 2021/01/13
閲覧 : 36
サンキュー:

2

ネタバレ

taka0512 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.1
物語 : 2.0 作画 : 5.0 声優 : 2.0 音楽 : 4.0 キャラ : 2.5 状態:観終わった

まあまあ

映像は写実的でキレイです。 お金かかってるなぁって感じ。
音楽もキャッチーで映像とのシンクロも良かったです。
でもストーリーはいまいち。
何を伝えたかったのかよくわからない。
もし世界より愛を選択するというラブストーリーを描きたかったのなら、主人公はヒロインを助ける事で東京が水没するという事を分かってて葛藤する必要があったと思います。
ヒロインを助けたくて頑張ったら、あれ?何か東京水没しました!
→まぁでもヒロイン無事だから良いや
そんな感じがしました。

投稿 : 2021/01/10
閲覧 : 19
サンキュー:

1

ネタバレ

ValkyOarai さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

もう一つの「君の名は」 でも入れ替わないで謎に挑む 祈ると晴れる理由を...

もし瀧君と三葉が入れ替わっていた頃
全くの別次元(もう一つの地球)ではこんな話があったのだろう

もう一つの謎解きが...
これは時空を超える謎なのだろうか?

いやそうじゃない
雨が生きている...だと...?
そしてしれっとおった無印プリキュアのコスプレ...!(実際の映画では無かった模様)

世界は適当に作られているもんなのだろうか?
愛を取るか、世界を取るか
そんなもん、回答は決まっている...

警察から逃げるのは、三葉が走るのを思い出す...

投稿 : 2021/01/07
閲覧 : 48
サンキュー:

5

ネタバレ

志賀丸太 さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.2
物語 : 1.0 作画 : 5.0 声優 : 1.0 音楽 : 3.0 キャラ : 1.0 状態:観終わった

「日照りに不作無し」という言葉すら知らない新海。認知症か精神錯乱にでもなったの?

最後のシーン、帆高の島も雨降ってたし世界的にずっと雨の世界になったんだよね。農作物が育たないまま3年、人類は飢餓による滅びの危機に瀕しているはずだが全くそんな様子もない。

新海誠どうしたの?頭大丈夫?若年性の認知症になったのか、精神が錯乱しているのか…。セカイ系が~とか拳銃が~とか、まともに評価するのもばかばかしい。キ〇ガイが作った物を批評するのはまともな人間のすることじゃない。

ただYahoo!知恵袋が実名で出てくるのはウザかった。

投稿 : 2021/01/04
閲覧 : 113
サンキュー:

3

ネタバレ

ato00 さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

私も家出して、白いノースリーブパーカーの少女と出会いたくなりました。<追記;地上波初放送、こんな時代だからこそ>

思い立ったが吉日。
残暑厳しいとある秋の昼下がりに「天気の子」を観ました。
いつぐらいぶりの映画だろう。
あれはたしか「君の名は。」以来。

期待値が高かった分だけ不安でした。
が、それを上回る出来。
新海節が全力全開です。
雨、雪、雲間からの陽光、猫、拳銃、電車、ビル群、そしてボーイミーツガール。

私的にもっとも感じたのは美東京です。
実写的俯瞰的風景。
全身で東京を感じることができました。
圧巻が外苑花火、あの視点で花火を表現するなんて初めてです。

代々木の廃ビルから始まった一人の少女の想いが世界の形を変えるなんて。
離島出の少年との出会いが世界の理を揺るがすなんて。
少年の想いがすべてを振り切り、少女に届くなんて。
少女がその想いをすべて受け入れるなんて。

ストーリーはストレート。
だから、映像の中に没入できたのかな。
ラストは意外?にも超ハッピー。
新海監督、私は決して怒ってはいませんよ。

最後に声優さん。
心配したけど、違和感がありませんでした。
それにしても、香菜嬢とあやねるが恋敵なんて。
ちょっとした小ネタに口元が緩みました。

<追記;地上波初放送、こんな時代だからこそ>
{netabare}この世の中は狂ってるんだ。
私はこれが当たり前だと思っています。

地球に生命が誕生して38億年。
環境の変化は常に生命を翻弄してきました。
人類文明の歴史はたかだか数千年。
まだまだ、よちよち歩きの赤ん坊なのです。
人知を超える異常な世の中。
これが正常なんてわからない。

「あっと言う間に世界は変わってしまった。」
これもまた当たり前のこと。
ありのままを受け入れ、前を向いて進んでいく。
今我々が求められていることだと思います。{/netabare}

投稿 : 2021/01/04
閲覧 : 169
サンキュー:

29

ネタバレ

トリプレット さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

ヒロインは生きていた!

それだけで十分、最後にハッピーエンドでほんとうによかった。

投稿 : 2021/01/04
閲覧 : 24
サンキュー:

1

ネタバレ

臣隠悶 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.4
物語 : 3.0 作画 : 4.5 声優 : 3.0 音楽 : 3.5 キャラ : 3.0 状態:観終わった

オチが受け入れられるかどうか

今夜再放送しますね。
この映画は公開して少し経ってから観に行きました。内容としては君の名は。と大差ないと感じましたが東京を沈めたオチは釈然としなかったです。
それと主人公が最後までヒロインの年齢に気づかなかったのは違和感があったかも。

作画はすごく良いですね。新海作品って最終的にはどれも似た感想になってしまう…。

投稿 : 2021/01/03
閲覧 : 19
サンキュー:

2

ネタバレ

こま さんの感想・評価

★★★★★ 4.7
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

濡れてる方が惚れている。

これは大人になりきれなかった少年の恋物語。

不安に覆われた頭を持ち上げて、帆高の瞳に映るのは暗灰色の曇天。
降水確率100%東京は本日も雨。
なぜ雨は降るのか、いつまで雨は降り続けるのか、いつ雨は止むのか、その理由を知ることもなく順応し、無関心になった人々が行き交う街。
ここにくれば何かが変わると思っていた。
無味乾燥で、平々凡々で、どうということもない、ありきたりな日々の中で、世界の中心じゃないと知った時、物語の主人公じゃないと知った時、きっと帆高はそれでも名もない歯車の一つではない誰かになりたかったのだろう。
だから東京を目指した。現実から目を背けて逃げ出した。

そんな中で出会った一人の少女――陽菜
「ねぇ、今から晴れるよ」
彼女の祈りが通じた時、チャコールグレイの空に穴が空き、光明のような一筋の光が射し込む。
きっとこの瞬間、帆高の中で物語が動き出し、世界の中心が見えたに違いない。
けれど現実は残酷で、無慈悲な選択を彼に迫る。

『晴れ』か『陽菜』か

たとえ世界中の人々を敵に回しても、たとえ世界中の人々が間違いだと指摘しても、たとえ何度同じ選択を迫られても、大人にはなりきれなかった帆高はまっすぐに答えを出すのだろう。何を犠牲にしても守りたい人を助けるために。

――3年後。
降水確率100%東京は本日も雨。
あの頃よりも少しだけ大人になった帆高と陽菜。
二人で入るには小さな傘を差し、肩を並べてその街を歩いた時、その肩が濡れているのはきっと帆高の方なのだろう。

投稿 : 2020/12/25
閲覧 : 75
サンキュー:

19

ネタバレ

タナユさん さんの感想・評価

★★★★☆ 3.3
物語 : 3.5 作画 : 2.0 声優 : 2.5 音楽 : 5.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

多くを求めすぎた

前作の「君の名は。」以上の物を求めすぎてしまったので劇場で見た時は微妙で終わりました。
改めてレンタルで見てみるとやはり粗が強く見えてしまいました。
特にラストあたりがあまりにグダってた気がします。子供がレールを全力疾走しているのになぜ誰よりも止めないのかとか。。。
「君の名は。」の劣化版と言ってもいいと思います。
「天気の子」も神社、奇跡、引き裂かれる二人、お互いのために命がけになる、ラストはハッピーエンドなど「君の名は。」に似通った物が物凄くあるので劣化コピーと言っていいかなと思います。
また、作品の色合いというか、新海監督の作品っで風景がとても素晴らしく、あれを見るだけで心が洗われるような感じになります。秒速はピンク色、言の葉の庭は緑色で、君の名は。がブルーでしたて、今回も青い風景が壮大に出てくるのですが、正直色合いが強烈に印象に残る新海作品には多様なカラーの風景が見たかったと言うのが正直な所です。

投稿 : 2020/11/16
閲覧 : 42
サンキュー:

4

ネタバレ

Fanatic さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.7
物語 : 3.0 作画 : 4.5 声優 : 1.5 音楽 : 1.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

サラダに好きでもないドレッシングを勝手にかけられた気分

前作「君の名は。」から三年ぶりとなる新海誠監督の劇場アニメ。
空前の大ヒットタイトルの次回作ということで、いろいろ難しい点もあったんじゃないかなあ、とは想像していましたが、観終わった率直な感想としては『無難にまとまってる?』という感じ(偉そうですみません)。

良かった点としては、前作でも挙げましたが、作画。
とくに、東京の街並みを緻密に再現した、実写と見紛うほどの美術面ですね。

ただし、好きか嫌いかと言われると、微妙なところです。

本作を観ながら、まず思ったことは、色彩が暗いということ。
ヒロインの陽菜が消失する中盤まではほとんどが雨のシーン。
さらに、主人公は家出をしてきた少年帆高と、母親を亡くし弟と二人暮らしの少女陽菜という、結構ハードな境遇。
加えて、一向に帆高たちの心情に寄り添おうとしない大人たち。

そこに、綺麗なところも薄汚れたところも緻密に再現したリアルな東京の街並みが重なるので、観ていてどんどん気持ちが沈んでいくような気がしました。

これが、ハードボイルドやサスペンスドラマだというならいいと思うのですが、あくまでも描きたいのは、軽やかなボーイミーツガールアニメですよね?
技術の高さは十分に分かりましたが、表現手法の問題として、本作にこのタッチが合っていたのかな?と、個人的には考える部分がありました。
ここまでやるならもう、いっそ実写映画でいいじゃん!みたいな。

「君の名は。」で苦言を呈したCVに関しては、相変わらず本職声優をほとんど使わず俳優中心のキャスティングでしたが、帆高役の醍醐虎汰朗さんがかなり好演されていたおかげで、だいぶ安心感を持って観ていられました。
須賀圭介訳の小栗旬さんも、よく馴染んでましたね。

ただ、陽菜役の森七菜さんは、いまいちだったかな……。
質問するときなどの語尾の上げ方や抑揚に癖があって、若者らしいと言えばそうなんでしょうが、私はちょっと気になりました。
夏美役の本田翼さんも、キャラのイメージとはあまり合ってなかったような……。

特に女性声優さんの、いわゆる〝アニメ声〟に慣れてくると、どうしても本職以外の声がリアルすぎると言うか、生活感があり過ぎる気がします。
ジャンルにもよりますし、好みの違いもあるとは思いますが、アニメはそもそもキャラの造詣が実物とはかけ離れてますし、個人的には、声も含めてリアルよりメルヘンを求めているんですよね。

一番印象に残ったのは、安井刑事役の平泉成さん。
特徴がありすぎて、あの声を聞く度に平泉さんの顔しか浮かんできませんでした。
「ハウルの動く城」の木村拓也さんにも感じたことですが、折角のアニメ作品でキャラより声の主の顔がチラつくと、没入感が削がれる気はします。

そして今回も、ふんだんに使ってましたね、ボーカル曲。
「君の名は。」でも、四回もRADWIMPSの楽曲が流れて、映画作品としては音楽の主張が強すぎでは?と思いましたが、まさかそれ以上の物が出てくるとは思っていませんでした。
途中から数えていませんでしたが、多分、六回くらいは流れてましたよね?

