「輪るピングドラム(TVアニメ動画)」

総合得点
81.4
感想・評価
1920
棚に入れた
9728
ランキング
267
★★★★☆ 3.8 (1920)
物語
3.8
作画
3.8
声優
3.6
音楽
3.9
キャラ
3.8
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輪るピングドラムの感想・評価はどうでしたか?

ネタバレ

にゃん^^ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

リンゴとピング(ペンギン)のおはなしみたい。。

おはなしは
{netabare}
たかくら家は
ふた子の兄弟のかんばくんとしょうまくんと妹のひまりちゃんの
3人ぐらしでとっても仲よし

でもひまりちゃんは体が弱くて
ある日とうとう病院で死んじゃった。。
のはずなのに。。
どうしてか生きかえって

それってみんなで行った水族館で買った
ペンギンのぼうしのせいみたい

ひまりちゃんは人がかわって言ったの
「この娘の命をのばすことにした。。
ピングドラムを手に入れろ。。」って

ぼうしをぬぐと元のひまりちゃんにもどったけど
かんばくんとしょうまくんは
ピングドラムをさがしはじめて
りんごちゃんと会ったんだ。。
{/netabare}
*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚

とってもふしぎでおばかで。。でもかなしいおはなしで
つぎつぎににゃんが思いもつかなかったことがおきて

ピングドラムってなんだろう?とか
どうやって手に入れるの?とか
ほかにもいろいろ???がふえてきて
ミステリーでおもしろかった^^

おはなしはよく分からなかったけど(とくにおわりのほう)
ほんとうはくらいお話なのかな。。

でもギャグとかいっぱいでおもしろいし
むずかしいお話しとか好きな人ならもっとたのしいのかな^^

コメディとか
ペンギンさんたちが動いてるの見てるだけでもとっても楽しいし

フシギなこととかヘンなこととか
えっ!?って思っちゃうこととかいっぱいでw
にゃんみたいにボーっって見てると
おもしろいと思うよ♪

あとひまりちゃんがとってもかわいくってやさしくって^^
さいごは泣いちゃった。。

あにこれであんまり見てる人がいないのかな
かんそうが少ないみたいだけど。。
もっと見てくれる人がふえるといいなぁ☆

投稿 : 2019/11/20
閲覧 : 1023
サンキュー:

202

既読です。 さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 1.0 作画 : 5.0 声優 : 3.0 音楽 : 3.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

案の定なイクニワールド。√5編

狂信者で構成された閉じた世界の住人の
頭の中に渦巻く世界観。

多分彼らにとってはこちらが異常なのだろう。

例の事件をベースに
そこに囚われた人々の思考や
その周囲に居た人々の運命など

アニメで描こうとする試みは解るけど
相変わらず不明なシーンや言葉の数々に
繋がりも意味も解らないまま終わった感じ。

「さらざんまい」に巡り合い
その斬新でポップな展開に惹かれた訳だが
「ウテナ」→「ピンドラ」→「ユリ熊」ときたら
さすがにイクニ手法に飽きてしまいました。

異才の人とは思いますが
私には合いません。

投稿 : 2019/10/04
閲覧 : 135
サンキュー:

1

ネタバレ

とむ さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

屈指の名作だと思う

今頃、2019 8~9月にかけてレンタルで借りて視聴。
観念的やし抽象的な話。でもボクは面白いと思った。
内容や観点を的確に表現・解説するのは難しいけど、他者に何かを分け与える事、他者と何かを共有する(物質的にだけでなく精神的にも)事、他者の為に何かを差し出す事そういったものの尊さ、大切さがテーマなんやないかな?と思う。
また、後半12話以降ED曲が話数によって違うんやけど、どの曲もARBという日本のロックバンドのカバー(本作のカバーの方が洗練されてて聴きやすくて好み)でその歌詞がその話数の内容にリンクしてる。構成が上手いなぁと感じる。
タイトルにも書いたけど個人的に屈指の名作です。ホンマ面白い。それこそDVD買って手元に持っておきたい位に。

投稿 : 2019/09/21
閲覧 : 198
サンキュー:

1

おこめはん さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

考えて楽しい!けど難しく考えなくても、大事な部分は絶対わかります。

放送当時はこのアニメ、1話につき3回観てました。
まずは、まっさらの状態で観て、2回目はマスコットのペンギン達を中心に観て(ペンギン中心にみるの本当オススメしたい…!)、3回目は話の流れを把握した状態で観る。
3回観ても面白いし、新たな発見があったり…。

演出は独特で、ギミックも楽しい。
特に最終話なんかは舞台演劇をみているような感覚でした。
全ての謎や疑問を作中でハッキリ表現してほしいという方には、モヤモヤするタイプの作品なのかもしれません。
そういう部分を考察する事が好きな方には、とってもとっても楽しめる作品かと思います。

謎?考察?難しい話は無理…という方も大丈夫です!
正直私もはっきりと理解した!とはやっぱり言えません…
それでも、十分楽しかったし、感動したし、泣きました。
細かいところまで気にせずとも、話の大事な部分は十分伝わるかと。

ちなみに、視聴の決め手はヒロインの1人である苹果ちゃんの存在です。
苹果ちゃんの突っ走り変態っぷり&失敗っぷりを是非観ていただきたい。
そして、せめて彼女の真の目的がわかるまでは…どうか見届けてあげてほしいです…

OPもめっちゃオススメします!
やくしまるえつこさんの曲は映像とともに作品の魅力をめっちゃ引き出してくれてます!是非観てみていただきたいです。

投稿 : 2019/09/04
閲覧 : 163
サンキュー:

6

デルグ さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.0 作画 : 4.5 声優 : 5.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

箱庭物語だけど中々楽しめた。

ネトフリで視聴。

全体的に家族愛と
「家族というシステム」に対する定義への問いかけでもありました。

自分は箱庭の様な世界観が少し苦手で、
ロードムービー。世界の様々な顔や
視点が堪能できる物語が大好物なんですが、

ピンドラは珍しく楽しめました。

重く暗い空気感のテーマを扱っていますが、
それだけでなく、同時に常に主人公達に付いて回る
マスコット(ペンギン)達のコミカルな愛らしい
アクションにニヤニヤしっぱなしでした。
あいつらは結局何だったんだ(笑)

作画や演出も個性的で
実は幾原監督の作品は初めてなんですが、
少し「ウテナ」にも興味が湧きました。

個人的に冠葉の演技は少し下手だけど、
凄く色気があって好き。

唯、後藤圭二さん作画監督の回(2回あったかな?)は
擁護できないかな…。ちょっと個性的の度合いが大きすぎて
それまでの流れを断ち切っています。

正直理解できていない事もたくさんあります。
95年の自分は、ただ遊ぶ事しか考えられない様な
幼いガキで、あの事件も現実味を帯びていませんでした。

今尚、日本の現代史に刻まれている95年の事件を
モチーフ、題材にしたのは凄く勇気と大胆さを
スタッフに感じると思いますし、
そこに創作物としての要素を加え
人が生きる事。
出会いや死の運命はそもそも定められた物なのか。
改変する事。抗う事はできないのか。

人間の正に活力。足掻き。
「生存戦略」を描けていたと思います。

投稿 : 2019/07/14
閲覧 : 195
サンキュー:

13

退会済のユーザー さんの感想・評価

★★★★★ 4.9
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

忘れてはいけないこと 人は一番に忘れてしまうから

作品のあらすじには触れません。

でも絶対に埋もれさせてはならない作品です。


一見、ファンタジー作品のようですが、
『絶対に知り、考えなくてはならない事』が隠れています。

ある意味、ファンタジー要素がなくては、成り立たない、とも言えるでしょう。

でないと、悲しすぎるのです。この作品は。



消費、消費、消費、消費、消費の世の中で
翻弄される私達。

『見落としてはならないもの』が沢山ある事を
この作品は教えてくれます。


例えば、愛。
例えば、罰。
例えば…言葉にならない感情。愁傷のような。




子供の頃にデパートの催しに行ったときのことを思いだしました。
その催しは、『世界の絵本展』

父に、『好きなのを選びなさい』と言われ、
悩みに悩んで、私は綺麗な洋書を、『これがいい』と父に渡しました。
すると父は、『それはやめて、これにしなさい』と、『頭の良くなる絵本』という本を渡されました。

わかった、と、私はその絵本にしました。


親が『社会』の私の幼少期には、選択肢などなかったのです。
(今となっては笑い話ですが)



人が生を受けてから、もう、

平等ではありません。
運命には抗えません。

抗うこと、それも運命。


(今、生きているこの時を
総て『運命だ』と受け入れてしまうと、死んでるのと同じような気もしますね)



作中、沢山の印象的な言葉がありました。
それらを大切に、大切に心に刻みました。

作中、可愛いペンギンがでてきます。
彼らは、小さな『希望』『未練』の象徴に思えました。


もしも
大切な人の為に自分の命をあげることができるのなら
私は喜んで差し出すでしょう。

救う事、それだけがこの世の光なのだから。




私は
『どうしようもない』って言葉が嫌いだ。

でもどうだろう、
この世には『どうしようもないこと』で溢れてる。



この作品に出会えて本当に良かった。
しばらく『ピンドラ鬱』っぽくなったのだけど。。



この作品を教えてくれた貴方に、最大の感謝を。



これはレビューではありませんね(笑)
お許しを。

投稿 : 2019/07/07
閲覧 : 663

錯乱坊 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 3.5 音楽 : 4.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

P.K.ディックの悪夢の世界に似た味わい(魔法少女風)

日本では、その印象的なタイトルや映画がヒットしたことで『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(映画化名『ブレードランナー』)の作者として知られるP.K.ディックですが、その本質は現実とは何かを悪夢のように変転する物語の中で哲学的に追求した作家だと言えます。いきなり何を無関係なことをって感じですが、この『輪るピングドラム』も過去と現在、現実と妄想、絡み合う思惑の中で家族という関係性が何度も変転することで不安定な世界を表している点で、
ディックの代表作である『高い城の男』や『火星のタイムスリップ』に非常に似たテイストの作品になっています。
『運命の乗り換え』⇒時空選択能力(『火星のタイムスリップ』の中に出てくる自閉症の少年が持つ究極の超能力)、『運命日記』⇒『蝗身重く横たわる』(『高い城の男』の中に出てくる発禁本で作中世界とは違うこうなっていたかもしれない世界が描かれている)などの類似点を見出すこともできますが、なんといっても見終わったときの印象が『ディックだなぁ』なのです。

いろいろ謎のまま終わった部分があるのですが、(そういう点でもディックに似ている)何回か見直してみて初めて良さがわかる奥深い作品なので、是非見られることをお勧めします。

あと、オープニング、挿入歌、エンディング等が全部で16曲あって、それぞれ一聴の価値があるので、この点でもお勧めです。

投稿 : 2019/06/27
閲覧 : 89
サンキュー:

3

遊微々 さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

生存戦略ぅぅぅぅ!!!!

