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掲載している放送時期と異なる場合がありますのでご了承ください。

「平家物語(TVアニメ動画)」

総合得点
75.3
感想・評価
240
棚に入れた
759
ランキング
744
★★★★☆ 3.9 (240)
物語
3.9
作画
4.0
声優
4.0
音楽
3.9
キャラ
3.8

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平家物語の感想・評価はどうでしたか?

ネタバレ

蒼い星 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.2
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 2.0 状態:観終わった

歴史フィクション。

作画の動き自体はアニメーターを大量につぎ込んで頑張っていますけど、引っかかる内容。

第1話での主人公のびわの平家批判の罪で子の代わりに父親を惨殺することで平家の横暴を見せつけた、
軍記物語である「平家物語」にのみ記述される虚構性の強い禿(かむろ)を用いた脚色とは違い、

「驕る平家」の象徴と言える「殿下乗合事件」を指図した史実での首謀者は平重盛でありますが、
それが「平家物語」では平家の棟梁で政治の実権を握る父・清盛の悪行であると付け替えられており、
アニメでは、史実での首謀者の重盛が創作上の首謀者役を押し付けられた清盛を詰問することで、
原典の「平家物語」以上に平重盛を聖人君子として更に美化された正義のイケおじとして描き、
このアニメの実質ヒロインである徳子(重盛の妹)もまた、
権力欲が強い父・清盛に批判的である現代的な美女として描いているのに対して、
重盛や徳子と同じ血を引いているはずの平宗盛が極端に見た目も性格もバカにされて扱われていて、
清盛の子供で一人だけ遺伝子異常なのか短足・デブ・出っ歯で深海魚みたいな醜男過ぎ。
不摂生による肥満や人格をあらわす表情だけでも見た目を差別化出来るのにカリカチュアが過剰。
あの醜い姿形の宗盛が痩せて心身を鍛え直したところで重盛に似てくる姿が全く想像できませんね。

他にも源頼朝が「信長の野望・天下創世」の今川氏真みたいでひと目で分かるダメさだったり、
木曽義仲が久米田康治の漫画に出てきそうなギャグタッチの貧乏くさいボス猿だったり、
高野文子さんの原案のキャラデザが酷いかなあ。盛盛盛盛で誰が誰だかわかりづらい!
との意見が見られるように、少ない線で描き分けと個性を出そうとすると、
昭和のギャグアニメのように身体的な特徴を歪めて大げさな絵面になりますよね。
あと、サイエンスSARUの特徴的な作画だと、やっぱり平べったい。これが美しいかというと微妙。

平家討伐の立役者の源義経をステレオタイプなイケメンヒーローとして扱う一方で、
鎌倉幕府を開く兄・源頼朝が北条政子の言いなりの優柔不断の愚鈍で臆病なダメ人間扱いとか…。
「吾妻鏡」によると頼朝は自ら弓をとって数多くの敵を射抜いた優れた武勇の持ち主ですけどね、
このアニメでは、なで肩でひょろひょろした意志薄弱な惰弱者として脚色された頼朝。
これじゃ虫や蛙も殺せずにぶるぶる震えてる感じで、お飾りの総大将すら無理ですね。
自分の頭で考えることが一切出来ずに、きつい北条政子の言に自信がない表情で、

『ねえ?政子?どうしたら良ーい?』(八の字眉)
『ひゃ!?ひょえええ?』(ガクガクブルブル)
『あぁ…うん、そうする!そうするから…』(脅えたままの顔)

と頷くのが精一杯の無能な傀儡でしかないです。

この頼朝は、人目のないところで椿の枝を太刀で切り落とし続けての鬱憤晴らしで、
普段は無害そうな凡庸な顔で、おどおどと気が弱くてまともに人と会話できないくせに、
抵抗できない相手には豹変して容赦なく痛めつける人の小ささと残忍さも見せています。

これはもう、プレイヤーが嫌いな人間の名前を間抜けな敵キャラにつけて、
最初は強気なセリフを吐かせて、劣勢になった途端に命乞いをさせた挙げ句に、
主人公一行に殺させて悪は滅びた!メデタシメデタシなイベント戦闘が存在する、
「新桃太郎伝説」の怨みの洞窟を思い出す陰気なごっこ遊びですね。

こういう安っぽい脚色って、本当に面白いと思いますか?

フィクションにおける従来の頼朝像は、こんなぼんやりした人物ではなくて、
猜疑心の強さと冷酷な部分は否めないものの、
政治的なビジョンを持って動いていて駆け引きにも優れていて、
公文所の別当の大江広元らとともに権謀術数を巡らせていますよね?

これらを見せられますと、源氏側から語られることが多い治承・寿永の乱を、
平家側から切り取った家族と情愛の話として見るにも、安直で記号的な表現が多いがために、
平家の面々の感情も鎌倉や木曽らのしょーもない描かれ方も所詮は等しく作り物であり、
強烈にバイアスがかかった虚構に過ぎないと醒めてしまいます。
美しい映像とか繊細な芝居などの褒め言葉も甚だしく虚しいですね。

全11話で尺が無いせいで情報の取捨選択をせざるを得なくて、物語の切り取りで合戦の省略が多く、
清盛亡き後には実質的に平家の軍勢を支えてた平知盛や平重衡ら将の有能さがわかりづらかったり、
造り手が興味ないのが丸見えで平家随一の猛者の平教経の出番が最終回の水没シーンの3秒間のみで、
逆に平敦盛を悲劇の若武者として熊谷直実に討ち取られる散り際の描写に贔屓が全開なのですけど、
基本的には、弱い平家が源義経に一方的に駆逐されてメソメソ泣いてる話になっていますね。

創作は創作で史実に忠実である必要はありませんし、
この時代を扱った小説・漫画・ドラマなどの他の創作物も脚色だらけで独自性が強いですが、
このアニメでは特に、造り手の主観による美化と卑小化が両極端でキャラ付けが微妙ですね。
それをギャグアニメとして用いるならともかく、シリアスな哀歌でやるのは余分な雑味です。

善悪美醜すべてを兼ね備えているのが人間ですが、
このアニメでは簡略にネタキャラ化した?頼朝や義仲らの源氏の扱いの薄っぺらさと、
敢えて弱くて可哀相な人たちとして脚色して平家への同情を誘ったりとで、
それで登場人物が魅力的に見えるどころか、丁寧な部分と雑な部分の温度差の激しさもあって、
視聴者への恣意的な思考誘導が露骨すぎて世界観に浸ることが出来ませんでした。

平家が滅ぼされたのは実際のところ、都落ちしたとはいえ依然脅威であって、
西国で再起されては源氏から見て面倒なことになるからです。
戦歴から見るに平家は一方的に源氏に負け続けた力無き弱者ではありません。

このアニメでの簡素で偏向の強い人物造型や演出の表現に感化されての、
繊細な乙女のような心の優しい平家をイジメる源氏への嫌悪だのといった憤りの感情移入は、
「お~い!竜馬」を真に受けて、土佐藩主の山内容堂や上士らが陰湿で悪逆非道なクズの集まりで、
坂本龍馬を、彼一人の存在が日本史を動かした正義のヒーローだと思いこむのと全く同じですね。

作画と演出は頑張っていて技術的な部分では同時期のアニメでは上位でしょうけど、
印象操作を目的とした作為的なキャラデザとキャラ付けがあまりにもわざとらしく、
それが微妙なせいで源平合戦の物語としてはあまり面白くはない。
シンプルなデザインで演出がわかりやすい!との絶賛の声がネットでの常套句でありますが、
わざとらしく貧相なキャラデザが作画の芝居のレベルに追いついていないがために、
長所であるはずの演出だけが突出して目立ちすぎて鼻につきますね。

否定一辺倒のようですが、展開に首を傾げつつも一話目時点では凄いとこれでも思っていたのです。
その一話目がピークで、説明台詞だらけの回がつまらなさすぎて一気に評価が下がり、
クール後半になると上述のヘリウムガスよりも軽い源氏の描かれ方に興ざめしつつ、
歴史のダイジェスト展開を熱が入らない目で惰性で傍観していました。

大河ドラマでも作品によって方向性が違うように、
これもまた歴史を元にした数ある創作物の横一線のひとつ止まりであって、
ただ単にそういうやり方もある止まりで、傑出したものでもないですね。

監督が素晴らしいスタッフと一緒に作り上げた過去の輝かしい実績の数々といった、
その色眼鏡を外して作品単体で内容を評価すると、
今作でも健在なキャラクターに動きで芝居させる技術を台無しにするレベルで、
平家一門で唯一顔が人外な醜男の宗盛、モミアゲの生え方がおかしいゴリラと化した平知盛など、
誇張だらけで歪な数々のキャラデザなどのせいで色褪せたしょぼくれた物に見えてしまい、
やはり監督が過去に手掛けた精緻な演出と可愛らしさが同居した作品との違いが圧倒的に大きくて、
こんな感想しか出てきませんでした。確認のために再度見ても印象は変わりませんでした。
言っちゃ悪いですが、過去に手掛けた美少女アニメのコミカルな芝居を流用したところで、
いじめられオーラを発しているひ弱そのものな平家の公達といい、
一度見せた頬を赤らめてのぶりっ子ポーズが気色悪い後白河法皇といい、
一応出てきたけど太ももで視聴者サービスをして掘り下げの無い静御前といい、
過去作品と違って登場人物に全く魅力がありませんし、単純につまらなかったです。

結局は、膨大なスタッフがいて、その仕事の組み合わせが積み重なって作品が完成していますので、
この作品の監督が今まで手掛けてきたものには概ね好感を持って高評価をを続けてきた自分としても、
チームの仕事の成果物としてイマイチだと思えば相応の評価にせざるを得なく、
誰にでもですが、アニメ監督への行き過ぎた偶像視は良くはないと思うきっかけになりましたね。


いろいろと複雑な思いがあるのですが、見ていて本当に残念なアニメでした。
では、これにて!!

投稿 : 2022/06/26
閲覧 : 584
サンキュー:

43

ハンガー さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

期待していたのですが

どれだけ脚色があるのだろうかと期待して、先入観を持たないように努めて視聴していたのですが、一般教養であるストーリーラインをエンタメとしてとらえられるほどの魅力・脚色はありませんでした。
(六七八話の演出は上手いなあと思ってみていましたが)
豪華なメンツを揃えて平家物語を作成したというところが重要なのでしょう。
声優さんは売れっ子ばかりで上手でしたが、期待を上回るほどではありませんでした。

お金をかけて色んな箔をつけてアニメなのにさも高尚な作品っぽく仕立てている構造が内容よりよっぽど平家物語感あるなと思いました。

投稿 : 2022/06/26
閲覧 : 9
サンキュー:

2

ネタバレ

フィリップ さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

目を開いて祈ること

アニメーション制作:サイエンスSARU、
監督:山田尚子、シリーズ構成・脚本:吉田玲子、
キャラクターデザイン:高野文子(原案)、小島崇史、
音楽:牛尾憲輔、原作:古川日出男訳『平家物語』

無常観が物語の根底にある。
見ることしかできなくても、
現実をしっかりと見て、今を生きていかなければならないという、
自身への励ましのようにも思える。

諸行無常―――
全てのものは変化し、移り変わっていくもの。
変化したことをいくら嘆いても、そこには空虚しか残らない。
仏教的な無常観というらしい。
『平家物語』のなかで、山田尚子監督は「びわ」という
架空の琵琶法師を生み出し、自身を重ね、
「見ることしかできない」と語らせる。
栄華を極めた平家の一端を目にし、
そこにも気の良い人々や現実に苦しむ人々を見る。
美しいものもたくさん網膜に焼き付ける。
{netabare}壇ノ浦の戦いでは間近で戦場を目にする。{/netabare}
最初は「見たくない」と目を塞いでいた
びわが最終的には全てを見ようとする。
目を塞いでいるだけでは、何も変わらないし、
何も変えられないのだと気付く。
最後には「祈ることだけができること」と悟る。
それは、武士の社会で生きた女性の多くが
やがて出家をする境地に似ている。
{netabare}徳子のように。{/netabare}

山田尚子監督が作品でいちばん重視したもの。
平家の世で生きた人たちが普通の感覚を持つ人間だったこと。
心のある現実感のある人々だったということを
描きたかったのではないかと感じた。
平家物語としていつまでも語り続けられた
特殊な時代であっても、そこにはごく普通の
人たちが必死に、そして楽しく生きていたのだということ。
京都アニメーションもまた普通の人々が
楽しく、しかし必死になって生きていた。

京アニ放火事件によって、
とんでもない災厄に見舞われた山田尚子監督。
多くの仲間が亡くなり、
もうアニメを制作するのはやめようと考えたに違いない。
しかし、見事に復帰を果たしてくれた。
復帰第一作として『平家物語』の話が舞い込んだのは、
ある意味、必然だったとも思える。
また、山田尚子監督の決意を表していると感じる。
彼女にとって哀しみを受け止めて「祈ること」とは、
「アニメを、作品を制作すること」なのだ。

消えゆく栄華、流れゆく煙、散りゆく花。
美と無常観が画面上で流れていく。
今回は、歩んでいく人々の「足」は、
あまりクローズアップされない。
生きとし生けるものは全て滅んでしまうという感情が
物語自体の根底にあるからだろう。
しかし、山田尚子監督の表現として残されたものがある。
それは「鳥」だ。
序盤から頻繁に登場する鳥。
これはおそらく『リズ鳥』で山田尚子監督が
イメージしたものが表現されている。
監督に僅かながら残っている「未来」への感情。

飛び立つもの。
向かうもの。

何に向かっていくのかは分からない。
しかし、彼女のなかにある世界は、
現段階ではもう「諸行無常」だけではないのだ。
それが、この物語のいちばんの救いなのかもしれない。
(2022年4月23日初投稿)


山田尚子監督と音楽(2022年6月25日追記)

山田尚子監督といえば、音楽好きで知られている。
実際、作品のなかでどう考えても
山田尚子監督が引っ張ってきているだろ、と思わせて
本当にその通りのことがかなり多い。

例えば、『リズと青い鳥』のHomecomingsや
ダブル・ルーリードの表現。
『平家物語』の羊文学『光るとき』と
agraph『unified perspective』。
どれもいかにも山田監督らしい。
羊文学はいかにも山田監督が好きそうなロック。
どこかHomecomingsに通じる透明感のあるサウンドが魅力で、
これは誰が聴いてもその良さは分かるだろう。
より山田尚子監督の特異さを思わせるのはエンディングだ。

彼女は、フュージョンやテクノにも造詣が深く、
学生のころから電気グルーヴやヨーロッパのテクノを
聴いていたそうだ。
そんな趣向があるのは知っていたが、
スチャダラパーのANIをフィーチャーした
牛尾憲輔のひとりユニット、agraphの曲を
エンディングに持ってきたのには驚かされた。

音を絞ったエレクトロサウンドにANIのラップが
静かに響き渡る。
ラストの高揚感から一気に終息に向かう展開と
アニメーションが物語と劇的にシンクロしているようで、
「音」自体に意味があるように感じさせるのはさすがだ。

先日発売されたユリイカ7月臨時増刊号の
湯浅政明監督と山田尚子監督の対談を読んだ。
ふたりとも牛尾憲輔を重用しているところが
ひとつの共通点。湯浅監督は、牛尾憲輔に
「僕と山田さん、どっちが大事なんだ」と
冗談でよく問い詰めていたそうで、
ある日、酔っていたときに牛尾氏が
「僕は山田派です!」と言っていたことを
山田尚子に告げて、いじっていたのが面白かった。
湯浅監督からすると、自分は音楽について、
それほど深くは知らないので、
山田尚子監督と牛尾憲輔がツーカーなのが
少し羨ましいらしい。

山田尚子監督と劇伴を務める牛尾憲輔氏。
このふたりのコンビが、これからもどんな
化学反応を見せてくれるのか、期待しかない。

投稿 : 2022/06/25
閲覧 : 217
サンキュー:

49

ネタバレ

oneandonly さんの感想・評価

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

日本史を学ぶきっかけとして

世界観:6
ストーリー:6
リアリティ:7
キャラクター:5
情感:6
合計:30

<あらすじ>
800年の時を超える祈りの物語
《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》
平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。
貴族社会から武家社会へ――日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。
(公式サイトより)

アニメ視聴は引き続きリハビリ中。最近の作品で見るべきものがないか調べたところ、監督が山田尚子さん、脚本が吉田玲子さんであること、自分は受験で世界史を選択していたため、日本史は詳しくなく、平家物語についても一般教養範囲でしか知らなかったこともあり、本作を視聴することにしました。

まず、良かった点からですが、OPの「光るとき」は、さわやかな曲調に、響きのよい歌声が心地よく、最後までスキップすることがありませんでした(関係ないですが、何となくハルカトミユキさんの「17才」を聴いた時のことを思い出しました)。羊文学(ひつじぶんがく)がバンド名であることすら知らない状態から入りましたが、本曲の歌詞を読んで興味を持ち、塩塚さんの制作時の対談なども拝見しました。
とても高い視座から、歴史において滅んでいった人たちを鎮魂するとともに、現代に生きる我々までをも含めて鼓舞するものとなっている良い歌詞です。
ラップは門外漢なのでEDは刺さらなかったですが、OP曲は今年のベストかもしれません。

この、高い視座は、平家物語という本作において、歴史を既に知っている我々と同じであり、他の方のレビューで、未来を見通す目を持つ主人公のびわは、我々の視点を持って物語に登場しているといったものを拝見しましたが、まさにそのような役割を主人公が担っています。

そのため、出自の不明なびわが、当時の権力者であった平家の屋敷で清盛の息子や孫たちと楽しく生活したり、重盛に重宝されたり、源平合戦の最終局面の壇ノ浦まで平家方の船に乗り込んでいるといった場面にはリアリティを感じられないのですが、より客観的に物語を追うことができ、本作を新鮮な形で視聴者に提供するための仕掛けとしては十分に機能していたと思います。