もう、こういう方向性でいくということなんでしょうか……。
ファンの方には申し訳ないですが、なんか、サラダに好きでもないドレッシングをたっぷりかけられて提供されたような、そんな気分でした。
セリフのあるシーンにボーカル曲を被せるなんて、文字通りノイズでしかないと思うのですが……。

本当に、新海監督はこれがいいと思ってやっておられるのでしょうか?
何らかの大人の事情でもあるのかしら?

せっかく自分のタイミングで感動したいのに、音楽が流れる度にそれを押し付けられているようで、自覚できるくらい冷めていくのが分かりました。
ボーカル曲を畳み掛けられた終盤は、完全に真顔になてましたよ( ゚д゚)
この手法を続けられる限り、私が深海監督の作品で感動することはないと思います。

{netabare}クライマックスでは、自分たちのエゴと、東京の異常気象の回復、どちらを優先するかという、そこそこ重大な選択を迫られます。
ラストは驚くほど当たり前な幕引きでしたが、当たり前のボーイミーツガールを見せるのが目的の作品でしょうし、それで良かったと思います。

ただ、ラストシーン直前、「世界なんて、どうせ元々狂ってる」という須賀のセリフ、或いは「(東京は)元に戻っただけだと思ったりもする」という冨美のセリフから、エゴを優先した主人公たちを擁護するような意図も汲み取れます。

究極の選択を突きつけられた時にエゴを優先するというのは当たり前のことですが、純愛物語の結末としてそれを見せてしまうのはいかがなものか……という思いから、ああいったフォローが入ったのでしょう。
ただ、何となく取って付けた感も漂います。

エゴか超自我か……そういう重いテーマを正面から受け止めないのであれば、東京を水没させずに済むシナリオも考えられたような。
帆高も陽菜も東京も、みんなハッピーの大団円じゃダメだったんでしょうか?
もっとも、そこまで言うと、さすがに重箱の隅を突くような指摘ですけどね(;^_^A{/netabare}

結論として、RADWIMPSに邪魔をされたことも原因の一つですが、エモいシーンはまったくない映画でした。
しかし、映像作品としての完成度は非常に高く、現時点では恐らく最高峰のレベルとも思える作画を堪能するだけでも、観る価値はあるかと。
興行面でも結果を残されていますし、私に合わないというだけで、新海監督のキャリアの中で失点となるような出来ではありません。

音楽と声優で大きく評価点を落としてますが、その点が気にならないようであれば、普通に楽しめるエンターテイメント作品だと思います。

投稿 : 2020/11/14
閲覧 : 74
サンキュー:

10

ネタバレ

damian さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.9
物語 : 2.0 作画 : 4.5 声優 : 2.5 音楽 : 3.5 キャラ : 2.0 状態:観終わった

残念

君の名と物語の進み方が似てる気がして、
新鮮味があんまり感じられず、
さわりの部分とPV映像だけで
物語のほとんどが想像出来てしまった。

一応恋愛要素もありますが、
キスシーンすらないピュアさで、
大人が見てもドキドキしません。

キャラクター達にも魅力がない。
というか、深堀りが全然されないので
感情移入が出来ない。

例えば主人公は
「高校生の少年が故郷を捨てて船で東京に一人で出てきた」
という、なかなかのハード設定なのに、
「なんでそうなった」って説明がないというのは、
ちょっと個人的にはありえない。

あと、キャラクターにつっこみを入れたいのは大人達。

子どもが中心のストーリーだと、
庇ってくれたり、守ってくれたり、理解してくれたり、
頼りになる大人っていると思うんですけど、
この映画にはそういう大人がほぼいません。

それどころか、
自分のために子どもを売る社長。
(最終的には庇ってくれるけどさ…)
聞く耳を持たない公僕感丸出しの刑事。
理解者っぽい良い雰囲気出してるのに
平気で拳銃向けて追い詰めてくる老刑事。

いやいや。
「見逃してやる。ただし30分だけだ。」
みたいな刑事とかさ、いるじゃん普通。

いや、いないよ?普通はね。
むしろリアルではいちゃダメだよ。

でもそれをやるのがドラマでありアニメであり、
フィクションだと思うんですよね。

なんで揃いも揃ってクズみたいなリアル思考の
面白くない大人ばっかりなの?

唯一、夏美さんだけは良かったけど。
というか夏美さんはヒロインより良かった。


映像の綺麗さは文句なしで素晴らしいけど、
内容は全然ダメでした。

投稿 : 2020/10/21
閲覧 : 53
サンキュー:

1

ネタバレ

nas さんの感想・評価

★★★★★ 4.7
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

2回目からがもっと面白い

6回見ちゃったけど全然飽きが来なくてヤバい。ようやく見方が分かってきたというか今回挿入歌の歌詞とか映像での目線や声のトーンとかで演出してる箇所が多くて初回で全部受け止められない
「大丈夫」の歌詞を聴き取るかだけで最後のブーストがダンチだし、「祝祭」の歌詞がヒナさん側とか気づけないし、須賀さんが指輪2個つけてて涙流したりの理由とか煙草を吸ってるシーンの酒が角瓶からメーカーズマークで少しバリューアップしててやけ酒になってたりとか無理だわこれ
一度気づくと最初から最後まで凄まじい情報量の映画なのでまったく飽きずに何回も見れてしまって楽しい
「君の名は」とはまた違った角度で完成度の高い作品になってるな
情報量は多いのに必要ない部分については徹底的に外してたりとかでともかく最後の選択を描くという点に力が入ってるので一度ハマると気持ちよさが凄い映画になってる
アルバイトシーンのヒナの目線でホダカへの感情変化が表現されてるらしいと聞いたのでまだ見る(これは見たけど特にそういう描写は無い気がするな)
というか単純に見る気持ちよさがまだ薄れないので止め時が見えない
大抵は連日見ると流石に一旦飽きてくるんだけどなぁ

————-
2019/07/20 2回目

2回目、すげぇ良かった。初回は「君の名は」に囚われ過ぎてたな俺。もう一回見てみようかなって感覚を信じて良かった、曇りなき眼で見れたわ。最高でした。また見よ

————-
2019/07/19 初回

もう一回見ようかな?
もう一回見るのはどうかなと思ってたんだけど段々見たくなってきた、三人場所わからなかったところあるし。
東京の景色に空の景色が新海節全開でやっぱ映像で一気に持っていかれる力が凄い。

ただ、話は全体的に「君の名は」を連想させるシーンが多くて、悪くないんだけどこれをやられるとあの片割れ時の衝撃を期待してしまって正直それを越えるほどではなかったかなぁというところがある。
ただ結末を考えると狙ってここまで連想させてるシーンを入れてる気もして、結末が今時だなって感じで面白さもあるけど、それでいいのかってところに、前回「君の名は」の展開をやったことを考えると、受け入れる話としてこのタイミングが一番いい気もするなぁ、と。もう一本挟むとさすがに薄れちゃうし

とりあえずなんかもう一回みたいなという感じがしてきている
あと予告だと声がどうかなと思ってたんだけど本編だと良い感じに収まってて良かった

投稿 : 2020/10/11
閲覧 : 40
サンキュー:

4

ネタバレ

岬ヶ丘 さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 3.5 作画 : 5.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

フィクションとは思えない部分も……

 「君の名は。」の方が面白かったかなぁ。というのが率直な感想。

 天気を題材にした着眼点は面白いが、昨今の異常気象を見ていると、作中の描写が100%フィクションとは思えない部分もあり、複雑な思いで視聴した。過去の新海作品の雨の描写は風情があって美しいが、本作の雨は激しく荒々しい感じもして少し怖かった。

 主人公の男の子がなぜ家出してきたのか、詳しい部分が描かれなかったため、彼にあまり感情移入できなかったのが痛かった。また前作「君の名は。」の主人公たちが登場するのはいいのだが、結構がっつり出ていたので、本作の世界観に馴染まなかった気がする。

 ラストは、新海監督から若者への「理不尽な社会なんてはね退けて、自分が選んだ道を突き進んでほしい」というメッセージなのかなと受け取った。

視聴日 20/8/17

投稿 : 2020/09/22
閲覧 : 29
サンキュー:

4

ネタバレ

ぴかちゅう さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

商業的成功を意図したエンタメ作品

たまたま最近、「君の名は」(2回目の視聴)から時を置かずに視聴する機会がありました。エンタメとしては楽しめましたが、とにかく作りが雑な印象を受けました。全体としては、コミカルな前半とシリアスな後半、ヒロインの一時的消滅、ヒロイン救出のために犯罪的行動も厭わない、救出後ヒロインとは会えないが最終盤で再開、など、「君の名は」とのパラレルが多いです。

ただ、作品の前提となる部分で、あまりにも偶然の要素に頼っています。主人公二人の出会い方が完全に偶然、 帆高が住み込みの仕事を見つけるのも偶然(たまたま一度会っただけの人が住み込みのバイトとして雇ってくれるなんてほぼありえないでしょう)、歌舞伎町とはいえ偶然に銃が落ちている、などが挙げられます。また、雑な部分としては、帆高の家出の契機も曖昧で、家出の計画性もほぼゼロな点が挙げられます。

「君の名は」だと、二人は神様に結び付けられた存在として、SF世界観のなかで説明がつくのですが。。。陽菜のバイト先がモスだったらこの作品は成立しなかったというのもどうなのかと。

さらに、自分が惹かれている一人の女性を救うのか、東京の天気を救うのか、という一人の絶対的不幸vs多数のそれなりの幸福という、サンデル先生で出てきそうな哲学的な問いを提示しておきながら、一人の女性を救う方に決めました、という単純な回答しか出てこないのは、うーんという感じです。私自身はその回答に対して否定的ではないのですが、やはりあえてそういった問題を持ち出すのであれば、もう少しクリエイティブな回答がほしいです。

全体的には、「君の名は」の成功に基づいて、商業的な成功を意図したエンタメ作品だと感じました。アニメ業界もニッチな世界ですので、稼げるときに稼いでおく、という考え方は間違っていないと思いますし、大作家だって大衆的な小説を書くこともあるので、こういった作品が出ること自体を否定するつもりはないですが、レビューとしては少し辛口にならざるをえないです。

投稿 : 2020/09/22
閲覧 : 54
サンキュー:

5

ネタバレ

momo さんの感想・評価

★★★★★ 4.9
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

楽しかった。

劇場で3回、DVDで数回見ました。最初はエンドクレジットが終わる前にお手洗いに行ってしまって残念だったので、もう一回最後まで見て、上映最後の日にも行きました。

最後の彼女のシーンはとても素敵で「このシーンのために天気の子はあるんだ!」って感じました。(この1文のためにネタバレ扱いにしました)

DVDで一時停止することで前作のあの人がこの場面で出てきたんだと確認出来たりもするので、DVD視聴も楽しいです。

好きな人がとても素敵に見える瞬間・・みんな何かしらありますよね?ハッピーエンドかどうかは置いといて・・。

そんな瞬間を思い出させてくれる映画でした。

見てて楽しかったです。

投稿 : 2020/09/10
閲覧 : 53
サンキュー:

7

ネタバレ

fuushin さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

transformation

新海監督の夏アニメ、やらかしてくれました。

● はじめに。
{netabare}
"賛否が分かれる" とか "怒らせる" とかは、氏の "おいた" でしょうが、流石(さすが)にコアなオールドファンからはお叱りが出るかもです。
前作以上にエンタメに寄せ、はたまた企業キャラまで取り込むとは・・・。というか前作を混(も)じりすぎてるでしょ、これw
とは言え、瀧と三葉の垢抜けた大人の雰囲気には感ひとしおでしたね。
まぁ、"大人の嗜み" としてクスリと笑って済ませておきましょう。

前振りはこのあたりにして、あらためまして、世界に誇れる素晴らしい作品を世に出してくださいました。満点です。

それにつけても上映中に笑い声が漏れてきたのには正直なところ驚きました。かつての作風からは感じえなかった新しいインセンティブがそこかしこに張られていることに嫌でも気づかされました。
私はかねがね、骨がこすれるシナリオ、懸想に引きずられるストーリーに、なんども心火を焦がされてきたものですから、本作の印象ときたら、もはや別次元の作品のようです。その代わりに浮上するのは、社会の隙間や制度の谷間で、しぶとく倹(つま)しく暮らす人たちの姿です。

もしかしたら、新海氏は、ジュブナイル世代のセカイに寄り添う流儀を変えたのかもしれません。孤独感を炙りだすアプローチ法を、自己の同一性にむかう詰め方を、紡ぎあう愛のその先にある誰も見たことがない世界の見せ方を。
氏は時代のうねりにひとつの潮目を作ろうとさえ夢見ているのではないか。
まるで、地球の気魂に、極太の赤い糸をムスビつけ、本来なら起こりえない転機を五倫の上に発動させてみようとのインスピレーション。
こんなクリエイトなチャレンジ、誰が思いつくでしょう。

さて、本作に気づいたことを、私なりに "三つ" 述べてみたいと思います。有り体に言えば、"賛否の分かれるところ" の天王山?でしょうか。新海氏からの問いかけを "どういう立ち位置で受け止めるか" ということですね。
いつも以上の大長文ですので、お時間のある時にでもお読みいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします。
{/netabare}

● 一つめ。安定のSF要素×ファンタジックな神懸り。そして+α。
{netabare}
レビューするにあたって真っ先に思い浮かべたのは "デイアフタートゥモロー(2004年)" です。気候温暖化の獏としたイメージを、凄まじいほどにクリティカルなリアルさで、私の胸に刻み付けた近未来SFの大傑作です。本作もその系譜の範疇作ですが、映像はかなりソフトトーン化されていましたね。

さて、大気には、ジェット気流、超巨大台風、ホワイト・スコール、スプライトなど変幻自在で縦横無尽にほとばしり出る強大なアースパワーが内包されていることは衆知のとおりですね。
また "積乱雲には湖一つ分の水量がある" とか "海とは別の生態系がある" とかの説を取り入れていることは良いアイディアだったと思います。

終幕に描かれていた東京周辺は、まるで太古の初発に戻ったような変容ぶりでした。
日本の国土を龍体になぞらえると東京は胃袋に当たり、その象意は "混交する価値観と多様な文化性" です。そこが水没するということは、旧態の文化性を一旦水に流し、心機一転、真っさらな価値観を腹に収めるの意になります。

その発露は、未来のベクトルを創造しようと試行錯誤するフレッシュな感性(陽菜と帆高の祈り)と、過去の柵を乗り越えていく高いヒューマニティー(人本主義)が源泉です。それは "オトナ" を希求する "憧れと勇気" です。須賀は「大人になってしまうと優先順位を変えられなくなる。(=過去にとらわれる)」と語りましたが、その "反語" でもありますね。

陽菜が水没した風景に祈っていたシーン。それは2人が選んだ世界のカタチ(らしい)。
彼女は晴天を願います。最初は母のために、次は市井の人々の、そして帆高の頷きに、そして・・・。
願いとは、つまるところ "自分の都合=自己愛" です。叶うか否かに関わらず、時にそれは見えない空気の流れを創り、知らず知らずのうちに日本人の未来を決めるのです。

帆高と陽菜の距離感のズレは新海氏の定番の演出です。でも、今回の+αは、"子どものセカイ" と "大人の世界" との距離感のズレを盛り込んでいます。ここが本作の新しい軸です。
出来上がった世界のイエ、ムラ、シマに潜む放置された歪み、予算も人も増えない児童福祉制度の脆弱性、女性の自立を妨げる賃金構造、気象に異常をきたすほどの経済活動の傲慢さと浅ましさ・・・。

本作は、今までの作品では見ることのできなかった、いえ、新海氏が "見せることのできなかったジュブナイル世代が抱えているセカイの問題の本質" を、世界で視聴される大人の皆さんに、そしてオトナに憧れる子どもさんに見せているのです。全く、君の名は。の大ヒットさまさまです。

これが+αの "一つめ" です。
「もともと世界が狂っている」と須賀が語ったのは、一人ひとりの小さな願いにさえもいつの間にか自己愛に偏りすぎていて、その総体、結果として「世界が狂っている」ことを須賀に語らせている氏がそこにいます。狂わせているのは善意に潜んでいる自己愛ですが、誰も批判しない、むしろしたくない、さらにされたくないとする時勢と空気があることすらも暗喩していると私は受け止めています。

ところで、世界を変える秘密はもう一つあります。"二つめ"の+αです。
本作は、まるで2人の願いがそういう世界を創り出してしまったかのように描かれているのですが、実は、ほんの少し視点を変えるだけで「世界を変える本当の秘密=愛にできることの意味」を彼らは願っていたし語っていました。詳しくは後で述べます。

ですから私は、陽菜の祈りは、悔恨とか懺悔とかのネガティブな思いから発する祈りではないと確信しています。彼女は、時間がまだ人類に与えられていることに感謝し、今と此処に生き抜いていくことの誓いを天に立てていたのではないか、新海氏が彼女にそうさせたかったのだと受け取りました。

帆高の涙に「大丈夫?」と問う陽菜に「大丈夫だ!」と応える帆高。
再会のコトバに躊躇していた彼が、祈る彼女の姿に、"天気" の晴雨の是非よりも、すでに起きてしまったことよりも、「僕たちは大丈夫だ」と結び、そして選んだ "2人のこれからの世界の転機" を見事に表わしたコトバだったと思います。


エンドロールに描かれたシーンも印象的で大好きになりました。まるで古事記に記されている物語のようです。ふと二柱(ふたはしら)の古い御神名を思い出しました。胡散臭いと思われるかもしれないので畳んでおきます。妄想が好きな方だけどうぞ。
{netabare}
まず、その名を、深淵之水夜礼花神 (ふかふちの みずやれ はなのかみ)と申し上げます。
何だか難しそうな読み方ですね。でも、この言霊から発せられる波動を、ぜひエンドロールシーンに重ねて想像を膨らませてみてください。

暗い水底に2人の名前(言霊)が漂いだし、水面をつと見上げれば雨だれが水紋を描いています。やがてその恵みを消費するばかりの大都会のシルエットが浮かび上がり、視点はついにその初発たる天空の雲頂に到達するに至ります。カメラはさらに進みますが、そのアングルはわずかに大気圏にとどまり、宇宙へ飛び出すことはありません。
この演出は、人の命は地球からは離れては生きてはいけないという意図が含まれているように感じます。

"深渕" =目に見えない、耳にも聴こえない、意識に現れ出ないし、記憶にも呼び起こせないような場所=人知の及ばない神秘≒智慧。
"之" =野=地域のコミュニティーのこと。納=おさめ定着させること。宣=広く流布すること。指導的な役割のこと。
"深渕之" =尊い知恵、未知の法則≒天の気をキャッチし暮らしに活用するという意味にも取れそうです。
これを水紋に懸けることで、広げる・和合する・円満にしていくというイメージを醸し出しています。

"水" =経済・生産・流通をコントロールする知識と技術と知恵。密=隠されていること。満津=満たされ約まること。
"夜" =昏いさなかにあること=発展途上であること。
"礼" =霊=人に寄り添うこと。コミュニケーションの入り口であること。
"花" =華やかで美しいこと。若々しい気概であること。
"神" =火(縦)と水(横)の働き。心豊かに暮らす生き方のこと。
因みに、"水" は、"夜・礼・花・神" に掛かる詞(コトバ)でもあります。まぁ、だいたいですが、そういった意味合いを表現しています。

水紋が描く小さな "輪" は、たくさんの "吾" と "私" でもあり、諸国民のトモダチの "輪" と、自然界を厳然と支配する "環" でもあります。
傾聴と合理的配慮が "倫" を作り出し、そこかしこのコミュニティに賑やかな "話" が起こります。かつて聖徳太子が語ったとされる "和を以って貴しとなす" とは、コミュニティーを平に均(なら)しめること。即ち、さまざまなでこぼこや格差や差別をなくすことであり、かつ「大丈夫?」と気遣い合うことなのではないでしょうか。人生にどんなに長幼があり、社会にどんなに貴賤があっても、命は等しくたった一粒の雨によってようやく支えられているのです。
最後の10秒に流れる雨音のリズム。その意味が知りたいですね。

もう、ひと柱のご神名は、天鈿女命(あめの うずめの みこと)です。
六本木ヒルズタワーで、太陽の出現を祈る陽菜の姿に、その言霊がすんなりと馴染みます。"天に向かって祈りをささげる、か細い少女の尊い姿" ですね。
この神さまは、芸事に携わっていらっしゃる方にはとても身近な神様です。詳しくは、Wikipediaを参照してみてくださいね。

単純にして唯一絶対でもある地球のアルゴリズムに寄り添い、人生を棒に振ることのない生き方を見つけ出すには、まだ人智には遠く及ばない幽(かそけ)き哲理が、天の運気、深淵の水に隠されているのかもしれません。IPS細胞や青色発光ダイオードなどの基礎的科学の発展が望まれますね。しばし、そんな思いに浸りました。

RADWIMPSの歌詞がこのシーンにぴったりで素晴らしく、"愛にできることはまだあるよ。" は私の心臓を貫き、今もリフレインされています。
{/netabare}

さて、量子力学論では、原子よりも小さい電子や粒子は、"状態として存在" していても "物質" として目にすることはできないそうです。
(拙レビュー、"青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない" を参照してね。)

ところが、ひとたびクリエイターの目に捉えられ、その手にかかれば、街なかに水気の塊りが漂いだし、可愛らしい魚として描かれたり、モノモノしい龍神の姿に抽出されたりします。もしかしたら、800年前の祈祷師や巫女、シャーマンと呼ばれていた方々も、案外アニメーションクリエイターのゆたかな発想力と観測能力を持っていたのかもしれませんね。

ところで、本作に描かれている魚や龍神は、"水×生態系×認知可能なモノ" という設定条件の中で創られる、文化性を帯びた "概念としての存在" です。
この手法は、すでに衆知のものとなりつつある青ブタの観測理論の応用そのものです。その意味では、青ブタをご覧になられた方は、誰でも観測者になれる "意識性を有している" と言えるでしょうね。

神代の時代から "天気" というキーワードにはその絵コンテに多くの神々が登場しています。雷にはゼウスや雷神を、突風には風神やアイオロスを、雨には龍神やミズハノメが宛がわれています。
天象への不思議さや畏れ、儘ならさや願望をぶつける対象として生み出されたこれらの神々。言い換えれば、絶大不可侵のパワーが、2D、3D化されることで、祈りの対象として "より鮮明・先鋭に観測できる" ということですね。

観測理論を行動様式に移すなら "もっと近くに来て。もっと強く確信して。校庭の真ん中で叫ぶほどに呼びかけて。" ということになります。つまり、わずかな晴れ間にも強く懇願を求めるのは、青ブタ風に言えば、お尻を蹴り合ったり、足を踏みつけることと同じな訳ですね。
まあ、お天気は踏みつけられませんから、てるてる坊主を依り代(よりしろ)としてこさえるのでしょう。密教の流れを汲む "見立て" の応用ですね。
ところで、皆さんは、"その後のてるてる坊主" をどのように扱われましたか?