家族愛をテーマにした作品。
前半と後半で作品の空気がまるで違うため混乱する。

正直一周見ただけでは何のことかさっぱり分からない話であるように思えるのだが、2周目以降は案外すんなり入ってくる。
まあ2周目見る気力は中々沸きづらい作品ではあるのだが・・・・

やくしまるえつこ氏のOPと生存戦略ムービーが印象深かったです。

投稿 : 2019/06/14
閲覧 : 180
サンキュー:

1

gm560 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.0 作画 : 3.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

面白い

あまり知られてませんが面白いのでお勧めです。
個性的で独特の世界観と表現があると思います。

投稿 : 2019/05/24
閲覧 : 158
サンキュー:

1

ネタバレ

TAKARU1996 さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

同世代透明存在の独白

2019年3月30日 初稿
2019年(令和元年)5月1日 追記
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リサ「うーん、幸福ってなに?」
マナブ「またすごい質問だなあ」
リサ「なんだと思うの?」
マナブ「そうだなあ、わからないけど、なんとなく、今思ってるものだけどいい?」
リサ「うん、なに?」
マナブ「ガラクタ」
リサ「えー、幸福はガラクタなの?」
マナブ「気に入らなかったら、違うのもある」
リサ「なに」
マナブ「ほら、マンガとかでさあ、馬の頭に釣竿つけて、先っぽにニンジンつるすでしょ。馬はそれを追いかけてずっと走るって」
リサ「うん」
マナブ「あのニンジン」

『CARNIVAL』SINARIO3「TRAUMEREI」より抜粋
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1.同世代透明存在の独白
平成が、終わった。
振り返ってみると、どんな時代だったか……?
そう考えてしまう日も、近頃多かったな。
悪い事ばっかだったと思うけど、良かった事もあった気がする。
現在を生きているから、現在を客観視出来ない。
悲しき現状、生者全てが辿り着く真理

そんなどうにもならない上記踏まえて個人的見解、嫌な事ばかりだった。
辛く苦しい悲しみの時代
アイ(愛、I)を喪失した時代
平成不況、失われた10年、大災害勃発、猟奇事件頻発
そんな中で生を受け成長した俺達は、多くが「きっと何者にもなれない」と言う漠然とした確信を抱えていたと思う。
断定出来ない、自分だけかもしれない、でも俺はそう感じてた。
「頑張れば『生きる意味』が見出せる」社会はもう無くて。
「頑張ったって『生きるだけの意味』は見つからない」のが俺の社会になった。

この『輪るピングドラム』と言うアニメは、そんな呪縛が「自分だけのモノじゃなかった」と実感した作品だ。
無宗教無信仰な人間に齎された「赦しの寓話」
自らの価値観に強く根付かれた「人生の物語」
そんな個人的解釈が、今日になっても生き続けている。

別の言葉で語るなら、本作は俺に「生きるだけの意味」を与えてくれたんだ。
上手く生きられない俺の欲しかったメッセージ
口下手な俺が心中にて思い描いていた理想世界
俺の代わりに伝えてくれた叫び、信念の媒体物
「『輪るピングドラム』は『俺』の想いの『代替物』だ」
視聴時に思ってしまった事は、今でも記憶に新しい。

宗教は自分の人生に「意味」を植え付けるモノだと、何かで読んだ記憶がある。
神様の存在は、自らの実存を肯定してくれる。
神様の存在は、自身の死をも肯定してくれる。
宗教とは、人生を全肯定してくれる概念、人民にとっての「縋り」
でも、神はもういない。
一部の層には未だにいるが、普通の人にはもういない。
それは、人間が考える頭を持ってしまった故の結果
宗教学より哲学こそ隆盛を誇ってしまった故の結末
-----------------------------------------
冠葉「神様なんて、いないんだろ?」

『輪るピングドラム』第1話
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それはつまり、人生の意味を与えてくれる存在が消失したと言う事
勿論、宗教に依存せず、新たな意味も見つけられるだろう、人間そんなに弱くない。
でも、だったら次はどこに頼ればいい?
社会、仕事、恋愛、趣味、家族、友人、多くある。
でも、俺の生まれた時代から頼りになる概念はどんどん少なくなっていく。
消失の一途、次第に減少していく「意味」
世間的に「まだまだ」の若輩者でさえ、既に多くを失くしている。
これら全てを失くしたら、いよいよどうやって生きていけば良いんだろう。


生きていく「意味」が、分からない。


『輪るピングドラム』はそんな奴等に向けられた物語だ。
「物語」を無くした人に向けられた、新たなる『物語』
宗教、社会、仕事、恋愛、趣味、家族、友人
これらに続く新たなる依存先『輪るピングドラム』
永遠にして不変なる依存対象『輪るピングドラム』
本作は「人生」を無くした人に「意味」を与える『物語』
観終わった今、以上の様に思う。



視聴前、難解だ難解だ難解に次ぐ難解だと、耳にたこが出来る程言われた。
相手の口に酸味成分100%で告げられた故「どんだけこの作品難しいんだよ」
少しばかり身構えて観た事を憶えている。
しかし、個人的見解から語るに、本作はそんな難しい話じゃない。
「ピングドラム 考察」で検索すると、出るわ出るわ数多の解釈
物事を深く考え過ぎているんだろう、THE 日本人
演出それぞれに明確な意図があると思い込む、言わば考察の蟻地獄だ。

この暗喩が○○の事件に関係している。
ここの演出は○○を意図した描写だよ。
ああ、そういう考察も間違いじゃないと思う。
色々解釈を与える為、敢えて本作の如き作風にしているのは、全話観たなら火を見るより明らか
ただ、それはこの作品の理解に必ずしも必要って訳じゃない。
そこはあくまで、メッセージを伝える為の一土台に過ぎない。
大事なのは、この作品が伝えたかった事を「感じられる」かどうかだ。
沢山考えて良い、色々思い浮かべて構わない。
でも、最後のメッセージはどうか「感じて」観て欲しい。
その時こそ「観て良かった」と、明確に思える作品になる筈だ。

「『輪るピングドラム』は賛否両論の評価を生み出した難解作品」
そう捉えられた事に、安堵と恐怖を同時に感じた。
安堵したのは何故か?
この内容を1回観ただけで分かってしまう世界は、悲しすぎるから。
恐怖したのは何故か?
この内容を1回観ただけで理解してしまう人が、一定数いる証明だから。
分からなかった「お前達」が、がっかりする事は無い。
本作が分からないのは、今が幸せな証明だ。

俺は思う。
本作をはっきり「つまらない」と断罪する人
本作を単純に「おもしろい」と断言出来る人
それはなんて幸せな事なんだろうなって。
幸せに生きている事を、自覚していない幸福者
そして、それはとても素晴らしい事だ。
知らない方が良い、分からなくても良い事というのは世の中、確かにある、あってしまう。
出来るのであれば、そういった概念こそ無くなって欲しい。
けど無くならない、それが現実
だからこそ上記のような方には、知らない分からない状態がこれから末永く続く事を祈るんだ。
出来るだけ永く「幸福」であり続ける為に……

その理論で言えば、俺は絶対「幸福」になれないだろう。
俺は2度と本作を忘れる事は無い。
俺は2度と本作から逃れられない。
だから、せめていつか、この作品を真の意味で肯定出来れば良い。
俺はまだ「ピングドラム」を手に入れていないから。
俺はまだ「輪るピングドラム」に辿り着いていないから。
本作を観て、止まらない涙を得ながら強く思えた、それが今現在俺の近況です。
-----------------------------------------
リサ「ねえ、ニンジンを追いかけちゃだめかな?」
マナブ「あれは、どうやっても届かない仕組みになってるんだよ」
リサ「うん、わかってる。いいんだ、なんか、一生懸命走りたいの。後悔したくない」
マナブ「それなら、しかたないね」
リサ「しかたないなあ」

『CARNIVAL』SINARIO3「TRAUMEREI」より抜粋
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2.『輪るピングドラム』完全理解へと至る個人的解釈
正直、書かなくて良いと思った。
なぜなら『輪るピングドラム』は、自分自身で観て「感じる」作品だから。
本作を1番理解したのは「意味不明だけど涙が出てきた人」
暗喩表現で支配された作品には、視聴者の数だけ答えがある。
そんな概念に確定的解答を植えつける事こそ、正しく傲慢の表れだろう。

初見なら考察サイトは観ない方が良い。
自らの想いのまま、心に響いて、胸が痛くなった箇所だけを大切にすべきだから。
色々な言葉があって、表現があって、どれが耳に残って離れないかは人それぞれだから。
出来るのであれば、それをずっと憶えていて欲しい。
そして、余裕があったのなら、手前の頭で考えるんだ。
それが、本作を観た人間にとって「大切な一部」となる。
観終わった時、貴方が感じていた事、考えていた事
それが、貴方にとっての正解だ。

だから、以降の内容はこの批評を読んでいる読者様の自己判断に任せようと思う。
自分が辿り着いた「感覚」を、喪失させたくないなら絶対に見るな。
どうしても分からない、でも拠所となる何かしらの答えを知りたい。
そんな「生きる」覚悟をどうしても忘れられないなら、持っているなら……
確定事項でない事のみ念頭において、どうか読んで欲しく思う。




①『銀河鉄道の夜』と『輪るピングドラム』
{netabare}
第1話で小学生男子2人が語っていたのは『銀河鉄道の夜』
本作は、著者の宮沢賢治が亡き妹トシの想いを胸に、幾度も推敲を重ねて作った作品
その為、途中のストーリーに形態毎、大幅な加筆・変更が多く発生している。

「『輪るピングドラム』は『銀河鉄道の夜』に関係している!」

これは正しいんだけれど、正しくない。
どのヴァージョンに準えて『輪るピングドラム』は作られたのか。
考察するとしたら、そこまで言及しないと不完全と言えるだろう。
-----------------------------------------
[『銀河鉄道の夜』の違い]
【第1次稿】(「九、ジョバンニの切符」孔雀のシーン「そしてあの青い橄欖の森が~」から現存)
・「青年」と共に登場している人物は「三人姉妹」と「男の子」(【第2次稿】も同様)
・「琴の宿のお姫様」←カムパネルラがうっとり見ていた(恋慕)
・ブルカニロ博士登場(【第3次稿】まで同様)


【第2次稿】(「九、ジョバンニの切符」冒頭から現存)
・苹果がジョバンニとカムパネルラに渡されない
(長姉が「苹果」を5個所持→2人の妹、男の子、青年に1個ずつ渡す)


【第3次稿】(「四、ケンタウル祭の夜」から始まる)
・父親がラッコ密漁に伴う他人への殺傷→監獄へ収監
・「青年」と共に登場する人物が「女の子」と「男の子」(姉弟)へ変更(【第4次稿】も同様)
・燈台守が初登場
・苹果がジョバンニとカムパネルラに渡される(【第4次稿】も同様)
(燈台守が「苹果」を所持(個数不明)→姉弟、青年、ジョバンニとカムパネルラに渡される)


【第4次稿】(後期形。現在一般的に流布されている『銀河鉄道の夜』)
・午后の授業より始まる
・父親が監獄へ収監されていない
・ブルカニロ博士消失
-----------------------------------------

と、一部を一覧にしただけでここまで分かれる。
そして『輪るピングドラム』とこれら4つのヴァージョンの適合性を検証してみると、実に面白い事が分かった次第
『輪るピングドラム』は『銀河鉄道の夜』全Verを参考にして作られた作品だった。
しかし、余りにも膨大な情報量故、全て書き上げるのは不可能と判断
参考にしたサイトのURLを貼った上で、纏める形と相成った事、ご了承願いたい。

-----------------------------------------
[『銀河鉄道の夜』と『輪るピングドラム』]
◎『銀河鉄道の夜』におけるトシのイメージ的存在
○2人の場合(【第1次稿】【第2次稿】)
・「琴の宿のお姫様」……宮沢賢治の妹に対する恋慕表現(カムパネルラがうっとり見ていた)
・「青年」と共に登場する「三人姉妹」の長女
               ↓
冠葉によるお姫様「陽毬」と「プリンセス・オブ・ザ・クリスタル」への愛情描写


○1人の場合(【第3次稿】【第4次稿】)
・「女の子」(「姉」)

《参照URL》
http://oryzajpn.com/archives/7077627.html
http://oryzajpn.com/archives/7273171.html
http://oryzajpn.com/archives/7643255.html
http://oryzajpn.com/archives/8224312.html



◎「三人姉妹」【第3次稿】にて統合・分離→トリプルHの原型?



