「この世界の片隅に(アニメ映画)」

総合得点
82.8
感想・評価
691
棚に入れた
3061
ランキング
346
★★★★★ 4.2 (691)
物語
4.3
作画
4.2
声優
4.2
音楽
4.0
キャラ
4.2

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ネタバレ

時計仕掛けのりんご さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 5.0 音楽 : 2.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

一億玉砕という日常をどう生きるか

原作未読です。


太平洋戦争の始まる辺りから終戦後までを、ある女性の目線で扱った話。
ただ彼女は学生時代に嫁ぐため、主婦でもあるが、まだ少女でもある。

確認するなら、天皇陛下は現人神であり、大日本帝国に敗北はなく、西洋社会に対して大東亜共栄圏を築き、世界平和を実現するという正義の為に戦いに臨んでいる。
この時代に生きる人々にとってこれらも事実、そういう目線でもあるだろう。



歴史的に見れば当然非常に大きな変動期に違いない。

だが物語はそれも単なる日常の一部に過ぎないとばかり、物資の窮乏していく中、それらを工夫で補っていく様も、笑顔を絶やさず生活にいそしむ様も、コメディーチックに描いている。
大声で笑うほどでもないが、基本を外さない、チャップリンやドリフを想起させるような、見るものを選ばない古典的・普遍的なネタだ。
防空壕を掘り進めていく所なども、まるで子供が秘密基地でも作っているかのよう。


そんな主人公が感情をあらわにするのは、連れ歩いていた幼い姪っ子と右手を爆弾で吹き飛ばされたときから。
ここを境に抽象的な描写が混ざりはじめ、主人公の気が迷走する様子がみてとれる。
加えてここを境に幾つかの伏線が回収されており、物語的にもターニングポイントなのだろう。


ただ、敗戦の玉音放送を聞いた際、他の人は戦況を察し、やはりね、仕方ないよねぇといったリアクションであるのに対し、彼女だけは最後の一人まで戦うんじゃなかったのかと激高し、一人号泣する場面は引っかかった。
戦争が終わって落ち着きを取り戻した後、「この先ずっとウチは笑顔の入れ物ですけ」というセリフがあったので、そのために一度突き落として泣かせておく必要があったのかなと感じた。
ほぼ唯一違和感を覚えたシーンである。それだけにしては唐突なエピソードだとも思えるので、他にもっともな解釈があるのかも知れないし、見解の分かれるところかと思う。
しかし、終戦後は米軍から配給を貰って、その美味しさに満面の笑みを浮かべたりとか普通にしているので、やはりこの場面だけがどうしても浮いて見えてしまう。



映画を見終わってから。

耳に残るのは、主人公すずの可愛らしい中にコロコロとした愛嬌があり、過酷な戦争の中にあってもなにか楽しげにすら聴こえる声。これは素晴らしい。この演技だけでこの映画は傑作と言っていいくらい。

その他の印象としては、「戦争映画」なのに泣かせどころとかがない事。
クライマックスはどこかと問われても、「ハテ?」と考えてしまう。
時代背景に比べてドラマ性を敢えて希薄にし、その分日常を丁寧に拾っているようだ。
前半のショートコントが続くような話の進め方が微笑ましければ、そこはそのまま笑って楽しんでいればいいと思う。

爆撃にあったのを境に前半後半が分かれることや、几帳面な伏線と回収の作業が目につくのは記号的、という印象を受けたかも知れない。
しかし記号的と解釈して見るのも正解だと思う。

冒頭で述べたような、時代性による様々な目線全てを、実感として登場人物たちと共有するのは戦争経験者でも無い限り不可能だ。
大体原作者や映画監督からして戦争世代ではないので意味がない。

今の日本で戦争を扱うのは難しく、記号的に理解するしかないのではないか。鬼畜米英と殺しあうのが当然の時代とか、戦車に竹やりで立ち向かうとかいう時代を理解しようとするのに、記号的回路なしには捉えきれないのはむしろ当たり前だろう。
私自身、戦争経験者から話を聞いたことくらいはあるが、話し手の口調と自分の理解に大きな隔たりを感じざるを得なかった。
そこで無理に背伸びするより、引いたところから等身大の日常として描いた事で、より一般に伝わりやすくなっていると思う。
むしろ変に銃撃戦とかやったところで、サバゲーファンが喜ぶだけなんじゃないだろうか。


更に言えば、私はこの映画に「戦争映画」「反戦映画」という印象は受けなかった。
主人公が一日一日を笑顔で埋めていこうとする様に対し、条件として過酷な戦時中を背景にすることでその態度を際立たせる狙いだったのではと思う。

だからこそ終戦後の「この先ずっとウチは笑顔の入れ物ですけ」というセリフには重きがあり、玉音放送を聞いた時の唐突に思える愛国心の発露が、その比重においてそれほど等価なのかと捉え、そう解釈した。




最後にもうひとつ、蛇足かも知れませんが。

実は観終わって耳に残った声はもう一つある。但し耳障りなものとして。
映画が始まってまもなく、タイトルのバックに少し流れていた、
「悲しくて悲しくてとてもやり切れない」という、何か救いようのない切ない歌だ。
私のような一見さんには、これからどんな悲惨な話が始まるのかと構えさせてくれる。
内容と対比させると、主人公が笑顔を絶やさず生き抜こうとしている姿をあざ笑うかの様にも響きかねない。その後のコメディー調の描写とも合致しない。というかまるで逆にも感じられる。
これは特に深い意味のない演出上のミスではないかと思い、ここまで触れなかった。
些細なことと個人的には感じたが、これはあくまでこのアニメ映画についてのレビューなので、気になったポイントにはやはり触れておく。


まあしかし映画監督の仕事というのはなかなか大変なものである。
そのせいもあり、立場もあるので、わがままでないと通らない位だ。

だから、
原作者がどれほど協力的であろうと、出来上がった映画はあくまで自分の作品である。
自らの表現であるので、原作者名などはテロップに数秒乗せるだけでいい。
世間一般にもこの先ずっと自分の作品として残る。
原作をただ忠実に映像化しようなどとは微塵も考えていない。
そこかしこで自分なりのカラーが出せていなければ納得しない。

最低限この程度の事はどの監督にも言えるだろう。
人によっては更に自己主張が強くなる。

このBGMが誰の仕事かは知らないが、監督の作品なのだから彼の主張と受け取って構わないだろう。
有名な歌なのでその点オープニングに使うには便利なのかも知れないが、やはり本編とは相容れない。
おそらくこの辺の表現は、原作と映画との間での齟齬が現れためではないか推測する。読んでもいない原作に肩入れするのもなんだが、終わりまで観て、ここは映像化にあたっての一貫性の欠如かと感じた。

投稿 : 2018/11/25
閲覧 : 271
サンキュー:

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