天が光射す道(天の通い路)を神社に降ろすのは、天上人が顕微鏡で地上を覗くようなものです。陽菜が鳥居をくぐった行為は、結界に入る=観測されることと言えます。そこに天と陽菜のウケヒ(誓約)が成立するのですね。
一方で、街の片隅で見初め合い、銃までぶっ放しては尻を蹴り合うどころではない盛大な量子もつれが帆高と陽菜の間にも起きていたわけです。

しかし、陽菜が自分のアイデンティティーを100%の晴れ女に見出せば見出すほどに、天とのウケヒが衝き固められていきます。
母と歩きたかったという "自分の願い" が、たとえ "生活のため、皆のための願い" へと移り変わっていったとしても、彼女には笑顔になれる幸せな時間だったのだろうと思います。
でも、帆高の呟きを受け入れることが、どんな結末を迎えることになるか。それを知らされていた陽菜は、彼とムスビついていたい気持ちを自覚しながらも、自らの決断でその縁を諦め、断ち切るのです。

私は、陽菜の心情の移ろいとその落としどころに、どうにもやり切れなさを感じました。彼女が天気の巫女としての役目を全うすることで多くのお客さんに応えきれなかった想いを清算し、人身御供されることで贖罪を求めたその思いの清心さと実直さは、それもまた自己選択、自己決定として頭のどこかでは理解できなくもないのですが、まるで自死を選ばせるような演出の重さには「それは違うよね」という思いが拭えないままだったのです。


また、子どもがいかに "コドモ" であったとしても、決して蔑ろに扱っていいわけではありません。母との死別は、姉弟にとっての母性のセカイを喪失させましたが、それは父性で出来上がっている世界に2人が放り出される意味になるのです。つまり、子どもの権利や人生が、父性の目線で扱われることになります。本作にはその現実の一端が色濃く描かれています。警察然り、児相然り。須賀然り。

2人がアパートに留まったのは、亡き母を悼みながらも父系社会へのレジスタンスだったのではないだろうか?私はそのように感じます。
何故なら、いったい誰が好き好んで、思い出の詰まった家を離れて、友だちともバラバラになって、もっと言えば、コンビニまでのキョリとか、水道水の味だって変わるかもしれないような児童養護施設に入ることを喜ぶと思いますか?
年齢も、成長も、発達も、生活習慣も全く相容れない集団生活の中に、どれほどの安寧と幸福を見つけられると思いますか?
新海氏はそこのところ、すごく学ばれたのだろうと私は思っています。

児童福祉や母子家庭の実相は、プライバシーの保護があるからとか、しつけの中のことだからとか、ひいては個人の選択の結果でしょ?とかの今風の言い回しで粉飾されていて、その内実を伺うことはなかなか難しい。
でも、ジュブナイル世代の健康、修学、交友など暮らし全般に、行政の仕組みが寄り添い切れず、かつ望ましい機能が賦与されていないことも少しずつですが衆目に晒されてきています。
ジュブナイル世代に関わらず、多くの子どもたちを大人社会が本気になって守らなければならない転機が、目の前に来ているのだろうと思います。


"陽菜" の言霊からは、陽=暖かな光、温もった手が、菜=幼い子どもがすくすくと成長するさまが感じ取れます。また、親と子が寄り添い、愛と幸せが家庭のうちそとにあまねく広がり、心身がのびのびと青々と発達するさまをイメージすることができます。

また、彼女の母の名前は「AMANO MEGUMI」と刹那に読み取れました。天の恵みとは母性の発露としての雨なのだというメッセージのように思えます。MEGUMIと陽菜の悲しい別れを、地球と人類の共生しあう未来というテーマに置き換え、両者の関係性を示すことが本作に秘められた通底なのかもしれません。

私たちが願い祈る意識や行動それ自体を量子力学的に解釈すれば、まさに粒子の揺れや揺らぎ、縺れや交錯、圧力や衝突を生み出している・・・それってもしかしたら念動力のトレーニング?!なんてことを言いだしたら腰が引けるかもしれません。

でも、夏には青空を、冬には降雪を、春には陽だまりを、秋には実りに色づく世界の明日を楽しもうと、何とはなしに思いたっては神前に立って手を合わせるお作法を、さも当たり前のように行なっているじゃありませんか。仕事場での何気ない挨拶にすら、いの一番にお天気話から入るじゃないですか。

朝な夕なに365日、宗谷から波照間まで、老若男女の誰ひとり漏れ落つることなく、生活のど真ん中に天気を据え置いて暮らしている。そして、よく観測し、美しいコトバに起こして、いつも明日の空を気にしているのが日本人の思考と行動の大元。
神代とも呼ばれる遥か大昔からの揺るぎないゴールデンルールです。

私は思うのです。
天気のありようを通して家族の笑顔を思ったり、人の幸せを願ったり、世界の平和を祈ったりすることは、夢、希望、未来、そして恋を、何をおいても手に入れんとする、あの手この手で押したり引いたりする行動そのものだと。

人が、感情を押し込めたり、迸(ほとばし)らせたり、素っ気なく振る舞ったり、美しく着飾ったりするのは、地球の気圧のさま、自然の四季の様態と全く同じであり、まさに天気と人心は、密接に連動していると言えましょう。母なる地球と "天気の子" とは双方向の関係。祈りを捧げ恵みをいただき、共に幸せの恒常を願うのものなのですね。

祈りという原始的にも思えるコミュニケーション様式は、低頭し身を屈め、手を合わせるという "自分から相手へ伝える最もシンプルなお作法" です。
それは、手を取り合ったりハグというスキンシップにつながり、やがてノンバーバル、バーバルなどのコトバを発達させます。ついに文字を創りだし、紙の発明によって共有され、電話、電子メールとなって、今では地球の裏側の人たちとも瞬時に交流ができるまでになっています。

Pray for kyoani.  
今ほど、このコトバがズドンと腑に落ちてくることはありません。

今のコミュニケーションの方法や手段は、100年前の人から見たら、天地がひっくり返るぐらいの技術と文化なはずですよね。でも、決して直線的に、あるいは一足飛びに、手にすることはかなわなかった事柄です。数えきれないほどの飢饉や戦争などの艱難辛苦、多大な犠牲と深い悲しみを経て、ようやくその "ありがたみ" を享受したいるのが私たちの世代なのです。

そうは言いながらも、何ゆえか人類進化の道すじが根本から危ぶまれている今日の情勢においては、本作の通底に秘められたメッセージをどれほどに受け止めて、明日からの行動につなげていくかという課題が残されていると思います。
本作には、気づきの端緒ともなる新海氏からの "深海からの問いかけ=見えにくいメッセージ" が秘め置かれていると思います。エンドロールの描写が、確かにそれを暗喩しています。


「君の名は。」では、過去作には見られなかった恋愛成就型ボーイミーツガールがファンタジックに描かれていましたが、今作は、地球人として生きることそれ自体にテーマを寄せてきているように思います。
ティアマト彗星が糸守町に落下したのは、2029年4月13日のアポフィスのそれの象意を示していますが、それでもまだ10年ほど先のお話です。本作では、異常気象をテーマに扱っているので、もう少し身近に体感できるし深く実感が持てると思います。

例えば、北極海の氷が融解しているニュース。
海洋学、特に深層海流の研究では、北極海の氷の減少・消失は、地球そのものの水冷機能の低下と不全につながると予想しています。現に、地球温暖化が叫ばれているにもかかわらず、その進行が予想通りになっていないのは、地球が自浄作用の一環として踏ん張っているおかげです。どういうことかというと、北極海の氷をガンガン融かしながら、体温の上昇をようやく抑えているのが実相なのです。

もう一度言います。
母なる地球は、自らのバランスを崩してまでも、子どもたる人間をはじめとする生物の命を可能な限り守ろうとしています。温暖化ガスによる気温(体温)の上昇を海中(体内)に取り込み、かわいいわが子にダメージが及ばないように、最小限になるように身を挺して抑えてくれているのです。ガイア理論ではそんなふうに解釈をするのですが、あなたはどう思われますか?

例えば、世界各地で地震が多発したり、火山が噴火したりしていることを、地球のくしゃみとか吹き出物として見立ててみたらどうでしょう? 阿蘇やイエローストーンがカルデラ爆発したら、同時にアイスランドのギャオスからマグマが噴き出して来たら、同時に富士山やエトナ火山が噴火したら・・・。

妄想ばかりが先に立つお話で申し訳ないのですが、ないともあるとも言えない可能性だけは残されますし、本当に何が起きるか分からない世の中です。一旦噴き出したその噴煙は、3年間降り続く雨の影響のその比どころの話ではないでしょう。人類はおろかほとんどすべての生き物を問答無用で死滅させてしまうかもしれません。リセットができるゲームではないのです。

こんなことは、普段の生活を送っていたら露とも感じることはありません。
そして幸いなことに今はまだ大きな天変地異は起きていません。
それに、国土の半分はまだ梅雨の季節にありますね。それは時に優しく、時に激しく表現されますが、一すじの雨足にもさまざまなメッセージを伝えようとする地球の微かな息遣いを織り込んだ心遣い。まるで天から人へのお中元。それが梅雨だったり台風だったりします。

新海氏が、天からのメッセージを作品の中に美しく描いていると受け止められるのでしたら、ぜひあなたも胸の真ん中に受け止めて、本作を読み解きながら楽しんでいただければと思います。
too you。お願いいたします。
{/netabare}

● 二つめ。"利他愛" の先にあるもの。
{netabare}
本作のもう一つのテーマがこれだと思います。最近のトレンドは "利他愛" を描くことが多くなっています。"青ブタ" しかり、"きみなみ" しかり。

ですが、ちょっと待ってください。
利他愛が行き過ぎると、いえ、闇雲に突っ走ってしまうと、ちびっと怖いことになりそうです。
大切な人を失うことは、取り返しがつかないことであり、そうならないように、そうなる前に何とかしておきたいという心情は理解できないこともありません。古くは "きけ、わだつみの声" に記されている、追い詰められ捻じ曲げられた若者の自尊心の発露に学ぶことができます。

当時の国体維持のために "武力と法律という同調圧力"と、"読まなければならない空気" とが、多くの若者や国民の思想信条を侵し、草を食べさせ、命を奪ってきたナショナリズムにも深くシンクロするのが "利他愛" のコトバの活用法なのです。
"利他愛" の対象に "国体" を据えると "無思考的な自己犠牲≒国家全体主義" を強いるのです。これもまた、歴史が証明しています。

