アンドロイドで電脳なおすすめアニメランキング 3

あにこれの全ユーザーがおすすめアニメのアンドロイドで電脳な成分を投票してランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2024年05月06日の時点で一番のアンドロイドで電脳なおすすめアニメは何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

75.8 1 アンドロイドで電脳なアニメランキング1位
イノセンス -INNOCENCE(アニメ映画)

2004年3月6日
★★★★★ 4.1 (765)
4229人が棚に入れました
草薙素子(少佐)がいなくなって3年後の2032年。
少女型の愛玩用アンドロイド(ガイノイド)「ロクス・ソルスType2052 “ハダリ(HADALY)”」が原因不明の暴走をおこし、所有者を惨殺するという事件が発生した。被害者の中に政治家や元公安関係者がいたことから公安9 課で捜査を担当することになり、公安9課のメンバーであるバトーは新しい相棒のトグサとともに捜査に向かう。

イシカワ(辻斬り) さんの感想・評価

★★★★★ 4.6

あなたのハダリにゴーストは宿っているか

 記載されているレビューに対する反論・論戦を行いたい人は、メッセージ欄やメールで送りつけるのではなく、正しいと思う主張を自らのレビューに記載する形で行ってもらいたい。
 なおこれらのレビューは個人的推論に則ったものである。言い切っているような台詞も、独自の解釈の一環であり、一方的な決め付け・断定をしているのではないものだと思ってもらいたい。

『少女型のアンドロイド・ハダリが原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺するという事件が発生した』
 イノセンスのストーリーを非常に大まかにいうとこういう形になる。
 義体化。体の大部分を肉体ではなく、代替品でまかなえるようになったSFの世界の話である。

 ストーリー上、ゴーストという概念が非常に重要性を帯びてくるため、そこだけwikiから文章を拝借した。

ゴースト
 あらゆる生命・物理・複雑系現象に内在する霊的な属性、現象、構造の総称であり、包括的な概念である。作中においては主に人間が本来的に持つ自我や意識、霊性を指して用いている。
 要約すると人間の肉体から生体組織を限りなく取り除く、あるいは機械で代行していった際に自分が、自分自身であるために最低限必要な物、又はその境界に存在する物こそゴーストであり、生命体の根源的な魂とも表現できる。

 人形と人間の境界線をゴーストで隔てる、そういう考えが攻殻の世界にはあるようだ。
 では人間と人形の差は何なのか。また人が人形に求めているものは何かである。
 筆者はあるハーレムもののアニメを視聴していたとき感じたのだが、まるでキャラクターが生きているようには思えず、まるで人形に見えてしまったのである。なぜ、人形に思ってしまっていたのか。
 まず、女の子特有の、異常なまでの情報伝達の速さがある。人によっては光の速さで噂が伝わるとまで表現している。ハーレム状態で、主人公の男がそのうち特定の誰かと交際関係を始めたら、一挙手一投足、更には太腿や胸元などに視線を一つ向けたことまで、下手をすると一週間も経過しないうちに、見知らぬ女性にまで伝わってしまうことである。驚異的な噂話好きの女性達にとって、その程度は日常茶飯事なのだし、もっといえば生理現象といってもよい本能だと筆者は強烈に感じ、またそう思っている。
《「女」の字を三つ合わせるとやかましい意の「姦」の字になるところから》女はおしゃべりで、 三人集まるとやかましいという意味があるほどだ。
 それが起きるとどのような事態に変化するのか。何かあるたびに噂のネタにされ、ツツき回され、念入りに人間性を審査され、あること無いことまで吹聴され、話に尾ひれをつけられる。日常生活において支障を来たしてしまうのは無理からぬ状態になると容易に推測される。それがないのだ。
 また、ハーレムでも女性はちゃんと一人一人心を持っている。なので、相手にされず放置を続けると、不満が溜まる一方になっていく。そしてあるとき、見境も無く爆発したりすることがあるのだ。出物腫れ物ところ嫌わずという。だからといって、男が特定の女性一人に決めて行動すると、選ばれなかった他の女性の不満が爆発してしまうときがある。それがないと心を持っていないように感じるのだ。
 男性主人公からすると……
 誰にも女性の暴挙に対する愚痴一つ漏らせない。漏洩した瞬間から女性陣の一斉攻撃が始まるだろう。そして、いつ爆発するかもわからない不満を和らげるために、いつも周囲に気を使う仮面をかぶり、常に自制し続け、自らの意見が周囲にどう映っているかを考え、女性にとって都合の悪いことは何一つとして話すこともすることもできない。針のムシロ。恐るべき閉塞感の中で悶々とした生活を送ることになる……というのが筆者の考えだ。しかし、ハーレムものの中心にいる男性キャラクターにそういう経験したというのを見聞きしたことがない。もし誰か一人の女性だけに交際を定めた場合、女性同士の陰湿ないじめ、果ては自殺などに発展する可能性がある。ハーレムアニメの中でそのような事態になったというようなことも、筆者は見聞きしたことがない。

 ある女性アイドルの男性ファンが『○○ちゃんはウンチなんてしないんだ』といったという話がある。それを話題にしたところ、普通の人間なら、花くらい摘みに出かけることもあるはずだという反論も出た。
 アイドル業はファンあってのものなので、事務所側は汚いものは見せない、イメージダウンに繋がることなどさせたがらない。それは、ある女性アイドルの話を偶然仄聞した事項まで連想させた。アイドル自身、その人を演じていた。あの人はこういう人なのだという言い回しをしていたのを思い出す。等身大の人間ではなく、ドラマの中の登場人物のように演じているのだと。アイドルの語源は偶像である。
 ハーレムアニメのキャラクターは生きているようには見えず、単なる人形・マネキンだと自ら表現したことに対して、同じく自ら反証するとしたらどうなるのかと自問した。答えは、お約束によってアニメが成立するため、人形であろうと問題ない。噂話に興じるような女性特有の生理現象と思えるものがなくてもよい。問題ないという結果になった。
 その矛盾点がないとストーリーとして成立しないのならかまわないのである。それはお約束なのだ。
 単なる手抜きであったとするのなら、そういう矛盾点がなくてもストーリーとして支障を来たさないどころか、あるとストーリーが破綻したりする類のものだろう。
 女性的な生理現象としての噂話、光の速さで浸透する情報はなくてもよい。
 そういう思考にたどり着いて以来、筆者は生理現象のない人、極端な話、花も摘むこともない人の形をしたものでも気にしなくてもよくなったのである。
 筆者がなぜマネキンと評してしまったのかは、生理現象が無い=生きていないと感じたからだった。

 涼宮ハルヒの声優さんが、スキャンダルを起こした、起こさないで揉めたという話が出たことは筆者の記憶に新しい。声優さんとキャラクターは別の存在であり、非難するに値しないという解釈は十分成り立つ。しかし、中の人という表現もある。騒ぎになってしまう原因は、声優とキャラクターを同一視するか、それに極めて近い感情を有している人々がいるからだと推察できる。
 こうしてみると、ハーレムもののアニメはメタ的な作りになっていることに気付いた。まず男性視聴者がアニメの女性キャラを求め、アニメの女性キャラたちは一人の男性キャラクターを求める。その男性キャラクターは男性視聴者の分身として製作されているのではないかと思える。男性キャラクターは一人だけだが、男性視聴者は大勢いてかまわない。この特殊な構造を生み出すことによって、男性視聴者を満足させる試みがなされているのではないか? 以前なら、アイドルの恋愛はタブーのような人気業種だろうし、今でもあまり変わり映えがしないように思える。声優さんの例を挙げるまでもなく、恋愛対象などいないことが好ましかった。それをアニメというジャンルによって、アイドルを擬似的に恋愛させる、恋愛対象は男性視聴者の分身という形に変化したのではないだろうか。
 当然例外は存在するものの、基本的にハーレムものの女性キャラクターは男性視聴者を落胆させるような作りにはなっていないように思える。落胆するかどうかの基準についても、視聴者の目線は主観的であるため、確実性があるとはいえない。
ここまでのまとめとして、アニメのキャラクターも、人気女性アイドルも、同じく偶像的という類似点があるといっていいのではないか。
 男性視聴者の嫌がる生理現象を行わないため、結果として生きているように見えず、マネキンと思われてしまうことがある、ということだ。

