セカイ系で戦争なTVアニメ動画ランキング 3

あにこれの全ユーザーがTVアニメ動画のセカイ系で戦争な成分を投票してランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2024年05月04日の時点で一番のセカイ系で戦争なTVアニメ動画は何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

73.6 1 セカイ系で戦争なアニメランキング1位
最終兵器彼女(TVアニメ動画)

2002年夏アニメ
★★★★☆ 3.5 (759)
4673人が棚に入れました
北海道の田舎町で暮らすシュウジとちせ。
ちせは以前から興味を持っていたシュウジに度胸試しとして告白、そのぎこちない交際は交換日記から始まった。
そんなある日、謎の敵に札幌市が空襲される。攻撃から逃げるシュウジが見た物、それは腕を巨大な武器に変え、背から鋼鉄の羽根を生やした兵器と化して敵と戦うちせの姿であった。
国籍不明の軍隊との戦争が激化していくにつれちせは兵器としての性能が向上していくが、故障をきっかけに肉体も精神も人間とは程遠いものとなってしまった。
二人のクラスメイトのアツシは、以前から想いを寄せていたアケミを守る為に自衛隊に入隊。戦場へ赴いていた。
TVアニメオリジナルエピソードで、ちせの親友四人組の一人のゆかりは自警団の白人兵狩りに参加。銃を持ってタケの仇を討つ為、山狩りへ向かう。
そんな中、アケミは大地震に巻き込まれて大怪我をし、シュウジの目の前で死んでしまう。歪んでいく日常。シュウジは再度姿を見せたちせを連れて町を出るが…。

声優・キャラクター
石母田史朗、折笠富美子、三木眞一郎、伊藤美紀
ネタバレ

フリ-クス さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

愛について語るときに僕たちの語るべきこと

本作が公開されたのは2002年の7月だから、もう20年前の作品なんですね。
それでもいまなお『鬱アニメ』の代表格として語られる、
ある意味、大名作な『サイカノ』こと『最終兵器彼女』であります。

ちなみに僕はこの作品の本質が『鬱アニメ』だと思ってないのですが、
作品の捉え方は人それぞれ。
人さまの感想に文句言うつもりは毛頭ありません。


原作は『いいひと』などでおなじみ、高橋しんさん。
この方なんと、山梨学院大で箱根駅伝の最終区を走った人なんだとか。
もちろん『ただの頑張り屋さん』程度でハコネ出場はムリです。
  極限まで自分を追い込む。
  自分の弱さから目を逸らさず、その先にある自分に挑み続ける。
  結果を出すためのプロセスを徹底的に考え、貫きとおす。
そういうことが『あたりまえ』にできる方なんでしょうね、たぶん。
だからこそ、この作品が描けたのでは、と僕は思っています。


ちなみに、お話自体は至ってシンプルで、
アタマ痛くなるような細かい設定はありません。
どちらかと言うと、なさすぎ。

彼氏(シュウジ)の知らない間に、
軍(自衛隊)によって『最終兵器』に改造されていた彼女(ちせ)。
二人は北海道で平和な高校生活を過ごしていたのですが、
ある日突然に『最終戦争的な何か』が起こり、
ちせは高校生でありながらも有事の都度、戦場に駆り出されていきます。

  刻々と悪化していく戦況。
  次々と死んでいく友人・仲間。
  彷徨い、すれ違い、間違っていく二人。
  壊れていくちせの心。
  束の間の平穏、残酷な選択、終わる世界。

最後まで『なにと、なぜ』戦っているのかは開示されません。
おおよそ『種明かし要素』がほとんどないまま、物語は終焉を迎えます。
その間、シュウジとちせを中心に、
戦禍に巻き込まれた罪なき人々の心模様と死にざまが、
物悲しくもリアルなタッチで描かれていきます。

ただし、戦闘シ-ンの『リアルさ』はいまいちです。

爆撃機が「セスナかよ」と言いたくなる高度で飛んでいたり、
大規模侵略なのに歩兵が防衛線も敷かずわちゃわちゃ市街戦していたり、
正直「なんですか、これ?」的なアレが目白押しです。

そういうところに引っかかる方々にとっては、
なんのリアリティもないちゃちなだぼら、に見えてしまうかも知れません。

ですが、本作のキモは、そういうところにはありません。
少なくとも僕のごときノンポリ小市民には、
登場人物それぞれの生きざまが圧倒的リアリティをもって迫ってきます。

  生きることの意味、死ぬことの意味。
  殺すことの意味、殺されることの意味。
  愛することの意味、愛されることの意味。

そんなことを喉元にナイフの切っ先を突きつけながら問うように物語は進行していきます。
やがてそのナイフは地面に叩きつけられ、
   あとは自分で考えろ、
と、すべての解答を留保したまま真っ白な幕が降ろされて、
いたずらな心象風景に過ぎない大団円に至ります。

その問いに真摯に向き合えなかった方にとっては、
本作はやっばり『何の救いもない鬱アニメ』ではなかろうかと思います。

もちろん高橋しんさんはそんな作品を描いたつもりはないのだろうけれど、
伝わらないものは伝わりません。
世の中の『思い』と呼ばれるものの多くがそうであるように。

そうではない人たち、この作品にきちんと向き合おうと決めた人たちは、
見たくもない自分と向き合い、
思い出したくもない自分を思い出し、
あえてうやむやにしてきた自分を現実的な言葉に置き換えることによって、
  「しんさん、きついっスよ」と、
自嘲的な笑みを浮かべながら言うことになると思います。

  もちろんその「きつさ」は鬱的なきつさではなく、
  人生という長距離区間を『前を向いて』走り続けるにあたって、
  避けては通れない上り坂みたいなものなのですが。


僕的な作品のおすすめ度は、けっこう限定的なAランクです。

限定的な、というのはかなり古い作品であることが最大の要因です。
映像、演出、芝居、音楽、脚本、
全てにおいて現在のアニメと比べると古くさく、
アスペクト比がワイドになっているのが唯一の救い、みたいな感じです。

根底に流れているのは普遍的な人間哲学みたいなものなんですが、
そこにたどり着く前、
二、三話ぐらいで表層的な古さにやられちゃう方、けっこういるかもです。

もちろん、萌え的なナニを期待している方にはおすすめできません。
かなりストレートな性描写もありますが、
あれで萌えられる人、感性が尖りすぎではあるまいかと。
あと、現実から逃避したくてアニメを見まくっている方にとっては、
まるっきり鬼門ではなかろうかと愚考いたします。

そうじゃない、そんなんじゃない、
オレは愛だの死だの戦争だので高橋しんと正面からぶつかりたいんだ、
そういう方は、夕日をバックに高橋さんとがっちり握手ができそうです。


映像は、いいカットはもちろんすごくいいのだけれど、
やっぱいかんせん古いかなあ、と。
人物作画も安定しておらず「えっと……誰?」的カットが少なくありません。
ただし、戦争の悲惨さを伝える、目を背けたくなるようなカットには、
アニメータ-の魂、宿っています。


キャラクターは、デザイン的にアクが強いので好みがわかれるかと。
僕はというと、キツネ目男子、好きくありません。
女子のビジュアルも、萌えるには難易度けっこう高めかも。

あと、ほとんどの登場人物が胸くそ悪い『間違い』を犯すので、
戦時という特殊状況下にあることを意識し続けないと、
いろんなところでいろんなことを見誤ってしまいそうです。
{netabare}
  『愛』と『自己愛』の狭間で間違え続けるシュウジ。
  『罪悪感・自己否定』の中で自分を肯定しようとし壊れていくちせ。
  『愛』と『性愛』の境界線からあえて目を逸らすふゆみ先輩。
  『自己犠牲』の奥に、ありもしない自己救済を求めるアケミ、アツシ。
  『投影・代替』によって恐怖や寂しさを紛らわそうとするテツ。
{/netabare}
彼らを否定・糾弾することはすごく簡単ですし、
あるいは人によってそのことに愉悦を感じるかもしれませんが、
僕にはちょっとできそうにありません。
彼らが『鏡に映った自分自身』ではないと言える根拠みたいなものが、
どこをどう探しても、一つも出てこないんです。


お芝居は……う~ん……微妙、かなあ。
折笠さんの演じるちせはかなり凄味があると思うんですが、
シュウジ役の石母田史朗さんのお芝居が変にふわふわして接地感がなく、
素朴さの奥に『あざとさ』みたいなものを感じてしまいます。

三木眞一郎さんや伊藤美紀さんは「さすが」なんですが、
アケミ役の杉本ゆうさんも、実力のわりにピリッとしない感じですし。

北海道弁が演りにくかったのかも知れませんが、
『銀の匙』とか『僕だけがいない街』では誰もおかしくなかったし、
う~ん……演った本人に聞いてみないと、なんとも言えないです。


音楽は、OP・EDともに『まあまあ』としか言いようがなく。
両方ともきれいで聞きやすい曲なんですが、
作品の世界観をきっちり表現できているかというと、けっこう微妙。
挿入歌の『夢見るために』は、個人的に好きなんですが。
著名ア-ティストが歌ってたら大ヒットしてたかも的な名曲であります。