◎ひかり=エネルギー=生命(【第3次稿】)
         ↓
冠葉「晶馬、俺は手に入れたよ、本当の光を」
by 『輪るピングドラム』第24話より

《参照URL》
http://oryzajpn.com/archives/3257542.html
http://oryzajpn.com/archives/3430391.html



◎宮沢賢治の父政次郎の二面性(【第3次稿】【第4次稿】)
・家業が質屋→宮沢賢治に「社会的被告」としての側面在り(犠牲を糧に生きる罪人)
・ジョバンニ父とカムパネルラ父が融合した存在=政次郎
・ジョバンニ父=「犯罪者」として収監(【第3次稿】のみ)
 カムパネルラ父=倫理的な威厳のある父
            ↓
高倉剣山の二面性……事件を引き起こした「犯罪者」←世間から見た評価
          威厳のある理想的な父親←家族から見た視点
          冠葉から見た父、晶馬から見た父の違いも示唆?

《参照URL》
http://oryzajpn.com/archives/8490780.html


◎プレシオスの鎖を解く=家族間の絆を解く(【第1次稿】~【第3次稿】)
               ↓
『輪るピングドラム』第24話 家族決別=「みんなの幸」へ至る

《参照URL》
http://oryzajpn.com/archives/11518358.html

◎ブルカニロ博士の言葉→『輪るピングドラム』第24話へ至る
どんな正しさを選んだとしても、それが自分で選んだモノなら。
どれもが皆「ほんたうのさいはひ」になる。

相手との違い(精神的決別)を実感しても、人間は受け入れる。
受け入れた上で、前に進む事が出来る。
それぞれ進む道は違っても、互いに進む姿は同じだ。

寂しかったり、悲しかったり、辛かったりするだろう。
けれど、自分で選んだ道なら、全部含めて前へ進むんだ。
その姿がいずれ「ほんたうのさいはひ」になる。
世界は繋がり、またいつか、きっと会える日が来るだろう。
-----------------------------------------
{/netabare}




②「ピングドラム」の意味、「輪るピングドラム」の意味
{netabare}
「ピングドラム」
(1)「愛」って意味だよ。
A.
「ピングドラム」を輪すと言う行為に、付加価値的な「愛」が発生する。
「苹果」を渡すという行為に、付加価値的な「愛」が発生する。
したがって「ピングドラム」(ついでに「苹果」)自体は愛ではない。


(2)「永遠なる生命」って意味だよ。
A.
『銀河鉄道の夜』において「苹果」(ピングォ」は多くを暗喩している。
その中の1つが「永遠なる生命」
「こっちの世界」(現世)と「あっちの世界」(来世)を繋ぐ存在
要するに、1つの世界に捉われず生き続ける「生命」の事
「苹果」=「ピングォ」=「永遠なる生命」
しかし、これだと「ドラム」の意味が入っていない、惜しいけど却下


(3)「永遠なる生命の躍動」って意味だよ。
A.
(2)に「ドラム」の意味を追加した。
「ドラム」とは楽器のドラムが示す如く、動物が鳴き声以外の方法で音を立てる動作を指す。
ゴリラが両腕で胸を叩いたり、キツツキが木の幹を突いたり、他の鳥が翼や尾羽で音を奏でたりもする。
「ドラミング」って聞いた事あるだろう。

ビートを奏でる、それはつまり、自らの存在を証明する行為に他ならない。
自己を主張する鼓動及び躍動の言語化


プリンセス・オブ・クリスタル「荻野目苹果がピングドラムを持っている……多分な」
苹果は多蕗に、自らを覚えてくれるよう行動していた。
苹果は愛に従って生きる、事件と関わりのある人間
以上の点から、プリンセス・オブ・クリスタルが推察

しかし、彼女は多蕗への「ピングドラム」を持っていない。
異常でも妄執でも執念でも、彼女自身の生命の躍動が齎す「愛」なら良かった。
けれど、苹果が多蕗に抱いていた愛?は、桃果が「運命日記」に記載していた内容から解釈して作り上げたもの
桃果と一つになって、家族を元へ戻す為の偽愛
もしこれを「愛」と称するなら、桃果が多蕗に抱いていたものであって、苹果が多蕗に抱いていたものじゃない。

したがって、苹果は多蕗を愛していない。
だから「ピングドラム」も持っていない。
彼女自身の想いが紡いだ「生命の躍動」じゃないから。


要するに。
『ピングドラムを手に入れるのだ!」の意味は。

「永遠なる生命の躍動を手に入れるのだ!」
         ↓
「自分が死んでも生き続ける、命の鼓動を植えつけろ!」
         ↓
  「大スキだよ!! お兄ちゃんより」
改変世界にて、いなくなった自らを「愛」と言う形で主張したメッセージ


第17話某シーンの意味は。
冠葉
「俺じゃ、ダメなんだろ。もう……俺には陽毬を救う事は出来ないんだろ?」

プリンセス・オブ・クリスタル
「お前には出来る」
「わらわには、それがわかる」
「なぜならピングドラムとは、それはお前の……」以下想像文
(陽毬を想って行動する結果だ)

冠葉
「俺には……無理だ」(陽毬を大切に想う「生命の躍動」に、彼女自身が気付かないから)
←前話にて冠葉と陽毬は口論&陽毬は眞悧を好き?と冠葉が勘違い
                 ↓
陽毬が冠葉の「生命の躍動」を真に実感した時、冠葉はピングドラムを手に入れ、輪る。


上記が分かれば「輪るピングドラム」の意味は簡単だろう。
「永遠なる生命」を、植えつける行為が輪っていく。
誰かの存在は他者へと宿り、それが「愛」となって昇華する。
植え付けられた相手もまた誰かに、自身の存在与えて「愛」となる。
世界は、そうして輪っていく。
だからこそ、人は「運命の果実を一緒に食べ合う」
「苹果譲渡」(ピンガァドゥラム)が輪る。
それは、繋がりを保った永遠なる世界
相手が死んでも己の中で生きる、終わる事なき永遠なる世界だ。

「運命の果実を一緒に食べ合う」
連続していけば、彼等にまたいつかきっと会える。
そこに「愛」があるなら……
「愛している」という言葉があるなら……
世界は、永遠に繋がり続ける。
いつか出会える「運命」なんだ。
{/netabare}




③最終話を理解する
本作をきちんと観る上で、唯一躓きそうなのが第24話だと思うので、いくつかの解釈だけ載せておこうと思う。
{netabare}
(1)ペンギンマークの檻に入っていた冠葉・晶馬の意味
千江美「晶馬と冠葉君は、私達が知らない間に仲良しになっていたんだもの」→仲良しになった顛末の暗喩=檻での会話
・企鵝の会(KIGA)の印=両親が幹部=世界の全て(冠葉・晶馬にとって)
 晶馬……父親の演説を余り聞かずに逃避
 冠葉……父親の演説を素直に聞いて順応
               ↓
KIGA(企鵝)の組織(大人の世界)から逃れられない子供の世界=檻(≒卵 by『デミアン』)


・企鵝→飢餓=愛情に飢えている暗喩
 冠葉父→冠葉「お前を選ぶんじゃなかった。私は家族に失敗したよ」
 Q.何故、冠葉に苹果は渡っていたか?
 A.両親に愛されなくとも、真砂子には愛されていたから。
 
 晶馬には両親がいる→KIGA(企鵝)の活動に没頭→愛されている感覚が当時は不足していた……?


そして、飢餓状態から脱する為、冠葉は晶馬に苹果を分け与える→「愛」となる



(2)兄2人消失の解釈
「プレシオスの鎖を解く」「ブルカニロ博士の言葉」参照



(3)冠葉のペンギン型「赤い何か」が出て行く描写
・企鵝(飢餓)が失われていく→愛されていると実感していく冠葉の描写
 冠葉の慟哭は、自らが愛されていなかった事を再度実感した故の叫び
                ↓
だから、ペンギン型の「赤い何か」は「苹果」に変わる=「永遠なる生命」に溢れている=自分を憶えていてくれる→「愛」の充満



(4)「生存戦略」とは……?
生きる為の戦略→「何か」を獲得する為の行為全般を指す
「生存戦略しましょうか!」
第1話
冠葉の「苹果」を「プリンセス・オブ・ザ・クリスタル」が頂く行為

第2話以降
「苹果」→「ピングドラム」を手に入れろと言う言葉にシフト
両者の意味・違いは②にて解説

第24話
冠葉へ苹果(「永遠なる生命」)を分け与える陽毬(「愛」)→「運命の果実(苹果)を一緒に食べる」→運命は乗り換わり、自身も「生きる」を獲得=「生存戦略」達成!



(5)「花婿は誰か?」
第9話
ペンギン帽子=運命の花嫁に捧げる花冠
陽毬「誰の花嫁になるの?」
眞悧「多分、その答えは運命の至る場所にある」


では「花婿」は誰か?
それは、以下に注目すればわかる。
・変身バンクシーンにおける兄弟の違い
・第12話における冠葉の病院道中、病院内での回想
・第17話、多蕗は陽毬を離さない冠葉に何を見たか?
・第20話における陽毬と眞悧の恋愛議論と最終話の対比
・第24話、最後の生存戦略


そもそも、最初の変身バンクから待遇は明らかだった。
晶馬はボッシュートで、冠葉はそのまま。
それは、冠葉の苹果(陽毬を想う「永遠なる生命」)が陽毬に渡った事で、彼の覚悟自体をプリンセス・オブ・クリスタルは理解していたから。


そして第12話以降、プリンセス・オブ・クリスタルの真似をする陽毬の姿が回想や描写でちょくちょく描かれる。
プリンセス・オブ・クリスタルの一面が芽生えていく証明?
また、命を明け渡そうとする冠葉の手を押し戻す所からも、プリンセス・オブ・クリスタルの冠葉に対する優しさ、愛が分かる。
プリンセス・オブ・クリスタル=陽毬の失くしてた意識の側面


第17話で多蕗は高倉家に復讐しようとしたが、冠葉の陽毬を離さない行動に桃果を見出して止める。
これは「今」陽毬を真の意味で救おうとしているのが「冠葉」だと気付いたから。
「昔」は晶馬だった、しかし「今」は冠葉である。
多蕗は、自らが桃果に救われた時と同じ行動を、加害者家族の冠葉から見たんだ。


第20話、陽毬は眞悧と恋愛議論を交わす。
-----------------------------------------
眞悧
「さて、今日はある恋のお話です」
「追えば逃げ、逃げると追われる」
「あれほどうまくいっていたのに、ある日突然そっけない」
「逃げられた!」
「さあ、キミならどうする?」

陽毬「私だったら追いかけない」

眞悧「なぜ?」

陽毬「疲れちゃうし」

眞悧
「う~ん……確かに」
「そういうタイプの人もいるね」
「つまりキミは“逃げる役目しかやらない”と宣言するわけだ」

陽毬「うん……どういう意味?」

眞悧
「両方が逃げるんだから、それはお互いが“私からは近づきませんよ”と相手に言うのと同じってことさ」

陽毬「つまり……?」

眞悧「その恋は実らない」

陽毬「それでいいよ。私恋なんかしないもん」

(中略)

陽毬「例えばだけど……」

眞悧「うん」

陽毬
「相手が逃げたら、私は追えばいいの?」
「それで恋は実るの?」

眞悧「実る場合もある」

陽毬
「そうかな?」
「そういう相手は逃げ続けて、絶対こっちには実りの果実を与えないんじゃないかな?」

眞悧
「鋭いね。そう、逃げる者は追う者に決して果実を与えない」
「それをすると、楽ちんなゲームが終わるからね」

陽毬「ひどい……」
-----------------------------------------
上記の会話を踏まえた上で、最終話を観て欲しい。
陽毬は「追いかける」「果実を与える」
「疲れた」って良かった。
そして何より、逃げる者(=冠葉)を「ひどい……」とは思わない。


第12話
-----------------------------------------
冠葉「帰るって、どこにだよ」

プリンセス・オブ・クリスタル「それは、運命の至る場所」
-----------------------------------------
「運命の至る場所」……第23話、第24話の電車内
              ↓
第24話の生存戦略=プリンセス・オブ・クリスタルと陽毬が真に合一
そして、冠葉を追いかける。
プリンセス・オブ・クリスタルが気にかけていた存在は誰か?
陽毬が最終話へ至るまでの間に、理解した想いは誰のものか?

