浅田弘幸おすすめアニメランキング 5

あにこれの全ユーザーがおすすめアニメの浅田弘幸成分を投票してランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2019年12月12日の時点で一番の浅田弘幸おすすめアニメは何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

65.1 1 浅田弘幸アニメランキング1位
テガミバチREVERSE[リバース](TVアニメ動画)

2010年秋アニメ
★★★★☆ 3.8 (248)
1578人が棚に入れました
夜が明けることのない星に、「アンバーグラウンド」という名の地がある。首都を照らす人工太陽の光が届かない、暗く危険な地域を旅する国家公務があった。彼らの仕事はその地で生きる人々の「こころ」が込められた「テガミ」を届けること。命を賭して「こころ」を届ける彼らを人々は「テガミバチ」と呼んだ。

Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

人の「こころ」を命懸けで届けるテガミバチの物語・・・再びこころを震わされました^^;

この作品は「テガミバチ」の続編に当たるものです。ストーリーに繋がりがあるので、もし前期を未視聴の場合は、是非そちらからの視聴をお薦めします^^

物語の舞台は、夜が明けることのない地「アンバーグラウンド」。そこには人工太陽があるのですが、その太陽が照らしているのは一部の特権階級のみが居住を許された首都だけで、首都以外には光が届かず、大多数の民は暗い場所で暮らしています。

そんな世界の職業の一つに、「テガミバチ」という国家公務があります。テガミバチは、その地で生きる人の「こころ」が込められた「テガミ」を、どんな場所にでもどんな危険も顧みず命懸けで届ける・・・そんな物語の第2弾です。


前期では、主人公のラグ・シーイング(CV:沢城みゆきさん)が彼を守る相棒(ディンゴ)のニッチ(CV:藤村歩さん)と巡り合い、幼い頃に心に誓った「テガミバチ」になるまでと、テガミバチになってから様々な人との触れ合いを通した彼の成長がハートフルな展開で描かれていました。
でも、前期ではラグにとってとても大切な人が行方不明になっていて、今回は行方不明になった大切な人を探しに奔走するのですが・・・その人が行方不明になったのには理由がありました。
この作品の最大の見どころですので、気になる方は真相を明らかにするためにも是非視聴して頂きたいです^^

この作品といえば、前期は主人公のラグ・シーイングを演じる沢城さんの演技が半端ありませんでしたが、今回も沢城さんは「凄い」の一言です・・・何度も沢城さんの声に心が震わされました^^
でも、今回はストーリーの展開が相まって、主人公以外でも泣き処が満載でした^^;

離れ離れになってしまった大切な人にもう一度会えたら・・・嬉しくて仕方ありません。
でも、この裏には離れ離れになった時にどれだけ辛く悲しい思いをしたのか・・・
嬉しさが募るほど、このギャップを感じてしまい・・・(;_;)無しでは見れませんでした^^;
そして・・・嬉しくて仕方無くても時と場合によっては素直に表せません。年齢を重ね、仕事でもある程度の職位についていたら尚更です。
でも、そういう時にどうすれば良いか・・・この作品の中で教えて貰えます^^

この作品には、人の「こころ」を奪う鎧虫(がいちゅう)がいて・・・こころを奪われると正気ではいられません。だから、人は鎧虫にこころを奪われることを恐れます。
その鎧虫と戦いながら町から町に手紙という「こころ」を届けるテガミバチがいて・・・
こころ・・・人間性とでもいうのでしょうか・・・自分自身から絶対無くしたくないものです。
こうしてみると、この作品では「こころ」の大切さを一貫したテーマとして描かれています。
だから物語にもあちこちで共感できるし、CVの名演技もあってあちこちで感動できたのだと思いました。

前期に引き続き、2期25話の物語なので視聴するために時間を作る必要がありますが時間を作った分だけ、感動と良い余韻を与えてくれる作品だと思いました。
アニメはこれで終わりの様ですが、少し気になるのは伏線が全部回収されていない事です。
第16話以降が完全なオリジナルストーリーになったからでしょうか・・・
何かの機会に伏線が回収できる事を期待したいと思います♪

投稿 : 2019/12/07
♥ : 23
ネタバレ

ブリキ男 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5

手紙を送る者と受け取るもの

テガミバチ(無印)の続きです。正に物語のクライマックスと言う所で終わってしまった前期の続きですので、必ず1期から視聴しましょう。

1期に引き続き、ラグとニッチ=テガミバチとディンゴのコンビは健在です。心を失ったノワールの中に、かつて自分の憧れたテガミバチの影を見出すラグは、悩み傷付きながらも成長していきます。前期では出番の少なめだったザジとコナーの為にもかなりの時間が割かれ、新たな魅力を引き出していると感じました。

そしてジギー・ペッパー、こころを燃料とする鉄の馬で駆ける、ただ一人の速達専用テガミバチ。圧倒的なビジュアルと隙の無いクールさを持つ彼の活躍も、ほんの少しだけ描かれます。演ずるはxxxHOLiCの百目鬼君や銀魂の土方さん役でも有名な中井和哉氏。「心弾、群青」であっという間に鎧虫を仕留めたり、静かな思いやりでラグを諭したり。ちょっとカッコ良過ぎやしませんか? 彼を主役に据えたスピンオフ作品とか製作されたら是非観てみたい。ほんの僅かな、顔見せ程度の出番で、これほどまでに強い印象を残すキャラというのも珍しいと思います。

さらに12話ではスクランブルダーッシュ!の号令でお馴染みのアリアさんとニッチ、いとも珍しいコンビが活躍します。このお話ではアリアさんの意外なドジッ子振りが描かれており、いつもの冷静沈着、温厚な姿からはかけ離れていて、妙に可愛かったりします。これがギャップ萌えというもの? 時間的な問題があるにせよ、いくつかのアニメでは主人公とそれ以外のキャラの繋がりは強固に描かれているものの、サブキャラ同士の繋がりが希薄にしか描かれていないものもあります。本作ではこの回に限らず、そのあたりをちょくちょく描いているので好感が持てます。

REVERSEでは全体的に見て、マローダーおよびノワール関連の話に殆どの回を費やしている為、前期と比べて殺伐とした戦いを描く場面も少なくなくなり、1話完結のお話も減ってしまったので、作風がかなり異なります。そんななので無印を手放しで楽しんだ者としては不満な点も少なからずあるのですが、一方で前半のニッチとニッチのお姉さん、後半のザジとジール、コナーとサニー、ラグとノワールの関係は、回を重ねて丁寧に描かれており、前期とは別の視点から作品の魅力を見い出す事も出来ました。

音楽について、前半OP、EDは「小さな魔法」と「勿忘草」。AIMIさんと若Gさんという方がそれぞれ作詞、作曲を兼任されており、後半のOPは前期OP「はじまりの日」も手がけたスガシカオさんによる「約束」。前期後期のOP、ED合わせて全8曲中、実に6曲までが作詞作曲を兼任されている方によるものという珍しさ。詩と音の調和は重要なもの、聴き心地の良い曲が多い印象でした。劇中音楽も全編に渡って落ち着いていて作品の世界観との相性がとても良好だったと評したいです。

1期、2期を通して、作中で描かれる様々な心弾、それらもまた撃ち出す者の想いの込められた"手紙"である事が分かります。真心を込めたラグの赤針および手紙弾、※拒絶を込めたノワールの漆黒、悪意そして悲しみを込めたザジの青棘、作中にはラグの赤針が効かないノワールや、ザジの放つ青棘を受けても平気なジールという人物が登場しますが、これも手紙、延いては文字の持つ性質を良く表しています。想いを込めて綴った言葉も受け手があって初めて意味を持つもの。時によっては込めた想いが届かない場合もあります。

テガミバチに登場する人たちはあまりにも優しく、自らの心が空になるまで心弾に想いを乗せ続ける、勇者とも愚者ともとれる人たちです。そんな彼等だからこそ人に想いを届ける事が出来るのかも知れませんが、私達は彼等を見て、それに倣うべきか否か、想いが届かなくとも手紙を書き続けるのでしょうか? それとも書く事を諦めるのでしょうか? 

ジギー・ペッパーの台詞{netabare}「手紙は人の込めた心の形だ。だが、一方的な想いの形でもある。相手を思いやる手紙ばかりではない事を覚えておくんだ。善意にも悪意にも取り込まれない、強い心を持ったビーになれ。」{/netabare}には、手紙を送り出すもの、受け取るもの、いずれの側に立とうとも、しっかと肝に銘じ、守らねばならない気構えが込められているのだと私には思われました。

他者への思いやりを持って自身の想いを伝える事、また自身の冷静さを持って、他者からの想いを受け取る事、いずれも決して失念してはならぬ大切な事だと思います。


  撃ち出す弾はこころの欠片‥心弾装填、響け!錫針!


…図に乗りました。スミマセン。一度言ってみたかったのです‥。


※:作中では明確な説明がありませんが、私にはそう見えました。

※:きれいに纏まってはいますが、未解決な事を残したままの終幕だったので、続きの物語がある様に思えて仕方が無いです。漫画未読なので今度買って読んでみようと思います。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 7
ネタバレ

参参線維 さんの感想・評価

★★★★★ 4.4

原作未完で再開したため「名作になれなかったモノ」

このレビューは第一期「テガミバチ」すでに視聴済みの人を前提に書く。そのため「テガミバチ」のネタバレを含む。第一期を未視聴の方はこのページを閉じることをすすめる。

七歳の少年が憧れ、初めて一人前の男として認めてくれた人、初めてできた少年の友人は、五年の月日を経て再会後「最大の障害」として立ちはだかった

幻想的な独特の世界観と「こころ」がこもったテガミを命がけで大切にはこぶ「テガミバチ」たちと、泣き虫少年と少女たちの心のふれあい。それらを彩る美しい絵と音楽と豪華声優陣は変わらず満を持しての第二期、のはずだった。

テガミバチとして経験を積み数々の危険や試練を乗り越え一人前の「テガミバチ」として配達を続けていたラグは、ある日ドクターサンダーランドJrから配達依頼を受ける。それは「精霊になれなかった者」へのテガミを届けることだった。

その配達先の町でラグは行方不明だったゴーシュとついに再会。だがゴーシュは記憶を無くし自らを「略奪者(マローダー)、名はノワール」と名乗る。

「REVERSE」
搾取により貧困を生み出し、非人道的人体実験を繰り返すアンバーグラウンド政府に対し、革命と称し市民を扇動し「人工太陽を落とす」ことを目標とする反政府組織。ノワールはその一員になっていた。

第一期の「どんな危険を冒してでも、人々のこころのこもった『テガミ』を届けることを描く」という人間ドラマがメインだった作風から一気に展開が変わり、反政府組織の陰謀を阻止するという「戦い」が焦点となったが本作である。

この第二期が始まったころ原作は未完であり、最終的には全二十巻という長編作品として完結した。本作が作られていた時期は半分の十巻までしか話が進んでおらず、そのためオリジナル展開として進めるしかなかった。

