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掲載している放送時期と異なる場合がありますのでご了承ください。

「平家物語(TVアニメ動画)」

総合得点
76.3
感想・評価
291
棚に入れた
883
ランキング
665
★★★★☆ 3.9 (291)
物語
3.8
作画
3.9
声優
4.0
音楽
3.8
キャラ
3.8

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平家物語の感想・評価はどうでしたか?

ネタバレ

蒼い星 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.1
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 1.5 状態:観終わった

歴史フィクション。

有名監督と豪華声優陣による名作古典のアニメ化で注目を集めた作品ですが、
作画の動き自体はアニメーターを大量につぎ込んで頑張っていますけど、引っかかる内容。

第1話での主人公のびわの平家批判の罪で子の代わりに父親を惨殺することで平家の横暴を見せつけた、
軍記物語である「平家物語」にのみ記述される虚構性の強い禿(かむろ)を用いた脚色とは違い、

「驕る平家」の象徴と言える「殿下乗合事件」を指図した史実での首謀者は平重盛でありますが、
それが「平家物語」では平家の棟梁で政治の実権を握る父・清盛の悪行であると付け替えられており、
アニメでは、史実での首謀者の重盛が創作上の首謀者役を押し付けられた清盛を詰問することで、
原典の「平家物語」以上に平重盛を聖人君子として更に美化された正義のイケおじとして描き、
このアニメの実質ヒロインである徳子(重盛の妹)もまた、
権力欲が強い父・清盛に批判的である現代的な美女として描いているのに対して、
重盛や徳子と同じ血を引いているはずの平宗盛が極端に見た目も性格もバカにされて扱われていて、
清盛の子供で一人だけ遺伝子異常なのか短足・デブ・出っ歯で深海魚みたいな醜男過ぎ。
不摂生による肥満や人格をあらわす表情だけでも見た目を差別化出来るのにカリカチュアが過剰。
あの醜い姿形の宗盛が痩せて心身を鍛え直したところで重盛に似てくる姿が全く想像できませんね。

他にも源頼朝が「信長の野望・天下創世」の今川氏真みたいでひと目で分かるダメさだったり、
旭将軍・木曽義仲が田舎者を強調しすぎて久米田康治の漫画に出てきそうなギャグタッチの、
不潔でボサボサ髪でしゃくれアゴで最低限の礼法すら無い貧乏くさいボス猿であり、
御所に乗り込んで後白河法皇に直談判したときも直垂を纏わずに身なりが汚いままであったり、
そもそも、信濃源氏の木曽義仲が烏帽子や冠をかぶらないのは無作法な田舎者を通り越していて、
当時の常識では下半身丸出しで都を練り歩く露出狂と同じレベルの蛮行であり、
その恥ずかしい姿で後白河法皇に直に拝謁する平民以下の意識の低さが、ありえないことであります。
かろうじて、貴人から受命するときの建膝(たてひざ)に見えなくもない描写はありましたが。

高野文子さんの原案の死んだ魚のような目で小物小物したキャラデザが不快レベルで酷いかなあ。
盛盛盛盛で誰が誰だかわかりづらい!との意見が見られるように、
少ない線で描き分けて個性を出そうとすると、
昭和のギャグアニメのように身体的な特徴を歪めて大げさな絵面になりますよね。
あと、サイエンスSARUの特徴的な作画だと、やっぱり平べったい。これが美しいかというと微妙。

平家討伐の立役者の源義経をステレオタイプなイケメンヒーローとして扱う一方で、
鎌倉幕府を開く兄・源頼朝が北条政子の言いなりの優柔不断の愚鈍で臆病なダメ人間扱いとか…。
「吾妻鏡」によると頼朝は石橋山合戦(10倍の兵力差で元から勝ち目がなかった)で、
五人張りの強弓を引いて数多くの敵を射抜いた優れた武勇の持ち主ですが、
このアニメでは、なで肩でひょろひょろした意志薄弱な惰弱者として脚色された頼朝。
これじゃ虫や蛙も殺せずにぶるぶる震えてる感じで、お飾りの総大将すら無理ですね。
自分の頭で考えることが一切出来ずに、きつい北条政子の言に自信がない表情で、

『ねえ?政子?どうしたら良ーい?』(八の字眉)
『ひゃ!?ひょえええ?』(ガクガクブルブル)
『あぁ…うん、そうする!そうするから…』(脅えたままの顔)

と頷くのが精一杯の無能な傀儡でしかないです。

この頼朝は、人目のないところで椿の枝を太刀で切り落とし続けての鬱憤晴らしで、
普段は無害そうな凡庸な顔で、おどおどと気が弱くてまともに人と会話できないくせに、
抵抗できない相手には豹変して容赦なく痛めつける人の小ささと残忍さも見せています。

時代にまきこまれた血筋以外に何も無い軽すぎる神輿キャラで、
自分の意思で挙兵すら決断できないおつむの軽い人間が、
実はストレスに蝕まれていて権力を握って豹変して発狂する兆候。

これはもう、プレイヤーが嫌いな人間の名前を間抜けな敵キャラにつけて、
最初は強気なセリフを吐かせて、劣勢になった途端に命乞いをさせた挙げ句に、
主人公一行に殺させて悪は滅びた!メデタシメデタシなイベント戦闘が存在する、
「新桃太郎伝説」の怨みの洞窟を思い出す陰気なごっこ遊びですね。

こういう安っぽい脚色って、本当に必要で面白いと思いますか?

フィクションにおける従来の頼朝像は、こんな一見ひ弱でぼんやりしてて狂った小人物ではなくて、
猜疑心の強さと冷酷な部分は否めないものの、
政治的なビジョンを持って動いていて駆け引きにも優れていて、
公文所の別当の大江広元らとともに権謀術数を巡らせていますよね?

これらを見せられますと、源氏側から語られることが多い治承・寿永の乱を、
平家側から切り取った家族と情愛の話として見るにも、
禿(かむろ)や平宗盛などを始め、安直で記号的な表現が多くて、
当時の資料を少し勉強すればわかるレベルでの源氏下げの露骨さから、
平家の面々の感情も鎌倉や木曽らのしょーもない描かれ方も所詮は等しく作り物であり、
強烈にバイアスがかかった虚構に過ぎないと醒めてしまいます。
美しい映像とか繊細な芝居などの褒め言葉も甚だしく虚しいですね。

全11話で尺が無いせいで情報の取捨選択をせざるを得なくて、物語の切り取りで合戦の省略が多く、
清盛亡き後には実質的に平家の軍勢を支えてた平知盛や平重衡ら将の有能さがわかりづらかったり、
造り手が興味ないのが丸見えで平家随一の猛者の平教経の出番が最終回の水没シーンの3秒間のみで、
逆に平敦盛を悲劇の若武者として熊谷直実に討ち取られる散り際の描写に贔屓が全開なのですけど、
基本的には、弱い平家が源義経に一方的に駆逐されてメソメソ泣いてる話になっていますね。

創作は創作で史実に忠実である必要はありませんし、
この時代を扱った小説・漫画・ドラマなどの他の創作物も脚色だらけで独自性が強いですが、
このアニメでは特に、造り手の主観による美化と卑小化が両極端でキャラ付けが微妙ですね。
それをギャグアニメとして用いるならともかく、シリアスな哀歌でやるのは余分な雑味です。

善悪美醜すべてを兼ね備えているのが人間ですが、
このアニメでは簡略にネタキャラ化した?頼朝や義仲らの源氏の扱いの薄っぺらさと、
敢えて弱くて可哀相な人たちとして脚色して平家への同情を誘う意図が極端にあからさまで、
それで登場人物が魅力的に見えるどころか、丁寧な部分と雑な部分の温度差の激しさもあって、
視聴者への恣意的な思考誘導が露骨すぎて世界観に浸ることが出来ませんでした。

平家が滅ぼされたのは実際のところ、都落ちしたとはいえ依然脅威であって、
西国で再起されては源氏から見て面倒なことになるからです。
戦歴から見るに平家は一方的に源氏に負け続けた力無き弱者ではありません。

このアニメでの簡素で偏向の強い人物造型や演出の表現に感化されての、
繊細な乙女のような心の優しい平家をイジメる源氏への嫌悪だのといった憤りの感情移入は、
武田鉄矢が坂本龍馬を好きすぎて、幕末の多くの人物を悪く描いたり引き立て役にした、
「お~い!竜馬」を真に受けて、土佐藩主の山内容堂や上士らが陰湿で悪逆非道なクズの集まりで、
坂本龍馬を、彼一人の存在が日本史を動かした正義のヒーローだと思いこむのと全く同じですね。

作画と演出は頑張っていて技術的な部分では同時期のアニメでは上位でしょうけど、
印象操作を目的とした作為的なキャラデザとキャラ付けがあまりにもわざとらしく、
それが微妙なせいで源平合戦の物語としてはあまり面白くはない。
シンプルなデザインで演出がわかりやすい!との絶賛の声がネットでの常套句でありますが、
わざとらしく貧相なキャラデザが作画の芝居のレベルに追いついていないがために、
長所であるはずの演出だけが突出して目立ちすぎて鼻につきますね。

否定一辺倒のようですが、展開に首を傾げつつも一話目時点では凄いとこれでも思っていたのです。
その一話目がピークで、説明台詞だらけの回がつまらなさすぎて一気に評価が下がり、
クール後半になると上述のヘリウムガスよりも軽い源氏の描かれ方に興ざめしつつ、
歴史のダイジェスト展開を熱が入らない目で惰性で傍観していました。

大河ドラマでも作品によって方向性が違うように、これもまた歴史を元ネタにした、
数ある小説やドラマや漫画といった創作物の横一線のひとつ止まりであって、
ただ単にそういうやり方もある止まりで、傑出したものでもないですね。
登場人物の描写の密度は、「鎌倉殿の13人」と比較すれば遥かに劣ります。

監督が素晴らしいスタッフと一緒に作り上げた過去の輝かしい実績の数々といった、
その色眼鏡を外して作品単体で内容を評価すると、
今作でも健在なキャラクターに動きで芝居させる技術を台無しにするレベルで、
平家一門で唯一顔が人外な醜男の宗盛、モミアゲの生え方がおかしいゴリラと化した平知盛など、
誇張だらけで歪な数々のキャラデザなどのせいで色褪せたしょぼくれた物に見えてしまい、
やはり監督が過去に手掛けた精緻な演出と可愛らしさが同居した作品との違いが圧倒的に大きくて、
こんな感想しか出てきませんでした。確認のために再度見ても印象は変わりませんでした。
言っちゃ悪いですが、過去に手掛けた美少女アニメのコミカルな芝居を流用したところで、
いつまでも子供みたいで、いじめられオーラを発しているひ弱そのものな平家の公達といい、
一度見せた頬を赤らめてのぶりっ子ポーズが気色の悪い後白河法皇といい、
一応出てきたけど太ももで視聴者サービスをして掘り下げの無く、舞が美しくない静御前といい、
過去作品と違って登場人物に全く魅力がありませんし、単純につまらなかったです。

未来視を持つ主人公のびわも、仕草は『けいおん!』『たまこまーけっと』の流用ですし、
褒められてる芝居のアニメーションも、過去作品の技術を用いた下位互換ですね。
そのびわも、メタな理由で人のために何もしない無駄飯喰らいの無礼者の居候であり、
傍観者の役割を演じるだけの自発性の無い人形なキャラでしかありませんでした。
最終回でやっとひとつだけ行動しますけどね。

この作品の監督が今まで手掛けてきたものには概ね好感を持って高評価をを続けてきた自分としても、
アニメとは、膨大なスタッフの仕事を絨毯を織るようにして作品が完成しているものですので、
演出家としての監督の手腕が健在であろうとも、高野文子さんの衰えたセンスで相殺されていて、
それらチーム全体の仕事の成果物としてイマイチだと思えば相応の評価にせざるを得なく、
誰にでもですが、アニメ監督への行き過ぎた偶像視は良くはないと思うきっかけになりましたね。
数多くの受賞歴を持つ監督のセンスと称されたものも本人の能力だけでなく、
これまではアニメーターや美術などのスタッフと協力して少しでも良いものを作ろうとした成果。

所変わって、そのサイエンスSARUでの作画カロリーの高い新作映像作品を観た上で、
女性アニメ監督をアイドル監督みたいなプロモーションをして、
監督の名前で作品に付加価値をつけて売りたい顔出しや特典商法のやり口を見ていますと、
あっそうですか?な気分で、作品の差を抜きにしても前の職場のほうがマトモだったとも思いますね。
諸行無常とは、本当にこのことですね。


いろいろと複雑な思いがあるのですが、見ていて本当に残念なアニメでした。
では、これにて!!

