「東のエデン-Paradise Lost-パラダイスロスト(アニメ映画)」

総合得点
73.1
感想・評価
1082
棚に入れた
5958
ランキング
1028
★★★★☆ 3.8 (1082)
物語
3.9
作画
3.8
声優
3.7
音楽
3.7
キャラ
3.8

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ネタバレ

みかみ(みみかき) さんの感想・評価

★★★★☆ 3.6
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 3.0 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

だいぶ遅れていまさら視聴(追記のとこに、くどくど鑑賞論)

んー、まあ、見終わった…。@2011/10
けど、なんだろな。
…ちょっと、これを見せられてもどうしろと…。
みたいな気分になった。
あんま、まとまらないので、とりあえず箇条書きしとこう。

・大杉くんのヘタレ描写とかは相変わらずいいね。ヘタレ描写重要!w
・まあ、ネタバレだけど、何で最後に携帯電話を使うのか、ちょっと…うーん、通信ジャックしてNTTとかKDDIとか、Softbankに金をおとすんじゃなくて、テレビの放送電波をのっとった方がはるかに安くないか?…なぜ、そこで携帯電話にこだわる…。まあ、セレソン携帯っていう、携帯を中心とした話だからこそ、携帯を軸に話をまわす、っていうのはわかるけども…。
・日本への啓発は、ううううううううぅぅぅん…、いや、まあ、その……まあ効果ない、のはわかってるだろうけれど、いくらなんでも、あまりに効果低すぎませんか…。まあ、若者の捻り出した回答、という意味でのリアリティは感じたけどさ…。
・あと、内務省構想はどうよ…。それはただ単に官僚が権限拡大させたいだけにしか聞こえないですよ…。単に「内務省」とか言うても「ふーん、戦前の官僚制度がいいと思ってるんだ。この人は」というぐらいの印象しか与えないぜ、まじで。
・うーん、さわやかな後味感は残るけど…雰囲気ムービーとしてはよかったけど…変に政治絡ませないほうがよかったんじゃね?
・情報通信ネタの部分は、やっぱ未来予想図、としてのインパクトはあるんですよ。東のエデンは。
・ただ、政治の描写はこれはちょっとなぁ…。政治にごっつ詳しい人とか、アドバイザーにするとか、政治ネタに強いシナリオライターとか、もうちょっといないの?

 というわけで、情報通信ネタとしては、よかったけど、変に政治ネタに足を踏み込んでしまって…まあ政治系のリアリティにこだわらない人には、この程度の描写でもいいとは思うのだけど、残念ながら、わたしには辛かった。
 なので、まあ、ある意味で理不尽なコメントなのはわかってるけど、ちょっと入り込めなかったですよ。

 政治のわかるアニメーター…って、やっぱり難しいんだろうか…。
 三島由紀夫は、大蔵官僚を半年やった後、辞めて小説家やってたわけだけど、そこまでいわないまでも、国家一種受かって有力官庁の官僚になったあとに、官僚やめて売れっ子シナリオライターに…とか、いないのかな。
 若者描写+情報通信SF描写の部分はほんとにいいと思うんだけどね…。

 いや、まあ例によってネガティヴなほうのことを先にかいちゃったけど、全体的にはそこまでネガティヴじゃなかったので、
 誰かになんか言われたら、もうちょっとポジティヴなコメントができる気がする。

●追記:超蛇足:いきなり鑑賞論:ネタはどこまできちんとしている必要があるのか●

 えー、論争が起こりそうな部分っつーか、今(2011年10月24日)現在、進行形でメッセージボードで論争になっちゃってるので、
 一応、鑑賞の作法論的なことも、なるべく可能な範囲で書いておこう…というのが、あにこれ内でのわたしの活動方針…なので…(といいながら、まったく不親切なテキストが多いですが…)補足的に書いておくと、

1.期待問題:神山さんだからちょっとがっかりしてしまったのですよ。

 これ、神山さんが作ったものじゃなかったら、政治ネタが適当でも、問題ナッシングですよ。
 だって、何も期待しないもの。
 サマーウォーズは政治的な部分が、はっきり言ってばかみたいな話だったけど、細田さんにわたし、そんなの期待しませんよ。だって、期待する理由がないんだもん。描けなくて仕方ないし。ほとんどの視聴者は求めてないだろうし。
 で、神山さんだから。たぶん、ちょっと残念だなって思ってるのですよ。
 わたしは。神山さん尊敬してるから。本当に。攻殻SACはほんとすごいもの。

2.相性問題:誰が見るかによる

 あと、「視聴者として、政治に多少は詳しいわたし」との相性が問題なだけで、「視聴者一般」の問題として、政治ネタの水準は特に必要ないと思ってます。
 『パールハーバー』って、映画あるけど、あれ、二次大戦中の日本の描写が笑えるほどひっどいよねー、っと思うけど、あれでアメリカ人は、ひゃっほう!なわけでしょ。日本人があれを見るのは無理だけど、アメリカ人は見られるわけで、アメリカのエンタメ・ビジネス的には、「ハリウッド製作者→アメリカ人大衆」との関係性においては、あれはマズいわけではない。日本人が見たらまずいと思うけど。あれを日本に輸出したハリウッド制作陣は、ばかだなって、思うけど(もはや愛すべきバカぐらいの気分すらするけど)。
 アメリカ人が『パールハーバー』見て、おもしろかった、っていうんなら、それはそれで一つの事実なんでしょうし、それは否定できないでしょう。ただ、自分はアメリカ人じゃないし、アメリカ人のように見ることは絶対に無理だなって、彼我の差は感じるし、日本人としては、もうちょっとちゃんとしてよってことは思うけど。
 それが「面白かったか、面白くなかったか」については、そういう言い方しかできない。
 で、そこで「露骨に嘘書かないでYO!」とも思う。ただ、それはアメリカ人が作品を面白いと思うということ…の否定には直接むすびつかない。
 これは面白いと思わないでほしいな、とは思うけど、「面白いと思う現象」そのものは否定できない。
A:政治的・事実としてまともであること(事実性、とでも呼ぶ)
B:作品としての面白さが成立すること(快楽性、とでも呼ぶ)
は別の論点でしょう。