結果として「原作に忠実にスタートしたゆえに、初期の頃から謎めいた人物や設定が謎のまま、ほぼなにも明かされることなく完結」という、数々の思惑と期待を膨らませ楽しみにリアルタイムでみていた視聴者の多くががっかりしたことは想像にかたくない。
企画の段階でこれは充分わかっていたはずなので「この謎はアニメでは明かすことはできない」とわかっているものは外して、キャラクターとプロットを組み立て直してほしかった。

とても残念だが、ぼくはこの作品は「お気に入り作品」であっても「精霊になれなかった者」にちなんで「名作になれなかったモノ」とした。

本日原作全巻読了。アニメでは不明のままだった数々の謎は明かされ、大団円を迎えたラストを読み終え、胸のつかえはとれた。おもしろいことに原作では敵、味方だったキャラクターが、アニメでは真逆の味方、敵となっていたのは意外であった。

ネタバレ
{netabare}
結末からいきなり書くが、最終的にノワールは「精霊になれなかった者」たちとともに摩訶に守られた町「ブルー・ノーツ・ブルース」に人目を避け隠れ住むため、ラグやシルベットたちと別れ去って行く。

ラグの憧れであり「ヘッド・ビー」をめざし「離れた人へこころを込めた大切な『テガミ』を届ける。これ以上誇りをもてる仕事はありません」とラグに「BEE=テガミバチ」がこの世界にとって「それほど誇らしげで命をかけてでも果たす使命感ある仕事」だと教えてくれたゴーシュ・スエードは、ついに帰ってこなかった。

記憶を失い空白となったこころに「略奪者」という人格を植え付けられたノワールは、陰謀にまみれた政府を許すことも、「政府を倒し世界を転覆する」という思想を掲げながらも、結局人の命やこころを駒として扱うREVERSEの首謀者ロレンスの主義思想にも相容れず、どちらでもない第三の選択肢をとった。

五年もの間ゴーシュとの再開と帰りを待っていたラグやシルベットたちにとって、視聴者にとっても哀しい結末となった。完全な別れではなく、一緒に暮らせないだけで二度と会えないというわけではないだけ、まだ救いがあるともいえなくもないが。

「テガミ弾」によってこころを取り戻し、巨大鎧虫カベルネに向かって「ラグとゴーシュが共闘し、同時に赤針と黒針を放つシーン」は「ついにあのゴーシュが帰ってきた」と本当に感動した。それだけにノワールが偽り「ゴーシュを演じていた」と知ったとき、ラグの努力は報われず、シルベットもアリアもどんなに哀しんだだろうかと思うとみていて辛かった。


最大の謎を定義する重要なエピソード・第十四話「瞬きの日」

第一期「第十話 光の下」でアリアが少しだけ語った「人工太陽の光が一瞬消滅した日」。このときの搭乗員は物語の中でみな重要人物だ。だがアニメ版ではほとんど全て明かされることなく終わってしまった。

乗組員
ジック・バロール
首都アカツキから派遣された男。アニメでは唯一首都に住む人物。実はラグから母親を奪った犯人。ノワールがアカツキにいたときの記憶にもほんの一瞬だけ映る。さらに館長ラルゴと深い関係のある男だが、アニメ版では語られない。

カミュ、ジャン、セイン三兄弟。
現在はゲートキーパーに就いていてシグナル、シグナレスと名乗っている。セインはアニメ版では死亡。当初は現館長のラルゴ・ロイドが乗る予定だったが、病弱のため上記三兄弟が変わった。アニメではどんな病気なのかは不明のまま終わる。

ドクターサンダーランドJr
片目と記憶を失う。だが「解剖癖」は忘れていなかったようで、回復してからも相変わらず「死骸博士」と呼ばれている。

ホーダイ、ネギッシ
人工太陽調査船「プログレ」建造と、飛行維持ため乗り込んだ技術者。ホーダイは片目を失ったが友人ネギッシに救われ一命をとりとめるも大怪我を負い、辺境の地で人目を避けて細々と暮らしていた。アリアが配達を頼まれた受取人で「瞬きの日」がどれほど恐ろしい日であったかを語る。人工太陽の中で「あるもの」を目撃するがアニメ版では不明のまま終了。
生き残った者はわずか六名とされている。

目撃者
ゴーシュ・スエード
母親の記憶を全て失い母の名前を産まれたばかりの妹=シルベットに名付ける。ゴーシュの失った記憶はある者にそのまま「移された」らしく、そのため容姿はゴーシュとよく似ているらしい。
この日を境からなのかは不明だが、ゴーシュは感情を表にあまり出さない。「ゴーシュ(gauche)」はフランス語で「左の」転じて「不器用な」「歪んだ」という意味があるらしい。ノワールになったときはそれがさらに顕著になってしまった。

この日に誕生したもの
ラグ・シーイング
ラグの母親が何者でなぜ隠れ住むように辺境の地で暮らしていたのか。なぜ義眼になほど巨大サイズの精霊琥珀を所持していたのか。なぜ連れ去られたのか。なぜ人工太陽の元で心を奪われないのか。たぶん多くの人が予測しているとおりである。原作でラグ誕生の瞬間が養母であるサブリナから語られるが、それは本人にとってとても信じがたい話だった。自分もさすがにこの主人公誕生秘話を知ったときは驚愕した。

シルベット・スエード
瞬きの影響で両足が動かなくなったらしいが、はっきりと明言されていない。ラグ同様にこの日に産まれたものは、ある重要な秘密をその体の中に隠して産まれてきたらしいが、アニメでは不明のまま終了。

原作ではほかにも三名いることになっており、そろぞれが重要な秘密を持って生まれてきている。


第一期では活躍の少ない人物たちが光っていた。

コナー・クルフ
なんとクッキー売りをするロダに惚れちゃった。だがあったのは一度きり。きっかけこそは不純な動機だったものの、親密になったサニーが鎧虫にこころを奪われてから、人が変わり哀しみから怒りをを燃やす姿は良かった。「おお、男の顔になってる。コナーなのにマジでかっこいい」とその姿に感動した。原作でもこれを機に顔つきがいつもの緩んだものから、「使命感」を持つキリッとした顔になってた。
ラストでサニー本人にはまだ自覚はないけど、普通の人間くらいの生活ができるまで回復したということにわずかな救いをみた気がした。

シルベット
徹夜で馬車の中で眠りこけたシルベットに寄り添われて赤くなるラグがかわいい。ところで「車いすの女豹」は自称? しかも「今必殺の、シルベット・ヒップスライド目つぶしアターック!」って実は中二病? 十二歳だけど。
「車いすでサイ馬車に追いつくってなんじゃ」と思ったけど。原作では「空圧システムのアシストにより高速走行が可能」という説明が巻末にある。この作品はハイファンタジー&じつはスチームパンクらしいしね。
どうみてもバリアフリーという概念すらなさそうなあの世界で、どうやって段差を乗り越えているんだろうか? ターボジャンプもできるのか? っていうか上記のように完全にジャンプしてる。ナイト2Kみたいに。

アリア・リンク
館長の依頼で数年ぶりに配達。元のディンゴは高齢のため連れていけず、ディンゴはニッチ。BEEのズボンが太ってはけない。ああ、内勤で運動不足になったのね。ダイエットしなきゃ。サンダーランドJr曰く「解剖に値するほど超運動音痴」。メガネっ娘×ドジッ子だったとは。アリアがBEEに合格したのは優秀なディンゴに恵まれたためだった。愛する主と相棒。
心弦楽器ヴァイオリンで回復には「G線上のアリア」を奏でたが、攻撃には「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番ト短調」を奏でる。鎧虫三体を同時に葬る強力な攻撃力。攻撃も回復も奏でた曲はバッハだった。

ラルゴ・ロイド館長
カベルネがセントラルに襲来する直前、突然出張といいだし、業務をアリアに丸投げ? と思いきや、なんと摩訶とニッチの姉という「最強の助っ人」を口説き連れてカベルネに対抗する。結局煙草には火を付けなかった。

ジギー・ペッパー
「出番、少ない」 ジギーさあぁああん。・゜・(つД`)・゜・。天国のネロも泣いてるわ。あの鉄の馬(バイク)世界でも一台か数台しかないハンドメイドに間違いないだろうが、馬車と鉄道しかな世界でどうやってゴムタイヤを製造しているのだろうか? エンジンは内燃機関ではなく心燃機関だからエコロジーだな。
「思ったよりも早いとか 誰に言っている」。ジギー、アンタやっぱ輝いてるよ。それより小声でつぶやいた言葉を、爆音立ててバイク運転しながら部屋の外から聞こえるって、どんだけ地獄耳ですか?

ララ(女装ラグ)
REVERSEアジトの修道院に女装して入っていくラグは「浅田先生の趣味っすか? ほんとはこれ描きたくて、ラグをかわいらしい男の子にしたんじゃないんすか?」と、勘ぐりたくなるほど「赤頭巾ララ」は悶えた。
と、思っていたら原作ではなぜ中性的な顔立ちをしているのかちゃんと理由があったのだが、とにかく「子猫ちゃん」と呼ばれるザジとの掛け合いは思わずにんまりせずにはいられなかった。
記念写真
https://www.anikore.jp/board/1228/count:28/mode:jump/

さらにシルベットの身代わりになるため、また女装する。ヘイズル「そんなかわいい姿になるとは、貴様には心底失望した」って、赤面して言うなよオッサン。「こいつがなきゃ困るだろ」って車いす持っていくところが結構紳士だな。原作じゃゴーシュが失踪して。シルベットは七歳から自活していたという話を聞いて「なんという健気さ」とマジ泣きするお人好し(ホメコトバ)だし。

ニッチ
じつは二百歳以上で幼女じゃなかった。ロリコンのみんな気持ちはわかる。だが見た目は幼女ならいいじゃないか? 双子だから大人になったら姉のようになるのは間違いないが、幼女のわりにはやたらと胸のサイズが気になったり「美人」ということばに弱かったりするのはそのせいか。
そういえば逆にシルベットは十二歳なのに妙に胸大きかったなあ。(原作で十三歳になったときにはもっと膨らんでみえた)
姉と一度対峙するがラグによって和解。姉の技を教わり精神面においてもパワーアップし、ラグのもとに帰ってきたときの勇姿は「まさしく最強の用心棒にしてディンゴ(相棒)」と呼ぶに相応しい力強さとたくましさを備えていた。

二週目を視聴。
ラグとシルベットがゴーシュと戻ってきたと信じ、共に配達し食事をとるシーンがある。だがこれはノワールが演じているのだとわかってみると正直つらい。憧れの人との再会。そして一人前になった自分の姿をみてもらうことのよろこび。ゴーシュと一緒にシルベットの待つ家に共に帰る。ラグとシルベットがずっと夢見ていた瞬間。五年という年月待ち焦がれていた瞬間。それがすべて演技だったのだから。

