1917年度に放送されたおすすめアニメ一覧 14

あにこれの全ユーザーが1917年度に放送されたおすすめアニメを評価したーデータを元にランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2019年11月16日の時点で一番の1917年度に放送されたおすすめアニメは何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

×

絞り込み

年代別アニメ一覧

53.7 1 1917年度アニメランキング1位
塙凹内名刀之巻(アニメ映画)

1917年6月30日
★★★☆☆ 2.7 (10)
31人が棚に入れました
大正時代の映画会社・小林商会が企画制作した本編2分のアニメーション。国産3本目のアニメ映画である。別題は『なまくら刀』。 さっぱり斬れないなまくら刀を名刀だと騙されて購入した武士・塙凹内(はなわへこない)。彼は買った刀の斬れ味を試そうと、試し斬り(辻斬り)の凶行に乗り出す。だが夜の川端に通りかかった按摩は、そんな凹内の悪行を軽くあしらうのだった。 下川凹天などとともに日本最初の漫画雑誌「東京パック」で活躍していた漫画家・幸内純一が作画と演出を担当。21世紀まで本編映像の現存が確認されなかったが、2007年に大阪で玩具映写機用の古物フィルム(この時の題名が『なまくら刀』)として発見。国立フィルムセンターでデジタル復元されて、2008年に一般公開された。
ネタバレ

剣道部

★★★☆☆ 3.0

現存する、日本最古(約100年前)の国産アニメ

[文量→小盛り・内容→感想系]

【総括】
勿論、リアルタイム視聴はしていませんよ(笑)

現在(2018年1月30日~3月4日)、東京都京橋にある、東京国立近代美術館フィルムセンターが、修復したフィルムを企画展示しているらしいです(昨年、新カットが見つかったとかで)。

(私は遠いので行けませんが)アニメ好きなら、観ておくのも悪くないかもしれませんね♪ 上記のニュースを見て気になったので、ネットで観てみました(てか、あにこれにもちゃんとあるんだね)w

本作(塙凹内名刀之巻)は別名「なまくら刀」とも言われますが、2月4日、2月21日に映像が公開されるらしいです。もし実際に行かれた方は、会場の様子など含め、ぜひともレビュー書いて欲しいっすね♪

《以下ネタバレ》

【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
無声アニメだし、ストーリーはまあ、軽い4コマ漫画のクオリティ。

でも、意外と表情は動くし、見ていて面白かったです♪ というか、(現存する)日本最古のアニメーションがコメディだったのは、なんか嬉しかったです♪肩肘張らずに楽しめる、アニメって本来こういうもんだな、と。

(あと、刀、侍、というも、剣道部的には嬉しかったw)。
{/netabare}

投稿 : 2019/11/16
♥ : 21

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
猿と蟹(サルとカニの合戦)(アニメ映画)

1917年5月20日
★★★★☆ 3.2 (3)
14人が棚に入れました
1912年に創設された日活(当時・日本活動写真株式会社)の向島撮影所が、大正6年(1917年)に制作した本編5分の作品。本邦2作目のアニメ映画でもある。 狡猾な猿は蟹の握り飯を欲しがり、言葉巧みに自分が持っていた柿の種と取り替えさせた。だがもう捨てるばかりと思っていた柿の種は大きな木に育ち、豊かな実を宿す。猿は今度はその柿の実が欲しくなって……。 時代を超えて広く知られるおとぎ話をもとにしたアニメ映画。企画・作画・演出を手がけたのは、大正期に美術雑誌「現代の洋画」を編集発行していた洋画家・北山清太郎。日活でも活躍し、当初は映画のタイトル部を制作していた北山は、やがて同社の漫画および字幕制作部の主任に就任。1915年頃からアニメ制作の研究を始めて、翌16年には本作の撮影に入ったが、本邦最初のアニメの栄誉は天活の『芋川椋三玄関番之巻』に譲った。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
花咲爺(アニメ映画)

