「無職転生 ~異世界行ったら本気だす(TVアニメ動画)」

総合得点
89.6
感想・評価
1042
棚に入れた
4322
ランキング
73
★★★★☆ 4.0 (1042)
物語
3.9
作画
4.2
声優
4.0
音楽
3.9
キャラ
3.9

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ネタバレ

フィリップ さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

異世界社会と現実社会

アニメーション制作:スタジオバインド
監督・シリーズ構成:岡本学、助監督:平野宏樹、
キャラクターデザイン:杉山和隆、髙橋瑞紀
音楽:藤澤慶昌、テーマソングプロデュース・歌唱:大原ゆい子、
原作:理不尽な孫の手

私は異世界転生ものが好きだ。
それはRPGが大好きだったことにも起因するし、
子供のころに自分のことが大嫌いだったことも
理由のひとつだと思う。
学校に通って多くの同級生を知るようになると、
自分のできないことが気になってくる。
実際にできないことばかりだった。
父は私ができないことを指摘して、
やる気をなくさせることを言う人だった。
今になって思い出すと、それほどできないことばかりでは
なかったようにも思うのだが、
「こんなこともできないのか」と親から指摘されると、
すぐに諦めの感情が心を満たしてしまっていた。
同級生より劣っている自分のことが嫌いで、
自分が優れた人間になることを夢想するような子供だった。

だから、私は異世界転生ものを書く作者の気持ちを
ある程度は理解できる。悪を倒して女の子から
好意を持たれる話を夢想するのは普通のことだと感じる。
ただ、それを多くの人が読む商業ベースで発表するなら、
いくつものハードルが必要なのだとは思う。
私がアニメで観てきた異世界転生ものは、
面白いアイデアに彩られてはいるのだが、
物語の核の部分に作者の気持ちの悪い欲望が
ストレートに出てしまい、
観るに堪えないものが多くなっている。
たくさんの人の目に晒される物語は、
客観性が必要だし、共感してもらえるかも
重要になってくる。そのためには「他者」が何を考え、
何を感じているのかを知らなければいけないし、
想像できなければならない。
世間に出回っている異世界転生ものの多くは
良くも悪くもその部分が決定的に欠けている。

異世界転生ものの嚆矢とされているこの作品。
最初のうちは、中年のおっさんが赤ん坊に転生して
やりたい放題やっている下ネタの表現に少し戸惑った。
パンツをかぶったり、母親のおっぱいを触ったり、
スカートのなかを覗いたりとやりたい放題だ。

しかし、序盤の話から良い意味で引っ掛かる部分があった。
それは、主人公のルーデウスが死ぬ前のことを明確に覚えていて、
トラウマまでも異世界まで引き継いでいることだ。
いじめが原因で引きこもりになった主人公は、
異世界に来て魔法を使えるようになっても
外が怖くて自分の家から出ることができない。
外に出るためには、多くの人々の助けが必要だった。
ルーデウスは、過去の自分の行いを反芻しながら、
人生において何が大切なのかということを学び直していく。
そこが、ほかの異世界ものとは大きな差異で、
繊細で筋の通った思考が感じられた。
この作品では過去の自分ができなかったことの記憶を
引き継いだまま異世界で改めて克服しようとする。
いくつかのアドバンテージはあるものの、
そこには、現実と変わらない困難がある。

外に出られなかった記憶、
悪意を持つものたちに対抗すること、
未来を見据え努力を重ねなければいけないこと。
何かを成し遂げるためには必要なことを
時間をかけながら苦労をして掴み取らなければならない。
努力の末に掴み取った成功は、
ひとりの人間を成長させていくのだった。

サブタイトルの「異世界行ったら本気出す」。
これはオタクたちや、現実を直視しない人に対する
作者なりのメッセージなのだろう。
「異世界行ったら」を「明日になったら」に
置き換えると分かりやすい。
つまり現実世界から逃げている人に対する言葉なのだ。
「異世界行ったら本気出す」という思考の人は、
悪い流れから抜け出すことができない。
「今」本気を出さなければ、何も解決しないことを
この作品の根幹の部分で訴えている。

どの話もよくできているのだが、
1期でいちばん衝撃的だったのは、
{netabare}親父がメイドを妊娠させるところだろう。
それによって家庭内が崩壊しかけるシーンには{/netabare}
度肝を抜かされすぎて、笑ってしまった。
個人的にはこの話を観たときに、
普通では推し量れない魅力が作品にあると感じた。
そして1期での中心の物語は、暴力少女エリスと悪戦苦闘しながら、
自分の仕事を全うしようとするところだ。
狂暴な少女をあの手この手で何とか正しい方向に
導こうとする話は、普通にとても面白かった。
やがて、エリスにも信頼され、この世界の有力な家柄である
自分の血筋でもあるグレイラット家で
認められていくストーリーは、
優れた転生ものと思えた。

しかし、この作品はそんな異世界ものの常識的な部分だけで
終わらないのがとても興味深い。
家庭教師と大学進学の物語で話が進むのかと
思わせておいて、突然大事件が勃発して、
{netabare}ルーデウスとエリスは、魔大陸に飛ばされてしまう。
フィットア領転移事件だ。
そこで、{/netabare}世界中から恐れられているスペルド族の
ルイジェルドと出会うところが、
この作品における最大のポイントだ。

間違った噂によって、社会から抹殺された存在のスペルド族。
ルーデウスは、彼に自分を重ね合わせる。
社会からのレッテルで身動きがとれない状態。
自分の信念、正しいと思うことをただやっていけば、
社会から認められるようになるのか。
評判の悪い者が暴力に訴えて正しいことをしても、
認められることは決してない。
ルーデウスは、スペルド族に対する偏見を払拭するために
さまざまな策を弄するのだった。

自分の殻に閉じこもり、他人の存在などどうでもいいと
諦めてしまうことで長年引きこもってきた主人公。
自分から他者に認められるように動かなければ、
何も変わらないことを痛感していた。
もう二度と同じ轍は踏みたくないと切望し、
必死になって結果を出していくことで
周りを納得させるようになっていく。

異世界もの作品というと、主人公が思ったように無双して
周りの女性から悉く好かれるのが基本路線。
しかし、この作品は違っている。
オタクと呼ばれる人々の性質のひとつである
他者に対する拒絶やひとりよがりの思考を改めていかないと、
人生において享受できるはずの楽しみを
諦めなければならないことを教えてくれる。

ただ1期はかなり中途半端なところで終わっている。
そのため1度観ただけでは、本当の良さに気づきにくいのが
ひとつの難点といえるかもしれない。

異世界であっても人間の本質は何も変わらない。
主人公は、現実の世界で気づけなかった大切なことを
異世界で学び直す。やらなければならないことは、
現実世界と何ら変わりはないのだ。
そういう意味では特異な異世界ファンタジーと
いえるのかもしれない。
(2022年6月4日初投稿)

投稿 : 2023/11/08
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