{netabare}物語は、基本、史実や原書に沿った展開となっているため(徳子が生き残って出家するという本作の展開も、一方流系諸本を採用しているようです)、大きな驚きはありませんでしたが、源義経の鵯越の奇襲や、「人間五十年~」で有名な敦盛など、所々で自分の知っていることとつながる面白さがありました。厳島神社が清盛によって整備されたこと、兵庫県の福原に一時、都が移っていたことなどは知らなかったです。その他、物語上の出来事が、史実のものか確認したり、登場人物の名前がややこしいので、平家の家系図を見て頭の整理をしたり、日本史の勉強になりました。

あと、個人的に感動したことは、京都の祇王寺の由来が知れたこと。中学時代の修学旅行で京都に行った時に最も美しく風情を感じた寺で、大学時代に再訪し、庵の中でしばらく休ませていただきました。それ以来行けていないのですが、その存在を由来とともに思い出すことができました。(苔寺は予約が必要ですが、ここは予約不要で、こじんまりとしていますがおすすめです)

さて、本作の物語に話を戻しますが、大量の原作の分量からして1クールアニメにここまでコンパクトにまとめられたことは凄いです。ただ、登場人物が多すぎであることは明らかにマイナスの影響があります。清経の身投げや、維盛の出家の上での身投げ等、それぞれに感情移入することは難しく、歴史的なイベントを辿る展開が中心に感じてしまった部分がありました。

日本の歴史に基づく物語として見る価値があると思いますが、フラットに様々な優良作クラスのアニメと比べて、強く推奨できるだけの面白さがあるかと問われると、正直微妙な面は否めません。

キャラクターデザインは好みの系統ではないものの、独自性があるのは良かったと思います。顔をアップするシーンでは眉毛が一本一本描かれていたことも印象的でした。一方、重盛を史実以上に良い人に描いていたり、宗盛がいかにも凡庸そうに描かれていたり、源頼朝が北条政子の尻に敷かれた優男にデフォルメされていた点は、登場人物の識別をしやすくするためにやむを得ないかもしれませんが、少し安易に感じました。{/netabare}

平安時代から鎌倉時代(武家社会)への歴史の転換点を、少し学んでみたい方におすすめの作品です。

(参考評価:3~11話3.7点)
(視聴2022.5~6)

<2022.6.18追記>
1つ書き忘れたこととして、本作を見て、昔の日本には「出家」という人生のスタイルがあったのだなと思いました。
戦や病で家族(子ども)や恋人を失うことも現代よりもずっと多かったはず。世俗での様々なことが嫌になったり、やるせなくなったり、そういった時に仏門に入り、祈り奉仕することに人生を捧げるのが自然な選択として存在していました。
今はその機能がほぼなくなっていると思いますが、それゆえにひきこもりや鬱などの精神疾患が社会問題となったのではないか。昔の人間のほうがメンタルが強かったというわけでもないのではないか、と。

投稿 : 2022/06/21
閲覧 : 129
サンキュー:

24

ネタバレ

shino73 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

すべて枯れゆく

山田尚子&高野文子、
制作、声優、条件が揃いすぎている。

平家の人々と琵琶を持つ少女びわ、
時代に翻弄されながらも懸命に生きる人々、
貴族社会から武家社会へ、激動の時代に揺れる。

諸行は無常であること。

羊文学の主題歌が美しく、
平家の栄華を描いたものであれ、
その日常に、その風景に、
無常観という魔法がどこか揺蕩い、
ここに生きた人々が愛おしくなる。

{netabare}亡者が見える重盛に、
亡者は何を語るのでしょう!?{/netabare}

やがてくる没落か、己の死か。

最終話視聴追記。
水面に沈む平家の赤旗、叫べども届かず、
{netabare}長門の潮の流れ、あまりにも美しい夕凪、
生者必滅、渦に身を投じ、ここに散る。

生きることは、語り継ぐことなのでしょう。
正しく喪に服し、亡き者に祈りを捧げる。
人の世にある苦しみを乗り越えるための祈りを。{/netabare}

沙羅の花、儚く美しく。

合掌。

投稿 : 2022/06/21
閲覧 : 361
サンキュー:

54

ネタバレ

素塔 さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

平家幻想記

この極めて特異な創作物を受容する際に、私たちはごく自然に
二つある出発点のいずれかを選んでいるはずだ。
原典たる『平家物語』か、あるいは京アニの至宝、山田尚子監督か。
別の言い方をすれば、テキストと演出、そのどちらに軸足を置くか。

アニメ作品として鑑賞する場合は、後者の方が正しいのだろう。
山田監督のリリカルで繊細な演出による再現を味わい、さらに踏み込んで、
物語が最後に到達する、"祈りを込めて語り継ぐ"という究極の境地に
監督自らが体験した悲劇を重ねあわせる深い理解のかたちを
他の方のレビューによって教えて頂いた。

おそらく監督は、この一大古典をめぐる目の眩むような経験の堆積を
まずは括弧に入れ、まっさらな気持ちでテキストに向かったことだろう。
だから今、テキスト派の急先鋒である自分もまた、敢えてこの名前を括弧に括り、
純粋にドラマツルギーの観点から、この創造の真価を問うていきたいと思う。


Ⅰ 序・物語の亡霊
{netabare}
本作の原典が豊かにはらむ、叙事詩的な物語の雄大なうねり。
自分は多分、それを無意識に追い求めてしまっているのだろう。
現代風なアレンジの妙味や作家性の観点での評価ができない。
つまり本稿は、アプローチの出発点を原典においている。

原典との対峙によって生み出されるべき、物語のダイナミズム。
そこを捉えることにしか興味が向かわない自分は、そのための作業として
印象を整理し、抽出したシェマティックな解読格子を用いて
全体のフェーズの転換を巨視的に把握しようと試みた。

自分は原作の側に立ち、このアニメにどんな創意が見出せるか、
それが古典を素体とした作品創造としてどれほどの域に達しているかを
吟味しようとするのだが、この評価の尺度自体が全くの主観に過ぎない。
そんな空想めいた我流の着眼を憚ることなく推し進めた本稿は
きわめて個人的な「幻想(妄想?)」であることを予めお断りしておきたい。
要するに、本人以外には意味不明だろう、ということです。

              *

古典とは歴史の亡霊である。
とりわけ伝承文学は、消えていった無数の声によって形づくられ、
物語の中の人物には焼印のようにその痕が刻まれている。

我々とは根本的に組成が異なる彼らの行為、彼らの運命を
つかさどるものはすでに、心情や一般的な法則ではなく、
物語をとおして表出される歴史の情念(パトス)なのである。
眼の眩むような時の堆積を引き受ける覚悟をもって
相当骨太に描かなければ、その存在感は引き出せないものなのだ。

「平家物語」という素体の特異な性質上、
史実と物語との関係やバランスは特に熟考されていなければならず、
(物語内部の人物と実在の人間が異質な存在である点も含めて)
「物語」のもつ強烈なオーラを流し込むための創造的な方法がないまま、
ただ普通に現代的な心情を持ち込んで、人間ドラマに仕立てるのであれば、
結果としてプロットだけが平家の、単なる史実寄りのドラマ化でしかなく、
中身はごく月並な人情劇になってしまうだろう。

古典とは本来、我々にとっては理解困難な異物のようなものであるはずで、
そこに現代との回路を開くものはただ創造的な飛躍あるのみ。
その意味で本作の、異形性、異界との親近性の設定は必須だったと言える。

びわ。平重盛。
呪われた眼をもつ少女と、呪われた一族の後継者。

重盛の死を転機に、この着想の潜在力は発揮され始める。
疑似父娘関係を解消し、怨霊をも見る眼を備え、平家物語の、
あるいはすべての「もの‐がたり」のデモーニッシュな闇を掬い取る
選ばれし語り手となっていく成り行きが是非観たいと思う。

単なる予知能力というよりは、破滅の運命を予言することにおいて、
彼女にはギリシャ悲劇で神託を伝える巫女の面影がある。
童形であるのは神性が女性的なものに勝っている暗示だろうか。
折々挿入される成長したびわの弾き語りも、まだ強い印象を残さないが、
彼女が今後、大化けしなければこの作品は不発に終わるとさえ自分は思っている。
{/netabare}

Ⅱ 夏椿と揚羽蝶―びわ
{netabare}
激しく琵琶をかき鳴らし、熱っぽく橋合戦の段を語るびわの
おそらく作中では初めて、真正面から捉えられた顔を見てハッとなった。
亡父の眼を受け継いだかのように、彼女の両眼は灰青色に濁り、
盲目の琵琶弾きとなった姿がはっきりと認められたのだ。

何時、どのような経緯でびわが失明したのか、まだ明かされていない。
この変容を今まで何となく見過ごして来たおのれの迂闊さに驚くとともに、
自分の主観はそこに、時代を超越した物語生成の秘密と、
一人の少女の人生とが複眼的に捉えられた、本作の核心部を見たのである。

この直観はまず、全編の幕開けを告げる冒頭の、あの映像への回帰を促した。

無心に虚空を舞う、アゲハ蝶。
合間に挿入されるカットは、例の「沙羅双樹」の花らしい。
要するに「平家」の有名な導入をもとに、映像によって無常観を表現した
ありふれた手法だと当初は受け流していたのだが、やはり気にはなっていた。

バグのように明滅する光の滲み。この効果は何を伝えようとしているのか?
何となく、誰かの視像のような気配があると感じてはいた。
そして、漸く確信できた。・・・凝視しているの多分、びわなのだ。
それも、失明する前に見た記憶の中の光景が、揺らぎを帯びながら
いま、立ち現れているかのようだ。・・・おそらくこれは、
彼女の内部に閉じられて消え残った「世界」の残像なのだろう、と。

・・・まぼろしのように咲く、沙羅双樹の花。
日本にあるのは本種ではなく、分類上は異種であるナツツバキなのだそうだ。
沙羅双樹よりも飾らない、この名の方がむしろ似つかわしい。というのも、
実はこの花、重盛の屋敷の庭前に咲いているさまが作中に描かれているのだ。
つまりこれは、仏教的無常観に基づいた大仰な文学的修辞をなぞったものではなく、
びわの記憶の中の花、一人の少女が過ごした懐かしい日々の思い出が重ねられた
現実の花として描かれているのである。

そして、はかなげに飛翔するアゲハ蝶について。
考察勢はとっくにネタにしているだろうが、遅れて自分も思い当たった。
平氏の家紋は「揚羽蝶」であり、従ってこのイメージの象徴性は明白なのである。
仮に、それを見つめている眼差しがびわのものであるとすれば、
すべてが終わった現在、ないしは無時間的な場所でまさぐられている、
哀惜と情愛のこもった心象ということになるだろう。

すなわちこの冒頭は、盲いたびわの心象世界を表現した
エンディングアニメーションと呼応しており、その要約と見なせるものだ。
流れる雲と波、海鳥、水底の泡沫など、海のイメージに置き代わっているが、
その中には夏椿の花もあって、象徴するものはアゲハ蝶と同じである。
それは、儚く滅び去った懐かしい人々にまつわる遠い日の光景、
心の中に果てしなく去来する、失われた「世界」の記憶だ。

エンディングに関してもう一つ、付け加えておきたいことがある。
彼女が灯火を吹き消すシーン、これを自分は以下のように解釈したい。

「Ⅰ」で言及した突飛な連想の繰り返しになるが、
ギリシャ悲劇「オイディプス王」の始まりと終わりを画す、
運命を予言する者(巫女)と、運命の果てに盲目となる者(オイディプス)、
この両者がびわの中に共存していることに気づき、自分は衝撃を受けた。

彼女に備わった禍々しい明視。失明はその呪われた力の帰結なのかも知れない。
もしそれが彼女自身の固有の運命であり、その成就であったとすれば、
彼女こそは滅びゆく者たちの真の同伴者だったと言えるのではないだろうか?
「平家」でも特に有名な、「見るべき程の事をば見つ」という台詞がある。
入水する知盛が最期に遺したこの言葉はそのまま、悲劇の観察者であった
びわの言葉にもなり得ただろう。自ら灯りを吹き消すエンディングの動作には、
運命の果てに彼女が到達した心境が表明されているように思われてならない。

真理を見た者はその代償に、世界から乖離し、孤立した存在になる。
だがその時、認識は表現へと転位し、「物語」がそこに出現するだろう。
芸術創造の秘儀をめぐる、ある普遍的な真実がここには潜んでいる。
本作がきわめて独創的な「平家物語」誕生譚ともなり得る契機が
ここに予示されたと考えるのは、妄想に過ぎないだろうか…。
{/netabare}

Ⅲ 落日の母性―徳子
{netabare}
びわ。―この機能性に富んだオリジナルキャラクターの創案が
本作の最大の独創であることは言うまでもない。
さらにびわと一対にするかたちで、清盛の娘にして安徳帝の母たる徳子を
本作の主人公として設定した着想もまた、特筆すべきではないだろうか?

勿論、彼女が主人公の要件を満たしているかには異論もあるだろう。
確かに、現代的な自我を感じさせる言動で、作中では例外的な存在だと言えるが、
そのポジションからして、主体性と能動性が示される機会がないために、
その言葉がどこか内実を伴わずに浮いてしまっているきらいがあった。
静的な形であっても、彼女個人の主体性をどのように描き、現出させるか、
そこが難題となっていたと思われる。


第八話に至り、ついに瞠目すべきシーンに出会った。
都が源氏の手に落ちようとしている状勢を嘆く弟の資盛に対し、
徳子はしずかに、決然として言い放つ、

「いいえ。帝がいらっしゃるところが都よ。」

たった一言。だが、これまでのモヤモヤを晴らすのに十分だった。
これまでも彼女の心の想いが吐露される機会はいくつかあり、
懐剣を手に清盛に反抗する激しいシーンなどもあった。が、
心底、揺さぶられたのはこのセリフが初めてだった。

未来の見通せない、大きな危機に直面する現状において、幼い帝の母という、
自らの置かれた現実を真っ直ぐに見据え、その中で発せられたこの言葉は
自らの当為への能動的なベクトルを孕んだ、揺るぎない信念と覚悟の表明に他ならない。

このセリフの感銘をさらに深める背景がある。
第七話で彼女は後白河院にこのように語っていた、

「望まぬ運命が不幸とは限りませぬ。
 望みすぎて不幸になった者たちを多く見てまいりました。
 得たものの代わりに何を失ったかもわからず、ずっと欲に振り回され…。
 わたくしは泥の中でも咲く花になりとうございます。」

「望まぬ運命が不幸とは限りませぬ」。
彼女はすでにこの時、自らの運命の主体となる望みを表明していた。
その願望が今や、現実のものとなったのである。
彼女が言った、「帝がいらっしゃるところが都よ。」という言葉はまさしく、
運命がもたらした自らの現実を、無条件に肯定する言葉なのである。すなわち、
「いま自分のいる場所が、自分が本当に生きるべき場所なのよ。」
このような意味合いがそこには込められているのだ。

他人に強いられた道であろうと、それを自らの道として受け容れ、
母であることを自らの運命として選び取り、彼女は自分自身になっていった。
つまりこの言葉に、徳子の人間像が最終的に定位していると感じられたのだ。
この時、彼女は真に本作の主人公になったのだと思う。

自分の見る限り、本作で自らの信念を生きる人物は清盛と徳子の二人である。
動と静の極端な違いはあるが、やはり彼女は清盛の娘なのだ。
清盛の死により父性の軛から解放され、自立が実現された時、
その内面の強さが表れ、輝きを増してゆくのは自然である。

そしてここに、物語のフェーズの巨視的な転換が認められるだろう。
父性的なフェーズの中に埋没していた「母性」の位相がせり上がる。
主人公となった徳子の母性が物語の軸を形成し、悲劇の核心となる。
父性の物語から母性の物語へと、作品の本質が顕現したのである。

我が子との平穏な生活だけを一途に願う徳子の心境が語られるにつれ、
作中に徐々に浸透してくる母性。それはまた、こじつけのようだが、
自らの道を歩み始めたびわの、母探しの旅にも及んでいるのかも知れない。
びわが抱く母への憧憬と、徳子が母として抱く憧憬、この二つの心情が遠く呼応しあう。
徳子がかつてびわに語った、世界の苦悩の源となる一切への「赦し」。
この言葉の思想的な深みはおそらく、母性の文脈でしか開示できないものだ。
すなわち、本作の最終的なテーマはこの線上に求められるのだろう。


この転換に同期して、作品内部にも変化が生じたように感じられた。
今回の第八話に至って、心情の新しい地平がひらかれたように思われるのだ。

絶対的な支柱であった「父」を喪うことにより、一門の者たちは不可避的に
「残された者」という共通の存在規定を一律に受け容れることになる。
その結果、それぞれが「喪失」と向き合い、覚悟であれ、逃避であれ、
自身の選択を迫られることにより、当てがわれた役回りを超えた「個」がそこに現れる。
維盛を筆頭に資盛、さらには宗盛に至るまで、人物に陰翳と深みが加わってくるようだ。
逸脱を承知で、これを実存的契機の発現と呼びたい衝動に駆られる。

中世のテキストに現代風の心理模様を導入するための方策として
敢えてドメスティックな関係性の中に限定した心理表出を用いることで、
いわば古典の中にホームドラマを組み込む形で、現代との折衷を試みている。
こんな推測を自分はしてみたのだが、この見方に即して言えばついに今回、
ホームドラマから本格的な群像劇へと、脱皮が遂げられたと言えるように思う。

それは終局に待つ"滅び"へと向かう、心のドラマの始まりである。
作品の表層を漂いつつ、しずかに高まる哀感は来るべき悲劇を準備する予兆のようだ。
{/netabare}

Ⅳ 物語の定位―びわと徳子
{netabare}
本作終盤の張り詰めた、悲壮な高揚感は見事というほかない。
第八話に引き続き、この第九話も実に感銘が深かった。
率直な感想が不得手で、ついまた理屈に走ってしまうのだが…。