アニメ版オリジナルのみどころ
ロイドによってユーサリセントラルに現れた伝説の幻獣「摩訶」とニッチの姉。
鎧虫「カベルネ」は羽を失った代わりに心弾への耐性を身につけ隙間がなくなったため心弾で倒すことも出来なくなり、さらに巨大化を遂げ「最強の鎧虫」として変貌成長した。
その巨体をもってセントラルを蹂躙、ハチノスすら破壊する。こんな人工太陽を落とすために目覚めさせられた最悪の魔物を止めることがほんとうにできるのか?
この化け物と伝説の幻獣との戦いは正に壮観。圧倒的でダイナミックである。さらにニッチと姉による同時攻撃。この世で最強生物たちが繰り広げる人智を越えたラストバトルは原作ではみられないクライマックスに相応しかった。

ロレンス
一度は倒されたカベルネ。だがしかしロレンスは自らの心を糧としたためカベルネは人工太陽へと飛び立つ。最後まで己の野心を貫いた最後だった。
で、原作では結局こいつどうしたのかわかんないんだよね。最後に出てきたの何巻だっけってくらい? 原作ではREVERSEのトップを「あの人」にとって変わられて以来、あの人の方がよっぽど暗黒面が強すぎて完全に正直霞んじゃったキャラだからなあ。
{/netabare}
本作も地上波では放送されなかったオマケアニメとして、本編とは全く関係のない「裏テガミバチ」がDVDに収録されている。そのなかで気に入っているのは、ステーキがニッチに、ロダがノワールに恋心を寄せているという話。とくにロダはデフォルメ風に描かれていながらも乙女心丸出しで本編とのギャップ差がすごく、かわいくていい感じ。

ニッチ曰く「ゴーシュはラグの五十倍強い。シルベットはラグの百倍強い。アリアはラグの五百倍強い。でもアリアはゲボマズスープを飲めないからマイナス百減点」

原作と比べるとやっぱり物足りなさを感じてしまう。オリジナル展開はおおいに結構なのだが、伏線がまったく回収されていないというのは「投げっぱなし」なのが残念。企画段階で「ラインバレル」みたいに「始めから完全オリジナル展開」だったらなあ。

もしくは深夜枠ではなく少年漫画らしく夕方枠が取れたなら、ほかのジャンプ原作アニメのように、原作に追いつきそうになったら、いったんオリジナル展開あるいは充電期間として、原作ストックがたまったら本編再会というふうになっていたらなあ。そこは予算の都合なんだと思うので仕方がないのだろうが。本当に大好きな作品だけに実に残念だ。

余談だが原作者である浅田弘幸は「どろろ」のキャラ原案をしているで、これを機に「テガミバチ第三期」あるいは「RE:テガミバチ」というタイトルで復活してくれないだろうか。旧作を知らない人のために第一話から作り直しでも全然構わないと思う。もう九年経っているわけだし。

ところでステーキのしっぽと百鬼丸の着物の模様が同じ形しているのって、たんなる偶然なんだろうか? あまりにもできすぎている。

{netabare}
カムバック ゴーシュウウウウウ!
{/netabare}

投稿 : 2019/12/07
♥ : 2

75.8 2 浅田弘幸アニメランキング2位
どろろ(TVアニメ動画)

2019年冬アニメ
★★★★☆ 3.8 (369)
1378人が棚に入れました
時は戦国時代、武⼠の醍醐景光は、天下を取るという野望をかなえるために、⽣まれて来るわが⼦の体を⻤神に与えてしまう。そうして⽣まれた⼦供は、命以外すべての⾝体を奪われており、川に流され捨てられてしまう。時は流れ、戦の世を旅する少年・百⻤丸。実は彼こそが、魔物に体を奪われた⾚ん坊の、成⻑した姿であった…。

声優・キャラクター
鈴木拡樹、鈴木梨央、佐々木睦、内田直哉、千葉翔也、大塚明夫、中村千絵、麦人
ネタバレ

kororin さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5

何故に今頃リメイクか分からないけど、とにかくホゲホゲタラタラホゲタラポン!(ひょっとして作品登場後、半世紀記念?)

2019.01.23 初見印象◎

東京オリンピックも終わった翌年の1965年(昭和40年)以降、水木しげる御大の「墓場鬼太郎」が「ゲゲゲの鬼太郎」に改題連載され、人に害をなす妖怪を退治する鬼太郎のブームがジワジワ浸透してきた頃、
戦後コミック・アニメの先駆者&神様と言われつつも同業漫画家の才能に何かと嫉妬深い手塚先生。(楳図かずお先生や石ノ森章太郎先生とか、他にも色々の方々に対しても)
「ボクにだってね、コレぐらいの事はやれるんですよ!」と対抗して生み出されたのが『どろろ』ではなかろうかという『噂』も最近では囁かれてます。(あくまで『噂』です)
そして1967年(昭和42年)、少年サンデーにて漫画「どろろ」連載開始。でも暗いストーリーに不評だったらしいです。 ああ、あれから半世紀。(ホント、50年も経ったんだ!)
言わずと知れた手塚先生の異色作で、何かと主人公を逆境に追い込み追い詰め、どん底から這い上がる「生命力の強さ・尊さ・美しさ」を謳(うた)う『手塚テイスト』作品の一つ。(ホント手塚漫画って作品により読んでて何度心が折れそうになったやら)。

・1969年(昭和44年)には白黒アニメ。劇中の男性コーラス(「ん~ん~ん~ん~・・・」っていう暗いコーラスのアレ)も相まって、子供向けTV漫画(アニメ)なのに「物凄く暗い」仕上がりでやや不評。
・2004年(平成16年)のプレステ2では「無限の住人」の沙村広明先生がキャラデザしたゲームが出たり、
・2007年(平成19年)には妻夫木くん主演の実写映画になったり、
・2000年以降から、たま~に舞台演劇にもなったり、
・成長した「どろろ」が「ドロロンえん魔くん」と一緒に「百鬼丸」を探す旅をする永井先生の漫画が出たり、
未だ何かしら『尾を引く』作品。(白黒アニメは一応完結した〆方にしたものの原作漫画や映画は未完で終わっており、何かしらモヤモヤした感じが作品にふれた人それぞれの妄想を掻き立てるのでしょうか?)

そんな「どろろ」が2019年1月から放送。アニメーション制作は「MAPPA」と「手塚プロダクション」。製作は「ツインエンジン」と『質』が高そうです。
リメイクにあたって色々改変(改正)&ディティール設定なんかもあり、原作で不明瞭だったところが付加したストーリーで描かれて見応えありそうですネ。

身体部位を奪った妖怪を倒して取り戻す百鬼丸の物語ですが、勧善懲悪色がやや濃いめの鬼太郎と違い「人の業」の深さを描いているので今回も暗そうです。

三話まで見て、{netabare}
・原作と違い今回の百鬼丸は、序盤「会話に近い意思疎通(テレパス)」が出来ず「魂の色」を感じて敵味方を判別することしかできないので、声も出せずコミュニケーションはかなり不憫。少しづつ『人の心』を創り出すような今後の成長が注目。
・原作ではゲスト扱いだった盲目の琵琶法師で居合いも嗜む琵琶丸が準レギュラー?でもスートリー進行を助けるような役回りは好感。
・原作で百鬼丸が恋した(愛した)戦災孤児の世話をしている未央(みお)。OPやPVで意味ありげに出てるので彼女の登場に見る前から心が痛みます。(若い頃、原作読んだ時に軽いトラウマになったもんです)
・百鬼丸の育ての父・寿海が何故『侍』を辞めて医者になったかというエピソードが熱い!しかもCVは医者だけにブラック・ジャック(大塚明夫)と何か嬉しい。(笑)
・残酷な戦乱描写もさることながら、戦災で手足を無くした子供の描写もあり、今回何故「地上波放送」されないのか納得。(暇な「クレーマー趣味」の輩を煽らない対応策?)
・百鬼丸の両腕の仕込み刀。長さが収まりきらないのか、肘からハミ出ている感じがちょっとリアルで面白い。
などなど。{/netabare}
「ヘタな仕事」はしたくない意気込みが感じられるますし今後も期待出来そうです。

幼少時は子供特有の憧憬で仕込み刀の百鬼丸がカッコよく見えたもんですが、年を経た今では生まれながらに親の業を背負い、身体部位が戻る度に激痛でのたうち回り、そうまでして「人」になろうとする姿を見ていると色んな意味で心苦しいです。

さて、
・PVにも出てた「妖刀・似蛭(ニヒルって・・・)」にとり憑かれ、凶剣鬼となった仁木田之介(にき たのすけ)と百鬼丸との対決。
・「どろろ」は何故{netabare}女の子なのに「男の子(生意気なクソガキ)」のフリ{/netabare}をしなければならなったのか?(大体皆さんご存知でしょう?)
・どろろの両親、盗賊集団の頭だった火袋(ひぶくろ:手塚スターシステムのブーン)とその妻・お自夜(おじや)の末路。
・OPにも出てた盗賊集団の裏切り者・イタチ(手塚スターシステムのハム・エッグ)の策謀(野望)。
・実の兄弟と知らずに邂逅、そして敵対してしまう百鬼丸と弟・多宝丸(たほうまる:蟹頭)の行く末。
・因縁の実父・醍醐景光(だいごかげみつ)と実母・縫の方(ぬいのかた)と百鬼丸の運命は?
・百鬼丸は果たして『人』に成ることが出来るのか?(何か「ダーク・ピノキオ」みたいに思えてきた)

と、色々ドラマイベントはありますが、どんな風に味付け調理した仕上がりになるか今後も楽しみです。



2019.07.15
【感想あにこれ・・・じゃなかった。あれこれ】
現代風解釈と創意工夫を盛り込んで良作の部類であったと思います。自分は満足です。 ただ、キャラたちの「物分かりが良過ぎる」展開がチョット不自然すぎたように思えます。なので予想して身構える程『鬱』な感じはしなかったです。

自分で言っててなんですが「ピノキオ」的ファクターも少しありましたね。
百鬼丸→ピノキオ
どろろ→コオロギの幽霊・ジミニイ(ジェミニ)
寿海→ゼペット爺さん
{netabare}
[百鬼丸]
これまでの百鬼丸と違い、「ニヒルで物憂げで危ないお兄ちゃん」ではなく「本能に生きる無垢なモノ」というようなキャラ設定。当初は声も出せず、声を取り戻しても「言葉」を知らないのでカタコトで少ししか話せないまどろっこしさが「リアル」でイイ。
対人、対物の識別を『魂の色』で感じるというアイデアはよかったですネ。敵意あるモノに対しては視聴者側にも解るように小さな「赤い炎の数」で判るという、まさに『人間ドミネーター(サイコパスガ規定値ヲ超エテイマス。執行対象デス)』(笑) 人体欠損部位も48カ所から12カ所に変更されてるのも何となく納得いく設定(そら、48カ所もなかったら生きてられないって!)。
様々な経験で取り戻していく「体」、育まれていく「心」。本来あるべき「人」になっていく百鬼丸。しかし最後の試練は・・・鬼気的なもので、一歩間違えれば「闇堕ち」でした。
声は2019年の舞台版・百鬼丸と同じ鈴木拡樹さん。セリフ殆ど無いですが悪くはないです。

