「氷菓(TVアニメ動画)」

総合得点
90.4
感想・評価
8340
棚に入れた
35298
ランキング
55
★★★★★ 4.1 (8340)
物語
4.1
作画
4.4
声優
4.1
音楽
3.9
キャラ
4.1

U-NEXTとは?(31日間無料トライアル)

ネタバレ

ブリキ男 さんの感想・評価

★★★★★ 4.8
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 5.0 状態:観終わった

短編推理の中に編み込まれた静かな恋の物語

表題は米澤穂信の推理小説〈古典部〉シリーズの第一作目の「氷菓」から取ったもの。アニメでは小説『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』4作品の内容が含まれている様です。

「氷菓」という言葉から切なくて儚い恋愛物の様な物語を想像していまっていて、あにこれ評価が高いのにも関わらず、視聴を後回しにしていた作品です。(恋愛主体の物語がちょっと苦手なので)ですが、先に述べた様に「氷菓」はシリーズ1作目のタイトル以上の意味は恐らく無く、作品全体をイメージする言葉では無いものと思われます。

私の勘違いとは関係なく、アニメ「氷菓」の物語の根幹には静かな恋があります。ですが、見所はそれだけでなく、緻密に組み立てられた純推理物としての魅力も十分にあり(むしろこっちが主体?)、言葉遊びや会話劇に苦手意識が無い方なら存分に楽しめる内容になっているのでは無いでしょうか?

物語の主役となる人物は神山高校「古典部」に所属する以下の四人。

回答役‥折木 奉太郎(おれき ほうたろう)
質問役‥千反田 える(ちたんだ える)
助言役‥福部 里志(ふくべ さとし)
裁定役‥伊原 摩耶花(いばら まやか)

著者によれば、古典部員の設定・性格は、シャーロック・ホームズシリーズにおけるホームズを奉太郎、依頼人をえる、ワトスンを里志、レストレードを摩耶花と当てはめて作られたとの事。里志君はデータベースとして超優秀なので、ホームズ成分もあります。でも概ね納得‥。

主人公の奉太郎について、彼の性格に親近感を覚える様なやつ(男に限る)はきっとナマケモノです。私もその類‥(汗)考える前に行動しろ? 断じて否! 考えてから行動するのが良いのです。本を読むにしても、ネットサーフィンに興じるにしても、その時私は動かない。仕事でも遊びでも、計画を立てるという事は未来を見るという事。無思慮に行動すれば、安易な選択に走りがちになり、過去の自分の行動をなぞる事になりかねません。

またそれは、踏査されていない道を歩むが如き冒険の一種。視野を広げる上で、自らの行動の合理性を改善する上で、とっても良い事なのです。‥‥‥多分。 ですが、考えても埒の明かない様な選択に出くわしたら、迷わず決断しましょう。時間と労力の節約になるので(笑)

物語について、1話完結のお話も、複数話に渡って描かれる続きもののお話も、身近を探せばいくらでも埋もれている様な謎を解く、短編推理小説の趣。大抵の人なら見逃してしまうか、興味を抱かないであろう不思議に、千反田さんの純朴な疑問が色彩を与え、奉太郎他二人も加わって、探求のゲームが展開されるというもの。4人による謎の解釈の組み立て方は実に丁寧で、帰納と演繹という推理の基本を手堅く抑えている印象があります。各人の思考の経緯もしっかりと追う事が出来ました。

以下はシリーズ毎の概要と感想。ミステリー的なネタバレとかはありませんが、出来れば視聴後にお読み下さい。

『氷菓』(1話前半、2~5話)
{netabare}
アニメの表題にもなっている「氷菓」の謎を解くお話。時を経て、印象を変化させてきた過去を、主人公の4人が文字通り読み解いていきます。言葉の意味とそれを用いた者の心理を正しく解釈する事で真実に迫っていく演繹の過程が見事に描かれていました。
{/netabare}
『愚者のエンドロール』(8~11話)
{netabare}
今回は中途まで製作された映画を鑑賞し、その先に描かれるはずだった物語の全貌を推理すると言う趣向。このお話では製作者という超越者の存在を自然とミステリーの中に組み込んでおり、舞台以外の場所にも視点を向けている点が斬新です。優しさと思いやりで紡がれる推理、事件の幕が下りた時の後味には、凄惨な物語として描かれがちな推理もの(特にアニメや映画)とは袂を分かつ心地良さがありました。
{/netabare}
『クドリャフカの順番』(12~17話)
{netabare}
カンヤ祭(文化祭)のお話。前半は推理ものからちょっと離れて、和気藹々としたお祭りの風景が描かれる普通の学園ものという体裁。後半は伏せておいた情報を公開し、種明かしする様な推理の流れ。正にクリスティ風味。今回は奉太郎が殆ど一人で事件を解決してしまったので、これまでの様な4人の会話劇が見られなくてちょっと残念でした。ミステリーとして少しもの足りない印象でしたが、飄々として陽気な里志君の心に秘めた葛藤が見え隠れする描写は、後半のお話に繋がる大きな布石になっていたと思います。
{/netabare}
『遠まわりする雛』
{netabare}
アニメでは1話後半、6、7話、18~22話(最終話)に該当する様です。珍しい構成の仕方ですね‥。

