杓子定規。 さんの感想・評価
4.5
【彼はとぶ。けれど、私はかける。】ー杓子定規なレビュー
【作品概要】
はじまりは7月13日。
そして別れもまた7月13日だった。
主人公である女子高校生の真琴は、男友だちの巧介、千昭と変わらない日々を送っていた。
そしてその日、7月13日も、過ぎては忘れゆく日々の1日のはずだった。
13日の放課後、真琴は理科準備室で不思議な体験をする。
それはじまりであり、変わらない日々に別れを告げる合図だった。
その日より「時をとぶ少女」となった真琴は、過去にいくども「とぶ」事で、未来を変える。
しかし真琴は次第に気付き始める。
過去を変える事は、誰かの想いを奪うことだと。
【時をかける少女はいない】
この映画には、時をかける少女は出てきません。
主人公の紺野真琴はあらがえない青春の流れに懸命にあらがおうと、過去にさかのぼります。
しかし、この物語の主人公である少女が時をかけるのは物語より後の話です。
正確に言うならば、物語の最後に現れるんですけどね。
ではなぜ時をかける少女はいないか。
なぜなら物語の彼女が行っているのは「かける」事ではないからです。
またそれは、「時を「とぶ」」と表現している事から分かります。
初めは能力に戸惑う真琴。彼女はその気持ちをこう表現します。
「ありえないよ…時間をとびこえるなんて…。」
「とべるわけないんだ、絶対…。」
また初めて意識的にタイムリープを成功させると、真琴は思わずこう口にします。
「あたし、とべんじゃん…。とべんじゃん!」
この事が「時をとぶ少女」と考えられる理由です。
ではなぜタイトルは「時をかける少女」なのでしょうか。
【時を「とぶ」という表現は誰の表現か。】
{netabare} まずその問い「なぜ題名が『時をかける少女』か」に答える前に、そもそも時を「とぶ」と最初に表現したのは誰だったでしょうか。
真琴が、ひいては視聴者が最初に時を「とぶ」という表現を聞いたのは真琴の叔母である芳山和子からです。
真琴は自転車事故の間際でタイムリープ使い、過去にさかのぼります。
この体験に困惑した真琴は、叔母の和子に自らの体験を話します。叔母の和子は美術館らしき所で、絵の修復を仕事としているようです。
館内の佇まいもさることながら、また真琴から見てもどこかつかみどころのない人間に見えるようで、和子は真琴から「魔女おばさん」と呼ばれています。
また物語の冒頭で真琴の母が「和子がいつ結婚するか」を気にしている事が分かります。
なぜそのような浮世離れした雰囲気があるかというのにも理由がありましたが、それはまた後で触れます。
和子は真琴の体験が「タイムリープ」である事を告げます。真琴は当惑し、まだ自らのタイムリープを信じられません。
そんな真琴に和子は
「でも実際とんだわけでしょ。真琴は。」
と優しく、諭すように語りかけます。
この場面こそ、最初に私たちがタイムリープとは、時を「とぶ」ものだという認識が作られる場面です。
タイムリープ
Time leap
[leap] 意: 飛ぶ 跳ねる 跳躍する
{/netabare}
【主人公・真琴】
{netabare} 「時をかける少女」も物語ではまだ「時をとぶ少女」です。
まずは真琴という人間について少し。
彼女は自らを実際よりも高く評価しているように受け取れます。
しかしまた平凡な女子高校生でもあるかのようにも受け取れます。
つまり「平凡だが、自らを少し過大評価する」という普通な人間です。
わたしも、あなたも、みんな自分を実際より高く評価してしまうものです。
物語の冒頭、彼女は自らをこう表現します。
「ついてない時はとことんついてないと言うけれど、そんなの他人事だと思ってた。」
「どちらかと言えばついている方だし、運もいいけど、勘もいい。」
「そんなに頭よくないけど、馬鹿ってほどじゃない。」
「器用ってほど器用じゃないけど、人に笑われるほど不器用じゃない。」
「後から思い出して、いやになっちゃう失敗もそんなにしない。」
これらの評価は全て、ありきたりで普通の人間を表しているようです。
しかしこれらは、真琴が失敗する描写のなかで語られます。
朝の小テストは全く出来ず、調理実習では危うく火事の大失敗。
しかしその失敗も
「今のは例外」
と気にしない風に流します。
これらから二つの事が分かります。
① 真琴は普通の女子高生であり、人間が皆そうであるように自分を特別視する傾向にある。
② 7月13日は真琴にとってとことんついてない日になりそうだという事。