とにもかくにも、精神的消費カロリーの大きな作品です。
あまりココロに余裕のない時や、
どうせあたしなんて的な気分のときには視聴を控えた方が無難かと。

そうは言っても最初の数話は比較的軽めの展開になっております。
二、三話ぐらいまでを流し見て、
  はあ? ぜんぜんたいしたことないじゃん。
  フリ-クスってひょっとしてヤキ回ってんの? ばっかみたい。
みたく感じる方も少なくないと思います。

精神の奥底にアレなものを抱えておられる方は、
そのへんで引き返すのも一つの見識ではなかろうかと。

その先、真っ白でなにもないエンディングにまでたどり着いたとき、
  「ああ、きつかったけれど観てよかった」と思えるか、
  「間違った。失敗した。あたしは失敗した」と思ってしまうか。
その答えはあなたの内側にしか存在しておりません。

大丈夫、たとえ間違ったところで、
失うものはちょっとした時間とちょっとした精神エネルギーだけです。
濃い目のココアでも淹れて時間をかけて飲み、
気分転換に『リコリコ』とか『異世界おじさん』とかを見たりして、
ゆっくりとこっち側に帰ってきてください。


ほんとうに、僕たちはいろいろなことを間違えます。

  愛を語るときに『主語』や『目的語』を間違え、
  自分を大切にしましょう、という言葉の『意味』をはき違え、
  ありもしない『代償』を探して彷徨い、
  まるっきり違うものを宝物のように思い込んで後生大事に抱えこみ、
  放してはならないはずの手を放し
  涙する資格すらないことに、涙してしまいます。

そういう意味で僕は、

  本作のシュウジは僕たちであり、
  ちせもまた、僕たちであり、
  テツも、ふゆみも、アケミも、アツシも、ゆかりも、
  ちせに撃墜された名もなきパイロットですらも、
  鏡の向こう側にいる僕たち自身の姿ではなかろうかと思うわけです。


そうやって間違え続けながら走り切ったとき、
そこに何が待っているのか。
そんなことは誰にもわかりません。

なにも待っていないことの方が、ひょっとしたら多いのかも知れません。

ただ、道端にへたり込んで滴る汗をタオルで拭いながら、
空になったペットボトルを傍らにおき、
顔をあげて眩しそうな目で真っ青な空を見上げ、

  まあ、いろいろ間違えたけど、がんばったよな僕。

そんなふうに独りごとを言って、
誰に見せるでもなくにっかりと笑えたなら、
つらい思いをしながら走った甲斐はあるんじゃないかと思うのですが。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 18
ネタバレ

シン☆ジ さんの感想・評価

★★★★★ 4.8

名作だよ。。自分のパートナーを大事にしなきゃと思える、なまら切ない戦時下のラブストーリー(原作購読後の感想追加)

マンガ原作。略称はサイカノ。
2002年:GONZO制作でテレビアニメ化。
2003年:ゲーム化。
2005年:OVA化。
2006年:実写映画化。

~初見にて~
視聴の「☆はじめて記念☆」は2020年5月。
いつしか目にしたタイトル。結構有名な方じゃないかな。
でもロボット的な物語と思い込み手を伸ばしませんでした。。
こんな切ないラブストーリーだったとは。
(あまりジャンルで毛嫌いしない方がいいかもw)

■キャラについて。
原作に寄せているんだな、とは思ったものの、
最初、ヒロインのデザインはいかがなものかと思った。
でも、作画が安定したのか、自分が慣れたのか、観る内にどんどん可愛く見えてきた。
自分のツボである、応援したくなる美少女には合致。
というか、ちせの場合は応援したくなると言うよりも、かまってあげたくなるタイプ。これは応援したくなるよりも刺さったw

声は、心もとない感じや、たどたどしさが、とてもキャラにしっくりきて、まるでアニメキャラではなく、実際に存在する等身大の17歳の女子高生に思えて感情移入できた。
方言を使った演出も演技も良かった。
他のキャラがどうだろうと、ちせだけの出来で満点w

■設定やストーリーについて
シチュエーション、演出がけっこう刺さったw

~{netabare}
高校生活で初めてできたかわいい彼女。
(あ、自分の中では「センパイ」は彼女とは認識してないのでw
 まぁそうだとしても中学の話だし)
しかも、ドジっ娘で守ってあげたくなるタイプ。
「ごめんね」などのイントネーションも自分の地元に近いもので、キュンとくる。
その彼女が、自分で制御しきれない大量殺りく兵器だったなんて。。
自分ならどうするだろう。。
きっと、彼女を抱きしめ、励まし、「世界のみんなが敵になっても俺だけはおまえの味方だ」とか・・・
いや、高校生じゃ言えなかったかなw
そんな風に感情移入ができ、それが大きかったかな。作品の世界に浸ることができました。

自分としては特にシュウジが、ヒロインの相手役にありがちな、じれったさが少なかったのも良かった。そこで彼女を抱きしてあげようよ、とか、いっそ二人で逃げようよ、とか、結構思い通りの行動をとってくれたかと。
まぁセンパイとの絡みは、ちせとテツのそれに比べれば軽い方かと。

途中、二人が離れ、「クズの本懐」的な展開もあって、正直、感受性の強い時期にこれを観ていたら、自分も闇落ちしていたかも、と思うところもありました。
その辺がキツいと思う人もいるみたいですね。
でも結果的には、そのエピソードがあったからこそ、後半の二人の同棲や再会が、超盛り上がったので、大事なエピソードだったと思います。

救いのない物語とも思いません。
AIRとかに比べたら二人でいられるんだから救われすぎw
サイカノは結局世界は救い得なかったんだから、ちせが消えたり、ちせだけ残る物語よりは、受け入れられるかと。世界が救われる結末も、この作品ではちょっと違うと想うし。
(そういえば3話あたりでの「僕たちは手を話さなかった」とのセリフ、AIRに絡めたものではと思ったのは自分だけでしょうか。。)

でも終末後の世界でシュウジが生き続けるのか、死ぬとしたらちせはその後どうなるのかはちょっと気になる。。でもそれを想像する事も楽しめれば良いかと(^_^;
そういえばマンガで後日譚があったそうですが観てみたいですね。

ちなみにちせの声優、折笠富美子さん、「灰羽連盟」ではヒカリ(メガネっ娘)でしたw

さらにちなみに、唐突な設定を自分はどう捉えたか。。
・なんで、ちせなの?
→OVAで触れてて一応納得しました。
ここではネタバレになるのでそちらで(^_^;

・どんな兵器技術?
→昨今気にしてたら楽しめないので、気にしませんw
どっかで見つかったオーバーテクノロジーかなんかかとw
{/netabare}~

展開としては今や定番かも知れないけど、音楽や言葉の一つひとつが、ズンズン胸に響いて響いて。。
観終わって「君の名は。」の時と同じようなことを思った。。
自分のパートナーとの時間を大事にしなきゃ。

ちょっと重い部分もあるけどオススメしたい。
二話まで観ればどんな感じかわかるかと。

~原作購読後~
したっけ、ちょっとロス感があったしょや。
ブックオフオンラインを覗いたら、みっけたべさ。
「大人買い」ボタンをポチっとしてみたわけさ。
愛蔵版と外伝集をw

アニメは漫画と比べると、性描写がおとなし目だけど、ストーリーはほぼほぼ原作どおり。
やっぱ、ちさの声が聴けるのはかなりのアドバンテージだけど、漫画はデフォルメのちせが、めちゃカワイイw

(以下、アニメと漫画のネタバレ含みます)
~{netabare}
ちせ達が駆け落ちしてもHしなかった理由が何となくですが分かりました。それは、ちせが兵器に侵食され過ぎて、感じなくなっていたから。
これまで腑に落ちなかった点がスッキリしました。
ラスト近くで成し遂げる経緯は、やはりアニメで表現するのは色んな意味で難しかったんでしょうね。

別冊の外伝集にアフターストーリーがあったものの、求めていた内容ではありませんでした。
なので、自分としてはアナザーストーリーとして処理することにしましたw
{/netabare}~

原作を読んで良かったと思う反面、結局のところロス感が深まったのは気付かなかった事にしよう。。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 21
ネタバレ

take_0(ゼロ) さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.7

ある意味「恐怖アニメ」でしょう。

2024.2.3(土)、なんで見ちまったかなぁ・・・。


原作は一部観ていた程度、内容はそこはかとなく認知していたレベル。
巷では「鬱アニメ」、「泣きアニメ」、いや「純愛アニメだ」などなど意見も分かれる作品ということも承知していました。

正直、原作者さまの他のマンガも別に好きとか得意とか言う訳でもなく、特に今作は心がザワザワしそうな気配をプンプン感じ、また自身としてもそれを強く自覚していたので見ないでいたはずなのですが・・・。


ついつい、観てしまいました。


ご存じのように、2024年1月1日、石川県能登地方を震央とする「令和6年能登半島地震」が発生いたしました。
さまざまな被害を受けられた皆様にお見舞いを申し上げ、再び日常を取り戻せるよう祈念いたします。

私の住まいする地域でも、経験したことのない揺れを体験し、軽微なものではありましたが家にも被害が出ました。また、日常生活をおくっているエリア、職場でも多くの被害があり、復旧作業で正月気分が吹っ飛ばされた思いでした。
能登地方の核心エリアほどでは無いですが、ニュースネタになる様な被害も散見されていました。