[どろろ]
もう大体ネタバレされてる様に「女の子」です。父母を死に追いやった「侍社会」を憎み、無鉄砲・啖呵と威勢だけは一人前で天涯孤独。女々しさで生きられるほど世間は甘くなく、男装で悪業(コソ泥稼業)をしてまで生き抜こうとするバイタリティー。原作では「バカなクソガキ」でしたが、今回は小さいながらも百鬼丸を気遣う母性(女性?)的な面や、社会体制(民百姓の暮らしなど)を真剣に想い悩み考える「賢さ」がステキ!
声は鈴木梨央さん。本業は子役からの俳優・タレント業ですが、それほど悪くはなく良かったと思います。「下手クソなのに無理くり入れたアイドル」よりは!「滑舌悪いのに採用されるタレント」よりはっっ!!!(笑)

[寿海・琵琶丸]
かつては武士だった寿海。戦さ(殺傷)に無常を感じ、武士を辞めて大陸(朝鮮か中国?)に渡航して医術を学び、「白」一族からはからくり人形の技術を習得。(ココは嘘です。でも時代的に白銀・金兄弟が西欧目指したのもこの時期かも。)(笑)
帰国後は戦場で「かたわ(身体を切り落とされた)」の遺体に義手義足を取り付け五体満足の「人の姿」にして供養したり。戦傷で無くした手足を義手義足で補う治療医師を行い戦没者に対しての贖罪のような生活・・・う~ん、業が深いような・・・
原作では、この頃の医術って「薬湯」が主流なのに対し、寿海は「外科」をを行う「異端医師」なので、人里離れたところに居を構えてたんだけどね。

気がついたら何故かいる琵琶丸。困った時に現れる琵琶丸。出てくる度に禅問答みたいな「道」を示す名バイプレーヤー。(笑) 全盲なので視界が百鬼丸と「同じ」というのも面白い。

[未央]
「相愛同士は結ばれず、悲運を乗り越えてこそ人間賛歌」という手塚トラウマの一つ。(苦笑) 幼少時、原作読んでび未央が百鬼丸に「汚れた女」という告白の意味が良くわからなかったのですが、大人になって察しがつき、今回気を引き締めてみましたが・・・やはり辛かった~~。(泣)
劇中歌「赤い花白い花」は昭和童謡なので作品(時代的)に合っていたかたというと・・・私個人としては△デス。

醍醐家の人々
[醍醐景光]
原作では野心の強い憎たらしい「外道暴君」でした。今回は領地の君主としてやや人間味ある感じに思えます。作中寡黙なシーンになると、ヤってしまった事(生まれたばかりの息子を鬼神に貢いだ)への後悔やら、贖罪やら、無かった事にしようと払拭する思いやらが、普段の固い表情からジワジワ伝わってきそうでした。毎度作品によってオチが違う景光。今回は・・・コレでもアリかなと思います。

[縫の方]
悲しい程典型的な普通の女(ひと)。身を痛めて産んだ我が子が人の姿をしてなくても慈しみ、しかし家長・景光の命で泣く泣く手放した事への後悔と懺悔。
運命の再開で叫んだセリフ。「百鬼丸!許してください!わたくしは・・・わたくしは!・・・そなたを・・・救えませぬ!」。コレは心底身につまされる思いです。それでもなお、「母」の愛は強かった(?) 終盤は結構立ち回ってくれました。

[多宝丸]
どろろに次いで準々主役。原作では武家社会にふんぞり返った憎らしい若き暴君でしたが、真っ当に次期・醍醐家当主になるべく日々研鑽し、国(領地)と領民を思い、歳の近い戦災孤児・陸奥、兵庫の姉弟を幼少時から従者に付けて人間味ある若様ぶりに成長してきました。が、ただ気になるのは頑張っても母・縫の方が自分を気にかけてくれないこと。その原因となる百鬼丸が現れると・・・兄が居たことに嬉しかったのもつかの間、
・百鬼丸が鬼神を倒して体を取り戻す度に醍醐の土地は疲弊していく。
・母の憂いの原因は実兄・百鬼丸への愛のみにあった。
という事実に、
・領主としての使命感20%
・母の愛を独り占めされてるような嫉妬感80%
ぐらいの比率(笑)で執拗に百鬼丸と対立。いろいろガンバッたんだけど・・・ものすごく不憫で可哀想な役まわりでした。

でも城下町でお団子喰ったら、ちゃんと銭は払おうね。(笑)

[オリジナル・エピソード]
幾話かアニオリがありましたが、
第七話「絡新婦」
女性型人外と若者(男)のなれそめ話ってケッコウ好き!

第十九話「天邪鬼」
終盤間際なのに、イキナリの手塚ギャグ・テイストの投入!ヒョウタンツギにスパイダー(オムカエデゴンス)まで出てくるとは!!(笑)
{/netabare}
厳密にツッコめば甘々なトコロも多少ありますが、リメイク物として設定や時代考証など割と丁寧に作り込んでた部類だったと思います。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 12
ネタバレ

剣道部 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

This is Japanimation

[文量→中盛り・内容→考察系]

【総括】
日本で、近年に制作されたアニメの中で、「外国人にオススメしたいアニメ」と言われたら、本作を勧めます。

それは、「最近のアニメで一番面白い」というのではなく、「外国人が喜びそう」という観点です(やや安易ですが)。

例えば私は、食べ物の中でラーメンが一番好きで、日本のラーメンはもはや日本食と言って良いレベルに昇華されているとは思うものの、やはり、「外国人にいきなりラーメン屋を勧めるか」といえば、その勇気はなく。もっとベーシックな和食(の中で旨い店)を勧めるでしょう。

そないな感じです。

作画は、ディズニーやピクサーのようなポップさや、ジブリのような幻想的な美しさがあるわけではありません。が、日本のアニメ独特の格好良さがありました。世界観など、やはり外国人にウケるものに感じます。

原作漫画は、多分大昔(小学校低学年の時)に1度読んでいるはずですが、内容はほぼ忘れています。薄い記憶頼りですが、多分、アニメ化にあたり、かなり簡略化し、現代風にしているように思います。この辺は、賛否あるでしょうね(私はまた別物として楽しめました)。

もし、視聴のポイントを言うなら、「部屋を暗くして近づいて観てね」ですかねw(画面をいっぱいに感じてほしい)

《以下ネタバレ》

【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
「人になることは、人として生きることは、不幸なことなのか?」

そんな問題提起を感じました。

百鬼丸が体を取り戻す瞬間に、初めて得た感覚は大抵、「苦痛」であった。感覚が戻れば、切られた痛み。聴覚が戻れば、雨音に啜り泣きの声。嗅覚が戻れば、硫黄の悪臭。両手が戻れば、血に濡れた武器を持つ。

それでも、それでも百鬼丸は、自身の体を取り戻そうとする。それは、利便性や復讐などではなく、もはや、「性(さが)」。本人にも分からない、どうにもコントロールできない、「熱いなにか」が、百鬼丸を突き動かしていた。

それは、生物として根元的な、「生きる」という意志。最後に目(全身)を取り戻した時、見たものは、母の姿に夕景に、どろろ。全て、美しいものだった。わずかな、救い。

そういう意味では、圧倒的なまでの、「生命讃歌」だった。

原作をちゃんと読んでいないので、手塚先生がこの作品に何を込めたかは分からない。でも、アニメを観た限り、そう感じた。

他にも、考えるべき事柄は多過ぎて、1回観た程度ではまとめきれない。

例えば母親。多宝丸の件に関しては、明らかに母親の愛情不足なのだが、もしかして、百鬼丸は「愛した男の子供」であり、多宝丸は「もはや愛していない男の子供」なのかな? だとしたら、母親もだいぶ、業が深い。

例えば、多宝丸。彼はたくさんの「宝」を持っていたが、最も大切な「愛」をもっていなかった。それは不幸ではあるが、百鬼丸からすれば、また一般の庶民からすれば、「金持ちの無いものねだり」にも感じられる。結局、人間とは、どこまでいっても「足りない」ものなのだろうか。だとしたら、業が深い。

他にも、イタチの死に様、というより生き様は、たんなる悪役と切り捨てられ無いだけの印象を残してくれた。善人も悪行を成すし、悪人も善行を成す。そんな人間の矛盾を感じさせてくれた。

みよ姉も、たんなるゲストキャラとは言えないだけの印象を残してくれた。最後まで汚れずに死んだお自夜(どろろの母)も立派だし、汚れながらも生きようとしたみよも立派だった。この辺は、簡単に良し悪しで語れるものではないだろう。

この色々と五月蝿いご時世に、よくこの原作をアニメ化したなと、感心。勿論、身体に障害を抱えた方にとっては、心が痛む内容であり、許せない部分も多分にあるのではないかと心配する。でも、やはり「表現する」という部分において、力がある原作であることは間違いなく、清濁併せ飲む覚悟で、後世に残すべき作品だろうと思った。

まあ、「人として生きる上で追求すべき普遍的なテーマ」ならまだしも、「アニメ」という「娯楽」において、あまりに「尖った主張」をすること自体は、好きじゃないんだけどさ。
{/netabare}

【余談~ 作品における原作者の影響 ~】
{netabare}
以前、私の大好きな小説家が覚醒剤で逮捕された。そして、本屋から彼の本が消えた。

勿論、覚醒剤は悪いことだ。覚醒剤をやった彼も悪い。きちんと罪を償うべきで、いくらファンだからといって、擁護する気は1㎜もない。

でも、彼の生み出してきた作品に罪があるかと言われたら、私は「ない」と思っている。

勿論、「クソみたいな彼が書いた本はクソだから読みたくない」と思うのも、自由。本屋も商売だから、彼の本を置かないのも、自由。

でも、それ言い始めたら、芥川や太宰の本なんか1冊も置けないでしょ。なんで、芥川や太宰は許されて、彼は許されないんだろうか?