それは冠葉、冠葉の陽毬を想う「生命の躍動」
自分の事だけを考えてくれていた「愛の証明」
それを、最後にして彼女は否定する事無く、受け入れる。
              ↓
陽毬が冠葉の「生命の躍動」を真に実感した時、冠葉はピングドラムを手に入れ、輪る。


結婚式ってあるだろ?
参加した事ある人は分かると思うけど、あれって新郎が新婦を待つ構成になってる。
新郎が先に辿り着き、新婦がヴァージンロードを渡って新婦へ追いつく。
そして、2人は愛を誓う。
これってまんま、最終話の冠葉と陽毬なんだ。

では、晶馬の立ち位置は何か。
晶馬は、花嫁と共に道を歩む「父」
選んだのは晶馬、見つけたのは晶馬
だから、晶馬が元々、父親として「家族」を維持するべきだった。
しかし、彼にそれは出来ず、晶馬から冠葉へ父親の役割は代わる。
そんな「父親代わり」は、最後にして晶馬へと戻り、彼は見届ける。
花嫁の進むヴァージンロードの行き先を、ピングドラムの結末を。

簡単に言うなら……
自分を選んでくれた「お父さんと結婚する!」と言っていた少女が、自分が選びたい人を見つけて「花嫁」になるのが「運命の至る場所」での顛末

大切な人=運命の人≠花婿
苹果を貰った事で、陽毬が思い出したのは「愛を貰った」事
晶馬に、愛された事を思い出す。
だから、晶馬=大切な人=運命の人
そして、その「愛」(=「苹果」)を誰かに与えたいと思う=花嫁となった証
それを踏まえて、愛そうと思ったのは冠葉

愛を貰ってばかりだった女の子が、初めて愛を与えた相手
愛を頂いてばかりだった少女が、花嫁として愛を与える。
その相手は、最初に晶馬へ「愛」を分け与えた冠葉
「愛」は、絶対に戻ってくる。
大切な人に与えた分だけ、他の大切な人から戻ってくる。

「愛」の永劫流転

冠葉が最初に愛を与えたのは、晶馬
晶馬が、冠葉との約束を叶える為に愛を与えたのは、陽毬
彼女が最後に愛を与えたのは、冠葉

つまり、花婿=冠葉
{/netabare}










3.同世代透明存在の独白・後記
冠葉に感情移入し過ぎてしょうがなかった。
男だったら、こいつの気持ちにかなり共感するんじゃねえかと思う。
何しているか分からない兄貴の事を、分からないまま馬鹿にしたり、批判したりの弟妹
でも、彼が1番、この「家」を「家族」を、支えていた。
勿論、守ってやってる見返りなんて求めていない。
冠葉は、誰かに褒めてもらいたいから、関係を維持させていたんじゃない。
「俺」が支えたいから、自分の意志で「家族」を守ってる。
それは、父親との約束により生まれた思想

通り過ぎない嵐なんかどこにもない。
でも通り過ぎるのを待っていたら、大切な人は守れない。

そして彼は、父になった。
どのように金を稼いでいるか、生活を維持させているか、決して話さずに、耐え抜いていく。
そういうのって男なら日常茶飯事、俺も耐え忍んで生きている。
心を固く冷たく強くして、少しでも早く大人にならなきゃいけないから。
全てを犠牲にしても、守りたいモノって確かにあるし。
だから、俺の事なんてどうでも良い、二の次だ。

しょうがない。
しょうがない。
しょうがない。

でもさ、やっぱり、辛いんだよ。
しょうがないって思っていても、辛いものは辛いんだよ。
1人だけ蚊帳の外で、矢印の方向が違うから、理解されない。
大っぴらに語れない事ばかりなんだから、愛される訳もない。

途中の展開が、悔しくてしょうがなかった。
なぜなら、冠葉の状態が続くと苹果は獲得出来ないから。
自分の存在を、他者へと委ねられないから。
誰かに植え付ける行為を、行う事すら出来ないから。
死んだらそれっきり、眞悧のように呪って終わり。

だから、普通は変わらないといけないんだと思う。
平成が終わった今、変わらないといけないんだと思う。
多くの事件に事故、事象や事案の余波は未だ健在
正直今も、生きる事すら、ままならない。
でも、だからこそ、変わらないといけないんだと思う。
俺は今、間違いなく眞悧であり、冠葉だから。

まだ、俺は何も手に入れていない。
夢に生きてた頃、想い出せない。
輝いていた頃、記憶にない。
恋に落ちてた頃、そもそもない。
愛し合ってた頃、ある訳ない。

だけど、最期に、ある言葉は伝えたいと思えた。
「運命」って言葉は大嫌いだけど。
本作と巡り会えた『運命』には感謝したい。
最期に言いたい言葉を『輪るピングドラム』は教えてくれたから。

いつか、最後の日に、その言葉を言えたら良い。
それはきっと、俺が人生を「幸福」に終えられた証だから。
本当の光を手に入れたら、絶対笑顔で言ってやるんだ。

「ありがとう、愛してる」って。
-----------------------------------------
小さな頃に見ていたものは、まだ何も知らなかった時代のまぼろしなんかではなくて、いまでも見ることが出来るずっとそこにある変わらないものだった。
辛くなるからって無理に忘れてしまわなくても良かったんだ。
僕は気がつくのが遅すぎた。
必要なものを、自分で隠していたんだ。
でも、こんな僕でもまだ全てを失ったわけではなかった。

世界は残酷で恐ろしいものかもしれないけれど、とても美しい。
思えば、そんなこと、僕らは最初から知っていた筈なんだ。

時間が過ぎて、僕のことは忘れてしまっても構わないけれど、僕が今ここに書いている言葉のいくつかをときどき思い出してくれるなら、それより嬉しいことはない。

追伸。
今までありがとう。
出来ることならば、誰も憎まないで生きてください。

『CARNIVAL』小説版 PROLOGUEより抜粋
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{netabare}
☆『輪るピングドラム』を紡いだ物語・出来事
【銀河鉄道の夜】
上記で紹介した通り、宮沢賢治稀代の傑作
著者の妹トシに向けた鎮魂小説もとい、生者(自身)へ手向けた慰めの物語


【かえるくん、東京を救う】
村上春樹の小説『神の子どもたちはみな踊る』にある短編の1つ
第9話において、同作者の小説『スプートニクの恋人』が登場するのは、作中の「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」という言葉が、両方の物語に登場するから。
『神の子どもたちはみな踊る』は、1995年を軸に描かれた短編集
95年を境に、生きる意味を失う前の想い、失った後の不満、再生、失敗、絶望、希望を主人公達を通して描いている。
主人公は、大きな事を何も出来ない=きっと何者にもなれないお前達の1人
そんなささやかさの中で、かえるくんは東京を救う。
何者にもなれない人間が背中を押すことで、かえるくんは東京を救うのだ。
「かえるくん、東京を救う」は、掻い摘んで言うとそんな物語

また、同作者の『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』は地下鉄サリン事件を紐解いたノンフィクション
因みに私は、村上春樹なら『神の子どもたちはみな踊る』が1番スキ


【地下鉄サリン事件】
作中における「あの事件」
情報量が多い故、詳細はググって調べるべし。
陽毬が学校へ行けなくなったのも、父母が犯罪者であった為、学校にいられなくなった→辞めさせられたんだろう
これを見ると、地下鉄サリン事件の前に起きた「松本サリン事件」で、加害者と疑われていた河野さんの子供に向けた学校の対応は、間違ってなかったんだろうな(=冠葉・晶馬のいる高校がそれか)


【透明な存在】
「神戸連続児童殺傷事件」(酒鬼薔薇聖斗事件)において、犯人である酒鬼薔薇聖斗が残した言葉
事件の詳しい内容はhttps://www.nagaitoshiya.com/ja/1999/sakakibara/#comment-163を参照。

この事件を詳しく紐解くと、本作が「神戸連続児童殺傷事件」とも深い関わりを持っているとわかる。
・透明な存在→愛されなかった子供と、愛されず成長した大人、両方を指す

・「世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人」=バモイドオキ神=眞悧
「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、そうすればうるものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界をつくっていけると思いますよ」
                ↓
             冠葉の行動へ至る

・酒鬼薔薇聖斗の描いた絵=光と影の世界
 バモイドオキ神=眞悧は2つの世界を超越
真砂子
「明るい場所と暗い場所は共存しなくてはならないの」
「すべてを明るい光で照らしてしまうと、必ずその反動で、暗い場所が明るい場所を攻撃するのよ」
                ↓
             冠葉の行動へ至る

・かえるくん、酒鬼薔薇を救えない
-----------------------------------------
初めて勃起したのは小学5年生で、カエルを解剖した時です。
中学一年では人間を解剖し、はらわたを貪り食う自分を想像して、オナニーしました。

一橋文哉:酒鬼薔薇は治っていない!
-----------------------------------------
酒鬼薔薇聖斗にとって、自分を救ってくれるかえるくんはいなかった(「かえるくん、東京を救う」参照)
かえるくんは死に、不安と不穏に包まれ、彼の世界は透明のまま終わる。


【余談】作品を示唆する予言
『輪るピングドラム』が世に登場する前、某サイトでこのようなコメントがあったので、ここに引用する。
彼か彼女か、いずれにせよこの人もまた、透明な存在だったんだと思う。

以下、引用
28 林檎 投稿:2008年3月31日 @11:19 AM
酒鬼薔薇聖斗様があの時に行った行動を、今現在の大人たちが忘れているとしたら、それは彼の悪行が無駄になったということになると思うんですね。
あんなに残酷なことが出来ますか。
出来ないでしょう。
大人でもためらうほどの残酷な行動を、当時の日本は彼にさせたのではないですか。
子供は誰しも、犯罪を犯すために生まれてきたわけじゃない。
子供の世界は小さい。
だからそれゆえに簡単に壊れる。
大人のように世間をよく知って、それなりに自分のその中での生き方を得ているわけではないから、子供は簡単に途方にくれる。
そのときに救いの手が一つだけでもあったなら、彼は変わっていたかもしれない。
周りの大人たちが、異常だ、理解できないなどと遠巻きにしなければ、彼は犯罪者としてのレッテルを張られなかったのかもしれない。
ま、想像ですけどね。
いつも彼は一人だったと思います。
だからこそ自分の中で想像上の友達を創り上げ、自分が生きる意味を示すバモイドオキ神様を遂行し、殺人を自分が生きる目的だと思った。
そうするしかなかったんじゃないですかね、やっぱり。
今の時代も、酒鬼薔薇聖斗様は子供の心の片隅に棲んでいますよ。
頭角を現さないだけで、ひっそりと息を潜めているんです。
今の世間はどうですか。
子供も簡単に犯罪を犯す。人を殺し、騙し、陥れる。
全ては大人がしていることです。ニュースを見て、報道されている内容をしってアホらしくなります。
今のご時世、大人も犯罪を犯しているのですから、子供が人を殺すのは当然ですね。
私は私で、彼を尊敬し、敬っています。
彼は当時の腐った日本に大きな打撃を与えてくれた方ですから。
でも、今はどうなんでしょう。世の中の人みんな、彼を覚えているでしょうか。
忘れているとしたら、なんと悲しいことでしょう。
彼の悲痛な悲鳴があの事件にはあったはずなのに、ニュースで多くの報道がされるように、事件は新たな事件に押しつぶされ、殺されて行く。
この世界が悲しくてなりません。
でも、私は彼を永遠に忘れないでしょう。私に、希望を与えてくれた人だから。墓場まで持っていくつもりです。
それだけを言いたかったんです。失礼します。

https://www.nagaitoshiya.com/ja/1999/sakakibara/#comment-163
{/netabare}

投稿 : 2019/05/06
閲覧 : 229
サンキュー:

9

退会済のユーザー さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 5.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

痺れるねぇ!