「定位」という語を用いて説明してみたいと思う。
平たく言えばものの位置が定まることだが、
本来の orientation に引きつけた「方向づけ」の意味に
自己流のニュアンスを加え、作品解釈のツールとしているものだ。
その場合、方向を指し示すかたちで位置が確定すること、
さらに、作品内部の多様な運動が最終的に一つの方向に収斂し、
帰結点を示す段階に達したこと、といった事態を言い表している。

その意味で、第八話にははっきりと定位の瞬間が捉えられた。
「Ⅲ」に記述したとおり、徳子の主人公としての位置が明確に定まり、
結末に向かう道筋が示される。そこに開示される「母性」こそが
悲劇を超克する原理となることが予感されるのである。

「父性/母性」のシェーマは読解のために仮に抽出したものだが、
大筋としては、ドラマの深層部の力学的な発現を次のように捉えることができる。
序盤。清盛の強大な「家父性」に対比される重盛の「慈父性」、
これら対称的な二つの父性の対立と拮抗により、物語は膠着する。
中盤。重盛の死により、清盛の父性の暴虐が極まるが、清盛も死ぬ。
「父性」の完全な退場。そして、母性の物語へとフェーズの転換が生じ、
「Ⅲ」で言及したとおり、物語の焦点は徳子に絞られてゆく。

図式的な整理のようだが、内容の深化にも対応している。
徳子の姿勢が、受動的な在り方から能動的なそれへと変化するのは
父性の支配からの母性の脱却に即した、つまりは、
「清盛の娘」から「安徳帝の母」への、彼女の本質規定の転換であり、
この転換を軸に、物語の位相そのものが転回したと見ることができる。

そして、第九話。ここにまた、一つの定位が認められた。
前話が徳子による主題面での定位だったのに対し、
今回はびわを介しての、作品の構造面での定位が果されたと言えるだろう。

彼女はこう宣言する、

 平家の行く末を見届けようと思う。
 見届けて、祈りを込めて琵琶を弾く。
 そなたらのこと、必ずや語り継ごうぞ・・・

見届けて、祈りをこめ、語り継ぐこと。
この決意がびわのキャラクターを最終的に決定することは言うまでもない。
もともと彼女にはいくつもの機能が付託されており、
ストーリー展開における視聴者視点の導入という表層面に加え、
深層面でも上記の、重盛の「慈父性」を発現させる役割を担っている。

もっとも、ここに構造面での定位を捉えるのは、
原典に軸足を置いている自分ばかりの見方になるのかも知れない。
自分の目には本作が出発点から二重性を孕んでいるように見えていた。
中世と現代。古典のテキストと現代風ドラマ。乖離する危険を帯びた
この異なった二つの位相の調和ないし融合が本作には求められるはずで、
その処理法の一つが、折々挿入されるびわの弾き語りだったわけだ。

今話のびわの開眼はこの問題への根本的な解答となるものだ。
「語り継ぐ」者の誕生、それはすなわち「平家物語」誕生の瞬間であり、
「平家」のテキストが最終的にアニメ側のドラマに統合されたことを意味する。
それにより、物語の発生を語るドラマとして本作の定位が果たされ、
いわばオリジナルな「平家物語」創生譚としての本質が明らかになったのである。

「作者」としてのびわにその存在意義が収斂する時、
創造行為というものへのひそやかな眼差しがそこに垣間見えそうな気もする。
通常の現実観察の限定的、断片的な記録の域にとどまらずに、
全てを見る能力によって、語るべき物語は彼女の内部ですでに完成している。
自らが語るその物語の中には、かつての自分もまた息づいている。
この自己言及的な、再帰的な完結性こそは「見者」の呪われた宿命であり、
表現こそがその使命となる。・・・といった、芸術発生の秘儀をめぐる
「Ⅱ」の個人的妄想を想起して、少し感慨深かった。

祈り。語り継ぐこと。そして、赦し。
いずれも現実に対して直接作用しない、無力な営為に思われるだろう。
だが、決してそうではないのだ。それらはしずかに周囲に働きかけ、
眼に見えないかたちで世界を存続させている「魂の行為」なのである。
本作は、それらが究極的に二人の女性に具現されることにより、完結を迎える。
自分はここに、この「平家物語」の到達点を見出したように思う。

「父性」に対する超克の地平としての「母性」。それは
悲劇の彼方に、それと向かい合うための「救済」の力として要請されるものだ。
徳子の「赦し」は世界の苦悩の源となる一切に及び、それを包もうとする。
また、びわの「祈り」は、見るだけで何もできなかった自らの苦悩を
救済する道でもあったことに注意したい。ここに表れている心情は
現代の我々の感性にも訴えかけてくるものではないだろうか。
{/netabare}

Ⅴ ドラマツルギー覚書
{netabare}
最終二話についての所感はついにまとめ切れなかったが、
取り敢えず、頭の中に残った想念を覚書風に書きとめておく。

まず、作品全体から受ける印象として言えるのは、
感覚的な愉悦が主であり、精神的な充足感が意外に希薄であることだ。
勿論、一個人の感じ方だと言われればそれまでだが、自分はここに
ドラマツルギーの方向性に関する根本的な問題が認められるような気がする。

「ドラマツルギー(作劇法)」については、
参照したコトバンクの解説に、以下のような二つの傾向が指摘されていた。

 ① 一つは論理的な筋の展開を重んじ、知的、構築的、求心的である。
 ② 他方は音楽性や視覚性を採用して、感覚的、絵画的、遠心的である。

演劇とアニメの違いはあるが、本作が②のタイプに合致することは確実だろう。
卓越した美的センスと繊細な感性に裏打ちされた演出が最大の見どころとなる。
それだけに、原典にまつわる「滅びの美学」といった固定したイメージを
ただ美しく上書きするだけの作品に終わるのではないかという危惧もあった。

因みに自分はすでに削除したレビューの中でこんな難癖をつけている。

 今話は冒頭から冬椿の赤い落花が執拗に反復されていた。
 ポトリと花の落ちる様は斬首と死、その色には流される血や戦火、
 さらに平家の赤旗に絡めて、一門のたどる運命が暗示されているわけだ。
 「Ⅱ」で触れたナツツバキ-沙羅双樹の清浄な白との対比が鮮やかだ。

 ただ、こうした演出の効果が十分に発揮されているかはかなり疑問である。
 記号的な布置が有効に機能するためには、相関する心情と呼応し、
 共鳴が生じなければ、張り詰めた意味の磁場は形成されず、説明的な技巧に終わる。
 小手先とまで言ったのはちょっとひどかったが、あまり利いていない印象はある。

ふたたび上の解説に戻ると、次のように続く、

「どちらも作品としての統一性や全体性を意識し、リズムを考えるが、
 前者は戯曲そのものに示される知的内容の緊張と解放のリズムに、
 後者は演者が加わって始動する上演のリズムに重きを置く傾向がある。」

要するに、ストーリーと舞台効果の、いずれに主眼をおくかということだが、
言語の論理を介さず、感覚に直接訴えかける表現という具合に後者を拡張すれば、
本作の特徴を言い当てていると言えるだろう。反面、どこか緊張感に乏しく、
ストーリー展開がしばしば停滞し、弛緩する傾向もあったように思う。

さてそれでは、今ここに①のタイプ、即ち
「知的、構築的、求心的」なドラマへの志向が極端に強い人がいて、
本作を視聴しながらレビューを書こうとしていると仮定しよう。
おそらく彼は、自分の志向性に即して物語の構造を読み解きつつ、
あるべき展開を推論し、そこに有機的に連関したテーマを措定することだろう。
そして図らずもその実例となるのが、上の四編のレビューなのである。

・・・そう、それは私です!
もうお分かりだろう。もっともらしいことを述べているようだが、
意図するところは実は、自分がレビューした内容に関する釈明なのである。
本来②のタイプである作品の本質を見誤り、見当違いの解釈をしていたという訳だ。

「平家幻想記」と称する上の文章の「Ⅲ」と「Ⅳ」において、
徳子に具現される普遍的な「母性」による救済がテーマ的な収斂点になると考え、
最終話にその集約となる場面があるはずだと予想していたのだが、
原典どおりの「大原御幸」が淡々と描かれるばかりで、見事に空振りに終わってしまった。
とは言え、すべて的外れだったかというと必ずしもそうではない。
びわが内包する「表現者」の運命への直観にもとづいた「Ⅱ」の読解が
ほぼ正しかったことは、壇ノ浦のラストシーンで証明されたように思う。

徳子の場合もびわの場合も、推論のプロセスは同じである。
即ち、モチーフと設定が孕む潜在的な劇性を最大限に引き出すこと、ただそれだけだ。
それこそが理論以前のドラマツルギーの大前提であり、根源的な要請だとする
ナイーブな信念によって、自分のこれまでのレビューはすべて書かれている。
今回、一方が正解で、他方が無茶振りに終わった理由を考えると、
本作には最初から思想方面の志向がなかったという結論になるのではないか。

象徴的なのは、全編を締めくくるラストシーンである。
多くの人々の想いが縒り合わされて、一筋の祈りの糸となり、
「祇園精舎」の冒頭句が連禱のように唱和され、その声は響き交わし
すべてが祈りへと昇華されてゆく、息を呑むような荘厳さの中で物語が結ばれる。

テーマ的な収斂点であるはずの「祈り」はこのように、実に感覚的に表現される。
②の「音楽性や視覚性」の採用は最後まで徹底しているわけである。
その内容も徳子自身の来世と一門の冥福に向けられた限定的なものであり、
前に示唆された「赦し」の普遍的な抱擁性からも逸脱してしまっている。
テーマ面での不徹底さが逆に露呈している部分だと思う。

最後に、上で引用した一節はこう締めくくられている、

「どちらかといえば、西洋の演劇は前者の、
 東洋の演劇は後者の傾向が強いといえよう。」

「平家物語」を扱うのなら、西洋的な論理性よりも
東洋風の感性的アプローチこそが自然であり、最良であることに異論はない。
若い時分に外国の文学と格闘し、西洋式な見方がこびりついている自分は
やはり偏向しており、本作を十分に味わい得なかったことを率直に認めよう。
思想性云々はさておき、本作が比類なく美しいアニメであることに間違いはない。

以上を踏まえて本作を次のように総括したい。
確かに「山田尚子の平家物語」としては、一定の評価を得るだろう。だが、
自分が期待していたような、現代的な視角を導入して古典に生命を吹き込む、
我々のための真に新たな「物語」の創造には至らなかったようである。
{/netabare}


主観的なイメージを虚しく追い求め、結果的に座礁したこれらの雑文は
削除して然るべきものだが、考えようによっては一種の思考実験とも言えそうだ。
身贔屓のようでも、当面はこのままにしておきたいと思う。

タイトルの「幻想」の含意も変化している。以前は単に、
誘発された想念を好き勝手に書きつける、といった程度の意味合いだったが、
今は少し違う。これらの記述は、あるいは別の世界線に存在したかも知れない(笑)、
もう一つの「平家物語」をめぐる、ささやかな幻想の記録なのである。


(2022.2.3、初投稿。6.20、修正完了。)

投稿 : 2022/06/21
閲覧 : 942
サンキュー:

26

ネタバレ

ぺー さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

雰囲気の功罪

そのまんまお馴染みの古典をモチーフに山田尚子氏がメガホンをとり、複数作品でタッグを組んだ牛尾憲輔氏が音楽を担当。さらにシリーズ構成/脚本に吉田玲子氏を迎えるとなると期待せざるを得ません。声優陣も盤石な配置。
一方でこれだけ化物級の古典となると、史実との辻褄合わせもさることながら合わせて原本とダブルでの整合性を求められる難しい側面もあったりするのが悩みどころです。

 エンタメとの両立ができるか?

長年読み継がれてきた原典はその事実をもって価値ありと断言できましょう。面白みは最高の素材をどう作り手が咀嚼してるか次第です。面白いとなっても以下のような受け止め方になろうかと思います。
 第一形態:辻褄はともかく単体で面白い佳作
 第二形態:元ネタの匂いを感じる良品
 最終形態:原典へのリスペクトを感じる名作


もともと『平家物語』作者は信濃前司行長とされてますが、琵琶法師の口伝が元ネタとの論も根強く、本作で琵琶法師の少女びわ(CV悠木碧)が観察者視点で物語に関与している点は小町…じゃなかった、、、ペー的にポイント高いです。
細部はともかく源平の顛末を知らない人はさすがにいないでしょう。結末を知ってる上での全11話を終えての感想。古典で答えに窮した時の模範解答↓

 {netabare}趣きがある{/netabare}

冒頭の答え合わせをすると“第二形態”となりましょうや。
結末を知っているのは我々だけではなくびわも一緒という設定。平家視点で描かれる群像劇は彼らに肩入れしながら知っていてもなにもできない無力感とセットです。琵琶を鳴らしながらの悠木さんの芝居も素晴らしい。納得のキャスティングでした。ヒロイン的な役どころは早見さん担当になるのでしょう。品が出ますね。
また良い意味での雰囲気お化け山田監督の映像に芝居させる手法も健在。やや平面的なデザインは絵巻物のようでこれまた趣きがあるといったところでしょうか。平家カラー赤色の椿が千々になるカットが幾度挿入されるのも印象的です。沙羅双樹の花の色は一説では白味がかった黄色と聞きますが、楽器琵琶の黄色味と語り手びわの白髪との配色で盛者必衰の理をあらわしてたのかもしれません。
{netabare}びわといえばやっと見つけた母が呼んでた実名“あさぎ”にも感慨深いものがあります。≪浅葱≫はやや青みがかった色を指し、母と同じオッドアイの着色と一緒。そんな母との繋がりを成り行きからか未来視できる己を疎んだかびわはあさぎ呼びを否定しますが、口とは裏腹に浅葱色の眼を平家の行く末を語り伝えるために使うと覚悟を決めたのはこの再会からでした。さらにあさぎ呼びを拒絶し「お達者で」と母と今生の別れを済ませながらも肌身離さなかった琵琶は≪浅黄≫薄い黄色すなわち沙羅双樹の花の色でもあったのです。うーん、掛詞。{/netabare}
映像だけではありません。今期OPとED双方を早送りしなかったのは本作のみでした。世が乱れようがきっと「世界は美しい」と歌いあげてる羊文学さんの曲も読経のようなスチャANIさんのも本作に合ってるのですよ。

保元・平治の乱以降、福原京への遷都そして屋島・壇ノ浦そして{netabare}大原御幸{/netabare}までをこの尺で取捨選択しながらやるのは至難の業だったと思われますが程よくまとまっていたと思います。
視点を平家に置いて浮気せず、平○盛ら盛々シリーズを程よく拾いながら徳子(CV早見沙織)を彼らより少しばかり前に出して平家方の“迷い”と“覚悟”を語らせる。ここがブレません。安徳天皇の故事をここで知って歴史に興味をもつなんてこともありそうです。


■まとめ:第二形態の理由

今クールの中でもトップクラスに良い作品。
抒情的な演出が得意な監督の芸風に沿った全11話とも言えます。作り手の咀嚼っぷりも魔改造してなくて一安心。そりゃ個別では首傾げるとこありましたが『平家物語』と銘打つ以上独自解釈に思いっきり舵を取るのは危険と判断したのでしょう。
その一方で抒情性に身を委ねたいわりにはどうしても故事(事件)の挿入っぷりが叙事的であっさりしていること。「○○があった」以上以下でもないと見えるのは良し悪しでしょうね。これは好みだと思います。いちいち拾うものなら資盛と徳子に仕えてる伊子(建礼門院右京大夫)のネタだけで3~4話できますもん。白拍子三人娘の片割れ(静御前)なんかもそう。モブが豪華すぎるのが悪いです。



※閑話休題

■はるばる壇之浦

数年前に壇ノ浦古戦場訪れた時紙芝居やっていました。演目は『耳なし芳一』。おじさんの迫真の芝居とプレイヤーから流れる琵琶の音色で娘がガン泣きしたのは良い思い出です。
今思えば安徳天皇陵ある赤間神宮行っておけばよかったです。隣接してる春帆楼には行ったのに。



視聴時期:2022年1月~3月 リアタイ

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2022.03.29 初稿

投稿 : 2022/06/15
閲覧 : 317
サンキュー:

54

ネタバレ

たから さんの感想・評価

★★★★☆ 3.2
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

《感想》身近な物語

《感想》
こんにちは\(^o^)/『平家物語』について語ります☆全11話。

【イントロダクション】
{netabare}800年を時を超える祈りの物語
《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》
平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で
栄華を極めようとしていた。
亡者が見える目を持つ男・平重盛は、
未来が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、
「お前たちはじき滅びる」と予言される。
貴族社会から武家社会へ――
日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。{/netabare}

【解説コラム】
{netabare}平安時代。朝廷と貴族社会が織りなす雅と贅の極みのような時代です。
「平家物語」は平安時代の最末期の物語です。天皇を頂に置く朝廷貴族社会の繁栄にも陰りが見え始めたころ、天皇の父親である上皇が院政を開き、政治は混迷を深めます。そこに、武力を糧にあらわれたのが平氏や源氏などの武士でした。
この作品ではそんな武士の一流である平家の栄枯と盛衰を、情趣豊かに描きます。また、この作品ほど、人々の衣服や建築をはじめとする当時の風俗を正確に再現した映像作品はほかにはないのではないでしょうか。みなさんがテレビやモニターで目にする映像は、当時の平家の人々が目にしていたものとあまりかわりません。物語と映像と、まだ、誰も見たことのない精緻な平安時代を楽しんで感じていただけると確信しています。{/netabare}


【感想】
個人的に『平家物語』は「良作」だと思います。生きることに前向きになれました。

先に言いますと、山田尚子版『平家物語』は源平合戦をエンターテインメントとして描いている訳ではありません。源平合戦そのものをエンターテインメントにした作品を希望の方は合わないと思います。YouTubeに山田尚子監督の約30分のインタビュー動画があるのでこちらを観た上でアニメを観るのがおすすめです。

