素塔 さんの感想・評価
4.0
立ち話と青春時間
レビューをまとめるのにとにかく骨が折れました。
難航した理由は、前半と後半とで自分の評価が全く変わってしまったこと、
そのせいで印象が分裂し、トータルな共感ポイントがなかなか見出せなかったことです。
前半。ヒロイン美津未の上京とともにスタートした新生活。
入学早々の新しい出会いと、関係が深まっていくエピソードが重ねられていきます。
物語は美津未の一人称視点を軸にして、彼女のモノローグによるナレーションが
作品の基調となる明るく前向きなリズムを生み出しています。
一方後半は、聡介個人のストーリーがせり上がるとともに、
彼のモノローグによるもう一つの一人称の世界が割り込んでくる結果、
ファンシーな絵日記の傍らに、陰気な私小説が同時進行するような謎な状況になります。
純粋無垢な美津未に憧れを抱く聡介の心理を、丁寧に描こうとする意図は伝わります。
ただし、背景となるストーリーの出来が良くないのがかなりマイナスでした。
序盤から全力で飛ばす美津未を、さりげなく、スマートにフォローする聡介の
やさしい親鳥のような姿に観る方もホッコリしていたふしがあります。
だから、梨々華の乱入によって"闇堕ち"して以降の「志摩君ロス」は、
この相方の存在が美津未ワールドにとって、いかに重要だったかを端的に示しています。
この落差が引っかかったまま、下書きを繰り返しているうちにふと気づいたことなんですが・・・
作中で聡介と美津未が言葉を交わすシチュエーションは
廊下の窓際だったり、建物の前のちょっとした段差だったりと、
校内でたまたま出会ってから、流れのままに重要な展開が生まれている感じです。
第6話で美津未と聡介が仲直りする、階段の踊り場。
第9話の心に沁みる「いかせんべい」のくだりは放課後の廊下。
CMでお馴染みの、「よく転ぶけど、起き上がるのもめちゃくちゃ得意・・・」云々という
超ポジティブ宣言が飛び出すのも、聡介と話した直後の渡り廊下みたいな場所でした。
まあ、別に事々しくあげつらうようなことではないですね。
二人はただのクラスメートであって、会話が生まれるなら教室以外ならそんな場所でしょう。
ただ、あらためて観直すと、この作品の本質の一端がここにあるようにも思えてきました。
第1話の出会いにはじまり、最終話にいたるまで、ワンクール丸々費やした挙句、
二人が今もって、「たまたま出会って立ち話をする関係」であるという事実。
{netabare}最終話のラスト。場所は帰り際の廊下。
いつもはただ見送るだけだった美津未の背中に聡介が、「美津未ちゃん。」と呼びかける。
「何?」と振り返る美津未に、「何でもない。また明日。」・・・
・・・これが物語の着地点となる、二人の現在です。
繰り返される日常の中にも少しずつ生じる変化があり、それにつれて関係も
わずかずつ熟していく。関係性の現在進行形。{/netabare}
こんな二人の、恋愛にとどまらないすべての成長をあたたかく、
聡介が美津未を見ていたのと同じ、あのやわらかな視線で見守るというスタンス。
このラストはそういうものを私たちに示しながら、この先の展開を予告しているのでしょうか。
ところで、本作を賞賛する声の中に目立って多かったのは、
自分の高校時代を思い出した、というような感想でしたが、当方はと言うと、
キラキラとは無縁だった自分の高校生活と重なる部分はほとんどありませんでした(笑)。
(それなりに充実はしていましたが、高二病(?)的な、もっぱら内面的な充実感であって、
あるいは本作を語るのに苦労したのも、この面での共感が薄かったせいかも知れません…。)
そんな自分がやっと見つけることのできた作品との接点、実はそれが「立ち話」でした。
休み時間の教室や放課後の廊下で。帰り道の駅や電車の中で。
友人たち(+片想いの子)と、とりとめのない立ち話に興じていたことを思い出しました。
いろいろな出来事によって記憶の片隅に追いやられてしまっている
こんな時間こそが考えようによっては、実はいちばん青春らしい時間だったのかも知れない。
つまり、フットワークの軽快さ。そして、自由さ。
余白のようでいて余白でない時間。あるいはむしろ、すべてが自由という余白の中にあった日々。
本作のいちばんの特徴は、主人公二人の立ち話がそうだったように、
ドラマっぽいイベントではない、日常の中でごく自然に生まれてくる局面が描かれていることでしょう。
あるいは何かを初めて体験する瞬間に、自然に沸き上がって来る気持ちとか。
そんな何気ない日々のかけらや、心情の起伏を丁寧に拾い上げて綴られたストーリーには
女性作家らしい繊細な感性が光っている気がします。
ただ、そこに「リアル」という言葉を用いることには少し躊躇があります。
現実の再現をことさら追求した感じはなく、独特の切り口が巧みに日常のリズムを定着していて、
もっと感覚的な直接性、いわば「ライブ感」とでも呼ぶのがしっくりくる気がします。
まあ、どう言おうと大した違いはないのですが…。
成瀬順ちゃんのサムネが物語るとおり、当方の主観的な青春像はどちらかというと、
自我の危機や孤独、葛藤、迷走するナルシシズムなど、負の側面に偏っているんですが、
キラキラした調和的な青春をさわやかに描いた本作にも、捨てがたい魅力を感じました。
ナチュラルでリリカルな、珠玉の青春アニメとして愛されつづける作品だと思います。
2023.8.17