 偶像化の類似種として登場するハダリ。
 アイドルも、人形・ロボットのハダリも同じように偶像の類似種としてみることはできるのだろう。ハダリそのものは、女性アイドルの代替品として存在しているような感覚を筆者は覚えた。求めるものを具現化する、というやり方はアニメもアイドルも、類似点がある。
 筆者が想起したもの。ハダリの存在理由は、俗に言う嫁ではないかという感想である。アニメの女性キャラクターを指して、自分の嫁だと思うことだ。嫁が画面から出てこないという表記があにこれにもある。あれだ。
 イノセンスの最初の場面を視聴していたとき、筆者の頭の中では、ある想像、いや妄想といってよいものが起きていた。

 以下妄想。
 俗に言う嫁を脳内で愛おしく思っている男性視聴者の学生が、いそいそと塾から戻ってきて、夜食を取りつつ、お気に入りの嫁の映っているアニメの視聴時間が来たのでテレビにスイッチを入れた。
 アニメの主人公の男性はあまり冴えない容貌で、これといった特徴もない人柄。人によってはへたれと呼ばれてしまいそうな性格である。そして、思春期の学生らしく、女性に自意識過剰になってしまいがちで、リビドーを押さえることが難しい感覚を受ける。
 嫁の傍に近寄って、欲情の視線で盗み見た瞬間……
 なぜか嫁は、激しく暴走し、信じられないほどの腕力で主人公の男性を素手で滅多打ちにし、撲殺してしまう。血塗れだ。鮮血が飛び散って文字通り周囲を塗り尽くしている。付近の壁によりかかるようにして斃れた男性主人公の頭蓋骨は陥没し、はみ出た脳が地面に垂れ下がっている。
 溜まりに溜まってきた怒りか、堪忍袋の緒が切れたように爆発したのか。
 周囲にいた人々は怯え、警察を呼ぶ。嫁は路地裏に逃げ込み追い詰められる。路地の突き当たりにまで行き着いた嫁は逃げ場を失っていた。
 そこにやってくる一人の刑事らしき大男。大男と対峙した嫁は叫んだ。
「私は我慢してただけよっ!私は男の奴隷じゃないっ!男のいいなりになんかならないっ!」
 大男は無言で拳を嫁に叩きつける。逃げ場を失った嫁は、どこから持ってきたのかわからない包丁で自分自身の体を切り刻み、自害した。
 凄惨な現場で取り調べが始まる。テレビ画面を見ていた学生の男は呆然として、一言いった。

「俺、殺されてる」

 以上妄想終了。

 ある若手の女性ニュースキャスターが、自分のいいたいことを表現したところ、職場の男性陣からいろいろといわれたという。あいつは生意気だ。人から言われたことをやっていればいいのだ。女が自分の考えをニュースでいうなどおこがましい、と。結局その女性はニュースキャスターを辞めたという。
 男性視聴者の手前、職場からいわれている手前、規制されているような状況と類似した不満。それが爆発したかのような……その記憶との連想を想起させる事件がイノセンスでは起きている。
 筆者のした妄想を、攻殻という形で表現したら、作品としてイノセンスができあがった。そんな感じがしたのだ。事実としてそんなはずはなかった。先に作品はできあがっているのだから。
 筆者が注目したのは、事件を起こしたのが人間ではなく、女性型ロボットのハダリであったことだ。人間型であっても、人ではないはずだ。しかし、どう考えても筆者からみてハダリは「生々しい女」だった。
 ロボットは怒りで人を殺さない、ロボットは逃げたりしない、ロボットは追い詰められたからといって自壊しない、……そのはずだ。それとも前もってプログラムされていたのか?
 男性視聴者の嫌がる生理現象を行わないため、結果として生きているように見えず、マネキンと思われてしまうアニメの女性キャラクターは、飽くまで人という設定だ。生身のはずなのだ。なのにイノセンスでは人形であるにも関わらず、ハダリは生身の女のように思えたのだ。
 それは様々な人々によって意図的に隠蔽されてきた、剥き出しの人間性が露出していたからではないか?

 イノセンスのワンシーンが回想される。
「ああ、俺もよくやるよ、感想」
「あんた出世しないな」

 義体化率が90パーセントを超えてしまう人間が闊歩する世の中で、人と人形の差は縮まり、曖昧なものになっている。それが攻殻の世界にみえる。では人と偶像の明暗をわけられるものがあるとしたら、それは一体なんなのか?
 そもそも、なぜそのような事件が発生してしまったのか、原因は何か?
 それを追っていくのが、筆者から見たイノセンスである。

 もし、嫁が暴走をしはじめたらどうするか?
「カオがよくてお金持ちで性格のいい若い男なら」
「今まで素振りもみせなかったけど、ほんとは冴えない男と付き合いたくないよね」
 人間からみたロボットの立場は、奴隷だという人もいた。ゴーストを持たぬ奴隷。ではその奴隷が人間性・ゴーストを持ってしまったらどうなるのか。
 アニメの女性キャラは決して男性視聴者の奴隷ではない。ゴーストはすべての女性キャラに宿っている。そういう人もいるだろう。しかし、アイドルとアニメの女性キャラを比較すると完全にそういい切れないところも出てくる気がするのだ。アイドルは実際にいるし生きている。アニメのキャラは生きているとはいえない、と言い切る人も出てくるだろうし、意見が分かれてしまうだろう。
 規制されていたものがなくなったとき、男性視聴者の予想外の言動が出てきてしまったらどうするのか。その時、若手の女性ニュースキャスターの職場にいた男たちのように、お前は黙って男の望んだとおりに動いていればいいんだ、といえばいいのだろうか?
 それとも、受け入れてやるのだろうか?
 薄い本が好きな、アニメ好きの男性たちの欲求を商品化するとどんなアンドロイドが作られていくのかと想像する。答えは、アニメのキャラそっくりのセクサロイドが作られるのではないか。キャラクターが描かれた抱き枕の発展版かもしれない。それと極めて類似するハダリ。
 ハダリから感じた……剥き出しに露出した人間性、そうみえたものが、ゴーストのように思えてしまったのである。ご主人様を殺害してしまったハダリにはゴーストが宿っていた。
 やたらと夜のオカズにされたりしているアニメの女性キャラは暴走しない。
 そこに、ゴーストは宿っているといえるのか?
 その話をしたところ、

『まぁ当然ゴーストが宿っていたから暴走したというのは間違いないですw』
『ゴーストがやどっていて大人しくしているとしたら、よほどのマゾですね』

 という意見が返ってきた。
 嫁に殺されるご主人様を題材にしたアニメを作るあたり押井監督はえぐい。しかし、その意図はどこまで一般視聴者に読み取られているのか。いや、筆者の勝手な想像にすぎないのか?