19話の千反田さんの最後の提案について、会話の発端を推理するという遊びですが、不毛と思って侮る無かれ、論理的思考や記憶力を鍛える為にはこれほど省エネ(笑)な訓練はありません。時間の無駄と素通りせずに、機会があったら、千反田さんみたいに「私、気になります」とばかりに思考のゲームに身を投じてみるのも一興かと‥。

21話は※バーチャロン、そのまんま映像出ていましたね‥。奉太郎VS里志の戦い。ゲームスタイルには人柄がそのまま出るので、対戦ゲームを少しでもかじった事のある人なら、中々に分かりやすい描写だったかも知れません‥。キャラも不動のライデンと俊足のバイパー‥いかにもですね。こんな場面にもしっかりと複線が張られているのが氷菓の抜かりの無いところ。全体を通してみても、無駄な場面が殆ど見当たらない印象があります。

※:ロボットによる対戦ゲーム。1995年稼動開始時は高級筐体につき、1ゲーム300円くらい。操縦桿二本で操作するプレイ感覚は当時衝撃的でした‥。
{/netabare}
第18話「連峰は晴れているか」はwikiによれば、単行本未収録の短編との事。

音楽について、前期、後期、OP、EDの全ての曲の作詞はこだまさおりさんが書いたもの。前期OP「優しさの理由」を歌うのはChouChoさん。後期OP「未完成ストライド」は先に挙げさせて頂いたこだまさおりさんが歌います。

前者は灰色の世界が薔薇色に‥(笑)後者は彩のある世界を羨む傍観者が最後には手を引かれるというドラマ性のある映像。いずれも奉太郎視点となっていますが、氷菓の物語を象徴している様で、否応無く引きつけられ、毎回飛ばさずに見ていました。回を重ねる毎に感慨が深くなっていく印象でした。

前期EDは千反田さんと摩耶花さんの眠そうな表情や仕草が愛らしい「まどろみの約束」。後期EDは主人公の4人がホームズ、ポアロ、ルパン、モリアーティに扮した追っかけっこ「君にまつわるミステリー」楽しいですね‥にしても、ルパン役の奉太郎君やる気無さ過ぎ‥ルパンじゃなくてモリアーティだったりして‥(笑)

いずれも曲共々楽しめるムービーでした。視聴迷っている方は前期OPだけでも是非御覧あれ。奉太郎の疲れた眼差しに何かしら感じるものがあれば、初見でもきっと心が騒ぎ出すはず。そして全話観終えた後、再び視聴してみたら、今度は泣けてしまうかも‥。名曲だと思います。

ミステリー色に彩られながらも、後半になるにつれて群像劇としての趣が強くなりますが、主人公4人それぞれの内なる思いが徐々に表に出ていく展開はとても自然で、違和感無くすんなりと受け入れる事が出来ました。前半~中盤にかけて提示された、様々な会話からなる伏線が回収される後半、そして最終話に至っては、大団円的な華やかさは無いものの、シリーズものの小説を一冊読み終えた後の様な清清しさがありました。

風にかき消された奉太郎の言葉は今、どこを彷徨っているのでしょう‥わたし、気になります(笑)


帰納‥「個々の具体的な事実から共通点を探り、そこから一般的な原理や法則を導き出す事。」(明鏡国語辞典より引用)噛み砕けば、事実として提示されているもののみから未知のものを想像すると言う事になります。情報が十分に揃っていれば最も頼りになる推理方法と言えますが、それゆえに情報量の多少が推理の精度に大きな影響を与えます。

演繹‥「一般的な前提から、経験に頼らず論理によって個別の結論を導き出す事。」あるいは「一つの事柄から他の事柄へおしひろげて述べる事。」(明鏡国語辞典より引用)乏しい情報から出発する時に適した思考実験に近い推理方法ですが、それゆえに前提が間違っていた時の落とし穴、直感や偏見に左右されてしまいがちな欠点を持ちます。

投稿 : 2016/10/27
閲覧 : 442
サンキュー:

56

氷菓のレビュー・感想/評価は、ユーザーの主観的なご意見・ご感想です。 あくまでも一つの参考としてご活用ください。 詳しくはこちら
氷菓のレビュー・感想/評価に関する疑問点、ご質問などがございましたら こちらのフォーム よりお問い合わせください。

ブリキ男が他の作品に書いているレビューも読んでみよう

ページの先頭へ