「オハヨウ(TVアニメ動画)」

総合得点
63.1
感想・評価
75
棚に入れた
383
ランキング
4537
★★★★☆ 3.7 (75)
物語
3.8
作画
4.2
声優
3.4
音楽
3.6
キャラ
3.6

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ネタバレ

renton000 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 3.0 作画 : 5.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

この場を借りて今敏監督の特長を考える

 最初に申し訳程度の「オハヨウ」要素。女性のまどろみから覚醒までの1分間。以上。
 何か書きたくなったら追記します。多分しませんけどね。

 では、本題の今敏監督について。
 私は、今敏監督をかなり高く評価しています。もしあと1本でも映画を作っていたら、最高のアニメ映画監督だと言っていたかもしれません。それほどに今敏監督を評価しています。
 で、今敏監督ってどんな監督なの?って聞かれたら、「編集が上手い監督」だと答えると思います。このレビューでは、その辺りを中心に今敏監督の特長について考えていきたいと思います。


良い監督、悪い監督:{netabare}
 良い監督と悪い監督をどこで分けるのか、ということについては、様々に意見のあるところとは思いますが、私の採点基準には「編集」というものがあります。個々のカットのつなぎ方とか象徴物を使ったストーリーのつなぎ方とかを見ています。もちろんこれが全てというわけではなくて、採点基準の一つだ、というだけですけどね。
 編集って何だよ?と思われるかもしれないので、このレビューでの話の中心となる個々のカットのつなぎ方についての概論を述べておきます。

モンタージュ:{netabare}
 基本中の基本ですね。広義では「カットとカットを組み合わせること」として編集と同義の場合もありますが、狭義では「カットとカットを組み合わせて新たな意味を生み出すこと」を言います。このレビューでは狭義を採用します。

 具体的には、「燃えている家」と「軍隊の行進」という二つのカットがつなげられると、「軍隊が家を燃やしたように『見える』」とか「軍隊が悪いもののように『見える』」という付随的な効果が生まれるものです。「軍隊が家を燃やしている様子」や「軍隊が悪事を働いている様子」を描かなくとも、そのように「見えてしまう」のです。
 単に「軍隊の行進」という映像があるだけなら、よほどの先入観がなければ本来はそこに善悪の概念はありません。ただ軍隊が行進しているという情報があるだけです。ですが、前のカットの影響を受けることで、単独の映像では得られなかった意味が後ろのカットに見出されてしまうのです。これがモンタージュです。
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マッチカット:{netabare}
 マッチカットというのは、画面内の類似性に着目して、本来はつながらない二つのカットをつなげる手法です。これも具体的にいきます。ここがこのレビューの本題になるので、少し多めに。

 「自室の窓から月を見上げる」→「満月のアップ」→「満月がボールに変わる」→「飛んできたボールが顔に当たる」みたいなのですね。満月からボールに変わるのがマッチカット。丸いものを媒介にすることで、夜と朝という異なる時間や自室と屋外という異なる場所をつなげることができます。
 「ギロチンにかけられた男性」→「ギロチンの刃が落ちる」→「野菜が包丁で切られる」→「奥さんと子供のほのぼの家庭風景」なんてのもそうですね。刃を媒介にしてカットをつないでいます。男性の首が落ちるところを描かなくても、野菜が切られたことで男性の死を伝えることができています。これはモンタージュ効果によるものですね。前後のイメージに大きな落差があるので、悲しみを増幅させる効果も出ています。
 ビジュアルだけでなく、音でつなげることも出来ます。「今にも銃を打ちそうな男性」→「バンッ机を叩く女性」みたいな感じ。銃声が響きそうだ、という視聴者の心理を利用して、音が鳴る別のシーンへとつなぐことができます。

