「この世界の(さらにいくつもの)片隅に(アニメ映画)」

総合得点
77.5
感想・評価
59
棚に入れた
469
ランキング
539
★★★★★ 4.2 (59)
物語
4.4
作画
4.2
声優
4.2
音楽
4.1
キャラ
4.2

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ネタバレ

とまと子 さんの感想・評価

★★★★★ 4.7
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

ひみつの片隅

 
 
この映画は、2016年公開の「この世界の片隅に」に250もの新カットを追加再編集されて改めて公開されました。
追加シーンによって既存のシーンも違う意味合いに感じられるように上書きされていて、更に深みを増して生まれ変わった全く新しい別の映画になっていると言えると思います。

前作はタイムスリップしたように当時の生活感覚を鮮やかに蘇らせて、日々の暮らしとそれを破壊していく戦争の暴力を強く感じさせましたけれど、今回は時代にこだわらない普遍的なひとりの女性の生き方を描いた映画になったように感じます。

全編やはり淡い色彩が美しいのですが、すずさんのCV=のんさんの柔らかくて甘やかな声は本当に素晴らしくて、画面の水彩絵の具の色たちが生命を得て、薄く震える桜の花びらになって風に舞いひろがっていくようです。

時間も3時間近くになりましたが、長すぎるという感じはまったくありません。
前作を観られたかたも、ぜひ今作もご覧になってください。


ただこの感想はだらだらと長くなりすぎちゃいました。
ずいぶん頑張ったつもりですがこれ以上短くなりません
…ゴメンナサイ。
もうこの映画をご覧になっていて、興味とお時間のある方はどうぞお付き合いください。

{netabare}
* * * * * * * * * * * * *

すずさんは言葉の代わりに絵を描きます。
「ぼーっとした子だねえ」と言われながら、絵描きに熱中して最終の電車を逃したりします。

すずさんが鉛筆の先の線をぐるぐると巡らせると、なんの説明もないのにそこに西瓜が現れます。建物が現れ、船が現れ、そこにポンポンと絵の具を置くと、今度は雲が現れます。うさぎの跳ねる波が現れます。

すずさんはその右手の先、鉛筆や絵筆の先に世界を持っていて、そこはすずさんだけが知っている、いうなればすずさんだけに扉を開く、自由な秘密の世界なのです。


秘密は、わざわざ作らなくても放っておくと自然にできてしまいます。
ひとが心の中で感じることは他人にはけっしてわからない。
想いは、言葉では語りつくせないし、説明しても本当には分かち合えるものでもない。

だから必然的に、それは秘密になります。
もしかしたら、わたしたちが生きていることそのものが、本当は誰にも知られることも触れられることもない秘密なのだと言えるかも知れません。

でも、誰かをもっとよく知ろうとしてくれている人にとって、秘密は邪魔でしかないかも知れません。
知り得ないことに焦って、知ったつもりになって全く相手の気持にそぐわない行動をとってしまったりもします。
すずさんの哲さんへの気持ちをわかってあげたつもりでも、当の自分への想いをぜんぜんわかっていない周作さんみたいに。

もちろんわかるわけもないでしょう。
秘密はもどかしい。 
それは心がもどかしいものだから。

* * * * * * * * * * * * *

戦争は、ただカッとなって振るわれる暴力ではありません。
それどころか憎しみとか怒りとかから起きてくる暴力でもありません。
もっと冷静にアタマで考えられて政治として振われる暴力です。
言うなれば、人工的な暴力です。

だから戦争が続くほど、世の中は作られた言葉と不自然な規律で溢れていきます。
自然な心はスミに追いやられ、すずさんは自由に絵を描く場所すらどんどん小さく狭められていきます。