投稿 : 2022/11/20
閲覧 : 938
サンキュー:

56

takato さんの感想・評価

★★★★★ 4.3
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

京アニとは全然違う美しき絵巻物。ニコニコで見るとより楽しめた。

 確かパクさんこと高畑さんも映像化を考えていた「平家物語」を京アニの至宝「山田尚子監督」が外部のサイエンスサルに出てて制作というだけで興味深かったが、実に美しく見易いものになっている。


 声優陣が豪華なのは当然として、オリジナルキャラである悠木碧ネキ演じる未来視ができる琵琶に置くことで、悲劇の結末に向かう物語という視聴者の視点を作品内に持ち込むことに成功している。なにより今や声優当代一といっても言い悠木ネキの演技が流石の領域。


 平家は悪役にされがちだが、少なくてもそれは上の一部の男どものせいであって、少なくても女性や子どもたちには罪はなく、彼らは彼らなりの幸せをただ送っていただけだった…。その切なさが物語の推進力にちゃんとなっている。opでみんなが笑い、踊り、楽しんでいるのが余計にその想いを増す。



 そして、本作の一番のポイントだと思うのはビジュアルの美しさである。京アニやユーフォ的な書き込まれた端正な絵柄とは正反対のシンプル過ぎるほどにシンプルな絵柄、それでいながらその少ない線だけで可愛さも複雑な表情も表現できる作画力、そして題材にあった背景力、全てが合わさって他とは全然違う美に到達している。なにより引き算の演出と、線の軽やかさが見事。



 まだ全話見てないので途中レビューですが、少し見ただけで必見の作品として確定の出来栄えですなコレは!。



(追記)


 全話視聴。後半の「平家物語」のメインともいえる平家の都落ちからの滅亡というクライマックスが少々はしょり過ぎな感じと、主役の琵琶がそこから外れてしまったのが少々勿体ないが見事な良作でした。やはり1クールでは厳しかったかな。どうせならnhk枠でやって欲しかった。


 早見さんの演じる透き通るような美しい女性ってタイプは色々見てきたが、本作の徳子は思わぬ凄いハマり役だった。この物語は、男性は欲に囚われて現世の状況によって右往左往し「思い通りの人生」になんとかしようと必死に足掻いているが、女性はそういうった修羅界から外れて切なる祈りと赦しの世界へと解脱する存在として対になっているように思える。


 女性キャラの代表である琵琶は、結末を知っていても何もできない少女だが、自分が共にあった人々のことを語り継ぐということで祈りとなす。もう一人の代表である徳子は母という大いなる赦しの象徴になって、単なる綺麗な女性キャラを超えた大きさに到達している。「思い通り」にならない人生を恨むのではなく、そのことを赦した人だけが得られる道がある。

投稿 : 2022/11/20
閲覧 : 700
サンキュー:

35

テングタケ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

良かったです

当方学が無い故、原作を読んだこともないし歴史の知識も乏しいです。その為、本作が原作に忠実なのか史実に忠実なのか、全然分かりません。
ですが、本作が滅びゆく者への情感たっぷりに描かれていることは理解できました。絵巻物のような平面的な作図が印象的で、平家の一族がみな魅力的に描かれています。これで敵が強カッコ良ければいいのですが、源頼朝は馬鹿みたいに描かれていてちょっと残念。
出来はいいと思いますが、私には少し分かりにくかったです。一族は名前が似ていて誰が誰だかすぐ分からなくなるし、登場人物が今どこにいるのか説明不足でした。最初の数話ぐらいは、登場人物が出てきたときに名前や簡単な説明が表示されるべきだし、日本地図でそこがどこなのか見せるべきでした。例えば福原福原と言われてもどこだか知らないし。そんなの自分で調べろと制作側が言うのなら、じゃあ観ないよと答えるだけです。最近のアニメは説明しすぎだなどとほざく輩がいますが、妄想の考察で飯食ってるような人の言うことを鵜呑みにしないでください。
あと主題歌があんまり平家物語にあってないような。エンディングはラップ&エレクトロニカ?で全く場違いですし、オープニングは爽やかな曲調と平和な題字のせいで、ひらやに住む貧乏家族の人情物みたいな感じでした。
萌えが何よりも重要視されるアニメ界隈で、そんなものと無縁なきらびやか且つ儚い歴史物に挑戦したスタッフに拍手。でも徳子は萌えキャラだったかも。

投稿 : 2022/11/17
閲覧 : 44
サンキュー:

4

ネタバレ

chikuwa さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 3.5 キャラ : 3.0 状態:観終わった

アニメ化に800年かかった作品 古典音痴・歴史音痴でも楽しめるってすごい

【感想(最終回までのネタバレあり)】
{netabare}
・原作は冒頭の「祇園精舎の鐘の声~」くらいしか知らない古典音痴&当時の歴史をほぼ忘れてる歴史音痴の自分でも楽しめた
・ただ、人名と相関(誰の子で誰と兄弟か)が本編を見ただけでは覚えられず、何度も公式HPやWikipediaを見ないと覚えられなかった。また、原作がそうなのかもしれないが、最後の方は見せ場の寄せ集め(ダイジェスト)になっていて、京都→大宰府→筥崎(福岡市)と西へ西へと追い詰められてたはずの平家が次のシーンでは何の説明もなく一ノ谷(神戸市)で戦ってたりと場面転換が激しく、歴史の教科書片手に見ないと状況がつかめなかった
・原作未読のため原作がすごいのかアニメスタッフがすごいのか両方すごいのかは分からないが、数百年も前に作られた話とは思えないくらい今でも楽しめるストーリーで驚いた(もちろん最新のアニメと比べればエンタメ性に劣るが)
・また、原作の雰囲気を壊さないよう徹敵的に研究配慮されたと思われる作画が秀逸。声優も超豪華な顔ぶれによる名演で妥協を一切感じなかった
・自分はエンタメ性の高い作品が好きなので全体的にやや辛めの評価になったが、芸術性の高い作品を好む人が傑作と評価するのも頷ける
・数十年後に見ても視聴に耐えうるであろう数少ない高品質の作品
{/netabare}

【各話評価】
{netabare}
基本は○、良いと○→☆→☆☆と星が増える、悪いと○→△→×となる

1話 平家にあらざれば人にあらず ○
2話 娑婆の栄華は夢のゆめ ○
3話 鹿ケ谷の陰謀 ○
4話 無文の沙汰 ○
5話 橋合戦 ○
6話 都遷り ○
7話 清盛、死す ○
8話 都落ち ○
9話 平家流るる ○
10話 壇ノ浦 ○
11話 諸行無常 ○
_______________________________________________________________________________
☆☆☆☆ 超神回:1年に1回あるかないか  ☆☆☆ 神回:1クールに1回あるかないか
☆☆ 優秀回:何度も見るくらい面白い    ☆ 良回:非常に面白い
○ 並回:普通に面白い  △ イマイチ:一部面白いところもある  ×:つまらない/視聴断念
{/netabare}

【全体評価】
{netabare}
基本は各話評価の平均点、突出して良かった回悪かった回や最終回の良し悪しで多少変動

中の上  各話評価平均点 0(0/11)
_______________________________________________________________________________
☆:1つにつき1点 ○:0点 △:-1点 ×:-2点 視聴断念:-100点
上の上(あにこれ評価 5.0)1.3点以上:数年に1つあるかないか
上の中(あにこれ評価 4.8~4.9)1 ~ 1.3点:1クールに1つあるかないか
上の下(あにこれ評価 4.5~4.7)0.5 ~ 1点:非常に面白い
中の上(あにこれ評価 4.0~4.4)-0.2 ~ 0.5点:普通に面白い
中の中(あにこれ評価 3.5~3.9)-0.4 ~ 0点:普通
中の下(あにこれ評価 3.1~3.4)-0.4 ~ -1点:イマイチ
下(あにこれ評価 3.0)-1点以下:つまらないor視聴断念
{/netabare}

投稿 : 2022/11/05
閲覧 : 41
サンキュー:

3

ネタバレ

ぴかちゅう さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9
物語 : 4.0 作画 : 3.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

悪くはないけれども

山田尚子さん監督作品で、かつ物語の素材がしっかりしている以上、外れることはなさそう、とは思っていたものの、キャラデザが好みでなかったこともあり、後回しになっていました。

実際、試聴してみて外れることはなかったのですが、特筆すべき何かがあったか、と言われると難しいですね。この作品の特徴は、「琵琶」という架空のキャラクターをナレーターとしてではなく、登場人物の一人として平家物語のなかに入れ込んだ、というところにあろうと思います。この試みが失敗したとは思わないのですが、とても成功した、という感じもしません。{netabare} 琵琶だけ成長しない {/netabare}という設定もちょっと変ですし。あと、EDはなんかちょっと違うかなーという印象でした。

投稿 : 2022/10/05
閲覧 : 110
サンキュー:

6

ネタバレ

U さんの感想・評価

★★★★☆ 3.4
物語 : 3.5 作画 : 3.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

C. ネタバレ注意 – 諸行無常

制作:サイエンスSARU

<メモ>
最初から琵琶に見えていたであろう平家や徳子の行く末を知っているので4話以降観るのが辛かったです。
「平家にあらずんば人にあらず」という振る舞いをみてると自業自得な気もしますが
平家の中にも正義はあったわけで、櫻井さんの演技と相まって清盛と後白河法皇の間で苦悩する重盛がかわいそうでした。
重盛の息子たちや、わずか8歳で生涯を終えた安徳天皇も一族の因縁で好きに生きられないのが切なかった。

これが源氏の視点、天皇家の視点、良寛の視点、市井の視点で描かれると見え方が違うのが歴史の面白いところ。


<主要登場人物>
・びわ:悠木碧     未来が見える 父は琵琶法師、母は白拍子

・平重盛:櫻井孝宏   平清盛の子 平家の棟梁 亡者が見える
・平維盛:入野自由   重盛の長男
・平資盛:岡本信彦   重盛の次男
・平清経:花江夏樹   重盛の三男

・平徳子:早見沙織   平清盛の子 高倉天皇( 西山宏太朗)の皇后 安徳天皇の母
・平清盛:玄田哲章
・平敦盛:村瀬歩    清盛の甥

・後白河法皇:千葉繁

・源頼朝:杉田智和   源氏の棟梁
・源義経:梶裕貴


22.4.17

投稿 : 2022/09/10
閲覧 : 74
サンキュー:

13

QWERTY さんの感想・評価

★★★★★ 4.7
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

作者不詳の響きあり バッドエンドへまっしぐら

今作でアニメオリジナルの琵琶法師に声を当てている悠木碧さんがインタビューで言っていた通り、平家物語における「ネタバレ」がどの辺に成立するのか難しいところですが、主に口伝で継承された弾き語りエンタメである点は論を待ちません。

史実を正確に再現するというよりは、より面白いエピソードが生き残り、誰かがアドリブで入れたであろう妖怪退治のくだりが増えたりしながら長年受け継がれてきた、継ぎ足し秘伝タレのような「創作ストーリー」と言えます。

武家屋敷を転々とする琵琶法師によって、伴奏と共に語られたこの物語は、現代の大河ドラマをライブで鑑賞するような位置づけの娯楽で、エンタメとして成立するように「観客によって鍛えられた」構成になっています。

原典を眺めると、どことなくライブのセットリストに似ているような気もしますし、時代が求めたお芝居の脚本という分類にも思えます。


そんな平家物語をアニメ化すると聞いて、山田尚子監督と脚本の吉田玲子さんの黄金コンビがどんなアレンジをするのだろうと楽しみでしたが、ワンクールという短い時間にきっちりと「人間模様」を落とし込んでくれました。

仮に自分が平家物語をワンクールでやれと言われたら途方に暮れて実家に帰ると思うのですが、お二人は見事にやり遂げていらっしゃいます。
原作エピソードの取捨選択が絶妙、巧妙で脱帽です。
倍の時間が取れたらダイジェスト感は軽減されたでしょうが、登場人物も絞れず散らかってしまったかも知れません。

軍記物語にあって戦闘描写だけに終わらず、調子に乗ってしまった「ある一族」が、お手本のように転落していく様を愛情たっぷりに描いています。

名前がごちゃごちゃになりがちなこのお話ですが、登場人物の特徴や背景を丁寧に描写してくれるので、セリフに分からない言葉があっても筋を見失うことがありません。

声優さんも超豪華でキャスティングに一切の隙なし。顔が浮かんでくるような主張するお芝居ではなく、キャラクターの肉声として自然と耳に入ってきました。

圧巻は悠木碧さんの語り。
引き締まった迫力のある琵琶の音色に乗せて、本職みたいな平曲を聞いたときには鳥肌が立ちました。もう一つの鳥肌ポイントはED曲でしょうか。

是非ご覧になって、お確かめ下さい。
最終話まで完走すれば、回避不能のバッドエンドに向かう船に同乗し、強烈な喪失感と無力感に襲われること必至です。


時代とともにエンタメの形は変わります。
いままでも、これからも。

今回の味付けもまた平家物語のバリエーションの一つとして、これから観客に揉まれていくのでしょう。

アニメが古い表現方法として廃れてしまう時代が来るのかも知れませんが、現時点では確実におすすめです。

投稿 : 2022/08/29
閲覧 : 86
サンキュー:

8

はろい さんの感想・評価

★★☆☆☆ 1.6
物語 : 1.0 作画 : 3.0 声優 : 2.0 音楽 : 1.0 キャラ : 1.0 状態:途中で断念した

NHKにありそうな寸劇を集めたような雰囲気です。

何もかもが豪華過ぎるので、全員知らない人だと思い観始めましたが、やはり気になってしまいます。

劇中の音楽ですが、好きな音楽と、良くない音楽の差があります。

羊文学はメジャーデビューしてから、本当に悪くなりました。
EDは苦手です。

1話を視た限りだと、切ってしまいそうな勢いですが、これだけの人達なので、もう少し観続けたいと思います。

追記
何度か挑戦しましたが、大好きな悠木碧さんですらわざとらしく聴こえ、観るのを断念しました。

そもそも面白いアニメは何も考えず観れますし、アニメを観ていて先に人が浮かんでしまう時点で失敗作だと思います。

投稿 : 2022/08/23
閲覧 : 183
サンキュー:

6

sttsk さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

カット割りや演出を学びたい十代前半に資料として見せたい。そんなアニメ

物語への感想が多い気がするけど、どうしてもシーン(カット割り)単位で脳内処理してしまう、ある意味めずらしい作品。

【演出感】★★★★★
【カット】★★★★★
【脚本味】★★★★★

コアな「音楽好き」と言われる人たちにとっての歌詞は1素材でしかなく、例えれば、この「平家物語」というベース資料も一つの素材でしかない。
歴史ものフィクション。とりあえずオシャレ。キャラクター云々。だけで納めるにはあまりにも勿体ない「映像作品」のように感じる。

絵コンテを書いた事のない人でも「こういうシーンの持っていき方するのか」と視覚による脳内興奮剤がドバドバ出ることうけあい!!
と胸を張って言ってみたいが、どうしても1素材であるキャラや原作が「いい意味」で、「でしゃばって」しまう。

動くモーション部分、作画、色彩。カット数。
同じ情報量の他の製作者や他の監督の別の量産アニメならきっと倍速する。
きっとハヤテのごとく。

でも、この映像作品はとてもじゃないが1.25倍速や1.5倍速で見ようとは絶対に思えなかった。

そんな丁寧丁寧丁寧なアニメーションだった。

投稿 : 2022/08/13
閲覧 : 62
サンキュー:

6

ネタバレ

ローズ さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

滅びの美学

琵琶法師の父を平家の武士に殺された少女のびわ。
びわは平重盛と出会い、平氏の息子たちと一緒に過ごす事となる。
栄華を誇る平氏だったが、びわには平氏が滅びる未来が見えていた。

日本の義務教育を受けていたら、話の結末は分かります。
壇ノ浦で平氏が滅亡。
源氏に天下を取られます。
その平氏の隆盛から滅亡を口伝で伝えられていた『平家物語』。
本作品は、びわという架空の人物を使い、平氏側から見た歴史を表現します。

まず、言いたいのは、声優の演技が素晴らしい事。
その配役を選んだ方も凄いですが。
・びわのCV悠木碧
・平重盛のCV櫻井孝宏
・平徳子のCV早見沙織
・平清盛のCV玄田哲章
・後白河法皇のCV千葉繁などなど……
その他の配役もありますが、とりあえず主要人物の選出は盤石。
実力者を集めましたね。
さすがにアイドル声優の入る隙はありませんでした。
本作品は声の演技でも楽しむことができます。

歴史を描く事は難しい。
特に近世以前は史料が少ないので、ある程度の演出は必要になります。
舞台は平安時代末期。
まだ朝廷の力が残っています。
なので、当然、衣冠束帯(狩衣かも)の衣装は当たり前ですね。
畳の使い方などもキチンと歴史考証しています。

平氏一門は滅亡します。
昔から日本人は滅びゆく者たちに美学を感じますね。
有名な判官びいき。
その判官を指すのは”源義経”なので、今回は敵側なのですが。

延暦寺などの僧兵の描き方も良いですね。
昔の僧兵はやりたい放題。
あの織田信長も手を焼いて、焼き討ちするほどです。
仏という神の力を背景に暴力に訴えます。
現在の念仏を唱える僧侶と昔の僧侶は違うのです。

日本史を暗記物と考える学生は多いです。
しかし、本作品のように映像化したら、理解しやすいですね。
動乱の平安末期から鎌倉初期。
時代は天皇から武士へと変わります。
琵琶法師が語る『平家物語』。
それを分かりやすくしたアニメの『平家物語』。
たまには日本史を勉強する事も良いでしょう。

投稿 : 2022/08/13
閲覧 : 105
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30

ネタバレ

毛玉 さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.8
物語 : 2.5 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 2.5 状態:観終わった

平家にあらざれば人にあらず

(なんだこの高畑勲を意識したような無駄に盛り沢山な要素は)
と気持ち悪く思いながら観た
森見作品の匂いもする
テンポや演出、椿の落ち方とか
ざっくりと淡々に描き
最後は“語ろうぞ”
どうもおかしい
女の“感情”で歴史改変的な
狸に化かされてんじゃないのか
取り敢えず涙腺叩いて泣かせてくるのは毎度お馴染み

観終えて調べると高畑勲が短編作ろうとしてて亡くなった事
制作が森見の夜は短し歩けよ乙女を作ってた所と判明

(高畑氏の短編と言われて、制作を初めても一本の映画に何年も掛けて粘って持って行きそうな恐ろしさを感じたが)

こんな話があるのでは意識して作らざるを得ないだろうなと感じた
高畑氏ではなし得ない、決まったコストでこれを作るということ
期待値が高まり過ぎた物をとにかく終わらせること
だからこその誰もが期待する制作スタッフ(山田氏、吉田氏等)
兎に角、終わらせる事だったろうと

高畑氏を追い続けたからこそアニメ離れが進んだ私でも、高畑氏の描いた世界を拝見したかった、と少なからず思う


頭を過ったワード

たぬき
かぐや
森見
寂光院のしば漬け
天台
澁澤
1番言いたい事は一番最初に
1話タイトル
「平家にあらざれば人にあらず」

投稿 : 2022/08/13
閲覧 : 54
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3

えたんだーる さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

平曲(語り本)としての平家物語のPV、みたいな…?

観終わってだいぶん経つけどようやくレビューを書く時間ができ始めたのでいまさらのレビューです。

とりあえず「平家物語」や「太平記」みたいな軍記物語は、それ自体が大衆娯楽としても伝承されている物であって必ずしも史実が書かれているわけではありません。そういう意味では「小説」あるいはテレビの「大河ドラマ」みたいな物だと思った方が良いですよね。

なので、大河ドラマがそうであるように史料に現れない人物(本作だとびわ」)が都合よくいろいろな場面に居合わせることにツッコむのはナンセンスなのかなと思います。

原作の「平家物語」自体が、それぞれの場面が臨場感たっぷりに琵琶法師が語るけど「それ、おまえ全部見たんかい」という物なわけです。史実にないことも載っているかもしれません。史書としての「三国志」と小説としての「三国志演義」みたいなもんですね。
(まあ「三国志」も書いてあること全部ホンマか知らんけど。)

といった辺りを踏まえて「平家物語」の魅力の一つに「琵琶での弾き語り」というものがあって、そこを悠木碧さんが情感たっぷりに上手に謡ってくれるのが本作の大きな魅力だと思います。

逆にストーリーについては原作の手堅さはあっても「めっちゃ面白い」っていう感じでもないだろうということで評点は4にとどまっていますが、映像作品として出来は間違いなく良い方だと思います。
(Blu-rayの特典が平曲11曲のCDっていうのは凄く良くわかってると思う。)

でも、「つまらん」とか「観たくない」って人は間違いなくいるだろうなって感じですよね。

余談: 天皇、上皇が生きている間も謚(おくりな)で呼ばれるのはすごく気持ち悪かったんですけど、人物名のわかりやすさ優先だったんですかね…。

投稿 : 2022/08/01
閲覧 : 238
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32

ネタバレ

マーティ さんの感想・評価

★★★★★ 4.4
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

祇園精舎の鐘の声

 全11話。原作は一部既読。といってもあれです。中学・高校の古典の授業で読んだものです。

 びわが平家の平重盛から拾われ、主にびわ視点で語り継がれる物語。前半は仲良くなった重盛の子たちや徳子などとの交流、そして平家が栄えていく様子が映し出されていました。

 しかし、重盛や平清盛の死あたりだったと思います。そこから少しずつ平家が崩れていきます。それがなんと切ない・・・。滅亡の一途をたどる中、身投げする人もいました。びわの周りで生き残ったのは徳子だけっていうね。。このあたりの感覚はわからないですね。「生きてたらそのうち良いことあるよ!」が通じない時代だったんでしょうか…

 ところで源氏の様子も少しありましたね。源義経とか弁慶などは想像通りでしたが、一番ギャップを感じたのは頼朝ですね。そんな頼りないキャラなの?とは思いました。妻の北条政子はしっかりしてたのにね。あれはあれでインパクトはありました。

 演出とか光の使い方とかが京アニっぽい感じがしましたが、監督は吉田玲子さんだったんですね。演出はすごく好きでした。

 ただ1クールしかないので、とばしとばしになっていたところはありました。1.5~2クールくらい、もうちょっと尺は必要だったのかも?

 これにて感想を終わります。ここまで読んでくださりありがとうございました。

投稿 : 2022/07/23
閲覧 : 206
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35

ネタバレ

NO99 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

おもしろい!!!!

小説などでは 登場人物が同じような名前ばかりで
混乱しますが
やはり 視覚で覚えると
面白いです

投稿 : 2022/07/21
閲覧 : 50
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6

ネタバレ

たまき さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

悲しい物語

史実の平家物語を主人公の琵琶法師の女の子の視点から追っていく物語です。

主人公のびわは、ひょんなことから平家に拾われ共に過ごしていくわけなのですが、歴史の授業で習った通り平家の最後は見えており、びわが平家の人達と次第にうちとけ家族の様に仲が良くなっている姿をみると、非常に胸が辛くなって行きました。

歴史が好きな人からすると色々思うところがある作品かもしれません。私は授業で勉強した大筋しか覚えていなかったのでそこまで気にはならなかったのですが、ラスト数話はやや足早感はあった気がします。

作画はデジタルでありながらも、細い線に優しい色使いでとても良かったです。ややクセがある様にも見えますが、歴史物とマッチしていました。

投稿 : 2022/07/15
閲覧 : 66
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8

ネタバレ

ヘラチオ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

平家物語そのまま

特に改変せず平家物語だった。
琵琶法師の視点で語られる物語だが、びわという不思議な目の色をした少女を主人公にして{netabare}平家側の非道な行いで父を殺されたところから始まる。そんな彼女も平気の人間と接していくうちに情が移って滅びるぞざまあみろといった感じから死んでほしくない人間が増えるに至る。{/netabare}
強調する人物は異なっていたかもしれないが。徳子とのやり取りは結構協調されていた気がする。シリアスな点もコミカルに描いている点もあってメリハリがあって視聴しやすかった印象。{netabare}母との再会シーンはあっさりしていて拍子抜けした記憶が…{/netabare}

清盛のほうは割とさらっと。死ぬシーンなんて灼熱で壮絶だったはずなのにね。
平家は傍若無人ともいえるようなことをしていたが、そんなことしていはのはごく一部で大半は善良でなんなら弱気で位は違えど同じ人間だったということがありありと伝わってくるそんな気がした。

女性の強さはかなり描かれていると感じた。死ぬよりも生き抜くことのほうがよっぽど辛いこともあろうが、尼になっても生き抜くって素晴らしい。割と徳子に感情移入しちゃったけど、子供を失って辛いでも生きて祈りを捧げる。なんて尊いのだろう。

アニメで歴史的な文学作品に触れるきっかけになるのも良いですね。


OP
光るとき 羊文学
ED
unified perspective agraph feat.ANI (スチャダラパー)
羊文学全く知らなったですね。割と新進気鋭のグループなんでしょうね。独特な雰囲気。
EDのメロディは意外と頭に残るんですよね。スチャダラパーの名前が。聞いたことあるグループなんだけど、楽曲はそんなに知らなったなあ。聞いたことあるけど、気づいていない可能性が高い。