 マッチカットで一番多いのは、扉を開けるシーンだと思います。最近では監獄学園の第6話にもありました。保健室でのキヨシとハナの絡みに千代ちゃんが介入するところを、生徒会長が理事長室に入るところにつなげていました。
 「千代ちゃんが「失礼します」と保健室のカーテンを開ける」→「生徒会長が「失礼します」と理事長室のドアを開ける」となっていました。前半の続きを見せないことで、溜めを作って期待感を煽る効果が出ていました。
 このシーンでは扉同士だと綺麗につなげるのですが、カーテンと扉だったために、両者に「失礼します」と言わせて少し重複気味につないでいました。通常の扉を用いたものでは重複をなくして「千代ちゃんが開ける」→「生徒会長が入る」とつないでいるのが多いと思います。
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クロスカッティング:{netabare}
 クロスカッティングというのは、異なる二つの場面を交互に素早く切り替えることで、臨場感を生む手法です。良くあるのは「逃げる犯人」と「追う刑事」の追いかけっこですね。舞台を路地裏や商店街に切り替えながら、逃げる犯人と追う刑事を頻繁に切り替えるものが多いように思います。刑事ドラマの定番ですから、想像しやすいと思います。

 こちらもアニメでの具体例を出しておきます。けいおん第1期の最終回第12話から。「」がギターを忘れて取りに帰るユイの場面で、『』が学園祭ライブの場面です。
 『ユイの代わりにギターを弾くサワコ先生』→「玄関で雑に靴を脱いでから部屋に入るユイ」→「学校に向かって走るユイ※」→『歌っているミオ』→「踏切で足踏みしているユイ」→『ギターを弾くあずにゃん』→「信号待ちのユイ※」→到着、という流れです。急いでいるユイと、どんどんと進行していくライブを交互に移すことで「急がなきゃ!」という緊張感が生まれます。
 ただ、実際には急いでいることが演出の中心ではありませんでした。ミオの歌に合わせて※の部分にユイの回想を入れることで、最終回としての締めをしていました。そのせいで緊迫感は減退しているのですが、回想を細目にはさむことで視聴者側のユイを応援したい気持ちを増幅させる効果が出ていましたね。

 なお、この回想を入れる手法をフラッシュバックと言います。これがあるおかげで現在に過去を挟み込むことができ、10年でも20年でも作品内に描くことが出来ます。
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 いずれも重要な編集による演出ですが、一番大事なのはモンタージュですね。これが基本ですから。とは言いながらも、以下の話の中心はマッチカットです。今敏監督の特長はマッチカットにあると私が思っているからです。
 出来るだけ参考動画を入れるようにしますから、動画を見ながら読み進めていただければと思います。動画の引用元にはこの場を借りてお礼を申し上げます。言い忘れていましたけど、このレビューは暇人向けです。

今敏監督の演出①:{netabare}
 今敏監督の特長の一つである、スピーディーなマッチカットをご紹介します。千年女優からです。次の動画を50秒くらいのところからご覧ください。
→①〈https://www.youtube.com/watch?v=oeFGQpj4Z8o〉
 1分7秒にあるのがマッチカットです。車輪を使ったマッチカットのために、非常にスピード感が出ています。今敏監督はこのような速い動きの中でマッチカットを使うことが多いように思います。お嬢の「ぅわっ!」という驚きの声の後に、女学生の清々しい顔が写るという対比もとてもいいですよね。
 千年女優は、女優が出演した複数の映画をつなぎながら話が展開していきますが、出演映画の様々な時代を飛ぶときには、このようなスピーディーなマッチカットがたくさん使われていました。動画が見つからなかったのですが、「クノイチが転ぶ」→「倒れたら遊女」というのもありましたね。
{/netabare}

今敏監督の演出②:{netabare}
 今敏監督は、カットを露骨に切らず、画面全体が変化するようなマッチカットも多用します。こちらも千年女優から。次の動画を回想の入りと出に注目しながら、40秒くらいまでご覧ください。
→②〈https://www.youtube.com/watch?v=hY8aQF-i71Q〉
 13秒の回想の入りはフラッシュバックですが、30秒の回想の出の方にマッチカットが使われています。風に吹かれてふわっと持ちあがった髪や洋服が、身体に馴染んでいく様子とともに使われていますね。屋内と屋外の差を丁寧に描けていると思います。