数年前に国民的にヒットした "きみすい" にも若干、同じ匂いを感じます。
ファンの方、ごめんなさい。今だけ、ちびっと酷評しますのでたたみます。
{netabare}
文学的には優れて情緒性の高い作品として国民に広く受け入れられた反面、その喪失感の反動をどうコントロールするかまでは描かれておらず、位牌を前にして号泣させ、墓参りで終わらせるという、いわば古いしきたりに放り込んだ演出。

厳しく言えば、大人の文化に若者を屈服させています。だからこそ大多数の国民の意識が賛同を示し、受け入れたのかもしれないと考えるのは私の皮肉です。
しかし、とってつけたような通り魔の設定が、社会悪としての「歪みあるある」としていかにも安易に使われたこと、涙する18歳の "怒り" をきちんと描かなかったことが私には違和感ありまくりで、若者特有の社会悪に対する正義感の高揚や、犯罪に対する主体性の獲得といった側面へのリスペクトのあまりの欠如に唖然とするのです。

敢えて綺麗に申し上げれば、視聴後や読後に受け取った印象や、その喪失感からのリカバリーはそれぞれの感性でどうぞ、ということなのでしょうが、その感性というものがなかなかの曲者です。

感性とは情動であり、それは脳下垂体が司っています。脳下垂体は生存本能を支配し、大脳皮質の前頭葉に宿る高次脳機能である知性や理性の神経回路を容易に遮断し、思考や思索、善悪の是非の判断をたやすく放棄させます。その生理的反応の応用としてのあまたの政策が、国民の主体性と自意識を放棄させ、「お国のため」として我が身を世間さまの空気に阿(おもね)させてきたことは、過去のブラックな出来事として歴史書に明々白々に証明されています。

こういう設定ならどうかと問うてくる作者の主張は、"若者の青春のカタチも、少女のはかない命も、現実にあるあるな事件によって、無情にも蹂躙されるのだけれど、どうかな?という提案" な訳ですが、どんなにはかない命であったとしても、精一杯に生き切るという命へのリスペクトがこうも欠けていては、大人の「ああ、そういうのもどこかのあるあるだよね」とか「まさかこんな静かな場所で起こるなんて」という いかにも "一般大衆受け" を狙ったように思えて、残念でなりません。

アニメーションでは最後をファンタジックにまとめてあって、そこは美しく描かれていましたが、本質的には 命の扱い方が中途半端で、薄命の少女のせめての希望さえも薙ぎ払ってしまった作品として今では受け止めています。

そして、ここでちびっと立ち止まって思い出してみてください。
私が "利他愛" の上に位置づけるものがあるのは、青春ブタ野郎シリーズの大ヒットに学ぶところがあったからです。それは、咲太が、夢見る少女の思春期症候群という "見えにくい苦しみ" に右往左往することこそ、少女が健やかに夢を見る人生につながっているというストーリーが描かれていたわけで、それが今季の教訓として受け止めて良かったはずではないでしょうか。

彼の、妙に人を喰ったようなキャラ設定は、初めのうちは大人げなくて、おまけに変に若者っぽさもない高校生だと違和感をもって見ていましたが、よくよく見れば徹底した "人本主義者" であることが分かってきました。友達へのリスペクトの強さ、弱者への甲斐甲斐しい介入は、きっと大人の翔子さんから学んだのだろうと思います。

もちろん創作なので細かいところに突っ込むのは野暮天ですから致しませんが、"きみすい" とはまた違うアピール性をもった作品でしたし、作者のポリシーにおいて好感度の高いものだと感じている次第です。
注目するところは、購買する年齢層の差もあるでしょうが、より若い方に読まれている青ブタの売り上げの推移が気になるところです。(きみすい260万部、2019年4月。青ブタ150万部、2019年7月。)
{/netabare}

今更のことですが、新海氏は、メインキャラクターに重い枷こそ与えはしますが、決して殺すようなことはしないクリエイターです。
ファンは、主人公が呻吟する姿と嗚咽するその心情に自分自身を投影し、新海氏からのメッセージを真摯に共有することで、未来に生きることへの絆をより太く紡ぎ、作品への信頼を一層のこと深めるのです。

君の名は。では、その一側面をいくらか和らげ、別の一側面をいくらか強めることによって、より広範に国民との接点を造り出し、より多くのファンとつながることに成功したのです。
結果的に、今作に秘め置いた氏のメッセージを、即ち "賛否の分かれるところ" を、世界中の人々に間配り、それをもって得る "効果" を、地球全体で共有することにきっと成功するでしょう。それはとても喜ばしいものです。

さて、ずいぶんと遠まわりしましたが "利他愛" の先にあるものについて述べてみます。

結論から言うと {netabare} "利己愛" {/netabare}です。
でも、西洋哲学で言うところの "自己愛=ナルシズム" ではありません。ましてや一世を風靡している "自己中" でもありません。"利己愛" とは、自らの命の尽きるまでを真摯に向き合い、自らを社会に活かすことによって生み出される "思想" であり、"コトバ" であり、"行動" であり、その "足跡" です。
ですから "自暴自棄=セルフネグレクト" でも "自死" でも "自殺" でも "自己犠牲" でも "過労死" でもありません。

もちろん、"これしかやり方を知らない、教えてもらっていないんだから、愛するがために自分の命を捧げてもいい" という理屈には絶対になりません。
ましてや、"私のセカイを愛する想いが昂じた結果として、世界の命を勝手一方に奪うのも愛のカタチなんだ" などの屁理屈はもってのほかです。
こんな簡単なことが分からなくなってきている世の中は、本当に狂ってしまっているのかも知れませんね。

行動における基本的原則は、"動機" にあることは明らかです。
動機とは "思い" です。言霊的には、"想い" と "重い"に分解されます。

"思い" は、心の上で風車が気ままにくるくると回るさまですから、言い換えれば、心は常に不安定な性質があり、ゆえにコロコロの音律を伴うコトバだと言えます。

"想い" は、軽く、温かく、明るく、涼やかです。字解すると、"二者の向かい合うさまを心の上に置く" になります。"相" は "木と目" に分解されますが、木とは種から老木までを指し、その成長と発達の変化のさまを、すぐ隣で見つめるという意味があります。木は左側ですから受けです。木は動けませんからね。目は右側ですから送り手です。目は上下左右360度から観察できますね。心が下にあるのは合理的配慮が常に下支えするという意味合いでしょう。

"重い" は、重く、冷たく、暗く、凍えていることにつながります。
字解すると、人が大地に立って袋を抱えているの意味になりますが、その中身が、サンタクロースのそれなら上々!ですけれど、パンドラの箱ならゲゲッ!ですよね。

"利己愛" とは、"己を利かす" という意味合いですから、"どんな愛を以って、「誰に、何を利かせるか」" ということで完結します。
常に、自分のそばには他者がいます。いないように見えてもいるはずです。言い換えれば、自分は、他者から常に観測されることで、実存し、存在していると言えます。ですから、他者に対して、自らの存在する意味を命がけで見つける必要性があります。さらに言えば、人を愛するためには、まず自分を深く愛していないとその愛し方が分からないのです。

帆高が、凪に感服していたのも、三葉に相談していたのも、彼の心中に愛が満たされていなかった証左です。
また "貧すれば鈍す" も同じ意味です。肉体の幸福がある程度満たされていなければ、心の平安を得ることなんてできっこありません。

"汝が隣人を汝自身の如く愛せよ。"とはキリストのコトバ。
"汝自身を知れ。" とはソクラテスのコトバ。
西洋的概念のそれは、あまりに教条的で、出来過ぎで、私にはちびっと荷が重く感じられます。
むしろ私は、七福神の宝船が心地良さげで楽しそうに見えます。東洋の多神教の皆々様が笑いあっている姿に、ゆらりゆうらりとする心の安寧を感じてしまいます。


帆高が陽菜に「自分のために祈って。」と語ったセリフが、"利己愛" のすべてを表わしています。そもそもからして、1人の人間が "利他愛" の果てに人柱となり、結果として地球規模の平和が成し遂げられたという事例は、歴史上のどの資料にもありません。ジャンヌダルクだって無理だったもの。
ましてや6000万人が犠牲となった先の大戦の教訓を踏まえてもなお、世界に紛争が絶えず、その平和が風前の灯火とは、あまりにも労しく、いわゆる勝ち組の主張の寒々しさについ白けてしまいます。

帆高は、陽菜のことを想って、拳銃を不用意に扱ったことで社会的責任を問われ、保護観察処分となって神津島で息をひそめるようにして贖罪の日々を送ります。その罪が解かれるのが「卒業」という節目の行事に表象され、帆高はどのようにも説明できないままで、陽菜のもとへと戻ります。
これは、世界に対抗する手段としても、また、不条理をアピールする方法としても、"銃器火力を安易に取り扱ってはならない" という演出として受け止めました。また、人格の形成には手厚い教育と適切な支援が長期間にわたって必要であることも示していると思います。

自らを愛し生きぬくことでしか他者への利他愛は "成就しない" のです。 "利己" と "利他"は、"愛"という名の "思いやりの心" でムスビつけられ、相関し補完しあっているのが真相であり深層なのです。

大人が構築してきた "因習やしきたり、柵や忖度" には "利他愛" の要素はあるけれど、それは小さなコミュニティーが対象です。イエ、ムラ、シマ、クニ、ブラック企●。
残念ながらそこには "利己愛" は見つけられません。いえ、むしろ自己愛、自己中、自分勝手、世間知らずと言い換えられ、若者(特に乳幼児)を、女性を、障がい者を抑圧し排除し続けてきた歴史と、収奪と搾取を繰り返す文化、すなわち男の論理しか見えてきません。

天気とは、"転機"。そして "転帰"(初発に戻る=ルネサンス)、"天機" (時代の変わり目)と転意していきます。
(子については、拙レビュー「若おかみは小学生」を参照してね。)

それが 新海氏が作品に込めた "メッセージ" ではないだろうか。
今、ホモサピエンス経済の仕組みを変えなければ、東京は、世界は、本当に水没してしまいます。
それもまた 地球からの "メッセージ" なのかもしれません。

しかし、それでもなお新海氏は、帆高に「大丈夫だ」と言わせるのです。
その言霊に、未来につなぐヒントが、秘密が、隠されていたように思えるのです。
{/netabare}

● 三つめ。セカイからも世界からも疎外される若者の姿。
{netabare}
ちびっと穏やかでない見出しに違和感をお持ちいただけたのでしたら、嬉しい。
多くのレビューに、帆高と陽菜の行動原理や社会的背景、支援者の存在が、見えてこない。説明が不足している、そんなご意見が散見されています。
それについて私見を述べたいと思います。

主人公の帆高。神津島(こうづしま)の生まれのようです。正式には東京都神津島村っていうんですが、ずいぶん前に行ったことがあります。沖縄とは違う空気感と透明感があって、観光地としては太鼓判が押せる素晴らしいところです。
でも、生地境涯となるとどうでしょう。隣の東京都新島村式根島(しきねじま)まではたかだか10㎞ほどですが、そこにあるのは "絶海" です。また、冬の晴天時は遠くに伊豆半島を見通せますが、さすがに東京都新宿区までは見えません。