そして、能登地方。
さすがに、能登半島の先の方へは数回しか訪問したことは無いのですが、被災状況を報道等で拝見し、衝撃を受けたものです。
良く遊びに行っている能登島周辺あたりも、かなりの被害の様です。
もちろん、現地に足を踏み入られる状況ではないので、実際の状況は解らないのですが、なじみ深い風景がどうなっているのか、そこに住まいする皆様がご苦労なさっている事に思いをいたすと、本当に心が苦しくなります。



もしかすると、こういった状況にも影響を受けて、作品に引き寄せられてしまったのかもしれません。

なんでもかんでも、レビューのネタにするのはよろしくはないと思うのですが、何故だか、そのように思ってしまいました。

さて、なに呑気にレビュー書いているんだ、とお叱りをいただくかもしれませんが、短く、書くだけは書いておきます。


今作は、レビュータイトルに書いたとおり、ある意味「恐怖アニメ」だと私は感じました。

もちろん、主人公のシュウジ、ちせを初めとして何人かの恋愛エピソードも描かれています。そして、それは実に人間らしく、思いか交差し入り乱れます。
極限状況の中での恋愛模様ももちろん大きなテーマの一つではあると思うのですが、私が感じたのは日常が徐々に浸食されていく恐怖です。

これは、今現在の私の心持ちも影響しているのだとは思うのですが、どうしようもない≒避けようがない≒「仕方ない」状況って本当に突然起こって、容赦ないという事実を突きつけていたと思います。

この当たり前の、本来、忘れたい≒忘れたふりをしていたい≒「考えたくない」を許さない不快感と恐怖は恐ろしいと思いました。

大切な人を失いたくない、大好きな人とずっといたい、ずっと平和に日常を過ごしていたい ⇒ 事実として無理だけど、それを突きつける人って嫌われますよね。
それを、この作品は容赦なくやっています。

作品中で何度も発せられる、

「仕方がない」
「ごめんなさい」

どうしようもない時に出てくるセリフです。
このセリフを発して、なお戦い、もがき続ける人間の強さを描く作品も多く、本作も何とか抗ってはいるのですが、諸行無常感が常に漂っています。
その作品の中で、何を描き、何を伝え、受け手はどう感じるのか。
なかなかに試される作品です。

こういう作品も、あってもいいでしょう。
唯一無二のメッセージと雰囲気をもっている作品だと思います。
でも見るのキッツいですよねぇ。
{netabare} (キャラ絵が苦手、得意じゃない、可愛くないwという個人の感想のせいもありますw){/netabare}
ここでそれを言うか。



最後に、報道映像ではありますが、いわゆるアニメ化された作品に登場する石川県内の舞台も酷い状況になっているのを見ました。
本当に、心が痛みます。
もちろん、作品舞台だけではなく、被災した皆様全ての復興、日常への回帰を今一度お祈りいたします。

皆さま、どうぞ、余裕がありましたら、復興、被災者のフォローアクションにお力添えをお願いいたします。


・・・私のエリアでは震度5強を体験いたしました。
ほんとうに、ほんとうにシャレにならん揺れでした。
自宅で、PCの前にいたのですが、モニタが飛びます、家がつぶれると思いました、一応、ダメなら仕方ないくらいの覚悟もしました。

どう気をつけてよいかもわからないかと思いますが、お気をつけて、備えることがあれば、備えておいてください。
私の日常は今のところ、かろうじて踏みとどまってくれましたが、一瞬でぶっ壊れる危機を感じました。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 22

70.4 2 セカイ系で戦争なアニメランキング2位
ラーゼフォン Rahxephon(TVアニメ動画)

2002年冬アニメ
★★★★☆ 3.7 (546)
3214人が棚に入れました
翼ある巨神が歌うとき、世界の調律がはじまる…。
21世紀の初め、日本の首都・東京は外部侵入者の『MU(ムウ)』により、その全体を半球状の物(東京ジュピター)によって外部から隔離されてしまった。
それから数年後、東京に暮らす神名綾人は模試会場へ向かう途中、電車事故に遭う。助けを呼ぼうとした綾人はその途中で神秘的な少女『美嶋玲香』と出会い、彼女に導かれるまま、東京の地下神殿にたどり着く。
その時、突如東京上空に現れた巨大な「何か」が放つ「歌」に共鳴した綾人は神殿内で倒れてしまう。混濁した意識の中、綾人が囁いた言葉、「ラーゼフォン」。そのとき何ものかが覚醒する。綾人こそ、この世界運命を握る鍵である時間調律師…MUとこの世界を変革する能力を持った人間だった。綾人が真の目覚めを果たし、巨大な神像"ラーゼフォン"と一体化したとき、世界は崩壊の淵に立たされる…。

月夜の猫 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5

こういうアニメが好きな人専用。

2002年1月21日 - 9月10日放送された。全26楽章。
2003年「ラーゼフォン 多元変奏曲」が劇場映画化された。
原作・監督は出渕裕。キャラクターデザインは山田章博。

"神名綾人"が謎の少女の導きで神像型ロボ"ラーゼフォン"
と出会い、人類と侵略者"MU※ムウ"との戦いに巻き込まれ、
徐々に自分の望み・運命・使命に目覚めて世界を調律する
までを描く物語。

監督の出渕は。「勇者ライディーン」のオマージュと公言。

各話は「楽章」。「歌」に感応するロボ。パイロットは「奏者」
と呼ばれ音楽に可也傾倒した内容。

RahxephoneのRahは"太陽神"Phonは"声"Xe"は未知"を繋げて
"神の未知なる声"。
キャッチは「美と神秘に彩られた究極のSFロボットアニメ」


2013年2月全世界は消滅し東京だけが奇跡的に生き残った。
都内に住む人々はそう教えられ疑わずに暮らしていた・・

2015年7月4日の朝、"神名綾人"は地下鉄の脱線事故に遭い、
地上に出ると"防衛軍"と"謎の戦闘機部隊"とが激しい戦闘
を始めていた。其処で遭遇した同級生の"美嶋玲香"の導き
で"ラーゼフォン"と出逢、少年は大きな謎に直面する。

感想・・1クール以上やる意味が解らない作品だった。
纏めるのも引き延ばすのも下手な作品にしか感じない。
人間不信の鬱屈で陰湿・陰険を煽る目的の描写が多い。


1話はジャブ。軽く物語の世界観のズレを描写。
2話目は習った常識の世界と真実の世界の二つがある説明。
"ラーゼフォン"と出逢い。新しい世界との反目。
3話目は撹乱。3分掛からない説明を"肝心な事"は解り難く
逸らかした回り諄い言い方で敵意と不信感を持たせる描写
が多く歪な人格の人間による歪で鬱屈した描写で煽るだけ。

4話は確執を深め敵対心を煽る待遇の描写や主人公の特殊
な存在であるアピール・・理不尽さを必死に煽る描写・・
5話目は誤解を解こうとする協力者等の描写・・2分で済む
説明をせずに・・強引にラブコメモード設定に押し込む・・
中学生向けの内容・・物語の逸らかしの連続構成。

6話は20年程の世界の違いの"ギャップ"を中心に"TERRA"の
現状などの補足。世界観の補足。謎の計画。エゴの煽り・・
設定や演出が子供向けすぎる・・

7話良くある脳天気な切れ者風メディア系人物の介入・・
表裏の有る陰険で鬱屈した人物像の煽りで憂鬱・・
高校生ってこんなにも未成熟で馬鹿だっけ?って疑問が・・

8話水着回。ラブコメ。彩り回。過去の因果の説明。
此処で概ねのネタバレ。恋愛絡みでの終焉路線が明示。

9話また子供じみた陰険煽り・・水着回・・ハーレム。
恋愛絡みの駄目押し伏線。人間関係泥沼予告描写。

下野紘さんの演技に良い時と悪い時の斑がある・・
と思って調べたら・・2001年声優デビュー。 2002年の
ラーゼフォン(神名綾人)テレビアニメデビュー作だった。

以降洗脳?記憶改竄云々の沼っぽい精神の世界。
神名麻弥の声優は音楽担当 - 橋本一子で素人演技。

12話で終わったほうが印象濃く面白かったかも。
退屈で同じ趣旨の描写が諄くて感性を疑われてる感じで、
此処まで愚鈍で感受性が鈍くて未成熟な高校生の視聴者
が多いとは思えない・・小学生に見せたくない内容だし
中学生だと鬱すぎないか・・大人向けには稚拙すぎる。

物語は結構良い様に感じるけど構成や演出が良くないと
感じてしまった・・イデオンのオマージュというより・・
あれとかそれのパクリ作品のパクリを捻じ曲げた感じ・・

ゆっくりと進むが・・同じ様な趣旨の演出を繰り返す・・
正直見飽きて退屈になってくる・・視たいのは結末だけ。

キャラデザやメカデザは結構良い雰囲気で世界観の設定
等も結構好きだけど非常にハマりにくい作品。

16話にして未だ嘘つき云々。TOKYO JUPITERに真実云々。
以降また精神攻撃のような描写・・18話で恋話回帰。
19話もぱく・・衝撃の展開で愈々全てのセット完了。
ラストは良くあるどんでん返し返しの返しで普通過ぎ。
音楽だけは可也の世界観にあった雰囲気で秀逸な感じ。

