をれ、 さんの感想・評価
3.5
物語 : 3.0
作画 : 3.5
声優 : 4.5
音楽 : 3.5
キャラ : 3.0
状態:観終わった
最終11話、4畳半紀の終わり、まで視ました、嗚呼どうにかこうにか視終えましたw。
公式サイト;
https://yojouhan.noitamina.tv
下記の文章は有名作品を理解することが出来なかったある一個人の戯言程度の意味しかありません。誤記憶、誤解釈も勿論含まれています。
[最終11話、4畳半紀の終わり、まで視ました、嗚呼どうにかこうにか視終えましたw。]
6話目ぐらいから、慣れたせいか、そうおそらく慣れたせいで、視易くなりました。たぶん、脳内では面白くなったと勘違いしていることでしょうw。各々のキャラの大体のイメージがインプットされた結果、お話の理解に費やされる情報処理負荷が低下して、ただ単に楽になったただけです。
それで、視聴終了後に感じた感情は、終わったヤレヤレ以外には特にありませんでした。おそらくワタシの極めて個人的な嗜好からこの作品は遠く離れて位置することが原因なのでしょうが、キャラとその役割とお話の導入のポイントを固定し、幾つもの少しづつ異なるお話、あるいはそのバリエーションズを見せられた訳ですが、キャラの役割について理解が深まる以上にどんな効果があるのか、前述の通り情報処理負荷軽減で、興味が湧いていると錯覚する効果はあるのでしょうが、ワタシでは分かりません。もしかして実験的作品なのだろうか、ワタシはそう言った事情に疎いばかりか理解できない程度の思考力しか持ち合わせていないので、つまり感想は、無感想です。
楽しめたのか?、という問いには少しは楽しんだと答えられるでしょう。それは錯覚である可能性を否定できませんwが、次なるお話がどんなバリエーションだろうか新展開的な何かがあるのだろうか、という期待はあった気がします。各々のお話の差異について、そこに意味がおそらくあるのでしょうが、考えるのがメンドクサイw、だって興味が湧かないのだからしかともないです。
で、ワタシの本作の理解もしくは解釈は、作中の「私」の一人芝居、です。結局のところ「私」はどのキャラとも、自分を曝け出して本音で語り合うような深い関係になってはいないからです。しかも最終話では、一方的に小津に意味不明に好感を持つようになっていて、キモイwです。主人公「私」は、どうすれば何をすれば良かったのかを結果から、自分のことにも拘らず傍観しているだけにワタシには見えます。そして、主人公の「私」は無論、他のどの登場キャラにも好感も共感も持てませんでした。あとそれから、12話目というか、スペシャルも視ました。
他の人に推すかと聞かれれば、有名作品であることを理由にすることは可能でしょうが、自分が理解不能なものを薦めて良い訳はないと思います。
[見始めたけどニガテw。]この主人公、その他のキャラ、古い一流大学の校舎や寮のこの雰囲気、皆、ニガテというかキライwです。
ワタシ的に何故か特権意識を感じるからです。ただ素晴らしく活舌がイイセリフ回しの主人公には驚愕しました。 だいぶ前に一話目を視て挫折したことがあったことを思い出しました。それは、そういったワタシ的キライ要素のせいだったような気がします。
なんだかお話がいつも同じような所から進まないなぁと思っていたらどうやらループものということに4話目視聴後ぐらいになってやっと気付きました。そしてどの登場キャラにもその存在感に首を傾げたくなります。実在しそうもないとかそういうことじゃなくて永遠にモラトリアムが続くかのような、無目的性に愛想が付きかけています。それが若さの特権だというのなら、今の時代だと若さというものがもうすでに存在しなくなったノスタルジー的伝承な気がします。
ワタシ的にこの物語を見終えたときに、何を感じているだろうか、そのことだけが視聴意欲を維持する原動力です。というわけでとりあえずあと何話かは視てみるつもりです。