「心が叫びたがってるんだ。(アニメ映画)」

総合得点
78.3
感想・評価
1197
棚に入れた
6262
ランキング
553
★★★★☆ 4.0 (1197)
物語
3.9
作画
4.2
声優
4.0
音楽
3.9
キャラ
3.9

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ネタバレ

きりがくれ さんの感想・評価

★★★★★ 4.7
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

人間の根源に触れる感じの作品

(以下長文・ネタバレありです)初回投稿2021/1/26(なかなか書ききれず,ちょこっとずつ更新中)
私は初見から引きこまれ,レンタルディスクで10回以上視聴しました(その後BD購入)。最初に教室のHRで順が立ち上がって言葉を絞り出そうと苦しむシーンで心が一気に持って行かれました。初回は私も終盤で「あれれ?」となりましたが,繰り返し見るうちに心になじんできました。その後このサイトでいろいろな方のレビューを拝見して,とても参考になりました。下記のメモは,先行してレビューしてくださった方々の影響も受けていることをお断りしておきます。


1)この作品にもしテーマ性をみるなら,その根底の考え(世界観,哲学)は,
-----------------------
人間は言語表現をもつ
人間は親子やコミュニティなど社会を背景に生きる
言語表現の原初形態は感情である
感情の根源のひとつに性的感情がある(否定的意味でなく)
-----------------------
の4点かなと。


2)その考えの上で本作の筋書きを要約すると
「社会と病的に距離をとることになった人が,恋愛体験(性的衝動の一環)と音楽を契機に,殻を破って社会に復帰する(再生する)話」
です。

この「主人公の再生」という「幹」以外の部分は,各人物像・設定・進行につき,冷静に考えるとほぼ全篇,かなりの無理スジを含むので,それらを「テーマを描くためのファンタジー」と割り切れない方には向かないかなと思います。(学園描写とかがやけにリアルなところもあるだけにそのまぜまぜ感が違和感になるようであれば)


3)本作の表現には象徴的おぜん立てが多い
・ラブホがエピソードの始まりと終わりに出現して物語の円環をなす。ラブホを出てミュージカルの輪に入るのは,その「闇の円環」から最終的に抜け出たこと(再生したこと)の表現。
・最後の大樹の告白は,「順の人生の新しいフェーズの開始」のダメ押し的な示唆。(ただし,急すぎて違和感を持つ人多数。私も。そのダメ押しは「母との和解シーン」でもよかったかもだが,あえて最後まで男女関係から逸れないことが作者のこだわり)
・ラブホの廃墟にベッドがあるのは性的衝動の暗喩。
・ラブホの廃墟にステンドグラスと光なのは救済の暗喩。
・教室風景からの→ミュージカル は,社会の縮図。

恋愛感情・性的衝動は(否応なく)人の人生に影響する,というモチーフは,ラブホというあけすけな象徴だけでなく,最初のほうのDTM研の小ネタでも何度か控えめにちりばめられています。伊勢佐木町ブルース,声優さんの水着写真集,告白ぅ?w,二次元ハーレム... これと対称をなすチア部のほうでも,陽子と樹の関係性を示す小ネタがやはり4,5か所... 坂上君の登場シーンでさえ,おっちゃんの「いい女と...」というあられもないセリフで味付けされていることも,ワクドナルド前での「気があるんじゃぁ?」のセリフも...

順だけが,容姿・しぐさ・発声・持ち物,すべての点で1人だけ子供っぽく描かれているのは,テーマの強調のため,1人だけ浮かせるため,なのでしょうが,違和感のある人はいるでしょう。全校生徒のなかで一人だけスクバじゃない,って相当にヘンではありますよ。(ピンクのリュックに教科書ぜんぶ入りそうもないし...)


4)主人公は4人いるようでいて,順以外は,「順に感化を受ける役」という意味で同列です。


■■以下,終盤のヤマ場以降の各シーンについて...■■

5)順がしゃべれるようになった転換が起こったのは,公演前夜に学校を飛びだした時です。渡り廊下の会話を偶然立ち聞きしたことで,それまでは社会に露出させていなかった順の恋愛感情が,自分の意思ではなくとも「三角関係」という社会的構図のなかにすでに投ぜられていることをつきつけられました。自分の感情を抑えておけばいいという状況ではなくなったことが,順を次のステージに押し出すのです。

ここで順の心が乱れたのは,「自分は明示的にしゃべってはいないのに,菜月に自分の感情を悟られていたこと。そして,それゆえに菜月を傷つけていた(かもしれない)こと」を知ったから,でしょう。「成瀬って,しゃべらなくても考えてることまるわかりだよなぁ」が伏線でした。その線で考えると,「拓実にその気がないことがわかったこと」は,副次的な問題だと思います。ただ,演出は,こちらのほうがキッカケになるように見せているのが違和感ですが,わかりやすさ,のために妥協したのか... なお,順は菜月が拓実を好きなことには気づいていました(6人で集まったときの視線の動きで表現)。※あとのヤマ場の最初で「王子様がいなくなったからもう歌えない」と語るのは,菜月に嫉妬心を起こさせたことに言及したくなかったあらわれと見ます。