以下はアマゾンプライムから引用のあらすじ。
《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》 平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。 貴族社会から武家社会へ--日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。


1. 平家にあらざれば人にあらず
平安末期の京都。平家一門は、権力・武力・財力、あらゆる面で栄華を極めようとしていた。天皇をもしのぐ勢いで野心を募らせる父・平清盛を危うく感じる長男の重盛はある夜、邸内で琵琶法師の少女・びわと出会い、平家の滅亡を予言される。重盛とびわには、ともに見えないものが見える「目」を持つという共通点があった。

2. 娑婆の栄華は夢のゆめ
資盛が天皇の摂政に無礼を働いて制裁を受け、それに清盛が報復したことで、平家に対する批判が噴出する。重盛は資盛を伊勢に謹慎させ、自身も職を辞することで少しでも批判を治めようとするが、それがおもしろくない清盛。そんな中、徳子が後白河法皇の息子・高倉天皇に入内することが決まる。

3. 鹿ケ谷の陰謀
維盛・資盛・清経らとともに、厳島神社に赴くびわ。入内して6年になるが子を授かる気配のない徳子のために、一行は厳島神社に祈願の舞と祈祷を捧げる。一方、重盛は藤原氏と延暦寺のいさかい、これをもてあます後白河法皇に頭を悩ませていた。さらにその裏では、源氏の力を借りて平家を討つ密議が交わされようとしていた。

4. 無文の沙汰
待望の御子を授かったにもかかわらず、病床に臥せってしまった徳子。見舞いにきた重盛が片目で周囲を見ると、密議の陰謀で処分された者たちの怨霊が蠢いていた。恩赦によって流罪になった者たちが解放され、徳子の息子が無事産まれるが、平家の立場はいっそう難しいものとなっていた。

5. 橋合戦
重盛の死を受け、「未来が見えても変えることはできない」と嘆くびわ。その左目は、いつの間にか重盛の目と同じ色になっていた。重盛に代わり弟の宗盛が平家の頭領になるが、後白河法皇は平家の勢力を削ごうと動き始める。これに反発した清盛は、三種の神器とともに幼い安徳天皇の即位を急ぐ。

6. 都遷り
平家への風当たりが強まるなか、京からの遷都が決まり、慌ただしく引っ越しの準備をする資盛・清経・びわ。たどり着いた福原の海岸で、兄弟たちはいとこ違いの敦盛と出会う。月を見ながら笛を吹き、束の間の交流を楽しむびわたちだったが、清盛の邸では物の怪による変事が相次いでいた。

7. 清盛、死す
伊豆に流罪になっていた源頼朝が、遂に後白河法皇の院宣を受けて挙兵した。総大将に任命された維盛率いる平家の兵は富士川の戦いであえなく敗走し、いよいよ没落の色を濃くするのだった。年が明け、高倉上皇が危篤状態に陥る。清盛は徳子に今後の身の振り方を提案するが……。

8. 都落ち
清盛の死を受けて動揺する一門を離れ、母探しの旅に出たびわは、各地で平家と源氏の戦の状況を耳にする。奮闘する知盛や重衡らを尻目に、頭領の宗盛は京で宴三昧の日々を送っていた。源氏側につく者が増えるなか、維盛は木曽義仲に大敗を喫し、引き返せないほど精神的に追い詰められていく。

9. 平家流るる
京を捨てて西に逃れる平家一門。入れ替わりで源氏の白旗がはためく京に戻ってきたびわは、静御前らとともに丹後をめざす。後白河法皇が後鳥羽天皇を擁し、かつて重盛に仕えていた者たちも次々と源氏側に寝返っていく。福原を落ち、大宰府からも拒否され、疲弊しながら歩き続ける一門は、とうとう海まで追いやられる。

10. 壇ノ浦
旅のすえに母と再会したびわは、改めて自分も平家の行く末を見守り、祈り続けることを決意し一門に戻る。しかし、清経の入水に続き敦盛が一ノ谷の戦いで戦死、捕らえられた重衡は鎌倉に送られ、平家はひとりまたひとりと欠けてゆくのだった。苦しみに耐えかねた維盛は出家を決意し、最後にびわと短い会話をかわす。

11. 諸行無常
年が明けて季節は冬から春へ。決戦は屋島の戦いから壇ノ浦へと向かう。追ってきたのは源氏の若き総大将・義経。激しいうず潮に源平の舟が入り乱れるなか、イルカの大群が押し寄せ、遂に風向きが変わる。平氏の敗北と滅亡が垣間見えるなか、みなを勇気づけ闘う宗盛と知盛。三種の神器とともに帝の手を取る時子。びわはそのすべてを目に焼き付けようとしていた。

投稿 : 2022/07/09
閲覧 : 70
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16

オカ さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

祇園精舎の鐘の声

時代背景や絵柄のせいか、声優のせいか、ものの怪を最初、思い出した。

重盛がカッコいい。
忠義の侍でした。

平家物語。
びわが平家の行く末を見届け、語り継ぐ為の物語。

栄華を極め、滅び行く平家は哀しく儚い。

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂には滅びぬ
ひとえに風の前の塵に同じ

投稿 : 2022/06/29
閲覧 : 62
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8

ゲリオ さんの感想・評価

★★★★★ 4.4
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

大河と並行して視聴

鎌倉時代の古典「平家物語」を題材とした歴史アニメ。
主人公兼物語の語り部役にびわというオリジナルキャラを用いているが、内容は古典に沿った極めて真面目な作風。未視聴の方からすれば「そんなの退屈な学術作品なのではないか」と感じてしまいそうなところだが、いやいやそんなことはない。
個々のキャラの生き様や死に様、喜びや悲しみが、明瞭かつ繊細に現代アニメ風の演出で表現され、れっきとしたアニメーション作品として引き込まれた。
戦国時代等そこそこの歴史好きを自称している自分だが正直この時代は馴染みが薄く、とっつきにくさで敬遠していたが、本作を見て急激に興味が沸くことになる。
他アニメと毛並みが違うので比較することは出来ないものの、個人的には生涯を通じて記憶に残る傑作アニメと評しても過言ではないと思った。

放送の時期も良かった。
と言うのも、本作と同じ平安末期を扱う今年の大河ドラマ"鎌倉殿の13人"が非常に面白く「源氏側の視点を大河ドラマで、平氏側の視点をこのアニメで」という何とも贅沢な楽しみ方が可能となったからである。
義務教育程度の知識しかない自分は、源氏と言えば頼朝&義経くらいで配下の武将など知る由もなかったし、さらに平氏は平清盛がなんとなく剛腕&強欲な悪役という印象しかなく、清盛以外の一門は名前すら知らなかった。
ところが本アニメを視聴し、例えば平家には重盛という清廉潔白な武将もいたということを知る。維盛、清経、敦盛という若くして散った悲劇の男たちがいたということを知る。
アニメ冒頭で栄華を極めていた平家も、支柱であった重盛の死から衰退を辿り、第9話以降は一気に滅亡へと向かう諸行無常が描かれた。
いやはや、この度のアニメ&ドラマを通じ、歴史の流れの中で当時を生きた名将たちがどのような足跡を歩んだのか知れた。ほんとにこれまで馴染みが薄かった中世時代が自分の中で一気に興味深い時代と邁進したと思う。

作画は極めて優秀。
最新アニメの派手なエフェクトはほとんど用いず、ひらすら丁寧な美しく淡いタッチでアニメーションを描き上げた美術点の高い作品だった。
キャラデザについては、古典作品を題材にしただけあって"まんが日本昔ばなし"の延長線上にある感じ。変に今風のデザインにされても困るし、おそらくこれはベストだったのだろう。
その他視覚演出について、おそらく素人ごときに語れないほど綿密な工夫が成されてると感じ、ともかく1シーン1シーンが実に素晴らしい。こればかりは刮目して視てくれとしか言えん。
監督や美術班の強い拘りが随所に感じられ、"鬼滅の刃"などとは別のベクトルから現代アニメーション技術の粋が詰まった作品と言えるだろう。

主人公のびわについて。
「未来が見える」という古典に無い唯一のSF要素を組み入れた件は、まさにこれぞアニメ作品ならでは。歴史ドラマでこれを入れたら絶対NG。アニメだから許される設定だし、そもそも見た目が全然変わらなかったり、なんで孤児が平家一門に家族扱いされてるのかだったり、びわの存在に関しては突っ込みどころが多いのだが、すべてがギリギリのところで許された。
むしろ古典作品にエンタメ性を付加する上でびわの立ち位置は必要で、未来を知っていても傍観者・観測者でいるしかない立場はまさに視聴者目線である点も着目。
そして悠木碧さんをびわ役にキャスティングしたのも完璧。現在の有象無象の女性声優の中でただでさえ演技力が抜きんでてるのに、さらに琵琶語りによる口上まで圧倒的迫力で演じ切る。本作で役者としての格を更に上げたのではないだろうか。

以上により、ただただ素晴らしいアニメだったという感想に尽きる。
長編アニメの何らかの賞を受賞しても全く不思議ではないと思う。
例えば文化庁が主催してるアニメ大賞とか、まさにアレって本作のような作品を推挙すべき立場なんじゃないの?
むしろ学校の授業でこのアニメを流すのも有りじゃね?と。
自分が中学生のころ大嫌いだった古典の授業も、仮にこのアニメを見てから学んでいたら大好きな授業へと変貌した可能性もある。
本当に視聴して良かったと思える作品だった。

投稿 : 2022/06/28
閲覧 : 65
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14

ninin さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

おもしろかろう

原作未読 全11話 「けいおん!」や「たまこまーけっと」「聲の形」「リズと青い鳥」の山田尚子監督作品

平家の繁栄を滅亡を琵琶法師の少女「びわ」を通じて描かれている作品です。

某局で放送している源氏お話と一緒に観ていました。

制作会社はサイエンスSARU、独特の表現でキャラを描いていましたね。

もちろん平家物語は知っていましたが、細かいところまで覚えていません。

平家一門、清盛は知っていましたが、その他の平家の人たちの人となりを知れて良かったです。

実質平家は滅びたのですが、その中でも生き残った人たちもいて、その後ことも触れていたのは良かったですね。

OPは羊文学さん、EDはagraph feat.ANIさんが歌っています。

最後に、「祇園精舎の鐘の声」で始まる平家物語、中学の時に習いましたが、内容を忘れてもこの一節は今でもすぐに出てきます。

投稿 : 2022/06/27
閲覧 : 209
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35

ネタバレ

タマランチ会長 さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

武家らしからぬ呑気で気の抜けた会話と壇ノ浦の悲劇のギャップ

原作未読。
 1話の引きがすごすぎて、作品世界にどんどん引き込まれてしまった。山田尚子監督の本気の絵コンテ、すごすぎる・・・
 しかし、2話、3話はそこまででもなく、集中して観れなくなってしまい、しばらく放置。
 で、もう一度見直そうと1話を再視聴。やっぱり面白い。今度は2話。3話もしっかり見て、複雑な人間関係を把握しながら楽しめた。
 平家の人たちの武士らしからぬ、勇ましくも雄々しくもない気の抜けた会話が実に親しみやすく、親近感を感じた。それゆえ、壇ノ浦の戦いで、こんな普通の人たちが身投げして死んでいく様が胸を打つ。
 自分は平家物語とか授業で冒頭暗記したくらいでその後全然読んだことないし、多分古典の平家物語はこんなリアリティはないのだろうと勝手に思い込んでいる。いいものを観ました。良作とします。

投稿 : 2022/06/26
閲覧 : 79
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15

ハンガー さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

期待していたのですが

どれだけ脚色があるのだろうかと期待して、先入観を持たないように努めて視聴していたのですが、一般教養であるストーリーラインをエンタメとしてとらえられるほどの魅力・脚色はありませんでした。
(六七八話の演出は上手いなあと思ってみていましたが)
豪華なメンツを揃えて平家物語を作成したというところが重要なのでしょう。
声優さんは売れっ子ばかりで上手でしたが、期待を上回るほどではありませんでした。

お金をかけて色んな箔をつけてアニメなのにさも高尚な作品っぽく仕立てている構造が内容よりよっぽど平家物語感あるなと思いました。

投稿 : 2022/06/26
閲覧 : 68
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6

ネタバレ

フィリップ さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

目を開いて祈ること

アニメーション制作:サイエンスSARU、
監督:山田尚子、シリーズ構成・脚本:吉田玲子、
キャラクターデザイン:高野文子(原案)、小島崇史、
音楽:牛尾憲輔、原作:古川日出男訳『平家物語』