劇伴に流れる「憧れなのか、恋なのか」って言えるくらいの、いえ、言っていいのかどうかさえも分からないくらいの絶対的な遠距離感です。
万一、この時空を埋めようとする思いが芽生え、スイッチが入ったら、まさに身を切るような切迫感、世界から切り離されたような閉塞感に苛まれることだと思います。

16歳の彼が東京に出てきた事実だけが、視聴する人に分かりうる情報です。その理由も背景も、映像上では詳(つまび)らかにはなっていません。でも、彼の表情やコトバ、考え方や行動の癖などから "推察・推量すること" はできるはずです。つまり視聴する方々の帆高に寄り添う想像力がとても重要になります。
とはいえ、国民のほぼほぼ100%の方は、神津島で生まれ暮らすということはないのですから、帆高のプライベートな生い立ちや境遇を追体験するイメージを創ることはとても難しいと思います。
"設定上のこと" ですから詮無いことではあるのですが、でも物語上この設定は、"三つの意味" で外すことはできない重要なファクターだと感じます。

★ "一つめ" は、男女のすれ違う "もどかしさ"。
{netabare}
99%なさそうで ありそうな1%のその出会いを、視聴する人の意識に強く投影し、物語の物理的・心情的なキョリ感を最大限に引き伸ばして見せきることが、新海氏の作品の特長であり、真骨頂です。
氏の過去作は、演出上、多少の濃淡はあっても、必ず盛り込まれているエッセンスであることは間違いのないことですね。

もし機会がありましたら、伊豆半島の南端、石廊崎灯台の突端から太平洋を遠望してみていただけますか?ほんとうに運が良ければ島が小さく望めます。そしてそのあまりの遠さに絶句するはずです。打ち寄せる波音と抜けるような空を見上げながら、しみじみ新海氏のアイディアを評価してみてください。

おまけにと言っては何ですが、いつの間にかそこには複雑な三角関係が絡み始めます。帆高と陽菜、三人目があなたですよ。
{/netabare}

★ "二つめ" は、一つめの補強の位置づけです。
{netabare}
想像してみてください。生れた瞬間から人間関係が固まった人生を。10年以上もクラス替えがない集団生活を。そういう体験のない方にはにわかには理解し難く、困惑するでしょう。ましてや、そんな小さな世界で、友だちとの繋がりを失い、親との関係がこじれてしまうと、つまり、孤島のさなかで更に孤立してしまったら、どんな境遇・心境になるでしょうか。

そういった背景をいくらかでも理解することによって、帆高がデッキの上でホワイト・スコールの洗礼を喜ぶ心情を共感できようなものです。そもそもホワイト・スコールに遭遇すること自体が奇跡のようなものです。それをわざわざ大道具として演出に使うくらいに、新海氏は、帆高の心中に澱となっているわだかまりを洗い流したかった、禊ぎたかった、そういう気持ちを表わしていたと私には思えるのです。


視聴者からは見えにくい帆高の行動原理は、そうした物理的、心理的に圧縮された狭間に、自分の夢想をむりやり差し込み、光の指すその先の遠すぎる未来に憧れる自分への期待感が、もろもろ綯(な)い交ぜになっての心情の発露だとは言えないでしょうか。
世界としての孤絶、人としての孤立、内面性の孤独。それらの不穏な状況を、神津島の名にもちびっとかぶせて窺わせているのも演出としては隠れたグッドポイントだと思います。

社会的孤立は現実の世界においても大問題になっていて、人間の疎外は、政治的にも放置しておくことができなくなっている喫緊の課題なのです。え?課題なのは知っている?そう、仕方ないですよね。大人になると優先順位を変えられえなくなりますからね。
でも、仕方ないという諦めの気持ちにある "違和感を切り捨てないでほしい" そう願います。

帆高は「あの光の中に行ってみたかった。」と呟いています。これって君の名は。にもありました。「日照時間は短いは」「堪らんわ」などのコトバの "裏返し" というわけです。
このフレーズは、地方や田舎の少年少女には共感度 "大" でしょう。
故郷を出ようとする動機が、逃避なのか夢なのか、それとも両方ともなのかはそれぞれでしょうが、早いか遅いかの違いはあっても、突き動かされる思いは、自分探しへの深刻な衝動です。たぶん、神をも刻む鋭さ、重さなのではないかと思います。

彼は、早駆けする日脚を自転車で追いかけていましたが、風まかせに動きまわる光跡は、気象が生み出す移り気なマジックのようなもの。それは天上人が地上に落とす "気ままなスプライト(ため息)" のように見えなくもないです。
でも、そんなスポットライトの中に踏み入ろうとするなら、どんなに懸命に追いかけても、許されなければ決して入ることはかないません。
海上へと移ってしまった「光のステージ」は、帆高の眼には、遠い東京へと誘(いざな)う魔法の絨毯のように映っていたのかもしれませんね。

実は、本作に、ぴったりのコトバがあります。

"光彩陸離"。

"こうさいりくり" と読みます。
関心のある方は検索してみてくださいネ。

出来上がってしまった世界が、2人にとって、どんなに意地悪で、冷たくて暴力的で、生きている意味さえも分からなくさせてしまっているとしても、2人の瞳の輝き、お喋りの歓びが重ねられていくたびに、心の中には新しい晴れ間が生み出されていきます。

でも、市井の人々は、なお勝手一方に自己愛を示し、図らずも新宿のど真ん中で、陽菜の秘密が世間に露わになります。帆高の身を想う陽菜の願いは雷撃となり、世界の圧迫から3人を切り離しますが、帆高の何気ない小さな頷きが陽菜の恋ごころを撃ち砕きます。

"自分ではなく、天気を望んだ帆高との疎外"。

やり切れない想いでむつみあう帆高との抱擁もはかなくほどけていくのです。

私には、それらの全てのプロセスが、"光彩陸離" というコトバに集約されるような気がするのです。
空に祈る純心も、天に召される魂の耀きも、やはり "光彩陸離" というコトバに収斂(しゅうれん)されそうです。
いつの頃に生まれたコトバなのか、どなたがどんな景色を見てインスピレーションを得たのかは分かりませんが、そのコトバが意味するところの風景を、新海氏が絵コンテに描き起こし、素晴らしい映像美に表現してくださいました。涙が出るほど震えました!
{/netabare}

★ "三つめ" は、本作の構成から "絶対的な疎外感" のモチーフをセレクトすると、これがなかなかに上出来なのです。
{netabare}
東京都神津島から東京都港区竹芝までは、さるびあ号なら学割で6000円余りです。帆高でもいくらか無理すれば島を出られそうです。高速船もありますがいくらかお値段が張ります。
九州・四国・北海道は鉄路で本州と接続していますし、他の航路は陸路と接続しています。ならば那覇~羽田間ですが、3万円超は家出少年にはムリです。

三葉の動機は "瀧くんに逢いたいがため" の約14000円×2。でも帆高は "単なる家出" ですから、三葉の恋への一途さには比べようもありません。
それに新海氏のご指名は東京か新宿辺りです。結果的に伊豆諸島がベストチョイスになります。そして神秘性を高めるなら "神津島" の一択です。
1日1便のボーイミーツガール?200㎞超に挑む帆高の志や如何に!?(ちなみに瀧や三葉は500㎞超だけどね)

ところで、その疎外感を埋めるために "利他愛" の使い方を間違えないようにしていただきたいと思います。
"他" とは、自分の外にある全てですが、意外と落とし穴なのは、それを "都会" とか "国" とか "民族" とかの低いレベルで捉えてしまいがちです。だって何となく日本人として居心地が良いんだもん。"井の中の蛙、大海を見ず" で済むんだもん。

ある志士が言うとるきに。「儂は日本人ぜよ!」って。
明治の夜明けの直前、彼の "利己愛" は「日本人」という新しいコトバに "利他愛" を括(くく)ったのです。

それなら私たちも令和の夜明けに天喜し「私なんて地球人だよ!天気の子なんだよ!」って、もっと新次元の "利己愛" を声に出して行動しませんか。

新海氏を始めとして、日本各地の素晴らしいスタジオが、サブカルの新しいトレンドと、アニメの無限の感動を、世界中にまくばっているじゃありませんか。

世界のファンだって、人生の転機になった宝物だと言っているじゃないですか。


「大丈夫」
私もそう呼びかけたい。
そう呼びかけることが、私の本作への精一杯のリスペクトなのです。

本作は、天の岩戸伝説の新解釈=しんかいしゃく=新海氏約?
岩戸を押し開けたのは、天手力男命(あめの たじからおの みこと)ですけれど、それこそが、"利他愛" の権化="見える化" としての働きを示しています。
あえて言霊の解釈は致しませんが、すでに作品のなかに語られています。

「僕らの愛が、世界にできることは、まだあるよ。」

ぜひ、そのメッセージに込められた意味を、何度でも感じ取ってみてください。
{/netabare}
{/netabare}

長文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本作が、皆さまに愛されますように。

投稿 : 2020/09/09
閲覧 : 239
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38

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たわし(冨岡) さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

「ラスト」が頂けない

アニメ界を揺るがせた凄惨な事件から一夜明けまして、今回は一部の関係者以外の試写会がなかったのですが、一応公開日ということで上げます。

新海誠監督は今回はかなり「作家性」を意識して前半物語を作っているようで、結構、世間批判的な側面が強く出ているようでした。日常描写の細かさは前作「君の名は」以上で、非常に生活感のある空気が印象に残る感じでした。

しかし、物語の核心に迫る「天気の子」に関しての設定や、ロジックは「君の名は」よりも若干薄いように感じられるのと、なによりもラストシーンは非常に賛否両論が巻き起こりそうなほど考えが浅い気がします。

おそらくプロデューサーがラストシーンの変更をしたのかもしれませんが、拍子が抜けるほど普通に収まりすぎて、序盤の伏線や世間批判はどっかに行ってしまった感じです。

多くの人に注目される作品作りとはえてしてそういうものですが、なかなかこれでは作品の方向性が定まらない作り方で、細田守さんのごとく迷走してしまいそうな気がかりがありました。

しかし、アニメーションにおける演出やその他作画は日本ならではの表現で、宮崎駿や押井守、庵野秀明さんとは全く違った独自の「明るさ」や「現代的視線」があり、オリジナリティは以前にも増しているので方向性は間違っていないと思います。

投稿 : 2020/08/16
閲覧 : 280
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29

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ツークツワンク さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 3.5 作画 : 5.0 声優 : 3.0 音楽 : 5.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

オタク向け作品に舵を切ったせいで賛否両論に

天気の子というタイトルとキービジュで想像していたお話から斜め上に突き抜けていった感じ

一般受けを狙った君の名に比べ、天気の子はオタク向け作品になってるので君の名2を期待してた人からの評価は別れるだろうなとは思う

相変わらず童貞に刺さる作品を作るのが上手いと思う一方、露骨すぎるおねショタ(ショタという年齢って程でもないが)アピールにはちょっと赤面してしまうのでもう少し抑えてくれても良かったかも

冒頭の音響の心地良さと美しすぎる作画は現代アニメの最高峰
こんなに序盤でワクワクしたのは久しぶりかもしれない
中盤までは落ち着いて話が進んでいって幸福の絶頂から突き落とすまでは良かった