運命はありがちな言葉と認識されますが、決してそのような事はありません。
誰もが自我を持っています。それに従って行動するので、時には称賛され、時には悪に堕ちます。
これは人生を決定付ける最大の要因です。間違っても自分を見失わないように。
生憎、僕には運命というものを持ち合わせていないようです。何故なら、僕の人生は悲惨な方に傾きましたから。
ですが、そんな僕にも希望があります。僕は大事な家族、友達のためなら何でもする所存でございます。

幻想的な世界観、先が読めないストーリー、バランスの取れたシリアスとギャグシーン、ゴージャスな作画、素敵な音楽、挙げればキリがないです。
個人的見解ですが、本作はまさに...狂気の塊です。一見ふざけたシーンも実はメタファーがあったりするなど、驚きを禁じ得ません。
果実が告げた未来、と僕の大好きなアニメの歌詞がありますが、本作に完全に一致しています。
ユニークで面白い設定の数々。運命日記にまつわるエピソードが少し冗長に感じましたが、実はそうではないのです。
矛盾しているような言い方ですが、一つ一つのシーンに意味があると知った途端、こういった表現になりました。
両クールのOPテーマは芸術ですね。ノルニルのFull ver.を購入して聴きましたが、ああなるほどと思いました。
この曲は本作を観る前に聴きました。ある意味逆の方が良かったのかもしれません。

主人公の一人である高倉冠葉(たかくらかんば)君の声があまり合っていません。
中の人の木村昴さんは当時ある役以外のキャラを演じていなかったので、仕方がない部分があります。後に彼は人としても、声優としても、そしてラッパーとしても急激な成長を遂げました。

前作のウテナを観ていれば、個人的評価はもっと上だったかもしれません。それぐらい本作は謎めいていて、面白くて、不思議な感覚でした。
いずれにせよ、僕は本作を大いに楽しめました。サイコスリラーものとしても素晴らしい出来です。
僕は本作の美男美女っぷりに惹かれて円盤を購入しましたが、後悔はしていません。むしろ喜ばしい限りです。
生存戦略しましょうか。

投稿 : 2019/04/24
閲覧 : 123

ハウトゥーバトル さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

幾原邦彦監督が良くわかる作品

視聴理由 特になし

序盤 へ?

中盤 へ??

終盤 へぇ????

この作品は幾原邦彦監督のオーラが出まくっている作品
多彩な比喩表現と意味わかんない伏線。
わけワカメ
この話はマジでわからない。考察しがいがあるものすごい興味深い作品。としか言い表せない。
主人公の一人の声はなんと木村昴さん「某青ダヌキロボットのジャイアン」です。合わないでしょwwwと思っていたのがかなりの間違いでした。めっちゃ合ってます
作画・音楽ともに普通。

追記 この監督のほかの作品としては「さらざんまい」も似たような意味わかんない作品なのでぜひ視聴を

投稿 : 2019/04/23
閲覧 : 206
サンキュー:

5

ネタバレ

shino73 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.6
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 3.0 音楽 : 4.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

本当の幸い

幾原邦彦監督脚本作品。

衒学的な暗喩の連続で難解で有名な作品ですが、
意義のある作品ですので視聴の助けに成れば幸いです。

両親のいない高倉家に暮らす3人の兄妹。
双子の兄、冠葉と晶馬。
そして不治の病に侵され余命少ない妹、陽毬。
ある時3人で訪れた水族館で陽毬は意識を失い昏倒。
悲嘆に暮れる冠葉と晶馬は不思議な体験をする。
{netabare}病室でプリンセスオブザクリスタルが告げる。
妹を助けたければ「ピングドラム」を探せと。{/netabare}

通常人の思考回路は「足し算」が多いのですが、
この物語は「引き算」で対処して頂きたい。
物語の「根幹」だけを記憶しておく。
演出の「枝葉」の部分は捨てて良いと思います。
モブがピクトグラム、アイキャッチの路線図、
ペンギンたちの正体、透明な存在。
全部捨てて良いでしょう。

物語の根幹にあるのは「運命に対する生存戦略」
何者にもなれない僕たち私たちの生存戦略である。
{netabare}悲しいこと辛いことに意味はあるのか?
過酷な運命に人はどう向き合いどう乗り越えるのか?
物語は「2つの視点」で語られます。
それが自分自身である場合と愛する者である場合。{/netabare}

幾原流「銀河鉄道の夜」は、
運命の列車を乗り継いで彼方を目指す。
銀河を超え行く少年少女の姿が、
僕には「人間讃歌」となり穏やかに心に響くのです。

投稿 : 2019/04/21
閲覧 : 460
サンキュー:

64

ネタバレ

たわし(ガガ) さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 4.0 作画 : 5.0 声優 : 3.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

ウテナ以上にアート作品。

一言で言えば、「感性の塊」である。

むしろ、普遍性や論理性を徹底的に無視して、幾原邦彦監督の「感性」のみを全開させている。

「ウテナ」や「ユリグマ嵐」同様に、そこに感受性を受ける人にとってみてすればこれ以上のアート作品はないのだが、

ボタンの掛け違いで感性がすれ違えば一切理解できないという離れ業をやっている。

これだけの企画を動かせるのはやはり監督が幾原邦彦さんだからであり、庵野秀明監督のご友人であり、唯一ライバルと認めるアニメ監督だからだろう。

普通はこういう企画は通せません。

投稿 : 2019/04/14
閲覧 : 143
サンキュー:

8

ネタバレ

郷音 さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

きっと何者にもなれないお前たちに告げる

2011年放送アニメ。

男2人と女1人の三兄妹が主役。余命僅かと宣告され亡くなってしまった妹が不思議な力で蘇るストーリー。

序盤9話くらいまではギャグアニメかな?という感じだけど、

一気にがらりと変わります

正直ドラゴンボール的な展開(何個かあるピングドラムを集める)を予想してたから意外でした

ギャグキャラと思ってたりんごちゃんが大活躍するとは…w

終盤、特に最終話はなんか駆け足だったようにも感じました

もう2,3話あってもよかったと思います

でも予想超えてきて面白いけどね

{netabare} 冠葉の陽毬救出シーンはかなりきつかった…
こどもブロイラーもマイルドになってるけどリアル映像だったら見るに堪えないよ… {/netabare}

OPはやくしまるえつこ、EDはARBの曲をアニメキャラがカバーしてます

あとDVDはコメンタリーあるので最低でも2周できますねw

かなり面白いのでおすすめです

投稿 : 2019/03/13
閲覧 : 140
サンキュー:

2

ネタバレ

ぜろろ さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

俺たちは道なりに歩き続けてきた

かなり分かりにくい作品。よく言われているが村上春樹的な物も感じる(ちなみに私は村上春樹が苦手です……。)。ただ、私にとってはとても大切な物語の一つ。色んな人に勧められるのかといえば、答えに一瞬つまるけど、それでもたくさんの人に知ってもらいたい作品。


{netabare}テーマは運命、愛、罪と罰。象徴的、記号的に色々なことを伝えようとしています。


作中の登場人物は、その多くが両親に対してコンプレックスを抱えています。親がテロを起こした、才能を過剰に求められた、美しくあることを求められた……。親や社会からのプレッシャー、いい成績を、いい大学に、安定した仕事に……。そういった価値観を押し付けられて、氷のような寂しく厳しい世界でペンギンのようにどうにか生きている子供達。自分の意思ではなく、社会から、大人から、運命から、何者かになれと強要されている。でも、それではきっと何者にもなれない。自分が本当は何がしたくて、誰を愛したいのか、それすら忘れて透明な存在になってしまった、それが悲しい運命を背負った子供達。


その狂った運命を変えるものがピングドラム。私はこれを『他人の罪や罰を受け入れるほどの無償の愛』だと考えます。自分の愛を一方的に押し付ける、例えば愛だと言って自分の子供に夢を押し付けたり、傷つけたりするのはピングドラムではない。愛する人のためならその身を焦がしてもいい、燃やされてもいい、大切な人の運命ごと背負ってやるという人の想いこそ、愛こそがピングドラム。


ピングドラムには運命の列車、すなわち一度乗ってしまえば通常止まれない「運命」を変革する力があります。本来子供ブロイラーで透明にされる運命だった多蕗や陽毬を救ったのは桃果のそして昌馬のピングドラムだった。本来死ぬはずだった陽毬の運命を変えたのはの冠葉のピングドラム。最初のOPから燃える運命だったりんごを救ったのは昌馬のピングドラム。ピングドラムは人から人へと輸すことができる。そうすることで世界は愛に満ち、人々は救われる。、


ただ愛があれば、ピングドラムがあれば全て解決するのかいうと、そうではない。結局愛する人のためにこの身を燃やしても、最後はその人にすら忘れられてしまう、そういった運命の、世界の残酷さもきちんと描いているのが本作品。ただ運命というのは、もちろんそれ相応の対価を払うが、愛があれば変えられる、その希望も描いている。たった一言の愛しているという言葉が時に誰かを救うこともある{/netabare}


意外と知られていない本作品ですが、社会の圧に悩んでいる人には刺さるものがある名作だと思います。

投稿 : 2019/03/02
閲覧 : 231
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12

三毛猫メリー さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

ピングドラム

2019.2.22視聴完了。

オリジナルだそうですが
なかなか壮絶なアニメでした。

いろいろな犯罪がアニメの中に出てきて
かなり重い雰囲気をコミカルなペンギンたちが
緩和していました。
この内容を収束できたことに感銘を覚えます。

「生存戦略~!」のセリフと一緒に流れる
画面やBGMは見ごたえがありました。

投稿 : 2019/02/22
閲覧 : 156
サンキュー:

9

賭けくるい さんの感想・評価

★☆☆☆☆ 1.0
物語 : 1.0 作画 : 1.0 声優 : 1.0 音楽 : 1.0 キャラ : 1.0 状態:観終わった

陽毬が可愛かった!

もっとわかりやすいストーリーにならなかったかなぁ?謎のままのことも沢山あるし、見てて疲れる。
意味不明なことが多すぎてよくわからない内容。ペンギンが超かわいいだけに、ざんねん。

投稿 : 2019/01/27
閲覧 : 223
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1

ネタバレ

らむず さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 4.0 作画 : 3.5 声優 : 3.5 音楽 : 5.0 キャラ : 3.0 状態:観終わった

タイトルなし

以前見た時は自分に合わないなと思い視聴を断念したが、少女革命ウテナを見てこちらも気になったため視聴した。

{netabare} アカシックレコード、異世界エレベーター、「飽きた」のように呪文で異世界に行く方法といったオカルト要素と、地下鉄サリン事件、酒鬼薔薇聖斗の言葉(存在の耐えられない透明さ)といった実在の出来事を作品の中に落とし込んでいるアニメだと感じた。
また、こどもブロイラーや運命の捉え方などもあるので1回観ただけでは『輪るピングドラム』というアニメを理解しきれないように思う。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』ではジョバンニを残してカムパネルラが旅立ったが、ピンドラのジョバンニとカムパネルラは一緒に銀河鉄道に乗り別の世界へと旅立ったのではないだろうか。

1つ苦言を呈すのならば、猫の扱いである。
ウテナにも共通することだが、ピンドラも猫の扱いがひどい。(保健所送り)
ピンドラの保健所送りにされた猫の場合、NPOや個人が保護する可能性もあるのでまだ希望があるように感じた(猫好きで猫を飼ってる身としてはつらい)。
監督は猫に恨みでもあるのだろうか?