無常観が物語の根底にある。
見ることしかできなくても、
現実をしっかりと見て、今を生きていかなければならないという、
自身への励ましのようにも思える。

諸行無常―――
全てのものは変化し、移り変わっていくもの。
変化したことをいくら嘆いても、そこには空虚しか残らない。
仏教的な無常観というらしい。
『平家物語』のなかで、山田尚子監督は「びわ」という
架空の琵琶法師を生み出し、自身を重ね、
「見ることしかできない」と語らせる。
栄華を極めた平家の一端を目にし、
そこにも気の良い人々や現実に苦しむ人々を見る。
美しいものもたくさん網膜に焼き付ける。
{netabare}壇ノ浦の戦いでは間近で戦場を目にする。{/netabare}
最初は「見たくない」と目を塞いでいた
びわが最終的には全てを見ようとする。
目を塞いでいるだけでは、何も変わらないし、
何も変えられないのだと気付く。
最後には「祈ることだけができること」と悟る。
それは、武士の社会で生きた女性の多くが
やがて出家をする境地に似ている。
{netabare}徳子のように。{/netabare}

山田尚子監督が作品でいちばん重視したもの。
平家の世で生きた人たちが普通の感覚を持つ人間だったこと。
心のある現実感のある人々だったということを
描きたかったのではないかと感じた。
平家物語としていつまでも語り続けられた
特殊な時代であっても、そこにはごく普通の
人たちが必死に、そして楽しく生きていたのだということ。
京都アニメーションもまた普通の人々が
楽しく、しかし必死になって生きていた。

京アニ放火事件によって、
とんでもない災厄に見舞われた山田尚子監督。
多くの仲間が亡くなり、
もうアニメを制作するのはやめようと考えたに違いない。
しかし、見事に復帰を果たしてくれた。
復帰第一作として『平家物語』の話が舞い込んだのは、
ある意味、必然だったとも思える。
また、山田尚子監督の決意を表していると感じる。
彼女にとって哀しみを受け止めて「祈ること」とは、
「アニメを、作品を制作すること」なのだ。

消えゆく栄華、流れゆく煙、散りゆく花。
美と無常観が画面上で流れていく。
今回は、歩んでいく人々の「足」は、
あまりクローズアップされない。
生きとし生けるものは全て滅んでしまうという感情が
物語自体の根底にあるからだろう。
しかし、山田尚子監督の表現として残されたものがある。
それは「鳥」だ。
序盤から頻繁に登場する鳥。
これはおそらく『リズ鳥』で山田尚子監督が
イメージしたものが表現されている。
監督に僅かながら残っている「未来」への感情。

飛び立つもの。
向かうもの。

何に向かっていくのかは分からない。
しかし、彼女のなかにある世界は、
現段階ではもう「諸行無常」だけではないのだ。
それが、この物語のいちばんの救いなのかもしれない。
(2022年4月23日初投稿)


山田尚子監督と音楽(2022年6月25日追記)

山田尚子監督といえば、音楽好きで知られている。
実際、作品のなかでどう考えても
山田尚子監督が引っ張ってきているだろ、と思わせて
本当にその通りのことがかなり多い。

例えば、『リズと青い鳥』のHomecomingsや
ダブル・ルーリードの表現。
『平家物語』の羊文学『光るとき』と
agraph『unified perspective』。
どれもいかにも山田監督らしい。
羊文学はいかにも山田監督が好きそうなロック。
どこかHomecomingsに通じる透明感のあるサウンドが魅力で、
これは誰が聴いてもその良さは分かるだろう。
より山田尚子監督の特異さを思わせるのはエンディングだ。

彼女は、フュージョンやテクノにも造詣が深く、
学生のころから電気グルーヴやヨーロッパのテクノを
聴いていたそうだ。
そんな趣向があるのは知っていたが、
スチャダラパーのANIをフィーチャーした
牛尾憲輔のひとりユニット、agraphの曲を
エンディングに持ってきたのには驚かされた。

音を絞ったエレクトロサウンドにANIのラップが
静かに響き渡る。
ラストの高揚感から一気に終息に向かう展開と
アニメーションが物語と劇的にシンクロしているようで、
「音」自体に意味があるように感じさせるのはさすがだ。

先日発売されたユリイカ7月臨時増刊号の
湯浅政明監督と山田尚子監督の対談を読んだ。
ふたりとも牛尾憲輔を重用しているところが
ひとつの共通点。湯浅監督は、牛尾憲輔に
「僕と山田さん、どっちが大事なんだ」と
冗談でよく問い詰めていたそうで、
ある日、酔っていたときに牛尾氏が
「僕は山田派です!」と言っていたことを
山田尚子に告げて、いじっていたのが面白かった。
湯浅監督からすると、自分は音楽について、
それほど深くは知らないので、
山田尚子監督と牛尾憲輔がツーカーなのが
少し羨ましいらしい。

山田尚子監督と劇伴を務める牛尾憲輔氏。
このふたりのコンビが、これからもどんな
化学反応を見せてくれるのか、期待しかない。

投稿 : 2022/06/25
閲覧 : 310
サンキュー:

56

ネタバレ

oneandonly さんの感想・評価

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

日本史を学ぶきっかけとして

世界観:6
ストーリー:6
リアリティ:7
キャラクター:5
情感:6
合計:30

<あらすじ>
800年の時を超える祈りの物語
《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》
平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。
貴族社会から武家社会へ――日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。
(公式サイトより)

アニメ視聴は引き続きリハビリ中。最近の作品で見るべきものがないか調べたところ、監督が山田尚子さん、脚本が吉田玲子さんであること、自分は受験で世界史を選択していたため、日本史は詳しくなく、平家物語についても一般教養範囲でしか知らなかったこともあり、本作を視聴することにしました。

まず、良かった点からですが、OPの「光るとき」は、さわやかな曲調に、響きのよい歌声が心地よく、最後までスキップすることがありませんでした(関係ないですが、何となくハルカトミユキさんの「17才」を聴いた時のことを思い出しました)。羊文学(ひつじぶんがく)がバンド名であることすら知らない状態から入りましたが、本曲の歌詞を読んで興味を持ち、塩塚さんの制作時の対談なども拝見しました。
とても高い視座から、歴史において滅んでいった人たちを鎮魂するとともに、現代に生きる我々までをも含めて鼓舞するものとなっている良い歌詞です。
ラップは門外漢なのでEDは刺さらなかったですが、OP曲は今年のベストかもしれません。

この、高い視座は、平家物語という本作において、歴史を既に知っている我々と同じであり、他の方のレビューで、未来を見通す目を持つ主人公のびわは、我々の視点を持って物語に登場しているといったものを拝見しましたが、まさにそのような役割を主人公が担っています。

そのため、出自の不明なびわが、当時の権力者であった平家の屋敷で清盛の息子や孫たちと楽しく生活したり、重盛に重宝されたり、源平合戦の最終局面の壇ノ浦まで平家方の船に乗り込んでいるといった場面にはリアリティを感じられないのですが、より客観的に物語を追うことができ、本作を新鮮な形で視聴者に提供するための仕掛けとしては十分に機能していたと思います。

{netabare}物語は、基本、史実や原書に沿った展開となっているため(徳子が生き残って出家するという本作の展開も、一方流系諸本を採用しているようです)、大きな驚きはありませんでしたが、源義経の鵯越の奇襲や、「人間五十年~」で有名な敦盛など、所々で自分の知っていることとつながる面白さがありました。厳島神社が清盛によって整備されたこと、兵庫県の福原に一時、都が移っていたことなどは知らなかったです。その他、物語上の出来事が、史実のものか確認したり、登場人物の名前がややこしいので、平家の家系図を見て頭の整理をしたり、日本史の勉強になりました。

あと、個人的に感動したことは、京都の祇王寺の由来が知れたこと。中学時代の修学旅行で京都に行った時に最も美しく風情を感じた寺で、大学時代に再訪し、庵の中でしばらく休ませていただきました。それ以来行けていないのですが、その存在を由来とともに思い出すことができました。(苔寺は予約が必要ですが、ここは予約不要で、こじんまりとしていますがおすすめです)

さて、本作の物語に話を戻しますが、大量の原作の分量からして1クールアニメにここまでコンパクトにまとめられたことは凄いです。ただ、登場人物が多すぎであることは明らかにマイナスの影響があります。清経の身投げや、維盛の出家の上での身投げ等、それぞれに感情移入することは難しく、歴史的なイベントを辿る展開が中心に感じてしまった部分がありました。

日本の歴史に基づく物語として見る価値があると思いますが、フラットに様々な優良作クラスのアニメと比べて、強く推奨できるだけの面白さがあるかと問われると、正直微妙な面は否めません。

キャラクターデザインは好みの系統ではないものの、独自性があるのは良かったと思います。顔をアップするシーンでは眉毛が一本一本描かれていたことも印象的でした。一方、重盛を史実以上に良い人に描いていたり、宗盛がいかにも凡庸そうに描かれていたり、源頼朝が北条政子の尻に敷かれた優男にデフォルメされていた点は、登場人物の識別をしやすくするためにやむを得ないかもしれませんが、少し安易に感じました。{/netabare}

平安時代から鎌倉時代(武家社会)への歴史の転換点を、少し学んでみたい方におすすめの作品です。

(参考評価:3~11話3.7点)
(視聴2022.5~6)

<2022.6.18追記>
1つ書き忘れたこととして、本作を見て、昔の日本には「出家」という人生のスタイルがあったのだなと思いました。
戦や病で家族(子ども)や恋人を失うことも現代よりもずっと多かったはず。世俗での様々なことが嫌になったり、やるせなくなったり、そういった時に仏門に入り、祈り奉仕することに人生を捧げるのが自然な選択として存在していました。
今はその機能がほぼなくなっていると思いますが、それゆえにひきこもりや鬱などの精神疾患が社会問題となったのではないか。昔の人間のほうがメンタルが強かったというわけでもないのではないか、と。

投稿 : 2022/06/21
閲覧 : 219
サンキュー:

26

ネタバレ

shino さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

すべて枯れゆく

山田尚子&高野文子、
制作、声優、条件が揃いすぎている。

平家の人々と琵琶を持つ少女びわ、
時代に翻弄されながらも懸命に生きる人々、
貴族社会から武家社会へ、激動の時代に揺れる。

諸行は無常であること。

羊文学の主題歌が美しく、
平家の栄華を描いたものであれ、
その日常に、その風景に、
無常観という魔法がどこか揺蕩い、
ここに生きた人々が愛おしくなる。

{netabare}亡者が見える重盛に、
亡者は何を語るのでしょう!?{/netabare}

やがてくる没落か、己の死か。

最終話視聴追記。
水面に沈む平家の赤旗、叫べども届かず、
{netabare}長門の潮の流れ、あまりにも美しい夕凪、
生者必滅、渦に身を投じ、ここに散る。

生きることは、語り継ぐことなのでしょう。
正しく喪に服し、亡き者に祈りを捧げる。
人の世にある苦しみを乗り越えるための祈りを。{/netabare}

沙羅の花、儚く美しく。

合掌。

投稿 : 2022/06/21
閲覧 : 446
サンキュー:

59

ネタバレ

素塔 さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

平家幻想記

この極めて特異な創作物を受容する際に、私たちはごく自然に
二つある出発点のいずれかを選んでいるはずだ。
原典たる『平家物語』か、あるいは京アニの至宝、山田尚子監督か。
別の言い方をすれば、テキストと演出、そのどちらに軸足を置くか。

アニメ作品として鑑賞する場合は、後者の方が正しいのだろう。
山田監督のリリカルで繊細な演出による再現を味わい、さらに踏み込んで、
物語が最後に到達する、"祈りを込めて語り継ぐ"という究極の境地に
監督自らが体験した悲劇を重ねあわせる深い理解のかたちを
他の方のレビューによって教えて頂いた。

おそらく監督は、この一大古典をめぐる目の眩むような経験の堆積を
まずは括弧に入れ、まっさらな気持ちでテキストに向かったことだろう。
だから今、テキスト派の急先鋒である自分もまた、敢えてこの名前を括弧に括り、
純粋にドラマツルギーの観点から、この創造の真価を問うていきたいと思う。


Ⅰ 序・物語の亡霊
{netabare}
本作の原典が豊かにはらむ、叙事詩的な物語の雄大なうねり。
自分は多分、それを無意識に追い求めてしまっているのだろう。
現代風なアレンジの妙味や作家性の観点での評価ができない。
つまり本稿は、アプローチの出発点を原典においている。

原典との対峙によって生み出されるべき、物語のダイナミズム。
そこを捉えることにしか興味が向かわない自分は、そのための作業として
印象を整理し、抽出したシェマティックな解読格子を用いて
全体のフェーズの転換を巨視的に把握しようと試みた。