それは勿論、「格」が違うから。

芥川や太宰なんかは、なんていうかもう、「絶対的な是」なんだろうね、国民の中で。芥川や太宰は、もう、「芥川龍之介」や「太宰治」という「存在、ジャンル」であり、「人」としての枠組、常識に当てはめる必要もない。

であるならば、同じように、「手塚治虫」もまた、「絶対的な是」と言える格があるだろう。だからこそ、このような「問題作」もスルーされる。

私が何を言いたいかと言うと、「それで良い」ということ。

芥川や太宰の小説も、手塚治虫の漫画も、全てが道徳的というわけではない。中には、差別的なもの、犯罪まがいのものもあるだろう。でも、それを「臭いものに蓋をする」ように、全てを「無かったこと」にするのが正しいとは、どうにも思えない。

小さい子に読んで聞かせる絵本や童話を、全て「良い話」にするより、「恐い話」や「悲しい話」を混ぜた方が、豊かな情操が育まれるとも聞く。保育園の角という角の全てに柔らかいスポンジを取り付ければ、確かに保育園では怪我はしないが、無闇に走ると痛い思いをするという学びは得られなくなる(勿論、それで死んでしまったら最悪だし、幼い内から汚いモノに触れすぎ、他人を平気で傷付けるようになってもいけない。この辺のバランスは難しいところではあるのだが)。

話を初めに戻すと、私は、芥川の作品も太宰の作品も手塚治虫の作品も、もっといえば、過ちを犯したの彼の作品も、生み出されたモノ(作品)は出来る限り後世に残すべき、伝えていくべきだと思っているということ。

あくまで、フィクションはフィクション。それ自体に人を傷付ける力はない。

人を傷付けるとしたら、そういうものに影響された、人だ。常に。

それが毒なのか薬なのか、それは個人が、あるいは後世の人が判断すれば良い。私たちは、正しく取捨選択するだけの価値観や倫理観、知性を磨けば、それで良い。かめはめ波で人は殺せるが、かめはめ波を実際に撃とうと思う、人を殺そうと思うバカを育てなければ、それで良い。

どろろ のアニメ1作目は、「大人の事情」により、ほとんど再放送されないと聞いた。そんな「問題作」を、これほど高いクオリティで再アニメ化した制作陣に、拍手を送りたい。
{/netabare}


【各話感想(自分用メモ)】
{netabare}
1話目 ☆4
スタートからいきなり深いな。仏への疑心が生まれる前に死ねるのが救い、って、もう疑心は生まれているわけね。

戦闘シーンは、よく動くな~。

前期のグリッドマンでも感じたが、やはり、「ガチの熱量」で作るアニメは、面白い。

2話目 ☆3
焼き魚に驚く、つまり、命が見える。魂の色。話の筋としてはよくある話。自らの身体を取り戻す話。

3話目 ☆4
かなりグロいんだけど、なぜだろう、グロさを感じないのは。古典的な話しがきっちりハマってるんだよな。まあ、そもそも古いんだけど。大陸で学んだという設定がな、オーバーテクノロジーだよな。二組の親子の対比。

化け物が人の器官や感覚を欲しがる理由。痛覚戻りは、この段階では不利だろうな。

4話目 ☆4
聴覚を取り戻し、最初に聞いたのが、雨音と啜り泣きか。

5話目 ☆4
みよ姉、川でナニを新って洗っていたか、だよな。身体を売っていても、魂は綺麗なんだな。歌も美しい。みよ姉、死亡フラグだよな~。得るものがあれば、失うものもある。

6話目 ☆5
痣? 性病? 田んぼを持つのが、夢、か。死んでも身体を売らなかったおっ母ちゃんも偉いけど、身体を売ってまでも生きるみよ姉も同じくらい偉い。

足、戻るもんなの?

心は取り戻したの? それとも元からあって、身体を取り戻したことで復活したの?

性善説、性悪説、そんなところかな?

7話目 ☆4
愛を知り、魂が浄化されるアヤカシ。ますます、性悪説だな。最後の蜘蛛といい、一話目の羅生門感といい、このへんは芥川オマージュなのかな?

8話目 ☆3
なんか前向き過ぎるが、サルは、死というものを身近に感じてきてたかな? と思わせての、夜泣き。緩急が上手い。初めて人間の感覚が役に立ったな。ただ、あの高さから落ちたら死ぬよね。初めてかいだ臭いが硫黄、悪臭か。

9話目 ☆4
どろろの過去。母の強さ。餓死、か。厳しいな。なぜか、ラブコメの波動が(笑)

10話目 ☆4
多宝丸、お坊ちゃんだけど、なかなか優秀。

11話目 ☆4
百鬼丸も、赤くなる。生きていくことは、汚れていくこと。

12話目 ☆4
確かに、言い分としては、分かるんだよな。因果だね~。

13話目 ☆3
新OPも格好良いね。EDは一期の方が好き。 背中に地図。ストーリーが動くかな?

14話目 ☆4
金があれば、余裕ができ、未来を考えられる。その通りだな。

15話目 ☆4
平和な村の様子は、コミカルで、どこか浮世離れしている。作り物の世界のよう。妖怪か、神か。背骨が戻ったか。

16話目☆4
イタチのキャラは、なんだか難しいな。基本的に悪役だが、それだけでもなく。正直、というところかな。

17話目 ☆4
狼狽するどろろ。いよいよ、真実に近づく?

18話目 ☆5
イタチの生きざま、死にざま。良し悪しではなく、ひとつの真実。敵キャラとして、かなり記憶に残るキャラとなった。

19話目 ☆4
珍しい、コメディタッチ。オチまで含めて、素敵な話だったな。こんなんも、箸休めには良いな。

20話目☆3
作画力、落ちてきたな~。

21話目☆4
シリアス、シリアス。らしくはなってきた。

22話目☆4
魔神の力に手を出したらね。壮絶な最後。執着。人とはなんだ? おいらが、手足になる、目になる、だから鬼になるな。母親がな、多宝丸に愛情を注がなかったから、こうなる。でも、もしかして百鬼丸は、「愛した男の子供」であり、多宝丸は、「もはや愛していない男の子供」なのかな? だとしたら、母親もだいぶ、業が深い。あってもなくても、足りない。思えば、鬼神も人間になりたかっただけ。
{/netabare}

投稿 : 2019/12/07
♥ : 27
ネタバレ

ossan_2014 さんの感想・評価

★★★★★ 4.2

成長の在処

*微修正



手塚治虫のマンガ『どろろ』の再アニメ化。

1969年の白黒アニメのリメイクではないが、それでもあの主題歌はどこかで挿入して欲しかった気がする。
「主題」を歌うものとしてのTVアニメ「主題歌」の傑作の一つと思うのだが、動画サイトあたりで試聴できるかもしれないので見かけたら聴いてみてほしい。


末法を思わせる、戦国の地獄のような世界であがく子供と若者の物語。

手塚のマンガには「戦争」や「戦場」が無数に描かれるが、例外なく「人間の人為的な行為」として、「責任者」や「実行者」が設定されている。
「戦争」は、「責任者」が「実行者」に命じて行わせている「行為」であって、降ってわいてくる「現象」ではない。

おそらく自伝マンガでも描かれているように、戦時中の軍需工場の勤労動員の経験から来ているのだろう。
手塚にとって「戦争」そのものである理不尽な「命令」は、眼前にいる顔のある「担当者」が、頂点の「戦争責任者」が組織した機構に沿って順繰りに「人の手によって」手渡されてきた、行動の「連鎖」として捉えられている。
「命令」と、手渡す「実行」を行う行為との合体として。

それは、仏教の末世を思わせる『どろろ』の戦国世界でも変わらない。
これは宗教的な「地獄」ではない。
「サムライ」が引き起こしている「戦」による結果なのだ。
大将が「戦」を決断し、足軽が実行することによって初めて現出する、「人の」世界。

こうした手塚マンガの視点は、69年の初アニメと同様、本作へも引き継がれている。

農民や職工などの「常民」からは理不尽な「地獄」のように見えている「この世」は、戦を望む「サムライ」の意思決定から生じる「人為」であることを、半ば「この世」からはみ出す「怪異に取り付かれた若者」と、棄民として「常民」から排除された「何ものでもない子供」の視線が暴き立ててゆく。

主演の二人は専業の声優ではないようだが、周囲の声優の演技から少し浮いた感じが、「常民」から遊離して「この世」から半分浮上したキャラの距離感とよくマッチしている。


{netabare}しかし、21世紀アニメの本作では、怪異に取りつかれた若者が肉体や感覚を取り戻す過程は、若者が「世界」を「知っていく」過程として描かれ、奪われた「自身」を「取り戻して」いく完成した「大人」として最初から登場した原作や前作とは対照的だ。

確かに現代的な視点ではあるとは思うものの、まるで赤ん坊が「成長」する過程とダブらせるような展開のさせ方は、やがては物語を破綻させるのではないかという不吉な予感を感じさせてもいた。


アニメの視聴に際して、「成長」に対して、つい身構えてしまうような警戒心を抱いてしまうのは、「成長」というタームは無前提に特定の価値観を肯定する場合が多いからだ。

事象は様々に変化するものだが、「成長」は、特定の価値観のフレームを通して見たとき、肯定的=「良い」とされる変化に対して使われる「評価」だ。

咲き誇る花に「価値」を見るフレームからは、花を咲かせるまでが「成長」と呼ばれ、しおれる様は「老化」という事になる。
種子を実らせることに「価値」を見るならば、しおれて枯れ落ちる花弁は「成長」途上になるだろう。

逆に言えば、ある変化の過程を「成長」と呼ぶことは、背後の価値観を「肯定」しているということだ。
ある変化を「成長」=「正しい」変化と受け入れてしまえば、自動的に評価基準であるその「価値観」が正しいと受け入れることになる。

違う言葉で言えば、「成長」という言葉を使えば、背後の価値観の是非を問われることを避けられる。
何処の職場にもいる、二言目には「成長」や「進化」という言葉で説教する上司は、その時々で自分に都合のよいものを「正しい」と押し付けられるから、こうした言葉を振り回し続ける。

現実世界の子供の「成長」のように、ある程度、成長を定義する価値観の共有がなされているならばいい。

が、まったくのフィクション、それも怪異や異能が登場するような架空「世界」で、世界観やストーリーラインの価値観を説得的に構築しないまま「成長」を振りかざすと、異なる文脈上での「成長」=価値観が混乱して、意味不明かご都合主義の印象にしかつながらない。

本作ではどうだろう。
赤ん坊に類比的な、社会の構成員として周囲と調和的に生きるすべを身に着けていく「成長」的価値観と、「奪われた」ものを回復していく「奪還」の価値観には接点がない。
いや、「周囲との調和」と「奪還」は、両立が不可能な対立項とさえいえる。

終幕で、難民化した「常民」たちが、生活を脅かす「怪異」の根本は、青年が鬼神から自らを「奪還」する結果ではないかと推量する場面は、この対立項の「対立」性が、物語の表面上に浮上してきた瞬間でもあるだろう。


ここで現代人である視聴者が誤解、あるいは見落としがちなのは、サムライ=「領主」は領民の「代表」として領地を治める「義務」を果たしているのではない、という点だ。
「領主」はその国における唯一の「主権者」であり、領地も領民も、一切の(政治的)権利を持たない領主の所有物に過ぎない。
形式の上では領主の奥方も子供も「所有物」であって主権者などではない。ましてや「領民」は言うまでもない。

だからこそ、国の為といいながら、犠牲に捧げるのは自分という「主権者」ではなく、子供という「所有物」なのだ。
「領地=所有物」と「子供=所有物」の交換であって、主権者という特権的な位置から見比べて手持ちのモノの価値を計量したに過ぎない。

国を「治める」行為の一切は、いわば所有物の手入れであって、「奉仕」や「施し」のごとく語るのは厚顔無恥の度が過ぎるというものだ。

旧作の白黒アニメの主題歌が使われないかと期待したのは、あの主題歌が、正にこうしたサムライの自讃じみたタテマエが、ただの宣伝文句に過ぎない欺瞞であるとハッキリと歌詞として言語化したものだったからだ。

領民を「保護」=育成することは、「所有」=管理を言い換えただけのことで、「サムライ」の善意でもなければ義務でもない。
サムライに護って「もらって」いるかのような領民の日常感覚は錯誤に過ぎないことを、この場面での主人公の「アジテーション」は暴き立て、生贄=「所有物」である青年を、領民=「所有物」が犠牲にしようとする倒錯と欺瞞を糾弾する。

