「シムーン(TVアニメ動画)」

総合得点
62.2
感想・評価
114
棚に入れた
589
ランキング
4898
★★★★☆ 3.6 (114)
物語
3.7
作画
3.5
声優
3.5
音楽
3.7
キャラ
3.7

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ネタバレ

レトスぺマン さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

この作品は自分自身の心の目を優しくさせながら見ましょう

長文なので本文はネタバレで隠します。

{netabare}
西村純二氏の監督作品と聞いて皆さんは何を思い出すだろうか?
これを考えたときに本作と同じスタジオディーン作品であれば、「逮捕しちゃうぞ(TV版)」「今日からマ王!」。
そして2016年放送の「ばくおん!」といったところだろうか。
だから、私が思う西村純二氏は「コメディーを主体とした物語の演出がとても上手な監督」というイメージがまず始めにある。

しかし、そのコメディー作品に挟まれるようにして「true tears」「グラスリップ」といったいわゆるP.A.WORKSでの作品は、上記に挙げたものとはかなり毛色の違う作品となっている。
そこに共通するのは「思春期特有の恋愛観や心の揺らぎ」を描いていることであり、登場人物周りのバックグラウンドのわかりにくさ、そしてある種のミスリードがある。
こちらは結果的には賛否両論に至ったが、それでも私としてはこのような作品も作れてしまうのだな、という驚きがあったわけだ。

では、その2作品の潮流の源とはなにか、と考えたときに「シムーン」の存在がかなり大きいだろうと勘の鋭い人であればすぐに想像することができただろう。
そして、作品から放たれる世界観、キャラクターの心理描写の格式の高さにおいては、その2作品と比較することは一概に難しいものの、頭一つ分以上抜きんでていた印象がある。

なのでこのレビューでは、本作品の「格式の高さ」についてなぜそう思えたのか理由を整理してみたい。

まず一つに「世界観の異常なまでの狭さ」が挙げられる。
一口に世界観といえども、なにを基準とするかによって解釈が異なってくるが、本作品においては、バックグラウンドにおける「緻密な設定」「楽しさ」が非常に少ない。
それは、その作中における仕組みの詳細や、謎の解明、癒し、ギャグの要素である。
これらがあることで、作品自体の奥行が増すこともあれば、エンターテイメントとしての昇華も期待できるわけだ。
特に女の子がいっぱいでてくるアニメ(=萌え的作品)においては、コメディだろうがシリアスだろうがこれらの要素がとても重要な役割を持つ。

萌え的作品の良さとは「キャラクターと会話がしやすい」ことなのだと思う。
例えば、上記の要素をベースに当該のキャラクターに「普段何をしているの?」「趣味は何?」「今抱えている悩みは何ですか?」と聞いたときにすぐに返答が返ってくる、あるいは返答が来やすい印象があるということだ。

ところが、「シムーン」のキャラクターにこういった質問を投げかけても、相手が言葉に詰まってしまう、あるいは返答が全く返ってこないことがザラにあり、期待している視聴者を困惑させてしまう。

それは、舞台装置が「戦争」となっていることや性別を選択しなければならないという閉塞感や義務感そのものであり、もし、この世界に自分が入ったとするならば、息が詰まるような生活の苦しさがあることが想像できる。

だから、本作品をどのようにすれば楽しめるのか、となったときにその「息が詰まる」ような環境に身を寄せるキャラクターの気持ちになって視聴することで、初めてこの作品の入り口に立てるわけだ。
だから、難解な専門用語を理解することで世界観の広がりを感じる、というのが実は外れ。

そんなミスリードをさせるところにキャラクターの持つ複雑な乙女心や心理描写が重なる気もしなくないが、
「頭で考える」のではなくしっかりと「心の目で優しく視聴しなければならない」ところにミニマルな世界観からの格式の高さが伺えるのだ。

もう一つは「自分の中の何かが呼び覚まされる感覚に陥った」ことだ。
これについては、本作品がモラトリアムや性という普遍的なテーマを元に制作されているからではある。
もちろん、作中において(儀礼的な)キスや女性同士で媾ったことを示す描写があるのは事実だが、物語の本質として「大人になることによって得るもの失うもの」があるのではないかと思える。

それらを単純に考えたときに「自身の可能性」「選択の自由」「型にはまらない」といったワードが頭を過るが、そこに対してある種の制限を持ってくることで、大人になることへの不安を映し出し、さらには作中で起こる戦争によって、悲劇そのものがより際立つわけだ。

特に「性別の選択」においてはこれらを包括する象徴的なテーマであるとも思えるし、無理矢理な設定の中にも「誰もが経験しうることがしっかりと投影されている」部分が本作品の素晴らしいところだろう。

物語の結末を言ってしまえば、登場人物の大半が性別を選択したが、主役カップルであるアーエルとネヴィリルは性別を選択せず、永遠の少女のまま国を後にし、旅立つというものである。
ただ、これも「大人にならなかった」というよりは「大人にならないこと」の延長線上。
つまり、どこにも属さずに、自分達から始まる新しい世界を切り開いたとも言えそうで、これも一つのアイデンティティの確立(=大人になったことと同義)のようにも思える。
これらを見たときに、私が感じたのは【自分自身が成人する前に「何を思っていたのか?」「何を考えていたのか?」】というものであり、これが「何かが呼び覚まされる感覚」になったのだとも思う。
また、本作品の世界観を知ることは、自分自身を知ることにも繋がるような気がしてならず、改めて作品の持つテーマの奥深さを知ることになったわけだ。

本作品は見かけの上では、ストーリーが難解であり、視聴者にもある種の負荷がかかるものとなっている。
そこで投げ出してしまうことは勿体ないのだが、確かに作りの部分については不親切であるし、視聴中断となってしまうのも致し方がないと思える。

そして、先述のように監督が多く手掛けてきた作品や萌え的なキャラクター像からは想像できない物語が展開されるが、こういった裏切りと真面目さが両立する世界を良いと思えるかどうかは視聴者によって異なってくるのだと思う。

ただ、その裏切りと真面目さをかいくぐった先で自分なりに得られたものは、
広い草原の中で太鳳やかに花を摘む子供の姿そのものであり、これがよく言われる「美しさ」の一つなのかな、と思うと視聴したことがとても良いものであったと感じるのだ。

できれば、アニメよりも小説といった文字の世界でじっくり味わってみたい一作である。
{/netabare}

投稿 : 2023/06/24
閲覧 : 165
サンキュー:

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