自分は原作の側に立ち、このアニメにどんな創意が見出せるか、
それが古典を素体とした作品創造としてどれほどの域に達しているかを
吟味しようとするのだが、この評価の尺度自体が全くの主観に過ぎない。
そんな空想めいた我流の着眼を憚ることなく推し進めた本稿は
きわめて個人的な「幻想(妄想?)」であることを予めお断りしておきたい。
要するに、本人以外には意味不明だろう、ということです。

              *

古典とは歴史の亡霊である。
とりわけ伝承文学は、消えていった無数の声によって形づくられ、
物語の中の人物には焼印のようにその痕が刻まれている。

我々とは根本的に組成が異なる彼らの行為、彼らの運命を
つかさどるものはすでに、心情や一般的な法則ではなく、
物語をとおして表出される歴史の情念(パトス)なのである。
眼の眩むような時の堆積を引き受ける覚悟をもって
相当骨太に描かなければ、その存在感は引き出せないものなのだ。

「平家物語」という素体の特異な性質上、
史実と物語との関係やバランスは特に熟考されていなければならず、
(物語内部の人物と実在の人間が異質な存在である点も含めて)
「物語」のもつ強烈なオーラを流し込むための創造的な方法がないまま、
ただ普通に現代的な心情を持ち込んで、人間ドラマに仕立てるのであれば、
結果としてプロットだけが平家の、単なる史実寄りのドラマ化でしかなく、
中身はごく月並な人情劇になってしまうだろう。

古典とは本来、我々にとっては理解困難な異物のようなものであるはずで、
そこに現代との回路を開くものはただ創造的な飛躍あるのみ。
その意味で本作の、異形性、異界との親近性の設定は必須だったと言える。

びわ。平重盛。
呪われた眼をもつ少女と、呪われた一族の後継者。

重盛の死を転機に、この着想の潜在力は発揮され始める。
疑似父娘関係を解消し、怨霊をも見る眼を備え、平家物語の、
あるいはすべての「もの‐がたり」のデモーニッシュな闇を掬い取る
選ばれし語り手となっていく成り行きが是非観たいと思う。

単なる予知能力というよりは、破滅の運命を予言することにおいて、
彼女にはギリシャ悲劇で神託を伝える巫女の面影がある。
童形であるのは神性が女性的なものに勝っている暗示だろうか。
折々挿入される成長したびわの弾き語りも、まだ強い印象を残さないが、
彼女が今後、大化けしなければこの作品は不発に終わるとさえ自分は思っている。
{/netabare}

Ⅱ 夏椿と揚羽蝶―びわ
{netabare}
激しく琵琶をかき鳴らし、熱っぽく橋合戦の段を語るびわの
おそらく作中では初めて、真正面から捉えられた顔を見てハッとなった。
亡父の眼を受け継いだかのように、彼女の両眼は灰青色に濁り、
盲目の琵琶弾きとなった姿がはっきりと認められたのだ。

何時、どのような経緯でびわが失明したのか、まだ明かされていない。
この変容を今まで何となく見過ごして来たおのれの迂闊さに驚くとともに、
自分の主観はそこに、時代を超越した物語生成の秘密と、
一人の少女の人生とが複眼的に捉えられた、本作の核心部を見たのである。

この直観はまず、全編の幕開けを告げる冒頭の、あの映像への回帰を促した。

無心に虚空を舞う、アゲハ蝶。
合間に挿入されるカットは、例の「沙羅双樹」の花らしい。
要するに「平家」の有名な導入をもとに、映像によって無常観を表現した
ありふれた手法だと当初は受け流していたのだが、やはり気にはなっていた。

バグのように明滅する光の滲み。この効果は何を伝えようとしているのか?
何となく、誰かの視像のような気配があると感じてはいた。
そして、漸く確信できた。・・・凝視しているの多分、びわなのだ。
それも、失明する前に見た記憶の中の光景が、揺らぎを帯びながら
いま、立ち現れているかのようだ。・・・おそらくこれは、
彼女の内部に閉じられて消え残った「世界」の残像なのだろう、と。

・・・まぼろしのように咲く、沙羅双樹の花。
日本にあるのは本種ではなく、分類上は異種であるナツツバキなのだそうだ。
沙羅双樹よりも飾らない、この名の方がむしろ似つかわしい。というのも、
実はこの花、重盛の屋敷の庭前に咲いているさまが作中に描かれているのだ。
つまりこれは、仏教的無常観に基づいた大仰な文学的修辞をなぞったものではなく、
びわの記憶の中の花、一人の少女が過ごした懐かしい日々の思い出が重ねられた
現実の花として描かれているのである。

そして、はかなげに飛翔するアゲハ蝶について。
考察勢はとっくにネタにしているだろうが、遅れて自分も思い当たった。
平氏の家紋は「揚羽蝶」であり、従ってこのイメージの象徴性は明白なのである。
仮に、それを見つめている眼差しがびわのものであるとすれば、
すべてが終わった現在、ないしは無時間的な場所でまさぐられている、
哀惜と情愛のこもった心象ということになるだろう。

すなわちこの冒頭は、盲いたびわの心象世界を表現した
エンディングアニメーションと呼応しており、その要約と見なせるものだ。
流れる雲と波、海鳥、水底の泡沫など、海のイメージに置き代わっているが、
その中には夏椿の花もあって、象徴するものはアゲハ蝶と同じである。
それは、儚く滅び去った懐かしい人々にまつわる遠い日の光景、
心の中に果てしなく去来する、失われた「世界」の記憶だ。

エンディングに関してもう一つ、付け加えておきたいことがある。
彼女が灯火を吹き消すシーン、これを自分は以下のように解釈したい。

「Ⅰ」で言及した突飛な連想の繰り返しになるが、
ギリシャ悲劇「オイディプス王」の始まりと終わりを画す、
運命を予言する者(巫女)と、運命の果てに盲目となる者(オイディプス)、
この両者がびわの中に共存していることに気づき、自分は衝撃を受けた。

彼女に備わった禍々しい明視。失明はその呪われた力の帰結なのかも知れない。
もしそれが彼女自身の固有の運命であり、その成就であったとすれば、
彼女こそは滅びゆく者たちの真の同伴者だったと言えるのではないだろうか?
「平家」でも特に有名な、「見るべき程の事をば見つ」という台詞がある。
入水する知盛が最期に遺したこの言葉はそのまま、悲劇の観察者であった
びわの言葉にもなり得ただろう。自ら灯りを吹き消すエンディングの動作には、
運命の果てに彼女が到達した心境が表明されているように思われてならない。

真理を見た者はその代償に、世界から乖離し、孤立した存在になる。
だがその時、認識は表現へと転位し、「物語」がそこに出現するだろう。
芸術創造の秘儀をめぐる、ある普遍的な真実がここには潜んでいる。
本作がきわめて独創的な「平家物語」誕生譚ともなり得る契機が
ここに予示されたと考えるのは、妄想に過ぎないだろうか…。
{/netabare}

Ⅲ 落日の母性―徳子
{netabare}
びわ。―この機能性に富んだオリジナルキャラクターの創案が
本作の最大の独創であることは言うまでもない。
さらにびわと一対にするかたちで、清盛の娘にして安徳帝の母たる徳子を
本作の主人公として設定した着想もまた、特筆すべきではないだろうか?

勿論、彼女が主人公の要件を満たしているかには異論もあるだろう。
確かに、現代的な自我を感じさせる言動で、作中では例外的な存在だと言えるが、
そのポジションからして、主体性と能動性が示される機会がないために、
その言葉がどこか内実を伴わずに浮いてしまっているきらいがあった。
静的な形であっても、彼女個人の主体性をどのように描き、現出させるか、
そこが難題となっていたと思われる。


第八話に至り、ついに瞠目すべきシーンに出会った。
都が源氏の手に落ちようとしている状勢を嘆く弟の資盛に対し、
徳子はしずかに、決然として言い放つ、

「いいえ。帝がいらっしゃるところが都よ。」

たった一言。だが、これまでのモヤモヤを晴らすのに十分だった。
これまでも彼女の心の想いが吐露される機会はいくつかあり、
懐剣を手に清盛に反抗する激しいシーンなどもあった。が、
心底、揺さぶられたのはこのセリフが初めてだった。

未来の見通せない、大きな危機に直面する現状において、幼い帝の母という、
自らの置かれた現実を真っ直ぐに見据え、その中で発せられたこの言葉は
自らの当為への能動的なベクトルを孕んだ、揺るぎない信念と覚悟の表明に他ならない。

このセリフの感銘をさらに深める背景がある。
第七話で彼女は後白河院にこのように語っていた、

「望まぬ運命が不幸とは限りませぬ。
 望みすぎて不幸になった者たちを多く見てまいりました。
 得たものの代わりに何を失ったかもわからず、ずっと欲に振り回され…。
 わたくしは泥の中でも咲く花になりとうございます。」

「望まぬ運命が不幸とは限りませぬ」。
彼女はすでにこの時、自らの運命の主体となる望みを表明していた。
その願望が今や、現実のものとなったのである。
彼女が言った、「帝がいらっしゃるところが都よ。」という言葉はまさしく、
運命がもたらした自らの現実を、無条件に肯定する言葉なのである。すなわち、
「いま自分のいる場所が、自分が本当に生きるべき場所なのよ。」
このような意味合いがそこには込められているのだ。

他人に強いられた道であろうと、それを自らの道として受け容れ、
母であることを自らの運命として選び取り、彼女は自分自身になっていった。
つまりこの言葉に、徳子の人間像が最終的に定位していると感じられたのだ。
この時、彼女は真に本作の主人公になったのだと思う。

自分の見る限り、本作で自らの信念を生きる人物は清盛と徳子の二人である。
動と静の極端な違いはあるが、やはり彼女は清盛の娘なのだ。
清盛の死により父性の軛から解放され、自立が実現された時、
その内面の強さが表れ、輝きを増してゆくのは自然である。

そしてここに、物語のフェーズの巨視的な転換が認められるだろう。
父性的なフェーズの中に埋没していた「母性」の位相がせり上がる。
主人公となった徳子の母性が物語の軸を形成し、悲劇の核心となる。
父性の物語から母性の物語へと、作品の本質が顕現したのである。

我が子との平穏な生活だけを一途に願う徳子の心境が語られるにつれ、
作中に徐々に浸透してくる母性。それはまた、こじつけのようだが、
自らの道を歩み始めたびわの、母探しの旅にも及んでいるのかも知れない。
びわが抱く母への憧憬と、徳子が母として抱く憧憬、この二つの心情が遠く呼応しあう。
徳子がかつてびわに語った、世界の苦悩の源となる一切への「赦し」。
この言葉の思想的な深みはおそらく、母性の文脈でしか開示できないものだ。
すなわち、本作の最終的なテーマはこの線上に求められるのだろう。


この転換に同期して、作品内部にも変化が生じたように感じられた。
今回の第八話に至って、心情の新しい地平がひらかれたように思われるのだ。

絶対的な支柱であった「父」を喪うことにより、一門の者たちは不可避的に
「残された者」という共通の存在規定を一律に受け容れることになる。
その結果、それぞれが「喪失」と向き合い、覚悟であれ、逃避であれ、
自身の選択を迫られることにより、当てがわれた役回りを超えた「個」がそこに現れる。
維盛を筆頭に資盛、さらには宗盛に至るまで、人物に陰翳と深みが加わってくるようだ。
逸脱を承知で、これを実存的契機の発現と呼びたい衝動に駆られる。

中世のテキストに現代風の心理模様を導入するための方策として
敢えてドメスティックな関係性の中に限定した心理表出を用いることで、
いわば古典の中にホームドラマを組み込む形で、現代との折衷を試みている。
こんな推測を自分はしてみたのだが、この見方に即して言えばついに今回、
ホームドラマから本格的な群像劇へと、脱皮が遂げられたと言えるように思う。

それは終局に待つ"滅び"へと向かう、心のドラマの始まりである。
作品の表層を漂いつつ、しずかに高まる哀感は来るべき悲劇を準備する予兆のようだ。
{/netabare}

Ⅳ 物語の定位―びわと徳子
{netabare}
本作終盤の張り詰めた、悲壮な高揚感は見事というほかない。
第八話に引き続き、この第九話も実に感銘が深かった。
率直な感想が不得手で、ついまた理屈に走ってしまうのだが…。

「定位」という語を用いて説明してみたいと思う。
平たく言えばものの位置が定まることだが、
本来の orientation に引きつけた「方向づけ」の意味に
自己流のニュアンスを加え、作品解釈のツールとしているものだ。
その場合、方向を指し示すかたちで位置が確定すること、
さらに、作品内部の多様な運動が最終的に一つの方向に収斂し、
帰結点を示す段階に達したこと、といった事態を言い表している。