 カメラワークと併せたパターンもあります。こちらも千年女優。次の動画の18秒のところ。
→③〈https://www.youtube.com/watch?v=cJx1F3plxck&index=6&list=PLmz2WljKv_CFinQsgTp-gQHCH6bi1iuDm〉
 上と違って、カメラを使った左向きから右向きへの変化に合わせて使っています。右向きになるにつれ、曇っていく表情の変化もいいですよね。どうでもいいことですけど、この動画内で使われているこれ以降のマッチカットは、動画作者のオリジナルものだと思います。結構うまいですよね(笑)そんなつなぎあったっけ?と見事に釣られてしまいました。

 またまた千年女優からですが、エンディングですのでネタバレ注意。次の動画の1分40秒くらいからご覧ください。
→④〈https://www.youtube.com/watch?v=AY6Ufse_qDI〉{netabare}
 作品の締めにもマッチカットを使っていますね。このマッチカットは②で紹介したものとほとんど使われ方が同じです。女優の目を閉じる動きに合わせてマッチカットが入ります。前後の表情の変化も見どころですね。

 マッチカットとは関係ありませんが、④のエンディング全体についても少しだけ述べます。
 20秒のところで蓮の花が写っています。そして、2分22秒のロケットが射出される基地も蓮の花の形をしています。蓮というこの作品の象徴物で、エンディングの入りと最後のセリフの手前をつないでいるのが分かります。
 また、マッチカットで老婆から少女へと変わっていますが、2分50秒の少女のセリフは老婆の声で入っています。
 つまり、<蓮>→<老婆・少女マッチカット>→<蓮の基地>→<少女の老婆セリフ>という流れです。象徴物である蓮と老婆の人生を複合的に組み合わせた良いエンディングだと思います。
 なお、この作品の蓮が持つ意味については、私の千年女優のレビューで書いていますから、そちらをご参照ください。
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今敏監督の演出③:{netabare}
 次はパプリカのオープニングから。複数の有名映画のオマージュをマッチカットの連続だけでつないでいます。1分40秒くらいから2分20秒くらいまでをご覧ください。
→⑤〈https://www.youtube.com/watch?v=C1PYRNXiywE〉
 ①の動画でスピーディーなマッチカットと紹介しましたが、動きが早いだけでなく、入れる頻度が多いために映像のリズム自体が速くなっています。本来つなげないところをマッチカットで大量につないでいるために、次々と切り替わる映像にこちらの理解が追いついていきません。今敏監督が視聴者を煙に巻くために用いる手法ですね。
{/netabare}

今敏監督の演出④:{netabare}
 二つの演出を続けてご紹介します。
 一つ目は、マッチカットで時間をスキップする演出です。5秒のところ。
→⑥〈https://www.youtube.com/watch?v=K91Sjjx0-Ow〉
 単に作画枚数をケチっただけかもしれないですけど、きちんと演出として成立していますよね。通常の作品では、電車から降りる乗客と電車に乗る乗客の動きを全て描いてしまうのですが、途中の経過をスキップさせているためにテンポが良くなっています。

 二つ目は、画面の前方に何らかの遮蔽物を横切らせて、その前後で変化を描く演出です。動画が見つからなかったので、文章での解説になりますが、例えば、左進行でオフィス街を歩くスーツ姿の女性がいて、そのOLが画面手前にアップで写る電柱の陰に隠してしまう。電柱が右にはけて行くと電柱の左側が山の景色に変わっていて、再登場した女性もハイキング姿になっている、というもの。
 このとき、遮蔽物が高速で動いていると、スーツの女性とハイキングの女性のマッチカットや電柱と木のマッチカットに見えるのですが、ゆっくり横切るとあたかも電柱の前後で世界が変わったかのようにも見えます。これがマッチカットに入るのかどうかは私には分かりませんが、高速パターンもゆっくりパターンも今敏監督は多用しています。
 次項では作中での使われ方を動画で具体的に確認します。次が最後です。
{/netabare}

今敏監督の演出⑤:{netabare}
 最後になりますが、パプリカのオープニングクレジットです。マッチカットや遮蔽物の演出を意識しながら、動画全部を見てください。2分弱しかないから負担にはならない、はずです。
→⑦〈https://www.youtube.com/watch?v=xqg3Sw3s9Wg〉