こういうアニメが好きな人には良い作品なのかな。
世界観は壮大だけど中身は非常に薄い。




神名綾人:下野紘:1998年生まれの17歳の高校生。
ラーゼフォンのパイロット「奏者(オリン)」。
内気で控えめな性格で現実主義者。絵画が趣味。

紫東遙:久川綾:1998年生まれの29歳。
TERRA情報部第二諜報課所属の特務大尉。恵の姉。
綾人を東京ジュピターから外の世界へと連れ出した。

紫東恵:川澄綾子:2013年生まれの14歳。
遙の妹。立派な姉にコンプレックスを抱いている。
素直で活発な性格。姉の働くTERRAでバイトしてる。

美嶋玲香:坂本真綾
陽炎のようにうつろう幻の少女。17歳で綾人の同級生。
全てを見通したかのように、綾人に手を貸し導く存在。

如月久遠:桑島法子
体が弱く伏せりがちで毎日TERRA本部で健診を受けてる。
ベスト型のライフモジュール(生命維持装置)を装備。

TERRA
如月樹:宮本充
TERRAに所属する科学者。如月久遠の兄。普段は柔和。
博士号を持ち、専門はネリヤ遺跡やオーパーツの研究。

キム・ホタル:折笠富美子
TERRAの正規オペレーター。オーストラリア国籍韓国人。
幼い頃に両親をMUのドーレムに殺され、復讐心が強い。

八雲総一:宮田幸季
TERRA副司令で少佐。物腰が柔らく甘いマスクの好青年。
外見に似合わぬ大胆な作戦行動でTERRAを指揮する。

五味勝:田坂秀樹
TERRAのオペレーター。堅物な性格。常に本を読んでいる。
四方田の事を煙たがっているが、共に行動する事が多い。

四方田洋平:原沢勝広:TERRAのオペレーター。

七森小夜子:田中敦子:樹の助手で研究員。遙の友人。

功刀仁:中田譲治:TERRAの司令官。冷静沈着な性格。

亘理士郎:内海賢二:TERRAの長官。

α小隊
エルフィ・ハディヤット:杉本ゆう
α小隊隊長。地球連合パイロット。インドネシア出身。
オーバーロード作戦の戦闘機パイロット唯一の生き残り。

キャシー・マクマホン:荒木香恵
α小隊の隊員。コールサインは「じゃじゃホース」。
階級は少尉。すぐにムキになり易い感情的な性格。

ドニー・ウォン:松本大
α小隊の隊員。コールサインは「東風」。階級は少尉。
風水に通じている。エルフィの呼びかけでTERRAに参加。

ジャン・パトリック・シャプラン:ふみおき
α小隊隊員。コールサインは「マエストロ」階級は大尉。
ベテランの黒人。エルフィの呼びかけでTERRAに参加。

TOKYO JUPITER
朝比奈浩子:かかずゆみ
綾人の高校のクラスメイトで中学も同じ。
鳥飼とは恋人同士であるが、本当は綾人のことが好き。

鳥飼守:野島裕史
綾人がTOKYO JUPITERにいた時の同級生。軽口で軽薄。

神名麻弥・橋本一子:綾人の義母。
実はMUの女王。奏者を育て導くコンダクター。

九鬼正義:大塚芳忠
TOKYO JUPITER内のMU総督府の防衛指揮を執る責任者。
階級は一佐。麻弥には絶対服従の様子。

三輪忍:浅川悠
TOKYO JUPITER内のMU総督府の副司令官で階級は一尉。
状況や戦場に応じてドーレムに指示を出せる存在。

バーベム財団[編集]
一色真:関俊彦 / 幼少:朴璐美
地球連合監察官。バーベム財団から派遣された人間。
エリート意識が強く非常に高圧的で高慢な物言いをする。

ヘレナ・バーベム:兵藤まこ
エルンスト・フォン・バーベムの秘書的な存在。
バーベム卿に狂信的な愛情に近い忠誠心を持っている。

エルンスト・フォン・バーベム:家弓家正
TERRAを財政面、技術面で支援するバーベム財団の当主。
世界を裏から牛耳ってる。吸血鬼の類の不死の噂がある。

六道翔吾:大塚周夫:引退した考古学者。
嘗て亘理と共に発掘調査でネリヤ遺跡を発見。
逆神隠しの祠から現われた2名のムーリアン少女も発見。

弐神譲二/十文字猛:堀勝之祐
天戸通信社の記者としてTERRAを取材するために来島。
作品の狂言廻しの役割を担い、遥に情報を与える。

ブチ:遙がTOKYO JUPITERを脱出した際、拾った二毛猫。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 2
ネタバレ

ピピン林檎 さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

エヴァもどきの一言で済ますのは惜しい、感情描写が細かい《セカイ系面白作》

アニメ史を紐解くと、1990年代後半の『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットが刺激となって、ロボットもどきの機体(*)による戦闘シーンをアクセントとしつつ、そのパイロットと周辺の支援要員や指揮官の精神的苦悩や恋愛模様や成長を、世界全体の運命とリンクさせつつ描き出す《セカイ系》作品が幾つも制作された時期があった(らしい)。

(*)エヴァ以前に主流だった『機動戦士ガンダム』のような、人間が一から開発したロボットではなく、何らかの謎生物に改造を施してパイロットが乗り込み操縦できるようにした機体。

そうした「エヴァ・フォロワー」ないし「エヴァもどき」と呼ばれがちな1990年代終わり~2000年代前半のロボット・フォーマットの《セカイ系》作品群の中で、単なるエヴァの劣化品に留まらない独自の魅力を備えた作品として、『交響詩篇エウレカセブン』及び、本作『ラーゼフォン』がしばしば挙げられる(ようである)。

・・・ということで、今でもアニメ批評サイトなどで時々名前が挙がる本作についてTV版(全26話)+劇場版を一括視聴してみました。


◆総評

(1)TV版

・「エヴァもどき」というよりは第1話の{netabare}「蒼い血」のエピソード(※エヴァのBlood Type=Blue){/netabare}や第2話の{netabare}「東京ジュピター」のエピソード(※同じくエヴァの黒き月){/netabare}にみるように明らかに意識的にエヴァの設定を「本家取り」している。
・シナリオの展開が早く一話一話が濃いので、視聴中なかなか気が抜けず、「ながら見」が困難(褒め言葉)。
・《展開の早さ》だけでなく《個々のキャラクターの感情描写も肌理(きめ)細かい》点が好印象(※第5話「ニライカナイ」でそういう作品だということに気づいて好印象を持った)。
・但しロボットもどき同士や軍艦や戦闘機とのバトル・シーンの迫力は殆ど期待できない(そこが本作の見どころではない)
・第1話から終盤の第22話まで満遍なく楽しめ、とくに第19話「ブルーフレンド」が本作屈指の見どころのある回となった。
・しかし第24話からのラスト3話の展開は説明不足にも程があると言いたいほどの支離滅裂さで、ここで大きく評価を落としてしまった(※ここでもエヴァのラスト2話が支離滅裂だったのと似ている)。

(2)劇場版

・TV版の複雑に入り組んだ登場キャラクター達の人間関係をバッサリ整理して見易くなっている。
・とくにTV版では主人公(神名綾人=17歳の高校生)に絡んでいた多数の女性達のエピソードをすっかり削り落として、{netabare}彼と同級生だった2人のヒロインのエピソード{/netabare}だけに絞り、かつ彼女らの新規エピソードを追加して「恋愛アニメ」としてもそれなりに見れる作品に仕上げている。


