1964年秋(10月~12月)に放送されたおすすめアニメ一覧 2

あにこれの全ユーザーが1964年秋(10月~12月)に放送されたおすすめアニメを評価したーデータを元にランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2019年11月18日の時点で一番の1964年秋(10月~12月)に放送されたおすすめアニメは何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

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年代別アニメ一覧

計測不能 1 1964年秋(10月~12月)アニメランキング1位
めもりい(アニメ映画)

1964年9月21日
★★★★☆ 3.4 (7)
27人が棚に入れました
 人間の記憶の不可思議さを主題にした、虫プロ制作の短編アニメ。 ナレーター(声優:近石真介)が語るナレーションに乗って、アニメ画面に実写をコラージュしたり、実写とアニメが互い違いに映ったり、目まぐるしく多様な映像が展開。それらの映像が語るのは、思い出を美化したり、不愉快なことを都合よく忘れてしまったりする人間の記憶力の不思議さだった……。 手塚治虫自身が、原案、構成、演出、作画の四役を担当。他の動画スタッフには、のちにサンライズの企画者、また玩具会社タカラ(現:タカラトミー)の関連スタッフとして活躍した沼本清海なども参加している。

takumi@

★★★★☆ 3.6

1964年 手塚治虫氏の実験的アニメ

1964年に制作された作品で、
手塚治虫氏の14作くらいある実験アニメの中の1つ。

「めもりい」なんてひらがなだと、かわいい萌えキャラでも登場しそうで
別ジャンルのアニメをイメージしそうだが、この作品はぜんぜんそんな内容じゃなく。

記憶と想い出の違いというものを、真正面から切り込んでいく。
とはいっても堅苦しいわけではなく、このテーマからどれだけ視覚的に面白く伝えるか、
ってことに手塚氏が挑戦したかったんだなと。

まず特徴的なのが語り口。
なんとなく、某製薬会社のCMみたいな雰囲気なので、
聞きやすさもあるし、どこかコミカルな感じでもあり。
手塚氏、漫画家だけでなく医学者という側面もお持ちなので、思えば納得なのだった。

それから実写を交えた映像は遊び心がいっぱい。
キャラデザも、なるたけ笑わせようっていうのが伝わってきた。

たった5分40秒という短い時間の中、コンパクトにまとまっていて
少し長いCMを見ているような感覚だった。

投稿 : 2019/11/16
♥ : 25

虚言癖

★★★☆☆ 3.0

人の記憶力をコミカルに描いた作品

ショートアニメーション。

人の記憶力をコミカルに描いた本作。

実写を交える手法、発想、独特のナレーション。

伝えたいメッセージはわかりやすい。
人の記憶は定かではなく、さらにはあやふやで……。

どうしても教育テレビ的、
メッセージ性の押し付けになりがちな題材をコミカルに描いた。

その点は評価できる。
ただ、世相が変わるにつれ
伝えられていかない作品に価値を見出すのは難しい。

このような作品の作り手が
今後も出てくることを私的には願ってみる。
時代に合わせて、作られていく事がアニメ文化の継承になるのでは。
私はそう思います。

投稿 : 2019/11/16
♥ : 0

計測不能 1 1964年秋(10月~12月)アニメランキング1位
人魚(アニメ映画)

1964年9月21日
★★★★☆ 3.4 (4)
21人が棚に入れました
手塚治虫が虫プロの場で作った、先行作品『おす』に続く2本目の短編実験アニメ。 そこはどこかの遠い国。空想力の豊かな一人の少年が、ある日、海辺で小さな魚を助ける。助けられた魚は少年の前で愛らしい人魚の娘の姿になった。少年は人魚を家に連れて帰り大きな水槽に入れるが、同居する両親の目にはそれは魚にしか見えなかった。やがて警官が現れ、少年を連行する。この国では自由な空想は許されないのだった。少年は厳しい拷問に耐えるが、釈放された時にはもはや人魚が魚にしか見えなくなってしまう。そんな魚を手に、少年は海へ向かうが……。「自由」をテーマにした観念色の強い作品で、少年ほかの登場人物たちはいずれもシンプルな絵柄で作画される。1960年代前半の国内外の社会問題を鋭敏に捉えた、手塚の危機意識が反映された作品という見識もある。全編を彩る音楽は、冨田勲がドビュシーの「牧神の午後の前奏曲」をもとにアレンジ。
ネタバレ