しかし、拳銃拾ったことが警察に見つかってからの流れが犯罪行為のオンパレード
警察はやっぱりクズみたいな雰囲気で締めるのはあんまり好きではない
作品人気の規模が規模だけにね
あと、本物の銃だと分かってるのに人に向けるのは主人公と言えどやっぱり許せない

女の子のために世界を壊すっていうのはギャルゲーっぽさが凄まじく、ここら辺も評価が別れそうかな
自分は良かったと思いますがそこまでの流れのせいであんまり感動できなかったのが残念

音響はレンタルDVDでも拘ってるのが良く分かる位に雨の音が心地良く、映画館で見たらもっと感動したかもしれないくらい良かったので文句なしの星5

拳銃と警察の流れは映画としての疾走感を入れるためのスパイスだったけどここら辺全部削ってしんみりした作品に仕上げてくれた方が良かったかなぁ

でもあえて攻めに攻めた挑戦は監督も賛否両論あると言っているくらいだし、名作とは言わないまでも佳作に十分収まるので次の作品にも期待してます

投稿 : 2020/07/13
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1

ネタバレ

クロ さんの感想・評価

★★☆☆☆ 1.8
物語 : 1.0 作画 : 5.0 声優 : 1.0 音楽 : 1.0 キャラ : 1.0 状態:観終わった

バ~ニラ♪バニラ♪バニラ♪

見て損した作品代表といっても過言ではない。
映像がきれいなだけで声優、楽曲も最低評価に値します。
情報一切入れず「面白い作品なんだろうな~」って気持ちのまま一生を終えたいと思うほどの作品でした。

投稿 : 2020/07/11
閲覧 : 62
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3

ネタバレ

あああ さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

良い

何度も見たくなる仕掛けづくりはそのままに、水・天気の表現がすごい

ラストとグランドエスケープが流れる場面は鳥肌です。

投稿 : 2020/06/29
閲覧 : 53
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1

ネタバレ

あぎら さんの感想・評価

★★★★★ 4.8
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

新海誠はやっぱりすごい!!

結局は世界がどうなろうが、これがハッピーエンド
感動してしまった

世界を敵に回そうが、お前をっていうパターンに似てるんだけど、これはとてもきれいだったと思う。

映画館の大画面で暗くして一人でみたかった・・・
天気って神秘的ですね!

ちなみに私は晴れてる時の雨が一番好きです!

みんなもぜひ見てみてください!

結構有名ですが、「君の名は」に出てくる人たちや、新海さんの他の映画の登場人物もでてるので、こんなこともあったなぁと思い返しながらみてました!

そして、やっぱり作画が”神”だし、BGMのタイミングとかもよくて作品に引き込まれてしまう。


ありがとう新海誠さん!!
一生ついていきます!!

ていうのが私の感想で、他の人がどう思うかまでは知らないです!笑

投稿 : 2020/06/20
閲覧 : 65
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4

ネタバレ

カミタマン さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

縦スクロールが印象的でパルテナの鏡を思い出しました!

いろいろあるけど,1点に絞ってw

陽菜の魅力に尽きますねw

でも・・・

以下

閲覧注意
{netabare}18歳再設定が終盤まさかの中3と言う事が発覚!!なんかちょっとこっちとしてはなぜか後ろめたい気持ちになりました^^;ラストでホントの高3陽菜がでてきてなぜかちょっぴりホッとしましたw{/netabare}

挿入歌『グラウンドエスケープ』が鳥肌ものでした。

投稿 : 2020/06/15
閲覧 : 90
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11

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ななし さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

作画と音楽だけでも観る価値がある

劇場でも観たんですがレンタルしてまた観た!もともと新海誠監督の映画が好きで、四作目です。他の作品と比べると、より青春!王道!って感じだった。
天気をテーマにしているのが面白い。確かに私たちは天気に左右されて生きているけど、そんなこと意識もしてなかった。
声優さんも、賛否両論あるのかもしれないけど全体的に合ってた。
何より作画の綺麗さには本当に感動した。新海誠作品はいつも綺麗だけど、今回かなりこだわられていただけあってアニメーションとは思えないリアルさだった。鳥肌たった。それに加えて音!雨の音とか、駅の中の音とかもリアルで観てるだけで楽しかった。
音楽はもともと野田洋次郎さんの作る曲が好きなのでほんっとに文句なかった。『グランドエスケープ』と『大丈夫』が特に好き。
一番好きなキャラは弟くん。可愛すぎるでしょう、、。でも須賀さんも一番人間味あって良かったなあ。
ストーリーとしては最後の方が王道すぎるというか主人公が走りすぎと思ったけど若いっていうかそれだけ真っ直ぐなんだなあって。
好きなシーンが山ほどあって困るけど花火大会のシーンと、グランドエスケープ流れるシーンが好き。あとほんとにラストのひな見つけたとこからめっちゃ泣きそうになった。最後の方のおばあちゃんの話も良かったなあ。
結末もわたしはあの終わり方で満足している。
新海誠監督の次回作にも期待。ただ、数年前の作品みたいにファンタジーなしの作品も観たい。作画が綺麗だからファンタジーの方がより映えそうだけど。

投稿 : 2020/06/09
閲覧 : 62
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7

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ワドルディ隊員 さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.5
物語 : 2.0 作画 : 5.0 声優 : 2.0 音楽 : 2.0 キャラ : 1.5 状態:観終わった

2019年最も話題になったアニメ映画

おそらく、日本人のほとんどが知っている
アニメ映画ではないだろうか。私もその一人だ。
ただ、このアニメは映画館で観たいという感情は
一切出てこなかった。
その理由は下記に後述する。

ちなみに、このレビューは酷評気味に書いてあるので
・天気の子を見てないとは時代遅れか?。
・天気の子を見てないなんて損してる!などといった
過激派の方は見ないことを推奨する。

あらすじに関しては他の方がレビューを書いているので
それを参照したほうがいいだろう。ここに書かなくても
知っている人は多いだろうし。

このアニメ映画の非常に良かった点は神々しいと言えるレベル
に仕上がっている作画のクオリティであろう。
100分以上にわたりここまでの作画を維持し続けられるのは
素直にすごいと思う。そのため、作画は5点満点という評価。

ここからは個人的に気になった点を挙げる。(ネタバレ含む)

新海アニメ恒例の自分語りや尺稼ぎは、何ら変わりなくむしろ通常営業。
というか、これがないと新海作品とは呼べない。
もし周りに新海映画初見の方がいたら
「これはね、新海さんが作中で常日頃行っている伝統行事だよ」と
伝えておこう。
自分自身、この一言がなかったばかりにしんどい思いをしてきたので、
これがあるだけで気持ちの持ちようがかなり変わるはず。

君の名は。と同様に、RADWIMPSはかなりの頻度で流れる。
確信犯だなと疑われても仕方ないレベルで挿入される故に、
RADWIMPSファンからすると無意識に涎が出てもおかしくはない。
ただ、本当にくどいので賛否両論であることに変わりない。

主要人物を通して常々「RADWIMPSMVのお時間がやってまいりました」
とアナウンスしているようなものなので、半場諦めているような状態だ。
ぶっちゃけ、止めて欲しいけど。

君の名は。よりも主要人物に関してのバックボーンがかなり
省かれているように感じられた。ヒロインである陽菜とその弟
凪が二人で暮らしている、母を亡くしていたという描写はあったが、
それ以降踏み込もうという意思は見えなかった。

主人公の帆高に至っては、家出をした理由が非常に淡々としており、
納得のいくような経緯は見られない。終盤になっても曖昧にされ
結局わからずじまいという有様。あの結末にしたのであれば、
尚更描くのが妥当だと私は思うのだが、どうやら制作スタッフの中では
タブーとして扱われているようだ。いわゆる大人の事情というやつか。
宣伝に費用をかけすぎた代償だと自らを納得させることにした。
(要は只のこじつけである。)

雲のむこう、約束の場所でも目にしたのだが、銃を使用する
場面がかなり多い。余りの多さから、新海作品の中でも登場頻度は
恐らく一位であろう。
やっぱり、本心では銃のアクションシーンを取りたかったんだなあ。
これでまた、自分の夢を一つかなえられて幸せだね☆
まあ、色々と無理やりすぎるけど。

銃を拾う場面から違和感のオンパレードなので、これを
難なく受け入れられる方は、新海監督にぞっこんほれ込んでいる
ことがうかがえる。
序盤に関しては、正当防衛かなと思えるような描写なので
(なんとか)納得できるが、警官にも銃を向けるのは首を傾げた。

一応、それに関しての理由が彼の口から明かされるが、
これは反感を受けても仕方ないと思わざると得なかった。
今までに彼の作品を何本か観てきたので、予想以上に抵抗意識
は芽生えなかったのだが、彼の上司にあたる須賀の対応には
流石に( ゚Д゚)ハァ?と呟いてしまった。

後半で一人寂しく酒を飲んでいた時は、
「人柱一人で狂った天気が元に戻るなら歓迎だ」という意向を
示していたのに、主人公へ銃を向けられた恐怖なのか
虚無感に包まれたのか知らないが、いつの間にやら彼を
応援する形を選択していたのだ。
自分の生活が大事だって言ってなかったか?その意思は
どこへ消え失せてしまったんだ。いくら何でも心変わりするのが
早すぎるだろ。これはもしや、水の魚による汚染が
原因だったのでは?それなら納得だ。

結末の部分だが、雲のむこう、約束の場所に似ている。
ぶっちゃけ、舞台が北海道から東京に移っただけで
全く同じなのだ。銃のシーンが出てきた時点でなんとなく
予想はしていたが、こういった展開には心の底から顔をしかめる。

一番とばっちりを食らっているのは、彼らとは全く無関係な
東京都民であるというのに。ここまでくると犯罪者を
通り越して、極悪人だ。しかも、今回は都心なので、
人口密度においても明らかに規模が違う。どこかのサーヴァントが
このことを知ると真っ先に勧誘しそうだ。
これは、新たな聖杯戦争の始まりを示唆しているのかな?
いっその事そう考えた方が物語を楽しめそうな気がしてきた。

これは私だけかもしれないが、立花のおばあさんが
東京水没に関するコメントである
「水没地域は江戸時代以前には海だった場所であり、
それが元に戻っただけ」
には流石に笑ってしまった。不覚にもこれは中々高度
なギャグだなと感心した位だ。
劇場で見たら吹き出していたかもしれない。まあ、
制作委員会から大金をもらってしまったら、行っちゃうけど。

大半の主要人物には好感を持てなかったのだが、この作品に
出てくるご年配の方には好印象を持っていた。
立花のおばあさんをはじめ、占いおババと神主が出てくる
シーンは一種の癒しを感じられた。(?)