→ということで、個人的な評価としては、

(1) TV版の方はラスト3話の×(疑問)回連発が祟って ★ 4.0
(2) 劇場版の方はTV版の謎もちゃんと説明しているので ★ 4.3

となりました。
※因みに、私の『交響詩篇エウレカセブン』の個人評価は ☆ 3.7 なので、それに比べるとかなりの高評価ということになります。


◆各話タイトル&評価

★が多いほど個人的に高評価した回(最高で星3つ)
☆は並みの出来と感じた回
×は脚本に余り納得できなかった疑問回


=================== ラーゼフォン (2002年1-9月) =================

{netabare}第1楽章 首都侵攻 - OVER LORD - ★ 東京ジュピター(2015年7月4日)、Blood Type=Brue
第2楽章 神人(しんじん)目覚める - AWAKENING - ☆ 翼を持つ巨人(ラーゼフォン)と奏者(オリン)
第3楽章 二人の街 - Welcome to our town - ★ 三嶋喪失?、外の世界と時間(2027年11月10日)、紫東遥(TERRA特務大尉)
第4楽章 自分の時計 - Watch the year hand - ★ TERRA特務航空母艦リーリャ・リトヴァク、久遠との出遭い、D1の襲撃・ラーゼフォン応戦
第5楽章 ニライカナイ - On Earth As It Is In Heaven - ★★ 九州沖根来(にらい)島・海上実験都市神至(かない) ※恵(遥の妹)との交流発生が初見では分かり辛い点は×
第6楽章 消滅都市 - Lost Songs Forgotten Melodies - ☆ 函館D1ARIA発生、キム・ホタル少尉の復讐心、D1撃破
第7楽章 集まる日 - Phantom In The Cloud - ★ 神名綾人の過去を調べる記者、エルフィ小隊長の突進 
第8楽章 凍る聖夜 - The Dreaming Stone - ★ D1欠片からの復活(七森研究員)・再撃破、遥の手袋
第9楽章 時の祠(ほこら) - SANCTUARY - ★ 一色監察官と如月博士の実験、綾人と久遠の神隠し、「カトゥンのさだめ」
第10楽章 追憶のソナタ - War In The rememberance - ☆ 功刀(くぬぎ)TERRA司令官の娘の誕生日
第11楽章 虚邪回路 - NightMare - ★ D1に取り込まれる綾人(母の呪縛、三嶋の手助け)
第12楽章 黒い卵 - Resonance - ☆ 世界を裏切った人々、久遠脱走・暴走
第13楽章 人間標本第1号 - Sleeping Beauty - ★ 如月久遠の過去、衛星軌道のドーレムに矢を放つ回
第14楽章 鏡の中の少年 - Time After Time - ☆ 新兵器(ヴァーミリオン)、MUフェーズ反応、エルフィ出撃・ドーレム撃破
第15楽章 子供たちの夜 - Child Hood's End - ☆ ヘレナ・如月樹・一色の子供時代(バーベム財団当主の屋敷) 
第16楽章 他人の島 - The Moon Princess - ★ 恵の失恋、久遠の願い、綾人・久遠の出発
第17楽章 迷宮への帰還 - Ground Zero - ★ 東京への帰還、潜入
第18楽章 蒼き血の絆 - The Memory Of A Lost City - ★ 母との決別、脱出
第19楽章 ブルーフレンド - Ticket to Nowhere - ★★ 朝比奈との逃避行、結末
第20楽章 綾なす人の戦い - Interested Parties - ★ TERRA新司令部、鳥飼出現
第21楽章 ゼフォンの刻印 - Good Bye My Friend - ★ 監視者鳥飼
第22楽章 木星消滅作戦 - Down Fall - ★ 絵の完成、イシュトリ、東京ジュピター総攻撃
第23楽章 ここより永遠(とわ)に - Where The Sweet Bird Song - ☆ 世界でジュピター現象多発
第24楽章 調律への扉 - Twin Music - × ※以降3話はシナリオ支離滅裂過ぎてフォロー無理
第25楽章 神の不確かな音 - Deus Ex Machina - ×
最終楽章 遙か久遠の彼方 - Time Enough For Love - ×{/netabare} 
------------------------------------------------------------
★★★(神回)0、★★(優秀回)2、★(良回)14、☆(並回)7、×(疑問回)3 ※個人評価 ★ 4.0


OP 「ヘミソフィア」
ED 「夢の卵」


============ 劇場版 ラーゼフォン 多元変奏曲 (2003年4月) ==========

全1話 ★ 4.3 ※TV版の総集編だが、ストーリーおよび設定を一部変更



◆その他(メモ書き)

・第11話に出てくる用語 「IMPROVISATION」 (即興演奏)
・本作をお勧めする人→「エヴァンゲリオン」の女性キャラのうち、綾波レイや惣流アスカ・ラングレイよりも、葛城ミサトや赤木リツ子の方が好きな人?

投稿 : 2024/05/04
♥ : 21

Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

キャッチフレーズは「美と神秘に彩られた究極のSFロボットアニメ」

前から気になっていた作品ですが、中々視聴の機会が取れず未視聴のままでした。
今回お盆休みを使って視聴しましたが・・・2002年の作品としては相当綺麗な作品だと思いました^^

物語は、2013年2月に世界は滅びの時を迎えるのですが、その時奇跡的に生き残った人口2,300万人の東京が舞台となっています。
この作品の主人公は、高校生の神名綾人・・・彼はとある朝、友人と学校に向かう途中の地下鉄の中で脱線事故に巻き込まれてしまいます・・・
多くの怪我人が発生した中、綾人の友人も怪我していた事から、助けを呼びに外に出た彼は愕然とします・・・
頭上の空を往来する戦闘機やミサイルの数々・・・一方地上では戦車が必死の攻防を行っている惨状を彼は目にするのです・・・
何が起こっているか分からない状況の中、同級生の美嶋玲香に出逢い避難先を探していたところ、怪し気なスーツの2人組が綾人をどこかに連行しようとするのですが、それを突如現れた紫東遥が阻止して今度は彼女が綾人の身柄を拘束しようとするのです。
綾人と玲香は地下鉄に乗り込み逃げ切る事に成功するのですが、その地下鉄の向かった先は「世音神殿(ぜふぉんしんでん)」という場所でした。
この神殿で玲香は歌い・・・綾人は「目覚めて」という声を聞き・・・卵が割れて・・・ラーゼフォンが登場し、壮大な物語が動き出すのです・・・

導入部分だけ見ても相当な設定が盛り込まれている作品ですが、これは序章のほんの一部に過ぎません。
綾人は「真実を知りたい・・・」という言葉を何度も用いますが、その位状況把握の難しい作品だと思います。
でも、一旦入り込んでしまえば、綺麗な作画と美しい音楽を肴にして思い切り満喫できる作品だと思います。

主人公の神名綾人は、17歳の高校生でラーゼフォンのパイロットです。彼は自ら望んでラーゼフォンに登場した訳ではなく、導かれるように・・・ラーゼフォンに呼ばれるようにパイロットになっていきます・・・
内向的で他人と距離を置く性格は、つい先日視聴したエヴァンゲリオンのシンジを彷彿させましたが、シンジよりはもう少し前向きにラーゼフォンに乗り込みます。
それは、ラーゼフォン自身が綾人以外を受け付けないことも理由の一つになっているのですが、守りたいモノが明確にイメージできる点が、シンジと大きく異なる点だと思って視聴していました。
そして彼は、ラーゼフォンに優しく守られています・・・ロボットと優しさって一見接点が無いように思えますが、この作品では大きく関係しているんです。練に練られた部分の一つだと思いますので、この作品に興味のある方は是非本編をご覧頂ければ、と思います。

そして冒頭で少し触れた紫東遙は本作品のヒロインです。
彼女も残酷な人生を歩まされた一人・・・だったと思います。戦闘時以外は、飲み友達と焼肉に行くか、綾人と一緒の時間を過ごしている彼女ですがとても魅力的な一面を持っています。
とにかく想いが一一途なんです・・・大災害により引き裂かれた想い人を一旦は忘れようとするのですが、想いを捨てきれず最も再会の可能性の高い仕事を生業にしているのですが、普通じゃそこまで出来ないと思います。
でも、その仕事が逆に妨げになった事もありました。努力家なので、仕事でもそれなりの職位に就いています。それなりの職位にはそれなりの情報が集まってきます。
中には当然機密事項も含まれています。なので隠していたんじゃなく、言えなかっただけ・・・
それが上手く伝えられず、冷たい態度に涙した事もありました。
でも、彼女の一番の魅力は「絶対に諦めないこと」だったと思います。
諦めなかったらきっと心が届くと信じ貫く彼女・・・思い切り応援しながら視聴していました。
それだけに、大災害という運命に振り回されなかった未来を期待しましたが・・・

オープニングテーマは、坂本真綾さんの「ヘミソフィア」
エンディングテーマは橋本一子さん、橋本まゆみさんの「夢の卵」
オープニングは特に素晴らしく、毎回欠かさず視聴しました^^

2クール26話の作品です。設定とストーリーが複雑なので、今回のレビューではこの作品の良さを書ききれませんでした^^;
今回レビューに記載した以外にも魅力溢れるキャラがたくさん登場しますし、色々と複雑な面もありますが十分感動できる作品だと思います。
もう一度視聴したら更に理解が深まりそうなので、時間が取れたらもう一巡したいと思いますが、その前に劇場版を視聴します♪

投稿 : 2024/05/04
♥ : 21

77.5 3 セカイ系で戦争なアニメランキング3位
ZEGAPAIN ゼーガペイン(TVアニメ動画)

2006年春アニメ
★★★★☆ 3.7 (1092)
6598人が棚に入れました
未来的にデザインされた街・舞浜市に住み、近郊の高校に通う普通の学生、キョウ。たった1人で水泳部を切り盛りする彼は、中学以来の因縁を持ち難癖をつけてくる宿敵達とのいざこざも意に介せず、練習と水泳部への勧誘の為、学校の室内プールへと向かう毎日。
ある日、幼なじみのリョーコに頼まれ、映画研究部作品の撮影中、やる気の無いキョウはNGを出し撮影は中断。ふと、窓の外を見るとそこで彼は飛び込み台の最上段に立つ、1人の見知らぬ美少女・シズノを見つける。
水泳部入部希望者と察したキョウは、慌ててプールへと急ぐが、シズノは声にならない謎の言葉を残し、華麗な飛び込みを見せ忽然と姿を消す。シズノの事が忘れられないキョウだったが、程無くして彼女はキョウの自室に瞬間移動したかの如く唐突に現れる。
シズノはキョウに「ゲーム」の始まりを宣言。彼女の導きのままにキョウは異空間へ転送され、美しい光の装甲をまとった巨大ロボット「ゼーガペイン・アルティール」に乗り込み、敵と目されるキャラクターをシズノと共に倒していく。
だがしばらくして、キョウは様々な疑問に対峙していく事になる…。