 難しいのはそのかかわりで、
 事実を知っている人にとっては、事実性と快楽性は結びついてしまう、ということ。事実をしってると、「嘘」が露骨に気になる。
 事実を知らない人にとっては、事実性と快楽性は結びつかない。事実を知らなければ、嘘は気づかないからそれっぽければ、それで快楽としては成立する。

3.事実性の問題の重要性

 じゃ、快楽として成立してればそれでいいのかっていうと、それは作品の投げかける「事実」が現実上のインパクトをどのぐらいもっているか、による。
 パールハーバーぐらいだと、まあ、もう70年も前のはなしだしね、

【今見せられた場合】
「あいかわらず、アメリカ人ばっかだなー、まーだ、あの戦争が正義の戦争だとかいうバカっ話を再生産してんの?ガチであほくね?」
 ぐらいの反応で済ませられるところもあるけど、

【60年前に見せられた場合】
 これが、60年前に作られてたらそうはいかんでしょう。
「おいおい、勘弁してくれよ。東京大空襲とか、おまえらの一方的な非戦闘地域への攻撃だろうがよ。ふざけんなよ。オレのかあちゃん殺した話を美談にしてるんじゃねえよ。まじで、いっぺん死んでこい!!!!!!」
 ってなるでしょ。そりゃ。
 
 で、結局、わたしにとっては、事実性はたいがいの場合、どうでもいい。
 最近ちょっとムカっときたのは、映画『ソーシャル・ネットワーク』のマーク・ザッカーバーグの描写だけど、あれは、なんか友達をバカにされたような気分でけっこうむかついたんだよね。あれに登場しておかしくないタイプのギーク系の友達が実際いるので。
 でも、まあムカっときたけど。あれを見てる人が面白いというのは否定しないし、実際、映画としては出来がよかったしね。わたしが腹がたつのは、映画としての快楽の問題じゃなくて、事実の問題。その事実がわたしの現実にとって重要だから。世間一般にとって重要であるかどうか、はどうでもいい。

 それ以外の、わたしにとって、特に重要でないものについては、まあ、期待しても仕方ないことのほうが圧倒的に多いので、スルーして済ませてます。正直なところ。
 神話とかは、正直申し上げて、スルー対応以外は、したことないです。わたしにとって重要な神話、は今のところ一つもないので。わたしがイスラム教徒だったら、アッラーの扱いがひどかったら、怒るかもしれないけど。わたしの当面の対応はそんなところ。
 ただ、そこで、PC(Political Correctness)問題をどう捉えるか、という論点を出してくると、はなしは結構ややこしくなる。快楽性の問題としてではなく、事実性の問題としてね。
 PCの問題は、非常にやっかいな論争の歴史があって、たとえば、手塚治虫の黒人表現に対する論争ひとつとっても、「あの黒人表現がよくなかった」という議論が優勢にみえるけど、「いや、そもそもなんで、唇が大きいことを表現されることを恥じるのか?」という切り返しもあって、実は論争は決着してない。ここは、「当事者性の問題」もあって、「第三者」が、外側から決着をつけるのはすごく難しい問題。当事者性をもたない人間が、どうこう言えるのか、というのは思想的難題(※)とされてる。
 当事者がかまわないってんなら、かまわないし、当事者がいやだっていうならいやなんだろうし。第三者が、「あの人が嫌がるに違いない!」とか言うのが、どこまで意味があるのか、ってよくわかんないんだよね。手塚の黒人表現とかって、黒人から批判あったわけじゃなくて、確か、あれ、どっかの人権団体が講義しただけなんだよね。(うろ覚え、ちがったらスマン)。そうなると、それって第三者のナゾ抗議っぽさがあって、え、でも黒人のみなさん的にはどうなの???みたいな…そういうところでも論争があって、ここは足突っ込むとややこしい。

4.で。まとめ。

 で、結局なんというか、

 <事実の水準と比較したときに残念な出来だったなあ、と思うわたし>

 は、いるけれど、

 <そのわたしの、鑑賞基準こそが適用されるべき、とおもうわたし>

 なるものは、わたしの中には、基本的には存在しません。
 少なくとも、快楽性の水準においては100%ゼロ。
 事実性の水準においては…ケースバイケース。当事者性を持った人が「許せん…!」とか言い出すかどうか、が重要。あるいは自分が当事者なら、問題を感じるかもしれない。

※当事者性をめぐる議論については、たとえばスピヴァックの『サバルタンは語ることができるか』とかが有名。サバルタン・スタディーズとかぐぐると出てくると思う。

投稿 : 2013/01/14
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サンキュー:

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