 そのようなことを夢想していた。忘れてもらってもいいのだが、心のどこかで筆者は問いかけてしまうようだ。


 あなたのハダリにゴーストは宿っているか、と。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 26
ネタバレ

シェリー さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0

ほんとうはイノセンスであり続けたい。

前作『GHOST IN THE SHELL』の続編にあたる映画です。
この映画を初めて観たときにはピンと来ることはなく、むしろ分からなくて、というか伝える気もないその映像に呆れしまい「もう二度と観るかよ」と吐き捨てるくらい不快感を覚えたものでした。
しかし、2年の時を経て見返すきっかけがあったので時間を無駄にする勇気を出して観てみたところそんなに分からないことだらけではないなと思いました。なんだか不思議なものです。

本作は本編の前に15分のプレビュー解説がありますが前作を観た人にはまったく必要はないと思います。
肝心の本編はCGをこれでもかというくらい駆使した映像の中、草薙素子のいなくなった9課の様子を描いていきます。「2501」この再会の合言葉が使われるときが来るのかというところに期待を持てます。
作品の雰囲気はあんまり明るいことはなく、いつもみんな下を見ているようなそんな感じです。
だれの頭の片隅にも常に少佐がいて任務に出る度、何かを考える度に彼女がいればと口にしてしまいます。

ストーリーにもそんなに捻ったところは見受けられないところをみるとやはりバトーと少佐の再会を最も重視していることが分かります。
でもラストのシーンになってようやく話の内容にとりあえず頷くことはできますがいささか無駄が多いような気もします。
本作が何を意図しているかをとりわけ真剣に考える人にとってこれは厄介です。
本当にそうでもしない限り語ることができないのか、難解であるかどうかは別としてももっとスマートに描くこともできるのではないかと思いました。
これもこれから下に書く混乱の要因として多分に影響していると僕は思います。

情報量のとても多いことが1つの特徴でもある押井監督作品ですが本作でもそれは同じ。
けれど本作を観ていてする混乱の一番の原因はそれではなく度々口にされる引用にあると思います。
本作の登場人物たちは人生の警句や人を端的に比喩した言葉を諭すのに使いジョークのようにも使います。
これらが出てくる度に僕らは何を意味しているか考えるのだけれど会話は止まってくれません。
そこにいつまでも引っかかっているとストーリーは川のように流れて行ってしまって見失ってしまいます。
言っていること自体は難解というほどのことではないのだけれど、この会話のリズムに慣れていない、あるいはすぐにこれらに反応できないがために他のことまで整理できなくなり「わからない」と手を離してしまう。これが一番の混乱の元ではないかと思います。僕はそうでした。
ハラウェイやキムの難しい語りよりもむしろこちらの方が厄介に思えます。

初見では僕はこんな感じでしたが、2度目は割とすんなり観ることができました。
やはり押井監督作品は『パトレイバー 2 the Movie』でもそうだったように何度か観ることを自然と強いられます。
厄介な部分が表面化したところで、これから見返す人は短いスパンでしたのでは新たな発見はあまりないかもしれません。
忘れたころに見返すか、嫌悪感がある程度消えてからか、または脳の中である程度整理されてからの方が内容の理解はスムーズにできるかと思います。


この作品に嫌悪感を持っている人も少なくないはずです。
エンタメ要素は皆無だし、内容も鬱屈としている。
けれどもう一度だけなら観てみてもいいのではないかと思います。もう一度だけ。
初めての人はもういっそのこと、「わからないモノ」として観た方がいいかもしれません。あるいは。

イノセンスがいかに大切であるか。それをアニメーションという形で表現した物語です。


{netabare}

押井監督の持つ哲学や人形の考察は他のレビューで語られているので(ロクに読んでいないけど)僕は”イノセンス”に注目したい。
というより本当はその辺は割とどうでもいい。なんとなく掴むことができればいい。がっつりと注目するところではない。
それがどんなに難しく、かっこよく、あなたの頭にこびりついていようとも、それは所詮細部のことだから。
あなたが一番思考する部分や悩まされる部分が主題ではなく、自分自身で作品から拾い集めて考えること、悩むことが主題を見抜くことに繋がるのだから。
よって主題は表面的な意味での「人と人形の違い」ではない。と僕は思うのですが。

まあ色々ありますが、要するにこの映画は何が言いたかったのだろうと表題の通り”イノセンス”を中心に考えてみる。
あまり参考にはならないかもしれませんが。

 ハラウェイやキムが難しいことを淡々と述べたいたのを観た通り、人は知識あるが故にたくさんのものごとを思考する。とりわけ人間に興味を持った彼ら(先駆者含め)はそれぞれの行動に名前をつけその起源を分析する。その行動が何に基づき、何のためにされているのか。さらにそれが進めば僕たちすべての人間は、有効的かつ合理的でもっとも利益を生むことのできるようにプログラムされた遺伝子を運ぶキャリア(乗り物)であるとそう言えるだろう。でもまたそれが違うことも僕らは知っている。恋やセックスが子孫繁栄のためだけの欲望の発露ではないことは少なからず実感している。こんなことは言うまでもない。
 さらに彼女らのその行き着く先はとても寂しい場所だ。ついに彼女は、私はいったい何者なのだろうと自分に問いかける。だんだんと大事なものがぶれ始め、最後には失ってしまう。そして一度失ったものは死んだ後でも取り戻すことはできない。
 イノセンスであること。もしかすると幸せであることの答えのひとつはこれではないか。
 これは考えなしに馬鹿であればいいという単純なことではない。目の前にある事実を、その嬉しさ、楽しさをそのまま受け入れればいいというイノセンスであること(無垢であるまたは素直であることと言ってもいい)を指す。「何のために」なんていちいち考える必要はない。「ここでこの行動をした人間Aに生まれる利益は?」なんて考察する必要もない。あなたが感じることをありのまま抱きしめることこそが人であるということであり、イノセンスの喜びなんだろうと思う。でもそれはすでに失われてしまっている。
 それをもっとも象徴したシーンがラストでバトーが子どもに向かって激高したあのシーンにある。思いもよらないその台詞と怒りの方向にはきょとんとしてしまった人も多いはず。「自爆した人形がどうなるかは考えなかったのか」とセクサロイドのゴーストのために利用された女の子に言うこのシーンはどう考えても普通ではない。
 ここでのバトーの心情を探るのは僕には難しい。でもこれだけは言える。バトーはその生きている生身の女の子より人形の方を大切に思ってしまったのだ。それを「イノセンス」の一言で気づかされた。「わたしだって人形になりたくなかったんだもん!」
 なぜバトーが生身の生きた女の子でもなく、自爆の際に巻き込まれる人間でもなく、まず人形を気にかけたのか。それはやはり草薙素子だろうと僕は思う。バトーは前作から少佐を誰よりも人として扱ってきた。彼女が裸であれば自分の上着を肩にかけ、着替える時には目をそらした。現在彼女はネットの一部であると同時に全てである。バトーは彼女が問題の人形に入り動いているところも見、共に行動した。だからなのだろう。ネットにアクセスできる全てのものは彼女であるようにまた、どの人形にも少佐は入ることができるということ、つまり人形は少佐自身なのだ。身体を持たない少佐にとってそれが「肉体」であるのだから。それに元々は少佐も全身義体であったのだ。それゆえに、彼にとって人形はとても大切な存在であり、それが無暗に壊されることに議論の余地はなかったのだろう。
 しかしその後に少女のイノセンスのこだまに自分が何を愛でているのかを知る。それは人形。おいおい、そんなもんより生きた生身の人間が目の前にいるじゃないかと彼はそこでやっと気づく。
沈黙が降りる。イノセンスの象徴とイノセンスを失ったものと草薙素子の入った人形が静寂を守る。
 バトーの言葉を草薙素子も聞いていたのだろう。バトーはなんとしても彼女のことを弁護したかったのだろう。今現在少佐の入っている人形がでたらめに壊されることは許せなかったのだろう。目の前のこどもを前にして彼の倫理観は揺れる。答えは女の子の言葉にハッとしたときにすでに出ていたのにだ。
 「行くわ」と女は去る。ガラクタは音を立てて崩れ落ちる。その音はバトーの耳に普通ではありえないくらい大きく聞こえたに違いない。