僕は『平家物語』の原作を拝読してないどころか、歴史に全く興味がありません。そのため、楽しさは減っているかもしれません。それでも、観ていて心打たれるアニメでした。それは、とても身近な物語に感じたからです。

僕が最初にぶっ飛んだところは「演出」です。『平家物語』の演出はアニメーションならではの快楽が作品全体に詰まっていると思います。第1話からの蝶のシーンから圧巻でした。この密度で毎話続いたら疲れちゃうかもしれないと思うくらい。何気ない日常の繊細な描写そのものにも心地良さがありました。琵琶法師の演出は個人的にはたまらなかったです。

そして、人が本来持つ、優しさ、醜さ、強さ、弱さ、傲慢さ、全てが表現されていて、登場人物が身近に思える描き方もお見事でした。それと、何気ない日常描写も登場人物を身近に感じさせてくれました。踊ったり、歌ったり、異性に恋をしたり。彼らが歴史上の人物だからといって、身近な存在ではないことはない。人間味溢れている彼らの日常描写もお見事です。

また、観る側と同じ目線の「びわ」の存在も良かったです。平家の最期が分かっている「びわ」同様に、観る側も平家の日常が「価値あるもの」に感じ、登場人物に愛着が湧く。「びわ」と観る側の感情がリンクしていて、簡潔に言うと観る側の代弁者。「びわ」というキャラクターの立ち位置はお見事だと思います。

さらに、彼らの「生」と「死」の価値観も身近に感じさせてくれます。死ぬまでに精一杯今を懸命に生きようとしたり、困難に耐えられず自害したり、現代でもありえると思います。「死」に至るまでの登場人物の生き様を色んな形で表現されています。それらが身近に感じることが出来るからこそ、彼らの物語は心に沁みるのだと思います。

そして、平家の行く末を見届けた「びわ」の「祈り」は継承されるべきものだと思います。何も出来なくても祈り続けることは誰でも出来る。変化のない暮らしをすることは難しく、だからこそ、特別なものだと思います。権力者たちによる争いは未だにあります。しかも、タイミング的にタイムリーです。権力者じゃなくとも上同士の争いはあります。それに対して何もすることは出来ないけど、祈ることは出来る。「祈り」は今後も継承されるべきものであると思いました。

さらに、「びわ」は彼らのことを歌い継ぐと言いました。死んでも生きた証は誰かの記憶に残ることを考えると、せめて人の記憶に残るような生き方をして死のうという気持ちになれます。「死」を描いていてますが、最終話ではポジティブな気持ちで観終わることが出来ました。暗い題材を用いつつ、ポジティブな気持ちで観終わることが出来るアニメに会えて良かったです。

感想読んで下さりありがとうございました☆

{netabare}【64点】{/netabare}

投稿 : 2022/06/12
閲覧 : 376
サンキュー:

39

ネタバレ

masasan さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

見事!

「敦盛の最期」をどう描くのかが、観る前からずっと気になって
ました。このくだりは中学2年生の国語の教科書に載ってます。

物の見方によっては、ホモセクシャルのような印象を与えてし
まうので、そのあたりを吉田玲さんがどう解釈するかを楽しみ?
にしていました。

見事でした。平家物語の無常観と悲哀が伝わってきた!

次は「宇治拾遺物語」とかやってほしいですね。古典はオチ
がないので難しいとは思いますが。

投稿 : 2022/05/27
閲覧 : 56
サンキュー:

8

ネタバレ

たわし(爆豪) さんの感想・評価

★★★★★ 4.3
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

滅び行く者たちへの鎮魂歌

今更、「源平合戦」の話をするのは「第二次世界大戦」の話をするのと同じくらいむず痒さがするもので、

なぜなら「当事者」ではないからである。

昔話として聞かされた。。あるいは歴史の授業でといった形であり、

僕の世代より若かったりすると尚更だったりする。

しかし、アニメーションという技術で当時の出来事を取り扱う際、歴史的整合性より、当時の人々の感情をよりダイナミックに表現できるという意味では、大河ドラマよりも相性が良いのかもしれない。

しかも、西洋的な「何かを成し遂げて勝利を目指す」ような正にメシア(キリスト)の復活譚より、「人間の命の貴さ、儚さ」を謳う日本の精神性がこの作品をより文芸の域まで押し上げている。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り。

色即是空、空即是色。

何事も始まりがあり、終わりがあるのです。

投稿 : 2022/05/14
閲覧 : 497
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27

take_0(ゼロ) さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

びわは私たちですね・・・。

・平家にあらずんば、人にあらず・・・。
・驕る平家は久しからず・・・。
・祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・。

まぁ、日本人なら必ず聞いたことのあるフレーズではないかと思います。
主に授業で、かもしれませんが。


恥ずかしながら、私はいわゆる「古典」というモノにあまり興味が湧かず・・・。
授業でも現代文あたりは得意だったのですが、古典というとからっきし・・・。
某NHKのマンガで読む枕草子で納言ちゃんの力を借り、やっと古典というのも面白いかな、と実感した実績の持ち主ですw。

その後も、源氏物語くらいは・・・読んでおかねばと思い挫折し、オーディオならいけるかもと平家物語の朗読を聞いていて、語りがあまりにもおどろおどろしいもので挫折したりと散々でした。

もちろんどの物語も、あらすじというか、概略は知識として知ってはいるのですが、全体のストーリーを通読したことは無いという次第でして・・・いやはや、お恥ずかしい。

で、この作品でやっと通して話をひととおり通して観たという事になるのかもしれません。


私はこの作品は、なんとも不思議な作品だという印象を持ちました。
古典を読むと言うと、文字ばかりが目についてあまり人物の印象が湧かなかったのですが、この作品の平氏の皆さんはとても表情豊か、そして歌い、笑い、踊り、嫌味を言い、そして知性や教養も感じられる穏やかな話しぶり。
「驕る平家~」のワードであたかも悪人とは言わないまでも、自業自得というイメージが先行していた私はカルチャーショックを受けました。
もちろんアニメ作品の中での話なので、実際の過去の人物たちがどうだったかは知る由もありません。
あくまでも、この作品から受けるイメージです。
ですが、本当に雅で風雅なイメージを受けたのです、確かにおごり高ぶった我が世の春がいつまでも続くような慢心も感じられましたけどね。

当たり前の話ですが、実際もいろいろな考えの人が存在していたのでしょうね。
ホントのところは解りませんね、伝わってきているお話からしか想像することはできませんし。


さて、物語的にはびわの視点が重要になってきていました。
正に「視点」です。
最初はその目に悩み、翻弄されていたびわですが、母に会えたことによって自身の「やるべき事」を決めました。
それまでは、見る事しかできな自分に戸惑い、悩み、苦悩をしていました。

ある意味びわは私たちかもしれませんね。
私たちもこの「平家物語」という作品を観るにあたっては、既に平家の運命を知っています。
それぞれの人物がどうなるか、既に知っているのです、そしてそれは変えられない。
監督の山田尚子さんならIFの展開を使って、変えられたかもwなどというメタな冗談はさておいて・・・。

そうなんですよ、私たちもこの平家物語を見始めた時から、何も変えることが出来ずに、ただ見ているだけ、そして、この物語が印象に残れば、後に伝えていく・・・。
正にびわと同じ立場です。
ただし、実際にその場で同じ空気を吸い、人生の一時を共にしたであろうびわと全く同じとは言えませんが。

てな事を思った訳です。

それにしても、びわ役の結木碧さん、凄いですね。
とても多彩な表情を見せる魅力的なキャラクターでした。
演技、表現も素晴らしかったです。
本当に多彩なキャラクターを演じられるものだと関心をしました。

あと音楽。
OPの「光るとき」
素晴らしい曲でした、涼やかで、軽やかで、華やかで、そしてほんの少し物悲しい。
「最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても~♪」
正に、この物語のための曲という感じがしました。

ED・・・まさかラップ調とは!!
しかしながら、よく考えれば平家物語のびわ付きの朗読と少し似ているかも・・・と思ったら、意外なほどあっさりと受け入れられました。

OP/EDとも、物語とマッチしていたと思います。
素晴らしかった。


あと、あえて言うならば、古典が苦手の私が言うのも何なのですが、もう数話プラスして、有名どころの合戦の描写があっても良かった気がしたかなぁ。
もう少しボリュームがあっても良かったというか・・・。
でも、合戦メインじゃなくて、平家の人たち≒人物の流れに焦点を当てたかったのかなぁ、という思いもしました。

全体的にとても優れた作品だったと思います。
機会があったら、ぜひ視聴をしてみて欲しいと思いました。

投稿 : 2022/05/10
閲覧 : 171
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34

Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

そなたらのこと、かならず語り継ごうぞ…

山田尚子監督のこの作品…
「けいおん!」、「たまこまーけっと」、「映画 聲の形」、「リズと青い鳥」など、京都アニメーションを代表する数々の作品を輩出してきた方です。
改めて書き出さなくても、ご存じの方は多いと思います。

多分、この作品を視聴する前に私が一番ビックリしたのは、この作品のアニメーション制作が京都アニメーションでは無かったことです。

この作品のアニメーション制作は、サイエンスSARUさん…
これまで、「映像研には手を出すな!」「DEVILMAN crybaby」「日本沈没2020」などを手掛けてこられた会社です。
そう言われてみると、確かに映像研とこの作品では作画の雰囲気に共通項があったかもしれません。

そもそも山田監督は、京アニの監督さんじゃなかったんですか…!?
と思ってwiki先生をチラ見しましたが…正直良く分かりませんでした。
wikiには「現在の所属は不明」とだけ記載がありました。

あくまで個人的見解ですけど、いま京アニは必死に立て直しを図っているのだと思っています。
あの事件で多くの優秀な人材を失いましたので…
そんな時こそ、会社の顔となる山田監督の大きさが皆さんの支えになると思っていましたが、同時に対応できる作品にも限りがあるでしょうから、ただこの作品を京アニ以外の制作会社と一緒に作っただけと捉えれば、何の違和感も感じませんよね。

また、山田監督の京アニ作品が視聴できるのを楽しみにしています。


800年の時を超える祈りの物語

《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》

平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で
栄華を極めようとしていた。

亡者が見える目を持つ男・平重盛は、
未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、
「お前たちはじき滅びる」と予言される。

貴族社会から武家社会へ――
日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。


公式HPのINTRODUCTIONを引用させて頂きました。

義務教育の過程で誰もが学んだ平氏と源氏の物語…
その中でも繁栄の限りを尽くしていた平氏が、徐々に衰退に向かう様が色濃く描かれており、終始興味深く視聴することができました。

私は日本史では戦国時代が圧倒的に大好きだったので、平安末期の日本史は、教科書をなぞる程度しか勉強しませんでした。
そのため、恥ずかしながら平清盛の親戚では、存じ上げない方が沢山おりました。

ですが、動かし得ない大きな歴史の流れの中で、然るべき出来事や登場人物が、躍動していたのはしっかり感じさせて貰いましたよ。
あおちゃんが演じていた「びわ」は、アニメのオリジナルキャラクターとの事ですが、物語の展開が全体を俯瞰できる「びわ」の視点だったからこそ、「平家物語」を感じることが出来たのだと思っています。

また、はやみん演じた平 徳子が、こんなにも波乱万丈な人生を過ごしていたことを、この作品を視聴して知りました。

平氏、源氏や源平合戦などは誰もが知っているけれど、本当に好きな人以外は歴史を深掘りしておらず、視聴層は私の様に歴史の上辺しか知らない方が過半を超えていたと思います。
それでもしっかり堪能できる作品に仕上がっていたのは、山田監督の手腕にほかならないのでしょう。
気になる方は是非本編でご確認頂ければと思います。

オープニングテーマは、羊文学さんによる「光るとき」
エンディングテーマは、agraph feat.ANIさんによる「unified perspective」

1クール全11話の物語でした。
視聴前は作画に抵抗が無かったと言えば語弊がありますが、一旦視聴を始めたら一気見できる作品だったと思います。

声優さんの演技も素晴らしいので、少しでも琴線に触れるモノがある方は視聴を躊躇わなくても宜しいかと思います。
私はしっかり堪能させて頂きました。

投稿 : 2022/05/06
閲覧 : 167
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34

ネタバレ

天地人Ⅱ さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

私的アニメ感想簿45

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
の有名な一節から始まる平家物語のアニメです。
栄華を誇った平家が壇ノ浦の戦いで滅んでしまうまでの物語を描くのですが、結論から言うと期待以上でした。
転生したり過去に戻って歴史を改変する訳じゃないですから、結果はもうわかっているのですが、日本人ってやっぱり滅びゆく物語が好きなんでしょうかね。

第1話
宴会をする平家一門
清盛
「んーフフッ」
時忠
「アニメを語るに、あにこれ以外に人はおらぬのかというほどの昇りつめ方」
「いや!このあにこれ投稿者でない者なぞ、人にあらず」
数年前の、あのあにこれの人気が僅か数年でこんなに過疎化するなんで、まさに盛者必衰のことわりをあらわすと言え(ぎゃ~~~っ)

はっ、俺は何を言ってたんだろう(おいっ)
まあ気を取り直して(汗)頼朝、木曽義仲挙兵など途中から物語は一気に進んでいきます。
一応皆が知ってると思われる出来事はサラッとですが、描かれており、平家の落ちぶれていく様が、悲しみを一層引き立出せていました。
海の上ならば平家に利がある
というか、中国の「南船北馬」ならぬ「西船東馬」でしょうか。
それさえも最後の壇ノ浦の戦いでは数で源氏が上回り、更に源氏に付く豪族が現れ、潮の流れが変わるとともに滅んしまいます。

おまけ
知盛
「平家物語の感想は今日を限り。者共、退く心を持つな!投稿を惜しむな、ネタを惜しめ!」
そ、そうなんだ。よしここは俺もネタを惜しまずぶち込んで(違)

おまけ2
後白河法皇
「どうすれば、あにこれの過疎化を越えることが出来るのかのう」
徳子
「投稿を・・・わたくしにもまだ、忘れられぬ思いがございます。ですのでただ、ただこうして作品を、愛するアニメを思い、その感想を書いているのでございます。」
「ただそれが、私に出来る事。」
「そう教えてくれた天地人もまた、アニメのためにネタを、人々に語り継いでくれております。」

そ、そうだったのか、よし今後もアニメのネタをどんどん(うぎゃ~っ)

投稿 : 2022/05/04
閲覧 : 94
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16

ネタバレ

101匹足利尊氏 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

諸行無常を悟るための叙情詩

原作となった古川 日出男氏の訳本は未読。

【物語 4.5点】
叙事詩でなく、叙情詩を……との山田 尚子監督らの方針により、
歴史の再現より、琵琶法師たちが時代を越えて語り継いで来た物語を重視。
現代人にとっては迷信である神仏や呪いも、
当時の人々があると信じて語り継いで来たなら、ある物として可視化される。
歴史上の有名人も多数登場するが、
時代を作った偉人としてではなく、より人間味溢れるキャラとして描写する。

作中は和暦、西暦含め年号もろくに出てこない。
夜の場面はいつも満月と月齢も無視。

無味乾燥になりがちな年代記としての要素を排除し、
人間ドラマ成分で加湿する姿勢が徹底している。


【作画 4.5点】
アニメーション制作・サイエンスSARU

必ずしも美男美女ばかりではない。
キャラクターデザイン・高野 文子氏の時に面長にデフォルメされた顔立ちが、
絵巻物風のフィルターで構築された映像にマッチ。

家族としての平家などを描く場面では人物描写もコミカル。
まさか『平家物語』で、びわちゃんのグルグルパンチが繰り出されるとはw
対して落花の瞬間の如く、命が摘み取られる合戦シーン、入水シーンなどは、
背筋が凍るほど呆気ないリアル志向で盛者必衰の理を思い知らせる。

硬軟織り交ぜた芸術的な映像表現で作品を引き締める。


背景美術で目立つのが花。
これだけ意味有りげに見せつけられると花言葉とか調べたくなります。

平家のおごりを示唆する水仙(スイセン)とか。
戦場に散った髑髏(しゃれこうべ)に咲き乱れ、
平維盛にトラウマ忘却を許さない紫苑(シオン)とか。

そんな中、一番印象に残ったのが都忘れ(ミヤコワスレ)
{netabare}9話。びわと母の再会シーンにて。「別れ」などが花言葉の都忘れだが、
その由来は源平合戦より時代が下った承久の乱。
佐渡に流された順徳天皇が都に咲いたこの花を想って詠んだ和歌より。
ここでも時代超越の方針が貫かれています。{/netabare}
奇しくも今年、視聴中の大河ドラマも中世・鎌倉時代の北条氏が主役ですが、
後の回で都忘れに"再会”できるかどうか。
このアニメのお陰でますます楽しみが増えています。


【キャラ 4.5点】
古典『平家物語』の元となった多数の琵琶法師の視点。
それらを、主人公の琵琶法師・びわに集約させ、各場面を行脚させる。

狂言回しポジションの架空主人公は、
諸事情に関わるけど、結局何もできず、埋没しがち。
が、びわの場合は、未来を見通す瞳という能力設定(後には{netabare}平重盛の過去を見る瞳を統合{/netabare})まで与え、
むしろ全て見えるが、何もできないもどかしさを強調。
その葛藤を乗り越えることで、平家一門の行く末を見届け、語り継ぐ意義を悟らせ、
古典『平家物語』成立の意義をも再定義させる力強さ。


人間味を強調した平家一門で心に残ったのは戦にビビる若い連中。
戦場で人を殺す畏れを“武士の誇り”のメッキで誤魔化さず描いた点。
この辺りは平家主役のドラマですらも、文弱な平家はもはや武門にあらずと嘆く所。
このアニメは悪夢も交えて、そりゃ戦は怖いよね人間だものというレベルにまで良い意味で落としてくる。