 最初のトラックの絵がパプリカに変わるところですが、これが遮蔽物で変化を描く演出です。ゆっくりパターンですね。他で使っているものよりもやや露骨に描かれています。バイクのパプリカとトラックがすれ違うタイミングでトラックの絵がパプリカに変わっています。
 この次の飛行機?に乗ったパプリカが高速で画面の左にはけていき、画面奥にいる看板のパプリカが動くシーン、これも遮蔽物を使った演出の類型になるでしょうね。遮蔽物演出だと、「パプリカじゃない女性」→「ロケットが通過」→「女性がパプリカになっている」という感じなのですが、前半部分が省略されたと考えるのが良いのかな。

 次の看板からパソコンモニターへのつなぎもマッチカットに入るんでしょうかね。私には断言できませんが、四角い枠から四角い枠への移動がフレームアウトとフレームインの連続になっているのは確かです。「非現実(看板)→非現実(モニター)→現実(モニター外でスーツをかける)→現実?(警備員に見えていない)」という描き方には、ただただ驚くばかりです。

 バーガーショップから出て、Tシャツに入り込むところですが、これも遮蔽物演出の類型ですね。「スケーター男の後ろを過ぎたら、パプリカの洋服が変わっていた」みたいな演出になるところを「Tシャツに入っちゃった」にしたというイメージを私は持ちました。

 Tシャツから出てくるシーンですが、これは画面枠と被写体を使ったマッチカットですね。この演出は一般にも多く使われています。例えば、「AさんとBさんの会話シーン」→「Aさんのアップ」→「カメラを引いたらAさんとCさんの会話シーンに変わってる」みたいなやつですね。エヴァにも使われてたと思います。ミサトとゲンドウの会話からミサトアップ、カメラを引いたら後ろにリツコのいる別時間の別の場所、だったかと思います。
 ただ、今敏監督が使うと、同じ時間の同じ場所で非現実と現実をつなぐ、という表現になっていますから、大変な驚きを感じます。

 最後は、道路のシーンですね。
 左から来たバイクにパプリカが乗っていて、そのまま道路を走るようにつながります。遮蔽物の高速パターンですが、遮蔽物自体が被写体になっていますね。これ以降は遮蔽物の高速パターンだけが連続で使われて、遮蔽物が登場する度にパプリカからチバへの変化が起こっています。最後の遮蔽物でカット自体を大きく切り替えて、本編開始となっていました。
{/netabare}

おわりに:{netabare}
 今敏監督は、虚構と現実を描いたと評されることが多いですが、その肝というのは、ここで紹介したマッチカットや遮蔽物の演出にあると思います。これらが使われる回数が他の監督よりも圧倒的に多くて、視聴者の理解が画面上の展開スピードに追い付いていかないのです。また、カットの前後や変化の前後が「現実から現実なのか」「現実から非現実なのか」「非現実から現実なのか」「非現実から非現実なのか」の予測がつきません。パプリカなんかはまさに特徴的で、この現実と非現実のごちゃごちゃ感自体がお話の中心にありました。

 私の各作品のレビューでは、「今敏監督の作品は密度が高い」なんて書いていた気もしますけど、マッチカットや遮蔽物の演出を使って、本来つながらないカットをどんどんとつなげていってしまうからですね。ダラダラと説明を入れてつないでいたら、到底90分では収まらなかったと思います。その分視聴者が処理する情報量が多くなって、上映時間以上に疲れてしまうんですけどね。

 ちなみに、パプリカの有名映画をマッチカットでつないでいると紹介した動画ですけど、その後半には最後に紹介したパプリカのオープニングクレジットまで入っています。全部で7分30秒。7分半でここまで演出てんこ盛りにする監督は、今敏監督くらいしか浮かびません。

 あと、今敏監督の魅力はここで書いたものが全てではありませんよ。一端をご紹介しただけですからね。今敏監督のいちファンとして、みなさま独自のいろいろな魅力を発見していただければな、と願っています。



 このレビューの投稿日は、2015年8月24日です。
 今敏監督が鬼籍に入られたのは、2010年8月24日です。

 最後の長編映画となったパプリカからこのセリフを。
 「続きはどうするんだよ!」(涙)
{/netabare}

投稿 : 2015/08/24
閲覧 : 771
サンキュー:

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