その意味で、第八話にははっきりと定位の瞬間が捉えられた。
「Ⅲ」に記述したとおり、徳子の主人公としての位置が明確に定まり、
結末に向かう道筋が示される。そこに開示される「母性」こそが
悲劇を超克する原理となることが予感されるのである。

「父性/母性」のシェーマは読解のために仮に抽出したものだが、
大筋としては、ドラマの深層部の力学的な発現を次のように捉えることができる。
序盤。清盛の強大な「家父性」に対比される重盛の「慈父性」、
これら対称的な二つの父性の対立と拮抗により、物語は膠着する。
中盤。重盛の死により、清盛の父性の暴虐が極まるが、清盛も死ぬ。
「父性」の完全な退場。そして、母性の物語へとフェーズの転換が生じ、
「Ⅲ」で言及したとおり、物語の焦点は徳子に絞られてゆく。

図式的な整理のようだが、内容の深化にも対応している。
徳子の姿勢が、受動的な在り方から能動的なそれへと変化するのは
父性の支配からの母性の脱却に即した、つまりは、
「清盛の娘」から「安徳帝の母」への、彼女の本質規定の転換であり、
この転換を軸に、物語の位相そのものが転回したと見ることができる。

そして、第九話。ここにまた、一つの定位が認められた。
前話が徳子による主題面での定位だったのに対し、
今回はびわを介しての、作品の構造面での定位が果されたと言えるだろう。

彼女はこう宣言する、

 平家の行く末を見届けようと思う。
 見届けて、祈りを込めて琵琶を弾く。
 そなたらのこと、必ずや語り継ごうぞ・・・

見届けて、祈りをこめ、語り継ぐこと。
この決意がびわのキャラクターを最終的に決定することは言うまでもない。
もともと彼女にはいくつもの機能が付託されており、
ストーリー展開における視聴者視点の導入という表層面に加え、
深層面でも上記の、重盛の「慈父性」を発現させる役割を担っている。

もっとも、ここに構造面での定位を捉えるのは、
原典に軸足を置いている自分ばかりの見方になるのかも知れない。
自分の目には本作が出発点から二重性を孕んでいるように見えていた。
中世と現代。古典のテキストと現代風ドラマ。乖離する危険を帯びた
この異なった二つの位相の調和ないし融合が本作には求められるはずで、
その処理法の一つが、折々挿入されるびわの弾き語りだったわけだ。

今話のびわの開眼はこの問題への根本的な解答となるものだ。
「語り継ぐ」者の誕生、それはすなわち「平家物語」誕生の瞬間であり、
「平家」のテキストが最終的にアニメ側のドラマに統合されたことを意味する。
それにより、物語の発生を語るドラマとして本作の定位が果たされ、
いわばオリジナルな「平家物語」創生譚としての本質が明らかになったのである。

「作者」としてのびわにその存在意義が収斂する時、
創造行為というものへのひそやかな眼差しがそこに垣間見えそうな気もする。
通常の現実観察の限定的、断片的な記録の域にとどまらずに、
全てを見る能力によって、語るべき物語は彼女の内部ですでに完成している。
自らが語るその物語の中には、かつての自分もまた息づいている。
この自己言及的な、再帰的な完結性こそは「見者」の呪われた宿命であり、
表現こそがその使命となる。・・・といった、芸術発生の秘儀をめぐる
「Ⅱ」の個人的妄想を想起して、少し感慨深かった。

祈り。語り継ぐこと。そして、赦し。
いずれも現実に対して直接作用しない、無力な営為に思われるだろう。
だが、決してそうではないのだ。それらはしずかに周囲に働きかけ、
眼に見えないかたちで世界を存続させている「魂の行為」なのである。
本作は、それらが究極的に二人の女性に具現されることにより、完結を迎える。
自分はここに、この「平家物語」の到達点を見出したように思う。

「父性」に対する超克の地平としての「母性」。それは
悲劇の彼方に、それと向かい合うための「救済」の力として要請されるものだ。
徳子の「赦し」は世界の苦悩の源となる一切に及び、それを包もうとする。
また、びわの「祈り」は、見るだけで何もできなかった自らの苦悩を
救済する道でもあったことに注意したい。ここに表れている心情は
現代の我々の感性にも訴えかけてくるものではないだろうか。
{/netabare}

Ⅴ ドラマツルギー覚書
{netabare}
最終二話についての所感はついにまとめ切れなかったが、
取り敢えず、頭の中に残った想念を覚書風に書きとめておく。

まず、作品全体から受ける印象として言えるのは、
感覚的な愉悦が主であり、精神的な充足感が意外に希薄であることだ。
勿論、一個人の感じ方だと言われればそれまでだが、自分はここに
ドラマツルギーの方向性に関する根本的な問題が認められるような気がする。

「ドラマツルギー(作劇法)」については、
参照したコトバンクの解説に、以下のような二つの傾向が指摘されていた。

 ① 一つは論理的な筋の展開を重んじ、知的、構築的、求心的である。
 ② 他方は音楽性や視覚性を採用して、感覚的、絵画的、遠心的である。

演劇とアニメの違いはあるが、本作が②のタイプに合致することは確実だろう。
卓越した美的センスと繊細な感性に裏打ちされた演出が最大の見どころとなる。
それだけに、原典にまつわる「滅びの美学」といった固定したイメージを
ただ美しく上書きするだけの作品に終わるのではないかという危惧もあった。

因みに自分はすでに削除したレビューの中でこんな難癖をつけている。

 今話は冒頭から冬椿の赤い落花が執拗に反復されていた。
 ポトリと花の落ちる様は斬首と死、その色には流される血や戦火、
 さらに平家の赤旗に絡めて、一門のたどる運命が暗示されているわけだ。
 「Ⅱ」で触れたナツツバキ-沙羅双樹の清浄な白との対比が鮮やかだ。

 ただ、こうした演出の効果が十分に発揮されているかはかなり疑問である。
 記号的な布置が有効に機能するためには、相関する心情と呼応し、
 共鳴が生じなければ、張り詰めた意味の磁場は形成されず、説明的な技巧に終わる。
 小手先とまで言ったのはちょっとひどかったが、あまり利いていない印象はある。

ふたたび上の解説に戻ると、次のように続く、

「どちらも作品としての統一性や全体性を意識し、リズムを考えるが、
 前者は戯曲そのものに示される知的内容の緊張と解放のリズムに、
 後者は演者が加わって始動する上演のリズムに重きを置く傾向がある。」

要するに、ストーリーと舞台効果の、いずれに主眼をおくかということだが、
言語の論理を介さず、感覚に直接訴えかける表現という具合に後者を拡張すれば、
本作の特徴を言い当てていると言えるだろう。反面、どこか緊張感に乏しく、
ストーリー展開がしばしば停滞し、弛緩する傾向もあったように思う。

さてそれでは、今ここに①のタイプ、即ち
「知的、構築的、求心的」なドラマへの志向が極端に強い人がいて、
本作を視聴しながらレビューを書こうとしていると仮定しよう。
おそらく彼は、自分の志向性に即して物語の構造を読み解きつつ、
あるべき展開を推論し、そこに有機的に連関したテーマを措定することだろう。
そして図らずもその実例となるのが、上の四編のレビューなのである。

・・・そう、それは私です!
もうお分かりだろう。もっともらしいことを述べているようだが、
意図するところは実は、自分がレビューした内容に関する釈明なのである。
本来②のタイプである作品の本質を見誤り、見当違いの解釈をしていたという訳だ。

「平家幻想記」と称する上の文章の「Ⅲ」と「Ⅳ」において、
徳子に具現される普遍的な「母性」による救済がテーマ的な収斂点になると考え、
最終話にその集約となる場面があるはずだと予想していたのだが、
原典どおりの「大原御幸」が淡々と描かれるばかりで、見事に空振りに終わってしまった。
とは言え、すべて的外れだったかというと必ずしもそうではない。
びわが内包する「表現者」の運命への直観にもとづいた「Ⅱ」の読解が
ほぼ正しかったことは、壇ノ浦のラストシーンで証明されたように思う。

徳子の場合もびわの場合も、推論のプロセスは同じである。
即ち、モチーフと設定が孕む潜在的な劇性を最大限に引き出すこと、ただそれだけだ。
それこそが理論以前のドラマツルギーの大前提であり、根源的な要請だとする
ナイーブな信念によって、自分のこれまでのレビューはすべて書かれている。
今回、一方が正解で、他方が無茶振りに終わった理由を考えると、
本作には最初から思想方面の志向がなかったという結論になるのではないか。

象徴的なのは、全編を締めくくるラストシーンである。
多くの人々の想いが縒り合わされて、一筋の祈りの糸となり、
「祇園精舎」の冒頭句が連禱のように唱和され、その声は響き交わし
すべてが祈りへと昇華されてゆく、息を呑むような荘厳さの中で物語が結ばれる。

テーマ的な収斂点であるはずの「祈り」はこのように、実に感覚的に表現される。
②の「音楽性や視覚性」の採用は最後まで徹底しているわけである。
その内容も徳子自身の来世と一門の冥福に向けられた限定的なものであり、
前に示唆された「赦し」の普遍的な抱擁性からも逸脱してしまっている。
テーマ面での不徹底さが逆に露呈している部分だと思う。

最後に、上で引用した一節はこう締めくくられている、

「どちらかといえば、西洋の演劇は前者の、
 東洋の演劇は後者の傾向が強いといえよう。」

「平家物語」を扱うのなら、西洋的な論理性よりも
東洋風の感性的アプローチこそが自然であり、最良であることに異論はない。
若い時分に外国の文学と格闘し、西洋式な見方がこびりついている自分は
やはり偏向しており、本作を十分に味わい得なかったことを率直に認めよう。
思想性云々はさておき、本作が比類なく美しいアニメであることに間違いはない。

以上を踏まえて本作を次のように総括したい。
確かに「山田尚子の平家物語」としては、一定の評価を得るだろう。だが、
自分が期待していたような、現代的な視角を導入して古典に生命を吹き込む、
我々のための真に新たな「物語」の創造には至らなかったようである。
{/netabare}


主観的なイメージを虚しく追い求め、結果的に座礁したこれらの雑文は
削除して然るべきものだが、考えようによっては一種の思考実験とも言えそうだ。
身贔屓のようでも、当面はこのままにしておきたいと思う。

タイトルの「幻想」の含意も変化している。以前は単に、
誘発された想念を好き勝手に書きつける、といった程度の意味合いだったが、
今は少し違う。これらの記述は、あるいは別の世界線に存在したかも知れない(笑)、
もう一つの「平家物語」をめぐる、ささやかな幻想の記録なのである。


(2022.2.3、初投稿。6.20、修正完了。)

投稿 : 2022/06/21
閲覧 : 1342
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ネタバレ

ぺー さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

雰囲気の功罪

そのまんまお馴染みの古典をモチーフに山田尚子氏がメガホンをとり、複数作品でタッグを組んだ牛尾憲輔氏が音楽を担当。さらにシリーズ構成/脚本に吉田玲子氏を迎えるとなると期待せざるを得ません。声優陣も盤石な配置。
一方でこれだけ化物級の古典となると、史実との辻褄合わせもさることながら合わせて原本とダブルでの整合性を求められる難しい側面もあったりするのが悩みどころです。

 エンタメとの両立ができるか?