サムライの所有物として存在する「領民」であることを捨て、自身が自身を支配する新しい「この世」を提示する「アジテーション」は、こうして「成長」と「奪還」の対立による物語の空中分解を阻止するとともに、阻止自体が、そもそも青年の「変化」には「成長」を重ねる「価値観」など含まれていなかったのだと証明するものでもある。

そう、作中に頻繁に登場する手足を失った人間たちは、手足を失ってもなお「人間」だ。
手足を喪失したからと言って、「人間」以外の(以下の)ものになるわけではない。
青年もまた同様に、成長するまでもなく最初から「人間」であるのだ。

琵琶法師が「修羅」と仏道=「慈悲」の間でもがくのが人間かもしれないと呟くように、顔のない仏像に始まり完全な仏像で終わる物語は、人間としての社会的「成長」を限定的に肯定するのではなく、その先の見果てぬ「価値」を追い求めるものとして人間を定義しようとしたのだろうか。
破綻なく「奪還」と調和した物語は、そう語っているように思える。



もしも敢えて「成長」を探すとしたなら、それは主人公の「棄民の子供」が提示した「サムライ」のいない「この世」の可能性=「未来」と、「奪還」を完了してこの世に生まれなおした青年との再会の可能性=「未来」の中にあるのだろう。

まるで早すぎた市民革命のような主人公の構想は、戦国の世を知る視聴者には、虚しい夢のように見えるかもしれない。
が、戦国時代には、一向衆によってサムライの支配を拒絶した社会を創ろうという一向一揆が頻発している。
加賀では、そうした「国」が90年ほども維持された。

歴史の流れの中では一瞬の夢かもしれない。
しかし90年は、平成と昭和の全期間を合わせた時間とほぼ等しい。
昭和の後期に固まった社会機構が、存続するのか潰え去るのか不透明な現代の視聴者が、一瞬の虚しい夢と冷笑することはできないだろう。

だが、現実の市民社会が理想郷ではないように、主人公が構想するサムライのいない「この世」も、理想郷ではありえない。

難民による青年のリンチをかろうじて防いだ主人公の「アジテーション」だが、「自分たちの生活を安定させるために、『生贄』は抵抗せずに黙って犠牲になれ」という難民の主張は、現代のSNSで毎日うんざりするほど凡庸に繰り返される放言と同型的だ。

犠牲を要求する難民の主張は「サムライ」のプロパガンダする欺瞞に捻じ曲げられた誤謬だと指摘する「アジテーション」の論理は、「領民自身の社会」において、「領民自身の意志」として主張されたとき有効性を持たないだろう。

新たな「犠牲の否定」の論理はどのようなものになるのか。
本作の、修羅と慈悲の間でもがく戦国の人間へ投げかけられた問いかけは、SNSに妄言のあふれる現代にも変わらずに問いかけられているようだ。{/netabare}

投稿 : 2019/12/07
♥ : 10

66.2 3 浅田弘幸アニメランキング3位
テガミバチ(TVアニメ動画)

2009年秋アニメ
★★★★☆ 3.7 (406)
2685人が棚に入れました
夜が明けることのない星に、「アンバーグラウンド」という名の地がある。首都を照らす人工太陽の光が届かない、暗く危険な地域を旅する国家公務があった。彼らの仕事はその地で生きる人々の「こころ」が込められた「テガミ」を届けること。命を賭して「こころ」を届ける彼らを人々は「テガミバチ」と呼んだ。

声優・キャラクター
沢城みゆき、藤村歩、永澤菜教、小西克幸、小清水亜美、水樹奈々、菅沼久義、岸尾だいすけ、石川英郎、中井和哉、福山潤、堀江由衣、遊佐浩二

ブリキ男 さんの感想・評価

★★★★★ 4.7

手紙に込められた想い

人という風変わりな"手紙"と共に旅をし、そして去って行った"テガミバチ"ゴーシュ・スエード。彼に憧れる少年ラグの成長と試練の物語。幼き日に憧れた※1テガミバチ、ゴーシュの影を追って、自らもテガミバチとなるべく、主人公ラグは都市ユウサリを目指します。

手紙とは文字で綴られたもの、ですが私は、人が手紙で伝えるのは無機質な意味情報だけではなく、筆跡や文体、表現の硬さ、柔らかさ、挿絵など、また同封されたもの、果ては便箋や手紙の質感、インクの種類、その匂いなど、五感で感じられるもの全てであると認識しています。ものに込められた人の思いを垣間見せる、ラグの持つ不思議な力※2赤針は、受け手が思いやりを持って読み取ろうとすれば、読み取れる、それらの想いを引き出す手助けをしているだけなのかも知れません。

柔らかな言葉で綴られた優しい文章、たどたどしくも素直な子供の言葉、様式美を重んずる精密な文章、感覚を追って放たれる詩の様な言葉、これらには全て色や形が有ります。まるっこかったり、平らだったり、剣の様に鋭かったり、赤かったり、青かったり、黒かったり、書物から、声から、あにこれの皆さんから受け取った言葉達を、また過去に感じ取った言葉にならない様々な想いを、改めて愛でてみたい気持ちにさせられる、優しさに満ちたお話でした。

物語を支えるキャラ達の魅力も満点なアニメで、ラグとニッチ(ステーキも)を始めとして、ゴーシュ、コナー、ザジ、シルベット、サンダーランド博士など、ラグを取り巻く他のキャラたちも個性的で、偏屈な所もありながらも温かい心を持った人達ばかりで、みんな好きになれました。

中でもニッチは、この物語のテーマを体現している様なキャラで、私は特に親しみを覚えました。子供キャラという事もあって(実際の年齢は不明)、文法や言葉遣いが独特で、時に単語を言い間違えたり、接続詞が抜けていたり、使い方を間違っていたりするのですが、それでも意思表示や感情表現がちゃんと出来ており、不完全な言葉を用いているのにもかかわらず、自ずと気持が伝わってくる、飾り気の無い印象に愛くるしさがあります。正に賢い子供そのものなのですが、ニッチを通して言葉の厳密性をあれこれと思案するブリキ男の無粋さを改めて痛感した次第です。素直であるという事は心を伝える上で最も高貴なものだと思います。

現実でも度々感じる事ですが、私は怒りに満ちた人物や冷酷な人物からは無個性でつまらない印象を受け、どこかに優しさを宿した思慮深い人ほど、個性が際立っている印象を受ける事が多い様な気がしています。テガミバチに登場する人たちは大体後者に当てはまり、ゆえに皆魅力的に見えるのだと思います。(私見ですが‥)

せめてもう一話観たい! と言う所で終わってしまった第一期。オンエアー時は1期終了後、2期開始までに、ほぼ半年間の開きがあったそうで、当時の視聴者のやきもきが、知らずとも伝わってくる様でした。

既に放送終了している今ではそんな心配とも無縁、2期も続けて視聴して行こうと思います。

総じて、老若男女に手放しでお勧め出来る心温まる物語と評価したいです。


※1国家公務郵便配達員"BEE"の通称。物語の舞台となるアンバーグラウンドには"鎧虫"と呼ばれる危険な存在が右往左往しており、これらを避け、あるいは排除しながら、テガミバチは荒野を駆ける。

※2精霊琥珀と呼ばれる石の力を借りてラグが放つこころの欠片。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 12

弦之介様 さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

『てがみは¨こころ¨そのもの』…深い青色で描かれた世界観が美しかった

原作『浅田弘幸』のファンタジー漫画
原作は未完と思います(未読)

アニメは、
1期:『テガミバチ』全25話
2期:『テガミバチ reverse』 全25話

レンタルDVDの黒っぽいカバーに、『テガミバチ』とオーロラ色で書かれたタイトルに目が奪われて、借りて観たのが作品との出逢いです。

今でも、大好きな作品のひとつです。
何回か観ましたが、少し前になります。
物語の根底にある格差社会とか人間のdarkな部分などには触れず、また、批判もなしで、感想とこの作品の自分の好きな部分をコメントします_(._.)_


■光が届かぬ暗く危険な地域を旅をしながら、時には自らの命を危険にさらしながら、人々の手紙(時には、人や動物)を届ける国家公務郵便配達員『BEE』…通称:テガミバチ…

主人公の少年、ラグ(cv.沢城みゆき)が何度も口にしていた、

『てがみは、その人の¨こころ¨そのもの』
『テガミバチは、人々にこころを届けるんだ…』

とても印象的なフレーズです。

そして、ラグが¨こころ¨を届けるために、たくさんの困難を乗り越えて、てがみを通してたくさんの人(心)と出会い、成長していく様が物語中に感動的、時にハラハラ・ドキドキする展開で描かれています。

じ~ん…となったり、ラグは本当によく泣くので…つい、もらい泣きしたり…観ていて心があたたかくなりました。


■テガミバチが、配達の途中で出会う¨鎧虫:ガイチュウ¨と戦うために各々持っている武器が、
¨心弾銃¨『夜想曲(ノクターン)第二十番』という銃だったり、
¨心弦楽器¨『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調』というヴァイオリンだったり…設定が芸術的な部分も、この作品の好きな点です。

それら武器で鎧虫を倒した時に砕け散る様も、キラキラしてグロさの欠片もなく、むしろ、とても美しいのです。

■この作品は、通して白夜のような『夜』の景色が多いですが、ただ暗い闇ではなく…群青色…の本当に美しい深い青で描かれており、この作品の美しいファンタジーの世界観のベースとなっていると思います。
テガミバチの制服の色もきれいな濃い青色ですが、BEEの形のラインストーンの付いた帽子も含め、すごく好きです♪。

☆特筆すべきは、
ラグと旅を共にするニッチ(cv.藤村歩)がと---ってもかわゆい(*^.^*)
ニッチのすべてがかわゆかったですし、藤村さんの声と口調が見た目のイメージとぴったりでとてもよかったです。
(見た目では特に、大きくてきれいなウルトラマリンブルーの瞳とつるんとした¨おでこ¨にキュン☆となりました)


☆ラグを演じた沢城みゆきさんがとてもよかったです!
ゴーシュ役の福山潤さんもよかったです。品を感じる福山さんの声がゴーシュ・ノワールという人物像にとても合っていたと思いました。


■OP
1期:
 『はじまりの日』スガシカオ
 『ラブレターのかわりにこの詩を。』星羅
2期:
 『小さな魔法』ステレオポニー
 『約束』スガシカオ
■ED
1期:
 『果てなき道』HIMEKA
 『光の記憶』Angelo
2期:
 『勿忘草(わすれなぐさ)』ピコ
 『ぺルセウス』山猿

テガミバチを観て知った曲ばかりですが、とてもよかったです♪
特に、わたしは「果てなき道」「ラブレターのかわりにこの詩を。」が好きです。作品の世界観にあっているように思いました。

…ちなみに…2期のEDのタイトルの"勿忘草"は、少し紫がかった鮮やかな青色をしたお花です♪

■わたしは、もともと切手を集めたり手紙を書いたりするのが好きなのですが、それでも、物事や自分の気持ちを伝えたり人とのコミュニケーションをはかるのに、何でもメールで無難に済ませてしまうことが多くなっていた自分に、何となく忘れていた大切なものを思い出させてくれた作品です。

