1933年度に放送されたおすすめアニメ一覧 9

あにこれの全ユーザーが1933年度に放送されたおすすめアニメを評価したーデータを元にランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2019年11月23日の時点で一番の1933年度に放送されたおすすめアニメは何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

×

絞り込み

年代別アニメ一覧

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
のらくろ二等兵 教練の巻(アニメ映画)

1933年6月14日
★★★★☆ 3.1 (3)
12人が棚に入れました
1931年から1941年にかけて雑誌「少年倶楽部」に田河水泡が連載していたマンガ『のらくろ』をアニメ化。猛犬連隊に入った野良犬の黒吉(通称のらくろ)が、へまや失敗をしつつも戦功を挙げ、徐々に昇進していく物語。後に切り抜きアニメ(紙に描いたキャラクターを切り抜き、背景に置いて撮影する技法)の名手と呼ばれる村田安司が作画と演出を担当。好評を受け、翌1934年には続編『のらくろ伍長』も制作された。なお、オリジナルはサイレントだが、現在流通しているDVDなどでは、弁士(スクリーンのかたわらで、シーンの解説、セリフの読み上げなどをする黎明期の日本映画界独自の職業)の牧野周一による活弁が収録されている。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
お猿三吉 防空戦の巻(アニメ映画)

1933年11月11日
★★★☆☆ 2.9 (4)
10人が棚に入れました
1933年に創設された独立スタジオ・日本マンガ(漫画)フィルム研究所が、同年に制作した同社第1作のトーキーアニメ。 ここは平和な猿の国。そこには三吉という、元気で人気者の猿がいた。そんなある日、海を隔てた白熊の国が、自慢の白熊空軍で侵略戦争を仕掛けてくる。三吉をリーダーとした猿たちは一致団結し、日頃の修錬ぶりを発揮。海上で敵軍を待ち伏せ、大打撃を与えるのだった。 日本マンガ(漫画)フィルム研究所の主力クリエイターには、政岡憲三のもとでチーフアニメーターを務めた瀬尾光世が就任。彼が制作(監督・作画)を担当した本作は、ハイテンポで躍動感ある快作となった。比較的平和な時期に作られたアニメ映画だけに戦意高揚の意図などは希薄で、好評の中で「お猿三吉(お猿の三吉)」はシリーズ化されていく。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
雲雀の宿替(アニメ映画)

1933年1月31日
☆☆☆☆☆ 0.0 (1)
9人が棚に入れました
横浜シネマ商会が1933年に制作したアニメで、「イソップ童話」の一編「雲雀とその子(別題:ひばりと農夫)」を翻案した内容。 ある地方の麦畑。その持ち主の農夫の家に、雲雀の一家も暮らしていた。雲雀一家のヒナも育ち、そろそろ巣立ちも可能らしい。そんな中、麦畑の農夫は麦の穂が実ったのを見て、近所の人を刈り入れの手伝いに願うが、断られた。今度は農夫は親類に応援を請うが、これもダメ。結局、農夫の親子が自分で麦刈りを行なうことにする。そんな経緯を見ていた雲雀の一家は……。 1929年の『蛙は蛙』、31年の『タヌ吉のお話』などに続く、横浜シネマ商会が得意とするイソップ童話を下敷きにした教訓・説話風アニメのひとつ。雲雀の一家は擬人化され、農民風の姿で画面に登場する。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
特急艦隊(アニメ映画)

1933年9月19日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
1人が棚に入れました
京都のカメラ輸入の貿易商、大沢善夫とアメリカの録音システム会社ジェンキンス社が提携して設立したJ.O.スタジオが送り出したトーキーのアニメ映画で、上映時間は6分。「オモチャ箱シリーズ」と題されたシリーズものの第1話に当たる。制作期間は1933年5月~8月。制作メンバーの田中喜次、中野孝夫らは元々は、同志社大学の在学生、OBらによって創設されたアマチュア団体「童映社」のメンバーにあたる。童映社は影絵アニメーションを精力的に制作していたが、本作は切り絵アニメーションにて制作されている。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
ミッキーのお化け屋敷(アニメ映画)