 本作で言いたかったことはおそらく失われたイノセンスの哀しみだ。特にハラウェイは多くの実験の分析結果と明らかになりつつある事実に、その高度な思考ゆえに背負う苦しみを嘆いていたに違いない。たくさんの思考がいろんなことの妨げになることは僕らにだってたとえ、作品内でされた難しい考察なんかしなくともよく分かる。だって生きることに悩まずにいられればもっと簡単に過ごせるだろうし、迷走することもクレイジーな行動も少なくなるはずだから。一神教やオウムやテレビやカリスマの言葉や誰かの言っていたことでも何でもいい。そこに思考を預けることができたら、そこは正しさに満ちていてとても平和で幸せなんだろうなと思う。でもそうしないのはそれが間違っている(あるいは自分が望むものではない)し、自分の足で歩いていない以上生きた心地はしないだろうと思うからである。僕はハラウェイとは違い、救いがためにイノセンスに憧れたりはしない。イノセンスの温かさはもっと別のものであるし、傷ついても強く、タフに生きていくことの方が僕にとって何倍も意味のあることだから。だから僕は進んで砂嵐に入る。たくさん血を流し、骨が折れても歩むことだけは決して止めはしない。人間がどのようなものであれ、失われたイノセンスと共にその苦を背負い自分なりの幸せの答えを探し出す、少なくともその日までは前を向いていようとそう思う次第です。




余談
バトーの感情の考察はあんまり正しくないかもしれません。ごめんなさい。
でも、あの女の子が叫ぶシーンの動きはあれはダメですよね。あんな動きされたら笑っちゃいますよw
そのせいかなー。そこで切れちゃったのかもしれない(人のせいにする最低なヤツw)。

「イノセンス」ということについて僕は色々考えてもみるんだけどなかなか掴めません。すごく難しいです。

『GHOAST IN THE SHELL』はこれからも何度も観ることになるけれど『イノセンス』はもういいかな。
考えてみたら好きなところないしね。まあでも呆れていた人ももう一度くらいは観てみて下さい。
それでは、あでゅー。

{/netabare}

投稿 : 2024/05/04
♥ : 12
ネタバレ

Tuna560 さんの感想・評価

★★★★★ 4.6

『INNOCENCE』作品紹介と総評+考察「心と身体の観念②」

押井守監督の代表作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編。
TV版(SACシリーズ)との繫がりがないため、前作を観ていないと話に置いていかれる事間違い無しです。
前作レビュー:http://www.anikore.jp/review/381599/

(あらすじ)
前作から4年後の2032年が舞台。
少女型の愛玩用アンドロイド「ロクス・ソルス社製 Type2052 “ハダリ(HADALY)”」が原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺するという事件が発生した。被害者とメーカーの間で、示談が不審なほど速やかに成立し、被害者の中に政治家や元公安関係者がいたことから公安9課で捜査を担当することになり、公安9課のバトーは、相棒のトグサとともに捜査に向かう。(wikipedia参照)

理解が非常に困難だった前作同様、今作も非常に頭を使わされました。ストーリーはより難解に、テーマはより不鮮明に、印象はよりダークに…敷居が相変わらず高い作品です。セリフにも過去の偉人の名言などが引用が多用されているのも、さらに敷居を高めてますよね。ただ、押井監督の独特の世界観・台詞回しは健在で、個人的には非常に引き込まれました。

映像や作画に関しては、前作から9年もの期間が経過しているという事もあり、凄く進化していますね。全体的にCG主体の作風に変わり、前作に輪をかけて美麗になっています。東南アジアを連想させる様なエスニックな風景描写もとても好みでした。また、キャラデザに関しては『SACシリーズ』に近い印象を受けましたね。共通の世界観を持たせたいという事でしょうか?

ここで、『イノセンス』という題名の考察をしたいと思います。
本来ならば『攻殻機動隊2』といった、続編的な題名を付けるべきですが、なぜこの題名なのか?

{netabare}一つ考えられる事は、主役が素子からバトーに変わった事。
前作の続編ではなく、スピンオフ作品という意図があった事が考えられます。

そしてもう一つは、題名からその作品の内容を感じ取らせる事。
本作の題名『イノセンス』の意味は”無罪や無心”という物があります。個人的には、後者の方がしっくりしますね。

本作の結末は、アンドロイドに人身売買でさらわれた少女達のゴーストをコピーした事が発端です。自らの人格を失いたくないとアンドロイドに細工をし、救助の糸口を作ろうとしたのです。その行為はもちろん自らが助かりたいがためで、人を傷つけるという可能性については考えていませんでした。つまり”その事以外に心がなかった”ととる事も出来ます。{/netabare}

さて、ここからは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のレビューでの続きになります。
哲学的解釈になりますので、お堅い話が苦手な方は「戻る」ボタン推奨です…。
今回のテーマは「人の概念」についてです。

{netabare}前作のレビューでは電脳・義体とゴーストを”二元論”を用いて、”心と身体”の関係で考察しました。その結果、”人間と機械の境界線”が曖昧になってしまったというお話でした。

しかし、”人間と機械の境界”が曖昧になった事により、さらに曖昧になってしまったものがあると私は考えます。
それは”人の概念”です。


・死の定義
まずは死の観念について考えていきましょう。
前作のレビューでも比較した”人間と機械”の死について比較したいと思います。

機械についてはそう難しくはないですね。機械の”死=故障”、つまり動かなくなればそれは死を意味すると言ってもいいでしょう。しかし、機械は故障箇所が分かれば、パーツ交換や修理をする事で再び動く事が出来ます。ある意味”永遠の身体”があるともとれますね。

問題は人間の死についてです。一般的には、”生命活動が止まる事”を指すと思います。
人間の場合、年を重ねるごとに老いが生じ、寿命をもって死に至ります。これは如何に医療技術が進歩しようと、超えられない壁だと思われます。つまり、人間は機械とは違い、”永遠の身体(命)”という物が叶わないという事です。

人間の死の定義について論ずれば、”その境界線”をどう捉えるかという問題が生じますが、それについては医学的なお話しになるので…深くは語らないでおきます。


・”二元論”の観点での”死”とは
前作のレビューでも述べましたが、二元論とは”心(魂)と身体(肉体)がそれぞれ存在し、それらの相互作用によって人間の行動は為されるという物です。つまり、人間は”心と身体”が存在してこそ”生きている”と言いう事を体現し、どちらか片方が失われればそれすなわち”死”を意味しています。しかしながら、もちろんこれは”生身の人間”での話です。

本作の世界観では身体は義体化(アンドロイド化)、脳は電脳化(バイオネット化)がされており、体が失われてもパーツを交換する事で修復する事が出来ます。上記にも述べましたが、機械の特性である”永遠の身体”を手に入れてしまったということを表していると思います。

しかし、二元論的観点から考えると、心(魂・ゴースト)が失われれば人間は”死”へと向かうため、”永遠の命”は実現出来ない…と思われるでしょう?
今作ではなんと”ゴーストの複製”が登場してしまいました。人間が生まれながらにして、唯一無二である”魂”までもが複製可能になってしまったのです。これすなわち、”魂”までもがバックアップ(復元)可能ということですね。