ストーリーに関してはこうした方がよかったという意見はないが(伏線や説明されなかった部分も含めて)、こどもブロイラーがピンドラの日本において国家的に認められているのか非公式で非合理に活動しているのかが気になる。
国家的に認められている場合、ピンドラの日本は闇が深そうだ…。
あと、こどもブロイラーの職員はなぜこどもブロイラーで働いているのかも気になる。
こども嫌いだとしても人間を食肉工場で加工するような場所で働きたがるようには思えないからだ(頭のネジが10本ぐらい飛んでたら別だが)。{/netabare}

投稿 : 2019/01/12
閲覧 : 119
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1

tachikoma さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

タイトルなし

見終わった後、考察サイトを巡るのも含め楽しめたと思う。
ただ、物語は結局よくわかんなかった。

あとイリュージョン空間部分は大好きだった。

投稿 : 2019/01/12
閲覧 : 97
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1

じん さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 5.0 状態:観終わった

感覚と論理の両立の難しさを示してしまった残念なアニメ。

タイトル通り。この作品は2クールの間にいろんなものを詰め込みすぎている。と、何度も見た私からも言わせてもらう。当時に見た人の多くがこのアニメのストーリーについて意味不明だと言っていたらしい。結局このアニメは村上春樹の小説のように議論を許す内容(実際に劇中では同氏の作品が登場している)という言い方で決着がつけられた。

私なりの解釈はあるがここで披露する気はない。このレビューを見た人には自分の目で見てほしいので導入程度の説明をしておこう。

ストーリーは難しい。作画とともに暗喩で染められており、一見意味不明。私が解釈を見つけたのは勤務中だったように、見ている最中に感じ取るのは至難の業であると言っておく。なんとなく言いたいことが伝わるだけで大部分の構造は謎に包まれている。仕掛けが多すぎるパズルといえばいいのかもしれない。実際にこのアニメを面白いとして勧めるのはあまり親切ではない。タイトルに書いたように、感性に訴えるような場面もあればストーリーの大筋のヒントは中盤の場面によって論理的に導き出すことを要求される。はっきり言ってこれ、わかりにくすぎる。分からない人からしたらこのストーリーは破綻していると言わざるを得ないだろう。私の中で好きなアニメなんだけどね。
少女革命ウテナに続く監督色の強いオリジナルアニメなのだから、で済んでしまいそうである。個人的にはエヴァンゲリオンの再来みたいなものだった。実際にスタッフは関わりがあるらしい。あとは自分で調べてほしい。

作画、何度か顔が崩れたりしていた。色使いからエフェクトまで、暗喩が豊富に盛り込まれている。わかると結構面白い。このアニメは女子がメインターゲットだったのか男性キャラにしてもなかなか女々しい。なにかって、表情が。

音楽は古き良きARBの楽曲がリミックスされて多用され、独特の雰囲気を作っていた。また劇中に登場する劇団の様子もその要素の一部だ。ただサウンドトラックは少し貧弱だなあと感じる。ここにも力を入れてほしかった。

声優は最初棒だと言われていたが、役としては別に難しそうなところがあるわけでもないので私は気にならない。

この話の中で、15話は主題歌が変わり、また物語の大きな分岐点となったため、特に注目されているようだ。実際に心情描写とその暗喩、きれいな対比、社会批判といった主張がしっかりと棲み分かれており、私も度肝を抜かれた。

ここまで散々にこの作品の問題点を指摘してきたが、同時に私が好きなのも事実である。
いつもと違うアニメが見たい、という人は一度視聴してみると良いと思う。

投稿 : 2019/01/11
閲覧 : 128
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3

ネタバレ

なまふ さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.2
物語 : 1.0 作画 : 3.0 声優 : 2.0 音楽 : 4.0 キャラ : 1.0 状態:観終わった

ストレスのかかるハッタリアニメ

よく聞くタイトルだし音楽も聴いたことがあったので見たんですがびっくりするくらいチープなアニメだった。

音楽が良かったのと、過去と現在を行き来してだんだん謎が解けていく構成だったので我慢して見てましたが、とにかく最初から最後までスッキリしないしキャラクターも全員クソ過ぎてイライラさせられるアニメでした。
全員厨二・鬱・自己厨、で誰一人好きになれない。


■キャラ一例
晶馬:男の子が、いい子ぶってるけど自分では何もしないでぬくぬくしながら悪事を攻めるだけの正義面。あまりに陽毬に対して淡泊過ぎるんだけど運命の相手こっちにする意味あった?りんごの方愛してるって結末なのに?

佳樹・ゆり:親の理不尽に苦しめられたくせに犯罪者の子供ってだけで殺そうとするろくでなし。

渡瀬:意味不明なポエムを言うだけの、女子高生に手を出すねっとりして気持ちの悪い詐欺医者。

こんなんばっかだし皆病んでる。


■大まかな流れ
1期はひたすら思い込みの激しい悪質ストーカーの暴走を見る。
2期は未成年に手出す大人とか百合とか虐待とかテロを見るだけ。
何も解決しない。メリバ。


ストーリーはふわっとしてて伏線を散りばめて広げまくって収拾つかないからご想像にお任せしますでお茶を濁す方式。

妹のために奮闘する兄たちの兄弟愛だと思ってたら、近親相姦。
虐待や虐殺や病死とか激しい設定を持ってきて目を引かせてるだけ。
可哀相な子供を見せておきながら、現実味がない描写で全く感情移入できない。

別にドロドロしたやつも好きだけど中身がスッカスカだから白ける。
子供が可哀想、終了、みたいな感じで後味悪いだけ。

あの地下鉄の事件をキャッチーでポップな演出でオブラートに包みながら表現したかったんだろうな、てのは分かるけど何も訴えかけるものが無い。
何伝えたかったの?
「事件の被害者も加害者も可哀相だよ!」てだけかよ。
しかも
・オ〇ムが実は救われない子供たちを想って動いてたかのような描写(なんかオ〇ムがいい宗教みたいにミスリードしてる)
・また今テロが起こる描写(悪夢の事件を繰り返す)
・結局犯罪者の子は呪われてるし罰受けるべきって結論
・犯罪者の子供は犯罪を犯す
という筋書でいいの?よくないだろ不謹慎過ぎ


■演出は独特で新鮮。
でもその奇抜さで目を引いてるだけで意味がないから過剰な無駄演出って感じ。
「生存戦略始めましょうか」て有名な言葉もあの演出も何だったん、て最後まで思う。
毎回あの変身バンクいらんやろ。尻見せたいだけだな。
無駄な演出・台詞・話、多すぎ。

ウテナの監督というだけあって出てくるキャラも演出もウテナっぽいなってところはたくさんあったし、ウテナ好きな人には向いてるアニメ。


■音楽
音楽は耳に残る。
毎回変わるEDとか凄いなって思う。

幼少期の声優も同じ声優使うのは…声変わりしてて不自然。


■高評価のわけ
高評価なのはこの独特な演出と過激な設定に惹かれる厨二の人が好きだからなんだろうなーと思った。
あとはセクハラしてる子もいるけどペンギン可愛いからかも。

よくわからんそれっぽくしただけの無意味なモノローグのオンパレードも「これを読み解ける自分頭いいかっこいい!」みたいな気になれるんだろうな。
冷静に考えたら頭良さぶってつくってるやつだなってのが分かる。

投稿 : 2018/12/16
閲覧 : 190
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3

mototo さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

一番好き

世界観、作画、キャラ、物語、曲、どれも最高。
この作品を知れてよかったです。

投稿 : 2018/12/10
閲覧 : 118
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1

ネタバレ

dbman さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.5 キャラ : 4.0 状態:観終わった

せいぞん せんりゃくうううううううう

あにこれでの評価が高めだったので、あらすじをちらっと読んだくらいの情報で視聴。

物語は大変に難解なものとなっていたけれど、多くの謎が終盤にかけて次々と紐解かれていくさまは見事でした。しかしながら一度の視聴では把握できない点もあり、全貌を理解するのには再視聴するなどが必要かと思われますが、全24話あるので中々に難しい。

作風は独創的なので好みが分かれそうですが、私は好きな部類でした。登場するキャラクターの作画は序盤こそ「ぬ」と感じていましたが、ペンギンや陽毬ちゃんの可愛さ(特にエンディングのプリンセスのエロさ)もあってすぐに慣れていくことが出来ました。

また作品キャッチコピーで作中でも繰り返し放たれるセリフ「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」「生存戦略、しましょうか!」は時間が経過すればするほど妙な魅力を感じてクセになってくる。その一方で全24話を完走するまでに退屈を感じるシーンも多々あり、特に中盤あたりは幾度も寝オチを繰り返してしまい、ウトウトした状態のまま視聴していたものだからとんでもないことに…。

{netabare}確か第16話くらいで高倉冠葉と高倉晶馬は双子じゃないの? と、その関係性がずっと気になっていたのでチラっとwikipediaの登場人物を確認、ほんのチラ見のつもりだったのに「高倉家の次男で唯一の実子」なんて超絶バレを見てしまったものだから、激しく後悔…。真砂子のセリフを借りると「嫌だわ、早く記憶を磨り潰さないと」状態でした。兄弟というには似てないし、冒頭で冠葉が陽毬にチューしていたのでなんとなくは感じていたけれど、“唯一の実子”の一文には言葉どおり目が覚めましたわw

とまあそんな自爆アクシデントもありましたが、先程のバレが作中で回収されてからの展開も含め、作品全体としては概ね楽しむことが出来たので、秀逸な一作だったと思います。頻繁に登場する「95」という数字はあの事件があった1995年という意味だったんですね。同じく都度表記される「MAWARU-PENGUINDRUM」=ペンギンドラムだったりと、いやあこれは本当に考察の余地がありすぎる。

色々記したいことはあるけれど、かなりの文章数となってしまいそうなので、最後にこのセリフ














「この脳味噌ド腐れゲロ豚ビッチ娘が!」はクソ笑ったw{/netabare}

投稿 : 2018/11/27
閲覧 : 150
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25

ネタバレ

ジャスティン さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0
物語 : 2.5 作画 : 3.5 声優 : 3.0 音楽 : 2.5 キャラ : 3.5 状態:観終わった

運命には抗うことは決して出来ない...受け入れることを大切なこと

[評価するべきところ]
今回評価するべきことは、心理描写の方法にこだわりを感じたことです。
いつものの中には【回想】という名の回想シーンが過去で一番多いぐらい過去編の話が多い。それには、地下鉄○線の暗い感じのところで、繰り広げられる謎の空間の描写にこだわりを感じました。まるでシャフトが描いている感じで凄く良かった。心理描写にはまだ評価するべきことがある。それは、このアニメの重要な役割である【ペンギン】【リンゴ】です。ほとんどの心理描写や背景にはペンギンとリンゴを上手く表現出来ているところは、評価に値すると思う。

[感想]

[前半]
私から見ると、全く物語が把握出来ていないことが多く、混乱しながらも視聴する前半。「運命」に抗うために妹を助けるというストーリーになっている。
このようなファンタジー要素のある作品はあまり見たことがなく、ただ慣れていないと思いながら視聴を続ける回が多く、個人的には前半のクールではあまり満足が出来ないことが多かった。

何故満足が出来なかったかというと、まずは主人公の性格に慣れないことや男であるというところが大きいと思う。今まで視聴してきたアニメでは男の主人公もいたが、ラブコメ系にいる男の主人公が多かったので、私の今までの見てきたアニメと違った点が大きかったといえる。

また、前半では「生存戦略」のシーンが毎回のように流れるが、これが少し苦痛と思っていたことがありました。いつものシーンと思うように捉えることが出来ましたが、作画も変化なしなので、使いまわしなのが気になった点だった。

[後半]
後半からが本番のアニメだった。超展開ものってどうしても前半は難しいというか面白さが欠けてしまう分、後半にいろいろと困難が降りかかるので、後半からはとても面白かった。ファンタジーラブロマンスが急にジャンルが変化したかのように急に変化するので、流石にびっくりしながら楽しく見ることが出来ました。後半では、【家族】がテーマ。今までの関係が少しずつ壊れはじめてからは、もう鬱展開に近くなってくるようだった。
【もしも、自分が大切だと思っているものや人が突然いなくなったら...】と
このアニメを見終えて自分自身も考えてみた。もしかしたら、それは運命であり、どうしても抗うことの出来ないことだと...

