青龍 さんの感想・評価
4.4
足利尊氏の持つ主人公ではない「ラスボス感」
いずれもアニメ化された『魔人探偵脳噛ネウロ』、『暗殺教室』の松井優征による原作漫画は、『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載中(既刊17巻、原作未読)。
アニメは全12話(2024年)。監督は山﨑雄太。制作は、『ぼっち・ざ・ろっく!』、『SPY×FAMILY』などのCloverWorks。
(2024.10.4投稿)
【足利尊氏の持つ主人公ではない「ラスボス感」】
本作のラスボスである足利尊氏(CV.小西克幸)は、足利将軍家の祖として歴史上有名ですが、これまで時代劇やゲームの題材として、あまり取り上げられてこなかったという印象がないでしょうか?
その原因の1つは、昔の人だから資料が少なくてわからないというのではなく、尊氏を「知るほどに不可解な人物」という評価になっていることと関係があると思うわけです。
例えば、個人的に親交のあった夢窓疎石によれば、尊氏は、戦場で危機的状況に陥っても、「笑み」を浮かべて「合戦で負ければそれで終いなのだから、敵が近づいてきたら自害するタイミングだけ教えてくれればよい」と言って全く動揺しなかったらしく。また、一度敵方に寝返った者でも降参すれば直ぐに許してしまう心の広さを持ち、物欲もなく部下に対してとても気前が良かったそう(Wikipedia足利尊氏の項参照)。これだけ見ると、なんか『ドラゴンボール』の悟空(アニメキャラ)っぽいですよね(笑)
しかし、悟空のような「バトルジャンキー」なのかと思いきや、水墨画を描き、笙(しょう)を演奏し、和歌も嗜むという文化人の面も(※他にも様々なエピソードがあり、いわゆる躁うつ病だとか、サイコパスだとか歴史家でも、そう評する人がいるくらい(笑))。
なので、本作で、この知るほどに不可解な人物である尊氏を主人公ではなくラスボスに据えたことは英断だと思いました。なぜなら、何を考えているのかわからないというのは、主人公としては感情移入しづらいですが、パワハラ会議で有名な『鬼滅の刃』のラスボス・鬼舞辻無惨のように底知れない恐怖を感じさせるので、ラスボスとしてはピッタリだからです。
本作の尊氏は、第1話から親交の厚かった北条家を笑顔で裏切り、別のシーンでは笑顔で人を切りまくり、一見慈悲深いように見えて実は怖い水墨画を笑顔で描いて、底知れない恐怖を笑顔で周囲に振りまいています。しかし、史実でもそうであったように、人を惹きつけるカリスマ性も同時に併せ持った不可解な人物。
本作では、そんな笑顔で恐ろしいことを平気でするという腹の底がわからない大人物(ラスボス)として、尊氏が上手く描かれていると感じました(そして、この設定が秀逸だと思います。)。
【主人公・北条時行の成長ストーリー】
本作の次回予告でも年号の表示がありますが、1333年の「建武の新政」の2年後、1335年に「中先代の乱」が起きます。「中先代」とは本作の主人公である北条時行(CV.結川あさき)のこと。しかも「乱」なので政権交代に失敗したことを意味しています。この後もラスボスである尊氏を追い詰め、いいところまで行っては逃走するということを何度か繰り返すことに(※歴史的事実なのでネタバレではないはず…)。
というわけで、時行は、「逃げ上手の若君」として少年漫画っぽく「逃げに特化したスキル」を持つことに。
ただ、中先代の乱のときに10歳だったらしいので、普通に考えれば本人の意思とは関係なく旗頭として北条家の御曹司であることを周囲に利用されただけなのでしょうが、そこは原作が少年漫画。
特に本作では、物語の序盤にあたり、これからラスボスである尊氏を倒し主人公として活躍するため、それに必要な才覚を身に着け、仲間である「逃若党」の面子を集める成長ストーリーになっています。
また、敵前逃亡が情けないというのは、今の時代に限らず、特に自分の土地を守るために命を懸ける「一所懸命」という鎌倉武士の価値観にも合うと思われるところです。もっとも、「諦めたら、そこで試合終了」なわけで、ある意味、潔く散ってしまうより執拗にしぶとく付きまとわれる方が相手にとっては、よほど厄介。
「あなたたちは美しく死ぬ自分に酔っているだけだ」
「あなたたちが生き残れば 悪い国司に抵抗し続けられるのに 虐げられる領民の希望になれるのに」
「潔く死んでも何も残らない!」
しぶとく生きてさえいれば、いつか再起のチャンスが訪れることもあるというのは、後に諏訪新党として活躍することになる保科弥三郎(CV.稲田徹)に対する時行の口説き文句でした。しかし、これは、弥三郎に限らず、時行率いる「逃若党」にもいえること。
本作では、そんな普遍的なメッセージ性も感じました。
【諏訪頼重は時行を救うためのギミック?】
本作に登場する諏訪大社の神官で諏訪の領主でもある諏訪頼重(CV.中村悠一)は、時行を北条家の御家人として鎌倉から救い出し、ラスボスである尊氏に対抗するために必要な才覚を身に着け仲間を集めさせようとします。
もっとも、この頼重、本作では、神性を帯びていて、不完全ながら未来を見通す力を持つという設定なので、すごろくではなく現代のゲームである「桃太郎電鉄」を知っていたり、メタ発言を繰り返したりします(笑)
特に当時の雰囲気をぶち壊すキャラなので賛否ありそうなのですが…
歴史上の人物である北条時行については、後の世が鎌倉幕府の継続ではなく室町幕府の始まりなのですから(詳しい歴史を知らなくても)、初めからバッドエンドであることが歴史的事実として確定しています。
もっとも、一応前途ある少年が観るはずの少年漫画が原作なので、そんな初めから全く救いのない話というのも希望がない。なので、頼重は、最終的に時行を何らかの形で救うための物語上のギミックなんじゃないかと思ってます。原作未読なので先の展開は知りませんが、未来が見えるのなら、それくらいのことはできても不思議じゃない。
まあ、いうて物語なんで、それくらいの救いがあってもいいと思うんですよね。