こうなってしまうと、人間はまさしく機械と同じく”永遠の命”を手にしたも同然なのです。”人間と機械の境界”が曖昧になると、その存在の定義までが曖昧になってしまう、と私は感じました。

その事が最も顕著に感じられたのは、アンドロイドが自らを壊した現象の呼び方です。
”自殺”なのか”自壊”なのか…行為は同じでも、その意味は全く違うと私は思いました。


・狂った人間の意識
”人間と機械”が混同した事により、死の概念だけでなく”人の意識”も曖昧になり、そして狂ったのではないかと感じてしまいました。それは、人間とアンドロイド(人形)との関係性です。

この事については、本作の登場人物であるハラウェイとキムが語った対称的な人形の美学に注目したいと思います。
子供の人形遊びは子育ての練習ではなく、むしろ子育てが人形遊びの快感の再現だと語る未婚のアンドロイド技師ハラウェイ。そして、人がアンドロイドを愛でるのは、両者が完全なる無意識の存在だからであるとし、自らも意識のない人形になろうとするキム。

両者の意見は異なりますが、その本質は”無意識への愛情”。
”魂”ある人間が、”魂の入っていない(イノセンスな)”人形を愛でるという事です。

”機械に限りなく近くなった人間”は自身の存在の曖昧さの為に、無意識の内に”人間に限りなく近い人形”を愛でる。
”人間と機械”の境界線の曖昧さは”愛情”といった感情までをも狂わすということだと思われます。

そう、狂せるのは人形や機械ではなく、人間の方ではないでしょうか。
人が招く災いは堪えないのかも知れないですね。{/netabare}

投稿 : 2024/05/04
♥ : 27

63.3 2 アンドロイドで電脳なアニメランキング2位
RD潜脳調査室 アールディー(TVアニメ動画)

2008年春アニメ
★★★★☆ 3.5 (272)
1684人が棚に入れました
2012年、フリーダイバーの波留真理は、建設中の人工島沖合で観測実験の最中、「海が燃える」現象に遭遇し、49年間も昏睡状態に陥った。2061年、長い眠りから覚醒した波留は81歳の老人となり、車椅子生活を送らざるを得なくなった。そんな中、波留は旧友・久島永一郎によって、メタリアル・ネットワーク(通称:メタル)の情報を調査する、電理研外部委託調査員に任命される。メタルは、安全で人々の欲望を満たす一方、現実世界(リアル)の世界に歪みが生じたからだ。こうして、波留は蒼井ミナモとバディ(英語で『相棒』の意)を組み、メタルとリアルの間で起きる事件や謎を追う事になる。
ネタバレ

とまときんぎょ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9

堅い雰囲気だけど、中身は温かないい話。

見終わった。落ち着いた感じで、好感。面白かったな。
この作品、日常のパートは「イヴの時間」が好きな人にお勧めかも。
堅い雰囲気ながら人情味あるエピソードが語られる。見せ方が控えめで品がある。
女の子のスカートの短さとムッチムチ感は徹底してるけど。男は痩せマッチョ。

ずっとIT関連なお話が続くのかと思ったら、自然環境の要素が入ってきた。海から始まった物語、そこに意味があったようで。

地球律。
災害をもたらすような気象変化は、地球が自らバランスを保とうとして自然の流れを巻き起こす、陰と陽のような影響で起こるのではないかという考え方。人間のもたらした人工的な自然への施術が、より大きなぶり返しを呼んでしまう、という。
怖いですね。実際ある気がする。

主な登場人物
{netabare}電脳空間の捜査を行うハルさんと、ハルさんによって「パートナー」と位置づけられる福々しい女子高生ミナモちゃん、補佐するグラマラスなアンドロイド、クールな顔して世話焼きなミナモ兄・ソウタ、ハルさんと同じくらいの歳のはずなのに、見た目も若いままの怪しい科学者…などが主に動く。 {/netabare}
次第にそれぞれの意外な面や、やはりな…とシミジミさせられる面など性格に説得力のあるエピソードが登場し、どんどん好きになってます。

ソウタとホロンさん、ホロンもどきの健闘シーンの作画がかっこいい。
ソウタ、面白かっこいい。
「精神統一の鍛錬には自信があります!」と明朗に言って、直後に女性のお色気?に仰け反ってしまう。(詳しくは見せないのが、この作品独特の紳士的なところ)
{netabare} 年上愛人とのねんごろ具合 {/netabare} はシティハンター過ぎるところもあるけどねっ!しかも {netabare} 書記長をモデルに作られたホロンさんに思いいれちゃった流れには {/netabare} びっくらこいた…これも純愛…なのか。


{netabare} 久島博士が、何故音楽をやめたのか?音楽に必要なものは…という流れで
「愛だ。」と言い切って、ハルさんが「エッ」ポカーンとする、ちょっと離れたアングルから見せるシーンの距離感、好きだな。

アンドロイドホロンさんの一瞬の涙とか、着なれないメタルスーツで必死になるミナモちゃんとか、冷静な描写の中にグッとくる温かさが潜んでる。

「愛だ」がまさかラストまで関連してくるとは。
最終回の海とメタルとの定義はサッパリ解りませんでしたが…{/netabare}

ナイスガイ過ぎる久島博士からの最期の贈り物で、みなもちゃん、ハルさんとの歳の差が縮まったね。やったね。夢のようなラスト、二人には幸せになってほしかったので、おめでとう…。



ビーフストロガノフの隠し味に梅干し!へ〜、すごい。そんなん作ったことないけど…
{netabare} そういや料理研究家・辰巳芳子のレシピで、{梅干しの種+焦がし玉ねぎ+昆布+醤油} を煮るとコンソメスープが出来るというのがある。これは不思議に、本当に簡単に出来る。お勧め。 {/netabare}





以下初めの頃〜中盤までのレビュー


**********
おすすめレビューを読んで気になったので観ました。今12、3話辺りまで。堅い感じで面白いです。

爺さんが主人公。
頭脳は青年、潜ればマッチョ、陸に上がれば要介護白髪爺さん。
海洋調査の事故で少し寝て起きたら、浦島太郎状態になってしまった…ハル爺さん。
遥かに技術の進んだ「電脳の海」に潜脳捜査に入ることで、事故時の若々しい姿へと戻ることができる。
年の功を漂わせる(実際は歳をとってないわけだけど)ハルさん。案外モテモテ。元々、紳士な性分なんだろうね。変態の付かない正真・紳士です。
失った時間についてあまり深刻な様子は見せないけれど、この先、深い話が出てくるのかな?眠ったことですれ違ってしまった女性との話が切なかった。


男性も女性も、肉体描写の立体的なデッサンが巧い。
アニメのよくあるスレンダー体系が好きな人からみるとちょっとムチムチし過ぎかもしれないけど…。
何かこう、知性を感じさせる豊満かつ的確なデッサンの線質だけでなく、動きに重みがあるんだ。女性のお尻の重みとか、コダワリを感じる。もちろん男性の拳闘シーンも、軸と重みの遠心力?のあるような、観ていて気持ちいい動きだよ。


ミナモちゃんの役割
電脳化していない姿で自然体で物語と関わってくれるので、周囲との差異が視聴者に伝わり易い。慣れない電脳スーツでハルさんを迎えにヨタヨタ来た姿は、グッときちゃったよ…。
ミナモを見る時のハルさんの瞳が何とも言えない。慈愛というか…聖人的な。
対してミナモがハルさんを想う時のポッ…と赤らむ感じは、何というか清楚なのに煩悩を漂わせてますな。スカート、ギリギリだ!頭の上の大きなリボンが外れてる時の方が、かわいい。あのリボンはダサい。

ソウタとお父さんの、食をまじえた話も、よかったなぁ。
研究気質一本に走っていたお父さんが、家族の食卓に戻ってくれる様子が、じんわりといい話だった。無機質な情報が多いだけに、気持ちの動きを大事にしてくれる話が生きてくる。
ソウタ兄は {netabare}お偉い女性と愛人なの?ベッドの事後的なシーンが。 {/netabare}このへんが何か士郎正宗だなぁ。オットナーっていうか、発想オッサンー。うん、士郎正宗って基本おっさんワールドかも。シティハンターと同列かも。


デンノーデンノー書いてみるが、攻殻でも出てくる「体の電脳化」というのが未だよくわからない。アンドロイドとかロボットとかとは別なんでしょ?肉体…神経の受送信面により利便性能を積んだ身体ってことかい。わからないけど。


しかしなんでオープニングはアングラテイストなんだろう。
♪国境は歴史の傷口で〜みえない薬をさがしてるー だっけな?
頭でグルグルまわるよ!