投稿 : 2018/11/26
閲覧 : 86
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7

ネタバレ

kolove さんの感想・評価

★★★★☆ 3.7
物語 : 3.5 作画 : 3.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

まあまあ

流しみ視聴だったのであまり理解してないかも。


生存戦略のシーンかわいい。
冠葉がひたすらかっこいい。
前半はサイコ女のアニメかと思ったw
演出は、化物語に似ていてシュールなつくり。こっちのが先だが
冠葉の声が最高だし真砂子の声戦場ヶ原だしひまりの声クセになるし声優陣は言う事なし。あそう石田彰のサイコ演技も必見


あとで修正するとりあえず

投稿 : 2018/11/14
閲覧 : 89
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1

ネタバレ

さんの感想・評価

★★★★★ 4.1
物語 : 4.5 作画 : 4.0 声優 : 3.5 音楽 : 5.0 キャラ : 3.5 状態:観終わった

考察

陽毬はリスカ少女に似ている
{netabare}
この物語は、ある家族(冠葉、晶馬、陽毬)の崩壊の話だと思う。

端からみれば、この家族はすでに崩壊していると言えるかもしれない。
この家族には大人がいない。両親は世間を敵にして消えた。
この3人の子供に血縁関係はない。
幼少期にそれぞれに傷を受けて、この世から消えそうになっていた。

それでも3人は、お互いに寄り添うことで何とか生きている。

しかし陽毬は難病を抱え、死の間際にいる。
冠葉と晶馬にとってこれは全く受け入れ難いことだろう。
この3人が寄り添うことで、何とか生きている存在なのだから。
陽毬の不在は、家族の崩壊であり、冠葉と晶馬にとって心の拠り所を失ってしまうことを意味する。
なので、冠葉と晶馬は純粋に陽毬への愛情から陽毬の命を救おうとしているのではなく、実は自分の存在を守るために、陽毬を救おうとしている、という側面がある。
しかし2人は、純粋に陽毬救いたいんだ、と思い込んでいるし、そうありたいと もがいている。
このような綻びが物語を通して大きなテーマになっているように思う。

そして、
この物語は、それらを1つずつ乗り越えていく話かと思いきや、
だんだん崩壊に向かっていく。

終盤で陽毬は、この家族に自分の居場所がないような感覚に囚われる。
物語を通してこの3人は本当に、ありえないくらい、お互いを想いやっている家族のように描かれている。
が、なぜか陽毬はそこで自分が透明になっていくかのような感覚を持ってしまう。
陽毬は、3人のお互いへの愛情が空回りしていて、実はお互いを無視してすれ違っている、という本質的な問題に感づいてしまう。
そこにこの家族を巡るもう一つの破綻の原因を、サネトシの促しによって陽毬は気づいてしまう。
陽毬は晶馬を恋しており、晶馬はそれには答えられない。
冠葉は陽毬を恋しており、陽毬はそれには答えられない。
という、三角関係。

ペンギン帽子をかぶった陽毬は、別の人格に乗っ取られた、というように描かれているが、
見方を変えると、陽毬の秘められたもう一つの人格、家族をつなぎとめるために演じているいい子ちゃんな自分の反動、という風にもみることができる。
ペンギン帽子の陽毬は、2人に無理難題を迫る。
晶馬は早々に不満を漏らし、理不尽を正そうとする。だけどそれでは陽毬は救えない。なので脱落する。
冠葉は陽毬のために何でもしてやろうとする、しかし冠葉は常に「してやろうと」するだけで、冠葉の愛は悪く言えば自分の都合のいい押し付けの愛になってしまう。

陽毬が冠葉に近づくとなぜか裸になる。たぶん冠葉にとっての陽毬は性愛の対象として見てしまう、ということを表していると思う。
このシーンは実に悲劇的である。
裸の陽毬を前にして冠葉はなす術なく膝をつく。
家族としての愛情を求められる陽毬に対してどうしても女として見てしまうこと、
自分の恋心は陽毬に受け入れられないこと。
そして自分の愛の示し方、「なんでも俺がやってやる」というような愛(サソリの炎とは、このような愛の形を言っているのではないかと思う)では、陽毬を救えないこと。
で、やはり俺ではダメなんだ、という絶望的な嘆きになる。
これに対する陽毬は冷たい視線のまま、だけれど抱擁している。
ここに陽毬の悲劇があるように思う。
陽毬の恋は晶馬には受け入れられない。なので冠葉の受け入れられない(自分に対する)恋の辛さが痛いほどわかる。

この三角関係が、
3人のお互いを非常に想いやっているはずの家族の崩壊の大きな要因になっているのだと思う。

そして、お互いの愛がなぜか、お互いを苦しめることになっている。
冠葉は陽毬のために何でする(ただし自分一人を犠牲にして)。
しかし他人を犠牲にするような方法で陽毬を救ったとして、陽毬は幸せにはなれない。陽毬はそういうことを望んでいるわけではなない。冠葉の愛は自分勝手な愛に向かっていく。
陽毬は冠葉を救うために、自分の命を投げ出すと決意する。
しかし陽毬が死ぬ、ということは冠葉にって自身の死より苦しい仕打ちになるだろう。陽毬の献身的な愛もまた、自分勝手な愛情に向かってしまう。
晶馬に関しては、ひたすら受動的である。そして自分によって誰かが傷つくことを非常に恐れている。苹果を避けようとしたり、陽毬をおじさんの家に行かせようとしたり。冠葉と同じように陽毬を想っている(家族愛として)が、人が傷を負うことを恐るために、何も救えない愛でしかない。

つまり、
この家族の崩壊の原因は、
呪いをかけられたから、親が犯罪者だから、冠葉が親と同じ犯罪を犯そうとしているから、サネトシの思惑の犠牲になって、ということは本質的な問題ではなく、
3人のそれぞれの愛が、3人を崩壊させていく、
という愛の残酷な皮肉、なのであり、これが物語の大きなテーマになっているんだと思う。

サネトシという存在は、そのような愛の側面に絶望した人間。
サネトシが3人を破滅させている、というよりは、
このような、愛が破滅に向かう摂理について、モモカに証明しようとし、
モモカは逆の形で、愛が破滅を救えるということを証明しようとして苹果に日記を託した
という風に見えます。

ピングドラムを見つけて運命を変える
というのはこのような愛のための崩壊を救う「何か」を見つけ出せ、ということだと思う。


最終話
晶馬はペンギン帽子に「冠葉と晶馬で運命を変えろ」と言われます。
冠葉を妄信から救え、とか、事件を防げ、ではなく、
これから対峙しないといけないはずの「冠葉と一緒に」です。
晶馬はこの時点でまだ何をすればいいのかわからなかったはずです。

冠葉と対峙して晶馬が言ったことは「陽毬を返せ」であり、
それに冠葉が答えた言葉は「お前には陽毬を救えない」です。
到底2人で何か救えそうにありません。
そして、陽毬は死んだまま(自分を消滅させることで冠葉を救おうとしている)、
これもまた2人を救えそうにありません。

この時点で3人の家族は完全に崩壊に向かっています。
サネトシはモモカに「破滅を見せてあげる」と言います。

そこに苹果が現れます。
苹果はその前に「陽毬の命を救う」というセリフのもと、この3人の元に駆けつけます。
でもたぶん、苹果が救おうとしたのは陽毬の命ではなく、想い合うことで破滅しようとしている3人の運命であり、晶馬の心を救おうとしたのだと思います。
なので、そのために自分が燃えても構わない、という愛を示せたのでしょう。

苹果の愛を示されたことで、晶馬は冠葉と対立ではなく向き合おうとすることができます。
晶馬が冠葉と向き合おうとしたことで、陽毬が単なる自己献身ではなく、冠葉に愛情を示そうと立ち上がることができます。

ここに1話でペンギン帽子が言った「ピングドラムは苹果が持っている」の伏線が回収された、と見ます。
ピングドラムは晶馬の心から出てきたように描かれていますが、それは苹果の愛をもって初めて見出せたもの、なのでしょう。

陽毬は傷だらけになりなが冠葉の元に進みます。
その際に自分が家族でいることで、実は苦しんでいたことを告白します。
してもらってばかりで「そんなことを言う資格はない」と、いい子ちゃんで通していた、自分の殻を破って、本音で向き合おうとして はじめて冠葉の心までたどり着くことができた、んだろうと思います。

ここでもやはり陽毬は裸になります。冠葉はまだ苦しんだままです。
そして晶馬も、やり方の違う冠葉への反発、自分の血縁によって冠葉や陽毬を苦しめたくない、という愛への消極的な姿勢を捨てて、冠葉に歩み寄ります。
そうしてやっとピングドラムが生まれる。

3人はお互いを「自分の都合」という色眼鏡でみることをやめ、本音で寄り添える本当の愛を持てた。
自分の苦しみを相手にも分け与える覚悟ができたため、本当の彼らを直視できるようになった。
というところに運命の乗り換えが起きた。救いが生まれた、ということだと思う。

晶馬がピングドラムを陽毬に渡す時、陽毬はやはり裸だけど、幼児の姿になっています。
これは晶馬にとっての陽毬があくまで「妹」である、
また陽毬は「妹」としての晶馬の愛情を、恋の苦しみを超えて心から受け取れた、ということを示していると思います。

その後晶馬は燃え尽きてしまおうとしていた、苹果に「愛してる」という言うことで苹果を救います。
苹果はまったく見返りを期待しない愛を自ら選びました。
しかし、どんなに純粋に愛を持っても、まったっく見返りがない、ということは自身が燃え尽きてしまう、ということを表していると思います。
これは、冠葉が見返りのない愛を陽毬に注ぎ消耗していくのに似ています。冠葉は見返りがない愛ために、燃え尽き、どんどん自分勝手な愛に変質していったのでしょう。
晶馬の「愛してる」には、もう一つ意味があるように思います。
それは、陽毬の前ではっきり口にすること、陽毬の恋心を傷つける恐れをちゃんと乗り越えた、ということが込められているように思います。

晶馬の愛の過ちというのが少しわかりにくいのですが、
冠葉が押し付けてでも「してあげる」愛が実は相手を傷つける、というところの対照的なものであり、自分の愛が人を傷つけることを恐るあまり、何物も救えない、というところにあるのかな、と思います。

えーっと、
次に、サネトシが冠葉に「お前たちは呪われている、いずれまた破滅するだろう」みたいな捨て台詞を吐きます。
この「呪い」は「愛」のことだと思います。「愛」というものは今は大丈夫でもいずれ破滅をもたらす「呪い」なのだ、とサネトシは言いたいのだろう。

遡りますが、苹果が運命を変えようと電車に乗り込む前に、苹果はいろんな人から想いを託されています(小さなピングドラムとでもいうべきか)
ひとつは、モモカからの日記
ひとつは、ユリから。ユリはタブキに救われました。タブキは陽毬と冠葉に(ゴンドラの出来事で)救われました。それが回り回って苹果に託されています。
またもう一つ、ダブルHから陽毬へのプレゼントという形で託されています。このダブルHにマフラーという形の陽毬の愛を届けたのがサネトシなんですよね。陽毬が想いを届けることを自分で断絶したマフラーをサネトシが拾ったことで、苹果の呪文となって回ってきています。
この辺りが面白いですね。