何かしら、大切な何か…を感じられる素敵な作品だと思いました。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 8
ネタバレ

参参線維 さんの感想・評価

★★★★★ 4.9

憧れた人を追いかけた少年が、危険な仕事に就き「男」になっていく物語

永遠に夜が明けることがない星という、叙事詩のような幻想的な世界。
それらを彩る美しい絵と音楽と、純粋でまっすぐに生きるひとびと。

これは、特権階級しか住めない首都から最も離れ、もっとも身分が低く生活も貧しい場所に生まれ育ち、格差と差別の底辺から、無力で泣き虫だった少年が「男」へとたくましく変わっていく姿をつづった物語である。

ひとつひとつのエピソードが一話完結シリーズとして、とてもていねいに作り込まれており、話数を重ねるごとに物語と登場人物たちにどんどん引き込まれてしまった。

原作一巻を読んだ瞬間「運命の作品」だと直感。勢いでDVD全巻購入。放送から十年も経って、こんな素晴らしい作品があったのかと感動する。

あらすじ
陽の光がなく、人工太陽しかない架空世界「アンバーグラウンド」(略してAG)。AGには「BEE」通称「テガミバチ」と呼ばれる、国家公務郵便配達員がいる。
人工太陽の灯りすら届かない、暗く危険な地域へ集配に出かける「テガミバチ」の仕事は「人々のこころを届けること」。
首都の外では「鎧虫(がいちゅう)」と呼ばれる巨大な虫が生息し、命の保証はない。「テガミバチ」とはきわめて危険な職業なのである。

それを生業とする男子「ゴーシュ・スエード」(十八歳)は、集荷配達の指令を受け、首都から遙か離れた「夜の明けない最果ての地」へ相棒である愛犬だけを連れ危険な場所におもむく。

指定ポイントにはポストサインがあった。だがそこに鎖で繋がれていたものは、テガミでも荷物でもなく、{netabare}配達用紙を衣服に貼られた「少年」であった……。

貧しくても母とふたりきりで小さな幸福に包まれ暮らしていた主人公、七歳の少年「ラグ・シーイング」は、最愛の母を連れ去られ住処まで焼かれてしまう。
母を救いたい一心のラグは最初のこそゴーシュに反発するが、危険を顧みずともに旅しながら「命がけの配達」をするゴーシュの姿に感動し、次第に憧れと尊敬の念を募らせてていく。

数々の危険を乗り越えたラグとゴーシュ。ついに目的の場所に無事到着した二人。

配達中は「テガミ=郵便物」として扱われていたラグは、配達が終えたことでゴーシュから「大切な友達」として、ともに助け合い危険な旅をともにした「一人前の男」として認められ嬉しさに涙する。
そしてテガミバチ本部へ戻るゴーシュに対し、別れ際にラグは「あなたのようなテガミバチになりたい」と、ゴーシュの背に向かって叫ぶのだった。

尊敬する人に「一人前の男」として、「自慢の友」として認められる。男に生まれたものにとって、これに勝る喜びはない。

その五年後、ゴーシュの背中を追いかけ続け、十二歳になったラグは「テガミバチ」になるため試験を受ける。
{/netabare}

ラグは初登場時こそ、小さな頼りない少年だった。だがゴーシュに「男として、友として認められた」ときのラグは、幼いながらも目と顔つきが立派な「男」として描かれており、この子が将来大物になるであろうということを予感させる、感動的なシーンだった。
ぼくは「北斗の拳」原作版の最終話で、がケンシロウがバットに「おまえは おれの弟だ」と誇らしげに語るシーンを思い出した。

※配達中のゴーシュがラグに「テガミである君のことなど、知ったことではないのです」と、冷たい態度を取るのは「郵便法」における「第七条(検閲の禁止) 郵便物の検閲は、これをしてはならない。」に当たるからである。

男の子なのに、こんなに泣き虫主人公は初めて見る。
でもラグは決して女々しさを感じさせない。ラグの流す涙は、幼い子が持つ親への求愛であったり、憧れの人に一人前だと認められたことへの嬉しさだったり、哀しい現実に傷ついた人々への共感から生まれてくる。

そのため「お涙頂戴」のご都合主義でも押しつけも感じることなく、視聴者としてラグとその人物たちに共感し「こころ」を共有し、ごく自然と素直に感動させられるのだ。

「心弾銃」というファンタジーならではの画期的なアイテムのアイディアと、その使われ方がすばらしかった。特にラグの心弾銃は「テガミとはただテキストが書かれた紙ではなく、書いた人の心がこもった大切な気持ちを伝えるモノ」を視覚化して視聴者に伝える上でまさに「主人公に相応しい能力」であるといえる。

一~十話まではラグとゴーシュの出会い~ラグがBEE=テガミバチとして本採用されるまでを描かれており、ラグと相棒のニッチを中心に「テガミと書く人の思い」「家族と仲間と相棒との絆」といった、王道だがどれも見逃せない重要なエピソードばかりだ。

とくに十四話「死骸博士」のサンダーランドJrのキャラクターはなかなか強烈だったが。ゴーシュの笑顔というレアなものもみられるEpでもある。

個人的に気に入っている話は、十六話の「音楽家へのファンレター」。
この話はゲストキャラが主役の大人の恋バナ。幼いラグにはまだわからない大人の悩みを描いたもので原作にはないアニメオリジナルエピソードだった。

「言葉にすると照れくさいことでも テガミにすると素直に言える」
このセリフはいかにも「テガミバチ」らしい。シリーズの中でも名言だと思った。

人は若く思春期の頃に照れくさいことが、大人になると平気になることがある反面、思春期で若い頃に平気で出来たことが、大人になると逆にやりにくくなることがある。

今回は後者。責任ある大人であるが故に、好きな相手に中途半端な気持ちで本音を伝えられない。そんな大人のジレンマを描いた名作、とまではいかなくとも、いぶし銀の輝きを感じた一本だった。

第一シーズンのラスト。憧れのゴーシュを追いかけたその果てに、ラグが出会ったものとは? その衝撃の出会いは第二期への期待を高ぶらせてくれる。

僕はイチオシキャラとして「ニッチ」をあげたい。
{netabare}
彼女は見た目こそ幼女であるが実は二百歳を超えた不老長寿の存在であった。

超人的な身体能力を持ち、屋根の上に簡単に飛び乗る跳躍力。
鋼鉄すら切り裂く金髪の刃。獣の様なするどい爪。
さらに姉の指導をうけ髪を剣やハンマーや虫取り網などに自在に変化するようになる。

そんな高いポテンシャルを秘めたニッチは赤子の頃、こころない人間に捨てられる。
その後空腹を満たすため、その容姿や特異能力を「見世物」として扱われ、バイヤーによって見世物小屋を転々とする孤独な生活をしていたようだ。

その先々で数え切れないほどの名前を付けられるが、気に入ったものは一つもない。

だがラグと出会って彼のやさしさとぬくもりに触れ、さらに彼が「テガミバチの試験を受けるためにはディンゴ(相棒・用心棒)が必要」だと知る。

そして心弾「赤針」によって、ラグがニッチを見世物小屋に「テガミ」として届けた後、別れ際に寂しさを抱いていたことを知る。

小屋を逃げ出したニッチはラグと再会。そしてニッチは大切なものを見つけたのだ。

それは「彼女自身のアイデンティティー」である。

それまでのニッチは、見世物=奇異な目でしか見てもらえず、魔物の子=人間として扱ってもらえない。そんな孤独で淋しい生き方を二百年も続けていた。

偶然会った十二歳の少年ラグ。二百歳の彼女からみれば文字通り子どもであろう。

だが彼女は、彼のパートナーとして、相棒として、友人として「自分を必要としてくれる。一人の人間として対等に接してくれる人が現れた」ことに気付く。

いままでどんな名前も気に入らなかったが、ラグと再会の際こう語る。

「そうした……」「おまえがつけた なまえの…ニッチにした」
「ニッチと呼べ… ラグ…」

ニッチ(niche)とは
「隙間、狭いところ・聖母像や花を飾る大切な場所のこと」の意味を込めてラグが名付けたものだ。
その他に「〔人・物に〕最適の地位[場所, 仕事]・壁龕(へきがん)《像・飾り物などを置く壁面のくぼみ》」という意味もある。

配達用紙がボロボロになり、誰にも束縛されない自由の身になったニッチにラグは言う。
「もう『ただのニッチ』だよ」

だがニッチはこう応える。

「『ただの』とはちがうぞ」
「ニッチはラグの相棒(ディンゴ)の ニッチとなった!」

これが大切な仲間、友達を守るための相棒=守護者。
ニッチが自分自身の天職と生きがいをついに見つた瞬間だった。

ラグというまっすぐな生き方と眼差しを持つ少年によって「自分の力を大事な人、大切な人を守るために使うこと」を生まれて初めて「自らの意志」によって選んだ。

そのためテガミバチの試験を受ける前のラグに対しことあるごとに
「ディンゴのニッチ」と言わせることにとことん、くどいほどにこだわる。
それは一見すると幼い子どものの強情さに見えるが、本当はラグに対して「自分自身の存在の確認を求める行為」なのである。

それは孤独を埋めるための淋しさの裏返しであり、同時に「本当に心からすべてを安心して委ねられる他人との絆」ができたことでもある。

その「絆の証」こそ「ラグとおそろいの男子用デカパンツ」というところがこの作品のおかしいところでコミカルな魅力の一つである。
まあ女子用のパンツで屋根に飛び移られたら目のやり場に困るし、この世界にスパッツはなさそうだからという、作者側の配慮でもあるのだろうが。

ラグに対する異常なほどの執着となつきようがその絆の証明だ。
ラグ以外の言葉はいっさい耳にいれないが、ラグのいうことだけはしっかり守る。
「人に危害をくわえてはいけませーん」という、いいつけを最後まで守り通し続ける。

その後彼女は「ディンゴ」としてラグに常に付き添い、命がけで恐ろしい鎧虫と戦う。これは彼を助け守るための「盾であり剣」となる「使命感、責任感」の証。

「己自身の責務を全うする」=「アイデンティティーを見つける」ことによって、少女は「人間らしい生き方を見つけることができた」のである。
{/netabare}
DVDには地上波ではみられなかった特典として、作品世界と設定の解説用に挿入されるデフォルメキャラによるミニアニメが毎回あるが、これがまたひどく(ホメコトバ)、シリアスな本編に対して肩が抜けるほどの脱力感とギャップ差が激しすぎて笑える。特に本編登場少ないジギー・ペッパーがかっこつけてはいるが、やっぱりお笑いオチ担当なところがいい。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 5

62.8 4 浅田弘幸アニメランキング4位
チア男子!!(TVアニメ動画)

2016年夏アニメ
★★★★☆ 3.4 (173)
746人が棚に入れました
人を応援することで主役になれる、世界で唯一のスポーツがある。
チアリーディングに青春をかける、ちょっとワケアリだけど、キュートな男子大学生たちの物語、それが『チア男子!!』。
柔道でザセツした坂東晴希は、幼馴染の橋本一馬に誘われて、前代未聞の男子チアリーディングチーム「BREAKERS」を結成する。
集まってきたのは、理屈っぽい溝口、大食いのトン、お調子者の関西人・弦とイチロー、そしてチア経験者の美青年・翔という個性は揃い。
"壊したい”何かをもつ男たちの、新たなる挑戦が始まる...!"