武士としては源義経や木曽義仲の方が有能には違いないが、
本作の源氏は人間としてあるべき歯止めが幾つか欠けている
サイコパスな感じが伝わって来ますw

この人間と武士の仮面の狭間の濃密な人物描写の極みが、
{netabare}9話『敦盛』のエピソード。{/netabare}古典の名場面がさらに高まり、琴線に触れました。


【声優 5.0点】
主人公びわ役の悠木 碧さん。
平資盛をイジってふざけたかと思えば、琵琶を手に圧巻の語り口で歌い上げたりする。
濁声を使い分ける技術は円熟の域。

平徳子役の早見 沙織さん。
お馴染みの透明度の高いボイスに
「許して、許して……許すの」だけど割り切れず溢れ出す涙とか、
煩悩を深く織り交ぜる好演で、悟りの境地に到達。

このお二人が中堅ベテランの域に入る声優界の未来が楽しみでなりません。


平家主役の作品ではいつも鍵を握る平重盛役も櫻井 孝宏さんで盤石。
京の都では平清盛役の玄田 哲章さんと、後白河法皇役の千葉 繁さん、両ベテランが化かしあい、
逃げる平家を一匹残らず駆逐しに源義経役の梶 裕貴さんが飛んで来るなど、
キャストは一部の隙きもない豪華布陣。


【音楽 4.0点】
劇伴担当は牛尾 憲輔氏。
ロックに電子音も飛び交い、和楽器に絡み合う独特な構成。
後白河法皇が今様にうつつを抜かし喉を痛めたりするw
フリーダムな中世世界に切り込んでいると言えばいえるのでしょうが。
京に政変ムードが漂う時にギターを疾走させる「unknown plan」とか本当に独特w

これだけなら奇をてらっている?となりますが、
琵琶演奏には監修を付け、戦場と日常で音色を使い分けるなど、
笛の音色とも合わせて、ここが中世だと思い知らせてくれます。


OP主題歌は羊文学「光るとき」
これも現代バンド音楽だが、“何回だって言うよ、世界は美しいよ”と歌詞はテーマを芯で捉える。

ED主題歌は牛尾 憲輔氏のソロ・プロジェクトagraph(アグラフ)「unified perspective」で、
ラッパー・ANIが古語で韻を踏みだすw
だが、過去・現在・未来、多くの語り手……びわの視点へと統合されていく作品の流れには乗れている。


【感想】
シャカが祇園精舎と訳された寺院にて説法していた頃、
諸行無常とは、移り変わる世界のありのままを受け入れる仏法の真理であり、
そこに人生を儚んだりする心理はなかった。
が、古典『平家物語』は無常に悲哀の心情を重ね、
祇園精舎にありもしなかった鐘の音まで設定し、平家の命運を嘆いたのだ。

というのが私が義務教育にて『平家物語』を学んだ際の印象。
『平家物語』は仏法には不必要な感情を込めてしまった悟れない古典という感想を抱きました。

が、アニメ『平家物語』にて豊潤な叙情詩を受け止めた後だと、
人間、精一杯、笑って、泣いてからじゃないと、
穏やかな諸行無常の真理には到達できない。
物語を語り継ぐことは愚かではないと諭された気分です。

この時代の出家も、どちらかと言えば、世を儚んだ、逃げの一手の印象でしたが、
{netabare}徳子や白拍子・祇王とかつて清盛を奪い合った女たち、{/netabare}
尼となった彼女たちの澄み切った境地には心を洗われました。

何よりラストただの暗記文だった「祇園精舎の鐘の声~」で泣かされるとは……。

アニメの芸術性だけでなく、古典の価値をも高めた逸品です♪

投稿 : 2022/05/02
閲覧 : 283
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45

ネタバレ

シン☆ジ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.6
物語 : 3.5 作画 : 3.5 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

諸行は無常。。盛者は必衰なり 

 
 世の万物は常に変わり永遠に変わらないものはない。
 栄えるものはいつかは衰退してゆく。

 今も昔も、東も西も、
 人間はなんと、殺し合いを避けられぬ生き物なのでしょう。
 その愚かさこそが普遍かと思えるのは皮肉なものです。

 奢れる者は久しからず。。
 某国の虐殺大統領に聞かせたい。
 力で得たものは必ずどこかで歪みを産み、
 安易に定着しないことは歴史が証明しているというのに。

さて・・
そんな想いに耽ってばかりもいられませんね。
作品に関して触れていきましょう。

で、ナゼに平家物語なのでしょうか。
同時期に某局大河ドラマで源氏の物語が放映されていることと無関係であるとは考えにくいですね。
誰かが源平の物語が注目されると考えたであろうことは、想像でしかないとは言え否定する方が無理があるように思えます。

そして、そこに山田監督を当てた。これは理解できる判断だったかと。
そして、そこに山田監督が応えた。これも納得できることかと。

いや、何よりも・・
山田監督が元気そうでよかった・・ホント。
(個人的な想いなので畳んどきましょう)
~{netabare}
けいおん!など数々の名作をこの世に送り出した山田監督。
さらに利府映画館の舞台挨拶でナマ山田を拝見した時から崇拝に近い対象となってしまいました。

その山田監督が、アノ放火事件後にどういう状態にあるのか、とても心配していましたが、本作品の監督ということを知り、そのPR動画を拝見し、お元気そうな姿を見て、本当に・・本当に安堵いたしました。
京アニを辞めたのかも思いましたが、京アニからもご本人からも発表なし。ということは、辞めてはいないのでしょう。
京アニで仕事をする以上、否応なしに事件を思い出すこともあるでしょうから、外の仕事で再起をして様子を見ているのでは、と勝手に思っています。もちろんその結果、京アニを出る選択も有り得るとは思います。どんな選択であれ私は山田監督に対し感謝し応援するのみです。。
{/netabare}~

■原作
 鎌倉時代の軍記物語(作者不明)・・
 これを元に現代語訳した同名作品が原作。

■制作
 サイエンスSARU・・といえば
 映像研~は面白かったですが
 日本沈没2020は作画的に、う~ん・・でしたねぇ
 山田監督の手掛ける作品にケチがつかないようにと願いましたが、
 まあ、悪くはなかったかと。

■監督:山田尚子 シリーズ構成・脚本:吉田玲子
 このコンビ。期待しかない。
 そしてその期待に応えてくれました。

■感想
 冒頭でも触れましたが、
 第三次世界大戦すらも絵空事とは言えないような今、
 この物語が世の中に浮上してきたことは何かを暗示しているのでは
 とさえ思えてしまいます。

 権力、栄華、差別、格差、憎しみ、戦争・・そして滅び。
 これを伝える昔の日本の物語が、
 今の日本の文化であるアニメという形で、
 また人々に伝えられました。

 何も知らず単体のアニメとしてだけ見れば、
 無理のある展開のような気さえしますが、
 これが史実に基づいた物語というのだから、
 歴史というのはいかに無残で有り得ないような物語の繰り返しであることか。

 もちろん伝承の過程で脚色などがあった可能性は否めませんが。
 この作品は他のアニメ作品と単純に比べるのではなく、
 メディアや形態を変えた日本の史記の伝承の一つとして
 捉えた方がいいかもしれません。

 とはいえ、手放しで褒めるのも違うかな・・
 ~{netabare}
 ・主人子ビワが唄うとき、字幕が欲しかったw
 ・キャラクター登場の際、名前を出して欲しかったw
 ・ちゃんと略奪シーンも描いたのは良かった
  ほんの少しだけだったけど。。
 ・争いの悲哀が中心で暗めだったのは仕方ないとして、
  キャラの顔がギャグ寄りでちょっと感情移入しづらかった
 ・物語に関係ない猫のエピソードを入れるところなんか、
  人々の日常を思わせる効果も含めてさすが。
  ただその猫が可愛くないのは残念。
  まあ敢えての判断でしょうけど。
 {/netabare}~

声優陣も蒼々たるメンバーでした。
悠木さんはハマリ役だったかと。
そして、はやみんの声が唯一と言えるほどの癒しでした。

さすがの監督と脚本のコンビだけあって
背景や表情や声や音などを組み合わせ、
アニメとしても見どころのある作品に仕上がっていたかと。

でもこれがもし京アニが手掛けた劇場版だったら・・
きっとクオリティーは違っていたでしょうね。
まあ観客数が見込めるかと言われれば疑問なので
これが最善の形だったとも思えます。

これがきっかけで、源氏物語とか枕草子とか、
もっと史記や伝記がアニメ化され、
バリエーションも増えてくれればいいなーと思える一作でした。
 

投稿 : 2022/05/02
閲覧 : 77
サンキュー:

26

とまと子 さんの感想・評価

★★★★★ 4.3
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

家族写真

…というより「親族写真」、ですね。
年に一回お正月にお爺さんの家に集まった親戚一同の集合写真。
みんなそれなりにいい服着て、久しぶりに会ったいとこ同士でなんか妙な高揚感の中トランプとかで遊んだり。

そういう写真を、その時から何年も経ってからふと箱の中に見つけて、…あーこの叔父さん夫婦は熟年離婚しちゃってそのあと叔母さん急に派手に若返っちゃったな…とか、この叔父さんもこの叔母さんも今じゃすっかりお年寄りで小さくなっちゃって入院してるらしい…とか、お爺ちゃんもお婆ちゃんも、もうずいぶん前に亡くなっちゃったしなぁ…とか。


そんな風に写真も見返すときの気持ちも、"諸行無常"って表現してもいいんでしょうか?
山田尚子さん…というより吉田玲子さん?の「平家物語」の掘り起こし方って、そんな感じなのかな?と思いました。


いとこの中でも頭が良くて優しくかっこいい大学生のおねえさん…みたいな徳子が、とても綺麗。
彼女のことはもっともっと見たかったかも。

びわは… もしかしたらこの後、あの髪があんなに長く白くなるまでこの物語を語り続けた流浪の旅のお話の方が、もっと面白いんじゃないかな?と思わせるくらい、魅力的なキャラクターでした♡


ところでこれをきっかけに、今まで読んだことのなかった「平家物語」を読み始めました。(古川日出男さん訳ではない版ですが)
予想外に普通に面白くて、びっくりしてます♫

投稿 : 2022/04/29
閲覧 : 128
サンキュー:

28

ネタバレ

カミタマン さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.5
物語 : 2.5 作画 : 2.5 声優 : 2.5 音楽 : 2.5 キャラ : 2.5 状態:観終わった

最終回のストーリーは,始めから決まっていたとしても

2022/04/27 初投稿

アニメ本編と関係ないことを長々と書いてしまったので,たたんでおきます。
{netabare}
「平家物語」と言えば皆さんそうでしょうが中学校の時,暗唱させられた
これ↓
祇園精舍の鐘の音,諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色,盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず,ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひには滅びぬ,ひとへに風の前の塵に同じ。

ブツブツ文句を言いながら仕方なしに暗唱しました・・・

しかし,今思うに名文ですね。
音の響きやリズム感の良さ(琵琶法師の語りはリズム感皆無^^;琵琶法師よりむしろラップ調に読んだ方が原文の良さが生かせると思いますw)
祇園精舎,沙羅双樹といった想像力を刺激する単語
上記2語と対になる,諸行無常,盛者必衰の仏教的四文字熟語
音・内容全てにおいてパーフェクト
声に出して読みたい日本語筆頭です。(強力なライバルとして「方丈記」の冒頭がありますが,出だしのパンチ力では圧倒的に「平家物語」だと思います。いい文章が続くのは「方丈記」のほうですが・・・)

自分の中に財産として残っている感,クエストをクリアするみたいな達成感。
暗唱する価値はあったと素直に思います。


残念ながら「平家物語」はこの後の
「遠く異朝をとぶらへば~」
からは急速に興味が持てなくなる駄文に感じます・・・


なぜ,駄文と感じるのかというと,自分の国語力の無さかも知れませんが

軍記物というジャンルに分類されているにもかかわらず,戦いの手に汗握るスリル感が無いこと。
テーマが諸行無常にもかかわらず,滅んでいく平家側の心理描写が弱いためあまり感情移入できないことが理由では無いかと思います。

おそらく,これが古典の限界なのかも知れません。
現代に比べて,物語を作る人間の母数が全く違います。
蓄積された表現のための経験値も全く違います。
冒頭以外は,率直に言って文学的に稚拙な作品と個人的には感じてしまいます。おそらく,現代の「なろう系」と比較しても表現的に大したことないだろうと思います。(あくまで個人の感想です。)
{/netabare}

そんな無闇にネームバリューが大きく,弱点を抱えた原作をどのように料理するか,かなり興味を持って見ました。



すごかった点

羊文学によるOP曲「光るとき」
曲もさることながら歌詞が秀逸でした。
出だし「あの花が~」を聞けば必然的に,沙羅双樹の花がイメージされます。実際の沙羅双樹の花はイメージできないのですが・・・中学時代に暗唱して頭の中にある沙羅双樹の抽象的なイメージが(笑)
「最終回のストーリーははじめから決まっていたとしても」と滅亡が確定している,平氏の現在姿をポジティブに爽やかに歌い上げながらも諸行無常,盛者必衰を感じさせます。そして,諸行無常の作品テーマを受けて
「永遠なんて無いとしたら,この最悪な時代もきっと続かないでしょう」と現代社会に生きる我々へのメッセージを投げかけています。
プレイリスト入りしました!

背景
和の雰囲気を感じさせながらもモダンな美しい絵


イマイチだった点

キャラクターデザイン
デフォルメ強すぎで背景の良さを消しているのでは?(あと些細な事ですが,目の内側と外側が逆のような気がして違和感^^;)

メインストーリー
原作に忠実すぎて,戦の臨場感・スリル感も心理描写も弱め。
もっと大胆に描いて欲しかった。

ということで,平家物語のアニメ化という攻めた企画でしたが
内容は守りには入って,盛り上がりは今ひとつという印象でした。

投稿 : 2022/04/27
閲覧 : 232
サンキュー:

34

ネタバレ

薄雪草 さんの感想・評価

★★★★★ 4.8
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

祇園精舎に浄玻璃(じょうはり)の音、響くなり。

「平家物語」というと、国語または古典の教科書というのが "入り口" です。

初発は、明治13年。
和漢混交文の教材として登場しました。
当時は、漢文学習が最高位の扱いでしたが、時代の要請もあって、国語の文字を書き取ることを目的に、かな文を混ぜるようになりました。
いわゆる文語体です。

たとえば、森鴎外の「舞姫」に「一盞(ひとつき)のカツフエエ」なる文語体がありますが、何のことだか難しいですね。
口語体だと、難なく「一杯のコーヒー」となります。
漢文ではどう書くのでしょう?

次いで、明治41年。
言文一致運動の広がりに伴って、教科書の役割は、書くことから、文の意味、論理性、イデオロギー性を読み取ることが主流になります。
つまり、物語の内容の理解や解釈が、学習の柱になったというわけです。

その頃の平家物語の扱いはというと "自己犠牲や忠義" を教える材料でした。
具体的には「鵯(ひよどり)越、忠度都落、倶利伽羅峠、弓流し」などです。
勇猛な戦闘行為を、朗読・記述したり、志向することが推奨されていたわけですね。

昭和20年。
敗戦により平和国家主義が標榜されたことで、教科書に「祇園精舎」が登場します。
平家=祇園精舎=無常、悲劇、喪失。
そんな公式めいた印象が記憶に刻まれているのではないでしょうか。

平家物語には様々な要素・エピソードがあり、歴史ものとしても一級品です。
大河ドラマにも、軍記ものとしてしばしば取り上げられていますね。
とまれ、平家物語は、戦前戦後を境にして、文化的理解とその土壌に大きな違いがあると思われます。

ひとつ留意すべきことは、平成の時代に『古文漢文』が選択科目となっていることです。
歴史文学の言辞の美しさ、琵琶語りの豊かな音楽性、もののあはれの神髄や多様性などに触れうる未来性が削がれる歯がゆさを感じます。
つい目先の刹那に追われ、刻々に流されてしまっては、『諸行無常の響き』に昵懇できる "俺お前の仲" も危ぶまれそうです。

悠久の歴史こそ日本文化の基底を成すもの。
800年を超えて語り継がれる平家物語ですから、本作を入り口にして、もう一度アプローチしてみるのもいいかもしれません。

~ ~ ~ ~ ~

平曲。
いわゆる琵琶法師が歌う物語です。
歴史的には「平家」と呼ぶのが正式なのだそうです。(平曲には、もともと別の意味があります。)
また、もとは法師が語り歩いたことから、歌うよりも、語ると呼んだほうが適切らしいです。

13世紀末の『普通唱導集』という本に、琵琶法師が語ったとの記載が見られます。
14世紀には、明石覚一という名人が出て、いわゆる「覚一本」というバージョンものがあり、これが今の主流の一つです。
この覚一本は、彼の語りを後世に残すために作られたとも言われています。先人の皆さん、GJです!