声優・キャラクター
浅沼晋太郎、花澤香菜、川澄綾子、朴璐美、牧野由依、渡辺明乃、坪井智浩、井上麻里奈、吉野裕行、加藤将之、神谷浩史、ゆかな、家中宏、久川綾
ネタバレ

sekimayori さんの感想・評価

★★★★★ 4.3

ありとあらゆるもの 【96点】

「生」の在り方と「存在」の本質を問う、青春ロボットSF。
過酷な戦いと瑞々しい青春グラフィティが共存し、情緒的でありながら「存在」の哲学的考察にまで冷静に踏み込んだ、大好きな作品です。

惜しむらくは知名度が微妙に低い点。
これほど夏、殊に夜更けと朝焼けにマッチする作品もないと思うので、ぜひこの時期に。
SF>青春>>>ロボットな感じなので、ロボが苦手な方でも大丈夫なはず。
ネタバレを避けて、とにかく6話まで我慢強く観ていただきたく。

軽く感想を。

【○良い点】 4つ
①「幽霊」の立場から問う、「生」と「自己」
②貫かれた情緒的SF
③インテリだけど感性的なキョウと、本作のカラーを決めたカミナギ
④OP/ED:ここまで作品の内容・雰囲気とリンクした主題歌を他に知りません。
 特に、電子音の浮遊感に切ない歌詞を乗せたEDは、類稀な美しさ。
毎話のEDへの入りも素晴らしく、何度鳥肌が立ったことか(6、13話は白眉)。

【△少し残念な点】 2つ
①スロースターター: 他人に勧める際には、「6話まで観て」と付言せざるをえない。
②敵の描写:せっかく敵サイドも変化してゆくのに描写が薄く、黒幕も存在感が無い。
 だから、キョウの思想的な対立軸を、身内から出さざるを得なくなったわけで……。
 ここでもっとテーマを語ることができたはずで、すごく惜しい。

【×悪い点】 2つ
①ロボットバトル:CGの拙さ、使い回しももちろんですが、SEが安っぽい。
②ルーシェンのアレ:( ゜Д゜)ポカーン  憧れの発露、にしては行動が過激……。


こっから長々語ります、ほんと長いです、まとめろよ自分……。

■「幽霊」の立場から問う、「生」と「自己」
{netabare}
以下、本作の示す「生」と「自己」の在り方が個人的にドンピシャで大好きだというだけのお話です。

量子コンピュータ内でシミュレートされる波動関数に過ぎない自分たちは、はたして生きていると言えるのか?
そもそも、「自分」なんてものが存在しているのか?
肉体を持つ敵に対し、生命の残滓である自分たちは「幽霊」でしかないのではないか?
本作を貫くのが、この「生」「自己」に対する悲痛な疑問と、それに答えようとする(内面・外面双方において)絶望的な戦いです。

実は本作は、「生」とは何かというテーマに、作品としては明確には答えていません。
データである幻体も、人造生命である復元者も、もちろん肉体を得たキョウも生きている。
煮え切らないっちゃあ煮え切らないけど、丁寧に描かれた舞浜サーバーの幻体たちを生きていないと断ずることは、視聴者心理的にも難しい。
現実でも、倫理学からはクローン人間を否定することはできなくなっていると聞きます。
データと生命の差異という主題は、生命工学の発展により生命の定義が曖昧になった現代においては、より答えが出しづらくなったテーマなのかもしれません。

しかし一方でゼーガペインは、生命の定義が拡散するなかでの「自己」とは何かについては、一つのロールモデルを示しています。
幽霊としての永遠の命も悪くない。
そう言い切ったうえで、それでもキョウは、肉体を伴う「生」を選び取ります。
だって、ありとあらゆるものとガチンコで語り合いたいから。

この理由、(設定で多く取り入れられた)量子力学の「存在とは他者に観測されることによってはじめて確定しうる」というドグマに通じるものが。
また、作中で言及のあった「色即是空、空即是色」にも、「すべてのものが網み目のようにお互いに関係しあって存在していて、単独で存在するものはない」という意味が含まれるようです。
参考:http://www.bukkyo-kikaku.com/no_89_11.htm(※仏教系のページです)
共通するのは、自己が存在しうるのは他者との営みの中においてのみである、という意識。

生命の身体性に疑問符が付きつけられ、肉体に宿るはずの自己の確証も希薄化する時代。
その中にあって、本作は、自己のよりどころを他者に求めます。
個人的な話で恐縮だけど、一人黙々とキーボードでレビューを打ち込んでると、自分の意見に「自分」ってのがあるのか、不安になったりすることも。
でもレビューを読んでいただいたりサンキューいただいたり、その上メッセージまでいただけたりすると、とりあえず他人と同じ/違う意見を持つ自分がいるんだな、と少し実感できたりします。
そういった交流を通じて意見が変わったりもするけれど、そういう変化も「自己」の一部なんですよね。
(そんなことでしか自己承認欲求満たせないネット弁慶乙、とか言わないよーに。
リアルが寂しいんだからしかたねーのです。
空から突然女の子降ってこないかな……)
ということで、揺らぐ実存を他人のまなざしによって補完しあうという「自己」の捉え方は、少なくとも私にはとても好ましいものでした。
「自分探し」の終着点が他者を拒絶して内面に引きこもることだったエヴァから、時は進んだんだなぁとも思えます。

同時に、あえて「肉体」を重視する結論を出したのも、個人的にすごく好み。
また私事になるけど、散歩とか旅行とか好きなので、時々ネットでちょこちょこ調べた場所にふらっと出かけます。
実際に訪ねてみると、得てた情報よりすごかったりしょぼかったり色々なんですが、少なくとも絶対に想像と同じではなくて、それがすごく楽しい。
ネット社会ゆえに、実物を見た時の衝撃というか感触って、一層かけがえのないものになっているようにも思えたり。
そういう感触を味わうには、やはり肉体あってこそ。
森羅万象に素手で触れあえるというのは、決してなくならない身体の強みでしょう。

ただ、この結論がめちゃくちゃ青臭いことは否定できません。
このテーマに沿って観た方でも賛否両論好き嫌いは生じるだろう、とは思います。
いきなり飛び火するけど、まどかを「自己」確立と同時に枠組みとして世界から疎外し、それによって冷徹なまでの最大多数の最大幸福を実現したまどマギは、ほんと効率的で容赦ないなーと感心せざるを得ない。 {/netabare}


■貫かれた情緒的SF
{netabare}
テーマについて長く書きすぎたけど、ゼーガペインのストーリーは純粋に美しく、それだけで楽しめます。
絶望的な展開に青春グラフィティの透明感が強調されるのはもちろん、残酷なSF部分自体もすごく扇情的で心に残る。

これたぶん、本作が設定上ハードSFでありながら、ハードさにこだわっていないからこそだと思います。
「量子論」とか「光」とか、グッとくる単語を魔法の箱として使用することで、ガチガチな論理に支配されることなく、キャラの思いに対応する物語の展開を作り出せる。
整合性を重視した海外のハードSFとは毛色が違ってくるけど、想いが論理を超越する情緒的なストーリーは王道で大好物なわけで、日本独特の情緒的SFと言ってよいと思います。

それを支えるのが、ゼーガの屋台骨たる演出。
また、ご都合主義も疑問も、意外な力技と細かな伏線回収・セリフ回しでフォローしてくれます。
特にセリフ回し、「世界は光でいっぱいだよ」という一言で物語後を明るく暗示しつつまとめるセンスの良さには感服。
そしてやっぱりEDへの入り方が良いアニメは名作。

あと個人的には、幽霊が実存を語る、というテーマの語り方にすごく惹きつけられます。
SF、というか物語の機能の一つは、現実を超えたものを通じて現実を問う、というもの。
この点で、ゼーガは務めて正統派の、「SFしてる」SFだと言えるはず。 {/netabare}


■インテリだけど感性的なキョウと、本作のカラーを決めたカミナギ
{netabare}
AIやオリジナルシマとの問答から伺えるように、キョウって本当はかなりのインテリとして造形されています。
一方メンタリティは一見熱血バカのそれで、実際そう揶揄されてるのを見かけたことが。

でも個人的な見立てでは、それは違うよ、と。
キョウの熱血は、知性を備えた人間が考え悩んでそれでも答えが出ないときに、最後によって立つところの感性を言葉にしたもの。
それが発露するのは想いが理屈を超えた瞬間であり、だからこそ視聴者としては「舞浜シャイニングオーシャンパンチ」なんてクソダサなネーミングにすら笑みと涙がこぼれるわけで。
同時に、自己の思考のみで扱える理論・知識ではなく、他者との交流で育まなければならない感性を大事にする姿は、先に書いた「生」の在り方を謳いあげるのにとてもよくマッチしていました。
善意解釈しすぎかもしれないけれど。
ということで、キョウはスマートさと人間的な熱を同時に感じさせる、非常に魅力的な主人公だというのが私の中での結論です。