1917年8月26日
★★★☆☆ 3.0 (1)
13人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎による商業アニメ映画の第5作目。タイトル通りに、おとぎ話「花咲爺」を元にした作品で、フィルムは現存していないが、資料によれば、正直じいさんが裏の畑で小判を掘り出す所から、意地悪じいさんが殿様に罰を受けるまでが描かれているという。この時期、北山清太郎は、『いたずらポスト』などのオリジナルの物語と、『猿蟹合戦』や本作などのおとぎ話を原作とした2種のアニメ映画を精力的に送り出していた。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
芋川椋三玄関番之巻(アニメ映画)

1917年1月1日
★★★★★ 4.5 (1)
12人が棚に入れました
大正6年(1917年)に制作され、東京・浅草キネマ倶楽部で公開された日本初のアニメーション。 当時、日本でも劇場公開されていたアメリカ製マンガ映画の隆盛を背景に、当時の有力映画会社「天活」こと天然色活動写真株式会社が企画制作した作品。作画と演出を担当したのは、当時の人気漫画家・下川凹天。当時の下川はアニメ制作の技術がまったく不明な中で必死に試行錯誤。最終的に数種類の背景を印刷したのち、その上に人物や動物の動画を描いて撮影したという。資料によっては「芋川椋三玄関番の巻」という題名でも記録が残る。 フィルムは21世紀現在でも現存が確認されず、ストーリーの内容や本編時間などもまったく不明。ただし伝聞資料などによると、主人公・芋川椋三(いもかわむくぞう)を中心とする、武骨ながらもユーモラスなものだったといわれている。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
貯金の勤(アニメ映画)

1917年10月7日
★★★☆☆ 3.0 (1)
12人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎の制作したアニメの第6作。通信省貯金局の依頼によって制作された作品で、日本における初の宣伝用のアニメーションになる。フィルムが現存していないため、内容の詳細は不明だが、「勤勉で貯金をする人」と、「怠惰で貯金をしない人」を対照させて、「貯金をすれば後々楽になる」ということを啓蒙的する内容となっていた模様。全体の尺はフィルム1巻分とのことで、おおよそ5~10分と推測される。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
茶目坊新画帳 蚤夫婦仕返しの巻(アニメ映画)

1917年4月28日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
初の国産のアニメ映画である『芋川椋三玄関番之巻』を制作したマンガ家の下川凹天によるアニメ映画。『芋川椋三玄関番之巻』、『凸凹新画帳・名案の失敗』に続く第3作目にあたり、前2作同様に浅草・キネマ倶楽部にて上映された。なお、資料、フィルム等が残っていないためストーリー等は不明。下川凹天は1916年~1917年の1年半の期間に計5本のアニメ作品を制作したが、原画をトレスするのに電球の直射光を使用したことで目を悪くし、制作会社の天然色活動写真株式会社(天活)を退職した。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
芋川椋三宙返りの巻(アニメ映画)

1917年5月1日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
初の国産のアニメ映画である『芋川椋三玄関番之巻』を制作したマンガ家の下川凹天によるアニメ映画第4作。浅草・キネマ倶楽部にて上映された。資料、フィルムが現存していないため、ストーリー等の詳細は不明だが、タイトルからするに、『芋川椋三玄関番之巻』と同じく、「芋川椋三」なるキャラクターが登場するものと思われる。この当時は、国内にアニメーション制作に関するノウハウはなきに等しく、下川や同時期のアニメ作家・北山清太郎らは、外国産のアニメ映画を見つつ、手探りで撮影方法を模索していったという。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
猫と鼠(アニメ映画)

1917年7月4日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎の手がけた作品で、『猿蟹合戦』『夢の自転車』に続く第3作目。フィルムが現存していないが、当時の雑誌の紹介記事によれば、「老いたネズミが若いネズミたちを集め、猫の危険について演説する。その後、1匹の若いネズミが民家でいたずらをした後、水がめに落ちて仲間に助けられるが、猫に襲われて這々の体で逃げる」といった具合の物語である模様。なお当時の北山が手がけた一連の作品は、当時の映画雑誌では、海外産アニメの動きの模倣や、作画枚数の少なさなどが指摘されており、北山本人も後年「駄作ばかり」と断じている。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
いたずらポスト(アニメ映画)