そこにタマゴ妖精があらわれて語る場面は,私には難しく感じていましたが,順の気持ちを上記のように読むと,わりとすんなり受け入れられます。妖精の発言は,「今のおまえは(自分は),しゃべらなくても心は知らず知らず周囲に伝わっていて,もう殻は割れ(殻を割り)かけている。だから痛いのはおなか(しゃべるしゃべらない)じゃなくて,胸(恋心や罪悪感や)なのだろう?。本心をもっとさらけだすのは,これまでの抑圧状態から見れば「混沌」で(スクランブルエッグで)自分も傷つくだろう。けれど,そこ(世間)に身を投じれるかどうか=殻をとり去れるかどうかは自分次第だよ。」という順への”応援の言葉”と受け止めました。

ですが,このシーンの演出は一見そうとは思えないような(脅かすような)味付けになっています。これは,「いったん追い詰めておいて,次の救済の場面をより劇的にする&公演から逃げ出すという極端な行動の動機付けを強化する」という作法なのでしょうが,なんとなく私は製作者たちの「持ち味」が変化球的なのかな,とも感じた次第です。この,「ヤマ場の始まり」の場面が,もうちょっとすっと入ってくる設計だとよかったかな。。。


6)そしてその次に賛否両論の,というより多くの人が悪評するヤマ場シーンが来ます。たしかにこれを現実に起こりうるかもしれない線で考えたら,まさかの逃亡も,行く先があそこなことも,拓実が建物の奥の奥で割と難なく見つけることも(つけたしに足跡の描写はあるけれど),拓実を見ても順が驚きもしないことも,すべてヘン,というか無理スジですよね。私もそう思います。

なので,私は拓実が自転車で学校を出てから順を乗せて戻るまでが「ストーリーが盛り上がった果てのファンタジー」なのだ,と思うことにしました。あそこでは,作者の「こうあってほしい(ラブホの円環でないと言いたいことが言えない)」という意思が,リアリズムよりも重要だっていう判断なのだなぁと。。。「精神が再生する(こともある)というテーマのほうが,さわやかっぽい青春ドラマを描くことよりも優先した結果」というか。たぶん,ここの設定をあえて非現実的にして,ミュージカルと廃墟との「ダブル劇中劇」みたいな効果を狙ったような気がします。変化球ですね・・・


7)とはいえ,ヤマ場シーンのセリフのシークエンスは,話せなかった主人公がこれまでの葛藤を言葉でぐいぐい回収していく,緩急つけたたたみかけが,とてもいいと思います。「玉子がいないとっ...こまるのっ!」というひとことの吐露が(多少説明的だが)それまでの長い苦悩の突破口を凝縮し,そこがカタルシスの始まり。そこから,ミュージカル終曲の(ありきたりな歌詞ではあっても,すばらしい原曲と合っていて,やはりぐっとくる)現世肯定の光明まで,ざくざく階段を登るようなテンポ感。

この流れを「急ぎすぎ」と感じる方もおられるでしょうが,シーンの切り替えがうまく,ミュージカル曲のほとんどは思い切って刈り込んで,密度が濃い流れになっていると私は感じます。

会話の最初のほうで順が繰り出す罵詈雑言は,拓実と菜月に対する感謝の気持ちをわざと真逆の表現で吐き出していて,心にくい脚本です(※私はこれを別サイトのある方のレビューで教わり,同感しました。ありがとうございます)。これは順の未熟さ・成長途中の不器用さ,の表現でしょう(私はこれをかわいく感じます)。そこからいろいろ言葉を交わした末も末に,落ち着いた声での「うん。......知ってたよ。」にすっと着地する流れは,音楽(劇伴もミュージカルも)の非常に効果的な使い方もあって,あーなんか,いいもん見たわー,となります。

「知ってたよ」にかぶせての手を差し出し,手を引かれようとするほんの短いシーンが,最高のシーンです。拓実と互いに承認しあったことの象徴。その後は,公演中の母の涙の微笑や,同級生たちにしゃべれるようになったことがわかる流れでの,「社会からの承認」のイベントがさりげなく続き,からの大団円。(たしかに,急ぎすぎかも,ではありましょうが,冗長であるよりは,行間を読ませる感じが,いいかなと)


8)ミュージカルシーンが終わってからのエンディング,順・大樹,菜月・拓実の2ペアがそれぞれに告白がらみの言葉をかわす。この作者は本当に「対称性」にこだわるみたいですね。。。いかにも演劇っぽく感じます。ただ,大樹がここで告るのは普通の感覚からして唐突すぎて,急に「あれれっ」となりますわ。リアルさよりも対称性の維持を優先したのか。。。

んでもこれじゃ,せっかく「良い人キャラ」になってた大ちゃんが,「ヘンな人」認定されやしませんか・・・ ミュージカルをごり押ししたのも当日頭を下げてチャンスをくれと懇願したのも,良い人だからじゃなくて恋愛感情があったから,という方向に行ってしまいかねないのは,なんか大樹がかわいそうでは...