ユニバーサルスタイル

★★★★★ 4.2

空想の存在に恋することは罪なのか

以前に、手塚治虫先生の「ある街角の物語」を見ました。
非常に美しく、哀しく、しかし希望の持てる作品でした。

一方のこちら「人魚」も美しくて素敵なお話のように思えます。
しかしその全容は前者よりはるかに哀しく、残酷で、救いのない物語。
下にストーリーを書き起こしてみました。完全にネタバレなので、それでも良い方のみお読みください。


{netabare}
ある国にひとりの少年がおりました。
その少年は人一倍想像力が豊かで、いつも一人で色んな空想をしては幸せに浸っているのでした。


ある日、少年は一匹の人魚に出会いました。
一緒に海の中で戯れたり、楽器を弾いたり。楽しい日々を過ごしました。

少年は人魚を自宅に住まわせることにしました。当然両親にも紹介します。
しかし、両親は怪訝そうな顔つきをしています。そう、まるで変人でも見るように。


ある国では、自由に空想することは禁止されています。
少年は連行され、尋問を受けることになります。
「お前の見たのは只の魚だろう!正直に言え!」
少年が人魚だと言い張るとどんどんエスカレートしていく尋問、いや拷問。

ようやく解放されたときには、少年は人魚の事を思い出せなくなっていました。
悲嘆にくれる少年は、海の中へ入っていきます。
そして、なんと人魚に再会できるようになったのです。

少年は人魚と共に海の向こうへ消えてゆきます。
少年自身も人魚となって・・・。


補足:この劇中では人魚は架空の存在と考えられています。そして少年の見ていたものは紛れもなくただの魚なのです。
{/netabare}





空想は、自分だけの世界です。それはどんな理由があろうとも他人に干渉されることが許されていいはずがありません。

しかし、手塚先生が若き日を過ごした日本は自由気ままに空想することすら許されなかったのでしょう。
今でこそ漫画の神様なんて囃し立てられていますが、その地位が確立されるまでの彼に対する周囲の目はどれほど冷たかったでしょう。
そんな手塚先生の苦しみや悲しみが、この映像を見ているだけで伝わってくるようでした。


私たちが今見ているアニメだって、人の作った空想なのです。
アニメに出てくるキャラクターやマスコットに魅力を感じること、恋い焦がれること。一度くらいはあると思います。
それを異常なことだと、恥ずべきことだと非難されたら、どう感じるでしょうか。

これからの日本がそんな社会にならないことを願っています。



追記:二つ、疑問点が浮かびました。
{netabare}
1.「少年」は単なる一キャラクターか、作者の自己投影か。
手塚先生の実体験に基づいた心情を表現しているなら、後者ということになるでしょう。
しかし、あくまで社会情勢をテーマにしたということなら先ほど書いた‘手塚先生が若き日を過ごした日本~’は完全に的外れな妄想ということになります。
この所、実際はどうなのか気になります。


2.この物語はBADエンドかHAPPYエンドか。
少年は、人魚と共に海へ消えていく・・・。その光景が何故か物悲しくて、悲劇のように捉えていたのですが、むしろ少年の想像力が蘇り空想の世界へ解放されたことは幸せかもしれません。
このアニメのテーマは「人間の空想の力こそ強さ」みたいなものらしいので、作り手としては前向きな終わり方を目指したんだと思います。
ただ自分はやはりどこか悲しい、報われないお話だと思います・・・。
{/netabare}




好みとしては「ある街角の物語」のような明るい作風が好きですが、「人魚」は好き嫌いにかかわらず見入ってしまった作品でした。

作画はアニメとして受け入れられるか厳しい位に簡略化されているので、人を選ぶでしょう。
アニメは絵より話で選ぶ、という方になら是非見てほしいと思いました。

投稿 : 2019/11/16
♥ : 11

虚言癖

★★★☆☆ 3.0

泡となって消えたのは……

一人の少年の「自由」を奪うに至った物語。

シンプルな絵柄で見るものを選ばず、
穏やかな音楽とともにメッセージ性あふれる物語は進んでいく。

この物語に示唆されていることを読み解き、
ひも解くのはとても難しいだろう。

深読みすれば、少年の立場とその他の立場に
視点を置いて解釈することもできる。

少年が手にした[空想]は「本物」であったのではないかと。

結末も、少年が「空想」を手にして
その世界に身を落としたのか、それとも……。

面白い解釈のできる余地のある作品だと感じたが
視聴者側にゆだねる部分も多々あるため、アニメ的な面白さは薄い。

名作ともいえず、凡作とも言えない。
テーマ性を持った、作品であるゆえに価値がある作品であった。

投稿 : 2019/11/16
♥ : 0
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