結果的にこの日、真琴は事故に見舞われてしまいます。
そんな真琴がタイムリープを手にして「時をとぶ少女」となりました。
しかしまだ彼女は「時をかける少女」ではありません。
真琴が「時をかける少女」になるのは、二人の男友達とその恋愛がトリガーとなります。
そして彼女を通して、タイムリープを持たない私たちに提示されたテーマは、物語の冒頭で語られ、示されていたのだと思います。
それが放課後、教室での真琴と、真琴の友達の早川の会話。
そして黒板の英文だったのだと思います。
「先のことなんて分からないもん。」
「はてしないよねー…。」
Time waits for no one
{/netabare}
【閑話休題】
{netabare} この映画の構成を私は4幕で表します。これはレビューの都合上区別するものであり、実際にどう映画構成を考えるかは人や目的によりけりです。
1幕 真琴がタイムリープをまだ知らない、またその後にタイムリープを使い日常のささいな部分を変える。
2幕 千昭に告白され、またタイムリープでその事実をなかった事にする。告白から千昭を避け、避けられた千昭が真琴の女友達である早川と恋愛関係のひとつ手前になる。
3幕 巧介に告白しようと勇気を出す後輩女子を真琴が応援する。しかし巧介と後輩女子は、真琴の自転車に乗ってしまう。
4幕 千昭は未来から来た事が発覚する。また彼の想いの重さに気付いた真琴は、自らの行いを悔い、もう一度7月13日の放課後からやり直す。
物語の転換点では、必ず芳山和子が現れるようこの映画は作られています。
真琴の状況と心情の整理、そして物語のメインのキャラの一新がその役割です。
芳山和子という人間はとても重要なポジションにいる事がわかります。
{/netabare}
【千昭と早川、そして真琴】
{netabare} 千昭の告白は真琴の願いである「変わらない三人の関係」の想いによって、なかった事にされてしまいます。そして千昭は真琴から避けられてしまうのでした。
そんな可哀想な千昭は
「お前、怒らせるようなことしたんじゃないか。」
そう巧介に言われます。
千昭はなぜ自分が真琴に避けられているか分からず、苦しみ、考えることしか出来ませんでした。
しかし
「考えながら投げらんね。」
そう呟き、巧介にボールを投げ返すのがやっとでした。
千昭に以前から好意を抱いていたと思われる早川は、真琴が千昭を避ける間に仲を進展させます。
この2幕の進行上のメインは真琴ではありません。メインは千昭にとって代わられ、メインのヒロインには早川がキャスティングされます。この二人は本来、平行線上のままのような関係性でしたが、真琴のタイムリープが良くも悪くもきっかけを作り、関係がつくられます。
「なによ、あいつ。私に好きだって言ったくせに…。」
真琴にとって、自業自得とは言え、辛い場面となるのでした。
そして真琴はここでタイムリープという能力がいかに残酷に使用者へと、因果がめぐってくるかを思い知らされます。
この2幕の始まり、千昭の告白をタイムリープでなかった事にした真琴には芳山和子にこのような事を言われます。
「真琴は千昭くんが好きだと思ってた。」
そして
「そう、なかった事にしちゃったんだ。」
「千昭くん可哀想。せっかく想いを伝えたのに。」
これがこの2幕で千昭がスポットライトを浴びる合図だったのでした。
{/netabare}
【巧介と後輩ちゃん、そして真琴】
{netabare} この幕の始まりも芳山和子と真琴との会話が契機になります。
「真琴は巧介くんが好きだと思ってた。」
千昭と早川の関係に進展が見られると、「変わらない三人の関係」という真琴の願いはあっけなく望み薄になってしまいます。
そんな時、巧介は真琴を広場に連れて行っては二人で野球(それが野球かは置いておく)をします。
「巧介は彼女作らないの?」
真琴は巧介に問いかけます。その問いに巧介は
「俺が彼女を作ったら、真琴が一人になっちゃうじゃん。」
そう言葉を口にする巧介に真琴は一体、どんな感情を抱いたのでしょうか。
この3幕では巧介を慕う後輩が、真琴に巧介への想いを語ります。
そして真琴は巧介と彼女の関係性の進展に協力しようとするのでした。
真琴は2幕を通して、今度は自ら「変わらない三人の関係」を壊そうするのです。
きっと真琴はこの時からタイムリープという道具の限界と、想いの重さ、未来の変化を受け入れる準備をし始めたのだと考えられます。
だからこそ「変わらない三人の関係」を自らの手で「変わってゆく三人の関係」にしようとしたのだと考えられます。
