「ヴァイオレット・エヴァーガーデン(TVアニメ動画)」

総合得点
94.1
感想・評価
2534
棚に入れた
10303
ランキング
6
★★★★★ 4.2 (2534)
物語
4.1
作画
4.5
声優
4.1
音楽
4.1
キャラ
4.1

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ネタバレ

ostrich さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

代筆、そして、人形と人間

■代筆ということ

私は主に職業上の理由で、代筆をする機会が結構あった。
本作の主人公ヴァイオレットのように手紙の代筆をした記憶はないが、少なくとも、私じゃない誰かが、私じゃない誰かに読んでもらうための文章を、私が書いたことは何度となくある。
だから、代筆という行為が依頼者と代筆者に何をもたらすのか、ある程度はわかるつもりだ。

定型的な文章の場合はその限りではないが、代筆をする際に私が心がけていたことは、依頼者の人となり─性格、考え方、必要なら感情も含めた、その人の在り方─が受け手に伝わるものにする、ということだった。
だから、そこには当然、依頼者に対する私の印象や感情も含まれる。結果、多くの場合、依頼者が私に言葉では伝えていないことも書くことになった。

では、その内容が私の創作なのか、というとそうではない。まあ、依頼者がそう感じている場合はあったかもしれないが、少なくとも私はそうは思っていなかったし、依頼者が指摘した場合はもちろん、私自身がそう思ったなら例外なく書き直した。抽象的な表現になるが、「文章が依頼者になっていない」なら代筆としては失敗だ。
逆に、「文章が依頼者になっている」ことを実現するために、たとえば、依頼者が知らない言葉は基本的に避けた。受け手の評価を下げないであろう範囲で、あえて拙く書いたり、漢字をひらがなにすることもあった。もちろん、内容について依頼者と何度も話をした。

こういう行為の中で代筆者に何がもたらされるかと言えば、当然のことながら依頼者への理解、それも、日常的な行為の中ではなかなか表われてこない深い部分までの理解だ。結果、自分の内にはなかった考え方や感情を知る。いや、おそらく、知るだけに止まらない。代筆者自身も大なり小なりその影響を受ける。

一方、依頼者は自分を知る契機になるようだ。
先に「依頼者が知らない言葉は避けた」と述べたが、例外はしばしばあった。たとえば、私が依頼者に言葉の意味を教え、それを彼・彼女らが気に入ったなら採用した。気に入ったなら、依頼者は自分を表現する手段として使うだろう。であるならば、それはもう私の創作ではない。出来上がった文章の中の「自分」はもともと依頼者の中にあったのだ。それを表現する言葉を持っていなかっただけ。本作で言う「言葉の裏にある心」になって隠れていただけだ。
そして、代筆という行為によってそれを発見していくことは、どうやら、喜ばしいことらしい。代筆を頻繁にしていた職場を離れてしばらく経つが、今思えば、文章が「決まった」ときの依頼者の顔は私にとって何よりの報酬だった。まあ、その職場では、代筆は必須の業務ではなく、やってもやらなくても給料が変わらなかったからそう思うのかもしれないが。

ともあれ、代筆という行為は代筆者と依頼者の間で自身の何かを交換し、最終的にはお互いに影響を与えあうものということが言えるだろう。もっとも、人間関係全般そういうものなのだが、私にとって代筆はそれを顕著に体感できる経験だった。

その経験も手伝ってか、本作で代筆を通じてヴァイオレットが変化していく過程は、私にとって胸を打つものがあった。いくつかのシーンが私の代筆経験と重なり、心情や行動がとてもよくわかった。もちろん、アニメだから誇張はある。でも、代筆はヴァイオレットのような変化が起こりうる行為だと私は強く確信している。

■言葉の裏にある心

これもまた私自身の代筆行為の中で気づいたことなのだが、「言葉の裏にある心」というのは、それを直接表現する言葉を知らない限り、自身にも自覚が難しいものらしい。

人間は言語の動物だから、言葉を知らないなら、身体言語に訴えるしかなく、それはしばしば暴力と呼ばれるものになる。言葉を知らない幼少期のヴァイオレットが少女兵だったのはそういうことだ。彼女にとっては少女兵であることが生存戦略であるのと同時に、悲しい自己表現でもあったのだ。もっともヴァイオレット本人は悲しいとは感じていないどころか、「悲しさ」を知らなかったとは思うが。

そこに少佐が言葉を与えた。たとえば、彼はヴァイオレットが少佐の瞳の色をしたブローチを前に感じた胸のうずきに「美しい」という言葉を与えた。そこで、彼女は「美しさ」と、それを感じる自身の心を自覚したのだ。