声優・キャラクター
米内佑希、岡本信彦、小野友樹、杉田智和、林勇、桑野晃輔、小西克幸、安元洋貴、山谷祥生、畠中祐、村瀬歩、沢城千春、勝杏里、広瀬裕也、木島隆一、文曄星、木村隼人、弓原健史

Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★☆ 3.7

「Go! Fight! Win! Let's Go BREAKERS!!」

この作品の原作は未読です。男子だけのチアリーディングってダイナミックで恰好良いと思います。
ですがチームの華…という視点で見ると、どうしても女子から一歩見劣りしてしまう…
視聴前はそんな微妙な立ち位置であるこの作品を視聴するか迷いましたが、視聴を重ねるうちにハマってしまった作品です。

この物語の主人公は坂東 晴希…柔道一家で育った彼はこれまで柔道一直線で進んできましたが、どうしても勝ち進む事ができないうち、肩を壊してしまいました。
そんな時に幼馴染である橋本 一馬から男子だけのチアリーディングチームを作ろうと誘われ、物語が動いていきます。

柔道一家に生まれ、物心付いた時にはもう胴着を着て柔道をしていた…
これが柔道ではなく、楽器やスポーツでも同じ…所謂幼いころからの英才教育…
確かに小さい頃の方が物事の吸収力も高く、雑念も少なく、ただ親の言われた通りにノルマをこなしていく…

この英才教育が推奨できるかと問われると、正直良く分からないです…
少し前までは良い事とばかり思っていました。
自分の子供を絶対に一流のプロに育てるんだ…という明確な意志がある場合は別ですけれど、大概は親として子供の自信に繋がる一芸を身に付ければ将来何らかの役に立つ…と思って先行投資するんです。

でも人間って勝手な生き物で、先行投資をすればするほど見返りが欲しくなり、結果的に子供に過度な期待を背負わせる事になるんですよね…
一方、子供の方だって小さい頃は訳が分からずやってきて、親とベクトルが合っていればそのまま突っ走るだけですが、少しずつ成長して周りが見える様になったら、それよりもっとやりたい事ができるかもしれないんです。

だから柔道一家に生まれたから絶対に柔道の道に進まなければいけない、という事は決して無いと思います。ですが、これまでの規定路線から外れようとする事には悠木と膨大なパワーが必要になると思いますけれど…
だからこそ、晴希の勇気には賛同できましたし、素直に応援したいと思えるようになりました。

でも男子だけのチアリーディングって、見ている分には恰好良いと思いますが、実際にやるのは相当ハードルが高いように思いますし、何よりメンバーが集まるか、という不安もありました。
それに初期メンバーは素人ばかりでバック転はおろか倒立すらできないところからの出発なんです。
前途多難過ぎのスタートを切る訳ですが、物語の進展に伴いいつの間にかできるようになっていました。

私も小学生くらいの時にバック転をチャレンジした事がありますが、当時決してスポーツ音痴ではありませんけれど相当練習した記憶があります。
体格もこれまでのスポーツ経験もバラバラ…そんなメンバーが一斉に出来る様にはけっしてならないと思います。
陰で一生懸命練習していたのかもしれませんが、逆にそういう努力するシーンは皆無ではありませんでしたけれど、決して多くは無かったと思います。
そういう泥臭い部分って個人的には大切だと思っているので、団体競技における厳しさという視点にもう少し厚みがあっても良いと思いました。

それと、視聴前に華が無い…と思っていましたが、それは間違いでした。
BREAKERSのコーチは女性ですし、晴希の姉の晴子だって登場します。
それに女子チアリーディング部の酒井 千裕ちゃんというなかなか可愛い子も登場します。
まぁ、彼女にはオチがありましたけれど…

目標は全国チアリーディング選手権のファイナル出場…
寄せ集めで創立して未だ1年しか経っていないBREAKERS…
それに生きていれば、チア以外にも問題が出てくるのは至極当然…
そんな決して恵まれない状況の中で、彼らがどこまでの高みを目指せるのか、そしてチアリーヂングの意味とは…
気になる方は是非本編でご確認下さい。
完走して振り返ってみると熱い作品だったと思います。

オープニングテーマは、ラックライフさんの「初めの一歩」
エンディングテーマは、BREAKERSの「LIMIT BREAKERS」

1クール計12話の作品でした。作品のタイトルだけでは伝わらない要素をたくさん含んだ作品だったのではないでしょうか。
原作も全1巻で完結しているようなので、終わり方も悪くなかったと思います。
総じて楽しめた作品でした。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 11

タケ坊 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8

青春王道部活アニメ、としては期待以上の出来

☆物語&感想☆

昨今所謂女性向けアニメが増加の一歩をたどる傾向にありますけど、
本作もなんとなくそっち系かな~くらいに思いつつ、取り敢えず観てみましたけど...
スイマセン、極めて真っ当な小説原作の青春王道部活アニメで、1クール作品ということを考えると、
なかなかうまく纏められていて、正直期待以上でした。。

男子チアリーディング、という世間ではまだあまり認知されてない競技を扱っており、
これは早稲田大学のチアリーディング部がモデルになってるようですが、
今後の競技の発展にも寄与するきっかけにもなるかも!?という意味では、
似たようなアニメが多いなか、アニメ化する意義は大いにあったんじゃないでしょうか。

物語の展開としては、王道中の王道で、特に目新しいことはないですが、
(男子チアリーディング自体への新鮮さはある)
この手の作品は最終目標に向かっていく過程を如何に丁寧に、起伏を付けて描けるか、がカギ。
その意味では1クールの尺で登場人物殆どにスポットを当てて、しっかりエピソードに絡んでおり、
笑いあり泣きあり、恋愛要素も少々、清々しい青春模様が堪能できる夏らしい作品になっていると思います。

惜しむらくは、総集編を挟まず最終話を2話くらい掛けて、他の部の演技なども描けていればもっと良かったんですがね。

☆声優☆

若手とベテラン人気声優がバランスよくキャスティング。
似たような声があまり被らないように、関西弁や中国人とか、
その辺りでも違いを作ろうという工夫は見て取れました。
そんななか、杉田氏はやっぱり存在感ありますね笑

☆キャラ☆

各キャラそれぞれの思い、悩み、抱えているものがきちんと描かれており、
それぞれが成長していく様が分かり易くて、良かったと思います。
中国人のキャラだけは微妙な気もしますが。。

☆作画☆

とにかく男ばかり出てくるので、似たようなキャラを避けるように、
バラエティに富むデザインになっていたと思います。

しかしながら、作画力という点ではもう少し頑張って欲しかったかな。
特に最終話のチアリーディングの場面はもっと躍動感溢れる作画で、
尺的にももう少し取って欲しかったかなとは思います。

☆音楽☆

OPのさわやかな曲調と歌詞が作品を象徴しており、これは良い選曲ですね。
作中のBGMは所々で80年代を思わせるような音使いで、これまた爽やか&清々しくて印象的でした。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 6

おぬごん さんの感想・評価

★★★★☆ 3.4

王道のスポ根モノで良かったけど…作画が…

まずはこちらをご覧下さい
https://www.youtube.com/watch?v=ysD9XmLJ9rU
素晴らしいですね
早稲田大学男子チアリーディングチーム「SHOCKERS」の早稲田祭(文化祭)でのライブです
このアニメの原作は、当時早稲田大学に在学していた朝井リョウが、このSHOCKERSをモデルに書いた小説です
この小説が出て以降、朝の情報番組などで紹介されたこともあり早稲田祭のSHOCKERSのライブは超大入り
私の両親もわざわざ田舎から2年連続で見に来たほどでした

そもそも私がこのアニメを見るきっかけになったのは、この作品の舞台が早稲田大学であること、
そして朝井リョウが私と同じ大学出身の同い年(面識も無ければ学部も違いますが)であることでした
SHOCKERSの方も大学内外でよく見てましたしw

作中では期待通り大学内や早稲田界隈の風景が描かれており、
特に第1話で10号館の教室や廊下が完璧に描写されていた時は懐かしさに笑いましたw

正直言って内容にはそれほど期待していなかったのですが、
ベタで王道なスポ根モノを貫いていて、素直に楽しむことができました
また地味に伏線を上手く張ったり裏をかくような展開もあり、笑わせてくれました

ややキャラクターに女性狙いのあざとさは感じましたが、でもまあ大学のサークルなんて変人だらけですからねw
あのくらい個性的なメンバーが集まったとしても何の不思議もありませんwww

SHOCKERSのライブを再現した5話のライブシーンは素晴らしかったです
いきなりメンバーが髪を染めてて面喰らった方も多かったでしょうが、あれは元ネタリスペクトですねw
各キャラの成長をダイレクトに描いた最終話も感動的でした

…ただ残念だったのは、作画ですね
かなり早い段階から崩れ、5話の後に総集編を挟んだものの、ほとんど効果はありませんでした…
日々の練習シーンでももう少し動きがあったりすれば、より良いアニメになったのではと思うと少し残念です


このアニメを見て男子チアに興味を持った人、上のSHOCKERSのライブを見て興味を持った人は、ぜひ現実の早稲田祭に足を運んでみてください
大学の学祭は楽しいですよ!
(今年のSHOCKERSは例年以上に混雑しそうですが…w)

投稿 : 2019/12/07
♥ : 4

計測不能 5 浅田弘幸アニメランキング5位
Ill/CKBC(OVA)

2002年1月1日
★★★★☆ 3.3 (5)
38人が棚に入れました
浅田弘幸によるバスケットボール漫画のアニメ化。原作は集英社刊「月刊少年ジャンプ」にて連載された。中学最後のバスケ部の試合で運命的な出会いを果たした、立花茜と柊仁成。お互いに高い才能を持ちながら、中学でバスケをやめるつもりでいた二人だが、国府津高校で再会し、ともにバスケ部に入部する。練習に身の入らない立花と、さらに上を目指そうとする柊。その対立を乗り越えたとき、国府津高校バスケ部に、立花・柊の最強コンビが加わったのであった。

結城 翔 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5

花一つ咲いてねぇ道なんて、つまんなくて歩けねぇーぜ

OVA作品で全2巻で構成されてます。

内容はかなり原作ファン向けでキャラも設定も
あらかじめ理解してないとわからない方が多いかもしれません。

僕自身は原作未読のまま視聴しましたが
物語は回想シーンを多めに取り入れ、出来るだけ視聴者を
置いてけぼりにしないような具合に作られててとても楽しめました。

バスケ漫画ですが試合のシーンは少なく、
キャラクター達の人間関係が中心です。

題材はスポーツですが熱血系ではなく、
主人公達それぞれが進む道に向き合っていく葛藤を描いてます。


タイトル名は主人公がとある人物に想いをぶつけた台詞です。

投稿 : 2019/12/07
♥ : 0
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