投稿 : 2024/05/04
♥ : 14

ブリキ男 さんの感想・評価

★★★★★ 4.7

人の心に深く深く潜ってゆく

記憶は青年、見た目はおじいさんという非常に珍しい境遇にあるハルという人物が主人公の作品です。

概要としては主にメタル(メタリアル・ネットワークという仮想現実)内で起きた様々な事件をダイバーと呼ばれる調査員が解決していくというものですが、同時にハルの再起、人間と人間、人間とテクノロジー、延いては人間とテクノロジーと地球の関係を壮大な視点から描く試みがなされています。

全体的に見ると派手な演出は極めて少なく、アクションシーンについても少なめで、あっても淡々と描かれる事が殆どなので、外へ向かうよりも、内へ内へと向かう印象を強く受けます。現実及びメタルにおける人物(知的存在)同士の対話が本作品の主役であり、最も重きが置かれている点であります。ほぼ全ての会話シーンは言葉のみならず、人物の表情、間の取り方からも感情を推し量る事が出来る程に極めて緻密に作られており、さらにメタル内のダイバーは人の思考や嗜好、思想や哲学など様々な場所に文字通り潜って行きます。

人によっては気になるであろう「精神的には青年の筈のハルが見た目の通りに老成しているのは何故なのか?」という疑問については、ハルの元来の知性に加え、老いた体に心が付いて行ったものと私は解釈しています。電脳の助けを借りている為とも考えられます。そんなハルおじいさんの青年の部分が垣間見える「無垢な言葉に傷つく人間もまた無垢なんです。」という台詞は非常に印象的でした。

正当に評価されていないと言われる事が多々ある本作ですが、それなりに原因はあります。第2話のにゃもの下着が見えるシーンと最終話のご褒美的な展開の二点がそれで、両者とも作品全体の価値を貶めるものではないのですが、前者は女性の視聴者に対する配慮が足りず、後者についてはSFとしての説明が皆無であり、またご褒美が無くても良いエンディングだったので、やや蛇足気味に見えてしまったという事でしょうか?(前者は結構あからさまな描写なので、あれで切る人がいたら勿体無い。)また私個人としては「RD潜脳調査室」というタイトルから刑事物の様な硬めの印象を受けてしまった為、最後まで違和感を拭い切れませんでした。

以上良い所も、残念な所もいくつか述べてしまいましたが、この作品の全体の価値と比べれば、欠点については些末なものと言い切ってしまっても良いと思います。テクノロジーと自然環境についての問題は、その恩恵にあずかっている全ての人間が責任を負うべき問題ですので、この様なアニメが貴重であるという事は言わずもがな、もっと増えて欲しいなぁと思う次第です。

余談になりますが、作中で描かれている情報の可視化という技術は限定的な用途ではあるものの、既に実用化されており、大学や企業のセキュリティに導入されているそうです。もしこの様な技術がさらに発展し、ネットワーク内の様々な情報を感覚として享受出来る様になり、本作品の15話「食」で描かれた様な弊害が生まれてくるとしたら、人のリアルに対する執着がますます薄らいでいってしまう気がします。「紅殻のパンドラ」でも拓美ちゃんが暇つぶしにぱりぱりやってた電脳ポテトチップがありましたが、この作品を視聴した後ではちょっとだけ危険な感じのモノである様に見えてしまいました。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 11
ネタバレ

剣道部 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

81歳の老人ダイバーと、15歳の女子中学生がバディを組むって、それだけでもうドラマが生まれそうじゃない?

[文量→中盛り・内容→感想系]

【総括】
制作に士郎正宗さんが関わっているということで、設定やら雰囲気は「攻殻機動隊」に近い部分があります。もっとも、続編ではなく、設定などを受け継いだ、「攻殻機動隊の先にあるかもしれない未来のひとつ」を描いている作品と言えるかもしれません。

私的に、「THE もっと評価されてほしい」作品。地味ながらも丁寧に作られた世界観にドラマ。心情を深く描く手腕。色々と考えさせられる作品です。(あにこれ基準で)75点は超えてほしいな~と思ってます。

【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
「欲」というのは、人間の行動原理として、かなり純粋なものだと思います。

「食欲」「性欲」「睡眠欲」といった三大欲求は勿論、「支配欲」「自己顕示欲」「物欲」など、「欲」にも様々。

そんな「欲」が、「安易に」「無制限に」叶えられてしまう世界があったら、果たして現実にどこまで興味をもてるのかな? 仮想現実世界を支えるの(運営)は、現実の人間なんだろうけど、そんな運営の人々まで、帰ってこなくなったらどうなるんだろうな、と、思ってみたり。

あとはまあ、「自然」と「科学」の優劣の問題。高度に発達した「科学の力」は、果たして「自然の摂理」に勝るのか。この点は、これまでのアニメではほとんどなかったテーマ性で、色んなことを考えさせられました。

本作の問題提起としては、そんなところかと思います。

他方面の魅力としては、やはり、ハル(老人)とミナモ(女子中学生)の関わり&ソウタ(人間)とホロン(女性型アンドロイド)との人間ドラマでしょうか。

現実世界では、若さ溢れるミナモと、介護されないと厳しいハルとの対比が観られますが、1度、メタルへダイブすれば、30代の頼りがいのあるハルと、やっぱり突っ走っちゃうミナモとのバランスが良く、「相棒」的な感じで面白かったですw ソウタとホロンの絶妙な恋愛模様は見処のひとつであり、こちらの結末には満足です。安易に、ホロンが人間になったりしなくて良かったです。

それだけに、ラストの「ハル」の若返りと、ミナモとの恋愛展開は本当にいらない。ちょっとガッカリです。逆浦島太郎ですか(苦笑)? 二人の関係を「男女」にしなくても、「親子」や「祖父と孫」、あるいは、「相棒」「友達」で、十分にドラマは成り立っていました。ソコは本当にマイナス。ファンタジー→SFの流れはまだ良いですが、SF→ファンタジーの流れは、やはりご都合主義感が強くなりますしね。

あと、よく「ふとももが~」とか言われますが、この漫画家さんのキャラデザの特徴のようですね。個人的には、「どうでも良い」です(笑) プラス査定にもマイナス査定にもなっていません。別にキャラ萌えアニメではないんで。でもまあ、それ(むちむち感)が、一部の層を除きw、概ねマイナスになっているようなので、それは残念だな~と。
{/netabare}

投稿 : 2024/05/04
♥ : 16

57.3 3 アンドロイドで電脳なアニメランキング3位
アンジュ・ヴィエルジュ(TVアニメ動画)