1917年7月28日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎の手がけた作品で、第4作目にあたる。物語は「主役であるポストとその付近の1日の出来事」と資料にはあるが、フィルム自体は現存していないため、詳細は不明。この当時の北山は、おおよそ1月に1本の割合で短編アニメーションを制作するという、(当時としては)異例のペースで制作することを主眼としていた。そのため、この時期の作品は、作画のコマ数の少なさ、動きの単純さなどの欠点を抱えていたという。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
茶目坊空気銃の巻(アニメ映画)

1917年8月11日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
小林商会の下でアニメ政策の研究を進めていた、国産アニメ映画の創始者の1人、幸内純一による作品。フィルムが現存していないため、ストーリー等の詳細は不明。ちなみにタイトルにある茶目坊は、幸内の師匠に当たる北澤楽天が当時「時事新報」の日曜版に連載していたマンガ『茶目と凸坊』に便乗してつけられたものと思われる。この『茶目と凸坊』は非常な人気で、当時のアニメ映画は(例え外国産のものであっても)タイトルに「茶目」や「凸坊」などの名前が勝手につけられていたのである。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
茶目坊主魚釣の巻(芋川椋三釣の巻)(アニメ映画)

1917年9月9日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
初の国産アニメ映画を送り出した下川凹天による第5作目。下川が過去に描いたマンガのキャラクター、「芋川椋三」を主人公とした一連のアニメ映画の1本で、原題は『芋川椋三釣の巻』だったが、公開時は『茶目坊主魚釣の巻』と改題された模様(当時は、この頃の人気マンガ『茶目と凸坊』にあやかって、アニメ映画のタイトルに勝手に「茶目」だの「凸坊」だのといった名前を付けることが流行していた)。作画時に電球の直射光を見過ぎた下川は目を悪くし、翌1918年に入院。本作を最後にアニメ制作を引退する。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
お伽囃 文福茶釜(アニメ映画)

1917年10月10日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎の制作したアニメで、通算で第7作目に当たる。当時の北山は著名なおとぎ話を精力的にアニメ化しており、本作もその1つ。1917年10月公開だが、この月北山は本作に加えて『貯金の勤』『舌切雀』『カチカチ山』の、計4本ものアニメ映画を公開している。フィルムが現存していないため、詳細は不明だが、おおよそオリジナルの物語に忠実に、狸が茶釜に化けて罠から救ってくれた男に恩返しをするという物語であった模様。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
舌切雀(アニメ映画)

1917年10月18日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
国産アニメの創始者の1人、北山清太郎の制作したアニメで、通算第8作目。フィルムが残されていないため内容の詳細は不明。おとぎ話の『舌切り雀』を題材に、おばあさんに舌を切られたスズメを追って山奥へ行ったおじいさんが、スズメの歓迎を受け、小さいつづらをもらって帰る。その話を聞いて山へ行き、大きいつづらを持ち帰ったおばあさんは……といったあらすじを忠実にアニメ化していた模様。上映時間はおおよそ5~10分程度とされる。

計測不能 2 1917年度アニメランキング2位
カチカチ山(アニメ映画)

1917年10月20日
☆☆☆☆☆ 0.0 (0)
0人が棚に入れました
国産アニメの創始者の1人、北山清太郎の制作したアニメ映画で、通算第9作目に当たる作品。タイトル通りにおとぎ話の『カチカチ山』をアニメ化したもの。フィルム自体は現存していないが、正直じいさんを殺した狸をウサギが懲らしめる、というおとぎ話通りの内容であった模様。記録によればフィルム2巻に及ぶ長編作品であった(この時期の北山作品は通例フィルム1巻分)。上映時間はおおよそ10~20分程度であったとされている。
<< 前へ 次へ >>
ページの先頭へ