素人考えですが,大樹が「告白」でなくて,「おれちょっと成瀬にミュージカル成功しておめでとうって言ってくるわ。あいつにはいろいろ自分も思うところあったし。今ちょっと2人で話してみてえんだ。(赤面)」くらいにして今後を暗示,ならリアルさは保てたかも。


9)ということで,本作は基本は順の一人物語であって,しかも象徴的に極端な設定・進行が急所に据えられ,受け取り方が難しい(コツがいる?)セリフもあり,それがリアルすぎる普通の学園描写のなかにハメこまれているので,途中までで「普通の人の普通の展開」を期待して見てしまった人には,極端すぎて理解してもらえない。例えば順は,「ありえない幼さ,ありえない逃亡,ひどい自分勝手」認定されてしまい,周囲の生徒たちは「ありえない優しさ」になり,大樹のは「ありえない告白」に見えてしまう。

本作は,リアル指向に見えてリアル指向ではない,「1,2か月の間で起こった恋のめざめ,という設定に凝縮された精神のファンタジー」なのですね。なもんで,絵づら・言葉づらを額面通りに受け取りたい人にはきびしく,ファンタジー的解釈も許容する人(私を含む)には受け入れられる,のかな。

ある意味,見た目と違って,とてもわかりにくい作品かも。逆に言うと,見るほどに味が出る,とも。

セリフ・発声・間合い・しぐさ・表情・背景・音楽・カット割り,すべてが繊細すぎる(かもしれない)ほどいきとどいた繊細な演出にいったん気が付くと,ただただ感心しかありません。

公演当日の朝の淡雪から,鈍色の曇り空がだんだん晴れて,一度も日光が射しこむことはないけれど,ラストの順と大樹のシーンでの夕焼け直前の初冬のひやっとした夕空の質感に至る,こまやかな背景と光線ぐあいとか....


(まとめ)
全体をおおくくりに見ると,本作の内容の構造は重層的で,表面的な方から順に,
------------------
◇表 層:苦みも甘さもの学園青春ドラマ(青春てすばらしい&ほろにがい)
◇第1層:言いたいことがあるならはっきり言えばいいの。という「メッセージ」
◇第2層:人は救済される(ことがある)。という「希望」
◇第3層:人を動かす原動力のひとつは性的衝動。という「原理」
------------------
のようになっていると感じます。この作品を見てどの層が自分に届きそうか,によって,見方は変わるのでしょう。

私も視聴3,4回目くらいまでは,「恋愛要素をもっと減らせばいいのに」と思って観てましたが,その後,作者が描きたい核心は上記の第2,第3であって,表層はおろか第1層でさえも(極言すればですが)「核心を描くための素材にすぎない」のかもな,という気がしてきました。そうでないと,えぐいオープニングも,高2女子が一人であの廃墟の奥深くに入り込んで好きな男子と廃ベッドの前で対峙する,というぶっとんだ設定も,あちこちにこれでもかと散りばめられた恋愛がらみの小ネタも,とても説明がつかないかな,という気が今はしています。

一般受けするだろう表層を上手に整然と語ることを曲げても,それが成功してもしなくても,主張したいことを盛り込むことを優先した(だろう)ことに,作者の根性(クセ,とも言えそうか)をわたしは感じます。


●音楽は神。サウンドトラックCD買いました。そのあとで順バージョンのミュージカル曲が特典CDに入っている限定版BDも買いました。

●声優さんたちはとにかくうまい。芝居を聞く醍醐味あります。絵がきれい。表情・しぐさの演出もこまやかで目が離せません。

●タイトルバックの文字にからむ四枚の木の葉(右下の一枚だけタマゴ妖精のシルエットつき)は,ラストシーンで空に舞う四枚の葉として再現。遅れて昇った一枚がタマゴ妖精の帽子(本体はもう消えて,無い)に変わって消えていく。このギミックは好き。

●ED曲は,私はパスだな・・・


(追記)
この感想文をひととおり書いてから,また見直ししました。前夜の順の失踪から先は,最後の最後まで(物語的には)「ずっとカオス」ですね。スクランブルエッグ。通常はありえない展開の連続。あの順が転んだポイントから先,「さぁファンタジータイムが始まったぞ」という自分のスイッチを入れてみると面白いです。

拓実が,「おれに,探しにいかせてくれないか。」と言ったときのほかのみんなの「はぁっ?!」という常識的には当然の反応が,「いまやカオスの部品となった登場人物たちが,いきなり真顔で反応してみせる。これってメタ視点じゃね?」と見えてしまって苦笑です。(へんかな...)

投稿 : 2021/02/10
閲覧 : 322
サンキュー:

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