どうせならいっその事、占いおババと神主を主人公にした
作品の方が良かったのでは?と思ったのだが、
新海作品がそうった作品に挑戦することは余程のことが
ない限りありえないだろう。

作画は申し分ないが、脚本がすこぶる悪いので、
名作だと思えなかったのが私の感想だ。

正直、このアニメは映画館で観たいと思わなかった。
君の名は。と同じでマスコミによる宣伝効果で、
大衆を映画館に誘導するのが丸わかりだったからだ。

絶え間なく流れ続ける洗脳まがいの広告。
新海監督と赤い糸で結ばれているとしか思えない
RADWIMPSによる音楽の熱烈アピール。
別の新海作品でも言及した気がするが、正直な所
付きまとい行為かと勘繰ってしまう程だ。
メディアでも当然話題にするゆえに、これを取り上げる
人間も多く見受けられたので、不快感が募っていった。

2019年7月公開なのに、DVD,ブルーレイを発売したのは
2020年5月末とかなり遅いのも君の名はと完全に一致。
ここまで行くと他のアニメ映画と比較しても
明らかに優遇されているのが明白だ。

私としては、新海監督と他の製作スタッフの
関連性の方に興味が湧いてくる。直接の面識がないので、
想像でしかものが言えないが、赤い糸以上に濃い物質で
繋がっているのだろう。

制作中においては、常に3密で行動しているの
ではなかろうか。濃厚度合いも凄そうだ。いつの日か、
新海氏と他の製作スタッフを元ネタにしたアニメあるいは映画が
見られることを心の底から待ち望んでいる。

良くも悪くも、新海作品の作風が非常に濃い映画なので、
それを踏まえたうえでの視聴が良いだろう。
少なくとも、雲のむこう、約束の場所をお気に入りに入れている方
なら間違いなく楽しめると思う。私からは強く進めない。

投稿 : 2020/06/09
閲覧 : 142
サンキュー:

16

ネタバレ

マイケル---- さんの感想・評価

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

Not good as Kimi no na wa

Tenki no Ko is not surprising in the way it should and in addition to ending the shine of the director's previous film, it is full of forcing the script and emotions that do not exist.

The script follows Hodaka, a young man who moves to Tokyo and there meets the second main protagonist of the film Hina, with them the story develops and creates the main plot of the film.
  The story has a slightly interesting plot, but is lost in the middle of the film. The script begins to not know where it is going and forces impossible outings for the characters in order to be able to complete a story that was already lost.
  The characters themselves are good, the protagonists are in line, they really seem to like each other. The secondary characters are also good, they almost always work as comical tools, but they are still worth screen time, I found myself thinking about the time that they would return to the scene several times during the film.
  In short, the story becomes predictable, even if it is confusing, it is a paradox, since confusing things should be difficult to understand, but this is because the narrative mechanisms are predictable.
  About the expansion of the kimi no na wa universe, the film insists on ruining the brightness of its predecessor. All the mystery, romance, charisma and magic surrounding Taki and Mitsuha's relationship has been shattered, as the film implies that they are no longer a couple.

The animation of the film as expected is wonderful, a visual spectacle, well used CGI and precise direction in almost the entire film, almost all, because the director really forced too wide open angles of Tokyo, because of his fissure in wanting to give greatness to the film, it didn't work, it got tired, it ended up showing more errors in design than it should. Vehicles were very much in the face that they were made of computer graphics, something that did not happen in kimi no na wa. Other than that, the director still manages to deliver well-directed scenes, especially dramatic ones, whether they are fighting, crying or arguing.

The design is also jaw-dropping, shadows well made, colors very vivid and at the same time dead, which makes the hyper realistic scenario even better. Anatomy errors as expected, I found none, not even in very busy scenes, merit.
The scenarios are, as always, beautiful, the hyper realism of Makoto is splendid, the CGI used in the scenarios shows that just like jumpscares in horror films, one must use the mechanisms as a tool, not the main theme of the work.

The music is disappointing. In view of the masterpiece that Radwimps did on Kimi no na wa, I expected at least some striking music, however, besides being premeditated, they are not striking. The compositions themselves, seem to be of quality, but it did not match the film and the exaggeration of literary compositions hindered their absorption, one song ends up standing out on top of the other and ends up that none remains on the head. Unlike the other film, which after 4 years, it is still possible to imagine the scenes that touch the compositions in the film, because they are striking and well placed. Instrumental compositions, on the other hand, are good, very calm and ashamed. They don't show up often and when they do they don't last long.
The sound mix is ​​great and inaccurate, the placement of the songs does not match, we are objects of scenery and the world is perfect, sounds of rain, wind, cars are all immersive and beautiful.

Dubbing is good, but it has its flaws. The main characters mostly deliver a good and convincing voice work, the secondary ones end up shining more, because of their personalities, her freedom for the actor to be more natural with the character. The protagonists, on the other hand, seem to follow a cliché of romantic scripts, they are characters that normally do not impress in dubbing. Overall it works.

The film is nowhere near the quality of its predecessor, particularly I think it's just another number for the anime I've seen. I don't regret it, but I won't remember it in 4 years.

投稿 : 2020/06/05
閲覧 : 46
サンキュー:

4

ネタバレ

にしやまん さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

めっちゃいい!

思ってた以上!君の名はが個人的にはあまり好みじゃなかった(秒速5センチは大好きです)から期待値が下ってたけど、きれいすぎる映像、ストーリーも思った以上に心にささりました。リアルな日常に近い映像とありえないストーリーが程よく融合していいて感動した。

投稿 : 2020/05/31
閲覧 : 55
サンキュー:

2

ネタバレ

Mamo さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

原点回帰––––なんだ、いつもの新海誠監督じゃん!!

U-NEXTサブスクレンタルで久し振りに見返したので感想を。

箇条書きです。めっちゃ長いです。

 前作「君の名は。」は、一般受けする要素を狙いつつも、いざ公開してみたら予想に反する超大ヒットを記録してしまい、新海誠監督本人も気が気では無かったと思う。
 そして多くの人達が目を向けることとなった今作は、より一般受けを狙ったエンタメ性のある映画になるのかなと思いきや______なんだ、いつもの新海誠監督じゃないですか!!

 新海誠作品は、セカイ系で、脚フェチで、年上のお姉さんフェチで、ハッピーエンドとは無縁な作風だけど、正直にいって観に行く前、今回はそれらの要素が最低でも少しは削がれることになるだろうなと思った。何故なら絶対一般受けしなさそうだし、明らかにオタクだけが喜ぶような要素だから。
 でも今回は新海誠本来の作風を、世間体の目を気にすることなく、遺憾なく発揮してくれた、良い意味で『いつもの』新海誠作品だった。 

ここからは順を追って評価。


[キャラクター]

前作「君の名は。」よりも、圧倒的に愛くるしいキャラクターたちだったんじゃないだろうか。
主人公森嶋帆高と、ヒロイン天野陽菜の二人の恋愛感情の発展の仕方が、前作と比べてとても丁寧だった。帆高の家出の理由に重い理由が特になく、思春期特有の日常への憂鬱といったシンプルな動機なのにはとても好感が持てる。陽菜の年齢を偽っていた理由にとてもグッと来る。
 今作は脇役もそれぞれ重要なキーパーソンとなっており、皆んな愛らしいキャラクターになっている。
 前作はなんというか、三葉の祖母以外のキャラクターがどうも「物語の舞台装置」感が否めなかったのだが、今作は脇役にもそれぞれ過去背景がしっかりとあり、脇役が帆高の犯行に加担する動機も十二分に伝わったので、感情移入しやすかった。
 凪は帆高に対して「人生の先輩」感を醸し出していたのに、終盤に年配の刑事の行動を妨害するシーンでは、完全に駄々を捏ねる子供のように「全部お前のせいじゃねえか!」と帆高に涙ながらに訴えかける姿にはとてもグッときた。
 夏美は、新海誠監督特有のお姉さんキャラなのだが、周りに縛られることなく、エゴのために自由に必死にもがく帆高を見て、世界の歯車になった自分とは対照的な姿に感化されて逃亡を手助けする姿を見て「おお、今回のお姉さんキャラは一味違うな」と思った。あとエロ可愛いしカッコいい。

 そして絶対に語らなければならないキャラは、なんといっても小栗旬演じる須賀圭介だ。
 彼にとって帆高は過去の自分だ。世の理不尽に必死に足掻く様は、彼にとってはとても眩しく見えたのだろう。だから圭介は、帆高にとってのリアリストであろうとした。そこからくる「もう大人になれよ、少年」の台詞はとてもしみる。終盤まで彼は、帆高の犯行を妨害した。過去の自分のように『現実を見ろ。そして諦めろ』と。それでも帆高は諦めなかった。威嚇射撃をした帆高を見て、圭介は彼の覚悟を悟ったのだろう。帆高を取り押さえる刑事を見て「(自分の、帆高にとっての部外者である)てめえらが帆高に、触るな!!」と激昂するシーンは、見返す度に感慨深いものがある。もう一人の主人公では? というぐらい良いキャラだった。


[作画、背景]

もう言及することはない。どう考えてもヤバい。以上。


[音楽]

RADWIMPSの楽曲が本当に素晴らしい。個人的な話だが、前作よりも今作の主題歌の方が圧倒的に好きだ。
「風たちの声」、「祝祭」、「グランドエスケープ」、「大丈夫」、「愛にできることはまだあるかい」。どれをとっても映画とマッチした素晴らしい主題歌。


キャラの部分で語りすぎたのでここで箇条書きはお終いにする。


最後に。
 新海誠監督は本当によくこの結末にしたと思う。どう考えてもこのラストは一般受けではない。セカイ系の本質であるこのようなラストでは、人によってはモヤモヤも残るだろうし批判の声も多く上がるだろう。それでも新海誠監督はこの結末を選んだ。自分の作家性を通してまで。物語の結末がこのような形になっても、きっと帆高たちは、新海誠は「大丈夫」だろうと。


 新海誠の熱意と覚悟がひしひしと伝わる傑作でした。
 新海誠の本質にして原点回帰、此処に極まれりッッ!!!

投稿 : 2020/05/29
閲覧 : 67
サンキュー:

7

ネタバレ

ずみ さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

この世界観に引きづりこまれる

この映画は3回見に行きました。
陽菜を助けるときの音楽と作画の綺麗さに泣いてしまいました。
個人的には、君の名は。を超えました。

投稿 : 2020/05/09
閲覧 : 82
サンキュー:

3

ネタバレ

みつぽん さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 1.5 状態:観終わった

タイトルなし

はっきりと書いてしまいます

狂気じみた主人公大嫌い

評価点

評価外

投稿 : 2020/04/02
閲覧 : 61
サンキュー:

0

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天気の子のストーリー・あらすじ

「あの光の中に、行ってみたかった」高1の夏。離島から家出し、東京にやってきた帆高。しかし生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく見つけた仕事は、怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。彼のこれからを示唆するかのように、連日降り続ける雨。そんな中、雑踏ひしめく都会の片隅で、帆高は一人の少女に出会う。ある事情を抱え、弟とふたりで明るくたくましく暮らす少女・陽菜。彼女には、不思議な能力があった。「ねぇ、今から晴れるよ」少しずつ雨が止み、美しく光り出す街並み。それは祈るだけで、空を晴れに出来る力だった――(アニメ映画『天気の子』のwikipedia・公式サイト等参照)

ティザー映像・PVも公開中!

放送時期・公式基本情報

ジャンル
アニメ映画
放送時期
2019年7月19日
制作会社
コミックス・ウェーブ・フィルム
公式サイト
www.tenkinoko.com/
主題歌
RADWIMPS『愛にできることはまだあるかい』

声優・キャラクター

醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子、小栗旬

スタッフ

原作:新海誠
監督:新海誠、脚本:新海誠、キャラクターデザイン:田中将賀、作画監督:田村篤、美術監督:滝口比呂志、制作プロデュース:STORY inc.、音楽:RADWIMPS

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