1933年1月20日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
1933年に公開されたミッキーマウスの短編映画
シリーズの一つ。
嵐の吹き荒れる夜、部屋で寝ていたミッキーは
プルートの叫び声を聞いて目を覚ます。急いで
外のプルートの小屋に向かうが、小屋は荒らされており
そこにプルートの姿はなかった。
小屋からはプルートの足ともう1組、人間の足跡が
続いており、足跡を追ってミッキーがたどり着いた先
は崖の上にそびえ立つ大きな古城だった。
さらわれたプルートを助け出すために城に潜入した
ミッキーだったが…。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
紙芝居 いたづら狸の巻(アニメ映画)

1933年4月1日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
横浜シネマ協会製作、村田安司作画の作品です。
1928年に作られた「文福茶釜」の短縮改変版で、冒頭の紙芝居の話と、最後に狸の腹鼓で終るシーンが新たに付け加えられています。
参考
https://www.japanese-cinema-db.jp/Details?id=34417

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
蛙三勇士(アニメ映画)

1933年2月28日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
蛙やナマズを擬人化した動物アニメで、当時の戦争悲話「肉弾三勇士(爆弾三勇士)」に材をとったもの。 蛙のピョン吉は恋人のオソデと大の仲良し。だがそのオソデに沼の大ボス・大ナマズが横恋慕して、彼女を強引に拉致した。ピョン吉がオソデを案じる一方、オソデを不憫がった空のお月様は大地に涙を垂らし、そこから大きな柳の木を生やす。柳から伸びた枝が水底に捕われていたオソデを救うが、これに気づいたナマズは、ピョン吉と合流したオソデを追いかけてきた。ピョン吉は仲間の動物たちにSOSを放ち、蛙の軍勢が救いに来るが。 巨匠アニメ作家・大藤信郎の先行作『沼の大将』(1933年)の姉妹篇で、双方あわせて大藤の初めてのセルアニメーション作品だった。1933年の上海事変で非業の最期を遂げた軍人「肉弾三勇士」を模したキャラクターが蛙のサブヒーロートリオとして登場し、主人公のピョン吉を支援する役回りを務めている。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
力と女の世の中(アニメ映画)

1933年4月13日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
1920年代後半からの世界的なトーキー映画の隆盛を背景に、松竹が1932年に企画制作した、日本初の本格的なトーキーアニメ映画。同時に全面的にセルを使用した最初のアニメ作品でもある。 身長・体重ともにボリューム豊かな奥さんを持つサラリーマンの主人。彼は4人の子供を抱えた家長だが、大の恐妻家だった。そんなある日、奥方は夫の寝言から、亭主が会社のタイピストと浮気しているらしいとの疑惑を抱く。真偽を確認しようと会社に乗り込んだ奥方は、主人とくだんのタイピストの仲良さそうな現場に遭遇。激情に駆られた二人の女は、夫の申し出を受けてボクシングで決着をつけることにするが……。 当時の松竹社長で日本映画史に有名を残す城戸四郎が、気鋭のアニメ作家・政岡憲三に国産初のトーキーアニメの制作を依頼。内容は完全な大人向けで、出演声優も当時の松竹大スター(主人公の声優は古川緑波)を登用した。

計測不能 1 1933年度アニメランキング1位
お猿の大漁(アニメ映画)

1933年12月1日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
1923年の創設以来、多くの短編アニメを制作公開してきた横浜シネマ商会が1933年に完成させた、同社初のトーキーアニメ映画。 狸が凍った冬の湖面に穴を開け、釣りをしている。その脇でアイススケートをするのはお猿さんだ。やがて狸は巨大ナマズ=魚の王様を釣り上げるが、その凄まじい形相に狸と猿は逃げ帰った。悔しがる猿は仕返しを企て、水中に潜って魚の王様を探すが、しかし敵もさるもの。魚の王様は部下の小魚とともに、待ち構えていた猿を撃退する。猿は狸とともに、また新たな作戦で魚の王様に闘いを挑むが……。 作画・演出を手がける主力クリエイターは、横浜シネマ商会の主力だった村田安次。村田は戦後1947年、本作の続編にあたる『続く大漁』を制作している。
<< 前へ 次へ >>
ページの先頭へ