2016年夏アニメ
★★★★☆ 3.1 (192)
929人が棚に入れました
"ある日、世界は連結した。
突如として開いた門と、5つの世界の連結。
私たちの住む青の世界:地球
夜と魔法が支配する黒の世界:ダークネス・エンブレイス
祈りと神々が守護する赤の世界:テラ・ルビリ・アウロラ
科学と電脳が管理する白の世界:システム=ホワイト=エグマ
武器と軍隊が統治する緑の世界:グリューネシルト
天使、悪魔、妖精、魔女、女神。お伽話の中にしかいなかった存在が、現実のものとして現れた。時を同じくして、特殊な能力:エクシードに目覚めた少女たちが、それぞれの世界に出現しはじめる。彼女たちは『プログレス』と呼ばれ、その保護・育成を掲げる巨大学園都市『青蘭学園』に集められた。この学園で少女たちは出会う。ともに絆を紡ぐ仲間たちと。5つの世界共通の敵、世界を終焉へと誘う『ウロボロス』に。この世界は、失われようとしている。それを救えるのは、選ばれた少女たちのみ。"

声優・キャラクター
寿美菜子、原由実、豊崎愛生、立花理香、ブリドカットセーラ恵美、田村ゆかり、相坂優歌、石原舞、生田善子、高橋李依、山本希望、伊藤静、悠木碧、茅原実里、花澤香菜、佐倉綾音、上坂すみれ、早見沙織、相沢舞、佐藤沙耶
ネタバレ

pister さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0

ゲーム紹介アニメとしてひとつの形?

まだどんな内容・ノリか分かってない段階で1話を見ると、情報量の多さに忌避感を覚えるかも。
が、ご安心を、出てくる固有名詞の殆どは覚える必要はありません。
これってなんだろ、企画の段階で原作?のカードゲームの用語をこれだけ入れろって指示があったのか、合わない人は見なくていいよと早めに篩にかけた優しさなのだろうか。
因みにあらすじというか、イントロダクションを自分なりに分かりやすく噛み砕くとこんな感じ(何気に2話までのネタバレ入れちゃってるけど)

ドキドキスペースに幻魔が現れて、各ワールドをぶつけようとしてるんだってさ。
それに対抗すべく各ワールドで選ばれた勇者と補欠がマジマジワールドに集結。
ところが勇者達が揃って洗脳されてダサイダー状態に!
いま、補欠たちが立ち上がる…

元ネタはラムネ&40(と幻魔大戦)、アバンで出てくるこの作品世界の宇宙の映像がまんまラムネでどうしても想起させられてしまうんだよなぁ。
けど、こっちのがずっと取っ付きやすくない?
妙に固有名詞が多い割にはストーリーは驚くくらい単純。
各ワールド間でパワーバランスがどうこうって話もないし、一見多く見えるキャラもこれとこれが同じワールド出身って抑えとく程度でいい。
どうしても覚えないといけないこの作品特有の設定はαドライバーくらいで、これも作中親切に説明してくれるので戸惑うことはないかと。

{netabare}で、そんな感じで形成された全体の印象は──。
1年放送するアニメの中だるみの際、サブキャラのお当番回なんてのをよく見た記憶があるのだけど、なんかそればっかりを集めたような雰囲気を感じました。
3から10話までね。
んで、それ以外の本来メインストーリーになる部分を1・2話とラストに集約したって感じ。
そう考えれば1話が情報過多で「ウゲッ」ってなるのは当然かと。
どうしてこういった形態を選んだかは不明だけど、作品のノリ(方向性とでもいうべき?)が分かれば普通に楽しめると思います。
1話でひと通りのキャラ(会員名簿)を見せて、気に入った(ご指名)のオンナを当番回で活躍させますね、って作り。

ただこの作りだと問題なのは、気に入ったキャラの当番回が終わってしまうとこれまた続きを見るのが億劫になるということ。
個人的にお気に入りはレミエル(僕は友達が少ないの小鳩みたいなの)だったのだけど、これの当番回の6・7話が終わった後はなーんか見るの面倒でした。
メカ女やモチベ0軍人の当番回なんか見てもしょうがないって気持ちが…軍人姉妹のコントでどうにか持ちこたえたけどさ。
ここら辺の当番回の順番はちょっとミスってる気がする。
個人的な好み抜きにしてもレミエル回は後ろに持ってくるべきだったような?
1話が壁で、更に目当てキャラの当番回終了後がまた壁になってる気がします、1話ほど高くはないけど。

んで以上が構成に関しての感想、以下は内容についての感想。

他の方も書いてるけど風呂のシーンがやたらと多い、生活の拠点は風呂だと言わんばかり。
けどパンチラはない(多分)ので、円盤になっても光や湯気解除はないだろーなーというのは察しがつくため誰得な状態に。
何故こんな企画通したんだろう?
そして風呂シーン以上に気になるのが青蘭島、というより学園「以外」の住人が出ない、この世界を守るという割には、守るべき人々の姿が見えない。
紗夜がエクシード(異能)に目覚める以前の「思い出映像」で辛うじて出るだけで、現在進行形の世界の住人は青蘭学園の住人以外出ない。
2話の襲撃で学園以外の人間は滅亡したと言われても問題ないような?
いっそ青蘭島が地図から消えて、みんな死んだことに気付かず戦ってる気になってる、ってほうのが信憑性高そう。
予算の問題なのか、カードゲーム側で設定されなくて余計なことを描けないのか、なんかアニメ艦これと同じ匂いが…。
ただでさえこれといった理由なく女の子ばっかりって時点で人を選ぶのに、ここら辺も壁になっちゃってる気がする。

それと戦闘内容だけど、対戦相手は基本同郷(同属性)対決になります。
できれば属性の違った者同士での対決にしたほうが面白いし、画面の見栄えもするのになぁと思うも、もしそうだったらそれこそ全キャラをしっかり覚えなくてはいけないため、1クールで描くには情報過多になるので避けたんだろう、と判断。
そして勝利して相手の闇落ちを解消させてめでたしめでたし、ってなった後に「私なんてまだまだね、それに引き換え天音は…」と天音ヨイショが始まります。
そうそう、それと大体勝利の際には紗夜がおいしいところを持っていって、結果レズの標的とされます。
ここら辺はもう様式美としてツッコムのは草々に止めました。

総評としては、話そのものよりも構成が面白い作品でした。
今後ソシャゲ原作のアニメが増えるみたいでどんなパターンを組んでくるのか楽しみなのだけど、こんなパターンもあるのかと知っておくのもいいかも?

余談・主役の紗夜が物凄くセイントオクトーバーの黒ロリに見えてしまうのだけど何故なんだろう?
多少似てるけどそこまソックリってワケでもないのに…{/netabare}

投稿 : 2024/05/04
♥ : 3

Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★☆ 3.9

5つの世界で育まれてきた絆と新たな絆が織りなす物語…

レビューを書くためにwikiをチラ見した時に知りましたが、この作品…原作はカードゲームだったみたいですね。全然ゲームだという感じのしない作品だったと思います。

この宇宙には5つの世界があった…
夜と魔法が支配する黒の世界…祈りと神々が守護する赤の世界…科学と電脳が管理する白の世界…
武器と軍隊が統治する緑の世界…そして青の世界、この地球…

この様なくだりで始まるこの世界は、ウロボロスによって突如5つの世界が不安定になり崩壊へと向かい始めていました。
それを食い止められるのは、固有の特殊能力であるエクシードを持つプログレスと呼ばれる特殊能力者だけ…
そこで世界各地のエクシードが青の世界の養成機関に一同に集められ、崩壊を阻止すべく日夜奮闘しています。

物語は、5つの世界から新たに集められた5人のプログレスと、そのプログレスと絆を結ぶことによって力を強化できる1人のαドライバー…駆け出しのチームが中心となって動いていきます。