つまり「過去を変える」という方法への意識が薄れ始め、「未来を受け入れる」という目的への意識の萌芽が、彼女の意識の中で芽をだしはじめたのです。
それがどんなに「はてしない未来」「遠い将来」だとしても、
時として訪れる変化に涙を流し、歩みを止めても
Time waits for no one
時間は私たちを待ってはくれません。
その変化を受け入れる覚悟こそ、真琴に、私たちに必要なものだったのでした。
{/netabare}
【千昭と真琴】
{netabare} 千昭が未来人である事が発覚し、物語は急展開をみせます。真琴はこの変化を受け入れる事に戸惑い、その変化に戸惑い、突き付けられた感情に対して呆然と立ち尽くすことしか出来ませんでした。
時は止まり、静まりかえる雑踏をよそに、閑寂とした世界では千昭と真琴の会話だけが響き渡ります。動かない時間はまるで、真琴の首筋にナイフを立てたまま静止したかのようでした。
時が動きだすことは、千昭との別れを意味していたからです。
ここで千昭にとって真琴と巧介は、かけがえのない存在だったことが明示されます。
「帰らなきゃいけなかったのに、いつの間にか夏になった。」
「お前らと一緒にいるのが、あんまり楽しくてさ…。」
真琴は自らの行いが、彼の告白をなかった事にしたことが、どれだけ自分勝手だったかに、この時初めて気付かされました。
千昭が伝えたその想いの重さが、この時初めて真琴の心に実感として伝わったのです。
しかし皮肉にも、それは遅すぎた気付きでした。
千昭は姿を消し、時は動き出します。
そしてその想いの強さに比例するかのように、真琴は後悔と、止まらない嗚咽、涙に支配されます。
この痛切な哀しみはしっぺ返しでした。
タイムリープを使った事へのしっぺ返しではありません。
未来を受け入れる覚悟から逃げた事への仕打ちだったのです。
それが自分勝手であっただけに、どうしようもないほどの苦しみが真琴を襲います。
そして場面は芳山和子と真琴の会話に移ります。
和子はいつもと変わらない優しい口調で語りかけます。
「私ね、本当は真琴は、巧介くんとも千昭くんとも、どちらとも友達のままだと思ってた。」
「どっちとも付き合わないうちに卒業して、いつか全然別の人と付き合うんだろうなって。」
この言葉に対して真琴は顔を膝に伏したまま、力なく答えます。
「私も昨日までそう思ってた。」
と。
いくどもの昨日を繰り返すことに大した意味はなかったのです。
真琴の感情は時の流れにさらわれることなく、ずっと真琴の心の奥底に沈殿したままでした。
過去を変える事が、本当の意味で想いをなかった事に出来ないと、自らの感情を通して気付いたのです。
なかった事にしたいものほど、強い後悔と共に未来で現れることにも。
そこにあったはずの想いをいくら消しても、それは抱えられたまま未来にもたらされる事も。
真琴はここでようやく気付く事が出来ました。
そして最後のタイムリープを行います。
タイムリープとは、過去に「とぶ」ものでしかありません。
見通していたはずの未来なんて、一度経験した未来であり、
それは過去でしかないのです。
タイムリープが時を「とぶ」ことであるなら、それまでの真琴は「時をとぶ少女」でした。
しかしタイムリープを使い果たし、はてしない未来に走り出す、疾走する少女になってようやく「時をかける少女」の片鱗が現れます。
そして夕日に照らされた土手で千昭に想いを伝え、彼を未来へと送りだします。
千昭の姿が消え、未来から抱えていきた感情が涙と共にあふれ出します。
しかし
「未来で待ってる。」
帰ったはずの千昭は、突然現れると真琴の体を引き寄せ、耳元でそう囁きます。
「うん…。すぐ行く。走っていく。」
「時をかける少女」とは、時をさかのぼる真琴を指す言葉ではありません。
走っていく。そう約束した彼女を指す言葉だったのです。
それは変化する未来も、先のわからない関係も受け入れたある一人の、平凡な少女の話でした。
「時をかける少女」とはこの物語の終わりから、ようやく始まる物語のタイトルなのです。
{/netabare}
【芳山和子】
{netabare} 真琴の言う通り、見ていて浮世離れした人だとは思ってましたが、4幕の真琴との会話でようやくその理由が分かりました。
彼女もまた「時をとぶ少女」だったようです。
そして彼女は未来の誰かを今も待ち続けている。
これでようやく冒頭の母親の言葉の意味が分かります。
「いつになったら結婚するのかも聞いておいてね。」
{/netabare}