実はこのときの両者の関係は代筆者と依頼者の関係に似ている。むろん、代筆者が少佐で、ヴァイオレットが依頼者だ。
だから、ヴァイオレットが兵士としての役割を終えたとき、代筆者の仕事を選ぶのは、必然性がある。言葉を与えられる側から与える側になろうとした。さらに踏み込んで言えば、彼女は少佐になろうとしたのだ。

もっとも、そのことで彼女は{netabare} 身体言語しか持たなかった時代の罪を次第に自覚していくことにもなる。{/netabare}
これは言葉という知恵の実を食べた人間全般に共通するテーマであり、「言葉の裏にある心」に気づく(言語化する)ことのダークサイドだ。
{netabare} 罪を自覚し、慟哭するヴァイオレットの姿は泣けて泣けて仕方なかった。{/netabare} 彼女に同情したわけではない。言葉がもたらす残酷で不可避な構造を目の当たりにして泣けたのだ。
{netabare} 彼女は少佐が言葉を教えなければ罪に気づくことはなかったし、慟哭することもなかった。だが、同時にそれがなければ「愛してる」を知ることもなかった。{/netabare}
言葉は美しいが残酷なものだ、とつくづく思う。

■人形と人間

本作を鑑賞していて、人間の仕事である代筆者に「ドール」という名称をあてていることが非常に気になった。

そこで思い出したのが日本のロボット工学の第一人者である大阪大学の石黒浩教授だ。
彼は人間型ロボットを作る研究を続けているのだが「なぜ人間に似せたロボットを作るのか?」と問われ、「人間に似せたロボットを作ることで、人間とは何かを知ろうとしている」と答えた。
たとえば、ロボットに人間に似せた要素を付け加えていったとき、人間はどの時点でロボットを「人間」と感じるのか、といったことを研究しているそうだ。

「ロボット」はそのまま「ドール」と置き換えることができるだろう。
アニメ界では押井守が「攻殻機動隊」や「イノセンス」で「アンドロイド」をモチーフに描いているテーマだが、本作では「人形のような人間(ヴァイオレット)」をモチーフにして描こうとしているのが読み取れる。

だから、ヴァイオレットの仕事は「ドール」と呼ばれるのだし、彼女の両腕が機械仕掛けなのも、同じ理由だろう。

※私の妄想だろうが、誰かの何かを代行する若い女性の仕事に対して「ドール」と名付けることに、卑猥なニュアンスを感じてしまった。誰かの何かを代行する若い女性を模した「ラブドール」というものもあるので。まあ、これもまたテーマには沿っている気はするが。

■人形から人間へ

多くの方がレビューに書いており、私もまったく同意することだが、本作は作画が本当に素晴らしい。中でも私が心を奪われたのはヴァイオレットの表情だ。とても注意深く、繊細にヴァイオレットの成長というか感情の獲得に合わせて変化させている。

特に導入部分はシナリオの巧みさもあり、ヴァイオレットの無感情さ、無表情さが観る側に植えつけられているので、彼女が感情と表情を獲得するたびに泣かされてしまった。それが、たとえ、ほほえましいシーンであっても、それらの積み重ねの結果、{netabare} 彼女が自らの罪と向き合うことが予言されているので、{/netabare} やっぱり泣けてしまう。

この表情の変化は石黒教授の実験に近いものがあるような気がした。
一体、どの時点で人形のような少女は人間になるのか、という。

本作のタイトルが主人公の名前であることが端的に示している。
本作とにかく主人公を観る作品、主人公が人間になっていく過程を観る作品だ。

■京都アニメーションと戦闘シーン

私は本当に出遅れもいいところだが、最近になってようやく京都アニメーションの作品を熱心に観るようになった。その中で、もやもやと湧いてきたのは「この作画レベルで本格的な戦闘シーンを描いたらどうなるんだろう」という想像だ。

※現状、京都アニメーション作品をすべて観ているわけではないので、私が未鑑賞の作品の中にあるのかもしれない。

そして、本作はどうやら、そういうシーンが観られそうだと期待して終盤に臨んだのだが、ちょっと肩透かしを食らってしまった。
観た方はわかると思うが、具体的には{netabare} #11と#12{/netabare} のことだ。
そもそもシナリオ的な問題が大きいとは思ったのだが、作画、演出についても盛り上がりに欠けていたというのが偽らざる感想である。

にわかの戯言と受け取っていただいたほうがよいかと思うが、戦闘シーンはシナリオ開発も含めて、京都アニメーションの課題なのかもしれない。
この課題をクリアすることができれば、この制作集団はジブリを超えられるんじゃないかとかなり本気で思っている。
本作は劇場版の制作が決定しているのだが、そちらに戦闘シーンがあるのなら、引き続き、期待したい。

投稿 : 2018/09/20
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サンキュー:

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