教科書ですと、読むことから始めますので読本という感覚が強いですが、そもそもは法師による語りであり、それは平氏滅亡への "鎮魂歌" でもありました。
今は、その流儀は名古屋に伝承されていて、1955年に「記録保存の措置を講ずべき無形文化財」にも指定されています。(ちなみに津軽にも伝承があるそうです)。

もとより芸能は、師から弟子への直伝が基本。
これを支える方策(演奏機会の確保、恒常的な稽古の機会づくり、書記的な伝承手段の改訂など)が課題です。
外国の方も弟子として参加なさっていらっしゃるようですが、万一伝承が途絶えてしまうと、取り返しのつかない損失となるでしょう。

語りに興味のある方は、CD、DVD、演奏発表の機会(年に数回)もありますので、生きているうちにいかがでしょう(文化も、視聴者も)。
手頃な文庫本もいろいろ出版されていますし、口語文なら読みやすく理解もはかどると思います。
物語の解釈も、作者ごと、出版時期によっても微妙に色合いが違っていて、ニュアンスにもそれぞれの面白さが楽しめると思います。

お友だちのレビュアーさんから本作を教えていただいて、すぐに吉村昭氏本(講談社)を読みました。
本作は、古川日出男氏本(河出書房)を原案に、監督・山田尚子氏、脚本・吉田玲子氏の解釈や演出が随所に見られるとのこと。

京アニのカルチャリズムとは異なるそれが、どのような前衛と復古をみせてくださるか、楽しみでなりません。

~ ~ ~ ~ ~

今般、アニメ化されるにあたって、平家物語がこのような歴史的な背景を持っていること、今に伝わってきていることを、知りおいていただければと思い、徒然に書きとめてみました。


*タイトルの浄玻璃(じょうはり)とは、一義には、曇りなく透き通った水晶、またはガラスのことです。
二義に、閻魔さまが亡者を裁くとき、善悪の見きわめに使用する地獄に存在するとされる鏡という意味です。
亡者がその前に立つと、生前の行いが余さずつまびらかになるという超ツール。

祇園精舎の鐘の音は、人の内面を糺すべく発せられるというわけですね。



観終わりました。

{netabare}
日本のあちらこちらには平家の落人伝説があって、あるご縁でしばらく郷土史に耽ったことがあります。
いつごろ、どこから来て、何をしたかといことが関心事でしたから、どちらかというと叙事詩的な視点だったろうと思います。
もちろん "誰" ということは端から分かりませんから、抒情性を求めるなど夢にも思いませんでした。

縁戚の方の案内で、山合いの寺院、あるいは家系などの「古伝・俗伝」を辿りました。
それらは初見の場所でしたし、糸を手繰るような手合いでしたから、今ではもう記憶はおぼろげになり、いずれは消え失せていくものかと思うと、「平家」が800年も継承されてきた心気に驚きを禁じ得ません。

前述のように、13世紀には語り部の存在が一次資料に残っています。
徳子が亡くなったのは、1214年1月とされていて、59歳のころです。
壇ノ浦の戦いが、1185年4月25日ですから、29年ほどの生涯があったでしょう。
そんなことを想うと、徳子の祈りを傍らに訊いていたのは、本当に "びわ" だったのかもなんて空説に遊んでしまいます。

少なくとも私は、叙事詩としての「平家」を足に踏んでいますが、抒情詩を謳う「アニメ・平家物語」は空前です。
本作は、花をメインにしつつ、さまざまな演出がありましたので、その意味を学び、含意を想像しながら、解釈を膨らませていました。
また、キャラの細やかな所作にも、当時の文化を重ねながら、境地や覚悟など、彼らの心情に寄り添おうともしました。

山田監督がおっしゃるように、リリシズム(抒情性)に主眼を置かれた「平家物語」でありますので、"びわ" の心気を頼りにして、零落する平家の心意気に折々触れてきた3か月間でした。

まもなく迎える弔いの春は、837年めとなります。
五色の糸に仏道の救済を祈った徳子の末期が、この上なくもの悲しく胸に深く迫りました。
今も寂寥を響かせる琵琶の音色に耳を傾けつつ、なおしばらくは本作の余韻に浸ってみようかと思います。
{/netabare}

投稿 : 2022/04/26
閲覧 : 283
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39

ネタバレ

tag さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

家族の物語としての平家物語

僕らは、この物語が悲劇で終わることを知っています。源平合戦の流れも、少し歴史好きなら頭に既にある。しかし、見入ってしまいました。

膨大な原作を、思い切って、平家の建礼門院(徳子)の家族の物語に絞り込むことで、「歴史絵巻物語」から家族の幸せと悲劇、奈落へ落ちてゆく中での悲しみ、そして浄土を願う祈りへ、「家族の物語」へと。自分としては、ほぼ新しい物語として浸りました。
{netabare}
見ての感想は様々な想いが交錯しました。

建礼門院の美しさと悲しみ、オープニングで毎回見る建礼門院のこの上ない笑顔と物語中の苦しみとの対比は毎回刺さるものがありました。彼女のみは家族の中で生き残る。これも分かっているのです。子供も親も、兄弟も、全部失いながら。それでも彼女が生きるのは、ただ家族の浄土への旅たちを祈る。仏様の手から垂れる五色の糸を掴み、祈る、その悲しみ、苦しみ、幾ばくかと心に強く伝わります。

重盛の描き方もとても興味深い。平家家中の良心ともいえる彼の一生は、とても悲劇的です。脚本と言うか演出の妙技で、その良心と悲劇が心に響く。

重盛の子供たち、歴史ではあまり前面にでません。物語でも主要人物とは言い難いのだけど、銘家の嫡流(宗盛一門が最終的には嫡流になるんですが)の子供たちとしての苦悩が伝わってきました。これも建礼門院の家族の物語として再構成したからこそです。彼らの苦しみがこれでもかと伝わる。

そう、建礼門院の家族はみんな死んでしまう(一人奄美黄島で生きた、と言う伝説あり)のです。建礼門院は一人残される、まるで運命のように。これは歴史の真実で、とても酷な運命を背負わされた方です。

そして最終話の「大原御行」です。これだって分かっている物語なんですが、描かれ方が素晴らしい。大原の三千院は、そもそも物悲しい雰囲気を持っています。台詞と背景画によって、建礼門院の家族への祈り、平家の滅びの儚さを描く。5分ほどのエンドロールのような画像のフラッシュバックと平家物語の序章の言葉を重ね、描きます。そしてラストに近づくにつれ、琵琶の音色が強くなってゆく。圧巻のラストシーンでした。
{/netabare}
最後に、作画は、まるで人形劇(平家物語も人形劇がありました)のような抑えたキャラ設定。だか、だからこそ、ほんの少し動かすだけで、心の動きがダイレクトに伝わる。その技術の高さも驚嘆レベルでした。まるで、現代の人形劇のようでもありました。

なにかつらつらと書いてしまいましたが、平家物語が好きなかたも、良く知らない方も、多分、この構成ならだれでも心に刺さると思います。歴史をよく知らなくてもです。11話と言う短い構成ながら、傑作と呼べる水準かと思います。

投稿 : 2022/04/24
閲覧 : 89
サンキュー:

21

ネタバレ

剣道部 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

現代の琵琶法師

[文量→中盛り・内容→考察系。]

【総括】
誰もが名前くらいは聞いたことがある、「平家物語」を、優秀なスタッフがアニメ化。「歴史的に正しいのか?」という点はさておき、過去の話を、現代の感覚と技術できっちりとエンターテイメントに仕上げてるなという印象です。

すごく、「和」が象徴された作画や演出。ぜひ、ジビエートを見てがっかりした海外のアニメファンには、本作や「どろろ」を観て、記憶を上書きして欲しいです(笑)

《以下ネタバレ》

【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
詳しくは余談に書いているのだが、私はどうにも古典へ愛を持てない。文学部なのに(笑)

でも、だからこそ、古典がどのように料理されても不愉快さはなく、むしろ、こういう誰もが知る物語を、監督独自の切り口で表現し直すというのを、面白く感じた。

特に、主人公の「びわ」の立ち位置は絶妙だ。我々と同じように、「物語の終幕」を知っている存在でありながら、我々とは違い、「物語の中にいる」少女。
 
彼女は殊更に歴史を動かそうとはしない。ただ、「静かなる覚悟」を持ち、滅びゆく「自分にとっての良き人」と共に歩む。

彼女が平家の人と過ごしたのは偶然からだが、そこで培われた「縁」には嘘はなくて。いつか滅びると分かっていても、だからと言って、今を諦める選択肢はなくて。

「バカの壁」で知られる、養老孟司さんは、娘に「部屋を片付けろ」と言ったら、「どうせいつか必ず散らかるんだから意味ない」と口応えされた。それに対して、「つまり、人間はいつか必ず死ぬんだから、今、生きていることに意味ないということなんだな。だったら今すぐ死ね」と言い放ったという(笑)

まあ、父親として正しいかは別にして、理屈としては正しい部分もあると思う。

つまりは、「無常観」。仏教の、そして平家物語の大テーマである。

どんなものにも終わりがある。だからこそ、その一瞬一瞬に価値があり、美しい。

桜をはじめとした、日本人の独特の美意識。山田監督が描いたのは、平家物語の表のストーリーじゃなく、その裏に流れる「哲学」なんだと思う。

その一瞬を精一杯生きるなかで、彼女は「歌い継ぐ」という自分の生き方を発見する。

私は仏教徒じゃないのでニワカ知識だが、「無常観」は決して、「無常」を是とはしていないと思う。あくまで理想は、仏や涅槃の「常住」である。「永遠」を求めつつも、そこにたどり着けない、たどり着こうと必死こいて頑張る大多数の人間に対して、優しい諦めをもって「価値」を、「美」を見出だしたのが、「無常観」だと、私自身は解釈している。

ビワの「歌」によって、「春の夜の夢」のようだった平家の人々も、通常の人の生では考えられないほど、「長生き」をする。しかし、1000年続いた平家物語ですら、「無常」であるのだから、いつかは語り継がれなくなるのだろう。誰かがリレー形式で語り継がなければ。

古典に無知な私ですら分かるような有名な話、人物は結構、脚色されたり、省略されたりしている。でも、それで良いんだよね、「物語」だから。

原作の平家物語ですら、そもそも史実とは大分違い、それは、当時の世の中の雰囲気を見ながら、多くの人が楽しめるようにエンターテイメントにした結果であり、だから今、改めて時代に合うように再度語り直すことに、私自身は好意的だ。このアニメを観て、平家物語に興味を持ち、原作やその他の古典(の現代語訳バージョンで良いから)を読んでくれる小中学生がいたら、それだけで、平家物語の寿命が伸びる。

だから、「時代劇」や「大河ドラマ」のように、しっかりエンターテイメント性を作り出した、でも、原作から外れすぎてはいない、制作陣のバランス感覚の良さは、称賛されるべきだと思う。素敵な物語をありがとうと言いたい。
{/netabare}

【余談~文学部の剣道部が、古典から逃げて近代文学ばかり読んでいた理由~】
{netabare}
私の専門は、芥川龍之介や志賀直哉、川端康成、横光利一など、近代(明治~昭和20年代)の短編小説です。純文学を中心に、雑多な読書をしていましたが、中学~大学生の間は年間300冊以上は本を読んでいたと思います(社会人になってからは、年間10冊読めば良い方ですw)。

大批判を覚悟して言いますが、「古典って、実はレベル低くね?」と思っています(飲み会でこれ言って、よく古典専攻の奴と口喧嘩になったな~w)。

去年、ロッテの佐々木くんの投球内容を多くの「大御所」の人が批判していたとき、ダルビッシュさんが「今、批判している人のうち何人が、18歳の時に160キロ投げられたのだろう。練習メニューも、投球フォームもどんどん進化しています。佐々木君、気にしないで」みたいなことを呟いていました。そして、今のこの活躍。令和の怪物は、昭和の漢とは相容れないのかもしれません。

あと、なんの番組だったか忘れたけど、90歳くらいのお婆ちゃんにインタビューして、「昔は良かったですか?」と聞いたら、「今が一番良いに決まってるじゃろ。人が死なん。」みたいに即答していて、めっちゃ格好良いと思いました。

奈良時代や平安時代など、識字率も低く、触れられる文学や芸術も限られていた時代。間違いなく文学は一部上流階級のモノでした。底辺が少なければ、上が伸びきらないのは道理。

古典の授業を受けていていつも思うのが、「皆、実は大したこと言ってなくね?」ということ。だって、「枕草子(清少納言)」なんて、冷静に読めば、「小学生の絵日記レベルじゃね?」と思っちゃうんです。

勿論、その当時の人達の中では最高レベルの知性や感性であったのでしょうが、現代の高度な教育に触れている人々と比べると、それよりも凄いとはどうしても思えません。

これは、「うさぎ跳び100周。投げ込み300球。水は飲むな、体力が落ちる」なんてことが当たり前だった時代のピッチャーが、現代のプロ野球で投げても、(例外中の例外を除いては)ほぼ通用しないだろうという理屈に似ています(勿論、バッターも)。

それを、学者の先生方は色々な理由をつけて、無理に誉めているだけなんじゃないかと思ってしまったんですよね、学生時代。

勿論、古典文学の全てを否定しているわけではなくて。「レジェンド」としての価値は認めているし、尊敬の念もあるんです。

レビューにも書きましたが、今から1000年以上前の人が、1000年以上前に書いたということを含めて楽しむ分には良いと思うし、当時を知れる資料的な価値もあるし、過去があるから現在があって、それを否定したいわけじゃないんです。

ただね、たまにいる「昔の人は今の人よりも凄い」ってことを盲目的に言ってくる人に反感を抱いてしまうだけです(文学に限らず。まあ、逆に今の方が凄い、最先端の方が価値があると盲目的に言ってくるバカも嫌いですが)。

単純に横並びにしたら、清少納言より紫式部より令和の小説家の方が文章力あると思っているだけです。

その上で、なぜ私が(現代小説も大好きですが)「現代」より「近代」がより好きかというと、

①文学に対する命のかけ方の違い。書けないなら死ぬみたいな魂の込め方は、色々な楽しみや繋がりを持つ現代人にはちょっと難しい。

②近代の特殊な状況。古典では上流階級のモノだった文学が、ちょうど一般市民のものになってきたのが、近代。これが平成になると、少し大衆的になりすぎている部分もあり、純文学というジャンルの最盛期は、やはり近代なのかな~と。

③文学と商売の関係。近代文学のスタートは、同人誌など商売と切り離されている部分が多いが、現代ではほとんどが出版社を通す、つまり、「売れる」作品が作られ、すんごい尖った作品は生まれにくくなっている。

あたりが大きいです。ただ、③に関しては、「令和」は期待していて、インターネットで好きに作品を発表できるのは、近代の状況に似ているどころか、当時以上に名作が生まれる可能性もあるのかなと思っています(底辺が広すぎ、埋もれてしまう怖さもありますが)。

多分これは、歌や絵なんかでも同様ですよね。「まふまふ」さんとか、「ado」さんみたいな、そんじょそこらのプロなんか吹き飛ばせる「素人」(今はもう違うけど、出始めた当時で言うとね)が、文学界でもバンバン出てきてほしいなと、凄く未来に期待しているわけですよ。

ということで、ここまで書いてきたのは、「だから剣道部は文学部のくせに平家物語も読んでないし古典全般に無知なんだ」という、超長い言い訳です(笑)
{/netabare}




【各話感想(自分用メモ)】
{netabare}
1話目 ☆4
高クオリティだな。平家物語、原作全部を読んでいるわけじゃないが、かなりイジっていることは分かる。

2話目 ☆4
明るい未来も、あるはある。かなりスローな展開。賛否はありそう。

3話目 ☆


4話目 ☆4
後半の願いだけ叶えられたか。メッセージがどうとかでなく、雰囲気を味わうアニメだな。

5話目 ☆


6話目 ☆


7話目 ☆


8話目 ☆


9話目 ☆


10話目 ☆


11話目 ☆


12話目 ☆

{/netabare}

投稿 : 2022/04/21
閲覧 : 107
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34

セシウス さんの感想・評価

★★★★☆ 3.2
物語 : 3.0 作画 : 2.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 2.0 状態:観終わった

勝手に期待し勝手に肩透かしをくらった

 源平に関する本は小中学生時代に図書館で借りて何作か読んだことがあります。完訳ではなく抄訳版だったとは思いますが平家物語も読んだことがあります。様々な勇将猛将が大活躍する一方、盛者必衰の悲哀が描かれていて古典の傑作のひとつですよね。
 そのアニメ化作品とのことで、モロ男子向けの軍記物語を女性の監督や脚本がどのように仕上げるのかちょっと楽しみにしていました。

 結論から言うと、原典とされている図書にかなり忠実な内容になっていました。びわという未来が見える架空の超能力少女を主人公に据えましたが、平家の盛衰を俯瞰したストーリーは特に驚きなく概ね原典通りに進行し終わります。女性の登場人物のウエイトが少しだけ重くなっただけで、女性目線での「武士の時代の始まり」を勝手に期待していたのでちょっとがっかりしました。まあシナリオは丁寧だしつまらないストーリーではないです。
 全11話ということでキャラクターの造形は浅いです。人の持つある一面だけを特徴的に描写していて記号っぽいです。
 主人公のびわが直情的な性格なのも少々違和感がありました。人の運命が見えてしまうわけですからもっと無気力無感動なキャラのほうが自然では?ただ救いのない話の中でびわの直情的な言動にはすこし癒された気になったのも事実です。
 声優さんたちは皆上手です。ただ名前の呼び方が「シゲモリ」など正名なのがちょっとひっかかりました。「ゴシラカワ」とかって没後につけられる諡号じゃなかったっけ?シナリオ書くときに協議した結果なんでしょうけど・・・

 作画は特徴的です。絵巻のように美しいと感じるか塗り絵のように平板と感じるか、ですね。キャラクターの絵はあまり好きになれませんでした。合戦のシーンは琵琶法師の弾き語りPV風です。音楽は更に特徴的です。OPはJ-POP、EDはなんかトランス系みたいな感じです。劇伴はレベル高いと思いました。和風も現代風もよかったです。

 駄作ではないと思いますが、予想以上に普通のアニメ化でした。歴史や軍記に興味のない人はどう感じるんでしょうかね。
 海外の評価は意外と低くないですね。監督バイアス?というのは意地悪すぎですかね。あと化物語シリーズと勘違いしている人がいたのには笑ってしまいましたw

投稿 : 2022/04/21
閲覧 : 164
サンキュー:

13

ネタバレ

STONE さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 3.0 作画 : 3.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

