「桃太郎の海鷲(アニメ映画)」

総合得点
計測不能
感想・評価
8
棚に入れた
23
ランキング
7719
★★★★☆ 3.1 (8)
物語
2.9
作画
3.0
声優
3.0
音楽
3.4
キャラ
3.1

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ネタバレ

東アジア親日武装戦線 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 3.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

70年前の日本がディズニーを目指した作品。

昭和18年公開。
企画:大本営海軍部、海軍省
監督:瀬尾光世
音楽:伊藤昇
制作:芸術映画社
モノクロ37分作品

国産アニメ初のフルアニメーション。
セリフはほとんどない、ミュージカル作品です。
南方戦線で押収したディズニーのミュージカルアニメ「ファンタジア」に感動した軍関係者が日本の子供達にも同じような感動を伝えたい、その熱意により制作が実現しました。
配給の関係で上映された都市は限られましたけど、各種の文献を調べると戦時下の暗い時代、子供達に夢と感動を与えたことは確かなようです。
姉妹作品の「桃太郎海の神兵」では世界に冠たる日本アニメの方向性を決めた手塚治虫氏ほか、戦後アニメの創始者にも大きな影響を与えた作品ですので、エンタメのみならずに社会学的な見地でも視聴をお勧めします。
もしかしたら、アニメの観方が変わるかもしれませんよ。

御承知のとおり、当時はアメリカとの戦争の真っ最中であり、米英の文化は全否定され、英語の使用すら「敵性語」として禁止されていた時代です。
ですので、所謂敵性文化である「ファンタジア」をそのまま国内で上映することはできません。
そのためにオリジナル作品でディズニーなみの大作アニメの制作が決まった経緯があります。
しかし、当時の日本はアニメのノウハウが浅くアニメ制作の人材も限られ、加えて戦争による物資不足、特にセルのような石油製品は軍のちからがないと入手不可能、ただでさえ少ない制作スタッフの応召(徴兵です)を経て、苦労の末に完成します。
姉妹作品の「桃太郎海の神兵」ではさらに戦況の悪化や空襲もあり、本作品以上の困難を経て完成したのが奇跡とも言われています。
ぬるぬる動く動画のクォリティは現在のアニメが紙芝居にも見えるほど極めて高く、あっけにとられました。
動物キャラクターも現代アニメ同様のかわいさで、70年も前に既にデフォルメの技術があったことにも驚きを隠せません。
姉妹作品の「桃太郎海の神兵」は長らくオリジナルを紛失していましたけど、この作品は私が子供の頃にNHKで放送されたことを記憶しています。

OPは童謡「ももたろう」に「軍艦マーチ」をアレンジした曲。
劇中曲で「月月火水木金金」と曲名不明な軍歌が使用されています。
OPの作画は一瞬実写かとも思える波のシーンは本当にすごい。
ストーリーは「桃太郎の鬼退治」のパロディで、元ネタはハワイ真珠湾奇襲です。
製作を依頼した海軍側の位置づけとしては、円谷英二氏演出による特撮を駆使した一般向け映画「ハワイ・マレー沖海戦」の子供向けアニメ版となります。
桃太郎と擬人化された犬、猿、雉、熊のオリジナルキャラのほか兎も交えた家来が太平洋戦争当時の兵器を用いて、鬼(アメリカ軍)が征服している「鬼が島」を攻撃する内容です。
作中、米兵役でポパイに似たキャラが登場し、ほんのりとギャグを交えているのには笑えました。
本作品の海軍側がほとんど制作会社に丸投げしましたので、空母と艦上艤装、99式艦爆、97式艦攻が描写されていますけど、軍機の関係で精密描写は自粛したとも思われますがこれが実はクセもの。
海軍側からの指示があったのか零戦は登場しません。(理由は後述)
母艦上には存在していなかった97式が戦闘シーンでは登場して魚雷を放ちます。
今なら、99式で雷撃という無茶な設定もやりかねませんけど、当時は子供向けでも設定に手を抜いていないことは、怪しげな設定を濫発してほっかむりする、現代のアニメ制作関係者が見習うべき点ですね。
当時、兵器は秘密のベールに隠された軍事機密で、零戦に至っては国民に公式に存在を知らされたのが制式から3年も経った昭和18年頃です。
さらに大和、武蔵の存在が世間に知れたのは戦後になってからです。
軍の虎の尾を踏んでのは、写真グラフでも墨塗りだらけで秘密のベールに覆った空母の艦上艤装のような気がしますけど、この作品で事態を重視した海軍は、「桃太郎海の神兵」では検閲を強化しかなりのリテイクを要求した後日談があります。
さらに敵である米軍のボーイングB17爆撃機やグラマンF4F艦上戦闘機は遠慮なく精密描写をしています。縮尺も精密です。
B17もF4Fも敵から押収した実機が国内にあったので、見ながらスケッチしたのかもしれません。
敵の兵器の精密描写にこだわったのは、当時国民にも敵機の判別が教育されていたこととも関係がありそうです。

目的は戦意高揚の国策アニメですけど、子供向けに作られたこともあり現代のミリタリーアニメような、悲惨さや壮大なバトルアクションはありません。
ハリウッド作品にありがちな、敵を人とは思わず憎悪感情を押し付けるようないやらしい演出はされておらず、くすっと笑える揶揄いの対象として描写されています。
しかし、被弾した結果生還を放棄し敵に突入するなど、ところどころで戦死が美化された描写もありますけど、生活の全てが戦争のためであった当時の特殊な状況下で考えると、過度に戦争を美化しようとはせず、逆に米軍を同じ人間としての視点で描写している点では、人間どうしが殺し合う戦争の無意味さを訴えているかのような印象を受けました。

まとめますと、誰でも知っている桃太郎のストーリーを通し、それを戦時中の世相や道徳に置き換え、ミュージカルを用いた芸術的なアプローチとファンタジック要素も取り入れ説教くささを消し、ひたすら「忠義と奉公」を説いている作品です。

この作品に対する感想は時代的なことや、思想信条で分かれるとも思いますけど、ディズニーのパクリとはいえ70年前に既に現代のアニメに匹敵する作品が存在していたことに対する素直な驚きと、困難な時代であったにもかかわらず大作に挑戦した方々への敬意、そして芸術作品としてもまた一見の価値があります。

なお、音楽の評価を上げているのはけっして軍歌好きというわけではなく、作品とのマッチング性を評価したものです。

投稿 : 2016/09/30
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サンキュー:

9

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