陽毬が何か見失ってしまいそうになって図書館でリンゴ(晶馬からもらった)を置いていきそうになるのを止めるのもサネトシですね。

最後の最後、

陽毬は命を救われます。これは冠葉と晶馬が共に運命を変えた、真実の愛を見つけたことの恩賞でしょうか。ピングドラムを見つけたら陽毬の命も救われる、のペンギン帽子の予言が果たされている。
しかし陽毬の家で冠葉と晶馬はいなかったことになっている。
冠葉と晶馬は陽毬の命を救った。だけどその代償として冠葉・晶馬から陽毬は失われてしまった、ということしょうかね。
ここが重要だと思います。冠葉と晶馬は、自分に都合の良い愛ではなく、自身から失われてもいいので相手を救いたい、という本当の意味での自己犠牲の愛を成就できた、ということなんだろうと思います。なのでラストシーンでこの3人が一緒にいちゃダメなんです。
そして冠葉晶馬は、子供になっています。なぜか?大人の姿のまま陽毬の家をすれ違うシーンであったら、どうしても冠葉・晶馬がいずれまた陽毬と出会うことを見ている側が想像してしまうから、それを避けたかったんじゃないかな、と、思います。

このラストで、登場人物は皆、一番大切な人を失っています。
晶馬は、陽毬・リンゴ
リンゴは、晶馬
冠葉は、陽毬
マサコは、冠葉
ユリとタブキは、モモカ。

これは、愛の喪失を乗り越える、ということの物語でもあるように思います。
ユリとタブキが象徴的ですが、愛するモモカを失って、
・他人を犠牲にしてもモモカを取り戻す
・モモカの復讐をする
いずれも愛がなせることでしょうが、この愛は破滅をもたらします。
そうではなく、愛する(愛される)ことができたから、喪失を破滅を乗り越えられる、というメッセージ(タブキが語っていますが)が、それぞれの試練として課せられた(乗り越えられた)、ということを意味していると思います。

また、冠葉・晶馬が兄弟のように並んで歩いている、という点について。
冠葉・晶馬が、本当の意味で兄弟(あるいはそのような愛情)になれたことを示していると思います。
物語を通して、冠葉・晶馬は、陽毬がいることで兄弟として成立しているようなところがあります。
2人の仲が悪いように見えませんが、性格が反対なので、別の方向を見ているようなところがあります。
冠葉は兄である俺がダーティなことは全部引き受けるので、お前は陽毬の前で笑っていろ(主に陽毬の気持ちを考えてことだと思う)、というようなスタンスです。
晶馬は終盤までその冠葉のスタンスにただぶら下がっているような状態です。
だけど真実の部分を話し合った結果二人は決別することになります。
つまりお互い真に語り合うことをしないために、家族としての体裁を保てていた、ということだと思います。
(また一人の妹想う2人の同じように強い想いが、意見のすれ違いによって争いになってしまう、という皮肉)
単に冠葉と陽毬、晶馬と陽毬が、寄り添うだけでなく、冠葉と晶馬が寄り添って分かち合うところにピングドラムがあった訳です。そこに内実は崩壊していた3人の家族が、本当に家族として暮らせる 何か を見つけられた、ということでしょう。
なので、陽毬を失ったあとに、この2人が一緒にいれるのだと思います。
だし、陽毬の想い。自分が失われるとした場合に、2人に本当に望むこと。私がいなくても家族でいて欲しい、という願いが叶った形なのかもしれません。

***
こどもブロイラーとキガの会を巡る愛の残酷な皮肉

晶馬は直接的に親に捨てられた、という描写はありませんが、晶馬としては幼少期に親の愛をえられなかった、という思いがあると思います。
キガの会というのは、愛の皮肉の例だと思います。
キガの会は子供ブロイラーがあるような社会を変革する、と、言います。
しかしキガの会が革命のために話をしている、そのすぐ側で一人の女の子が親に捨てられ子供ブロイラーに送られようとしています。キガの会には、このような小さな存在、実際の被害に対して目が向かないのです。
晶馬や冠葉も恐らく、親から目が向けられなかった子供だったのでしょう。
晶馬や冠葉は子供ブロイラーに送られることはなかったですが、それと同等の檻の中で飢えていました。
キガの会は愛のためにこの世を救おうとしているはずですが、目の下の自身の子供への愛も注げないでいるのです。
これも残酷な皮肉だと思います。

***
個人的に、

陽毬がリスカ少女のように見えます。
陽毬の呪いとは身体の病気ではなく精神的な病気だったんじゃないか。
幼少期に陽毬は心に大きな傷を負っています。
そのことが呪いとなって、自分を絶対的に愛してくれている2人の兄を前にしても、
自らを消し去ろうとしてしまう。
絶対的に愛している体(てい)の欺瞞に、あまりに敏感に気づいてしまう。なのでサネトシと近い。

あまりにも愛情に溢れた家族の「体(てい)」の中での自分を演じてしまう。
そのことに綻びがある。
あきらかに自分のために奔走している兄たちに、何をしているのか、問い正すこともできず傍観してしまう。
あきらかに自分のために傷ついている兄たちのために、自分を滅することでの救いをもたらそうとしてしまう。
実際、物語の中で陽毬は脇に置かれたまま。陽毬はただ天使のように置かれた人形のような存在であるようにも見える。
そのように演じてしまう。

そして、陽毬と同じように大きな傷を抱えたままの2人の兄(だけ)では妹を救えなかった。
この3人は、3人では破滅を逃れられなかった。

なぜ苹果が必要だったのか?
苹果は登場人物中、唯一と言っていいほど、親に愛された幼少期を過ごしたから、かな。
苹果も序盤では親の愛を疑い、独善的なやり方でそれを取り戻そうとしますが、
そもそも愛を失っていなかった、ということに気づくのだと思います。
どうしても人は100の愛を得ようとしてしまいますが、100も愛を施せることは通常ありえない。
普通、親から100の愛情を受けることはないと思います。
だけど、100無い、ということは、0ではない。
そこに気づけた。100ではない愛情でもちゃんと愛を感じられた、というところに苹果の成長があったように思う。

だから苹果は、陽毬を、3人の家族を救う鍵になれた。
最後に到るまでの陽毬・冠葉・晶馬3人の愛は、未熟な愛だった、あるいは消耗して磨り減った愛だった、と言えるかもしれません。
気持ちだけではどうにもならない、
本当の意味で成長し、別の誰かから小さくとも愛を受け取ることで、誰かを救えるようになったんじゃないかな、と思います。


{/netabare}

投稿 : 2018/11/04
閲覧 : 154
サンキュー:

5

褐色の猪 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0
物語 : 4.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

時代に影響受けたファンタジーアニメ

2クールと長め、ようやっと完観

序破急に則っていて観応え在りました。


私は2015年発表された「ユリ熊嵐」を先に観ていて気に入ってました。

「輪るピングドラム」は2クールで題材はファンタジーラブロマンって感じ

「ユリ熊嵐」は1クールと短く題材は百合でしょうか

題材はともかく指向は似てますね。

なにはともあれ面白かったです^^

投稿 : 2018/10/17
閲覧 : 119
サンキュー:

18

ダークフレイムマスオ さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 5.0 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

問 「同じく風雨に晒されども汝は赤く我は黄なり」を4文字以内で表現してね

解 WC?

この作品ぐらい放送時期2011年が重要ファクターになる作品無いでしょうね。でもこの作品のこと調べまくって視聴し直して2周目以降はちゃんと泣けた。あれがあったとき当時夜の仕事してて夜7時ぐらいに新宿駅に着いたが正月並みの人の少なさになんじゃこりゃ?って思って東口出たときにアルタの画面に延々と報道されてる事件を見て怖いなって思ったのが最初だった。ネットも携帯もほぼない時代で様々な憶測がテレビ、新聞、週刊誌でなされていた。
日本の安全神話崩壊の時でした。

閑話休題

本作は8話目ぐらいまでは何だよこいつっていう感情が付きまとうし、意味不で終わる要素が多いです。暗喩やメタ、引用なんかが多いので多分25歳以下の人にはぼやけた感じにしか感じられないかもです。
タイトルはこの感覚どう表現したらええかな?でつけました。解はサイコパス参照で

難話休題

後半なるにつれて各個人のルーツなり因縁なりがわかりますんでギブしないで視聴頑張ってくださいな。結構なM度ポイント消費します。おススメは刺されば泣ける作品なんで微妙な部類ですかね。

投稿 : 2018/09/03
閲覧 : 295
サンキュー:

9

Bghog80173 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 4.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 4.5 状態:観終わった

ピングドラムをギュッと掴まれたなぁ

久々に震えるほど泣いちゃったな
考察は難解で理解できない部分も多々あるが、ラストまで完走すれば作り手の強烈な想いが感覚的に伝わってくる不思議なアニメだった。

見た後の感覚は「この世界の片隅に」を見た後のそれに近いものがあった。なんだか分からないけど涙が溢れでてくる感じがね。

このアニメが若年層に響くってことは、それだけ残酷な世の中なんだってことでもあるし、それと同時にまだ救いがあるってことでもあるんたなぁ…と漠然と感じてしまった。

綺麗な考察を知りたい人は山田玲司のニコ生での解説を観たらストレスが解消されるかも?

イグニチャウダーさん
たくさんの愛をありがとう…

投稿 : 2018/07/19
閲覧 : 145
サンキュー:

4

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輪るピングドラムのストーリー・あらすじ

双子の高校生・冠葉と晶馬、そして妹・陽鞠は三人で暮らしている。余命いくばくもない陽鞠を連れて、ある日水族館を訪れた兄弟たち。楽しく過ごす中、倒れた陽鞠はそのまま息絶えてしまう。霊安室で絶望する冠葉と晶馬だったが、死んだはずの陽鞠が、突如ペンギンの帽子を被り起き上がり叫んだ! 「生存戦略!」「妾はこの娘の余命を伸ばすことにした」。だが、被っていた帽子が落ちると、いつもの陽鞠に戻っているのだった――。不思議なペンギン帽子のおかげで、
陽鞠の余命は少し伸びたのだ。ペンギン帽子を被った陽鞠が再び、冠葉と晶馬に命ずる。「ピングドラムを手に入れろ!」ピングドラムとは何か。そのカギを握るのが、女子高生・苹果という人物と解り、探り始める冠葉と晶馬。ある偶然から陽鞠と苹果が仲良くなったことから、苹果が高倉家に出入りするようになり……!?(TVアニメ動画『輪るピングドラム』のwikipedia・公式サイト等参照)

放送時期・公式基本情報

ジャンル
TVアニメ動画
放送時期
2011年夏アニメ
制作会社
ブレインズ・ベース
主題歌
≪OP≫やくしまるえつこメトロオーケストラ『ノルニル』、やくしまるえつこメトロオーケストラ『少年よ我に帰れ』≪ED≫coaltar of the deepers『DEAR FUTURE』、coaltar of the deepers『DEAR FUTURE feat.Yui Horie』、トリプルH『灰色の水曜日』、トリプルH『Bad News 黒い予感』、トリプルH『イカレちまったぜ!!』
挿入歌
トリプルH『ROCK OVER JAPAN』、トリプルH『ダディーズ・シューズ』、時籠ゆり(CV:能登麻美子)『Mの悲劇』

声優・キャラクター

木村昴、木村良平、荒川美穂、三宅麻理恵、石田彰、能登麻美子、堀江由衣

スタッフ

原作:イクニチャウダー、キャラクター原案:星野リリィ、 監督:幾原邦彦、助監督:山﨑みつえ、シリーズ構成・脚本:幾原邦彦/伊神貴世、キャラクターデザイン:西位輝実、美術:秋山健太郎/中村千恵子、色彩設計:辻田邦夫、編集:西山茂、音楽:橋本由香利、音楽制作:スターチャイルドレコード、音響監督:幾原邦彦/山田陽、音響効果:三井友和、チーフディレクター:中村章子

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