「彼女と彼女の猫(OVA)」

総合得点
64.2
感想・評価
225
棚に入れた
1095
ランキング
3839
★★★★☆ 3.3 (225)
物語
3.4
作画
3.6
声優
3.0
音楽
3.3
キャラ
3.3

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四文字屋 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.6
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 2.5 音楽 : 3.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

レビュアーの方々の賛否を分かつ評価に興味を引かれ、元々好きな新海氏の最初期の作品だし、この際、ちょいと見といてやろうってノリで見たら、これは久々に考察が要るなと思って、

長文になりますが、久々に真面目に考えます。



なるほどこれは、アニメらしいアニメでありながら、
アニメらしいアニメではない。
そういうアンビバレンツな世界観の上に意識的に描かれた世界だ。

自虐と自尊の振幅の中で自己撞着に浸る、太宰が道化てみせたら同級生からしらけた目を向けられて「わざと」の意で「ワザ」と徒名して呼ばれるような、そんなザラリとした感触が、一見綺麗な作画と可愛いキャラで偽装されたその底に潜んでいると見えた。


これは、
「私のことに好感をもってくれてもいいけど、
ホントの自分は汚れきっているんです」
とひけらかして、
「それでも世界が美しいと思いますか?」
と意地悪を泣きながら言っている、閉ざされた子供の声だ。

太宰が自らの血を絞るようにしてものした私小説群は、
まさしく反感と嫌悪のための増幅装置として機能していた。

文学の底の深さは、そういう、アニメがまだ追いつけないところに根を下ろしていること。

アニメは意図的にグロとか鬱とかで作劇しないと、
視聴者にとっては共感と快楽のための消費物でしかない。
その限界点を突破しようとする数多の試みはまだ成功したとは言い切れないが、
焦ることはない、というのが個人的な意見。
近代文学が大江という果実を手にするまで120年かかったことを考慮すれば、
表現芸術として意識的になったのがせいぜい30年前のことで、
まだまだ時間はあるのだから。

今回視聴に及んで、
背景に特化した美術家だと思っていた新海氏の、
意外なほどに強い作家性、もしくは、ありていに言ってしまえば
「作家への憧憬」に素手で触れてしまった感覚が面白かった。

彼は、「彼女の猫」に仮託して、自らを語ろうとしている。
もちろん、アニメという表現スタイルをとる以上、
そこまで読む必要はまったくないし、
作り手もそこを表出したい訳ではないし、
そもそもそんな見方自体、私の見当はずれかも知れない。

だが、猫の不自然性を考察していくと、
そこに潜在するのは作家=新海本人であり、
ただ「可愛い」と見られたくもあり、
そうではないところ=自分の別れた女を、
一人称で描くことは叶わないまでも、
なんとかそれに近いかたちで表現したかったのに、
どうしてもできなかった分を、
猫と、その猫の恋に託して描くことで、
物語の多義性を獲得したかったのだろうと考えられる。



つまり視聴してすぐに感じたのが、
これは純文学を志向してあがいた結果の作品なのだということ。
本来的には一人称の世界。

アニメでは、セカイ系というカテゴライズが以前に流行ったが、
今改めて考えなおしてみると、
純文では、福永や大江のごとき巨人を引き合いに出すまでもなく、
そもそもの成立過程から「私小説」という形で
セカイ系と合一の地平に連なる表現思想は現出しているのだ。

多分思春期の終わりごろから純文に毒されて来た当方には、
こういう世界観での解釈が大好物なのではあるが、
昨今のアニメの、多彩で整合性が高く、成熟した表現に馴染んだ方には、
生理的に合わないかも知れない。

ごくごく簡単に端折って言ってしまうと、
太宰ストとか春樹ストには容易に直感的に理解できる世界であり、
逆に純文読みでも、
谷崎や三島のような骨太な作家性に親和する読者には容認できないものだと思われる。



今まで、漠然と新海作品を見てきたが、
この作品を見てよくわかったのが、
この人は、本来、私小説作家なんだということ。
この人の作品では、いつも美術に目を奪われて、
作家性の本質に思い至るチャンスがなかった。

この人の知性の底の、剥き出しのエゴを見ることが出来て、
非常に面白かった。

投稿 : 2018/02/19
閲覧 : 454
サンキュー:

30

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