とりあえずの簡単な感想

 原作は未読。
 「平家物語」というものの存在を知ったのは小学校低学年ぐらいの頃で、平家が滅ぶ様を
描いた内容だと知ると、「勝ったのが源氏なら『源氏物語』とすべきでは?」と思ったのを
記憶しています。
 その頃は「源氏物語」という作品があるなんて知りませんしたし、敗者を主人公とするという
感覚も分からなかったみたい。

 絶頂期にあった平家が壇ノ浦で滅ぶまでを描いた本作は全11話という短さもあって、
より呆気なく滅んでしまったという感が強まっている感じ。
 滅ぶに至るには「敵を作りすぎたかな」という印象で、そこには驕りや強引な反対勢力叩き
などがあったとは思うが、これまで皇族や公家のみで行われていた朝廷政治に武家が
食い込むにはかなりの強引さは必要であっただろうし、初の武家政治ということで参考にすべき
前例がないというのもハンディかなという感が。

 この平家の滅びに至る様はあの有名な「祗園精舎の鐘の声」から始まる冒頭部そのものと
いう感じだが、これは平家に限ったことではなく、平家を都から追いやった木曾 義仲は
作中において平家より早く退場。
 その木曾 義仲や平家を倒した源 義経、義経を実質的に倒した源 頼朝から始まる
鎌倉幕府将軍家三代など、いずこも同じという感じで、この辺は現代に至るまで通じるもの
なんだろうなと改めて思ったり。

 設定?としてはびわという架空の人物が主人公で、最初は「歴史もので何で架空の人物を
主人公に?」と思ったりもしたが・・・。
 史実では一人の人物が同時代の様々な出来事に関与しているというのはそうあるものではない。
 そのために実在した人物を主人公にすると、時代全体ではなくその人物視点となる人物記的な
ものになるか、あるいは主人公に「実は裏で様々なことに絡んでました」的な
フィクション要素を付加することが多かったりする。
 本作が平家全体の行く末を、原作に沿った形で描くものであることを考えると、特定の
実在人物を主役にするのは難しそう。
 本作において、平家の当事者での主人公的存在は平 重盛、平 徳子辺りだと思われるが、
重盛は話途中で死んでしまうし、徳子は高倉天皇に入内するために平家中枢にいる人物とは
言い難くなるしで、全体における主役にするには難しい感じ。
 そういう点では、当事者ではなく俯瞰的に行く末を見ることのできる第三者のびわを主役に
据えたのはなかなかの好判断だったのでは?。

 このびわだがストーリーテラーでありつつ、俯瞰的に事象を見るという点では視聴者視点に
近い存在。
 更に彼女が持つ未来予知能力は、歴史ものであるゆえに結果を知っている視聴者と同じ状態で
あり、より視聴者に近い存在になっているように思える。

 この予知能力だが、純粋なフィクション作品のSFやファンタジーであるなら、当事者が
未来を変えようと行動することが物語が動いたりするが、本作は歴史ものゆえに未来を
知ることはできても、変えることはできないものになっており、当事者であるびわにとっては
かなり辛い能力という感じ。
 終盤になってびわは自身の目的を見出すが、これが平家への鎮魂でありつつ、自身への
救いにもなっており、びわが平家のことを語り続けるという行為は、実際の「平家物語」が
琵琶法師たちによって琵琶を弾きながら語り続けられたことに繋がっており、「なかなか上手い
構成だな」と思う。

 多くのエピソードを持ちながらもそれが語られることなく終わったキャラも多く、これは
源氏サイドのキャラに顕著。
 残念感はあるのだが、先に書いたように全11話の短さで、平家の行く末に焦点を絞った
作りゆえに致し方ないところ。

2022/04/20

投稿 : 2022/04/20
閲覧 : 49
サンキュー:

12

ネタバレ

Jeanne さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

結末が分かっているからこそ先を見るのが辛い

全11話

「けいおん」や「聲の形」の監督で知られる元京アニの山田尚子監督作品。
原作は中学生の時に国語の時間で暗記させられた記憶はありますが、内容は全く覚えていません。

平家に父親を殺されたびわは色々あって平家の屋敷に住むことになる。びわは将来を見ることができる目を持っており、平家が滅びる未来を見る。
平家の全盛期から滅亡までを描いた作品です。

私も含めて視聴者の大半は平家が源氏に滅ぼされるという歴史的事実を知っているので、びわと同じ目線で平家が滅亡するまでを追っていくことになります。
滅びること(皆死ぬこと)を知っているからこそ日常のシーンは見ていて憂鬱な気持ちになりました。
平家の人々は個性豊かでいいキャラが多かったので、余計に感情移入しながら見てしまいました。
特に、普段はびわと衝突していますが、平家が滅びるのも近いと感じ追い出す形でびわを平家から遠ざけた資盛は格好良かったです。

びわは将来何が起こるか分かっているのに何もできない自分に不甲斐なさを感じていますが、母親と再会し母親が自分のために祈っていたという話を聞いて、祈りを捧げこの出来事を後世に残すのが使命だと前向きに考えるようになります。
そのように考えることで以前よりも達観しているびわを見るのはどこか寂しさを感じました。

声優、作画、キャラデザについて。
びわ役の悠木碧さんは素晴らしい演技でした。
本当にこの声優さんは演技の幅が広くてすごいと思います。
作画は全体を通して崩れることもなく安定していました。
キャラデザが独特ですが、平安時代の雰囲気にマッチしていて良かったです。

山田監督の作品ということで視聴前から期待してましたが、期待以上の完成度だったので非常に満足できる作品でした。

投稿 : 2022/04/19
閲覧 : 53
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16

ネタバレ

nyaro さんの感想・評価

★★★★★ 4.4
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:今観てる

平家と女性。花は枯れるが種を残す。諸行無常はまた新たな命につながる。

2回目を視聴しました。というか1話、2話、9話をじっくり見直しました。

 平家という集団の末端ではカブロが恐怖政治を担っていました。その犠牲者としてビワの父は死にました。が、平家の内部には個々の人間がそれぞれの生活をし、そこに喜怒哀楽もあれば家族もいました。

 OPの歌詞です。花は種から咲いて枯れて種を落とす。つまり人間はその時代を生きて子孫を残す。その営みにすぎません。
 白拍子とか女の部分ですね。祇王、仏御前、巴御前、ビワの母、そして静御前を描いていました。まさに平安の花ですよね。子孫を次代につなぐのは女の役割です。徳子も同じです。

 ただ、この中で次代に子供を残せたのはビワの母だけ、ですかね。ビワがどうなったのかはわかりませんが、子孫を残せなかった女たちを描いたところに意味があるのかないのか。静御前と徳子も子供は作りましたけど…

 また、平家の栄華は華ですね。これもまた枯れてしまいましたが、源氏へと時代が移り変わりましたが、確かにそこにはいた、ということでしょう。最終回が決まっていても…というのは、すべてに終わりがあるという意味なのか、あるいはメタ的に今リメイクする意味なんでしょうか。

 平家と女の華を重ねて、確かに次を産み出した。だけどいつかは枯れる。その無常だけでなく、歴史の中の役割を言いたかったのでしょうか。そして、女の役割は子供を作ることもありますが、子をなさなくても時代を作る役割もあるんだということでしょうか。

 ビワの名前、浅葱とは目の色の事だったんでしょうか。父が名前で呼ばない、つまり目の力を認めないということですね。

 ビワと言う存在はやはり平家の過去と未来、つまり重盛と徳子という平家物語の中心だった人物を象徴し、確かにそこに平家があって、平家の中にもいろんな人がいた。善悪だけではない人間の営みがあったと、未来に伝える役割だったんでしょう。
 義経、義仲をクローズアップしたのは、平家を倒した彼らもまた倒されます。

 今この時代に諸行無常…平家物語に触れる機会があったことが良かったと思います。諸行無常の言葉通り永遠はありませんが、人は営み時代がそこにあり、そして、いずれも次の担い手がいます。

 ポピュリズム=個人の権利や損得しか興味が無くなった時代に「次」を考えられたと思います。ちょっと「海賊王女」を見たくなりました。あれも女と時代をテーマにしていたとしか思えないのですがじっくり見ていないので。

 なお、山田尚子と高野文子の平家物語の本(2200円)を買おうかどうか迷いましたが、やっぱりやめます。本作は作品中の情報をメタ的に入れてクリエータサイドの思惑を知っても意味がない気がしたからです。今のところは。




1話  重盛か宗盛か…ヒューマンドラマか合戦か。楽しみです。

{netabare}  配信サイトの関係でいまさら1話です。平家物語というアニメーションを作るということ自体がまず素晴らしいです。幅広い選択肢がアニメには必要だと思いますので、数十本のうち1つくらいはこういう取り組みをお願いしたいところです。

 平家物語というのは歴史の分野では苦手なカテゴリなので、祇園精舎の鐘の声、壇之浦の合戦と那須与一、一ノ谷の逆落とし、あとは清盛、重盛、宗盛のつなぎとかしか覚えていません。厳島神社が関係ありましたね。

 むしろ手塚治虫の「火の鳥、乱世編」の印象の方が強いです。本作も傍観者としてあの少女を登場させたところなど「火の鳥、乱世編」との類似性は感じました。ただ、平家物語は重盛が途中退場して宗盛にバトンタッチしますので、傍観者を置かないと感情移入の視点が変わってしまいアニメにならないのでしょう。

 絵柄は芸術性をねらいすぎて作り込みが追い付いていない気もしますが、見ているうちに違和感がないし時代の雰囲気も感じられるので成功していると思います。

 さて、未来が見える設定や椿がボトリと首が落ちるように散ってゆく演出を語るまでもなく、平家物語は安徳天皇の入水となるわけですが、そこに至るまでのドラマですね。重盛中心か宗盛中心か。ヒューマンドラマなら重盛なんでしょうけど、宗盛の没落する様子が中心になるんでしょうか。盛り上がる一ノ谷と壇ノ浦は宗盛ですからね。
 ただ、本作の重盛の設定、扱いから言って合戦は最後の方にサラリとやる感じでも面白いかもしれませんね。

 このプロセスをあの琵琶の少女が語るのでしょうね。ということで800年の時を超えた一大物語です。楽しみです。{/netabare}

2話 うーん、このキャラデザが話を分からなくしている?

{netabare}  白拍子…祇王と仏御前…2話の最後のほうの出家後の話って説明なしに分かるものなんでしょうか?要するに祇王が出家した後に祇王寺と呼ばれる寺に、やはり清盛に捨てられた仏御前が来たという話です。
 祇王の母娘はまあ説明があったのでわかりますが、後から来たのが仏御前ってわかります?眉毛と下睫毛で書き分けてはいるんでしょうけど…どうなんでしょう?

 本作の前半でやった部分は、清盛に寵愛を受けていた祇王が飽きられて仏御前がその地位を奪うわけですが、その仏御前が元気がないので祇王に舞を舞ってくれ、という話です。ここはまあ理解できなくはないですが、そもそも祇王と仏御前が出会った場面で仏御前ってわかりました?

 しかも当時の白拍子というのはまあ遊女ですよね。若干それっぽいニュアンスの説明がありました。この仏御前は清盛の子を妊娠していて…と話が続くのですが、最後、琵琶が見ていた椿が2つポトリと落ちる場面の意味…うーん。これ、読み取れますか?

 それと祇王のやさしさもあまり表現しきれてませんでしたし…つまり、話がセリフで進行している感じです。そもそも清盛って間接的ですけど父親の仇らしいですね。(父は橘時長という人で、保元の乱で戦死だそうです)

 高倉天皇(憲仁)、後白河上皇、清盛、重盛の関係なども説明抜きで理解できるものなんでしょうか。それとも今後説明があるんでしょうかね。まあ、最後のクレジットのキャラをWIKIで調べるか平家物語を読んだほうが早そうですね。ただ、平家物語…長いんですよね。だからアニメに期待したんですけど本末転倒だなあ。

 話がゴチャゴチャして来るんでしょうか。キャラデザがアダになって人物の整理がつかない気がしてきました。徳子は一番わかりやすいし、後の建礼門院ですからね。実際に一番平家の行く末を見届ける女性なので彼女視点でもいい気がしますが…。

 平家物語の概要が理解できるようなエピソード外の回を入れるなり、人物名をテロップで入れるなり、進撃の巨人みたいに情報をCM前後に挟んでもいいし、声優さんの特番でもいいので何かやらないとまずい気がします。私も若干しか記憶にないのでいろいろ調べながら見ています。

 私の読解力の無さに加えて無教養なのでそう思うだけかもしれませんが、脱落組が結構でるんじゃないかなあ…と危惧します。{/netabare}

3話 女性…に注目でしょうか。2話と別モノかと思うくらい凄い回でした。

{netabare} 前回はキャラがごちゃごちゃしていてわかりづらかったですが、今回は人間関係も因果関係も良くわかりました。テンポが異常に早いですが、焦点が絞りたい部分があるのでしょう。

 2話の祇王の話はサイドエピソードですが監督の山田尚子さんも脚本の吉田玲子さんもキャラデザの高野文子さんも女性ですから、女の人生について入れたかったんでしょうね。第3話の徳子の扱いも含めて「女」の人生について表現したかったのかもしれません。インタビューは本作を見終わってから見るつもりなのでどうコメントされているのか知りませんが。

 子供が生まれないほうがいい…というセリフは多分アニメオリジナルだと思いますがあえてそのセリフを入れてきましたね。この先、この女性視点の部分は注目ポイントな気がします。

 それと2話は、清盛のおごりと非人間性が今回の話につながるという事だったのでしょう。今回の展開にうまくつながってきました。

 で、とにかくカット…展開が迫力がありました。光と陰の使い方もうまかったと思います。陰謀の場面、非常に良かったです。それと重盛の瞳の演技も良かったですね。

 第3話。徳子と重盛を中心に人物がよく描けていました。平家のそれぞれの人間のスタンス、平家に対する貴族の立ち位置や考え方が凝縮されていました。23分があっという間でした。 {/netabare}


4話 時間の経過が早いけど、少数の主要人物が理解できると面白い。

{netabare}  あっという間に時間が過ぎてゆきます。思ったより早い山場ですね。平家そのものの落日については主要なテーマではない感じ?いや、テーマではあるけれど、平家の構成員としてそれぞれのキャラのヒューマンドラマになってきました。そのヒューマンドラマを通じて諸行無常を描くのでしょう。

 そのヒューマンドラマですが、1、2話の展開でポカーンでしたが3話くらいから主要な登場人物が整理されて感情移入もできますので、非常に面白くなってきて、この4話…ターニングポイントですね。彼…といえば見た人はわかるでしょうが、彼の思いをどうくみ取るかでしょうね。

 それにしても琵琶って…育ってる?時の流れから浮いた存在ということ…なんでしょうか?いやちょっと大きくなってますかね?

 古典だし原作に忠実みたいですが、この辺りからは独自解釈…というよりドラマを楽しむ感じになるのでしょう。

 とにかく最後まで見ずにはいられない展開です。継続視聴はもちろんです。気が付いたのは、本作アニメとしての「平家物語」のストーリーを1回目に理解したら、2回目以降で人物や言動に注目するとより面白く見られそうな気がします。

 ですので、レビューについては2回目を見終わったら改めて書きたいですね。以降、気が付いたことがあれば書くかもしれませんが、総評は2回見終わった後にします。{/netabare}


6話 ちょっと言いたい事が分からなくなってきました。

{netabare}  次は見終わってからレビューする気でしたが、ちょっとオヤッ?と思ったので。

 重盛がいなくなって視点が定まらないですね。彼は合理的でかつ心の機微がわかる人格者として描かれていました。徳子と合わせて、現代にこれをやることの意義…登場人物の価値感を現代にアップデートして再評価するために平家物語をリメイクしたのかと思っていました。

 ですが5,6話…うーん…落ちぶれる平家の栄枯盛衰を見せられてもそれは従来の平家物語でしかありません。清盛はもう次回予告にある通りですので退場します。徳子がもう少し女…現代の価値観から妻と母を表現するかと思いましたが、一般的な権力闘争の犠牲者的な部分をちょっと表現していただけでしたね。
 となると琵琶ですよね。彼女が何を見るのか…今のところ傍観者…あるいは予言者(預言でなく)でしかありません。重盛の目を得たことで彼女が何を見るか、でしょうね。

 どうなんでしょう?アニメという人気媒体で面白い演出と脚本とちょっと芸術性のある絵柄で平家物語を紹介するだけ?に終わるのでしょうか。それはそれで試みとしては面白いでしょうけど…例えばベルサイユの薔薇みたいなアニメ史的なコンテンツになれるかと言えば厳しいですよね。あれはフィクションですけど、フランス革命のエッセンスを非常にうまくくみ取りながらもエンタメとして最高でした。

 平家物語は時間というフィルターを経て評価された名作ですから誰がリメイクしてもそこそこ面白くなるはずです。無常観、悲劇性はわかっていることです、そこを演出と作画とセリフで勝負するだけ?琵琶は単なる伏線…とも言えない悲劇の予感のためだけにいる?それとも誰のせいでもないとか、禅的な結論を語ってしまう?

 5,6話は話は面白いですが、深みという点でアレッ?という感じでした…と言ってしまうと1~6話で面白かったのは3、4話だけだなあ…正直言えば雰囲気倒れの気がしてきました。{/netabare}



8話 琵琶は何のためにいるのでしょうか?