あと、絶望的な展開ばかりのゼーガが爽やかな作品として成立しえたのは、ひとえにカミナギのおかげ。
シズノ先輩には悪いけどこれだけは確定事項。
もともとの清涼感溢れる幼馴染キャラに、花澤さんの初々しい演技が合わさって、尋常じゃない瑞々しさとほんの少しの健全なエロスを醸し出していました。

おまけ。
偏見と劣情にまみれたカミナギ名台詞BEST3
1.舌足らずな「キョウちゃん」全般
2.(パイロットスーツを見たキョウの「なんかエロいな」に対し)「ありがとっ」
3.「一緒にいちゃ、やだ?」 {/netabare}


私にとって他に代えがたい作品なので、冷静さを欠いた部分もあるけれど、とりあえずギリギリ今日エンタングル(レビュー投稿)できてよかった。
1年後まで更新したくないから、誤字とかあったら死ねる……。


【個人的指標】 96点

投稿 : 2024/05/04
♥ : 15

マスルール♪ さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

【ネタバレ有】「“生きる”ことの、本当の意味を教えてくれる名作―!!」

 
 サンライズ製作のロボットアニメ作品―。


 タイトルの「ゼーガペイン」は、キャッチコピーである、
 ―「消されるな、この想い 忘れるな、我が痛み」―
から取られた、“是我が痛み(これ わが いたみ)”から来ている―(是我の音読みでゼーガ、痛みは英語でpain(ペイン))。



 ロボットアニメ作品というと、それだけで毛嫌いする人がいるが(実は自分もそうである…)、この作品のメインはロボットアクションではない―。


 それが、良い様にも悪い様にも出ているのだが―、この作品の軸は、ロボットアクションではなく、登場人物たちが、悩み…、苦しみ…、それを乗り越え成長する“ヒューマンドラマ”にある。

 にもかかわらず、この作品が放送されたのは、平日の夕方((木)18:00~18:30)で、この時間帯の視聴者層と言えば、まず間違いなく“子供”である。その子供たちが、ロボットアニメに期待しているのは、ヒューマンドラマな訳もなく、当然、“ロボットアクション”一択だろう(夕飯前に“命”について考え、涙している子供の姿など想像できない…いやしたくもない…)。


 (残念ながら)、作る側と世に出す側の考えが“一致”していない…。それが、この作品が日の目を見なかった一番の要因となったのではないだろうか―。



 前述、この作品の本質は“ヒューマンドラマ”と言ったが、具体的には2つのテーマを、(キャラだけでなく)視聴者に問いかけている。それは、
 ―「生きるとは何なのか―」
 ―「幸せとは何なのか―」
ということ…。


 最初に釘を刺しておくが、この2つの問いに“答え”はない―。
 それは人によって、考える時期によっても異なり、製作者側も、何もこの問いの答えを見つけてもらおうなどとは思っていない。

 しかし改めて、こうして全てを観終わった後に、この問いについて考えてみると、(この作品にハマった人なら間違いなく)、この2つの問いの“本質”…、“本当の深さ”を感じることが出来ると思う―。


 作中では、肉体の有無…、命の限り…、生きる目的…、命を懸ける理由…。様々なことを主人公の“キョウ”たちに問いかけ、それぞれが、自分の意志で考え行動することに意味を持たせている―。


 死ぬまで分からないかもしれない答えを考えるのは、結局のところ、「何のためになら行動できるか…」ということに尽きるのではないだろうか…。

 その何かを考えたとき、“誰かの顔”が浮かぶ人もいれば、やりたいこと…なりたい“夢の姿”が浮かぶ人もいるだろう。
 そうして前へと進む気になったのなら、それが、自分にとっての、この2つの問いの“答え”である―(偉そうに言っているが、自分も言葉に出来る答えはないです、すいません…(汗))。



 この作品を語る上で、もう一つ言及しておかなければならないのが、“最終話のラストシーン”である。あのシーンには間違いなく、製作者側の“想い”が込められており、(シマの置き土産ではないが…)視聴者への“最後のメッセージ”が込められている―。

 (最初に言っておくが、公式に発表された答えは無い。なので、各シーンごとに映された物や風景から、(それぞれが勝手に)、“読み解く”しかないのである。)


 では実際に、各シーンごとに見ていくと―、

 まず最初に“砂浜に埋もれているラジオ”がある。これは、キョウが一人で“リザレクションシステム”を製作していたラボにあったそれであり、そのボロボロさが“時間の経過”を表し、天気予報が放送されていることで、“人類が地球上に復活したこと”を暗示している―。


 次に、EDを挟んで、“古びた灯台”と、ベンチに座って“水を飲む一人の女性”が映される。この灯台は、(ラジオと同じように)、キョウが一人でいた頃は原形を留めていることから、同じく“時間の経過”を表している。


 水を飲む女性だが、これこそが、皆の意見を二分、三分する最大の理由である―。

 彼女は妊娠しており、どこかヒロインの“リョーコ”にも見て取れる(声優が同じなのは問題ではない)。

 ここで可能性として挙げられるのは、①リョーコ説、②リョーコ(とキョウ)の子孫説、③(抽象的な)未来を生きる人類説…である。

 灯台のさびれ具合などから、何十年かの時間経過があったとして、①の場合も十分に可能ではある。しかし、(基本的にハッピーエンドで終わるように作られているこの作品において)、あえて“一人のリョーコ”を映すということに意味を感じない(キョウは病気や寿命で、先に死んだという人もいるが、そうする必要性が全くない)。

 となると、②か③となるが、自分は③の説を押したいと思う。あの女性をリョーコの娘や孫と捉えるよりも―、
 もっと抽象的に、「その後の地球では、また以前のように人類が生活し、次の世代にも彼らの意思が受け継がれようとしていることを暗に示している…」…と考える方が、よりキョウやリョーコたちの“願い”(=また人類が、本物の世界で限りある命を生きること…)に近付いている気がする―。


 (ちなみにだが、この女性が飲んでいた水(コップ)には草が入っている。これは、アラスカ地方に伝わる、「“イェル”という創造神が、神々から光を盗み出す際に、葉に化けて、水を飲もうとする主神(しゅしん)の娘の体内に入り込んでその子として生まれ、神の孫として、そして神々の一人として生まれ、神々の中に潜入した―」という神話を、モチーフにしていると思われる―。

 この作品内においては、イェルとは“シズノ”のことで、実体を持たない彼女が、現実世界で人になるための手段が、女性の胎内に入り生まれることだったのではないか…、という意見が多くある。

 確かにこの作品は、(“ガルズオルム”や“オケアノス”など)神話から引用している部分が多くあり、この“草の葉のくだり”もおそらくそうだろう。しかし自分としては、そこまで完全に神話通りだと考える必要はなく―、シズノが人間になる方法も、具体的に描写する必要はないと思う。

 このシーンは、もっと漠然とした、“新しい生命の誕生を表現している…”ということでいいのではないだろうか―。)



 この作品は、わざわざ分かりやすく説明などしてくれない。自ら深く掘り下げないと、その“深さ”に気付かない―。

 この作品を“良い印象”で観終わった人たちの多くが、もっと評価されてもいいのではないかと思っていることだろう。この作品は、こうしてレビューを書いていたり、他の人達の感想や考察を見ていたりしてようやく、その深さに気付いていく(噛めば噛むほど味が出る…まるでスルメのような作品…って!下手っ…!!…(反省)…)。


 確かにこの作品は、良い言い方をすれば、テンポが良く…、悪い言い方をすれば、深く掘り下げない…。そこが、人によっては“爽快感”を感じたり、説明不足からくる“浅さ”に繋がったりするのだろう―。


 他にも、作画は2006年のロボットアニメということもあって、いかにもなCGに、上手いのか下手なのか分からないレベルの作画力―。

 タグにもあるが、声優はストレートとも棒読みとも取れる演技力で―、世界観も、キョウという“光源”のおかげで明るく見えるが、実際は“重い”設定である。(EDは最高♪)


 そういったものが表裏一体となっているのがこの作品であり、それが、この作品に対して感じる“完璧ではない傑作感”なのではないだろうか―。


 観終わった瞬間、「うわ…、最高だった…」と感動するのではなく、観終わった後、「うん、良かった…、良かったよ…」と、徐々にその良さを実感していく(まるでスルメのような…(反省)…)、そんな作品である―。



 最後に―、“命”をテーマにした作品は数多くある。その中で名作と呼ばれる作品もたくさんある。しかしこの作品は、今までのそんな作品とはまた一味違う、“命を扱う名作”である―。


 この作品はまず、命とは…生きるとは何なのかを問いかける。そして、何度も生きることの苦難を与え、死ぬことのない“永遠の命”がどれほど素晴らしいかを説く―。

 (観ていて思ったのだが、“クロシオ先輩”は実に良いアクセントになったなと思う。「虚構でもいいから死ぬことのない世界で生きたい…」…彼の考えは実に“普通”な考え方で、命を身近に感じてきた者ほど、その不安のない虚構の世界は、実に“楽な”世界に見えていただろう…)。


 現実の世界には文字通り何もなく、得ることが出来るのは“寿命”である。誰よりも生きることを望んだ者が、代価として得られるのが、“限りある命…”…まるでどっかの禅問答だ―。

