1917年夏(7月~9月)に放送されたおすすめアニメ一覧 6

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年代別アニメ一覧

56.8 1 1917年夏(7月~9月)アニメランキング1位
塙凹内名刀之巻(アニメ映画)

1917年6月30日
★★★☆☆ 2.9 (21)
49人が棚に入れました
大正時代の映画会社・小林商会が企画制作した本編2分のアニメーション。国産3本目のアニメ映画である。別題は『なまくら刀』。 さっぱり斬れないなまくら刀を名刀だと騙されて購入した武士・塙凹内(はなわへこない)。彼は買った刀の斬れ味を試そうと、試し斬り(辻斬り)の凶行に乗り出す。だが夜の川端に通りかかった按摩は、そんな凹内の悪行を軽くあしらうのだった。 下川凹天などとともに日本最初の漫画雑誌「東京パック」で活躍していた漫画家・幸内純一が作画と演出を担当。21世紀まで本編映像の現存が確認されなかったが、2007年に大阪で玩具映写機用の古物フィルム(この時の題名が『なまくら刀』)として発見。国立フィルムセンターでデジタル復元されて、2008年に一般公開された。

計測不能 2 1917年夏(7月~9月)アニメランキング2位
花咲爺(アニメ映画)

1917年8月26日
★★★★☆ 3.2 (4)
17人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎による商業アニメ映画の第5作目。タイトル通りに、おとぎ話「花咲爺」を元にした作品で、フィルムは現存していないが、資料によれば、正直じいさんが裏の畑で小判を掘り出す所から、意地悪じいさんが殿様に罰を受けるまでが描かれているという。この時期、北山清太郎は、『いたずらポスト』などのオリジナルの物語と、『猿蟹合戦』や本作などのおとぎ話を原作とした2種のアニメ映画を精力的に送り出していた。

計測不能 2 1917年夏(7月~9月)アニメランキング2位
いたずらポスト(アニメ映画)

1917年7月28日
★★★★☆ 3.7 (3)
14人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎の手がけた作品で、第4作目にあたる。物語は「主役であるポストとその付近の1日の出来事」と資料にはあるが、フィルム自体は現存していないため、詳細は不明。この当時の北山は、おおよそ1月に1本の割合で短編アニメーションを制作するという、(当時としては)異例のペースで制作することを主眼としていた。そのため、この時期の作品は、作画のコマ数の少なさ、動きの単純さなどの欠点を抱えていたという。

計測不能 2 1917年夏(7月~9月)アニメランキング2位
茶目坊主魚釣の巻(芋川椋三釣の巻)(アニメ映画)

1917年9月9日
★★★★☆ 3.7 (3)
14人が棚に入れました
初の国産アニメ映画を送り出した下川凹天による第5作目。下川が過去に描いたマンガのキャラクター、「芋川椋三」を主人公とした一連のアニメ映画の1本で、原題は『芋川椋三釣の巻』だったが、公開時は『茶目坊主魚釣の巻』と改題された模様(当時は、この頃の人気マンガ『茶目と凸坊』にあやかって、アニメ映画のタイトルに勝手に「茶目」だの「凸坊」だのといった名前を付けることが流行していた)。作画時に電球の直射光を見過ぎた下川は目を悪くし、翌1918年に入院。本作を最後にアニメ制作を引退する。

計測不能 2 1917年夏(7月~9月)アニメランキング2位
猫と鼠(アニメ映画)

1917年7月4日
★★★★☆ 3.7 (3)
13人が棚に入れました
国産アニメ映画の創始者の1人、北山清太郎の手がけた作品で、『猿蟹合戦』『夢の自転車』に続く第3作目。フィルムが現存していないが、当時の雑誌の紹介記事によれば、「老いたネズミが若いネズミたちを集め、猫の危険について演説する。その後、1匹の若いネズミが民家でいたずらをした後、水がめに落ちて仲間に助けられるが、猫に襲われて這々の体で逃げる」といった具合の物語である模様。なお当時の北山が手がけた一連の作品は、当時の映画雑誌では、海外産アニメの動きの模倣や、作画枚数の少なさなどが指摘されており、北山本人も後年「駄作ばかり」と断じている。

計測不能 2 1917年夏(7月~9月)アニメランキング2位
茶目坊空気銃の巻(アニメ映画)

1917年8月11日
★★★★☆ 3.7 (3)
13人が棚に入れました
小林商会の下でアニメ政策の研究を進めていた、国産アニメ映画の創始者の1人、幸内純一による作品。フィルムが現存していないため、ストーリー等の詳細は不明。ちなみにタイトルにある茶目坊は、幸内の師匠に当たる北澤楽天が当時「時事新報」の日曜版に連載していたマンガ『茶目と凸坊』に便乗してつけられたものと思われる。この『茶目と凸坊』は非常な人気で、当時のアニメ映画は(例え外国産のものであっても)タイトルに「茶目」や「凸坊」などの名前が勝手につけられていたのである。
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