{netabare}  7話は徳子と清盛がクローズアップされて、おや、ちょっと持ち直した?と思いましたが…8話がなあ…

 8話は特にそうでしたが琵琶が視点にすらなっていません。ここにきて客観の物語を見せられても、重盛と琵琶の関係に感情を置いていたせいなのか、圧縮版でわかりづらい平家物語を見せられているだけになっています。

 特に8話は演出と音楽が過剰でした。平家の静あるいは貴族的な雰囲気にに対する源氏の動、武士的なのかを表現したかったのかもしれませんが、いや凡庸すぎるでしょう。ストーリーを展開させるのに演出に逃げるのは良くなかったですね。

 というか特に義仲のキャラを過剰にしすぎていて演出しすぎで見苦しかったです。義仲を野性的を通り越して粗野で奇抜に見せて、キャラの説明をしたのかもしれませんが、武人としての迫力が全くありませんし。

 戦の場面をほぼカットしているのはヒューマンドラマを見せたいからかもしれませんが、ヒューマンドラマになっていません。平家という一族の落日の儚さ描けていません。

 祇王と仏御前をいまさら名前だけだしてみたり、琵琶の出自を仄めかしたり…この後すべてが繋がって何かがあるのでしょうか?{/netabare}


9話 なるほど祈りをびわに重ねましたか…

{netabare}  祈りって今は曖昧に使っていますが、もともとは平和とか他人の安寧のための願いですね。自分の願望を願う事ではありません。「祈るしかできない」とびわは言いました。祈りって重い言葉だと思うんです。特に源平の戦いは本当に悲惨で人の欲望丸出しですから。

 その祈りを諸行無常と重ねました…天皇の大きな役割が祈ることです。国家鎮護というと仏教用語ですのでちょっとズレるかもしれませんが、天皇が国家の安寧を祈ることを忘れたからビワが変わりに?ということはびわの血筋ってそういうこと?無情に散っていった平家の魂が浮かばれる的な鎮魂みたいな軽い意味ならがっかりですけど。

 祈りを見出したびわをどう扱うかが今後焦点になりそうですね。制作された時期的には昨今の世界情勢を考えて、ということではないと思いますが、今、必要なのは確かに祈りなのかもしれません。

 ところでクレジットの静御前、月、あかり、という3人があの白拍子たちでしょうか。静御前って義経の愛人じゃなかったでしたっけ?そうそう確か…静御前って母子のエピソードありましたね。徳子の描写と合わせると、女性側の諸行無常の表現もをしている感じでしょうか。ただ、今のところあまりうまく機能してない気がします。
 忙しい尺の中で、祇王や静御前なんかを省略しないで登場させた意味やびわの母が登場した意味を咀嚼しないとなんともいえませんけど。

 清経のシーンはエピソード的には良いですけど、ちょっと感情過多になっていないかは?ですね。びわの内面を表すにはいいシーンだとは思いますけど。

 それと敦盛ですね。織田信長の関係で調べたことがありますが、ちょっと違うというか省略した感じでしたね。意味合いがちょっと変わっちゃった気もしますが、私も史実に忠実である必要はないと思います。
 でも、だったらもっともっとオリジナルな山田尚子さんとしての平家物語を見せてもらいたかったなあ。

 ただ、8話でどうなっちゃうのか心配でしたけど、9話は持ち直しましたね。あと2話だそうですね。びわの祈りと徳子それと義経が描かれるんでしょうか。残りに期待しましょう。 {/netabare}


11話 徳子はなぜ生き残ったか…ビワはそういう役割でしたね。

{netabare} 平家物語そのもので感情が一番動く場面ですからね。ここで感動するのは当たり前ですが、10、11話はビワの使い方素晴らしかったと思います。途中2話、5~8話はかなり評価を下げていましたが遡って見れば意味があるかもしれません。

 なるほど…なぜビワが必要だったか。建礼門院、徳子だけがなぜ生き残ったか。その意味がビワの目だったと。平家を見届け祈れ、と。だからでしょうか。最後はビワの目が光を失っているように見えました。ビワは平家を見るために特別な目を持った。重盛からもその子供たちからも愛された…だから、平家を見届けた後は語るだけの存在になりました。髪が白くなるとは老婆になったのか、あるいは人としての存在ではなくなったのか…
 建礼門院もまた最後まで平家のために祈りました。ビワは徳子の別の形だったのかもしれません。そういえば重盛の目ももっていましたね。

 鎮魂…というと私はちょっと浅い気がしていましたが、なるほど…そうくるとちょっと話が違いますね。祈るとはつまり歌の中に平家の人々が語られることでした。平家物語は800年後にも残っています。つまり、ビワと共に過ごした人々はまだビワの歌の中に生きているということでしょう。これで諸行無常の意味に一つの視点の転換をあらわしました。

 考えてみれば平家は椿の花のように儚く散っては行きました。諸行無常の理の中で歴史から消えていったその悪役の平家が今現在なぜうたわれているか…それは悪役の平家も中に入れば様々な人々が懸命に生きていました。気が小さい人も芸術を愛した人もいました。平家ファミリー…という穏やかで幸せな感じの絵が出ていましたね。

 初めにビワの父が殺された意味がここで考えるべき問題になりますね。悪とは何ぞや…と。確かに平家の支配下でひどい死にかたをしましたが、平家もまた人として憎めない人々でした。うーん、言葉にするのは難しいですね。あとでいい考えがまとまったらまた書くかもしれません。

 平家を撃った義経…そして静御前が出てきたのも意味がありそうですね。義経は有名ですが、静御前と義経の子供のエピソードがあります。平家を滅ぼした義経。その先は…

 驕る平家に何かを仮託しているのかどうかもちょっと考えたいところです。

 全体としては徳子周り、重盛とその子供たちの話は全体としてよかったかったですね。もっとああすれば、とかあそこがなあ、という感想はありますが、結果的に11話が描けたので、良かったと思います。

 ちょっと見終えたばかりで支離滅裂ですね。総評はまた2回目を見た後にするかもしれません。古典のリメイクなので評価は低めにしていますが、ビワその他について発見があればあげる可能性があります。 {/netabare}

投稿 : 2022/04/17
閲覧 : 604
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39

ネタバレ

runa21 さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 3.5 声優 : 5.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

曲がいい

中学の古典で必ず暗記させられる平家物語。

この時代の物語としては、
どうしても義経の活躍が目立つこともあり、
源氏側の視点に立ったものが多いが、
こうして平家側の視点で見た話も面白い。


一度栄華を極めた人間は、
どうしてもおごり高ぶってしまう。

そして一度栄華を極めてしまえば、
自分たちが転落していると理解しつつも
それを受け入れることができずに、
どんどん悪い方向へ進んでしまっている。

それが一族の終わりにつながると知りつつも、
その方向にしか歩みを進めることしかできない

自らがまいた種は、
自らが刈り取らなければならないいい例だ。


ただ、それに巻き込まれる人間は、
哀れで仕方がない。

一族や、世間の波から逃れるためには
「出家」するよりほかはない。

学生時代に「なんでこの時代の人たちは出家するんだろう」と
漠然とした疑問を抱いたことがあったが、
彼らはきっと「疲れ切っていた」んだあろうなぁと
この物語を見て、当時の疑問に対する回答がつかめた気がした。

家のしがらみやら、そういったものから
解放されたかったのだろう。

もしかしたら、
哀れな死を遂げることになった人々を
弔いたかったのかもしれない。

琵琶が、彼らの生きざまを
平家物語という形で伝えていくように、
何らかの形で、弔いたいのだろう。


落ちぶれ、倒されてしまうのが分かってるからこそ
この物語を見ていくのは辛かったが、
同時に、不思議な力を持った琵琶もまた、
彼らの最後を知りながらも、
彼らの生きざまをしかと見届けて、語り継いでいくところに、
視聴者とのシンクロが感じられて、

「最後まで見届けよう・・・」

と最終話まで見ることができた気がする。


辛い話の中でも、
このアニメの一番の見どころは、
やはり琵琶法師の語り。

あの抑揚ある独特の語り口調は
耳に残るし、臨場感が伝わる。
本当いにうまいとしか言いようがない。

OPの曲もかっこよく、
音楽については申し分ないと思った。

投稿 : 2022/04/16
閲覧 : 72
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19

やまげん さんの感想・評価

★★★★★ 4.4
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 3.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

じっくり楽しんだ作品

平家物語は読んだことがなく、なんとなく源平合戦の軍記物語なのかなと思っていた程度。

水彩画のような淡いタッチの絵がきれいだったこと、キャラが生き生きとしていて見ていて楽しかったこともあって、見ているうちに平家物語自体にも興味が出てきた。

公式HPで各話に解説コラムが付されていたので、1話見るごとにそれを見て、さらに実際の平家物語との比較をしているサイトなども見ながら、1話ずつ丁寧に最後まで見た。こんなアニメの見方をしたのは初めてかもしれない。

最後まで楽しく見ることが出来て良かったのだが、音楽に関しては、なぜかクラブサウンドっぽい劇伴だったのが謎。好みが分かれると思うが、自分にはあまり刺さらなかった。

壇ノ浦の戦いを描いた最終話の当初の放送予定日(3月24日)が、まさに壇ノ浦の戦いがあった日らしく、運命的なものを感じたのだが、放送延期になりその日に放送されなかったのが残念。

おもしろかったので、源氏物語など、昔の物語をアニメ化するシリーズを展開して欲しい。

投稿 : 2022/04/14
閲覧 : 89
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17

ネタバレ

CiRk さんの感想・評価

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

2クールでやるべきだった感。

{netabare}
面白かった作品なのは確かだけど、面白いというよりももったいないなという感想の方が先に出てきてしまう。
言い方が悪いかもだけど、このアニメが面白かったのは日本史が面白いからであって、このアニメだからこその面白さはあまりなかった気がする。
このアニメも面白かったけど、歴史漫画、なんなら詳しい歴史の教科書とかを読んだ方が面白いかなと言う感想。

何が良くなかったかと言うとダイジェスト感。
有名な説話だけを無理やりつなげたような感じで、それぞれの話のつながりをあまり感じることなく話が進んでいくのが微妙だった。
源平合戦とかかなり雑だったかな。鵯越とか鳥の羽音とか与一の弓とか、有名な説話だけやってればいいだろ感がすごくて、かなりダイジェストだった。
話も次々に進んでいくせいで登場人物が急に沢山増えたりで、各々の描写も薄くてイマイチ(アニメキャラとしての)印象が残らない。
結末を既に知っているのでて元から感動とかはし辛い題材なのに、登場人物の描写が雑なのもあってなおさら感情移入できなかった感。
源平合戦に限らず序盤も基本的に高校の教科書に載っているような事件をなぞっていただけで、あまり人物にフォーカスされてなかったし。
そもそも結局このアニメは平家物語の盛者必衰に焦点を当てたかったのか、この頃の事件をなぞっていくようなアニメにしたかったのか。どっちの観点で見ても中途半端になってた。

あと主人公いる? あんなボロボロの子供が普通に貴族と接してたのも違和感があるし。それにこの作品における主人公の役割が良く分からなかった。
誰かが死ぬのを見て嘆くだけで...。

良かった点は、つなぎが雑には感じたとはいえ、有名な説話に関しては忠実に再現されていたという点かな。
自分は歴史好きって程でもないけど、清盛の死のところとか、壇ノ浦とか、有名な説話をアニメとして見るのは面白かった。
いざ文章にしてみると文句ばかりになってしまったけど、日本史は結構好きなので微妙に感じた点はあれど、毎話面白かったのは確かです。


↓一話毎メモ
{netabare}
1話 ☆8
祇園精舎の鐘の声。OPが良すぎる。名台詞。
悠木碧こういうアニメには向いてない気がするなぁ。重盛優しいな。
これ殺されるだろw 未来が見えるのか?

2話 ☆5
これ貴族でもないんだしただじゃすまないだろ。アニオリキャラいる?
話し言葉をもうちょっと丁寧語にしてほしかったな。
安徳天皇...。謎の母。主人公いる?

3話 ☆7
鹿ケ谷の陰謀か。
主人公のせいでなんかアニメアニメした感じになってしまってるのが残念だな。重盛有能。

4話 ☆6
安徳天皇さん...。これほぼ死ぬじゃん

5話 ☆8
そういうことするから滅亡すんだよ!
以仁王って挙兵して負けた人だったっけか。
日本史この辺好きだったなぁ昔。
主人公がいないほうが面白いよねこれ。
起こるんだよなぁ。もうそろそろ頼朝か。

6話 ☆8
ついに挙兵か。今回体感時間短いな。
石橋山は負けるんだっけ。富士川の戦い...あっ(察し)
昔の人って戦怖かったんかな。これ処分なしなのか。
絶対流されてると思った。

7話 ☆8
サブタイ。主人公いる? 義仲はまだ?
そういや水かけると蒸発したとか近づくだけでも熱かったみたいな伝説あったな。

8話 ☆8
義仲のキャラが俺の中のイメージと全く同じだw
倶利伽羅峠ってそんな被害でかかったんか。

9話 ☆4
きよつねえええじゃねえよ、主人公いる?
主人公の話いらなくね? やっと義経でたか。鵯越の逆落とし。
作画頑張ってんな。いや、ダイジェストすぎない?
鵯越以外にもあるでしょ。

10話 ☆5
出家したうえで自殺するんか。屋島もっとちゃんとやれw
なんか全体的にダイジェストだな。

11話 ☆9
水の下にも都が。いるかの話しらんかった。熊手

曲評価(好み)
OP「光るとき」☆9
ED「unified perspective」☆2
{/netabare}
{/netabare}

投稿 : 2022/04/14
閲覧 : 190
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17

みのるし さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

なんでいまさら平家物語なのよ。

なんて油断して見始めましたが。

違いますよ。今だからこそ平家物語なんですよと。
天才山田&吉田コンビにいきなりガミられたような1話でした。

おそらくびわは近い将来平家が滅ぶってことがどおゆうことかわかってない。
わかってないががこの人たちは何か災難で大勢の人が死ぬとゆうことがわかっている。

それが実に怖い。


天才コンビは今の日本を憂いこの物語を紡いでゆくはずだ。

この物語。

どんな最期を迎えようとも受け入れる。
そんな覚悟が必要となりそうだ。

::::::::::::::::::::::

最終回見終えてとりあえずうーん。とうなってみる。


ぶっちゃけ山田吉田コンビが何を伝えたかったのかよくわからんずくでしたが。

滅びゆく者の悲哀を、そこに現代の日本を重ねて何かしらのメッセージを込めたとかゆうようなそんな話では全然ありませんでしたな。


滅びをテーマにした話ではなかったような。
平家が滅ぼうが滅ばなかろうが明日はやってくるのだと。

んでもってだから前を向いて…みたいな安穏さは一切なくてですね、どちらかとゆうと滅びは日常にあるのだと。

共存しての人間ではないかねと。


漫画版ナウシカで最後の方で庭の管理人のおっさんと森のおっさんとナウシカが議論する下りで『滅びにおののいて生きてゆくのか?』みたいなことゆわれて『いいえ。滅びはもう私たちの一部です』みたいな返事をしたシーンがあったと記憶してますが(違うかったらスイマセン)、そのシーンをおぼろげながら思い出しました。


なるほど。平家物語か。


だけども、今現実に起こっているとある大国の侵略によってひとつの国は滅びに瀕している状況を鑑みると、お茶の間でせんべいとかかじりながら、滅びも人間の一部だよなぁなんてお気軽には言えないのであります。

やっぱりなにもこんな時にこんな難しい話しなくたっていいじゃないのよ。


ねぇ。

投稿 : 2022/04/13
閲覧 : 180
サンキュー:

27

ネタバレ

マーティ さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

祇園精舎の鐘の声

 全11話。原作は一部既読。といってもあれです。中学・高校の古典の授業で読んだものです。

 びわが平家の平重盛から拾われ、主にびわ視点で語り継がれる物語。前半は仲良くなった重盛の子たちや徳子などとの交流、そして平家が栄えていく様子が映し出されていました。

 しかし、重盛や平清盛の死あたりだったと思います。そこから少しずつ平家が崩れていきます。それがなんと切ない・・・。滅亡の一途をたどる中、身投げする人もいました。びわの周りで生き残ったのは徳子だけっていうね。。このあたりの感覚はわからないですね。「生きてたらそのうち良いことあるよ!」が通じない時代だったんでしょうか…

 ところで源氏の様子も少しありましたね。源義経とか弁慶などは想像通りでしたが、一番ギャップを感じたのは頼朝ですね。そんな頼りないキャラなの?とは思いました。妻の北条政子はしっかりしてたのにね。あれはあれでインパクトはありました。

 演出とか光の使い方とかが京アニっぽい感じがしましたが、監督は吉田玲子さんだったんですね。演出はすごく好きでした。

 ただ1クールしかないので、とばしとばしになっていたところはありました。1.5~2クールくらい、もうちょっと尺は必要だったのかも?

 これにて感想を終わります。ここまで読んでくださりありがとうございました。

投稿 : 2022/04/11
閲覧 : 137
サンキュー:

31

ネタバレ

徳寿丸 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.0 作画 : 3.5 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

平家物語の作者は誰なんだろうね

オリジナル?(2022.4)
日本人なら聞いた事が一度はあるであろう有名古典?「平家物語」を元にあれだけの長編をわずか1クールで平氏の栄枯盛衰と人の世の無常観を一人の少女の目を通して描き切った事に賛辞を贈りたいと思います。
と言っても自分は現代口語訳ですらきちんと全編読んだ事はない知ったかぶり日本人でして、中学の授業で冒頭部分を暗記させられた程度の触れ合いと彼らの滅亡を歴史上の出来事として認識してるに過ぎません。よって平家物語が軍記物としていかに素晴らしい作品かを語る言葉は持ち合わせていません。が、日本人特有の琴線、”ものはあわれ”を感じずにはいられない傑作なのだと思います。でなければこのアニメでそれを感じる事などできない筈だからです。
これを機に日本の古典文学に手を伸ばしてみるのも良いですね。

私のツボ:船の漕ぎ手を射るのは作法としてタブーです。自分は義経は当時の御家人からは嫌われていたと思いますよ。

投稿 : 2022/04/10
閲覧 : 61
サンキュー:

14

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平家物語のストーリー・あらすじ

《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす》
平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。
亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来(さき)が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。
貴族社会から武家社会へ―― 日本が歴史的転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。(TVアニメ動画『平家物語』のwikipedia・公式サイト等参照)

放送時期・公式基本情報

ジャンル
TVアニメ動画
放送時期
2022年冬アニメ

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