 それでもキョウや他の人達はその道を選び、その方が良いと感じる自分もいる―。


 現実でもそうだろう―。限りがあるからこそ命を大切にするのと同じように、苦労するからこそ余計に幸せに感じる―。

 “痛み”なく手にしたものに本当の価値は見出せない―。そんな、当たり前だが皆が忘れていることを、改めて気付かせてくれる素晴らしい作品であった―。


 (終)

投稿 : 2024/05/04
♥ : 5
ネタバレ

takarock さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9

ゼーガペイン放送から10週年を迎えて

2006年4月から放送されたサンライズのSFロボットアニメ(全26話)。

私的に2006年というのは、
日本アニメ界において非常に重大な節目となる年だったと思っています。
本作と同時期に放送された「涼宮ハルヒの憂鬱」は、
アニメ好きだけでなく、普段アニメに興味を示さない層の耳目を集めていましたし、
同年10月に放送開始した同じサンライズの作品
「コードギアス」については、もはや説明不要でしょう。
手軽に消費できる娯楽としてアニメが注目され始めた、そんな年だったと思います。
あくまで私感ですけどw
そういう大きな変革期の中で埋没してしまったのが本作「ゼーガペイン」でしょうw
「隠れた名作」、「知る人ぞ知る名作」というような表現がよくされる本作ですが、
一部の間では根強い人気を誇っており、2010年には受注限定でBD-BOXが販売。
そして、放送10週年となる今年(2016年)にはBD-BOXの一般販売が決定。
10月には、新カットも追加した劇場版が公開予定のようです。

ここからはネタバレありで語ります。未視聴の方は読まないでください。
これだけ良く出来ている作品です。
視聴前からネタバレ食らうのは損するどころの話ではないので。


{netabare}まず、ざっとですが本作を振り返ると(只のあらすじなので面倒だったら飛ばしてください)
主人公十凍京(ソゴルキョウ)たちが学園生活を送っていた舞浜市は、
実は虚構の世界(量子コンピューターサーバーに管理されている仮想世界)であり、
ゲームの世界だと思っていた荒廃した世界こそが現実世界であった。
人類はすべて滅亡しており、キョウたちも「幻体」と呼ばれる人格記憶体であり、
コンピューターに保存されたデータだったのである。

そのすべての元凶は超天才科学者のナーガである。
ナーガはかねてより時間の加速した量子サーバー内で人間を進化させる
「無限進化」を提唱しており、それを実現させる為に
致死率98%の「オルム・ウィルス」をばら撒き、人類を強制的に量子サーバー内に押し込む。
その後、ナーガはガルズオルムを組織し、
I.A.L.社のロボットを使い、環境実験空間「デフテラ領域」を世界中に作り始めた。
しかし、ループを観測しサーバーコントロールから離れた存在である
「セレブラント」達は対抗組織「セレブラム」を設立。
彼らはシマが開発した「ゼーガペイン」を始めとする光装甲を纏った「ホロニックアーマー」に乗り、
荒廃した現実世界でガルズオルムと戦い続けていた。(wikipedia「ゼーガペイン」参照、抜粋)


なんでwikiに載っていることを、わざわざここに記載したのかというと、
何故にこんな世界が形成されたのか?
敵は誰で、何の為に戦うのか?
これらの問いに対して、明確に言葉で説明できる素晴らしさを声を大にして言いたいからです。
明確に言葉で説明できるということは、
プロットの段階から設定やシナリオを相当練ってきている証左であると思います。

本作の構成要素を個別に分解していくと、
「どこか(他の作品)で見たことあるような」という、ある意味紋切り型なのかもしれません。
例えば、量子コンピューターの処理能力には限界がある為、
8月31日の午後0時になると4月5日までリセットされてしまう訳ですが、
これは、所謂ループものに内包される事象なのかもしれません。
ですが、本作をループものと言い切ってしまうのは些か乱暴だと思います。
ループものというのは、真の解決に向けてキャラが何度も同じ時間を繰り返すというものですが、
本作はそれを主とする作品ではありません。
ループすることが主ではなく、あくまでループという要素を取り扱っているに過ぎないのです。
そして、ループする原因を明確に言葉で説明できるというのが、
物語に説得力と厚みを持たせています。
こうした明確に言葉で説明できる個別の構成要素をいくつも積み重ねていくことによって、
全体で見ると、他の作品にはない本作独自の世界観が形成されているのだと思います。
例えるならば、誰もが知っている食材を使っているのですが、
それが上手く調理されているので、
出来上がった料理は今までありそうでなかった新しい美味だったと言ったところでしょうか。

本作の楽しみ方やその秘密について、さらに考えていきたいと思います。
通常、我々視聴者は作中の主人公よりも高次元の視点から、
観測者として物語を俯瞰することができます。
本作では、衝撃の事実(物語上の仕掛け)を主人公キョウに提示するのと同じタイミングで
視聴者に提示してきます。
我々視聴者は、衝撃の事実を突きつけられたキョウたちの狼狽、葛藤、
そして、どのように対峙していくのかとキョウたちと同目線で楽しむと同時に、
物語の観測者として、
さらなる仕掛けや物語の結末を予想して楽しむという二重の楽しみ方をしているのですが、
ここでも重要になってくるのが、その仕掛けを明確に言葉で説明できるということなのです。
どの作品がとは言いませんけど、
シーンありきでシナリオを作ったのだろうなという作品は多々存在するのですが、
そのほとんどすべてが設定やシナリオの脆弱性を露呈しています。
視聴者に解釈を委ねていると言えば聞こえはいいんですけどね。
突飛な展開で視聴者置いてけぼり、
真面目に予想していたのがアホらしくなってしまうことが多いんですよ。
それらの作品は、設定や起こった現象に対して
明確に言葉で説明できるということが欠如しているということなんですけど、
その有無は、作品の印象を大きく違えてしまう程重要なのだと思います。

では、これ程の作品が何故に埋もれてしまったのか?
単純に「華」がないからでしょうねw
萌えなど皆無な上、主人公十凍京(ソゴルキョウ)もイケメンという訳ではないしw
中の人と言っても、肝心の主人公十凍京(ソゴルキョウ)役の
浅沼晋太郎さんは、本作がテレビアニメ初出演。
ヒロインの守凪了子(カミナギ・リョーコ)役は当時ド新人のざーさんですからねw
あまりの棒演技に台詞の度にゲラゲラ笑ってしまった程ですw
また、戦闘シーンも迫力不足というのは正直否めません。
ただ、アクションが分かりやすかったというのはよかったと思います。
最近は3DCGの技術が著しく進化していて、迫力も段違いなのですが、
何をやっているのかいまいちよく分からないと感じることがしばしあるので。
あとは、序盤の地味過ぎる展開ですかねw
ファンの間で本作の公然の薦め文句は「取り敢えず6話まで観て」だそうですw
ほぼ同時期の同じサンライズ作品「コードギアス」と比べてしまうと、
圧倒的な華のなさですw {/netabare}


さて、私は冒頭で本作が放送開始された2006年は、
手軽に消費できる娯楽としてアニメが注目され始めた年と言いました。
宮崎駿監督の言葉を借りれば、
ポリポリとポテトチップを食べるように消費されているということなのでしょうけど、
2006年から今日に至るまでに、こういった傾向はより顕在化しているように思えます。
2000年~2011年の期間では、深夜アニメの放送本数は2006年の93本をピークに、
そこから2011年までは減少傾向にあったのですが、
2012年は106本、13年は128本、14年は159本、15年は170本と再び凄まじい勢いで
増加していっています。
もはやすべての作品を網羅することなど不可能と言ってもいいでしょう。
従って、「つまらないから何話で切った」、「よく分からないから何話で切った」
という声が増えていくのは至極当然のことなのかもしれません。

私はこのレビューで明確に言葉で説明できる、
すなわち、練りに練られた作品設定やシナリオの素晴らしさを説いてきたわけですけど、
このような状況下で、それがどれだけの重要性を持つのか、正直言って甚だ疑問です。
論理的な骨子、重厚なバックボーン、
そんなものよりも、たとえ唐突であろうとも、ご都合主義であろうとも、
まるで感動シーンを切り売りしたような、
視聴者にとって口当たりのよい、分かりやすいものの方が歓迎されるのではないでしょうか。
そんな風に思ってしまいます。

偏屈な私の知人はこんなことを言っていました。
「アニメは2000年代前半までだね。
それ以降のは一部を除いて視聴者に媚びているようなものばっかで視聴する価値がない」

こういう意見も分からなくはないですけど、
ただ、私はたとえ萌え豚御用達と揶揄されるような作品でも
素晴らしい作品はいくらでもあると思っています。
視聴者に媚びている作品=くだらない作品だとは露ほども思っていません。
どんな作品にも良い箇所はあるという考えです。
キャラが可愛いだけのアニメ? 
それの何が悪いんですか?

その一方で、本作のような骨太な作品がもっともっと評価されてほしいとも思っています。
そのような土壌の形成を心から望んでいます。
ゼーガペイン放送から10週年を迎えて、
我々アニメ視聴者を取り巻く環境は大きく変容しましたけど、
こんな時代だからこそ、より真摯にアニメ作品と向き合っていきたいとも思えます。
まぁ言っても娯楽なので、気楽に楽しむというのは大前提なんですけどねw

投稿 : 2024/05/04
♥ : 37
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