長年読み継がれてきた原典はその事実をもって価値ありと断言できましょう。面白みは最高の素材をどう作り手が咀嚼してるか次第です。面白いとなっても以下のような受け止め方になろうかと思います。
 第一形態:辻褄はともかく単体で面白い佳作
 第二形態:元ネタの匂いを感じる良品
 最終形態:原典へのリスペクトを感じる名作


もともと『平家物語』作者は信濃前司行長とされてますが、琵琶法師の口伝が元ネタとの論も根強く、本作で琵琶法師の少女びわ(CV悠木碧)が観察者視点で物語に関与している点は小町…じゃなかった、、、ペー的にポイント高いです。
細部はともかく源平の顛末を知らない人はさすがにいないでしょう。結末を知ってる上での全11話を終えての感想。古典で答えに窮した時の模範解答↓

 {netabare}趣きがある{/netabare}

冒頭の答え合わせをすると“第二形態”となりましょうや。
結末を知っているのは我々だけではなくびわも一緒という設定。平家視点で描かれる群像劇は彼らに肩入れしながら知っていてもなにもできない無力感とセットです。琵琶を鳴らしながらの悠木さんの芝居も素晴らしい。納得のキャスティングでした。ヒロイン的な役どころは早見さん担当になるのでしょう。品が出ますね。
また良い意味での雰囲気お化け山田監督の映像に芝居させる手法も健在。やや平面的なデザインは絵巻物のようでこれまた趣きがあるといったところでしょうか。平家カラー赤色の椿が千々になるカットが幾度挿入されるのも印象的です。沙羅双樹の花の色は一説では白味がかった黄色と聞きますが、楽器琵琶の黄色味と語り手びわの白髪との配色で盛者必衰の理をあらわしてたのかもしれません。
{netabare}びわといえばやっと見つけた母が呼んでた実名“あさぎ”にも感慨深いものがあります。≪浅葱≫はやや青みがかった色を指し、母と同じオッドアイの着色と一緒。そんな母との繋がりを成り行きからか未来視できる己を疎んだかびわはあさぎ呼びを否定しますが、口とは裏腹に浅葱色の眼を平家の行く末を語り伝えるために使うと覚悟を決めたのはこの再会からでした。さらにあさぎ呼びを拒絶し「お達者で」と母と今生の別れを済ませながらも肌身離さなかった琵琶は≪浅黄≫薄い黄色すなわち沙羅双樹の花の色でもあったのです。うーん、掛詞。{/netabare}
映像だけではありません。今期OPとED双方を早送りしなかったのは本作のみでした。世が乱れようがきっと「世界は美しい」と歌いあげてる羊文学さんの曲も読経のようなスチャANIさんのも本作に合ってるのですよ。

保元・平治の乱以降、福原京への遷都そして屋島・壇ノ浦そして{netabare}大原御幸{/netabare}までをこの尺で取捨選択しながらやるのは至難の業だったと思われますが程よくまとまっていたと思います。
視点を平家に置いて浮気せず、平○盛ら盛々シリーズを程よく拾いながら徳子(CV早見沙織)を彼らより少しばかり前に出して平家方の“迷い”と“覚悟”を語らせる。ここがブレません。安徳天皇の故事をここで知って歴史に興味をもつなんてこともありそうです。


■まとめ:第二形態の理由

今クールの中でもトップクラスに良い作品。
抒情的な演出が得意な監督の芸風に沿った全11話とも言えます。作り手の咀嚼っぷりも魔改造してなくて一安心。そりゃ個別では首傾げるとこありましたが『平家物語』と銘打つ以上独自解釈に思いっきり舵を取るのは危険と判断したのでしょう。
その一方で抒情性に身を委ねたいわりにはどうしても故事(事件)の挿入っぷりが叙事的であっさりしていること。「○○があった」以上以下でもないと見えるのは良し悪しでしょうね。これは好みだと思います。いちいち拾うものなら資盛と徳子に仕えてる伊子(建礼門院右京大夫)のネタだけで3~4話できますもん。白拍子三人娘の片割れ(静御前)なんかもそう。モブが豪華すぎるのが悪いです。



※閑話休題

■はるばる壇之浦

数年前に壇ノ浦古戦場訪れた時紙芝居やっていました。演目は『耳なし芳一』。おじさんの迫真の芝居とプレイヤーから流れる琵琶の音色で娘がガン泣きしたのは良い思い出です。
今思えば安徳天皇陵ある赤間神宮行っておけばよかったです。隣接してる春帆楼には行ったのに。



視聴時期:2022年1月~3月 リアタイ

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2022.03.29 初稿

投稿 : 2022/06/15
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ネタバレ

masasan さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

見事!

「敦盛の最期」をどう描くのかが、観る前からずっと気になって
ました。このくだりは中学2年生の国語の教科書に載ってます。

物の見方によっては、ホモセクシャルのような印象を与えてし
まうので、そのあたりを吉田玲さんがどう解釈するかを楽しみ?
にしていました。

見事でした。平家物語の無常観と悲哀が伝わってきた!

次は「宇治拾遺物語」とかやってほしいですね。古典はオチ
がないので難しいとは思いますが。

投稿 : 2022/05/27
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ネタバレ

たわし(爆豪) さんの感想・評価

★★★★★ 4.3
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

滅び行く者たちへの鎮魂歌

今更、「源平合戦」の話をするのは「第二次世界大戦」の話をするのと同じくらいむず痒さがするもので、

なぜなら「当事者」ではないからである。

昔話として聞かされた。。あるいは歴史の授業でといった形であり、

僕の世代より若かったりすると尚更だったりする。

しかし、アニメーションという技術で当時の出来事を取り扱う際、歴史的整合性より、当時の人々の感情をよりダイナミックに表現できるという意味では、大河ドラマよりも相性が良いのかもしれない。

しかも、西洋的な「何かを成し遂げて勝利を目指す」ような正にメシア(キリスト)の復活譚より、「人間の命の貴さ、儚さ」を謳う日本の精神性がこの作品をより文芸の域まで押し上げている。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り。

色即是空、空即是色。

何事も始まりがあり、終わりがあるのです。

投稿 : 2022/05/14
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take_0(ゼロ) さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

びわは私たちですね・・・。

・平家にあらずんば、人にあらず・・・。
・驕る平家は久しからず・・・。
・祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・。

まぁ、日本人なら必ず聞いたことのあるフレーズではないかと思います。
主に授業で、かもしれませんが。


恥ずかしながら、私はいわゆる「古典」というモノにあまり興味が湧かず・・・。
授業でも現代文あたりは得意だったのですが、古典というとからっきし・・・。
某NHKのマンガで読む枕草子で納言ちゃんの力を借り、やっと古典というのも面白いかな、と実感した実績の持ち主ですw。

その後も、源氏物語くらいは・・・読んでおかねばと思い挫折し、オーディオならいけるかもと平家物語の朗読を聞いていて、語りがあまりにもおどろおどろしいもので挫折したりと散々でした。

もちろんどの物語も、あらすじというか、概略は知識として知ってはいるのですが、全体のストーリーを通読したことは無いという次第でして・・・いやはや、お恥ずかしい。

で、この作品でやっと通して話をひととおり通して観たという事になるのかもしれません。


私はこの作品は、なんとも不思議な作品だという印象を持ちました。
古典を読むと言うと、文字ばかりが目についてあまり人物の印象が湧かなかったのですが、この作品の平氏の皆さんはとても表情豊か、そして歌い、笑い、踊り、嫌味を言い、そして知性や教養も感じられる穏やかな話しぶり。
「驕る平家~」のワードであたかも悪人とは言わないまでも、自業自得というイメージが先行していた私はカルチャーショックを受けました。
もちろんアニメ作品の中での話なので、実際の過去の人物たちがどうだったかは知る由もありません。
あくまでも、この作品から受けるイメージです。
ですが、本当に雅で風雅なイメージを受けたのです、確かにおごり高ぶった我が世の春がいつまでも続くような慢心も感じられましたけどね。

当たり前の話ですが、実際もいろいろな考えの人が存在していたのでしょうね。
ホントのところは解りませんね、伝わってきているお話からしか想像することはできませんし。


さて、物語的にはびわの視点が重要になってきていました。
正に「視点」です。
最初はその目に悩み、翻弄されていたびわですが、母に会えたことによって自身の「やるべき事」を決めました。
それまでは、見る事しかできな自分に戸惑い、悩み、苦悩をしていました。

ある意味びわは私たちかもしれませんね。
私たちもこの「平家物語」という作品を観るにあたっては、既に平家の運命を知っています。
それぞれの人物がどうなるか、既に知っているのです、そしてそれは変えられない。
監督の山田尚子さんならIFの展開を使って、変えられたかもwなどというメタな冗談はさておいて・・・。

そうなんですよ、私たちもこの平家物語を見始めた時から、何も変えることが出来ずに、ただ見ているだけ、そして、この物語が印象に残れば、後に伝えていく・・・。
正にびわと同じ立場です。
ただし、実際にその場で同じ空気を吸い、人生の一時を共にしたであろうびわと全く同じとは言えませんが。

てな事を思った訳です。

それにしても、びわ役の結木碧さん、凄いですね。
とても多彩な表情を見せる魅力的なキャラクターでした。
演技、表現も素晴らしかったです。
本当に多彩なキャラクターを演じられるものだと関心をしました。

あと音楽。
OPの「光るとき」
素晴らしい曲でした、涼やかで、軽やかで、華やかで、そしてほんの少し物悲しい。
「最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても~♪」
正に、この物語のための曲という感じがしました。

ED・・・まさかラップ調とは!!
しかしながら、よく考えれば平家物語のびわ付きの朗読と少し似ているかも・・・と思ったら、意外なほどあっさりと受け入れられました。

OP/EDとも、物語とマッチしていたと思います。
素晴らしかった。


あと、あえて言うならば、古典が苦手の私が言うのも何なのですが、もう数話プラスして、有名どころの合戦の描写があっても良かった気がしたかなぁ。
もう少しボリュームがあっても良かったというか・・・。
でも、合戦メインじゃなくて、平家の人たち≒人物の流れに焦点を当てたかったのかなぁ、という思いもしました。

全体的にとても優れた作品だったと思います。
機会があったら、ぜひ視聴をしてみて欲しいと思いました。

投稿 : 2022/05/10
閲覧 : 235
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Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

そなたらのこと、かならず語り継ごうぞ…

山田尚子監督のこの作品…
「けいおん!」、「たまこまーけっと」、「映画 聲の形」、「リズと青い鳥」など、京都アニメーションを代表する数々の作品を輩出してきた方です。
改めて書き出さなくても、ご存じの方は多いと思います。

多分、この作品を視聴する前に私が一番ビックリしたのは、この作品のアニメーション制作が京都アニメーションでは無かったことです。

この作品のアニメーション制作は、サイエンスSARUさん…
これまで、「映像研には手を出すな!」「DEVILMAN crybaby」「日本沈没2020」などを手掛けてこられた会社です。
そう言われてみると、確かに映像研とこの作品では作画の雰囲気に共通項があったかもしれません。

そもそも山田監督は、京アニの監督さんじゃなかったんですか…!?
と思ってwiki先生をチラ見しましたが…正直良く分かりませんでした。
wikiには「現在の所属は不明」とだけ記載がありました。

あくまで個人的見解ですけど、いま京アニは必死に立て直しを図っているのだと思っています。
あの事件で多くの優秀な人材を失いましたので…
そんな時こそ、会社の顔となる山田監督の大きさが皆さんの支えになると思っていましたが、同時に対応できる作品にも限りがあるでしょうから、ただこの作品を京アニ以外の制作会社と一緒に作っただけと捉えれば、何の違和感も感じませんよね。

また、山田監督の京アニ作品が視聴できるのを楽しみにしています。


800年の時を超える祈りの物語

《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》

平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で
栄華を極めようとしていた。

亡者が見える目を持つ男・平重盛は、
未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、
「お前たちはじき滅びる」と予言される。

貴族社会から武家社会へ――
日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。


公式HPのINTRODUCTIONを引用させて頂きました。

義務教育の過程で誰もが学んだ平氏と源氏の物語…
その中でも繁栄の限りを尽くしていた平氏が、徐々に衰退に向かう様が色濃く描かれており、終始興味深く視聴することができました。

私は日本史では戦国時代が圧倒的に大好きだったので、平安末期の日本史は、教科書をなぞる程度しか勉強しませんでした。
そのため、恥ずかしながら平清盛の親戚では、存じ上げない方が沢山おりました。

ですが、動かし得ない大きな歴史の流れの中で、然るべき出来事や登場人物が、躍動していたのはしっかり感じさせて貰いましたよ。
あおちゃんが演じていた「びわ」は、アニメのオリジナルキャラクターとの事ですが、物語の展開が全体を俯瞰できる「びわ」の視点だったからこそ、「平家物語」を感じることが出来たのだと思っています。

また、はやみん演じた平 徳子が、こんなにも波乱万丈な人生を過ごしていたことを、この作品を視聴して知りました。

平氏、源氏や源平合戦などは誰もが知っているけれど、本当に好きな人以外は歴史を深掘りしておらず、視聴層は私の様に歴史の上辺しか知らない方が過半を超えていたと思います。
それでもしっかり堪能できる作品に仕上がっていたのは、山田監督の手腕にほかならないのでしょう。
気になる方は是非本編でご確認頂ければと思います。

オープニングテーマは、羊文学さんによる「光るとき」
エンディングテーマは、agraph feat.ANIさんによる「unified perspective」

1クール全11話の物語でした。
視聴前は作画に抵抗が無かったと言えば語弊がありますが、一旦視聴を始めたら一気見できる作品だったと思います。

声優さんの演技も素晴らしいので、少しでも琴線に触れるモノがある方は視聴を躊躇わなくても宜しいかと思います。
私はしっかり堪能させて頂きました。

投稿 : 2022/05/06
閲覧 : 224
サンキュー:

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平家物語のストーリー・あらすじ

《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》
平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。
亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。
貴族社会から武家社会へ―― 日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。(TVアニメ動画『平家物語』のwikipedia・公式サイト等参照)

放送時期・公式基本情報

ジャンル
TVアニメ動画
放送時期
2022年冬アニメ

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