エクシードの力に目覚める…決して誰もが手にできる力ではありません。
自分は他人には無い力を手にすることができた特別な存在…
きっとそんな優越感を感じずにはいられない、エクシードとはそういう貴重な力…
きっと誰もが色んな夢や希望を抱いて養成機関の門を叩いたことでしょう…

ですが実際には、プログレスとαドライバーによって構成されるチームは、強さと経験に基づくランク制度が導入されており、駆け出しのチームと最高ランクのチームとの力の差は歴然としていました。

ウロボロスという未知なる生命体との戦闘は命懸けです…
戦場に赴き生還してきた経験はチームにとって貴重な糧であり、その積み重ねによって力と絆の強さを育んできた訳ですから当然といえば当然です。

だからこの養成機関に来て一番最初に感じる事は「上には上がいて、全然自分なんかは特別じゃない」ということです。
これをすんなり受け入れられれば良いんですけど、人の気持ちってそんな単純じゃありませんよね。
だっていつでもどこでも特別でいたい…これだけが唯一自分の支え…という人もいる訳ですから…

一生懸命努力して…努力して…それでも上に進めない…
自分はこんなにも強くなるための努力をしているのに…
そう考えたくなる気持ちも分かります…
でも、この考え方…破綻にしか向いていないんですよね。

駆け出しのチームがこのパターンにハマった典型的な事例でした。
強くなるための努力…確かに必要です。
でもそれだけじゃダメなんです…
だって6人のメンバーあってのチームなのですから…

ちょうどこの頃、ウロボロスに新たな動きが見られ事態は大きく動いていく事になるのですが、目の前に広がった光景は「最悪」でした。
その最悪を免れる事のできたのは、絆の浅い駆け出しのプログレスだったんです。
彼女たちに課せられたのはそれぞれの世界を救わなければいけないという重責…
それだけではありません…
世界を救うためにはこれまで育んできた絆と対峙する必要があったのですが、闘う前から結果は絶望的…だってランクが違いすぎるんですから…

それでも世界と絆を守るため、5人のプログレスはそれぞれの世界に向かうのですが、正直見ていて心が痛みました。
全てが変わり果てていて…瞳の奥で光る赤がとても冷たくて…これまで感じた事の無い憎悪と、聞いた事の無い言葉が容赦なく5人の胸を抉っていくんです…

それでも5人のプログレスは抗い続けました…気付いたんです…
チームは5人ではなく6人…だから絶対に成し遂げなければいけない事が彼女たちにできたたから…
彼女たちの思いの先で待っているモノとは…気になる方は是非本編でご確認下さい。

オープニングテーマは、鈴木このみさんの「Love is MY RAIL」
エンディングテーマは、L.I.N.K.sさんの「Link with U」
どちらも甲乙付け難い良曲だったと思います。

1クール12話の物語でした。ウロボロスによって引き起こされた最悪は物語的に面白かったと思いますし、こういうのは個人的に好物です。
正直ラストの展開はベタだったと思います…でも良いんです…
彼女たちの熱い思いがしっかりと感じられたから…
しっかり堪能させて頂きました。

投稿 : 2024/05/04
♥ : 15
ネタバレ

ezo さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

友情!努力!そして風呂!

今期のカードゲーム原作アニメ。

今年の冬に放送されていた「ラクエンロジック」と同じでカードの中の世界の話みたいなのでカードは特に関係なし。

あにこれでは大分不人気みたいですが個人的には結構好きな作品。

登場人物の気持ちがストレートに伝わってくる良い作品だと個人的には思います。

努力や友情を力に苦難を乗り越えていく感じが個人的に好きでした。

サービスシーンも多いのでそういうのが苦手な人にはあまり向いていないとは思いますが...。

お気に入りキャラはエルエル。

鈴木このみさんは今回も難しそうな曲を歌っています。


1話目感想
{netabare}
本編の半分以上が風呂シーンという凄い1話だった。ほんとに風呂シーンばかりで常に謎の光が仕事をしていました。

ある意味びっくりした1話。

追記

漫画版の1話を読みましたが漫画版の風呂シーンの謎の光は主人公の仕業ということになっていました(笑)

さすが光を操る能力...{/netabare}

2話目感想
{netabare}
今週も安定の風呂シーン多めの話かと思いきやラストでまさかの展開へ...

さすがに天音がここで退場なんてことはないと思いますが、次回が気になる展開ではありましたし、1話よりは良かったと思います。

ここからシリアスなアニメになっていけば面白くなりそうな気もしますが果たして・・・。

勝負の3話になるのかな。{/netabare}

3話目感想
{netabare} 天音はしばらくお休みといった感じになりそう。闇堕ち美海は良いキャラだった。紗夜はここから強くなっていくのかな。今後の展開が楽しみ。 {/netabare}

4話目感想
{netabare}
闇堕ち状態になると本音を言うようになるのか。まぁ基本正論なんだけど。シリアスだと思ったらギャグっぽくなったりと色々惜しい印象。
{/netabare}

5話目感想
{netabare}
ついに血を吸ったアルマリア。初めては紗夜。アルマリアメインの話だったけどそれ以上に今回はエルエルが可愛いかった印象。次回辺りエルエル回になりそうな予感。 {/netabare}

6話目感想
{netabare}
アルマリアはすっかり紗夜にデレたなぁ。そしてレミエルの精神攻撃でエルエルが...。エルエルは立ち直れるのか、次回が気になる。

豊崎さんと悠木さんの演技も相まってとても良かった。
{/netabare}

7話目感想
{netabare}
エルエル回その2。エルエルがレミエルに真っ直ぐ向き合いレミエルの闇落ちを解くことに成功。二人の気持ちが伝わる良回だった。そして毎度お馴染みコントコーナー。こちらも相変わらず面白い。
{/netabare}

8話目感想
{netabare}
アルマリア、エルエル回が終わり次はステラの話に。ステラもその2人と同じく紗夜ハーレムに加わるのかな。コントコーナーも相変わらず面白いし話自体も結構ちゃんとしてるから個人的には今期上位の作品になりつつある。
{/netabare}

9話目感想
{netabare}
ステラ回その2。ステラが大切なものに気付けたようで良かった。正直展開自体は毎回同じなんだけど結構面白い。
{/netabare}

10話目感想
{netabare}
ナイア回はまさかの1話のみ。他の4人と比べて元々が強かったみたいだからあまり掘り下げる必要もなかったのかな。紗夜に攻略されなかったのも初。そしてコントコーナーは今回で終わりなのかな。
{/netabare}

11話目感想
{netabare}
1話、2話の頃と比べると紗夜は本当に成長したなぁ。そして美海が再び闇堕ち。まさかの美海ラスボス展開か。来週は最終回。紗夜たちは美海と天音を救うことが出来るのか、最終回も楽しみ。
{/netabare}

12話目感想
{netabare}
全員集合の最終回らしい最終回で良かった。いつも笑顔だった天音も実は色々考えてたのか...。友情や努力といった分かりやすい熱い展開が個人的には好きな作品だった。
{/netabare}

総評
{netabare}
基本的にはメイン5人の尊敬する先輩や大事な友達が闇堕ちしてそれを救うという展開が10話まで続くので退屈に感じてしまう人がいるのも分かりますがそれ故ストレートに登場人物の気持ちが伝わってくる作りになっていて良かったとは思います。

最終回も最終回らしい最終回で意外性はないものの王道といった感じて好きでした。

世間的にはあまり評価されていませんが個人的には2016年夏アニメの中でもお気に入りの作品でした。
{/netabare}

投稿 : 2024/05/04
♥ : 9
ページの先頭へ