そういう時、すずさんはりんさんと知り合います。
りんさんはすずさんの描いた落書きを面白がり、もっと絵を描いてくれとせがみます。

見栄も張らずうつむきもしない心が自由なりんさんは、すずさんにとって絵筆の先にある色とりどりのあたたかく優しい世界のひとだったのかも知れません。
心の赴くままに惹かれていく、たったひとりの友達だったのかも知れません。

周作さんももしかしたら、その時代の男の人としてはあまりにも真っ直ぐで感じやすく、生きづらい思いをしていたのではないかと思うのです。

だから、周作さんもすずさんと同じようにりんさんの魂の美しさと純粋さを感じ取り、彼女を遊郭に置かれたままにしておくということがどうしてもできないと現実的でもないようなことを言い張ったのではないでしょうか。

すずさんが周作さんの引き出しの奥から見つけ出したりんさんという同じ秘密の、それぞれ違う半分づつを共有することになったのは、偶然のように見えるけれども、それ故の運命のような必然のことのように思うのです。

* * * * * * * * * * * * *

いくらアタマで作り上げた嘘ごとのようなものだったとしても、戦争という暴力は、そしてその見返りは、やがてわたしたちのところに降って来て、わたしたちの生身の心と身体とを傷つけ、壊します。
そして壊されたものは元には還らず、傷ついた者の傷跡はいつまでも残ります。

すずさんはこれから復興していく日本の中で普通のおばさんになって、華やかに繁栄していく世の中にまぎれて暮らしていくでしょう。
でもすずさんの右手首はそんな時代の流れに取り残された傷痍兵のように、焼け焦げたまま欠けています。その手首から先は、小さな手を握ったままずっと戦場の中にいるままです。


アタマでっかちの戦争が、すずさんの右手が欲しいというのならば持っていけばいい。
小さなはるみさん殺したいというのならそうすればいい。幼い思い出の温かく美しいひろしまだって、恋をしていた妹のすみちゃんだって、叩き潰したいというならそうすればいい。
そしてすべての亡くなったひと残された人の心を裏切って逃走し、また別の戦場を求めるのならそうすればいい。
でもそんなことをしたって、戦争は誰にも何ものにも勝ちはしない。

すずさんの右手は、その失われた向こう側の世界で、すみちゃんにおにいちゃんの冒険譚を描いて見せ、はるみさんとうさぎや船や雲を描いて遊び、りんさんに西瓜やアイスクリームを描き出して食べさせてあげるでしょう。

この世界のほんの片隅にあるすずさんのちいさな夢をみる力は、何の役にも立たない幼くて取るに足らないものに見えるかも知れないけれど、でも本当はどんな暴力にも屈しない、何物も負けることのない、人間が生きていくための生命の力です。
自由に夢を見て想像するという、ひとりひとりが持ち得る秘密の力です。

それは、誰にも奪うことはできません。

* * * * * * * * * * * * *

広島の橋の上ですずさんは周作さんにこう言います。
「この世界の片隅で、わたしを見つけてくれてありがとう」

それは冒頭のシーンに遡ること。
周作さんがいちばん最初にすずさんを見つけたのは、人さらいのバケモノの背中の籠の中。
ほんとうか現実かどうかもわからない、すずさんが夢にみた世界の中のことです。

だから周作さんはきっと、はじめから知っていたのです。
すずさんが夢見るひとだと。

その秘密には苦いものもあるのかも知れない。
かなしいものでいっぱいなのかも知れない。
その夢も悪夢も、きっとこれからも、すずさんが本当に生きている場所だし、周作さんと半分だけ分かち合っていく想いなんだと、思います。

すずさんは呉を「自分が選んだ居場所」だと言います。

それはすずさんが嫁いだ北條の家のことでもありますけど、それよりも、無くしてしまった幼くて楽しい夢の世界の代わりに周作さんと分かち合った秘密の、その言葉にはできない想いの居場所、ちいさなひみつの片隅なのだと思うのです。

{/netabare}

投稿 : 2021/08/13
閲覧 : 106
サンキュー:

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